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克弘の顔、目尻の下にくっきりと残った青痣に、今更ながら反省する左之助。
ばつが悪そうに目を彷徨わせる左之助に、怒り顔の克弘。
その様子を見ながら、相楽は口元に浮かびそうになる笑みを必死で堪えていた。
左之助は早く謝りたいのだろうに。
意地っ張りの性格が邪魔をして、たった三文字が中々出てこない。
克弘も本気で怒ってなどいないだろう。
それでも、一度してしまった怒りの表情が思ったよりも長く続いて、引っ込めるタイミングを見失っている。
結果、こんな膠着状態が随分と長い間続いていた。
克弘の青痣を作ったのは、他でもない左之助だ。
それも、完全に左之助に非がある形で。
それを判っているから左之助もどうやって謝ろうか苦心していて、克弘も珍しく怒り顔など見せているのだ。
二人の喧嘩は、いつも大抵、克弘が折れて終わる。
口喧嘩なら克弘の方が強いが、左之助の我慢は長く続かないので、必ず途中で手が出る。
そうなると生来の打たれ強さを持つ左之助に克弘が勝てる訳もなく、暫く取っ組み合いが続いた後、克弘が負けを認める形で事態は収拾に向かうのが常だった。
それが今回は、もともと左之助の失敗が元で起きた喧嘩で、左之助が手を出せるような(何にしても出さないに越した事はないのだが)失敗ではなかっただけに、克弘が青痣を負わされる謂れもなかった筈なのだ。
だと言うのに克弘の顔にはありありと痣が残り、恐らく痛みもあるのだろう、克弘は氷水に浸した手拭でそれを冷やしている真っ最中も仏頂面で、左之助の顔を見ようとしなかった。
数刻、互いに顔を見ていなかったのが原因だろう。
嘗てないほどに互いに互いが気まずくなって、修復のタイミングを手探りしている。
――――――中々珍しい光景であった。
(まぁ、こんな事もあるだろう)
何せ、二人とも多感な年頃である。
成長期真っ只中の子供が意地を張り合うのも無理はない。
それでも、あまり長く続くようなら、一言割り込むぐらいは赦されるだろうか。
左之助が気まずそうに、克弘を殴った手を握り締めた。
小さいながらに、その手は相当の威力を持っている。
克弘と比べてみると、左之助の握った拳は、克弘のそれよりも少し大きいくらいだった。
それが今。
くっきりはっきり、克弘の顔に痕を残している。
握ったり開いたりを繰り返す手の甲が少し赤らんでいる。
手加減なしで殴ったその手は、殴られた相手は勿論、自分にも相応の痛みを残したようだ。
早く冷やせばいいのに、左之助はそんな気も回らないらしい。
克弘が一つ、溜息を吐いた。
目尻の痣に当てていた手拭を持って、ずるずると這って左之助に近付く。
左之助が一瞬緊張したように肩を硬直させるのが、相楽にはまた珍しい光景だった。
ひたり、冷たい手拭が左之助の拳に当てられた。
「冷やせよ、莫迦」
「……判ってらァ」
「判ってないだろ」
「今しようと思ったんでェ」
「そうかよ」
天邪鬼な左之助の言葉に、克弘はもう怒らなかった。
顔だけは怒った風な形を装っていたけれど、手拭を扱う手付きは優しい。
冷えた手拭を当てる幼馴染の顔を、左之助は結局、見ないままで。
「……悪ィ」
「………おう」
精一杯の謝罪の言葉に、克弘も短い言葉だけ返す。
冷たい、我慢しろ、冷たい、そういうもんだ。
そんな言葉が繰り返される中、克弘は左之助の拳を握り締めて、左之助はそれを受け入れていた。
(まぁ、こんな日もある)
―――――――後は、いつも通りの光景があった。
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“拳”で。
二重の極みの話でも良かったなー。