例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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05 お手を触れないで下さい










「……おい、相楽」






呼ばれたので、はい、と振り返れば、仕事場の同僚が立っていた。
名を斉藤一と言う。



会社の飲み会に参加し、二次会にも引き摺って行かれ、ようやく解放されたのは深夜1時。
電車などとっくになくなってしまい、毎日二時間の電車通勤をしている彼は、タクシーでは少々懐が辛い。
そういった理由で、今日は飲み会場からも会社からも近い場所に居を構える相楽宅に一晩泊まる事になった。

猫がいるか大丈夫か、と問うて見たところ、本人は別段好きでもないが嫌いでもないと言う。
騒がしくなければ別に、と言うので、聞き分けの良い子だよと答えて、斉藤を家に招き入れた。


相楽が滅多に客人など家に連れて来なかったからだろう。
仔猫は始めきょとんとし、お客さんだよ、邪魔しちゃ駄目だよ、と言うと、ハイ、と返事をした。

相楽が言い付けた通り、仔猫は大人しくしていた。
遅くなった夕飯をかき込むように食べ終えた後は、うとうと舟を漕ぎ始め、
これならもう心配要らないだろうと思って、上司に囲まれた飲み会はやはり少し堅苦しかったから、少し飲み直そうと思ってキッチンの冷蔵庫に缶麦酒を取りに行った。




目を離したのは、そのほんの数秒の事だ。






「……左之助…何をした?」






斉藤の顔には引っ掻き傷。
その手には、首根っこを掴まれて固まっている飼い猫、左之助。


膝を曲げて、斉藤に捕まえられている左之助と目線を合わせる。
左之助はムスッと頬を膨らませていた。

答えそうにないのを早々に感知して、相楽は斉藤へと矛先を変える。






「……いきなり引っ掻いて来たんだ」
「違ェ! 目ェ開けたら目の前にいたから、」
「びっくりして引っ掻いてしまったのか」






宙ぶらりんのままで抗議する左之助。
汲み取って変わりに述べてみれば、左之助はこくこくと頷く。


手を伸ばしてやると、斉藤はその手に仔猫を返した。
解放された左之助は、相楽の胸に抱きついて縮こまる。






「すまない。普段、客など来ないものだから、少し驚いてしまったんだ」
「……まあ、いいがな」






くるりと背中を向けて、斉藤はリビングへと戻って行く。

左之助は相楽に抱かれたまま、その背中にいーっと牙を見せている。
そんな飼い猫の頭を撫でて、相楽は床に下ろしてやる。






「左之助、今日は先に寝ていろ」
「そうさん、どうするんですか?」
「仕事の話も少ししなくてはならないからな。もう少し起きているよ」






不満そうに唇を尖らせる左之助。
頭を撫でると、渋々と言う様子ではあったが、こくりと頷いた。


缶麦酒を数本持ってリビングに戻る。
仔猫はその奥の寝室へと、とことこ歩いていった。

……ソファに座る斉藤の傍を、可能な限り遠回りして。



缶麦酒と買い置きの摘みをテーブルに置く。
直ぐに麦酒のタブは開けられた。






「痛まないか?」
「いいや」
「そうか」






左之助はよく爪とぎをしているが、それでも伸びるのが早い。
斉藤の顔の引っ掻き傷はくっきり残っていた。

もう一度すまなかったと謝ると、別に、とぞんざいな返事。



扉一枚向こう側で、多分、仔猫はもう眠っているのだろう。
いつもならとっくに寝ている時間だ。

今の今まで起きていたのは、相楽が帰って来るの待っていたからだ。
飲み会で遅くなりそうだと朝言っておいたら、じゃあ帰って来るまで待ってますと言った。
まさか言葉の通り待っているとは思わなかった――――嬉しかったが、悪い事をしたとも思う。

出迎えてくれた時の表情を思えば、やはり寂しい思いをさせてしまったのだろう。


今日の埋め合わせは、次の休みにしてやろう。
丸一日相手をしてやる事にした。







「……随分甘くしているもんだな」






呟きは、斉藤のものだった。

何を示しているのか、いや、仔猫の事しかないだろう。






「そうだな。何せ、まだ仔猫だから」
「今から躾しておかないと、後々面倒になるぞ」
「それはそれで、ちゃんとしてるから問題ないよ。言っただろう? 聞き分けの良い子だって」






やんちゃが過ぎる事はあるが、叱ればちゃんと理解する。
子供なので、反省しても同じ事を繰り返してしまう事はあるが、自分が何をしたかは判っている。

今日も、引っ掻いた事が良くなかった事であるとは、自分で感じているだろう。
常々人を引っ掻いてはいけないと言い付けてあるし、その為に仔猫は爪研ぎを欠かさないのだ。
言わなくても判っている事を、何度も煩く言う事はあるまい。



それより、と相楽はイカに手を伸ばしながら、切り替える。






「斉藤は猫が好きなのか?」
「…なんの事だ」
「さっき左之助が言ったからな。目を開けたら、斉藤の顔が近くにあって、驚いたと」






左之助は、舟を漕いで既に寝入りかけていた。
そんな彼が目を開けた時に、近くに、と言う程の距離に他人の顔がある――――それが、一体どういう状況で起きるのか。

寝入りかけていた左之助が床に転がって寝返りを打った所で、斉藤の顔はそれ程近くにはない筈だ。







「好きなのか?」
「………知らんな」






返って来るのは、やはりぞんざいな台詞だ。

そうか。
ビールを一度煽って、そう呟いてから、











「それなら、あまりあの子をいじめないでくれよ」











うちの、大事な仔猫なのだから。















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気が付いたら、このサイトで斉藤さん初登場でした。
難しい、この人! ……隊長と絡めちゃったからか…?

最後の最後で斉藤vs隊長になっちゃいました。
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