例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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10 手は繋げども婚姻の縁はつなげない













誰にも触れさせたくない、けれど。
永遠に繋ぎ止めておく術も、ない。










寒くない寒くない、と子供は言う。
生まれが生まれなだけに、冬の寒さに慣れているのは事実だろう。

それでも素手で雪遊びをすれば指先が悴み、霜焼けになる。
遊んでいる間は気にならないだろうが、後々の痛み痒みと言ったら。
それを判っていても遊びたがるから、子供が子供たる由縁なのか。


積もり積もった雪の中で朝から遊んでいた子供が二人、それにつられた大人が数人。
子供の片方は早々に根を上げ、雪遊びで感覚のなくなった手を湯に浸けていた。
大人もちらほらと湯に当たっていたが、子供のもう片方は遊びっ放しだ。






「左之助、そろそろ終わりにしろよ」






克浩や隊士達が幾ら言っても止めないので、案の定、お鉢が回ってきた。
ぴくりと反応した左之助は、取り合えず手に持っていた最後の雪球を勢い良く投げ、振り返る。






「まだ遊び足りないとは思うが、な」
「や、気ィ済みました!」






言って、左之助は冷たくなった手に息を当てる。
指先が真っ赤になった手は、それだけでは感覚を取り戻してくれない。


克浩が桶を持って立ち上がる。
最初は湯気を立てていたそれは、今はすっかり冷えて水になってしまった。

ちょっと待ってろよ、と克浩が言って、宿の奥へと歩いて行く。
それに短い返事だけをして、左之助は縁側に上がった。







「左之助、おいで」






縁側の縁に腰を下ろそうとした左之助に手招きする。
左之助はしばしきょとんとした顔をしたが、素直に此方に近付いてきた。

縁側よりも部屋の中の方が暖かい。
火鉢もある。
障子戸を閉めるように言うと、すっかり部屋の中は温もりだけで閉じ込められた。


自分の直ぐ前に座るように示すと、これも素直に言う事を聞く。



間近で見た左之助の手は、赤く、触れれば酷く冷たくなっていた。







「随分遊んだな、左之助」
「そっスか?」
「手が冷たい」
「隊長は、あったかいです」
「それはお前が冷えているからだよ」






左之助の言葉に眉尻を下げて言えば、そうですか? と左之助は首を傾げる。

元気が良過ぎるのも考えものか。
思いながら、相楽は左之助の手を両手で包み込んだ。







「た、隊長、何してんスか」






真っ赤になって慌てる左之助。
いつも自分から遠慮なく手を伸ばしてくるのに、此方がこうして触れると焦る。
今更着にする事でもあるまいにと相楽は胸中で一人ごちた。

克浩が帰ってくるのを、まだかまだかと言うように、左之助はきょろきょろと首を巡らせる。



閉じ込めた手の中、冷たくなった小さな手。
いつもの熱さが嘘のように、今はまるで凍ったように思える。

だから素手で雪遊びはしない方が良いと忠告したのに。
慣れているから平気です、なんて言って、飛び出していくのだから困ったものだ。


包んだ手の温もりを分け与えるように、擦る。
左之助はまた慌てた顔をしたが、結局何も言わなかった。
手が酷く悴んでいる事に、ようやく自覚が沸いたらしい。





とたとた足音がして、克浩が戻ってきたのが判った。
左之助がそれに気付いたのと同時に、手を離す。

一瞬、左之助の手が彷徨ったのは判ったが、気付かない振りをして障子戸を開けた。







「すいません、隊長」
「いいや」
「ほら左之、早くこれに手浸けろ。足も出せ、蒸すから」







運んできた湯に手拭を浸しながら、てきぱきと指示する克浩。
左之助は素直にそれに頷いて、足を克浩に預け、桶の湯に手を浸ける。


冷気が部屋に馴染まないうちに、相楽は障子戸を閉めた。
火鉢の傍に腰を下ろし、じゃれあう子供達を眺める。












冷たく悴んでいた手は、もう殆ど子供本来の熱を取り戻しているだろう。


その手を、ほんの束の間、閉じ込めることは出来るのに。
それ以上には進めない。














最後の最後で悩んだお題でした。
婚姻て……(滝汗)!!

隊長、結婚してるもんねぇ。
照さん関連の話もいいかと思ったけど、如何せん資料が見付かりませんでした(泣)。
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09 いつまで一緒に居られるのだろう











この手がいつまで此処に在るのか。
この手が、いつまで届くのか。

不安に思うよりも、先に。










子供特有の熱が、手袋越しに伝わってくる。
同じ子供でも、克浩はこんなにも熱くはなかったと思うのだけれど。
でも、この子供の手が冷たい事も想像がつかなかった。

恥ずかしそうに照れ臭そうに、でも嬉しそうに、子供らしい力で握られる、己の手。
決して綺麗とは言えない自分の手を、宝物のように包んでくれる、小さな掌が愛しかった。



見下ろせば、見上げる瞳とぶつかって、







「寒いっスね」






その言葉に、そうだなと返す。

寒い。
でも、繋いだ手は暖かい。


吐く息が白くて、それが益々体感温度を下げるような気がした。






「早く、春になって欲しいっスね」
「…そうだな」






春になれば、山の行軍も幾らか楽になるだろう。
でも、その頃になっても、繋ぐ手は変わらないのだ、きっと。






「克が寒い寒いって、煩いんですよ」
「お前は、寒くはないか?」
「オレぁ平気っス」






にっと笑って、寒さの所為か照れ臭さか、紅くなった鼻頭を掻く。
繋いでいた手を、ぎゅっと握れば、嬉しそうに握り返してきた。



握れば握り返してくる、小さな手。
まだ子供らしく柔らかさを残す、幼い手。

その手がとても愛しくて。





―――――――でも、きっといつかは手放さなければならないのだろう。




近い日か、遠い未来か、それは知らない。
知らないけれど、いつまでもこうして手を繋いでいる事は出来ないだろう。
子供の成長は、遅いようで、早いのだから。

大人になれば庇護など必要なくなるし、左之助も己の道を探すようになる。
今は盲目的に自分の事を慕ってくれるけれど、その内、もっと外の世界を見るようになる筈だ。


出来る事なら、それを妨げてしまいたいと思う自分は、なんて身勝手なのか。



いつかこの手は大きくなり、必然、相楽の手から離れていくだろう。
それを、いつの間にか惜しく感じて、このままでいたいなんて。








「隊長?」








不思議そうに呼ぶ声に、なんでもないよと微笑んだ。
左之助はきょとんとして首を傾げる。

そんな左之助の右目の上、瞼に口付けを落とす。







「隊長、どうかしたんですか?」






触れ合い程度にしか、意味を理解していない子供。

なんでもないよともう一度言って、また口付ける。
左之助はくすぐったそうに笑って、繋いだままの手にまた力を込めた。











いつまで、一緒にいられるだろう。

いつまで、この手を繋いでいられるだろう。




出来る事なら、ずっと離さないでいたいと願う。















左之助は“ずっと一緒にいる”ともう決定事項的に思ってるかと。
まだまだ子供なので。

08 常に離れていて不安ばかりが募って











近くて遠い、そんな関係。










ほんの少しでも立ち止まったら、あっと言う間に置いて行かれる。
そう思うから左之助は、いつも一所懸命、足を動かした。

子供には辛い山道でも、自分だって田舎育ちなのだから大丈夫だと言い聞かせて。
高い高い谷の上、揺れる吊り橋を渡る時も、自分は軽いから落ちたりなんかしないと言い聞かせて。
怖いことなんて、なんにも何一つとしてないんだと、幼心を奮い立たせて。


長い長い行軍に、足にマメが出来て、潰れた。
痛かったけれど、その程度の事で皆の足を止めて迷惑をかけたくなかった。
だから必死で痛いのを我慢して、一所懸命、大好きな背中を追い駆けた。




置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。





マメが出来た箇所を出来るだけ圧迫しないように、踵に体重をかけたり、足の甲を丸めようとしてみたり。
そんな事をしながら、なるべく歩き方が可笑しくならないように、気を付けて歩く。




置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。





痛みを少しの間堪える為に、時々、ほんの数瞬立ち止まる。
隊長が振り返ろうとする仕種を見せたら、直ぐに歩き出す。
隣に並んで見上げれば、敬愛する人は苦笑を漏らして進んでいく。

心配なんてして貰えたら、きっと死ぬほど嬉しいけれど、同時に死ぬほど申し訳なく思ってしまう。
だから左之助は、一所懸命、痛みを我慢して歩く。



でも、その時は痛みと疲労で堪えた足が、縺れて。







「左之助」







転んだ左之助に、いち早く気付いたのは隊長だった。
後ろに並んでいた隊士達よりも、誰よりも早く。






「おい、左之助、大丈夫か?」
「足ィマメ出来てんじゃねェか、お前」





言って、隊士の一人が左之助の草鞋を解く。
案の定、足の裏は血塗れだった。

それを見た隊長が、短いけれど溜め息を吐いたから、左之助は泣きそうになった。
けれど顔を上げた時にはちゃんと笑顔で、左之助は言う。





「へへ、すんません」
「……左之助…」
「大丈夫っスよ、これぐらい。あの、隊長も皆も先行って下さい。其処の川で足洗ったら、すぐ追っ駆けます」





想像していた通り、眉を潜めた隊長に、左之助は努めて明るく告げた。
隊士の持っていた血の滲んだ草鞋を返して貰うと、片足でひょこひょこと、傍を流れていた川に向かう。

左之助、と幼馴染が呼ぶのが聞こえた。
へーきへーき、と空の手をひらひら振りながら告げながら、本当は、心底泣きたかった。
あの幼馴染だって足の裏は同じぐらい血塗れなのに、どうして自分だけ転んだりしたのだろう。
それが、隊長の隣に並ぼうと、彼を追いかける分だけ必死になっている所為だとは、判らない。


この当りには攘夷志士の気配もなく、山賊達もいない。
野生動物も鹿や野兎が精々で、子供を一人残しても、特に危険はなかった。
難があるのは、少々険しい山道だけ。

進めるうちに進まなければならないのだから、自分になんか構ってないで、先に進んで欲しい。




―――――前進、と支持を出すのが聞こえた。

………置いていかれる事に、自分で言っておいて、泣きそうになった。








(隊長は、オレよりずっと先を歩いてる)

(オレなんかより、ずっとずっと先を見てる)



(だから、オレなんかがあの人の足を止めちゃ駄目なんだ)








刀持ちをさせて貰って、隣を歩くことを赦されているけれど。
誰よりも近くにいさせてもらえる事を、ずっとずっと誇りに思うけど。

それでもあの人が立っているのは、常に、自分なんかじゃ届かない程に遠い場所。


だから、だから。
これ以上離れてしまわないように、置いていかれないように。
一所懸命歩いて来たけど。


痛い。

足の痛みじゃなくて、置いていかれた痛みが。
今よりもまた、ずっとずっと離れてしまう痛みが。







「……いてェ…………」







呟いたのは、無意識。
涙を拭ったのも、無意識。










「だったら、そんなになるまで我慢するんじゃない」













――――――――置いていかれなかった目の前の現実に、呆然として。


頭を撫でる手が好きで、やっぱり離れたくないと思った。
















隊長×仔さのの物理的な距離は、殆どゼロだと思ってます。
隊長の隊服の裾掴んだりとかしてたし、刀持ちなんてさせて貰ってた位だし。

でもメンタル面はそうもいかんだろうなーと思って、こんな文章出ました。

07 手に入れることなど出来ない














手に入れる事は出来ない。
手に入れる事など赦されない。

だけど、でも、だからこそ――――――……













「――――――隊長……?」







自分を見上げる子供の眼に、怯えという名の感情の色が灯ったのは、これが初めてだ。


いつだって子供は無邪気に、尊敬と言う感情をぶつけて来た。
それはあまりにも透明すぎる子供らしい感情で、裏切ってしまうのを躊躇わせる。
きっと誰にも劣ることなどなく、子供は真っ直ぐに相楽を見つめて来た。

その子供の純粋すぎる想いを、滅茶苦茶に壊してみたくなったのは、いつからだっただろうか。






「隊、」
「じっとして」






見上げた先にある大人の顔に、この子供は何を思うだろう。
これでもまだ、自分が信じた“隊長”を信じようとするのだろうか。

そして子供は何があっても、目の前の人間を嫌うことなどあるまい。


その考えは殆ど確信となっていて、相楽は小さく笑みを浮かべる。
例えばこのまま細い首を締め上げても、子供はきっと恨みもしなければ妬みもしないし、憎むこともない。
子供が相楽に向ける目は、余りにも透明すぎて、邪な感情など欠片も宿してはいないのだから。

まだ世界のことなど一握りにもならぬ程しか知らない子供だ。
相楽は、その子供の世界で、絶対神にも似た位置に存在している。
神に心酔した殉教者は、天から火の雨が降ろうと、地が割れ飲み込まれようとも、神を憎むことはないだろう。
これは神が己に課した試練であり、尚も神を信じようとするだろう。

――――――子供にとっての相楽は、それだった。







「んぐ……」






口付けて、その咥内を好きに蹂躙した。
容易く子供の息は上がり、息苦しさに目尻に涙が浮かんだ。

酸素を求めてか、抗議する様に小さな手が相楽の胸を押す。



止めるなら、今だ。
ちょっと揶揄い過ぎたなと、笑って流して、なかった事にすればいい。


子供はまだ、穢れていない。
まだ、この手の中に閉じ込めることはない。

赦されない領域に、まだ、踏み込んでは、いない。




止めるなら、止めるなら、止めるなら。







「た、い……ちょ………」







息が出来ない。
苦しい。

助けて。


そんな風に、子供が救いを求める相手は、今その呼吸を奪っている人間で。
己を追い詰めている人間が誰であるかぐらい、子供だって判っているだろうに。
それでも救いを求める相手を、迷う事無く、子供は選ぶ。




助けて。
助けて。

助けて、隊長。




自分の手で追い詰めて。
その相手に縋る子供が、無性に愛しくて。













手に入れる事は、赦されない。



それなら、せめて。







同じ場所まで、堕ちておいで。
















ダークな隊長。
左之、食われるよ!

06 引き裂かれる運命











いずれは、この手を離さなければならなかったのだから。










泣きそうな顔で、不安そうに見上げてくる子供を、抱き締めてやりたかった。
だけれどそうしたら、無理にでも連れて行きたくなるから、止めた。


いい機会だと、思ったと言ったら、この子は泣くだろうか。
本当の意味を教えなかったら、きっと誤解してしまうに違いない。
でも、その方が良いのかも知れない。

この子は、自分に傾き過ぎているから。








「相楽隊長……」








預けた刀から解放された手が、心許ないように彷徨った。
その手を掴みたくて、でも引きずり込んではいけないから、自制する。
子供はそれさえ振り切って、幼い手を掴んで引っ張って欲しいのだろうけれど。



子供がどんなに自分に傾倒したとて、許される範囲には限りがある。
そして自分がどんなに子供の事を許したとて、それにはいつか限界が来る。

幼い手を引いていられるのは、幼いうちだけだと判っている。
でも子供は幼いから、そんな事は知らない。
いつまでもその手を繋いでいられるのだと、信じて疑うことはない。
誰に何を言われたとしても。


だから離す事が出来る内に、解放してやらなければならなかった。


けれど、過ごす刻が増えて行く度、繋いだ手を放したくないと思ってしまう。
このままずっと手を繋いで、時間が止まれば良いとさえ。

―――――それほど、この子の手はとても心地の良いものだったから。








「大丈夫」
「…………」








子供はいつか大人になって、大人の庇護から解放される刻が来る。
その時になってまで、この手を繋いでいては駄目だ。


だから、いい機会だと思った。
だってこれ以上一緒にいたら、引きずり込んでしまいたくなる。

子供の未来を潰してでも、同じ場所に堕としてしまいたくなるから。



まだ、それに自制が効く程には、後戻り出来るから。









「心配するな」









いつか。
いつか。

子供がいつか、大人になって。
庇護が必要でなくなっても、この手をもしも繋いだままでいたとしたら。
きっと誰かに引き離されてしまう日が来るだろうから。



その前に、手を離そうか。

お前の未来がまだ、透明なままでいる今の内に。











いつか、何も知らぬ誰かに無情に引き裂かれてしまうくらいなら。


私の手で、お前を此処から解放しよう。














これじゃ隊長エゴイスト……(汗)
てゆか、隊長書くたびに性格が違う…?