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持つことを任された役目。
それを担うと言う重み。
今自分の手の中にあるものは、尊敬する人の命を守るものだ。
だからあの人に何かあった時、この刀を持つ自分が傍にいなければ大変なことになる。
そう思うから、いつだって片時だって、あの人の傍を離れたくない。
腕に抱えた刃が、歩く度に鍔鳴りする。
未だにその音を聞くと、心の臓が跳ねる事がある。
それは怖いと思うからではなくて―――全く思わない訳でもないけれど―――、此処にある重みを再認識するから。
此処にあるのが、単なる棒切れではない事を、何度も何度も確認するから。
行軍の足音と一緒に響く、金属音。
刀の音もあれば具足の音もあって、馬の背に乗せた鞍の装飾でもあったりして。
沢山の音が雑多に混じっている筈なのに、不思議なものだ。
左之助には、どうしても手元の鍔鳴りの音しか聞こえない。
色々な音に混じって消える事もなく、ただその音だけが左之助の聴覚を支配する。
何気なく、隣を歩く人の手を見遣った。
野盗や討幕派の志士と向き合った時、この手は刀を握り、迷わず振るう。
その同じ手で、この人は優しく左之助の頭を撫でてくれる。
大好きな手と、抱えた刀を交互に見る。
撫でてくれる手を守ってくれるのは、この刀だ。
道を開いて、末来への標を示す手を守ってくれるのは、この刀だ。
敬愛する人の手にそっくり馴染む、この刀。
かちり。
落とさないように確りと持ち直すと、鍔が鳴った。
それがまた、綺麗に聞こえる。
重い。
正直言って、重い。
もともとが子供が容易く抱えられるような重量ではないし、抜き身のものならまだしも、鞘付きである。
左之助は克弘や同じ年頃の子供よりも力に自信があったが、それでも重い。
そしてその重みは、必ずしも物量的なものであるとは言えないのだ。
この刀が持っている役目、抱えて来た道。
其処にあるものは、決して良いものばかりではない。
それでも、あの人はこの刃を持って進んでいく。
だからこの重みは、左之助にとって決して厭うものではなかった。
抱えていこう。
何処までも。
敬愛する人から貰った役目だ、何も辛い事なんてない。
大切な人を守るための剣。
いつだって傍にいて、その人を守る為に、絶対離れたりしないから。
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“愛刀”です。
かなり妄想が入ってます。
でも隊長と左之助の間柄はこんな感じが好き。
――――――思えば、随分沢山の背中を見てきたものだ。
一番最初は、父の背中。
十まで見ていた、広くて無骨な熱い背中。
生きる為に畑を耕す事も、家族を守る為に闘う事も。
喧嘩の仕方も、一番最初に父に教わった。
それが、一番最初の基盤。
無我夢中で追い駆けたのは、夢を追う背中。
遠く遠く見えない未来を見つめ、時折後ろを歩く自分の方を振り返る。
ついて来れていることを確認すると、もう少しだぞと言ってまた歩き出す。
その背中を、ただ夢中になって追い駆けた。
そうして、追うことさえも出来なくなる事があると知った。
迷い迷って、彷徨い続けて刻は流れ。
見つけた背中は、罪も迷いも全て背負って歩く背中。
自分よりも小さな背中は、過去の出来事全てを背負い、抱え込んで。
新しいものなど広い上げる事さえ出来ないほど、その罪は時に重く大きくて。
それでも掲げた“不殺”を、最後の最後まで貫いた。
全てを背負って生きる背中と、並ぶことが出来て、こんなに嬉しいことはなかった。
途中、嘗て合わせた背中に再び巡り会えた。
ほんの少しだけ道はずれていたけれど、それでももう一度背中合わせに立つ事が出来た。
刻を経ても、時代が変わっても、同じ背中と背中を合わせられる事があるなんて、正直思ってもいなかった。
一人、孤高に生きる背中にぶつかった。
防御がなっていないとか、足手まといだとか。
的を射ているのが余計に腹立たしくて、絶対従ってやるもんかと心に決めた。
阿呆阿呆と莫迦にするから、忠告なんぞ聞かない上で抜いてやろうと。
それでも、悔しいけれど、きっと一生追いつけない―――――死ぬほど、死ぬほど悔しいけれど。
生と死と。
怒りと悲しみと。
憎しみと涙と。
優しい笑みを殺して生きる、背中に逢って。
背中ではなく、正面から向き合って、同じ拳で撃ち合った。
越えたとか越えられなかったとか、そういう次元とは少し違う。
……何がどう違うかと言われると、正直、少し判らない。
それでも背中ではなく、追い駆けるのではなく、向き合うことが出来たから。
追い駆けて、追い続けて。
見てきた背中で見つけたモノを、この背負って生きていく。
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“師”。
こうしてみると多いですね。
父の上下エ門、相楽隊長、剣心、斉藤、安慈……凄い人達ばっか。
克弘はオマケで(爆)。
お題の“師”とは違うけど、“背中”をテーマにしたら、途中から“背中合わせ”のワードが入り込んできたので。
冬の山は、静かで色がない。
白一色で覆われる。
そんな中でも子供は元気で、小さな変化に敏感だった。
「克、克」
左之助の呼ぶ声に、克弘は寒さに悴んでいた手を擦りながら振り返る。
駆け寄ってきた幼馴染は、こんな雪の中でも元気一杯だ。
何処からそんな気力が湧いてくるのか、克弘はつくづく不思議に思えて仕方がない。
克弘のそんな疑問など知る由もない左之助は、見てみろ、と言って空を指差した。
「なんだよ」
「あそこだ。アレ、アレ見てみろ」
アレと言われても、克弘にはなんだか判らない。
指差す方角を見上げてみても、あるのはどんよりとした重く分厚い雲と、枯れた木の枝々に寄りかかる雪の塊だけ。
積もって段差の出来た山の向こうに狐でもいるのかと思ったが、生憎、周辺に動物の気配はない。
この白い世界で息をしているのは、此処を通り過ぎようとする自分達だけだ。
だが左之助には何かが見えているようで、アレだアレだと言って指差すのを止めない。
どれだよ、アレだ、何処だよ、あそこだ。
しばらくそんな問答が続いて、やはり焦れたのは左之助だった。
「だから、アレだ! 芽だよ、芽!」
「め?」
「花の芽が出てんだ!」
其処まで言われて、ああ木に咲く花の芽か、と克弘は気付いた。
どうりで左之助の指差す方向を見ても、どんより空と枯れ木しか見当たらない訳だ。
「なんの花の芽だ?」
「知らねェ。でも此処は春時は桜が有名なんだってよ。だから、桜じゃねェの」
よく知らないけど。
そう言って、左之助は指差していた木の根元に歩み寄る。
同じように克弘も近付いた。
桜の木は知っているが、目の前にある木が桜であるとは、克弘には思えなかった。
山の中に点在する枯れた木々と、それ程差があるようには見えない。
春になったらこの枯れ枝に色がつくのだとも、あまり想像できなかった。
あそこだ、と左之助が指差した場所を見ると、確かに尖った芽がぽつりぽつりと顔を出している。
けれども、それも春の柔らかな花弁とは全く違っていて。
「咲くのか?」
「何が?」
「花。咲けるのか?」
今はまだ時期じゃないから咲かないのは判る。
けれども、今の時期を過ぎても、果たして咲けるのだろうかと克弘は思った。
左之助は少しの間、きょとんとした顔で克弘を見つめた。
それから頭の後ろで腕を組んで、固い桜の芽を見上げ、
「咲くだろ。咲ける、絶対」
きっぱりと言い切った左之助の横顔を、克弘は見た。
根拠も何もなく、それでも自信満々に。
それが半分、願いから来ている言葉でも、現実になることを信じて疑っていない。
それは、自分達が目指す未来にも言えることで。
咲ける。
絶対に。
出来る。
絶対に。
花は咲ける。
目指す未来に辿り着ける。
―――――そう信じているから、真っ白で音のない世界で、堅い芽の中でじっと来るべき日を待って。
―――――そう信じているから、いつまで続くかも判らない道を、歩き続けて。
「咲いたら、皆で宴会しようぜ」
そう言って、笑う顔を、
今度は舞い散る花の下で見れたら良いと、思った。
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“咲ける”。
他の字で“さける”と読める文字は痛いのばっかだった…
克弘の顔、目尻の下にくっきりと残った青痣に、今更ながら反省する左之助。
ばつが悪そうに目を彷徨わせる左之助に、怒り顔の克弘。
その様子を見ながら、相楽は口元に浮かびそうになる笑みを必死で堪えていた。
左之助は早く謝りたいのだろうに。
意地っ張りの性格が邪魔をして、たった三文字が中々出てこない。
克弘も本気で怒ってなどいないだろう。
それでも、一度してしまった怒りの表情が思ったよりも長く続いて、引っ込めるタイミングを見失っている。
結果、こんな膠着状態が随分と長い間続いていた。
克弘の青痣を作ったのは、他でもない左之助だ。
それも、完全に左之助に非がある形で。
それを判っているから左之助もどうやって謝ろうか苦心していて、克弘も珍しく怒り顔など見せているのだ。
二人の喧嘩は、いつも大抵、克弘が折れて終わる。
口喧嘩なら克弘の方が強いが、左之助の我慢は長く続かないので、必ず途中で手が出る。
そうなると生来の打たれ強さを持つ左之助に克弘が勝てる訳もなく、暫く取っ組み合いが続いた後、克弘が負けを認める形で事態は収拾に向かうのが常だった。
それが今回は、もともと左之助の失敗が元で起きた喧嘩で、左之助が手を出せるような(何にしても出さないに越した事はないのだが)失敗ではなかっただけに、克弘が青痣を負わされる謂れもなかった筈なのだ。
だと言うのに克弘の顔にはありありと痣が残り、恐らく痛みもあるのだろう、克弘は氷水に浸した手拭でそれを冷やしている真っ最中も仏頂面で、左之助の顔を見ようとしなかった。
数刻、互いに顔を見ていなかったのが原因だろう。
嘗てないほどに互いに互いが気まずくなって、修復のタイミングを手探りしている。
――――――中々珍しい光景であった。
(まぁ、こんな事もあるだろう)
何せ、二人とも多感な年頃である。
成長期真っ只中の子供が意地を張り合うのも無理はない。
それでも、あまり長く続くようなら、一言割り込むぐらいは赦されるだろうか。
左之助が気まずそうに、克弘を殴った手を握り締めた。
小さいながらに、その手は相当の威力を持っている。
克弘と比べてみると、左之助の握った拳は、克弘のそれよりも少し大きいくらいだった。
それが今。
くっきりはっきり、克弘の顔に痕を残している。
握ったり開いたりを繰り返す手の甲が少し赤らんでいる。
手加減なしで殴ったその手は、殴られた相手は勿論、自分にも相応の痛みを残したようだ。
早く冷やせばいいのに、左之助はそんな気も回らないらしい。
克弘が一つ、溜息を吐いた。
目尻の痣に当てていた手拭を持って、ずるずると這って左之助に近付く。
左之助が一瞬緊張したように肩を硬直させるのが、相楽にはまた珍しい光景だった。
ひたり、冷たい手拭が左之助の拳に当てられた。
「冷やせよ、莫迦」
「……判ってらァ」
「判ってないだろ」
「今しようと思ったんでェ」
「そうかよ」
天邪鬼な左之助の言葉に、克弘はもう怒らなかった。
顔だけは怒った風な形を装っていたけれど、手拭を扱う手付きは優しい。
冷えた手拭を当てる幼馴染の顔を、左之助は結局、見ないままで。
「……悪ィ」
「………おう」
精一杯の謝罪の言葉に、克弘も短い言葉だけ返す。
冷たい、我慢しろ、冷たい、そういうもんだ。
そんな言葉が繰り返される中、克弘は左之助の拳を握り締めて、左之助はそれを受け入れていた。
(まぁ、こんな日もある)
―――――――後は、いつも通りの光景があった。
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“拳”で。
二重の極みの話でも良かったなー。
いい目をしてんなァ、と言われた。
年の頃は、左之助の父の上下エ門よりも一回りほど上の隊士。
左之助と同じ農村の出で、家族はいないが、孫が生きていたら左之助と同じ年頃だと言って頭を撫でた。
今はいないと言うその理由を、左之助も克弘も、聞いた事はない。
赤報隊に入隊する以前、一時期、易者として食っていた時期があると言うその隊士は、何かしらの折に左之助と克弘の顔をじっと見て、そんな事を呟いた。
隊士の呟きに対する左之助と克弘の返事は、大抵がこんなものである。
「目はいいぜ」
「オレはそうでもないと思うけどな…」
先が左之助、後が克弘だ。
この台詞に、隊士はいつも笑った。
元易者の隊士だけでなく、周囲で話を聞いていた他の隊士、時には隊長もが笑ったのである。
左之助と克弘は笑われている意味が判らずに、いつも顔を見合わせる。
それからいつも、左之助の方が切れた。
「なんだよ、笑うなよッ。いいからいいって言ってんじゃねーか!」
地面を踏んで憤慨してみせる左之助に、元易者の隊士が言った。
「そうそう、いいんだよ。お前も克弘も、いい目をしてんだ」
「だから、」
「ああ、お前らの言いたい事は判ってる。でもその話じゃねえんだ」
隊士の言葉に、だったら説明してくれよと左之助が詰め寄る。
克弘は目したままだが、気持ちは同じなのだろう。
じっと隊士を見つめたまま、逸らさない。
「俺ァな。人相を見てんだ。目だけじゃなく、顔全部を見て、お前らの人となりを見てるのよ」
「顔? 顔で何を見るんだ?」
「バカ左之。人となりって言っただろ。性格みたいなもんだろ」
「判ってらァ。そうじゃねェよ、それ見てどうすんだって話だよ」
割り込んだ克弘を押し退けて、左之助はもう一度問い直す。
「そうさなァ……例えば――――お前らが将来、どんな男になるか、かなァ」
「将来?」
「そんなの決まってんだろ」
鸚鵡返しした克弘の横で、左之助がきっぱりと言い切った。
なんだそんな事かと、そんな風な左之助に、周りの大人達がほほう、と食いつく。
「オレの将来は、今と一緒だ。四民平等になったこの国で、皆と一緒で、隊長と一緒なんだ!」
それは幼く、けれどもだからこそ言える願い。
勿論お前も一緒だぜと、隣の幼馴染に笑いかける子供。
幼馴染は赤い顔になって、お前一人じゃ危なっかしいからいてやるよ、と呟いて。
生意気はお互い様なのだけど、今は自分を棚に上げて、怒った振りをして幼馴染を殴る子供。
それを見つめる大人達の目は、穏やかで。
だからいい目をしているんだと、皆胸中で呟いた。
見えない未来を臨む瞳は、強く強く、輝いていた。
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毎回、色んな隊士のプロフィールを捏造してますね。
でも草莽隊ですからね、色んな人がいたと思うので。