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大人達の酒の席に、珍しく混ぜてもらった。
父の上下エ門が酒飲みであったから、酒の匂いには慣れている。
しばらく待てば、酔って気分の良くなった隊士の誰かに、甘酒ぐらいは貰えるかも知れない。
そんな事を思いながら、左之助は茶と菓子で宴を楽しんでいた。
ちらりと周りを見れば、見慣れた一番隊の面々。
右隣には相楽隊長がいて、左隣には克浩がいた。
それだけで、その時の左之助は十分嬉しかった。
そうしてその場の雰囲気を存分に楽しんでいると、こんな話題が出てきた。
――――――“赤報隊に入った切っ掛け”。
酔いの席だ。
皆それぞれ、好きに喋った。
新時代への夢、子供達の明るい未来、隊長の人柄に惚れ込んで――――他にも色々。
菓子を食うのに夢中だった左之助に、その問いかけは投げられなかった。
投げられたところで、返す言葉はやはり、隊長に惚れたからだ、といった所か。
新時代の事は隊長からよく語られるけれど、やはり十歳の頭では全てを理解しきれない。
ただ、隊長が今よりもずっと良い未来を作ろうとしている事は、判っているつもりだった。
だから隊士達の思い思いの言葉に、左之助は嬉しくなった。
皆、それぞれに隊長に胸打たれて集まった人々なのだと思うと、尚更嬉しくて。
皆が好きに喋る間、ちらりと隣を見てみれば、嬉しそうに笑む隊長の横顔。
もう嬉しさが極限状態で、左之助は嬉々として手にしていた饅頭を齧った。
と、其処でようやく、左隣の友人の様子に気付いた。
克浩は、あまり騒がしいのは好きではない。
宴に参加しないかと言われた時も、気乗りしない様子だった。
しかし左之助が参加すると言うと、自分も一緒に行くと言った。
行くと言ったのだから一緒に来たけれど、やはり参加してみて、肌に合わなかったのだろうか。
克浩の前に置かれた膳の上に乗った菓子は、あまり減っていなかった。
「克、喰わねェのか?」
騒がしさは好きではなくても、菓子は克浩も好きな筈だ。
美味いぞ、と言うと、ああ……と小さな返事があった。
「なんでェ、疲れたのか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」
顔を覗き込んでみると、別段、調子が悪い訳でもないようだった。
左之助と違ってあまり血色の良くない克浩だが、これが克浩の標準だと左之助はちゃんと知っている。
だが、それならそれで、余計に心配になってくる。
「じゃあなんだよ。さっきから暗いぜ、お前」
「お前ほど能天気じゃないからな」
「バカにしてんのか、お前ェ」
睨むと、別に、と素っ気無い返事。
憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
取り合えず一安心して、左之助はまた饅頭を齧った。
「冗談だよ、怒るな」
「怒らせてんのはお前だろよ」
「気分がいいんだよ」
「それにしちゃ食ってねェじゃねえか」
気分が良いと言うなら、もっと宴を楽しめば良いのに。
そう思ってから、左之助は思いなおす。
今の状態でも、克浩は克浩なりに楽しいのかも知れない、と。
唯一同じ年のこの準隊士は、左之助と違って大人しい。
酒の席で酔った大人達に混じって盛り上がるなど、想像もできない姿だ。
ならばこれ以上言う事もあるまいと、左之助は茶を飲んで、それ以上の問い掛けを一緒に飲み込んだ。
それから、ふと気になった事があって向き直る。
「なぁ、克」
「ん?」
「お前ェ、なんで赤報隊入ったんだ?」
周りの大人達は、まだその話で盛り上がっている。
左之助が克浩にそれを問い掛けるには、特に不自然ではなかった。
だが、克浩は小さく笑うと、
「お前がそれをオレに聞くのか?」
「え?」
返された言葉に、左之助はきょとんとした。
そんな言い方をされては、まるで左之助がその理由を知っていて当然のようではないか。
しかし左之助には、まるでそんな覚えはなかった。
克浩との付き合いは、長いようで短いようで、不思議な感覚だった。
出会ってから一ヶ月もない筈なのに、もっと長い時間一緒にいるような気がするのだ。
周りが大人ばかりで、お互いしか同じ年頃がいないという環境も理由の一つだろう。
それでもお互いの事は知らない事だらけなのだ。
左之助が何処の出身で、どういう経緯を経て赤報隊に入隊したのか、左之助から克浩に伝えたことはない。
入隊理由はやはり隊長に惚れ込んだからで、それは克浩も十分知っているだろうけれど、
信州の実家で父親と喧嘩別れして飛び出してきたことや、妹を置いてきた事なんて、克浩は知らない。
同時に克浩も、故郷で何をしていたのか、左之助に話したことはなかった。
だから、今の克浩の台詞に、左之助は首を傾げるしかない。
いや、それとも自分がド忘れしてしまったのか――――とまで覚えてきて、左之助は頭を抱えてしまった。
考え込んだ親友を見ながら、克浩はようやく饅頭に手をつけた。
咀嚼しながら、口に出さずに呟いたのは。
―――――――お前が、此処にいたからだよ。
無自覚、激鈍な左之助と、伝えるつもりはない克浩。
うちの二人はずっとこんな関係かな。