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「……おい、相楽」
呼ばれたので、はい、と振り返れば、仕事場の同僚が立っていた。
名を斉藤一と言う。
会社の飲み会に参加し、二次会にも引き摺って行かれ、ようやく解放されたのは深夜1時。
電車などとっくになくなってしまい、毎日二時間の電車通勤をしている彼は、タクシーでは少々懐が辛い。
そういった理由で、今日は飲み会場からも会社からも近い場所に居を構える相楽宅に一晩泊まる事になった。
猫がいるか大丈夫か、と問うて見たところ、本人は別段好きでもないが嫌いでもないと言う。
騒がしくなければ別に、と言うので、聞き分けの良い子だよと答えて、斉藤を家に招き入れた。
相楽が滅多に客人など家に連れて来なかったからだろう。
仔猫は始めきょとんとし、お客さんだよ、邪魔しちゃ駄目だよ、と言うと、ハイ、と返事をした。
相楽が言い付けた通り、仔猫は大人しくしていた。
遅くなった夕飯をかき込むように食べ終えた後は、うとうと舟を漕ぎ始め、
これならもう心配要らないだろうと思って、上司に囲まれた飲み会はやはり少し堅苦しかったから、少し飲み直そうと思ってキッチンの冷蔵庫に缶麦酒を取りに行った。
目を離したのは、そのほんの数秒の事だ。
「……左之助…何をした?」
斉藤の顔には引っ掻き傷。
その手には、首根っこを掴まれて固まっている飼い猫、左之助。
膝を曲げて、斉藤に捕まえられている左之助と目線を合わせる。
左之助はムスッと頬を膨らませていた。
答えそうにないのを早々に感知して、相楽は斉藤へと矛先を変える。
「……いきなり引っ掻いて来たんだ」
「違ェ! 目ェ開けたら目の前にいたから、」
「びっくりして引っ掻いてしまったのか」
宙ぶらりんのままで抗議する左之助。
汲み取って変わりに述べてみれば、左之助はこくこくと頷く。
手を伸ばしてやると、斉藤はその手に仔猫を返した。
解放された左之助は、相楽の胸に抱きついて縮こまる。
「すまない。普段、客など来ないものだから、少し驚いてしまったんだ」
「……まあ、いいがな」
くるりと背中を向けて、斉藤はリビングへと戻って行く。
左之助は相楽に抱かれたまま、その背中にいーっと牙を見せている。
そんな飼い猫の頭を撫でて、相楽は床に下ろしてやる。
「左之助、今日は先に寝ていろ」
「そうさん、どうするんですか?」
「仕事の話も少ししなくてはならないからな。もう少し起きているよ」
不満そうに唇を尖らせる左之助。
頭を撫でると、渋々と言う様子ではあったが、こくりと頷いた。
缶麦酒を数本持ってリビングに戻る。
仔猫はその奥の寝室へと、とことこ歩いていった。
……ソファに座る斉藤の傍を、可能な限り遠回りして。
缶麦酒と買い置きの摘みをテーブルに置く。
直ぐに麦酒のタブは開けられた。
「痛まないか?」
「いいや」
「そうか」
左之助はよく爪とぎをしているが、それでも伸びるのが早い。
斉藤の顔の引っ掻き傷はくっきり残っていた。
もう一度すまなかったと謝ると、別に、とぞんざいな返事。
扉一枚向こう側で、多分、仔猫はもう眠っているのだろう。
いつもならとっくに寝ている時間だ。
今の今まで起きていたのは、相楽が帰って来るの待っていたからだ。
飲み会で遅くなりそうだと朝言っておいたら、じゃあ帰って来るまで待ってますと言った。
まさか言葉の通り待っているとは思わなかった――――嬉しかったが、悪い事をしたとも思う。
出迎えてくれた時の表情を思えば、やはり寂しい思いをさせてしまったのだろう。
今日の埋め合わせは、次の休みにしてやろう。
丸一日相手をしてやる事にした。
「……随分甘くしているもんだな」
呟きは、斉藤のものだった。
何を示しているのか、いや、仔猫の事しかないだろう。
「そうだな。何せ、まだ仔猫だから」
「今から躾しておかないと、後々面倒になるぞ」
「それはそれで、ちゃんとしてるから問題ないよ。言っただろう? 聞き分けの良い子だって」
やんちゃが過ぎる事はあるが、叱ればちゃんと理解する。
子供なので、反省しても同じ事を繰り返してしまう事はあるが、自分が何をしたかは判っている。
今日も、引っ掻いた事が良くなかった事であるとは、自分で感じているだろう。
常々人を引っ掻いてはいけないと言い付けてあるし、その為に仔猫は爪研ぎを欠かさないのだ。
言わなくても判っている事を、何度も煩く言う事はあるまい。
それより、と相楽はイカに手を伸ばしながら、切り替える。
「斉藤は猫が好きなのか?」
「…なんの事だ」
「さっき左之助が言ったからな。目を開けたら、斉藤の顔が近くにあって、驚いたと」
左之助は、舟を漕いで既に寝入りかけていた。
そんな彼が目を開けた時に、近くに、と言う程の距離に他人の顔がある――――それが、一体どういう状況で起きるのか。
寝入りかけていた左之助が床に転がって寝返りを打った所で、斉藤の顔はそれ程近くにはない筈だ。
「好きなのか?」
「………知らんな」
返って来るのは、やはりぞんざいな台詞だ。
そうか。
ビールを一度煽って、そう呟いてから、
「それなら、あまりあの子をいじめないでくれよ」
うちの、大事な仔猫なのだから。
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気が付いたら、このサイトで斉藤さん初登場でした。
難しい、この人! ……隊長と絡めちゃったからか…?
最後の最後で斉藤vs隊長になっちゃいました。
猫には、爪をとぐ習性がある。
左之助にも、ある。
ガリガリ。
ガリガリ。
聞こえた音は、振り返らなくても判り易い。
左之助が爪を研いでいる音だ。
研ぐ道具として使っているのは、木製の板。
これは近所に木材加工をしている人物がいて、廃材を貰っている。
成長盛りの左之助は、爪が伸びるのも早いようで、しょっちゅう爪を研ぐのでこれは助かっている。
廃材なので、幾ら研いでも削っても、齧っても問題ない。
これがアパートの柱だとか、家具だとかだと困りものである。
拾った頃に二、三度やられた。
相楽が爪切りで切ろうとしても、何故かこれだけは怯えたように嫌がった。
習性だから、叱って止めさせる事も出来ない。
どうしたものかと会社帰りに考えていて、ふと今まで気にしなかった小さな工場を見つけた。
いきなりで不躾とは思いつつ、良かったら廃材を貰えないかと頼み、左之助も連れて行き、ああこれじゃ大変だろうと譲ってくれた。
譲って貰ってばかりでは悪いので、時々、差し入れを持っていくようになって、今ではすっかり良い近所付き合いが出来ている。
左之助も、遠慮なく爪が研げて、相楽に迷惑がかからないと知ると、それはそれは喜んだものだった。
ガリガリ。
ガリガリ。
最近は、近所に住んでいる野良猫と一緒になって研いでいる事もある。
その野良猫はとても器用で、研ぎ終わって綺麗に尖った爪で、板に絵を彫った。
左之助があまりに感心するから、最近は習慣付いてきて、毎回絵を彫っていく。
友人(友猫?)作の彫り絵は、きちんと取って置いてある。
左之助は不器用だが、時々、友を真似て何某かを描こうと試みる。
大概、失敗に終わる。
失敗すればガリガリ爪で削ってしまうだけなので、別に処分に困る事はない。
ガリガリ。
ガリガリ。
木材加工工場の主任は、廃材が絵に変わったのを見て、大層驚いていた。
猫がやったと言うのだから無理もない。
左之助が「オレのダチが彫ったんだ」と自慢げに見せに行ってから、新しい廃材を貰いに行く度、一緒に持って行って見せている。
主任は上手い上手いと褒めて、昨日通りかかった時には、「次はいつ来るんだ? 今はどんなの彫ってんだ?」と訊ねられた。
単なる廃材で処分する筈だった木材が、意外な所で活用されているのが嬉しいらしい。
喜んでくれるのなら、相楽だって嬉しいし、左之助はもっと嬉しい(友は恥ずかしいらしいが)。
ガリガリ。
ガリガリガリ。
それでも、一つ困ったことがあると言ったら。
(これは燻製に使えるんだったかな?)
散らばる木材の砕片を眺めつつ、相楽は捨てるのは勿体無いよなぁと呟いた。
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やっと“猫”の話(爆)。
猫は飼った事がないので、どれ位の頻度で爪研ぎをするのか、正確に知りません(汗)
そして野良猫もいつどういう場所で爪研ぎするのか判りません…習性だからするんだろうな、ぐらいで…
爪とぎ器って言うのがあるんですね、知らなかった。
この隊長、貧乏性……?
長年使っていたテレビが、壊れてしまった。
寿命をとっくに過ぎた代物だったのだから、仕方のない話だ。
随分前から映りが悪く、雨風の強い日は時々ビリビリと画面がブレる。
最近は電源が入って画面が映るまで時間がかかり、時々勝手に電源が落ちたりする。
直す際は回線を弄るとかではなく、叩いて直すと言うアナログな方法。
元々中古で買ったものである、今の今までよく持ったと言えるだろう。
仔猫が来るまで、深夜と朝のニュースをちらりと見る程度だけだったのに、よくぞ今まで。
叩いても、仔猫が蹴っても(痛がっていた。当たり前だ)、ウンともスンとも言わなくなったテレビ。
地上デジタルに対応していないテレビだったから、直に世代交代は余儀なくされていたのだけれど、
どうせなら、絶賛売り出し中の薄型液晶テレビがもう少し安くなるまで耐えて欲しかったと、こっそり思う。
いやいや、今まで頑張ってくれたことには、本当に感謝しているが。
まだどうにか直らないかと、仔猫がテレビの上部をパンパンと叩いている。
それを相楽は抱き上げた。
「もうお休みさせてあげよう、左之助」
「……今日、見たいヤツあるんです」
「録画予約はしたままだから、次のテレビを買うまで我慢してくれ」
撫でながら言うと、左之助は眉根を寄せたが、小さく頷いた。
良い子だともう一度撫でてやる。
「どうするんスか、コイツ」
「捨てるしかないだろうなあ……少し残念だけれど」
仔猫が来るまで、一日ほんの数時間しか映していなかったとは言え、付き合いは長い。
増して仔猫が来てからは、膝上に乗せて色々と見たから、思い出もいつの間にか随分と増えていた。
名残惜しい気持ちは否めないけれど、しかし此処に残していてもどうにもならないのだ。
完全に映らなくなってしまったし、モノも古いから修理するにも必要な物品がなさそうだし、中古屋に戻ることも出来まい。
このテレビは、完全に役目を終えたのだ。
腕の中の仔猫を見下ろせば、此方も淋しそうに真っ黒な画面を見つめている。
そう言えば、仔猫が来てから、家にある大きなものを捨てるのはこれが始めてだ。
ベッドも本棚も、クーラーもパソコンも、仔猫が来てから換えた事はない。
冷蔵庫は二年前に買い換えて、DVDプレーヤーも同じ位で、以来大きな家具製品の交換はしていない筈。
前に冷蔵庫を買えた時には、特に何を思うでもなかったと思うのだけど―――――
……テレビ一つを買い換えるのに、こんなに侘しく思う事があろうとは。
「此処に置いていても、どうしようもないからね」
動かないまま此処にあっては、それこそ単なるガラクタになってしまう。
処分と言う形で手放すことに違いはないけれど、少なくとも此処にあるよりは良い筈だ。
リサイクルにでも埋め立てにでも、何かの役に立ってくれるだろうから。
やっぱり淋しそうにテレビを見つめる左之助を、強く抱き締めた。
そんな顔をしなくても大丈夫。
思い出の形は、確かに手放すことにはなるけれど。
お前と並んで見た記憶は、捨てる事なんてないんだから。
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仔さのが猫である事に意義があるんだろうか、この話は(←コラ待て)。
いやはや、中々難しい……
前日、雨の中を走って帰る羽目になった。
間違いなく、原因はそれだろう。
朝から頭痛が酷くて起きられず、仔猫の鳴く声にようよう目を開けた時には、かなり酷い有様だったと言って良い。
起き上がると脳がグラグラするような感覚がして、立ち上がれば真っ直ぐにならず、足取りも覚束無かった。
まずいなぁと思っていたら、案の定仔猫の方がもっと酷い顔をして、休んで下さいとベッドに引っ張り戻されてしまった。
仔猫は仔猫で、ベッドに押し戻したはいいものの、どうして良いのか判らなかったようで、ベッドの横で右往左往していた。
体温計を持って来て貰うように頼んで、持って来られたそれで測ると、39度と言う数字。
ああそりゃあこんなにもなる、と思いながら、取り敢えず会社には休む連絡をして、
仔猫には冷蔵庫の中にある昨日の夕飯を食べるように言って、一先ず寝て過ごす事にした。
元気でやんちゃな仔猫にしては珍しく、今日は随分、大人しかった。
近所に住んでいる野良猫が遊びに来たが、今日は行けない、と言って少し話をしただけで終わった。
そうさんと一緒にいたいと言うのが聞こえて、そっか、と帰る猫に、悪い事をしたかと虚ろな頭で考えた。
昼には多少はマシになって、せめて仔猫の食事だけでもと起きた。
すぐさま仔猫は飛んできて、顔が赤いです、寝てなきゃダメです、と言った。
確かに少し足はフラついた気もしたが、朝よりは良かったし、頭もスッキリしていた。
何より、変な所で遠慮して我慢しようとする傾向のある仔猫に、一日空腹を味合わせてしまいたくはなかった。
食パンを焼いて、自分はスープで済ませた。
いつもなら、平日でももう少し多めに用意して家を出る。
少なくて悪いなと言うと、仔猫は物凄い勢いで首を横に振った。
食べ終わると、仔猫が食器を流し台に持って行って、自分はまた寝た。
夜までにはもう少し回復しておかなければと、思いながら。
それから、夜になって目が覚めて。
「………左之助?」
朝から昼まで、自分が寝ている間、仔猫は傍を離れなかった。
ベッドサイドに齧り付いて、伝染るかも知れないからと言っても聞かなかった。
そうさんと一緒にいます、そうさんが治るんだったら伝染して下さい、なんて言って。
昼食後から今の今まで寝ていたので、時間にして6時間以上である。
流石の仔猫も飽いたかと思って起き上がると、寝室のドアが開いて。
「そうさん!」
「…左之助」
起きた! と嬉しさ一杯の顔で、左之助は相楽に抱き付いた。
擦り寄る温もりが愛しくて、寂しい思いをさせていたかなと眉尻を下げる。
甘える左之助の瞼にキスを落として、ふと気付く。
左之助からは、いつも暖かな匂いがする。
昼間日向で寝ているから、太陽の光がそのまま染み込んでしまったかのような。
ふわふわとした春のような、溌剌とした夏のような、そんな匂い。
それがこの時は、少し違った匂いがした。
「左之助、何をしていたんだ?」
問うと、左之助の耳がぴんと立った。
立ってから、ぺたんと寝てしまう。
「あの、その……ば、晩飯…」
「ああ、作らないとな。腹が減っただろう」
何か摘んだなと思いながら、左之助を抱いて立ち上がる。
左之助は、いや、とか、あの、とか言っていたが、この時相楽は気にしなかった。
一日何処にも行かなかったとは言え、朝も昼も簡単なもので済ませたし、育ち盛りのこの仔猫の腹が満たされる訳もない。
お菓子類はそれほどストックしていないし、冷蔵庫の中身も多く入れてはいない。
躾がきちんと行き届いているからか、左之助は滅多に冷蔵庫を荒らす事はなかった(あっても可愛いものだ)。
故に尚更、左之助の腹が限界を訴えているだろうと、相楽も容易に想像出来た。
寝室を出て、リビングに入って。
部屋の真ん中に置いているテーブルの上に並ぶものを見つけて、相楽は眼を丸くした。
「………左之助?」
腕に抱いた仔猫の名を呼ぶと、左之助は顔を真っ赤にして、相楽の胸に顔を埋めている。
リビングのテーブルに並んでいるのは、ぐちゃぐちゃの形のおにぎり。
それから味噌汁と、昨日の夕飯の残りである魚の煮付け。
白飯は多分、冷凍したものを解凍して。
味噌汁はインスタントだろう、棚の下に仕舞っていたものがあった筈。
魚の煮付けは電子レンジで温めたばかりのようで、左之助から香った匂いはこれと同じ物だ。
それらが、きちんとそれぞれ二皿ずつ。
頑張ってくれたのだと判る。
体調の悪い相楽に無理をさせないようにと、精一杯。
「……そうさん」
「うん?」
顔の赤みが引いた左之助が、ようやく顔を上げた。
「晩飯、一緒に食えますか?」
……言って、見上げる瞳の色に、ああやっぱり寂しかったんだと。
朝も昼もろくに構ってやれなかったから、もうそろそろ良いですか、と。
問い掛ける瞳に微笑んで。
食事は温かい内に食べないと。
食べ物達にも悪いしね。
―――――それに。
「折角の左之助の手作りだ。冷めてしまっては、勿体無いね」
赤い顔で喜ぶ仔猫に、たまのたまになら風邪も良いのかも知れない、と思った。
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インスタントでも残り物でも、頑張ってくれたんだから。
……自分、気が向いた時に食うので、大抵冷め切ったのを温めます。
でもどうせなら、出来立てで食べたいね(じゃ早く食え)。
猫を拾った。
仕事の帰り、野良犬に囲まれているのを見つけた。
尻尾を膨らませて威嚇していた猫は、見るからにまだ小さな仔猫だった。
ようやっと授乳期が終わったのではないかと思うぐらいの、小さな猫。
なんとなく見過ごす気にならなくて、野良犬を追い払ってやると、気が抜けたのかくったり地面に落ちた。
あちこち埃や泥だらけ、傷まで作っていた仔猫は、明らかに弱っていて、そのまま連れて帰ってしまった。
傷の手当てをして、風呂に入れてやって、飯を食わせてやると、仔猫はみるみる元気になった。
なった頃には愛着が沸いて、アパートの大家がペットに関して寛容だった事も手伝って、そのまま家で飼う事にした。
名前は、左之助。
左之助は、相楽に随分と懐いてくれた。
本来ならばまだ親元にいるであろう事から、恐らく、自分を親と認識したのかも知れないと思う。
しばらくすると、言葉を覚えて、喋るようになった。
相楽の呼び名は、最初、“さがらさん”から始まった。
宅急便やら電話やら、それで受け応えをするので、真似をする感覚だ。
しかし左之助も相楽宅で暮らしている以上、“相楽左之助”で“相楽さん”である。
可愛いけれどもなんだか可笑しいなと思ったので、名前の“総三”から“そうさん”と呼ばせるようにした。
すぐに覚えて、以来、“そうさん”と舌足らずに呼んで後ろをついて来る。
仕事から帰ると、にゃあにゃあ鳴いて迎えに来る。
寝ている時もあったが、相楽が帰って来るとひょっこり起きて、おかえりなさいと眠気眼を擦って言った。
もう、相楽は可愛くて仕方がなかった。
可愛くて仕方が無いのだけれど、躾はきちんとしなければならない。
元々野良であるという気質だろうか。
左之助は仔猫である事を差し引いても、暴れん坊でやんちゃだ。
気になるものにまっしぐら、時に猫らしくゴミ箱をひっくり返したりなんてこともしてくれる。
左之助は聞き分けの良い猫だったが、甘やかしたりしてはならない。
いけない事はいけない、決まりはきちんと教え込まなければ。
先日、一緒に公園まで散歩した時、通りかかった駄菓子屋の老婆から、丸いガムを貰った。
左之助はそれが大層気に入ったようで、もぐもぐといつまでも噛んでいる。
始めに味がなくなった時は、不思議そうに首を傾げて、そうなったらもう捨てるんだよと教えるまでいつまでも噛んでいた。
左之助がガムを気に入ったことを老婆に話すと、老婆は喜んで、袋に詰めて渡してくれた。
子供ばかりがお客さんの駄菓子屋だ、沢山詰めても100円にもならない。
こんなに悪い、と言ったら、老婆はいいから今度は猫ちゃんと来てね、とほわほわした笑みで言った。
結局それに甘えてガムを貰って、左之助に渡せばこれまた喜んで、今度お礼を言いに行こうと話した。
それから数日、ようやく仕事が一段落して休みを貰い、一緒に散歩に出かけた。
前と同じルートを通って。
あと一つ角を曲がったら駄菓子屋さんだと言う所で、左之助が盛大に転んだ。
「左之助、大丈夫か?」
小さな体を抱き起こすと、左之助はうーっと顔を顰めた。
しきりに足元を気にする仕種を見せるので、腕に抱えて足を持ち上げさせてみると、
「ああ、ガムか……」
「ガム?」
首を傾げて、左之助が鸚鵡返しした。
左之助の足の裏には、まだ捨てられて間もないガムがくっついていた。
べたべたとするそれが嫌で、左之助は一所懸命剥ごうとしたが、指で突くと今度は指についてしまう。
むっとした顔になって、左之助は躍起になったが、ガムはぐいぐい伸びるだけだ。
道の端に左之助を下ろして座らせてから、相楽はティッシュを取り出した。
足の裏にくっついたガムを、綺麗に取り除いてやる。
「そうさん、ガムって、あのガム?」
「ああ。誰かが此処に捨てたんだな」
「ひでェ事する奴がいるぜ」
「全くだな」
尻尾を膨らませて憤慨する左之助に、相楽はこっそりと笑った。
「こういう事にならないように、ガムはきちんと紙に包んで、ゴミ箱に捨てるんだぞ」
「オレ、ちゃんとしてます」
「ああ。良い子だ」
胸を張る左之助の頭を撫でて、相楽は立ち上がった。
ティッシュに包まれたガムは、コンビニ横のゴミ箱に捨てる。
角を曲がると、駄菓子屋が見えた。
仔猫の尻尾はゆらゆら、ゆらゆら、嬉しそうだった。
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何を思ったか仔猫さのパラレルに走りました。
飼い主は隊長、多分近くに克が住んでます。