例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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02 全部全部キミの所為








大人達の酒の席に、珍しく混ぜてもらった。

父の上下エ門が酒飲みであったから、酒の匂いには慣れている。
しばらく待てば、酔って気分の良くなった隊士の誰かに、甘酒ぐらいは貰えるかも知れない。
そんな事を思いながら、左之助は茶と菓子で宴を楽しんでいた。


ちらりと周りを見れば、見慣れた一番隊の面々。
右隣には相楽隊長がいて、左隣には克浩がいた。
それだけで、その時の左之助は十分嬉しかった。




そうしてその場の雰囲気を存分に楽しんでいると、こんな話題が出てきた。








――――――“赤報隊に入った切っ掛け”。








酔いの席だ。
皆それぞれ、好きに喋った。

新時代への夢、子供達の明るい未来、隊長の人柄に惚れ込んで――――他にも色々。
菓子を食うのに夢中だった左之助に、その問いかけは投げられなかった。
投げられたところで、返す言葉はやはり、隊長に惚れたからだ、といった所か。
新時代の事は隊長からよく語られるけれど、やはり十歳の頭では全てを理解しきれない。
ただ、隊長が今よりもずっと良い未来を作ろうとしている事は、判っているつもりだった。

だから隊士達の思い思いの言葉に、左之助は嬉しくなった。
皆、それぞれに隊長に胸打たれて集まった人々なのだと思うと、尚更嬉しくて。



皆が好きに喋る間、ちらりと隣を見てみれば、嬉しそうに笑む隊長の横顔。
もう嬉しさが極限状態で、左之助は嬉々として手にしていた饅頭を齧った。




と、其処でようやく、左隣の友人の様子に気付いた。


克浩は、あまり騒がしいのは好きではない。
宴に参加しないかと言われた時も、気乗りしない様子だった。
しかし左之助が参加すると言うと、自分も一緒に行くと言った。

行くと言ったのだから一緒に来たけれど、やはり参加してみて、肌に合わなかったのだろうか。
克浩の前に置かれた膳の上に乗った菓子は、あまり減っていなかった。







「克、喰わねェのか?」






騒がしさは好きではなくても、菓子は克浩も好きな筈だ。
美味いぞ、と言うと、ああ……と小さな返事があった。






「なんでェ、疲れたのか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」






顔を覗き込んでみると、別段、調子が悪い訳でもないようだった。
左之助と違ってあまり血色の良くない克浩だが、これが克浩の標準だと左之助はちゃんと知っている。

だが、それならそれで、余計に心配になってくる。






「じゃあなんだよ。さっきから暗いぜ、お前」
「お前ほど能天気じゃないからな」
「バカにしてんのか、お前ェ」






睨むと、別に、と素っ気無い返事。

憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
取り合えず一安心して、左之助はまた饅頭を齧った。






「冗談だよ、怒るな」
「怒らせてんのはお前だろよ」
「気分がいいんだよ」
「それにしちゃ食ってねェじゃねえか」






気分が良いと言うなら、もっと宴を楽しめば良いのに。
そう思ってから、左之助は思いなおす。
今の状態でも、克浩は克浩なりに楽しいのかも知れない、と。

唯一同じ年のこの準隊士は、左之助と違って大人しい。
酒の席で酔った大人達に混じって盛り上がるなど、想像もできない姿だ。
ならばこれ以上言う事もあるまいと、左之助は茶を飲んで、それ以上の問い掛けを一緒に飲み込んだ。


それから、ふと気になった事があって向き直る。







「なぁ、克」
「ん?」
「お前ェ、なんで赤報隊入ったんだ?」







周りの大人達は、まだその話で盛り上がっている。
左之助が克浩にそれを問い掛けるには、特に不自然ではなかった。


だが、克浩は小さく笑うと、








「お前がそれをオレに聞くのか?」
「え?」








返された言葉に、左之助はきょとんとした。
そんな言い方をされては、まるで左之助がその理由を知っていて当然のようではないか。
しかし左之助には、まるでそんな覚えはなかった。



克浩との付き合いは、長いようで短いようで、不思議な感覚だった。

出会ってから一ヶ月もない筈なのに、もっと長い時間一緒にいるような気がするのだ。
周りが大人ばかりで、お互いしか同じ年頃がいないという環境も理由の一つだろう。


それでもお互いの事は知らない事だらけなのだ。
左之助が何処の出身で、どういう経緯を経て赤報隊に入隊したのか、左之助から克浩に伝えたことはない。
入隊理由はやはり隊長に惚れ込んだからで、それは克浩も十分知っているだろうけれど、
信州の実家で父親と喧嘩別れして飛び出してきたことや、妹を置いてきた事なんて、克浩は知らない。
同時に克浩も、故郷で何をしていたのか、左之助に話したことはなかった。

だから、今の克浩の台詞に、左之助は首を傾げるしかない。
いや、それとも自分がド忘れしてしまったのか――――とまで覚えてきて、左之助は頭を抱えてしまった。




考え込んだ親友を見ながら、克浩はようやく饅頭に手をつけた。

咀嚼しながら、口に出さずに呟いたのは。














―――――――お前が、此処にいたからだよ。














無自覚、激鈍な左之助と、伝えるつもりはない克浩。
うちの二人はずっとこんな関係かな。
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