[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
――――――あの子は準隊士で、自分は隊長で。
――――――あの人は隊長で、自分はただの準隊士で。
うとうと眠りかかっている子供に気付いて、相楽は腰を上げた。
昼間、克浩と一緒に散々街を走り回った所為だろう。
存分に駆け回って、たらふく食べた子供は、もうお休みの時間らしい。
部屋の中をぼんやり照らしていた行灯の灯火を消して、相楽は左之助に歩み寄った。
そっと抱き上げると、むずがるように身動ぎして、ぼんやりと黒々とした瞳が覗く。
「たいちょ………」
「眠るか、左之助」
ぽんぽんと、赤子を寝かしつかすように、背中を軽く叩いてやる。
鼓動の調子と同じように振動を与えられて、左之助は益々眠そうに瞼を落としかける。
敷かれていた布団に、抱き上げた時と同様、ゆっくりと下ろしてやる。
ごしごしと目元を擦る仕種が、やけに幼く見える。
特徴的なツンツン頭を撫でてやると、小さな手が咎めるようにそれを掴んだ。
「隊長、駄目っスよぉ……」
「何がだ?」
「たいちょーは…隊長、なんですから……」
ああ、またその話か、と相楽は合点が行った。
「左之助は意外と、人の目を気にするのだな」
「……オレの事じゃなくて…だから隊長が……」
父親が豪快だったと聞いたが、左之助はしっかりそれを受け継いでいる。
相手が誰でも物怖じしないし、年上だろうが年下だろうが、気に入らない事は気に入らないとはっきり進言する。
だが組織間の上下関係と言うものはちゃんと理解していて、時々こうして相楽を咎める事がある。
それは決まって相楽が左之助に触れている時で、隊長としての示しがつかない、と言うのだ。
相楽が左之助に対して甘い態度を取るのは、最早一番隊の中では公然の事であるが、
自分なんかにかかずらわっていないで、隊長らしくしていて欲しいと左之助は度々言っていた。
左之助は準隊士で、立場で言えば、隊長である相楽と並んで立つというだけで異例の事。
それだけでも左之助にとっては酷く大きな事だから、これ以上、相楽が自分に甘い態度を取るのが心配なのだ。
自分などにそうして構ってやる所為で、隊長が他の大人達から何か咎められたりしないだろうかと。
けれども左之助の心配事は杞憂である。
隊長としての執務はそれなりに全うしているつもりだし、大体、左之助を構うなと言うのが土台無理な話なのだ。
どうにも構ってやりたくて仕方がない。
「隊長は、隊長らしく…してて下さいよ……」
もう直、睡魔に負けてしまうのだろうに、こんな時まで言わなくても良いだろう。
それだけ、左之助にとっては大事な事なのだろうが。
このままでは中々寝付きそうにない子供に、相楽はくすりと笑み、
「判った判った、気を付けよう。だからもう休め」
「……はい……」
とりあえず、望む返事が返って来て少しは気が済んだらしい。
直ぐにすぅすぅ規則正しい寝息が聞こえてきた。
………相楽の手を、小さな手が掴んだままで。
――――――自分なんかに構うな、と言うのに、コレだ。
左之助の場合は無意識だから、自分よりも性質が悪いんじゃないだろうか、と相楽は思う。
小さな手を軽く握ってみれば、強く握り返されて。
………だから、構ってやりたくなるんだ。
どっちも、です。なのでおあいこ。
寝惚けた左之助ってよく書いてる気がする(気の所為…?)
「隊長、宜しいですか」
子供の怪我の手当てをしている最中、呼ばれた。
振り返ると隊士の数人がいて、ああ今後の話か、とすぐに思い至る。
「直ぐに行く」
「はい」
端的な返事をして、隊士達は背を向ける。
会議室に向かうのだろう、自分もすぐに追わなければならない。
襖が閉じられるのを待たずに、相楽は子供の手当てを再開させた。
すると、子供の方が慌ててその手を掴む。
「た、隊長、後は自分で出来ますから」
これ以上隊長の手を煩わせることと、自分の所為で先輩隊士達を待たせることと。
恐らくその両方に遠慮を感じての子供の言葉に、相楽は小さく笑んで、
「大丈夫、それ程時間はかからないか」
「だ、だったら尚更、自分で」
「そうはいっても、左之助、不器用だろう」
同じような遣り取りがあった前回、会議を終えて戻った時、左之助はまだ包帯を巻き終えていなかった。
ぐちゃぐちゃになった包帯に絡まった姿は、毛糸玉にじゃれた仔猫を思い起こさせた。
結局あの時も相楽が絡まった包帯を解き、綺麗に巻き直してやった。
相楽の言葉に、左之助は赤くなる。
今度は大丈夫ですから! と言うが、相楽は期待しなかった。
克浩がいるなら後を任せても良かったのだが、今は頼んだ買出しに出ている。
他の準隊士達に預ける手もあったが、相楽はそうしなかった。
――――この子供に手を焼くのは、自分だけでいいと、そう思っているから。
そんな相楽の思考など知らず、左之助は、今度は出来ますから、と言った。
「だから、隊長は皆のとこに行って下さい。示しがつきませんから」
「大丈夫、大丈夫。ほら、腕上げろ」
言われると、左之助は素直に両腕を上げる。
脇の下に出来た青痣を覆い隠すように包帯を巻きつけた。
「オレなんかに構ってる場合じゃないですって」
「大丈夫、大丈夫。次は左手だな」
手を差し出すと、また素直に、左之助は自分の左手の甲を見せる。
派手に擦り剥いた痕が残っている其処に、相楽は其処に濡れた手拭を当てた。
冷たさか、染みるのか、左之助の方がぴくっと跳ねる。
その様子に思わず笑うと、左之助の顔が耳まで赤くなった。
「もう、自分で出来ますってばー!」
「大丈夫、大丈夫」
何がですか、と。
喚く割には、左之助は素直に手当てを受けていた。
判っているのだ、二人とも。
大丈夫、大丈夫と繰り返す隊長が、幾ら言っても止めてくれない事も。
やります、やりますと繰り返す子供が、手当てされることを嫌がっていない事も。
隊長、絶対面白がってる(爆)。
なんだかんだで左之助も甘えてます。
幔幕を少しの間抜け出した。
隊長としてあるまじき行為であろうとは思ったけれど。
後ろをついて来る子供が嬉しそうなので、今はそれで良いかと思う事にした。
一番隊は此処数日、足止めを喰らっている。
他隊との連携が最近散漫になりがちで、対策を練っている最中だった。
実際、ついさっきまで隊長は他の隊員達と会議を続けていた。
昨日今日とまた煮詰まってしまった会議を、休憩として一時終了とした。
それから、相楽は刀持ちの子供一人を連れて幔幕を後にしたのだった。
そうして子供と二人やって来たのは、幔幕の見えない、切り立った崖の上。
「隊長、此処好きですね」
ついて来ていた子供が、定位置の距離に立って言った。
確かに、そう思われるのも無理はない。
煮詰まった会議を休憩にして幔幕を抜け出すと、決まって相楽は此処に来た。
その背中に、この子供一人だけを伴って。
はらはらと降り始めた雪の向こう側で、山の尾根が白んでいる。
ちらと足元へと目をやれば、遠く続く街道が連なっていた。
それを何気なく見ていると、足元に子供の影が重なる。
後ろを見遣れば、近付いてきた子供が一緒になって崖下を見下ろしていた。
「うっひゃ~…やっぱ高ェ……」
「あまり覗き込むと、落ちるぞ」
高い高い、おっかない、と言いながら、左之助は楽しんでいた。
そのまま乗り出すと、頭から落ちていってしまいそうで危なっかしい。
「目ェくらくらしそうっスよ。隊長は平気なんですか?」
「そうだな。お前のように覗き込んだりはしないから」
ほら危ないぞと、左之助の半纏の襟を掴んで引っ張り上げる。
左之助は、摘まれた猫のようにされるがままになった。
相楽の横、崖縁から離れた場所に下ろす。
「あまり恐ろしいことはしないでくれよ」
言うと、左之助は珍しく、むぅと不服そうな顔をした。
幼い子供は、怖いもの知らずだ。
負けん気の強い左之助であれば、尚の事。
それでも相楽の言葉に、左之助ははい、と小さな返事をする。
くしゃりとツンツン立った頭を撫でると、くすぐったそうに左之助は笑った。
手を離せば、名残を確かめるように、自分の手を撫でられた部分に当てる。
噛み締めるように触れて笑う子供に、相楽の口元も綻んだ。
―――――煮詰まった会議でささくれ掛けていた心が解される。
「隊長」
左之助の手が、相楽の羽織を軽く引っ張った。
見下ろせば、真っ直ぐに見上げてくる澄んだ瞳。
「なんかいっつも、此処にくると、オレ達二人だけですよね」
「ああ……そうだな。お前以外は、つれて来た事がないな」
子供の言葉に頷けば、左之助はまた嬉しそうに笑う。
「じゃあ此処は、オレ達だけの秘密の場所って事ですよね!」
―――――距離にすれば、そんなに遠いものではない。
幔幕が少し見えなくなった程度の、ほんの数分の場所。
切り立った崖の上。
隠されている訳でもない、踏み込むのが難しい場所でもない。
だけれど、今此処にいるのは、自分達だけ。
子供と言うのは、秘密を持つのが好きらしい。
他の誰も、自分と目の前の存在以外は、この場所を知らないと聞いて、左之助は一層嬉しそうに笑う。
左之助の親友の克浩でさえ、此処は知らないのだと言えば、また嬉しそうだった。
あまりに嬉しそうにするから、少しだけ、悪戯心が湧いた。
「しかしなぁ。明日は克浩を連れて来ようと思うんだが、どうだ?」
「え? か、克ですか…? え、あ、いや…」
「どうした、嫌か?」
「え…っと……い、嫌って訳じゃ…」
親友の事は憎くないだろうが、秘密の場所は秘密にしておきたいのだろう。
また隊長の言葉に反発するという行動は、左之助の中から綺麗さっぱり抜け落ちているようで、
言葉を濁しはするものの、嫌ですとはっきり言おうとはしなかった。
ただ、折角の秘密の場所だし、とか、オレと隊長の場所だし…とブツブツ呟いている。
相楽が半ば無意識に、左之助だけを此処に連れて来るのが当たり前のように感じていたと同じく。
左之助も、此処に来る相楽について行くのは自分だけだと感じていたのだろう。
……親友の介入を悪しく思う訳ではないのだけれど。
「此処は……オレと、隊長だけ…が、いいです……」
――――――俯き加減で言った後。
すぐに顔を上げると、いや、隊長が言うなら、克も一緒で全然構わないですから! と。
両腕をバタバタさせて、必死になっているのがまた可愛かった。
場所的には、原作回想シーンの崖の上。
隊長が左之助に滔々と語るシーンで。
時々左之助をイジメる隊長が好き(笑)。
越えてはいけない、一線を引く。
けれど子供はその無邪気さで、容易く線を越えてくる。
だから時折、判り易すぎる言葉でもって突き放す。
子供の剣術指南を引き受けてから、一週間が経つ。
飲み込みの早い子供はあっという間に上達し、荒さは目立つが、身のこなしは上手い。
しかし防御に関する事は一向に直らず、危なっかしいことこの上ない。
大人顔負けの打たれ強さは知っているけれど、だからと言って防御を覚えぬ訳にはいかない。
無手の徒手空拳のみで勝負を挑んでくる輩の方が少ないのだから。
山賊の類でも、倒幕を目論む者達でも、皆その手には刀なり鉄砲なりを携えているのだ。
そんな中に無手で挑めば捨て身とは言わぬ、ただの無駄死にになってしまう。
――――だと言うのに、子供はいつまで経っても受身の一つも覚えない。
「……やる気があるのか? 左之助」
……木刀で肩を突いた。
小さな身体は容易く吹っ飛んで、砂利の上に落ちた。
一点に凝縮された一撃の痛みは、打たれ強さを誇る子供にも流石に応えたらしい。
撃たれた肩を抑えて蹲る子供に、見守っていた幼馴染が堪り兼ねて駆け寄った。
「あ、りますっ……!」
幼馴染に支えられて起き上がった子供は、気丈な光を眼光に宿して答える。
「それなら」
「でも!!」
言われた通りに防御を覚えろ、と言おうとして。
阻んだのは他の誰でもない子供で。
木刀を手に立ち上がった子供は、心配そうな幼馴染の身体を退かせる。
「オレは、隊長の為なら、なんだって出来ます。だけど、オレが守りになったら、隊長を守る為に戦えない」
隊長の為。
守る為。
なんだって、出来る。
―――――そう言いながら。
己が“守られる”ことを、この子供は頑なに受け入れない。
「―――――隊長を守る為なら、オレは自分がどうなったっていいんです!」
他の追随を赦さない、何にも劣らぬ特攻精神。
幼い故、考えが足りない故の、無垢で無邪気で残酷な、強い心。
越えてはいけない一線を、容易く越える、幼い子供。
容易く己の生死を投げ捨てて、躊躇すべき境目を迷わぬ子供。
“誰かを守る”為に、“己を守る”ことに気付かない子供。
盲目的に慕われる事が苦しくなるのは、こんな時で。
「―――――――私は、お前に守られたいとは思わない」
幼いお前を失ってまで生き延びたいとは、思わない。
未来への光を摘んでまで生き延びたいとは、思わない。
生きていて欲しいのに、今からまるで死して本望のような言葉を吐くのなら。
戦場に置いて、日々に置いて、二度と己の前には立たせない。
一も二もなく、安全な場所に置き去りにして、全てが終わるまでは二度と隣にも立たせない。
傷付いた顔で立ち尽くす子供から、無理矢理目を逸らす。
優しい言葉で諭すことはしなかった、真っ直ぐで意地っ張りな子供はそれでは納得しないから。
逐一説明した所で、理屈では動かぬ子供の心を宥めるには足りない。
だから絶対的な言葉と態度と、立場を持って、突き放す。
守る為に投げ出そうとする強さを、認めるつもりはない。
今は幼い小さなその手は、いつかもっと大切なものを守る為に戦える筈だから。
未だに隊長を扱い兼ねてます(汗)。
厳しいところは厳しかったんじゃないかと。
子供のうちから、自分の命を捨てる事を考えるな、ってこと。
一番近い筈なのに、一番傍にいる筈なのに。
時折、酷くこの人が遠くにいるように感じるのは、何故だろう。
預けられた刀を抱き締めて、隊士達に指示を飛ばす人物を見上げながら、左之助は思う。
凛とした横顔を見上げるのは、いつもの事。
この姿勢に慣れてしまった首は、もう痛みを訴えることもなかった。
周りの隊士達が、指示に従って準備を始めている。
それをちらりと見て、なんの準備をしていたんだっけ―――と、左之助はぼんやりと思い返す。
先ほどまでの隊長の話を聞いていなかった訳ではないのだけれど、咄嗟に思い出せなかった。
見上げるその人物はと言えば、そんな左之助の様子など気付いていない。
それが無性に寂しくて、左之助はわざと抱えた刀を揺らし、小さく金属音を立てる。
そうしてようやく、その人は左之助へと視線を落とし。
「どうした、左之助」
その時、自分がどんな顔をしていたのか、左之助には判らなかった。
左之助がずっと見上げていた人物――――相楽総三は、左之助を見つめる時、いつも優しい瞳をして。
それは左之助が子供であるからなのだろうけれど、左之助は少しだけそれが嬉しかった。
なんだか自分が特別扱いされているようで、それを喜ばない程、左之助は摺れた子供ではなかった。
その時も相楽は口元に小さな笑みを浮かべ、子供を安心させるように語りかけ。
膝を折って目線の高さを左之助に合わせていた。
「もう直、出立するぞ。準備は良いか?」
「あ、はい!」
そうだ、次の目的地の話をしていたんだった。
出立するという言葉にようやく思い出し、左之助ははきはきとした返事を返す。
準備も何も、左之助の持ち物と言ったら、自分の脇差と預けられた隊長の刀のみだ。
気持ちさえしっかりと出来上がっていれば、いつだって隊長を追いかけて行ける。
しっかりとした返事に満足し、相楽は一度、左之助を見て頷いた。
それに左之助が答えるように笑うと、相楽は立ち上がる。
また凛とした顔付きで、隊長として隊士達に指示を飛ばす。
それをまた、数分前と同じように、左之助は見上げていて。
つい先ほどまで、同じ目線の高さにいた人だとは思えずに。
隣にいるのに。
傍にいるのに。
同じ目線の高さにはなれない。
子供の自分と、大人のこの人。
準隊士と、隊長。
この人がしゃがんでくれないと、同じ目線の高さになれない。
………近くて遠い、憧れの人。
隊長スキスキ左之助。
子供な自分が歯痒いのです。