例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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05 キミに届けばいいと思う









隊長、と。
駆け抜けていく、唯一同じ年の準隊士。

その彼に、この想いが届くことはないと思う、けれど。








克浩はいつも左之助を見てるなぁ、と。
そう言ったのは、壮年の隊士だった。


人を観察するのが趣味だというこの人物は、一番隊の面々の癖というのもよく知っていた。
初めてそれを聞いた時は変な趣味だと思ったものだが、聞いて見ると色々と面白い。
その人その人にある些細な仕種一つで、嘘を見破ってみたりするのだから、いつしか素直に凄いと思うようになった。

しかしこの事を言われた時―――自覚はしていたけれど、ヤバい、と思った。
何故なら言われた時に、左之助が隣にいたからだ。





「なんでェ、そりゃあ。オレ見て楽しいのか? 克は」
「……いや、楽しいというより……危なっかしいから目に付くというか」
「ハハハ。そりゃあそうだなァ」





克浩の言葉に、左之助はカチンと眉根を寄せ、壮年の隊士は手を叩いて笑った。


実際、後先考えずに突っ込む気質の左之助だ。
慎重派と言って相違ないであろう克浩にしてみると、実に危なっかしくて放って置けない。

――――――でも、理由がそれだけじゃないのは、自分が一番よく判っていた。






「しかし、それにしたってよく見てるな」
「そんなに見てんのか?」






隊士の言葉に、左之助がまた聞いてきた。
本心を知られたくなくて、また同じ台詞――「危なっかしいから」と返す。

繰り返し言われれば、腹が立つのも当然で。
増して左之助なのだから、そういう結果も予想できなかった訳ではない。
案の定拳が振ってきて、克浩は慌ててそれを避けた。


そのまま追いかけっこになった幼い準隊士を、壮年の隊士は笑って眺めていた。



―――けれど、それも長くは続かなかった。








「左之助ー、左之助ー」









遠くから投げかけられた声に、ぴたりと左之助が止まる。







「隊長ー!」







克浩を追い掛け回していた事だとか、それに至る理由だとか。
キレイさっぱり見事に忘れたように、左之助はぱっと笑顔になって、声のした方向へ駆け出した。

それを、克浩は目で追い駆ける。




呼んだのはやはり、相楽隊長で。
呼ばれた左之助はやはり、至上の幸福でも受けたかのように嬉しそうで。

克浩はいつも、それを遠くから見ている。


克浩の向ける視線の意味を、左之助が知る事はない。
克浩がどんなに左之助を想っても、それを左之助が知る事はない。

ずっと、ずっと、ずっと。



それは時々、とても歯痒くて、辛くもなる、けれど。










「克ー! 克!」










左之助が、嬉しそうに此方に手を振っている。
一体何を言われたのか、聊か興奮しているようにも見えた。
傍らに膝をついている相楽隊長は、苦笑している。


壮年の隊士が、ほら行った行ったと手を振った。
言われなくても行くと言うと、やはりその隊士は声を上げて笑う。

走り出せば、早く早くと急かす声がした。







「おもしれェもん隊長が見せてくれるってよ! 早く来いよ!」







言って、左之助が手を伸ばす。
答えるように、克浩も手を伸ばした。













この、想いが。

想いを乗せた、言の葉が。



届くことはないと、思う、けれど。







今はこの手が君に届けば、幸せだから、いいんだ。

















段々報われなさ過ぎて可哀想になってきたかも知れない(汗)。
報われる克浩ってどう書いたらいいですか(えぇ!?)
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04 キミを攫って何処か遠くへ










海というものを、左之助も克浩も見た事がなかった。

左之助は信州の山間にある村の出身で、克浩も海など話にしか聞いた事がない。
だから、海沿いの出身だという隊士の話を、飽きずに何度も聞かせて貰っていた。


今日もその話を聞いている最中、左之助がポツリと呟いた。








「見てみてェな、海」








話を聞いてばかりいるうちに、海への情景は益々強くなっていく。
見渡す限り、だだっ広い蒼が広がっているなんて、まだ左之助は想像できなかった。
絵に描かれたものは見た事があるけれど、やはり百聞は一見に如かず。
模造されたものを見る度、一度でいいから本物が見てみたい、という思いは強くなっていった。

それは克浩も同じで、見た事のないものの話を聞けば、知識欲が刺激される。


左之助の言葉に頷けば、同志がいると知ってか、左之助の表情がぱっと明るいものになる。







「やっぱ克も見てみてェか?」
「そりゃあな。でも、この時期の海は勘弁だ」






克浩の言葉に、左之助はなんでだ、と首を傾げた。



今の季節は冬。
吹き付ける北風は、海の向こうからも冷たい空気を運んでくると言う。
夏なら心地良い風であっただろうに、今は遊ぶには時期外れだ。

だが左之助はそれでも構わないらしい。
寒いだの暑いだのよりも、自分の欲求にまず正直なのだ。






「いいじゃねェか。冬の海でも面白ェもんあるって、絶対」
「水も冷たいだろ。オレは風邪ひきたくない」
「別に海に入れとは行ってねェだろ。浜でもなんかあるだろ」






陸では見れないものが見れると、今から想像が膨らんでいるのだろう。
興味なさげにゴロリと転がった克浩を、左之助は不満そうに睨む。






「っとに克はつまんねェな」
「悪かったな。オレはお前みたいになんにでもはしゃぐように出来てないんだよ」
「………今のはオレをバカにしてんのか?」






ご自由に、と呟いたら、蹴りが飛んできた。



どさっと音がして、左之助が克浩に背中を向けて寝転がっていた。

隊長を見上げてばかりいるから、もう癖になったのか、左之助は真っ直ぐ伸びていた。
育ちの良い悪いではなく、その伸びた背筋は左之助の気質を表しているようで、克浩はこっそり気に入っていた。

が、今は、小柄な背中がいじけたように少し丸くなっている。


克浩が海行きを渋ったのが、左之助の気に障ったらしい。
相変わらず何が何処の琴線に触れるのか、克浩には判然としない。
克浩よりもずっと色々なものに反応を示すから、琴線の少ない克浩では、大体が想像の範疇外だったりするのだ。








「絶対ェ面白ェのに」








お互いに背中を向けて寝転がっている所為だろう、いつもよりも声が遠く聞こえる。
この場に誰か大人が来たら、珍しくケンカでもしたのかと思うだろうか。


ケンカなんて、したくない。
だって相手は左之助だ。

ケンカなんてして、話が出来ないなんて事にはなりたくない。








「……じゃあ、」








起き上がって頭を掻きながら口を開くと、左之助が肩越しに此方を見た。
拗ねたような表情は、まだそのままだ。









「いつか、二人で見に行こう」
「――――――二人?」








思わず、と言った様子で左之助から問いの言葉が返って来た。

弾みで起き上がった左之助の肩に手をかけて、内緒話をするように顔を近付ける。








「二人で」
「…って、隊長達は?」
「だから、二人で」
「隊長達に内緒でか?」
「たまにはいいんじゃないか?」








克浩の言葉に、左之助は訳が判らないという顔をする。
そんな顔をするのは予想できていたから、別に落胆はしない。


どうして隊長達は駄目なんだ、という顔をする左之助に、克浩は何も言わない。
ただ二人切りでだったら、海に行く、と。
無茶苦茶な理屈をつける克浩に、左之助は益々混乱していた。








「お前と二人だったら、明日にでも行っていいぞ」








帰ってくる言葉が何であるのか、判っていながらそんな事を言う自分が、酷く滑稽だ。
でも、言った後、ほんの少しの間だけでも考え込む姿が好きだから。












でも、本当に。


お前が行きたいというのなら、何処にだって連れて行ってやりたいと思うんだ。






それがどんなに遠くでも。















克浩って何処出身なんだろう……

遠回し過ぎる告白。
当然、左之助気付かない(涙)。

03 キミのいない世界なんて













―――――――お前が此処にいないなんて、考えられなかったんだ。













待っていろと言われたのに、左之助は飛び出して行った。

数人の大人がそれを追って陣を出て行き、克浩も追い駆けようとした。
けれども他の隊士達は、これ以上子供を表に出す訳には行かないと、許してくれなかった。


彼等の気遣いを忌むとは言わないけれど、その時、僅かに恨んだかも知れない。




下諏訪に戻った隊長からは、何も音沙汰がない。
それが逆に何よりの証拠となったような気がして、克浩は落ち着かなかった。
けれどもっと落ち着かなかったのは、隊長を敬愛して止まない幼馴染だ。



自分と同様に、準隊士だという理由で置いていかれた同年の少年は、ずっと隊長の帰りを待っていた。
臨時に作った陣の建物の入り口で、隊長が本陣に赴いた日から、ずっと。
“大丈夫”と言った体長の言葉だけを支えにして、降る雪の寒さも構わず、戸口に立ち続けていた。
敬愛する人が帰ってきた時、誰よりも何よりも一番に迎える事が出来るようにと。

けれども待てど待てど彼の人が帰ってくることはなく、様子を窺いに行った大人の準隊士も帰らなくなった。
そして数日が経って、傷だらけの準隊士が一人、漸う帰還したのを見たのが、左之助の限界だった。


帰還した準隊士の報告など聞く間もなく、彼は飛び出して行った。
様子を見に行っただけの準隊士の傷だけで、事態を把握してしまうほど、子供にとっても明らかに嫌な予感があったのだ。
それでも準隊士が帰還するまで耐えていたのだから、堪え性のない左之助にしては持った方だった。







結局、左之助はそれから、帰って来なかった。
やって来たのは赤報隊の残党を捕らえる為にやって来た官軍。
本来ならば味方である筈の人々が、凶器を携えて来たのだ。



克浩は一番に陣から脱走させられた。
足に自身のあった大人の準隊士に抱えられて、遠く遠くに連れて行かれた。

―――――もしかしたら、左之助が帰ってくるかも知れなかったのに。


隊長は、もう帰って来ないかも知れない―――否、帰って来ない―――けれど。
あの幼馴染はまだ子供だし、隊服の洋装をしている訳でもないから。
無鉄砲なことさえしなければ、もしかしたら帰って来るかも知れなかったのに。





逃げて、逃げて、逃げて。
お前は生き延びろと言われた。
死ぬなと、捕まるなと、言われた。

次代を担ってくれと、いつか目指した四民平等が現実を目指して。
お前は死んでくれるなと、そう言ったのは、よく遊び相手をしてくれた初老の準隊士。
幼馴染もこの人物にはよく懐いていて、面白い話を沢山聞かせてくれた。
克浩に火気やからくりを教えたのも、この人だった。


その人は、撃たれて呆気なく死んでしまった。




後は、無我夢中で逃げた。
山の中を、何処をどう走ったかは判らなかった。
ただ逃げた。


その間考えていたのは、幼馴染のこと。









隊長がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。
幼馴染がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。

隊長に何かあったら、幼馴染がどうなるのか。
何もかも隊長に捧げていた幼馴染が、何を考えるのか、何をしようとするのか。
想像するだけで恐ろしくて、お願いだからそれだけは、と信じてもいない神に、こんな時ばかり願った。





幼馴染は、ずっと隊長を見ていた。
克浩が出逢った頃から、それはずっとだ。

幼馴染の世界は、彼の人無しには存在しなかった。


――――――同じように、克浩の世界も、その幼馴染無しには、存在しなかった。













だから生き延びた時、一人残されて、それでも必死で生きてきたのは、

何処かで彼が生きているんじゃないかと、期待と不安の中で、信じたかったから。







だって彼がもしもこの世からいなくなったら、自分は生きてはいない筈だから。


















自己の存在を繋ぎ止めるもの。

赤報隊時代はほのぼで書きたいですが、やっぱり崩壊の事も手放せない訳でして。
でもこの部分書くと、克も左之も痛々しいんだ………

02 全部全部キミの所為








大人達の酒の席に、珍しく混ぜてもらった。

父の上下エ門が酒飲みであったから、酒の匂いには慣れている。
しばらく待てば、酔って気分の良くなった隊士の誰かに、甘酒ぐらいは貰えるかも知れない。
そんな事を思いながら、左之助は茶と菓子で宴を楽しんでいた。


ちらりと周りを見れば、見慣れた一番隊の面々。
右隣には相楽隊長がいて、左隣には克浩がいた。
それだけで、その時の左之助は十分嬉しかった。




そうしてその場の雰囲気を存分に楽しんでいると、こんな話題が出てきた。








――――――“赤報隊に入った切っ掛け”。








酔いの席だ。
皆それぞれ、好きに喋った。

新時代への夢、子供達の明るい未来、隊長の人柄に惚れ込んで――――他にも色々。
菓子を食うのに夢中だった左之助に、その問いかけは投げられなかった。
投げられたところで、返す言葉はやはり、隊長に惚れたからだ、といった所か。
新時代の事は隊長からよく語られるけれど、やはり十歳の頭では全てを理解しきれない。
ただ、隊長が今よりもずっと良い未来を作ろうとしている事は、判っているつもりだった。

だから隊士達の思い思いの言葉に、左之助は嬉しくなった。
皆、それぞれに隊長に胸打たれて集まった人々なのだと思うと、尚更嬉しくて。



皆が好きに喋る間、ちらりと隣を見てみれば、嬉しそうに笑む隊長の横顔。
もう嬉しさが極限状態で、左之助は嬉々として手にしていた饅頭を齧った。




と、其処でようやく、左隣の友人の様子に気付いた。


克浩は、あまり騒がしいのは好きではない。
宴に参加しないかと言われた時も、気乗りしない様子だった。
しかし左之助が参加すると言うと、自分も一緒に行くと言った。

行くと言ったのだから一緒に来たけれど、やはり参加してみて、肌に合わなかったのだろうか。
克浩の前に置かれた膳の上に乗った菓子は、あまり減っていなかった。







「克、喰わねェのか?」






騒がしさは好きではなくても、菓子は克浩も好きな筈だ。
美味いぞ、と言うと、ああ……と小さな返事があった。






「なんでェ、疲れたのか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」






顔を覗き込んでみると、別段、調子が悪い訳でもないようだった。
左之助と違ってあまり血色の良くない克浩だが、これが克浩の標準だと左之助はちゃんと知っている。

だが、それならそれで、余計に心配になってくる。






「じゃあなんだよ。さっきから暗いぜ、お前」
「お前ほど能天気じゃないからな」
「バカにしてんのか、お前ェ」






睨むと、別に、と素っ気無い返事。

憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
取り合えず一安心して、左之助はまた饅頭を齧った。






「冗談だよ、怒るな」
「怒らせてんのはお前だろよ」
「気分がいいんだよ」
「それにしちゃ食ってねェじゃねえか」






気分が良いと言うなら、もっと宴を楽しめば良いのに。
そう思ってから、左之助は思いなおす。
今の状態でも、克浩は克浩なりに楽しいのかも知れない、と。

唯一同じ年のこの準隊士は、左之助と違って大人しい。
酒の席で酔った大人達に混じって盛り上がるなど、想像もできない姿だ。
ならばこれ以上言う事もあるまいと、左之助は茶を飲んで、それ以上の問い掛けを一緒に飲み込んだ。


それから、ふと気になった事があって向き直る。







「なぁ、克」
「ん?」
「お前ェ、なんで赤報隊入ったんだ?」







周りの大人達は、まだその話で盛り上がっている。
左之助が克浩にそれを問い掛けるには、特に不自然ではなかった。


だが、克浩は小さく笑うと、








「お前がそれをオレに聞くのか?」
「え?」








返された言葉に、左之助はきょとんとした。
そんな言い方をされては、まるで左之助がその理由を知っていて当然のようではないか。
しかし左之助には、まるでそんな覚えはなかった。



克浩との付き合いは、長いようで短いようで、不思議な感覚だった。

出会ってから一ヶ月もない筈なのに、もっと長い時間一緒にいるような気がするのだ。
周りが大人ばかりで、お互いしか同じ年頃がいないという環境も理由の一つだろう。


それでもお互いの事は知らない事だらけなのだ。
左之助が何処の出身で、どういう経緯を経て赤報隊に入隊したのか、左之助から克浩に伝えたことはない。
入隊理由はやはり隊長に惚れ込んだからで、それは克浩も十分知っているだろうけれど、
信州の実家で父親と喧嘩別れして飛び出してきたことや、妹を置いてきた事なんて、克浩は知らない。
同時に克浩も、故郷で何をしていたのか、左之助に話したことはなかった。

だから、今の克浩の台詞に、左之助は首を傾げるしかない。
いや、それとも自分がド忘れしてしまったのか――――とまで覚えてきて、左之助は頭を抱えてしまった。




考え込んだ親友を見ながら、克浩はようやく饅頭に手をつけた。

咀嚼しながら、口に出さずに呟いたのは。














―――――――お前が、此処にいたからだよ。














無自覚、激鈍な左之助と、伝えるつもりはない克浩。
うちの二人はずっとこんな関係かな。

01 キミが欲しいと言った未来









「―――――将来、オレ達はどうなってると思う?」








釣りの最中にあんまり暇だ暇だと言うから、そんな話題を振ってみる。
あまりにも陳腐な会話になりそうだったが、暇潰しなんだから、それぐらいで程度は丁度良いだろうと。

振られた幼馴染はきょとんとした顔をしたが、暇潰しになるならなんでもいいか、という結果になったようだ。
当たりの来ない釣竿をゆらゆら揺らして、左之助はうーんと想像を働かせている。





「どうってなぁ……将来って言っても、どの辺の将来だ?」
「じゃあ、改革が成った後の―――そうだな、10年後とか」





左之助が時期の提示を求めたから、適当に決めた。
一番判りやすくて手っ取り早い年数だと思った。





「10年か。そしたらオレ、19だな」
「赤報隊はどうなってるかな」
「隊長はもっと偉くなってんだろうなぁ。オレ達も偉くなってんのかな」
「どうかな。四民平等、が隊長の目指してるものだし」
「だからこそ、農民の子のオレも偉くなってるかも知れねえな」





偉い地位が欲しい訳ではないけれど。
自分達がそうなったならと想像すると、なんとなく判り易い縮図が出来るような気がしたのだ。
血縁も何も豪族と縁のない自分達が、隊長と同じような地位になったら、それは凄い事じゃないか。
今まで虐げられる一方で逃げ場もなかった人々が、上に上がって来れるのだから。





「でも案外、今と変わらないかもな、オレ達は」





釣竿を見ながら、克浩が呟く。


明確な想像が立てられないと、未来の予想図の固まり方もおのずと決まってしまうのか。
まだ世の中の成り立ちなど、子供の自分達にはよく判らなくて、知らない事を想像して形にするのは難し過ぎる。
そうすると明確な色も形も浮き上がるのは、今の生活の延長上のような未来。

背が伸びて、準隊士から隊士になって―――――10年も経てば、赤報隊は形を変えているかも知れないけれど。
それでも自分達は一緒にいて、そして前には隊長が歩いていて、自分達はそれを追い駆けている。

その頃には、もう彼の人と同じ目線の高さになっているだろうか。






「オレ、それがいいな」
「それって?」
「だから、今と変わんねェのがいい」






言いながら、左之助が釣竿をぐっと引き上げる。
肘から掌までと丁度同じ長さの魚が釣り糸の端に喰らいついていた。

魚篭代わりに設けておいた水溜りに魚を入れる。
元気な魚はしばらくじたばたした後、狭い水溜りの中をスイッと泳ぎ出す。
それを見てから左之助は餌を付け直し、釣り糸を投げた。


左之助の動作を一通り見守ってから、克浩が口を開く。







「改革が終わった後でもか?」
「お前ェが先に言ったんじゃねぇか」
「言ったけど」
「なんでェ、お前ェは嫌なのか? オレも隊長も、他の皆もいるんだぞ」






左之助の言葉に、克浩は目を剥いた。
それを見た左之助が不思議そうに首を傾げる。







「克、顔、変だぞ」







克浩の表情の変化の意味を汲み取れない左之助は、至極不思議そうで。
それに気付いた克浩は、慌てていつもの無表情を繕った。

が、その耳が赤い。







「おい、克?」







釣竿を石場に置いて、左之助が歩み寄ってくる。
顔を覗き込まれて、克浩はそっぽを向いた。

左之助は不満そうに唇を尖らせていた。



―――――鈍くて助かった。







「なんだよ。オレ、そんな変な事言ったかよ?」
「……いや、別に…ちょっと驚いただけだ……」
「だから。オレんな事言ったかっての」
「……いや………」







はっきりしない克浩に、なんだよ煮え切らねェなと左之助は憤慨した。
が、克浩はどうにも答えられそうになくて、と言うか左之助の顔すら見れない。




……だって驚いた。


隊長に傾倒しきっている左之助が、将来も隊長と一緒にいる事を願うのは簡単に想像できた。
19の大人になっても懲りずに雛みたいに、隊長の後ろをついて回る。
それも結構容易に想像が出来て、隊長は苦笑しながらそれを見ているのだと。

ただ其処に自分の存在もちゃんといたのだとは、思わなかった。
10年経っても、左之助の隣には、ちゃんと自分がいる予定なんだと。









「変な克」









ちらりと左之助を見遣れば、そう言って笑っていた。




10年後。
今は見えない、遠い未来の10年後。

同じ笑顔を、こうしてまた見る事が出来るなら。
そんな未来を、お前が望んでいるのなら。
隊長を追い駆けて、隣に自分がいて、そんな未来を望んでいるなら。













ずっとずっと、傍にいよう。



キミが望む未来の為に。

















子克は、こういう不意打ちにやられてるといい。