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幔幕を少しの間抜け出した。
隊長としてあるまじき行為であろうとは思ったけれど。
後ろをついて来る子供が嬉しそうなので、今はそれで良いかと思う事にした。
一番隊は此処数日、足止めを喰らっている。
他隊との連携が最近散漫になりがちで、対策を練っている最中だった。
実際、ついさっきまで隊長は他の隊員達と会議を続けていた。
昨日今日とまた煮詰まってしまった会議を、休憩として一時終了とした。
それから、相楽は刀持ちの子供一人を連れて幔幕を後にしたのだった。
そうして子供と二人やって来たのは、幔幕の見えない、切り立った崖の上。
「隊長、此処好きですね」
ついて来ていた子供が、定位置の距離に立って言った。
確かに、そう思われるのも無理はない。
煮詰まった会議を休憩にして幔幕を抜け出すと、決まって相楽は此処に来た。
その背中に、この子供一人だけを伴って。
はらはらと降り始めた雪の向こう側で、山の尾根が白んでいる。
ちらと足元へと目をやれば、遠く続く街道が連なっていた。
それを何気なく見ていると、足元に子供の影が重なる。
後ろを見遣れば、近付いてきた子供が一緒になって崖下を見下ろしていた。
「うっひゃ~…やっぱ高ェ……」
「あまり覗き込むと、落ちるぞ」
高い高い、おっかない、と言いながら、左之助は楽しんでいた。
そのまま乗り出すと、頭から落ちていってしまいそうで危なっかしい。
「目ェくらくらしそうっスよ。隊長は平気なんですか?」
「そうだな。お前のように覗き込んだりはしないから」
ほら危ないぞと、左之助の半纏の襟を掴んで引っ張り上げる。
左之助は、摘まれた猫のようにされるがままになった。
相楽の横、崖縁から離れた場所に下ろす。
「あまり恐ろしいことはしないでくれよ」
言うと、左之助は珍しく、むぅと不服そうな顔をした。
幼い子供は、怖いもの知らずだ。
負けん気の強い左之助であれば、尚の事。
それでも相楽の言葉に、左之助ははい、と小さな返事をする。
くしゃりとツンツン立った頭を撫でると、くすぐったそうに左之助は笑った。
手を離せば、名残を確かめるように、自分の手を撫でられた部分に当てる。
噛み締めるように触れて笑う子供に、相楽の口元も綻んだ。
―――――煮詰まった会議でささくれ掛けていた心が解される。
「隊長」
左之助の手が、相楽の羽織を軽く引っ張った。
見下ろせば、真っ直ぐに見上げてくる澄んだ瞳。
「なんかいっつも、此処にくると、オレ達二人だけですよね」
「ああ……そうだな。お前以外は、つれて来た事がないな」
子供の言葉に頷けば、左之助はまた嬉しそうに笑う。
「じゃあ此処は、オレ達だけの秘密の場所って事ですよね!」
―――――距離にすれば、そんなに遠いものではない。
幔幕が少し見えなくなった程度の、ほんの数分の場所。
切り立った崖の上。
隠されている訳でもない、踏み込むのが難しい場所でもない。
だけれど、今此処にいるのは、自分達だけ。
子供と言うのは、秘密を持つのが好きらしい。
他の誰も、自分と目の前の存在以外は、この場所を知らないと聞いて、左之助は一層嬉しそうに笑う。
左之助の親友の克浩でさえ、此処は知らないのだと言えば、また嬉しそうだった。
あまりに嬉しそうにするから、少しだけ、悪戯心が湧いた。
「しかしなぁ。明日は克浩を連れて来ようと思うんだが、どうだ?」
「え? か、克ですか…? え、あ、いや…」
「どうした、嫌か?」
「え…っと……い、嫌って訳じゃ…」
親友の事は憎くないだろうが、秘密の場所は秘密にしておきたいのだろう。
また隊長の言葉に反発するという行動は、左之助の中から綺麗さっぱり抜け落ちているようで、
言葉を濁しはするものの、嫌ですとはっきり言おうとはしなかった。
ただ、折角の秘密の場所だし、とか、オレと隊長の場所だし…とブツブツ呟いている。
相楽が半ば無意識に、左之助だけを此処に連れて来るのが当たり前のように感じていたと同じく。
左之助も、此処に来る相楽について行くのは自分だけだと感じていたのだろう。
……親友の介入を悪しく思う訳ではないのだけれど。
「此処は……オレと、隊長だけ…が、いいです……」
――――――俯き加減で言った後。
すぐに顔を上げると、いや、隊長が言うなら、克も一緒で全然構わないですから! と。
両腕をバタバタさせて、必死になっているのがまた可愛かった。
場所的には、原作回想シーンの崖の上。
隊長が左之助に滔々と語るシーンで。
時々左之助をイジメる隊長が好き(笑)。