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誰にも触れさせたくない、けれど。
永遠に繋ぎ止めておく術も、ない。
寒くない寒くない、と子供は言う。
生まれが生まれなだけに、冬の寒さに慣れているのは事実だろう。
それでも素手で雪遊びをすれば指先が悴み、霜焼けになる。
遊んでいる間は気にならないだろうが、後々の痛み痒みと言ったら。
それを判っていても遊びたがるから、子供が子供たる由縁なのか。
積もり積もった雪の中で朝から遊んでいた子供が二人、それにつられた大人が数人。
子供の片方は早々に根を上げ、雪遊びで感覚のなくなった手を湯に浸けていた。
大人もちらほらと湯に当たっていたが、子供のもう片方は遊びっ放しだ。
「左之助、そろそろ終わりにしろよ」
克浩や隊士達が幾ら言っても止めないので、案の定、お鉢が回ってきた。
ぴくりと反応した左之助は、取り合えず手に持っていた最後の雪球を勢い良く投げ、振り返る。
「まだ遊び足りないとは思うが、な」
「や、気ィ済みました!」
言って、左之助は冷たくなった手に息を当てる。
指先が真っ赤になった手は、それだけでは感覚を取り戻してくれない。
克浩が桶を持って立ち上がる。
最初は湯気を立てていたそれは、今はすっかり冷えて水になってしまった。
ちょっと待ってろよ、と克浩が言って、宿の奥へと歩いて行く。
それに短い返事だけをして、左之助は縁側に上がった。
「左之助、おいで」
縁側の縁に腰を下ろそうとした左之助に手招きする。
左之助はしばしきょとんとした顔をしたが、素直に此方に近付いてきた。
縁側よりも部屋の中の方が暖かい。
火鉢もある。
障子戸を閉めるように言うと、すっかり部屋の中は温もりだけで閉じ込められた。
自分の直ぐ前に座るように示すと、これも素直に言う事を聞く。
間近で見た左之助の手は、赤く、触れれば酷く冷たくなっていた。
「随分遊んだな、左之助」
「そっスか?」
「手が冷たい」
「隊長は、あったかいです」
「それはお前が冷えているからだよ」
左之助の言葉に眉尻を下げて言えば、そうですか? と左之助は首を傾げる。
元気が良過ぎるのも考えものか。
思いながら、相楽は左之助の手を両手で包み込んだ。
「た、隊長、何してんスか」
真っ赤になって慌てる左之助。
いつも自分から遠慮なく手を伸ばしてくるのに、此方がこうして触れると焦る。
今更着にする事でもあるまいにと相楽は胸中で一人ごちた。
克浩が帰ってくるのを、まだかまだかと言うように、左之助はきょろきょろと首を巡らせる。
閉じ込めた手の中、冷たくなった小さな手。
いつもの熱さが嘘のように、今はまるで凍ったように思える。
だから素手で雪遊びはしない方が良いと忠告したのに。
慣れているから平気です、なんて言って、飛び出していくのだから困ったものだ。
包んだ手の温もりを分け与えるように、擦る。
左之助はまた慌てた顔をしたが、結局何も言わなかった。
手が酷く悴んでいる事に、ようやく自覚が沸いたらしい。
とたとた足音がして、克浩が戻ってきたのが判った。
左之助がそれに気付いたのと同時に、手を離す。
一瞬、左之助の手が彷徨ったのは判ったが、気付かない振りをして障子戸を開けた。
「すいません、隊長」
「いいや」
「ほら左之、早くこれに手浸けろ。足も出せ、蒸すから」
運んできた湯に手拭を浸しながら、てきぱきと指示する克浩。
左之助は素直にそれに頷いて、足を克浩に預け、桶の湯に手を浸ける。
冷気が部屋に馴染まないうちに、相楽は障子戸を閉めた。
火鉢の傍に腰を下ろし、じゃれあう子供達を眺める。
冷たく悴んでいた手は、もう殆ど子供本来の熱を取り戻しているだろう。
その手を、ほんの束の間、閉じ込めることは出来るのに。
それ以上には進めない。
最後の最後で悩んだお題でした。
婚姻て……(滝汗)!!
隊長、結婚してるもんねぇ。
照さん関連の話もいいかと思ったけど、如何せん資料が見付かりませんでした(泣)。
この手がいつまで此処に在るのか。
この手が、いつまで届くのか。
不安に思うよりも、先に。
子供特有の熱が、手袋越しに伝わってくる。
同じ子供でも、克浩はこんなにも熱くはなかったと思うのだけれど。
でも、この子供の手が冷たい事も想像がつかなかった。
恥ずかしそうに照れ臭そうに、でも嬉しそうに、子供らしい力で握られる、己の手。
決して綺麗とは言えない自分の手を、宝物のように包んでくれる、小さな掌が愛しかった。
見下ろせば、見上げる瞳とぶつかって、
「寒いっスね」
その言葉に、そうだなと返す。
寒い。
でも、繋いだ手は暖かい。
吐く息が白くて、それが益々体感温度を下げるような気がした。
「早く、春になって欲しいっスね」
「…そうだな」
春になれば、山の行軍も幾らか楽になるだろう。
でも、その頃になっても、繋ぐ手は変わらないのだ、きっと。
「克が寒い寒いって、煩いんですよ」
「お前は、寒くはないか?」
「オレぁ平気っス」
にっと笑って、寒さの所為か照れ臭さか、紅くなった鼻頭を掻く。
繋いでいた手を、ぎゅっと握れば、嬉しそうに握り返してきた。
握れば握り返してくる、小さな手。
まだ子供らしく柔らかさを残す、幼い手。
その手がとても愛しくて。
―――――――でも、きっといつかは手放さなければならないのだろう。
近い日か、遠い未来か、それは知らない。
知らないけれど、いつまでもこうして手を繋いでいる事は出来ないだろう。
子供の成長は、遅いようで、早いのだから。
大人になれば庇護など必要なくなるし、左之助も己の道を探すようになる。
今は盲目的に自分の事を慕ってくれるけれど、その内、もっと外の世界を見るようになる筈だ。
出来る事なら、それを妨げてしまいたいと思う自分は、なんて身勝手なのか。
いつかこの手は大きくなり、必然、相楽の手から離れていくだろう。
それを、いつの間にか惜しく感じて、このままでいたいなんて。
「隊長?」
不思議そうに呼ぶ声に、なんでもないよと微笑んだ。
左之助はきょとんとして首を傾げる。
そんな左之助の右目の上、瞼に口付けを落とす。
「隊長、どうかしたんですか?」
触れ合い程度にしか、意味を理解していない子供。
なんでもないよともう一度言って、また口付ける。
左之助はくすぐったそうに笑って、繋いだままの手にまた力を込めた。
いつまで、一緒にいられるだろう。
いつまで、この手を繋いでいられるだろう。
出来る事なら、ずっと離さないでいたいと願う。
左之助は“ずっと一緒にいる”ともう決定事項的に思ってるかと。
まだまだ子供なので。
近くて遠い、そんな関係。
ほんの少しでも立ち止まったら、あっと言う間に置いて行かれる。
そう思うから左之助は、いつも一所懸命、足を動かした。
子供には辛い山道でも、自分だって田舎育ちなのだから大丈夫だと言い聞かせて。
高い高い谷の上、揺れる吊り橋を渡る時も、自分は軽いから落ちたりなんかしないと言い聞かせて。
怖いことなんて、なんにも何一つとしてないんだと、幼心を奮い立たせて。
長い長い行軍に、足にマメが出来て、潰れた。
痛かったけれど、その程度の事で皆の足を止めて迷惑をかけたくなかった。
だから必死で痛いのを我慢して、一所懸命、大好きな背中を追い駆けた。
置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。
マメが出来た箇所を出来るだけ圧迫しないように、踵に体重をかけたり、足の甲を丸めようとしてみたり。
そんな事をしながら、なるべく歩き方が可笑しくならないように、気を付けて歩く。
置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。
痛みを少しの間堪える為に、時々、ほんの数瞬立ち止まる。
隊長が振り返ろうとする仕種を見せたら、直ぐに歩き出す。
隣に並んで見上げれば、敬愛する人は苦笑を漏らして進んでいく。
心配なんてして貰えたら、きっと死ぬほど嬉しいけれど、同時に死ぬほど申し訳なく思ってしまう。
だから左之助は、一所懸命、痛みを我慢して歩く。
でも、その時は痛みと疲労で堪えた足が、縺れて。
「左之助」
転んだ左之助に、いち早く気付いたのは隊長だった。
後ろに並んでいた隊士達よりも、誰よりも早く。
「おい、左之助、大丈夫か?」
「足ィマメ出来てんじゃねェか、お前」
言って、隊士の一人が左之助の草鞋を解く。
案の定、足の裏は血塗れだった。
それを見た隊長が、短いけれど溜め息を吐いたから、左之助は泣きそうになった。
けれど顔を上げた時にはちゃんと笑顔で、左之助は言う。
「へへ、すんません」
「……左之助…」
「大丈夫っスよ、これぐらい。あの、隊長も皆も先行って下さい。其処の川で足洗ったら、すぐ追っ駆けます」
想像していた通り、眉を潜めた隊長に、左之助は努めて明るく告げた。
隊士の持っていた血の滲んだ草鞋を返して貰うと、片足でひょこひょこと、傍を流れていた川に向かう。
左之助、と幼馴染が呼ぶのが聞こえた。
へーきへーき、と空の手をひらひら振りながら告げながら、本当は、心底泣きたかった。
あの幼馴染だって足の裏は同じぐらい血塗れなのに、どうして自分だけ転んだりしたのだろう。
それが、隊長の隣に並ぼうと、彼を追いかける分だけ必死になっている所為だとは、判らない。
この当りには攘夷志士の気配もなく、山賊達もいない。
野生動物も鹿や野兎が精々で、子供を一人残しても、特に危険はなかった。
難があるのは、少々険しい山道だけ。
進めるうちに進まなければならないのだから、自分になんか構ってないで、先に進んで欲しい。
―――――前進、と支持を出すのが聞こえた。
………置いていかれる事に、自分で言っておいて、泣きそうになった。
(隊長は、オレよりずっと先を歩いてる)
(オレなんかより、ずっとずっと先を見てる)
(だから、オレなんかがあの人の足を止めちゃ駄目なんだ)
刀持ちをさせて貰って、隣を歩くことを赦されているけれど。
誰よりも近くにいさせてもらえる事を、ずっとずっと誇りに思うけど。
それでもあの人が立っているのは、常に、自分なんかじゃ届かない程に遠い場所。
だから、だから。
これ以上離れてしまわないように、置いていかれないように。
一所懸命歩いて来たけど。
痛い。
足の痛みじゃなくて、置いていかれた痛みが。
今よりもまた、ずっとずっと離れてしまう痛みが。
「……いてェ…………」
呟いたのは、無意識。
涙を拭ったのも、無意識。
「だったら、そんなになるまで我慢するんじゃない」
――――――――置いていかれなかった目の前の現実に、呆然として。
頭を撫でる手が好きで、やっぱり離れたくないと思った。
隊長×仔さのの物理的な距離は、殆どゼロだと思ってます。
隊長の隊服の裾掴んだりとかしてたし、刀持ちなんてさせて貰ってた位だし。
でもメンタル面はそうもいかんだろうなーと思って、こんな文章出ました。
手に入れる事は出来ない。
手に入れる事など赦されない。
だけど、でも、だからこそ――――――……
「――――――隊長……?」
自分を見上げる子供の眼に、怯えという名の感情の色が灯ったのは、これが初めてだ。
いつだって子供は無邪気に、尊敬と言う感情をぶつけて来た。
それはあまりにも透明すぎる子供らしい感情で、裏切ってしまうのを躊躇わせる。
きっと誰にも劣ることなどなく、子供は真っ直ぐに相楽を見つめて来た。
その子供の純粋すぎる想いを、滅茶苦茶に壊してみたくなったのは、いつからだっただろうか。
「隊、」
「じっとして」
見上げた先にある大人の顔に、この子供は何を思うだろう。
これでもまだ、自分が信じた“隊長”を信じようとするのだろうか。
そして子供は何があっても、目の前の人間を嫌うことなどあるまい。
その考えは殆ど確信となっていて、相楽は小さく笑みを浮かべる。
例えばこのまま細い首を締め上げても、子供はきっと恨みもしなければ妬みもしないし、憎むこともない。
子供が相楽に向ける目は、余りにも透明すぎて、邪な感情など欠片も宿してはいないのだから。
まだ世界のことなど一握りにもならぬ程しか知らない子供だ。
相楽は、その子供の世界で、絶対神にも似た位置に存在している。
神に心酔した殉教者は、天から火の雨が降ろうと、地が割れ飲み込まれようとも、神を憎むことはないだろう。
これは神が己に課した試練であり、尚も神を信じようとするだろう。
――――――子供にとっての相楽は、それだった。
「んぐ……」
口付けて、その咥内を好きに蹂躙した。
容易く子供の息は上がり、息苦しさに目尻に涙が浮かんだ。
酸素を求めてか、抗議する様に小さな手が相楽の胸を押す。
止めるなら、今だ。
ちょっと揶揄い過ぎたなと、笑って流して、なかった事にすればいい。
子供はまだ、穢れていない。
まだ、この手の中に閉じ込めることはない。
赦されない領域に、まだ、踏み込んでは、いない。
止めるなら、止めるなら、止めるなら。
「た、い……ちょ………」
息が出来ない。
苦しい。
助けて。
そんな風に、子供が救いを求める相手は、今その呼吸を奪っている人間で。
己を追い詰めている人間が誰であるかぐらい、子供だって判っているだろうに。
それでも救いを求める相手を、迷う事無く、子供は選ぶ。
助けて。
助けて。
助けて、隊長。
自分の手で追い詰めて。
その相手に縋る子供が、無性に愛しくて。
手に入れる事は、赦されない。
それなら、せめて。
同じ場所まで、堕ちておいで。
ダークな隊長。
左之、食われるよ!
いずれは、この手を離さなければならなかったのだから。
泣きそうな顔で、不安そうに見上げてくる子供を、抱き締めてやりたかった。
だけれどそうしたら、無理にでも連れて行きたくなるから、止めた。
いい機会だと、思ったと言ったら、この子は泣くだろうか。
本当の意味を教えなかったら、きっと誤解してしまうに違いない。
でも、その方が良いのかも知れない。
この子は、自分に傾き過ぎているから。
「相楽隊長……」
預けた刀から解放された手が、心許ないように彷徨った。
その手を掴みたくて、でも引きずり込んではいけないから、自制する。
子供はそれさえ振り切って、幼い手を掴んで引っ張って欲しいのだろうけれど。
子供がどんなに自分に傾倒したとて、許される範囲には限りがある。
そして自分がどんなに子供の事を許したとて、それにはいつか限界が来る。
幼い手を引いていられるのは、幼いうちだけだと判っている。
でも子供は幼いから、そんな事は知らない。
いつまでもその手を繋いでいられるのだと、信じて疑うことはない。
誰に何を言われたとしても。
だから離す事が出来る内に、解放してやらなければならなかった。
けれど、過ごす刻が増えて行く度、繋いだ手を放したくないと思ってしまう。
このままずっと手を繋いで、時間が止まれば良いとさえ。
―――――それほど、この子の手はとても心地の良いものだったから。
「大丈夫」
「…………」
子供はいつか大人になって、大人の庇護から解放される刻が来る。
その時になってまで、この手を繋いでいては駄目だ。
だから、いい機会だと思った。
だってこれ以上一緒にいたら、引きずり込んでしまいたくなる。
子供の未来を潰してでも、同じ場所に堕としてしまいたくなるから。
まだ、それに自制が効く程には、後戻り出来るから。
「心配するな」
いつか。
いつか。
子供がいつか、大人になって。
庇護が必要でなくなっても、この手をもしも繋いだままでいたとしたら。
きっと誰かに引き離されてしまう日が来るだろうから。
その前に、手を離そうか。
お前の未来がまだ、透明なままでいる今の内に。
いつか、何も知らぬ誰かに無情に引き裂かれてしまうくらいなら。
私の手で、お前を此処から解放しよう。
これじゃ隊長エゴイスト……(汗)
てゆか、隊長書くたびに性格が違う…?