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―――――――悪い気がしない時点で、それはつまり、やっぱり嬉しいと言う事で
This is one how to celebrate
『Happy birthday、京一―――――!!』
綺麗に揃ったその言葉を切っ掛けに、クラッカーの音が次々と鳴り響く。
宙に飛び出したカラーテープが翻り、京一の頭に降り注いだ。
照れ臭いやら、恥ずかしいやら。
並んだ笑顔を前にして、京一は耳が赤くなるのを感じていた。
場所は行き付けのラーメン屋。
右隣から緋勇龍麻、マリィ、醍醐、小蒔、葵、遠野、如月、雨紋、織部姉妹、八剣、壬生、墨田四天王。
隣に立つ龍麻が顔を覗き込み、いつもの笑顔を浮かべ、
「おめでとう、京一」
改めて面と向かって言われて、京一は頭を掻いて、小さく「おう」とだけ返す。
それだけで龍麻は満足だったらしく、見慣れた笑みを尚深くする。
龍麻一人に言わせてなるものかと、醍醐、小蒔、葵、遠野からも同じ言葉が向けられる。
「京一、おめでとう」
「おめでとー」
「京一君、18歳おめでとう」
「おめでと、京一ッ。ほら、こっち向いて、こっち!」
「撮るなッ」
相変わらずカメラを手放さない遠野に制止してみるが、聞く訳もなく、しっかりピントを合わせてシャッターを切られる。
今更だとそれ以上は好きにさせる事にして、京一は集まったメンバーを見渡す。
「よくこんなに集まったモンだな。暇なのか? お前等」
「バカ言えよ」
京一の言葉に抗議が上がる。
織部雪乃のものだった。
雪乃と雛乃は、今日は見慣れた巫女服ではなく、ゆきみヶ原高校の制服だ。
少々の新鮮味を感じつつ、京一は雪乃の言葉を待った。
「店が燃えた如月は暇だろうけど、オレや雛は忙しいんだよ」
「じゃ、なんで来てんだよ」
「祝うんだったら、大勢の方がいいだろ。来てやったんだから感謝しろよ」
「姉様……申し訳ありません、蓬莱寺様」
姉の態度に謝罪を述べる雛乃に、まぁ予想はしていたからと京一は気にしていない事を示唆する。
織部神社の巫女など暇ではないだろうに、其処に大の男の居候が二人もいるのだ。
命賭けで闘った間柄とは言え、京一と織部姉妹の間の接点は薄い。
大方、小蒔か葵がゴリ押ししたのだろう。
しかし二人の手には、小さいがプレゼントのようなものが握られている。
例え他人からのゴリ押しでも、貰える物は貰うつもりの京一だ。
吾妻橋達は、恐らく龍麻が呼んだのだ。
京一の誕生日と聞けば、アニキシンパの彼らの事、飛びつくに違いない。
龍麻の隣を陣取るマリィは、元々このラーメン屋に預かって貰っている。
だからこの店に来た時点で、彼女の襲来は避けられない。
如月は、葵が声をかけたのだろう。
彼の葵至上主義は、最初に会った頃から感じていた。
でなければ、寄ると触ると憎まれ口しか出ない仲で、祝いになど来る訳がない。
それから――――雨紋。
視線を向けると、聞きたいことは解ったのだろう。
雨紋は胸を張って、
「人気バンド“CROW”のボーカリストに祝って貰えるんだぜ。喜べよ」
「押し付けがましいんだよ、テメェは。大体、オレがベースやるっつったのにお流れにしやがって」
「…その話、まだやる気だったんだ…」
ぽつりと呟いたのは小蒔だった。
ベースがお流れになった件については、言いたいことはあるが、今日は祝いの席である――――それも自分の。
心象悪くするのも嫌だし、一応、祝ってくれると言うのだ。
文句は一先ず飲み込むことにする。
最後に、一番このメンバーの中で違和感のある二人へ。
「………で、お前等は?」
壬生紅葉と、八剣右近。
拳武館の一件が片付いたとは言え、京一自身は、二人とそれ程親しい間柄ではない。
八剣の方は街中で顔を合わせると妙にちょっかいをかけてくるが、壬生の方はからっきしだ。
壬生がメガネに指をかけて、俯き加減で呟く。
「……駅前で緋勇から声をかけられた」
「ああ、俺もだね」
「龍麻ァッ!」
隣に立っていた龍麻に声を荒げると、相手は動じる様子もなく、
「だって、お祝いだし。沢山の人にして貰った方が嬉しいよ」
「相手を選べ、相手を! 節操なしも大概にしやがれ!」
「僕、節操なしじゃないよ」
「問題は其処じゃねェッ」
微妙にズレた発言の相棒に怒鳴るも、龍麻は首を傾げるだけだ。
良かれと思って声をかけたのだろうが……
そして、何故二人もこうやって堂々と来ているのか。
憤慨する京一を宥めたのは、龍麻と逆隣に立っている吾妻橋だった。
「まぁまぁアニキ。めでたい席ですから、その辺で……」
「お前もな、忘れた訳じゃねェだろうが」
八剣を指差して言うと、八剣が此方に向けて笑みを浮かべる。
吾妻橋は彼に拉致され、他のメンバーも身動き出来ない状態にされたのだ。
京一を呼び出す為に、あんな手の込んだ果たし状に。
考えないようにしていたのか、吾妻橋の顔色が少々悪くなった。
八剣の視線が此方に向いている事に気付くと、隠れるように京一の後ろに回る。
「その、龍麻サンが呼んだそうなんで……」
龍麻は京一の相棒だ。
京一が誰より何より信用している人間である。
その人が呼んだ相手だから、苦手意識はありつつも、反対など出来る訳がなかった。
そもそも、京一が一度でも完膚なきまで負かされた相手に、彼らが挑める筈もない。
あらぬメンバーが集まった原因が龍麻であると聞いて、隣に立つその人物を睨み付ける。
しかし龍麻はやはり何処拭く風と言う面持ちで、変わらぬ笑みを浮かべるだけだった。
馴染みのラーメン屋をすっかり貸し切った状態で、京一の誕生日パーティは行われた。
何も此処までしなくていいだろうと思うが、向けられる笑顔に悪い感情が浮かぶ筈もなく、寧ろくすぐったくて仕方がない。
見渡せばそれぞれの祝う笑顔があって(マリィは少々拗ねた顔をしていたが)、京一は何処を向くにも向けられる笑顔に耐え切れず、少々視線を伏せていた。
が、そうすると龍麻が覗き込んでくるので、にっちもさっちも行かない。
ラーメン屋にはある筈のないケーキは、甘さ控えめになっており、京一も無理なく食べられた。
醍醐の手作りだと聞いて、相変わらず顔と体格に似合わない性格だと思う。
チョコレートのメッセージプレートには、筆記体で「Happy Birthday」
の文字が並び、また無性に照れ臭さに見舞われた。
ケーキを食べ終え、コニーの作ったラーメン屋のメニュー料理も食べて。
満たされた腹に満足感を覚えていると、それじゃあ、と小蒔が手を叩き、
「そろそろ渡そうか、プレゼント」
言われて、ああそうか、と京一は思い出す。
気安い雰囲気から、段々といつもと変わらぬ集まりのように感じていたが、誕生日パーティなのだ。
織部姉妹が早速用意していた袋を取り出す。
手渡されたそれを開けると、織部神社の御守りが入っていた。
「オレは信心なんざねェぞ」
「ンな事期待してねーよ」
自分には不似合いであると遠巻きに告げると、雪乃がきっぱりと言い切った。
「それでも、ご利益は保証するぜ。何せ、オレと雛が氣を込めた厄除けの御守りだからな」
「私達にはそれが一番の祝品かと思いまして。どうぞお納め下さい、蓬莱寺様」
――――確かに、織部姉妹からの贈り物なら、ご利益もありそうだ。
「そりゃいいんだがよ。コレ本当に厄除けか?」
「そうだぜ。どうしたんだよ?」
「…………“交通安全”って書いてあるんだが」
「え!?」
「あら」
京一の言葉に、雪乃と雛乃が目を瞠る。
慌てる二人に御守りを見せると、其処には確かに“交通安全”の文字。
「しまった! 悪ィ、袋間違えちまったんだ」
「申し訳ありません!」
「中の札はあってると思うんだけどな。だよな、雛」
「ええ、破邪の札を……」
頭を下げる雛乃と、両手を合わせて謝る雪乃。
そんな二人に京一は手を振り、
「別に構やしねぇよ、どれがどう違うんだからオレにゃ判らねェし」
「でも……」
「お前等が祈祷したモンなら、どれでも効果ありそうだしな」
根拠もなくそう思いながら、京一は御守りを袋に入れ、鞄に詰める。
小蒔や葵のように見える場所には付けないだろうが、中に持っていてもいいだろう。
続いたのは、壬生。
「…お前からも?」
「急ぎだったので、大したものじゃないんだが…」
「いや、オレが聞きたいのはそう言う事じゃねェんだが」
八剣よりも更に接点の薄い壬生から、プレゼントを貰う理由が判らない。
いや、それよりも律儀に用意して来てくれた事に驚いた。
…ついでに遡って考えると、彼がクラッカーを持っていた事も驚きだ。
壬生が取り出したのは、薄い紙袋。
何が入っているのか皆気になるようで、じっと壬生の動向を見守る。
表情を変えないまま、壬生が袋から取り出したのは、黒のマフラー。
「良かったら使ってくれ」
「お……おう……」
意外な品物――――と思いながら、意外と言うにも京一は壬生の事を知らない。
しかし予想していたなかった物であるのは確かで、困惑気味に差し出されたマフラーを受け取った。
「セーターや手袋の方が邪魔にはならないと思ったんだけど」
「いや……」
「一日で作るとなると、中々」
「ふーん……―――――って、作ったァ!? しかも一日!?」
「正確には半日かな」
手編みのマフラー。
そういう事か。
京一が驚愕の声を上げると、他の面々も同様に目を剥いている。
唯一、八剣だけが驚く様子もなく、
「相変わらず器用だね、紅葉。流石は手芸部」
「手芸部!? お前が!?」
「可笑しいかい?」
「い、いや、可笑しかねェけどよ……意外っつーか、なんつーか」
女子がしげしげとマフラーと覗き込み、編み方が難しいだのなんだのと盛り上がっている。
黒のマフラーは特に柄もなく、シンプルなもの。
それでも、一日(正しくは半日と言うが)で作り上げるなんて、京一には到底信じられない。
「僕には他に出来る事はないから」
「あ、そ……ま、使わせてもらうわ……」
季節は真冬。
大寒の日が過ぎたとは言っても、この季節はあと一ヶ月続く。
普段から薄着の京一である、防寒具は貰っておいて損はない。
次は雨紋だった。
「…見たトコ、持ち合わせがねェって感じだが」
「まぁ、手渡し出来るもんじゃねえな」
言って雨紋は、壁に立てかけていたギターを取り出す。
「俺様直々にHappy Birthdayを歌ってやる!」
「いらね」
きっぱりと断わった京一に、雨紋がなんでだよ!? と声を荒げた。
「滅多にしねェぞ、こんな事! セッションした仲だからこそだ!」
「いや、いらねェ。ロックにノせられても嬉かねーし有り難くもねーし」
雨紋が好意で言ってくれていると、それは判るが、京一の台詞も本音だ。
散々祝いの言葉を貰って、改めてバースディソング(しかも激しい調で)を歌われるなんて勘弁願いたい。
ついでに言うなら、此処は新宿都心の中にあるラーメン屋。
それほど壁が厚い訳でもないし、ご近所に迷惑な音が鳴り響くのは予想できる。
此処に来るのが後々気まずくなるのは御免であった。
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≫
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部屋に入るまで、京一は警戒心を剥き出しにしていた。
止むを得ない選択肢だったとは言え、やはり中々自分のプライドが納得を示さないらしい。
それを気にせず、八剣は京一を己のテリトリーへと招き入れた。
やはり他者のテリトリーに侵入する事に抵抗があるのが、京一は落ち着かない様子だった。
しかし反対に、借りてきた猫のように大人しくもあった。
部屋の中を見回るのに一々許可を求めるような事はなかったが、気になるものは目に付くらしく、腰を落ち着けたかと思えばまた動き出し、気が済めば元の位置に戻って座って―――――と繰り返す。
八剣に対しての警戒心も、多少は和らいだものの、決して損なわれてはいなかった。
八剣の部屋には、物が少ない。
趣味と言えるほどに興味を持つものがないからだ。
それが京一にとっては、逆に不思議な感覚であったのかも知れない。
少し経つと、やはり物が少ないからだろう、興味を引かれる物がなくなったらしく、京一はようやく落ち着いた。
「何か飲む?」
「……いらねェ」
「走り回って喉が渇いてるだろう」
「だから、いらねェ……って、聞いてんのか、お前」
京一の返答に構わず、八剣は茶葉を取り出して、急須に入れた。
沸かした湯を注いで、湯飲みを取り出し、ついでに茶菓子も棚から取り出す。
座布団も敷かずに床に座っている京一は、相変わらず顰め面だ。
それでも貰えるものは貰う気のようで、差し出した茶と茶菓子は突っ返されなかった。
「そういやお前―――――部屋の中でも着物か?」
茶菓子を食みながら、京一が言った。
八剣は一瞬何故そんな事を聞くのかと思ったが、その理由は特に考えなかった。
京一から声をかけられたという事の方が、八剣にとって大きな事項であった。
「そうだな。大抵、これで過ごしてる」
「…オレと逢った時も、その格好だったな」
「この八掛が一等お気に入りでね」
「ふーん」
京一の相槌は、あまり興味がない事を示していた。
それでも構わない、京一が話しかけてくれるのなら、それで。
「壬生だっけか? あいつ、コートかなんか着てなかったか?」
「ああ。あれが拳武館の仕事用の服装だね。防護用に加工してある」
「……お前はなんで着ねェんだよ。持ってんじゃねえか」
いつの間にか、クローゼットも開けたらしい。
「着物よりか、あっちの方が安全なんじゃねェのか?」
「まぁね」
あっさりと肯定する八剣に、京一は眉根を寄せた。
安全だと判っているなら、何故それを使わないのか。
「ほら。俺はこっちの方が似合うから」
「………………あーそーかい」
ふざけられたと思ったらしい。
京一は聞くだけ損だったという顔をして、湯のみの茶を一気に飲み干した。
思ったよりも冷めてはいなかったようで、喉を通過する熱さにまた顔を顰める。
似合うか否かは置いておくとして。
此方の格好の方が慣れているというのは事実だ。
防護面に置いて用意されたコートよりも劣るのは、判りきっている事。
それよりも動き易さや自分が楽である事を考えると、やはり八剣は着物の方が落ち着くのだ。
「紅葉達には、あまり良い顔をされないけどね」
特に壬生は生来の性格が生真面目である所もあるから、尚更、規定に従わない八剣に顔を顰める事は多い。
しかし短い付き合いではないから、言っても聞かない事は彼も判り切っているのだろう。
「それにしても、京ちゃん」
「あ?」
「俺に興味があるのかい?」
「…………はァ!?」
素っ頓狂な声が上がった。
二人の間には微妙な距離がある。
隣に座れば京一は嫌がり、自分から離れる。
かと言って、決して離れ過ぎる事はなく、手を伸ばしてギリギリ届かないという程度の距離。
間に茶と茶菓子を置いているから、この距離も特に違和感を覚える事はなかった。
それを一方的に詰めて顔を近付けると、京一は仰け反って離れようとする。
けれども逃げるというのはプライドが許さないようで、右手が木刀を掴み、臨戦態勢になっている。
「今まで俺の事なんて聞かなかっただろう」
「だからってなんでそんな話になるんだよ!?」
「聞くって事は、興味が沸いたって事でしょ」
「阿呆!!」
近付く距離に耐え切れなくなったか、京一は木刀を振った。
それを予想していた八剣は、京一の木刀を握る手が強くなると同時に体を退いて逃がす。
空振りした事に京一は思い切り顔を顰め、更に距離を取る。
「教えてあげてもいいよ、俺の事」
「いらねェ!」
「誕生日だろう? プレゼントだよ」
「断わるッ!!」
積んでいた座布団を盾にする京一。
木刀も手に持ったまま、完全に警戒する姿勢になってしまった。
毛を逆立てた猫宜しくの態度に、八剣は笑みを漏らす。
可愛いものだと。
しかしこれ以上は更に嫌われる要因になるので、八剣は退く事にした。
丁度良く空になった急須の茶を追加するべく、立ち上がる。
その一挙手一投足を睨むように観察する京一。
何もしないよと笑いかけてはみたが、余計に警戒される結果となった。
中々気を赦してはくれない猫だが、またそれが愛しく思えるのだから、もう末期だと思う。
ターゲットとして、最初に見た時から気に入っていた。
獲物を狙う捕食者のように眼前の敵を睨む凛とした眼差しは、本当に心地が良く、魅力的だった。
今はそれ以上に、平時の年齢相応な姿が愛らしい。
目付きの悪さは周囲を威嚇するのに役立つが、反対にふとした瞬間の幼さが際立つ。
子供のように怒鳴り散らしたり、落ち込んだり、結構表情が豊かだ。
それから――八剣には未だ向けてくれた事はないけれど――笑った顔だとか、特に。
出逢いからして苛烈だった間柄は、今も尾を引いている。
刺激的な方が記憶に残り易く、最初の邂逅を京一が今もはっきりと覚えているというなら、八剣にとっては嬉しい事だ。
いつの間にか埋もれて取り出せなくなるような、小さな出来事ではないということだから。
とは言え、八剣としてはもう少し打ち解けて欲しいものだ。
中々懐かない猫を宥めるのは楽しくもあるが、近付けば逃げてしまうのは少々寂しい。
折角近付いたと思ったら、一足飛びに遠退いて、初めからやり直しになるのだ。
その都度、残念だと思う。
無理に近付くのは失敗する、猫が警戒している限り。
だから猫の方から、近付いても大丈夫なんだと覚えて貰わなければならない。
慣れて貰うのが一番良い。
相手のテリトリーの中に居る事に。
沸かし直した湯を急須に注いで、リビングに戻る。
――――――――と、其処には。
「京ちゃん?」
確認するように呼べば、いつもの「呼ぶな」という文句は飛んでこなかった。
散々逃げ回って疲れたのか、座った姿勢のまま、夢に落ちかけている京一の姿。
立てた片膝に腕と頭を乗せて、閉じた瞼が持ち上がる様子はない。
傍らに膝を付いて覗き込んでみたが、其処にあるのは未だあどけない寝顔だけ。
「……気紛れだねェ」
起きている時には、少しでも距離を詰めれば逃げるのに。
眠っている時には、こんなに簡単に近付ける。
眠る姿を晒すなんて、信頼されていると思っても良いのかな?
手を伸ばして、いつしか触れた髪に、もう一度触れる。
あの時もそう感じた事だったが、やはり余り手入れはされていないらしく、毛先は少々痛み気味だ。
確かに京一の性格を考えると、其処まで手を回したりはしないだろう。
やはり、勿体無いと思う。
すぅすぅと規則正しい寝息を立てて、京一は身動ぎ一つしない。
そのままにして置いても良かったのだが、この姿勢では目覚めた時に丸まった状態の背中が痛くなる。
起こさないようにと注意を払い、八剣は京一を抱き上げた。
「………んぁ……」
振動が伝わった京一は、不満そうに声を上げる。
「ああ、ごめんね」
「……うー…」
謝ったところで、眠っているのだから聞こえてはいまい。
それでもタイミング良く漏れた声が返事のように聞こえて、八剣は笑みをすいた。
陽が沈みかけた時分に、京一は目を覚ました。
床に座っていたのに、ベッドに寝ている自分に京一はしばし不思議そうな顔をしたが、八剣の顔を見ると直ぐに顔を顰めた。
さっさとベッドを降りると、木刀と放り出していた薄い鞄を持って、玄関に向かう。
眠ってしまった事が迂闊に思えたのだろう、京一の耳が赤くなっている。
「邪魔した」
「いいよ」
玄関口で振り返らずに一言断りを入れる京一に、八剣は笑って言う。
そのままドアを開けて、京一は敷居を跨いだ。
「京ちゃん」
呼ぶと、顰め面で京一が振り返る。
呼ぶな、と形作ろうとした口が、音を発されないまま止まった。
ヒュッと視界に放り投げられた物を、殆ど反射反応でキャッチする。
手を開いて其処にあった物に、京一は意味が判らない、と眉間に皺を寄せた。
「あげるよ、京ちゃん」
「………」
京一の手には、この部屋の鍵。
「なんで」
「さぁ、何故だろう?」
京一は鍵と八剣の顔とを何度も交互に見た。
真意を掴み兼ねている所為だろう、眉間の皺が更に深いものになる。
何故と言われても、八剣の中で答えは一つしかない。
京一と共有する時間を増やしたい、その中であの笑顔が一度でも見れるなら。
けれどもそれを言ってしまえば、京一は不機嫌な顔をして鍵を投げて返すだろう。
急に距離を詰めようとすれば、それを察した猫はまた逃げてしまう。
相手から近付くのを待たなければ。
先ずは、その切っ掛けから。
「強いて言うなら―――――誕生日プレゼント、かな」
「……これがか?」
鍵を指先で弄びながら、京一は八剣を見返す。
要らないならいいけど、と言ってから、八剣は京一の反応を待った。
―――――数秒考えた後、その鍵は京一のズボンのポケットに滑り込んだ。
「勝手に来て良いんだな」
「いつでも良いよ」
じゃあ、貰っとく。
それだけ言うと、京一は今度こそ背を向けた。
「送って行こうか」
「女子供じゃねーんだよ」
「まぁいいじゃない」
「…オレの意見なんざ聞きゃしねぇじゃねえか。だったらハナから聞くんじゃねぇよ」
「話がしたいんだよ」
部屋を出て扉を閉めると、肩越しに京一が此方を振り返っていた。
くっきりと刻まれた眉間の皺は、まだ当分、取れそうにない。
外までの道を迷わず歩く京一の、一歩後ろ。
並んで歩くには、まだ早い。
「彼らに見付かったらどうするんだい?」
「別に。もうこれだけ時間が経ってりゃ、諦めてるだろ」
「明日になったら、同じ事を繰り返すんじゃないかな」
「……一日逃げ切ったからな。ちっとは懲りたろ、多分」
祝われること事態は、それほど嫌ではない――――言外にそんな雰囲気が滲む。
あまりに大人数になりそうだったから、恥ずかしくて逃げてきたのだ。
一日逃げ回るほどとなれば、流石に盛り上がり過ぎたか、と友人達も思うか。
好意に慣れない猫を手懐けるのは、彼らにとっても、中々容易な事ではないらしい。
「ゆっくりしたくなったら、またおいで」
「気分が向いたらな」
拒絶されなかっただけでも、良い方だ。
京一の方から来るかもしれない切っ掛けは出来たのだから。
門を潜って歩いて行く京一の背に、八剣はある事を思い出す。
「京ちゃん」
「京ちゃん言うな。なんだよ」
立ち止まって振り返った京一に、八剣は笑んで、
「言ってなかったね」
「何が――――――」
最後に一つ距離を詰めて。
「誕生日おめでとう、京一」
逃げなかった。
いや、逃げられなかったと言うのが正しい。
意外に簡単に距離が詰められたことには、少し驚いた。
あれだけ近付けば飛び退いて逃げていたのが、今この瞬間に始めて逃げられなかった。
四六時中警戒している風だったから、少し近付いただけで逃げられた。
それが部屋を出てから数分間―――それとも、京一が部屋で眠ってしまってからだろうか。
微かに緩んだ緊張の糸が、今の今まで張られることがなかった。
だから触れている間、初めで間近で、じっとその顔を見る事が出来た。
何が起こったのか、理解できていないに違いない。
ぽかんと半開きになったままの口と、見開かれた目がそれを雄弁に語っていた。
不機嫌な顔ばかり見ていた八剣にとって、こんな表情も新鮮そのものだ。
が、それもやはり、ほんの数秒のこと。
触れ合っていた唇が離れて、直ぐに京一は我を取り戻した。
「ななななななッ、何しやがんでェッッ!!」
「何って、接吻だよ」
「言うな――――ッ!! なんだ、なんなんだテメェはッ!!」
飛び退いて口を服袖で拭く仕種に、ああ勿体無いと思った。
思ったけれども、仕方がない。
「じゃあまたね、京ちゃん」
「京ちゃん言うなッ! 二度と来ねェからな、こんなとこ!!」
あらん限りの声で宣言して、京一はくるりと踵を返し、一目散に走り出す。
それを見えなくなるまで見送ってから、八剣はふと思い出す。
……突き返されなかったと言う事は、少しは脈アリと自惚れても良いものか。
――――――渡した鍵は、京一のポケットに入ったままだった。
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貰えるものは貰う京一。
後から思い出して、どうしようかと暫く困惑すればいい。
そんで返しに行って、結局返し忘れて入り浸ればいい。
―――――――プレゼントと告げながら、無自覚のお返しを期待してる
The present is ......
曲がり角でぶつかった相手に、八剣は僅かに瞠目した。
蓬莱寺京一。
肩口にぶつかったその人物は、悪ィ、と短い謝罪を述べて顔を上げ、八剣を見ると顔を顰めた。
最初の印象が悪かった延長か、顔を合わせるといつもこんな表情をされる。
致し方ない。
「なんでェ、手前かよ」
「ご不満かな?」
「別に」
口ではそう言うが、表情は“不愉快”と極太マジックで書かれたかのようなものになっている。
言葉にせずとも判り易いその表情に、八剣は嫌われたものだと苦笑した。
「こんな所で何してるんだい?」
「お前にゃ関係ねーよ」
言われて、それはそうだと八剣も思う。
傷付くような事はなかった、こんな返事があるのはとうに予想済みである。
場所は都心の新宿。
雑居ビルの立ち並ぶ街の只中、少々薄暗い道ではあるが、通りから通りへの近道として通行するものは多い。
京一の通う真神学園もそう遠くない場所に位置しているから、此処に京一がいても何も可笑しくはないのだ。
八剣にとってもそれは判りきった事で、単に会話の切っ掛けにしただけのこと。
京一がけんもほろろな態度をするのも予測していたから、次の言葉も決まっている。
「随分、慌てているみたいだったけど」
見通しの悪い雑居ビルの隙間の道。
道の交差する場所など尚更だったが、京一の反射神経を持ってすれば、曲がって直ぐにでも止まる事が出来ただろう。
ぶつかった上に、その相手が八剣であると気付かず、一言短い謝罪まで述べた。
息こそ乱れていないものの、平静とは違う状況であったのは間違いない。
言い当てられた京一は、バレているのが不快だったのか、唇を尖らせる。
「だからお前にゃ関係――――――げッ!」
言い終わる前に、京一は八剣の向こう側にある路地を見て、声を上げた。
それからくるりと方向を変えると、一目散に走り出す。
……その道の向こう側は、確か行き止まりになっていたと思うのだが、それを言う暇はなかった。
一体何があったのかと振り返って、八剣は先刻と同じく、僅かに瞠目。
京一と同じ制服を着た男子高校生が一人、路地の向こうで此方を見ていた。
「………八剣君?」
緋勇龍麻である。
首を傾げて、確認するように呼んだ龍麻に、八剣はどうもと短い挨拶。
龍麻の方は律儀に、小さく頭を下げた。
龍麻の立ち位置から考えても、京一が脱兎の如く逃げて行った原因は彼だろう。
しかし判らないのは、相棒だと言って憚らない人物から、何故京一が逃げているのかと言うことだ。
龍麻はその場に立ち尽くしたまま、辺りをきょろきょろと見回してから、
「京一、見てないかな?」
「―――――いいや」
否定した八剣を、龍麻は問い詰めなかった。
しばし考えるように顎に手を当て、視線を巡らせた後、そう、と短い一言。
「…八剣君は、此処で何してるの?」
都心の雑居ビルの隙間にいる事に今更疑問はないだろうが、棒立ちしていたのが気になるのだろう。
問いかけてきた龍麻に、八剣は表情を変えず、
「猫がいたんでね」
猫? と鸚鵡返しをした龍麻に、もう逃げたよ、と続ける。
どんな猫と問われて、警戒心の強い子猫だと答えた。
人に慣れてはいるけれど、此方から触れようとしたら一目散に逃げて行った。
心を開いた相手には、寄り掛かったり擦り寄ったりするけれど、其処までが酷く遠くて時間がかかる。
何度か見かけている間に、それなりに慣れてきたかなと思ったが、触れるにはまだ早いらしい。
だから八剣が手を伸ばしたら、触れるより先に威嚇して、くるりと背中を向けていなくなってしまった。
―――――そんな猫。
ふぅんと呟いて、龍麻は八剣に小さく手を振ると、それじゃあと言って走って行った。
少しの後、聞き慣れてはいないが、聞き覚えのある幾つかの声。
どうやら、真神の生徒が揃って京一の行方を追っているようだった。
聞き覚えのある声が遠退き、やがて聞こえなくなった頃。
八剣は踵を返し、行き止まりになっているであろう道の奥へと進んで行った。
思った通り、進んだ道の最後は、行き止まりになっていた。
雑居ビルの隙間に猫が通れる程度の幅はあったが、猫は猫でも、あれは比喩。
流石にあの猫は通れない。
いつから放置されているのか知れない、錆びた鉄製のゴミ箱。
その手前まで進んで、小さく縮こまっている影を見つけた。
憮然とした態度で、正面から挑んでくるのが、この猫の常だ。
だからだろう、縮こまっている姿がなんだか可笑しくて、気付けば笑みを漏らしていた。
「もう行ったよ、京ちゃん」
「……京ちゃん言うな」
周囲を窺うようにきょろきょろと見回しながら、お決まりとなっている返し文句を呟いて、京一は立ち上がった。
表通りと違ってまるで手入れのない場所に蹲っていた所為で、彼の学生服は埃に塗れている。
京一はそれを簡単にのみ払うと、太刀袋に入った木刀を肩に担ぎ、一つ息を吐く。
その吐息が安堵のようなものと同時に、疲労を含んでいるように見えて、八剣は肩眉を上げた。
「鬼ごっこでもしているのか?」
「……なんでそうなる」
「見つかりそうになって逃げただろう?」
「…………」
今更、隠すだけ無駄と言う物である。
しかし、やはりプライドというものが邪魔をするのだろう。
不満をはっきり顔に出す京一に、八剣は提案した。
「理由を話してくれるなら、匿うよ」
八剣の言葉に、京一は目を瞠った。
京一が逃げている相手は、緋勇龍麻並びに真神のクラスメイト達である。
他のメンバーはどうにか撒くことが出来るだろうが、龍麻が相手では容易な事ではない。
何かと一緒にいる人物だから、京一の行動パターンもきっと読めている。
彼らは、今も京一が一人で逃げ回っていると思っているだろう。
舎弟や行きつけのオカマバー等に逃げ込んでも、直ぐに見つかってしまうのは明らかな事。
だが、八剣の介入は想定外である筈。
拳武館の一件から、早一ヶ月。
あの時は命を賭して戦った相手であったが、その全ては誤解と画策であった。
各々思うことはあるものの、既に戦う相手でなくなった相手とは、人にもよるがそれなりの付き合いをするようになっていた。
八剣もその一人であったが、京一の態度はいつまでも頑ななもの。
それも全ては最初の邂逅と、一度でも負けたという事実が、京一のプライドに差し障るのだろう。
だから八剣の方は京一を気に入っていても、京一が八剣を受け入れることはなく、周囲からもそういう認識である筈だ。
――――――そんな京一が、まさか八剣を頼るとは誰も思うまい。
とは言え、京一の性格を考えると、突っぱねるのが常だ。
しかし、京一は考え込んだ。
錆びたゴミ箱に寄り掛かって、視線を落として悩んでいる。
どうやら、本気で彼等から逃げたいようだ。
「……匿うって何処にだよ」
「俺の部屋かな」
問いかけに答えると、京一は判り易く顔を顰めた。
お気に召さないだろうとは八剣も予想していたが、一番手っ取り早くて確実な逃げ場所だ。
寄ると触ると威嚇する相手の家になんて、行く訳がない―――――そう思われるのが当然なのだから。
「拳武館の寮がある。そんなに遠くはないよ」
其処に行くまでに見つからなければ、京一の勝ちだ。
かなり揺れているらしく、京一は腕を組んでまた考え込んだ。
けれどもあまり悩んでいる時間もないと思ったか、顔を上げると、もう一つ聞く、と言った。
どうぞと促す。
「なんで理由なんか聞きてェんだ?」
「俺の個人的な興味だよ」
またしても、先刻よりもくっきりと京一は顔を顰めた。
顰めたままで溜息を一つ吐くと、腹を括って口を開く。
「……………誕生パーティやるって言ってんだよ、あいつら」
―――――それはまた、稀有な理由で逃げ回っているものだ。
彼らが京一を探し、京一がそれから逃げているのだから、恐らくそのパーティは京一の為のものだ。
高校生男子が友達から誕生パーティをされるなんて、京一の性格を考えれば、恥ずかしがったりするのは予想がつく。
それでも、祝ってくれると言うのだから、厭うまでにはならないだろうに。
「京ちゃん、誕生日だったのかい」
「……一応な」
「いいじゃない、祝って貰えば」
「……盛り上がり過ぎなんだよ、あいつらが」
行き付けのラーメン屋の店主に話をつけて、其処でパーティ。
其処にいつものメンバーで集まって、ケーキは女子が大きなものを買ってくると言っていた。
龍麻は吾妻橋に声をかけてくると言って、醍醐は店に飾り付けまですると言っていた。
最初は冗談半分でそんな話になっていたと思うのだが、ノリにノった小蒔が有言実行を宣言した。
小学生じゃあるまいしと京一は拒否したが、龍麻までノってしまった為、もう止められなくなった。
話は更に大きくなって、如月に雨紋、織部姉妹にも声をかけるという提案が出て――――――京一は其処で逃げ出した。
真神のメンバーに祝われるだけなら、照れ臭くはあっても、悪くはないと思っていた。
いや、今でも悪くはないと思っている……こんなに大きな話にならなければ。
「勘弁してくれっつーの………」
顔を片手で覆い、がっくりと肩を落とす京一は、相当参っているのが判る。
人の悪意や敵意に敏感なこの子猫は、どうも友人達からのストレートな好意に慣れていないらしい。
天邪鬼な猫は大変だねェ、と胸中で八剣は笑んだ。
理由はこれだけだ、と言うと、京一はゴミ箱から体を離した。
話したのだから匿え、と木刀を肩に担いで、憮然とした目が八剣に向けられる。
踵を返して歩き出した八剣を、京一は一メートル分離れて、ついて歩き出した。
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≫
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教室にいると、クラスメイト伝いに後輩からのプレゼントが殺到する。
最初はモテる事実に、面倒臭い顔をしつつも、それなりに機嫌が良かった京一だが、長く続けば次第にそれも萎えてくる。
ぽつぽつと渡される小さなプレゼントも、数が増えれば山になり、紙袋が五つになる頃には、京一も現状に辟易していた。
昼休憩になると、度胸があると言うのか、直接手渡しにくる生徒もいた。
殆どが女子生徒で、渡すとあっと言う間にいなくなるのだが、その後も延々呼ばれ、全く落ち着けない。
屋上に逃げれば、其処で京一がよく授業をサボっていることは知られているようで、数人の女子生徒が待っていた。
渡されたものは貰った京一だが、増えに増えたラッピングの山に、最後は溜息しか出ない。
放課後になると、剣道部の副部長が京一を呼びに来た。
常ならばわざわざ声かけに等来ないというのに。
タイミングと副部長の苦笑いを見て、京一は凡その事を察した。
部員達から誕生祝の催しがあるのだと。
慕われる事に少々の照れ臭さはあるものの、それ自体は決して悪い気はしない。
そもそも、煽てられて(確かに腕も買われたが)部長になった万年幽霊部員である。
指導も滅多にしないとは言え、人気があるのは確かだった。
それなら少しぐらいは顔を出しても良いかと、常の京一ならば思っただろう。
しかし、今日のその頃には、プレゼントラッシュにすっかり疲れ切っていた。
それを今までの事態を知らぬ人間に当り散らす訳もないから、当たり障りのない事と、今日が誕生日である事を忘れた振りをして、京一はさっさと校門を抜けて行った。
後になって少々後味の悪さは残ったが、疲れ切っていたのだから仕方がない。
山のようになっていたプレゼントの中身は、殆どがクッキー等のお菓子だった。
やはり一日で食べられる量ではなくなっており、且つ京一が一人で抱えて帰るのも大変で、葵、小蒔、遠野の三人が分担し、一旦自分の家にもって帰る事になった。
数が数なので、特訓等で皆で集まった時の差し入れにする。
そうでもしないと、傷んでしまい兼ねない。
夕暮れが西の空に姿を隠しつつある頃、龍麻と京一は繁華街の入り口にいた。
京一の手には、中身の少ない薄い鞄と、いつも通り紫色の太刀袋。
それからプレゼントの入った紙袋が一つ。
龍麻はそのプレゼントの中にあった一つ、動物の形をしたチョコレートクッキーを食べながら、二人並んで歩いていた。
「凄かったね、今日」
「……あー……」
朝はモテるんだと豪語した京一だったが、此処まで来ると喜びを超えて疲弊する。
去年までは、知っているのも祝ってくれるのも『女優』の人々ぐらいのもので、彼女達は仕事の前に祝いの言葉と、小さなケーキを一つ差し出してくれるという、ささやかな誕生パーティだった。
知っている人間が増えたと言うだけで、こんなにも大袈裟なものになるものなのかと、京一は溜息を吐く。
「なんでこんなになってんだか」
「今まで渡せなかったからじゃない?」
ボヤく京一に、龍麻は言った。
正面からプレゼントを渡されても、京一は受け取らないと思っていたのだろうと龍麻は思う。
渡されるんなら貰うけどなと京一は言うが、普段接する機会のない人物達は、京一の内面をよく知らないのだ。
“歌舞伎町の用心棒”の異名で呼ばれる京一に、憧れを抱いても、中々正面から向かえる女生徒は少ない。
だから、今日と言う、誕生日という一年に一度だけの大チャンス。
今日ならば渡しても不自然ではないし、誕生日の日にちも遠野によって知れ渡った。
何も不自然な事はない。
今まで渡したくても渡せなかった反動。
それがこの量ではないかと、龍麻は思った。
「凄いね、京一」
「そりゃどーも」
「凄いね」
同じ台詞と繰り返すと、項垂れていた京一が顔を上げた。
「……なんだよ?」
「何が?」
眉間に皺を寄せた京一の言葉に、龍麻は首を傾げる。
そんな龍麻に、京一の眉間の皺はまた一段と深いものになる。
「なんか言いてェ事あんなら、さっさと言えよ」
「別にないけど」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「何が?」
「……………」
話がループしている。
早々に気付いた京一は、言い方を変えた。
「不機嫌な面しやがって」
端的な一言に、龍麻は瞠目した。
不機嫌な顔。
自分が。
何のことだろうと思いつつ、京一にそう見えていたのなら、そうなのかも知れないと思った。
「疲れてんのはこっちだってのによ」
「うん」
「言いたいことあるなら、さっさと言え」
「うん」
「お前までオレを疲れさせんなッ」
「うん、ごめん」
「……ったく」
京一の言葉に、何一つ反論することなく、笑んで謝れば、京一からは短い溜息。
そうして、京一の顔を見てから、自分が笑っていた事に―――――さっきまで笑っていなかった事に気付いた。
表情豊かと言う程ではない自覚はあるけれど、基本的には笑みという形を作っていたと思う。
京一が終始不機嫌な面が目立つように、龍麻の場合は笑顔が目立っていただろう。
それが引っ込んでいたから、京一はそれを“不機嫌な面”と称したのだ。
あながち外れてはいない。
言われてからではあったが、龍麻は自覚して、京一の言葉を胸中で肯定した。
龍麻は、手の中にあったクッキーをもう一つ口に運んだ。
どんな子がどんな気持ちでこれを作って渡したのか、それは判らない。
ただ手作り感が滲み出るクッキーは、その子の想いがきっと一杯に詰まっているのだ。
……それを、想い人ではなく、自分が食べるのは、少し酷い事をしているような気もするけれど。
――――――少しだけ、顔も知らない女の子が羨ましくなった。
「京一、教えてくれたら良かったのに」
「あ?」
言い出したと思えば、なんの事だ――――と、京一が顔を歪めた。
「今日」
「…誕生日のことか?」
「うん」
「別に教えるような事でもねェだろ」
聞かれれば答える京一だが、龍麻は結局聞かなかった。
だから、京一が龍麻に自分の誕生日を伝えなかった事に、違和感は無い。
文句を言われる筋合いも無いと、京一は顰め面になる。
「でも、僕は教えて欲しかったよ」
「聞いて来なかったじゃねェか」
「うん、そうなんだけど。でも、教えて欲しかった」
思ったのは、そう思っていた事に気付いたのは、つい先刻の事だったけれど。
教えてくれるのなら、教えてもらって置けば良かったし、知っていればずっと良かった。
だって、そうしたら。
「そしたら、一番最初におめでとうって言ったのに」
真っ直ぐに、視線を逸らさずに言えば、夕映えに照らされた京一の顔が朱色に染まった。
それは多分、夕陽に照らされた所為なのだろうけれど、龍麻には京一が照れたように見えた。
存外に照れ屋(病院で過去の話をされると特に)な性分なのだ、この相棒は。
ビルの隙間から滑り込んだ橙の光は、京一の顔に陰影を作って、その表情を浮かび上がらせる。
常の仏頂面は何処に行ったのかと思うような、きょとんとした、少し子供らしい顔。
野生動物のように辛辣な言葉を述べたかと思えば、ふとした瞬間に歳相応の表情を見せる。
それが、龍麻は好きだった。
無言で龍麻を見返していた京一だったが、ややもするとふいっと目を逸らした。
手首に紙袋の持ち手を引っ掛けて、人差し指で頬を掻く。
「……ンなもん、順番なんてどうでもいいだろが」
「うん。でも、僕は一番が良かったな」
言ってから、でも一番はやっぱり無理だったかなぁ、と龍麻は思った。
昨日は吾妻橋達と一緒にいたようだが、『女優』で一夜を明かしたら、きっと一番は彼女達になったに違いない。
順番なんて関係ない。
ない、けれど。
それでも一番に言いたかった。
だって好きな人の誕生日なんだから、やっぱり一番がいい。
「プレゼントも用意できなかったし」
「要らねェよ」
「でもあげたかった」
葵が言ったようにではないけれど、知っていたら準備したのに。
京一が欲しがるものなんて滅多にないけれど、その時その時、例えば気になるアーティストのCDとか、漫画とか。
そういうものなら、京一自身の口からよく聞いているから、探す事だって出来たのに。
知らないって勿体無いんだな、と思った。
「何か欲しいもの、ある?」
「なんだよ、急に」
「今から何か買おうかなって」
「だから要らねェって。別に何もねェし」
「ケーキ食べて帰る?」
「いらねっつーの……」
オレの話聞いてるか? と京一は顔を顰める。
対して、龍麻は不満そうに唇を尖らした。
それを見て、京一は立ち止まった。
僅かに遅れて立ち止まった龍麻が振り返ると、京一はがしがしと乱暴に頭を掻いている。
口が開いたり閉じたり、言葉を探しているような雰囲気だった。
少し待っていると、京一は視線を外して、
「一番が良かったんだよな」
「うん。一番最初」
「つっても、もう散々言われた後だからな…」
「京一が教えてくれなかったから」
「いつまでそれに拘ってんだよ」
だって教えてくれてたら、一番は無理でも、もっと早く言えたし」
「つーかお前からは、まだちゃんと言われた覚えはねェぞ」
指差して言われた台詞に、龍麻は一瞬きょとんとし、
「………そう?」
「そうなんだよッ!」
首を傾げた龍麻に、京一がきっぱりと言い切る。
考えてみて、確かに、と思った。
会話の中でその言葉は使ったが、はっきりとそれを京一に向かって述べてはいなかった。
「ま、そういう訳だからな。そんなに順番気にするってんなら、一番最後にしてやる」
「………最後?」
「一番がいいんだろ。一番最初ってのはもう無理な話だからな。一番最後だ」
「…一番の意味がちょっと違う気がするんだけど」
「文句言うな」
ずいっと顔を近付けて、京一は龍麻の目を正面から見据える。
間近で見た京一の顔は、やはり夕陽に染められて、朱色が際立つ。
けれどもそれよりも、影になっても判る程、首が赤くなっている事に龍麻は気付いた。
こうして喋っている間にも、京一はこれでもかと言うほど恥ずかしく感じている訳だ。
無理もない、自分が祝ってもらう為に、自分でお膳立てしているようなものなのだから。
「最初が特別だってお前が思ってるのと同じだ。最後だって、特別なんだよ」
多分な、と小さな声が付け足す。
「それをオレ直々に、お前に言わせてやるって言ってんだ」
これ以上でなんの不満がある、と。
上からの物言いだが、その表情が照れ隠しである事を物語る。
じっと京一の顔を見ていると、京一も龍麻の反応を待っていたのだろう。
道端で二人佇んで、互いが動くのを待っていた。
この時期、夕暮れは闇に姿を変えるのが早い。
繁華街のネオンがぽつぽつと明かりを灯し始めて、ようやく龍麻は口を開いた。
「……いいの?」
「良くなきゃ言うか、こんな事。つか、一々言わせんな」
半ば吐き捨てるような口調で言うと、京一は龍麻から視線を逸らした。
そのまま足は繁華街の奥へと向かって進んでいく。
龍麻はそれを追い駆けた。
隣に相棒が並んでも、京一はそちらを見なかった。
龍麻が横顔を見ようとすると、明後日の方向を向いて見えなくなる。
顔を見せたくないらしい。
……耳が赤いのが見えるから、あまり意味がなかったが。
気分を誤魔化すように、京一は手に持った紙袋をガサガサと揺らす。
これでクッキーやらの中身の幾つかは、きっと崩れてしまっただろう。
それを気に留めることはしないけど。
「ね、プレゼントは?」
「要らねェよ。もう邪魔」
「何かない?」
「……だから、オレの話聞けよ」
京一は振り返り、そんなに何か渡したいのか、と問う。
龍麻はそれに躊躇うことなく頷いた。
「じゃあ、ラーメン奢れ」
「いいよ」
「決まりな」
簡単だなぁと思いつつ、京一らしくて嬉しかった。
餃子も頼むかな、と呟いたのが聞こえて、龍麻はそれもいいよと頷いた。
チャーシューも、替え玉も、今日は全部引き受けよう。
だって今日は京一の誕生日なのだから。
「京一」
「あん?」
……明日になったら、また言う人がいるのだろう。
それは『女優』の人々だったり、吾妻橋のような舎弟だったり、真神の生徒だったり。
葵達から話を聞いた友人達の誰かだったりするのだろう。
でも、今日と言う日、“誕生日”の一番最後に言うのは、自分であればいい。
一番最初はもう無理だから、一番最後に。
「誕生日おめでとう、京一」
――――――――……生まれてきてくれて、ありがとう。
----------------------------------------
この日は多分、龍麻の家にお泊まり予定です。
―――――――世界で、一番最初に言いたかったのに
"Congratulations" is said to the last turn
下駄箱を開けて、手を入れかけて、京一は気付いた。
其処に入っているのが、自分の上履きだけではない事に。
面倒臭いが、学校生活に必要である上履き。
その上に小さな可愛らしい封筒と、横にはラッピングされた小包。
上履きを取り出す為に浮かした手は、宙ぶらりんの状態で止まっている。
そんな京一の様子に気付いて、既に靴も片付けた龍麻が不思議そうに首を傾げた。
京一は判りやすく眉間に皺を刻み、まるで其処に正体不明の異物が転がっているようである。
――――京一にしてみれば、まさにそんな気分だった訳だが。
「京一?」
どうしたの、と近付いてきた龍麻に、京一は僅かに目を向けた後、無言で自分の下駄箱を指差す。
開けたままの其処を除いて、また龍麻は不思議そうに首を傾げた。
「プレゼント?」
「……だと思うけどな」
「入れる場所、間違えたんじゃない?」
「あのな。莫迦にすんな、オレだってモテんだよ」
胸を張って言う京一に、自分で言わなければ良いのに―――と周囲で遣り取りを見ていた生徒一同は思う。
しかし、嘘ではない。
龍麻がふわふわとした不思議な雰囲気を“ミステリアス”と称して女生徒に人気があるなら、相棒と言って憚らない京一は、全く正反対の気質と理由で人気を博している。
仏頂面が目立つ所為で強面に思えるが、笑うと案外子供っぽい。
喧嘩にしろ部活で臨む仕合にしろ、剣を構える顔付きは凛として、格好良いと言われる事も多い。
最もそれ以上に、周囲の舎弟(取り巻き)と、当人のぶっきら棒さが目について、少々取っ付きにくい感があるのだが。
綺麗にラッピングされた小包を、龍麻が取り出す。
オレンジと黄のボーダーの包み紙を、緑のリボンがしっかりと括っていた。
もう一つ、こちらも綺麗に糊付けされた手紙の封筒には、名前は無く、小さくイニシャルが書かれただけ。
これを京一は、少々雑に指で破って開けた。
取り出した手紙は一つ折りにされた小さなもの。
其処には、『お誕生日おめでとうございます』と、控えめな丁寧な文字。
「………そういやそうだったな」
漏れた京一の言葉を耳にして、龍麻が手紙を覗き込んだ。
「京一、誕生日なの?」
「だな。24日だろ、今日」
「うん」
「じゃあそうだ」
言って、京一は龍麻の手から小包を攫うと、しゅるりとリボンを解いた。
中には星やハートの形をしたクッキー。
ぱくっとそれを口に運ぶと、香ばしい味が咥内に広がった。
「ん、美味い」
「誰からかな」
「知らねェ」
龍麻の当然の疑問に、京一はきっぱり返すと、もう一つクッキーを食んだ。
恐らく手作りであろうそのクッキーは、京一の味覚のお気に召した代物だった。
手紙のイニシャルに覚えはない。
ないが、貰えるものなら貰う。
第一今日は誕生日なのだから、と京一は、見知らぬ人物からの誕生日プレゼントを素直に受け取る事にした。
「京一、これお前にだってさ!」
小蒔のその台詞と、ドサリと大きな紙袋が目の前に置かれたのは、同時。
いきなりの事になんだと顔を上げれば、不機嫌と言うには柔らかく、しかし穏やかと言うには刺々しいクラスメイトの顔。
そんな顔をされる謂れと、目の前の紙袋との自分の関連が思い付かず、京一は眉を潜めた。
「なんでェ、こりゃあ」
「何って、うちの部の後輩からのプレゼント」
「……弓道部からだァ?」
しかも、後輩と言うからには、一年生と二年生。
今日と言う日のタイミングと、プレゼントと言うのだから、恐らく誕生日というものに関わるのだろうが―――――
何故自分の誕生日を、全く関係のない弓道部の、しかも後輩が知っているのかが判らない。
小蒔が喋ったのかと一瞬思ったが、小蒔に教えた覚えもない。
何より、京一自身がつい数分前、下駄箱にあった手紙を見るまで、綺麗サッパリ忘れていたのだ。
なんで弓道部の奴等が、と問おうとして、それは高い声に遮られた。
「京一君」
「……葵か」
「良かった、いてくれて。来ていなかったらどうしようかと」
「なんでお前がそんな事――――」
気にするんだ、とまでは言葉にならなかった。
葵の手に、今現在目の前にあるものと同様の代物を見つけたからだ。
「これ、生徒会の後輩から、京一君に」
「……だからなんで……」
「だって今日は京一君の誕生日なんでしょう?」
「そうなの?」
始めて聞いたと小蒔が瞠目する。
「私も、生徒会の子に聞いて、初めて知ったの。教えてくれたら、私達も何か用意したのに」
水臭い、とでも言うような葵の口調に、京一は唇を尖らせる。
教えるような理由もなければ、教える程の事でもない、というのが京一の感想であった。
「それにしても、意外と人気があるもんなんだね」
「意外とはなんだ、コラ」
「絶対に京一の本性を知らないよねェ、この子達。教えてあげようかとも思ったんだけどさ、夢は夢のままがいいかなァと思って」
「だ・か・ら! どーゆう意味だ、この男女ッ!」
そのまま京一と小蒔は、定例になりつつある低レベルなケンカに発展した。
すっかり見慣れた光景に、葵も今では気に留めない。
自分の持ってきた袋の中身と、小蒔の持ってきた袋の中身を覗き込む。
それに倣って、じっと事の成り行きを見守っていた龍麻も、葵と同じく袋を覗き込んでみた。
袋の中身は、下駄箱で見つけた小包同様、手作り感の感じられるものが多い。
取り出してみると殆どのものに然程の重さはなく、恐らく食べ物だろうと察する事が出来た。
普段、あまり接触しない人物であるとは言え、京一は良く言えば竹を割ったような性格である。
迷惑なものにならないように、好き嫌いの目立たないものを探して、食べ物に落ち着いたという所か。
しかし、手作りが多いと言う所に、後輩達の本気の色が滲んでいるように見える。
―――――それらを贈られた主は、全くその点に気を置いていないのだろうけれど。
プレゼントのリボンに挟められた、メッセージカードを一つ取り出す。
やはり其処にも、今朝と同じように、丁寧な字で誕生日を祝う文章が連ねられていた。
此方には名前がはっきりと書いてあったが、恐らく京一は気に留めないだろう。
龍麻がメッセージカードを見つめていると、其処にフッと影が差す。
見上げた先には、予想通り、醍醐がいた。
「緋勇、こいつは一体どうしたんだ?」
根が真面目な醍醐にしては珍しく、遅い登校である。
おはよう、と一つ挨拶してから、龍麻は問いに答えた。
「弓道部と生徒会の後輩から、京一に誕生日プレゼントだって」
「京一の誕生日? そうなのか?」
「あれ? 醍醐君、知らなかったの?」
低レベルな口ゲンカを中断させ、小蒔が振り返った。
「え、あ、はい」
「…そりゃそうだろ。言う必要ねェんだから」
「どうして?」
京一の台詞に、すかさず訊ねたのは葵。
京一は、思いも寄らなかった問い掛けに、言葉に詰まる。
いや、京一にしてみれば、何故わざわざ教える必要があるのかという点の方がよっぽど疑問だ。
だから、その疑問を無視して、教えることが前程にあるような質問は、返答に困る。
何せ京一の中で、“誕生日”というイベントは、大した意味を持っていないのだから。
返答に詰まった京一の心情を察してか、話題の転換を図ったのは醍醐だ。
「しかし、俺も知らないのに、随分知ってる人間がいたものだな」
「誕生日のこと?」
「ああ。わざわざ言いふらして回るような性格でもないのに、弓道部と生徒会なんて、それこそ京一と接点がないだろう? 何故こんなに知られているのかと思ったんだが……」
「…そうね。緋勇君は、知っていたの?」
「ううん」
龍麻が首を横に振ったことで、益々この事態は不思議なものになった。
かに思われたが、京一はふと、ある人物の顔を思い出し―――――同時に、その人物が目の前に現われた。
「やっほー、皆ーッ」
明るい声で、いつの間にか3-Bにすっかり馴染んだ隣クラスの友人、遠野杏子。
カメラ片手に5人の前まで来ると、京一にピントを合わせて早速シャッターを押した。
「あらら、やっぱり人気ねー、京一は! 一体幾つ貰ったのよ?」
「………やっぱテメェの仕業か、アン子」
大量のプレゼントを見ても、驚きもしなければ理由も聞かない。
そして探った記憶の中に見つけた、数ヶ月前の会話に、京一は恐らく正解であろう答えに行き着いた。
このメンバーで集まるのが日常的になって来て、各々が打ち解けるようになった頃。
何かの会話の流れで、誕生日の話になり、遠野にそれを問われたのを辛うじて覚えていた。
わざわざ自主的に言う必要はないと思っている京一だが、質問されれば答えるのが普通のこと。
またこれで遠野のデータが一つ増えたと、その程度の事だったのだ。
全校生徒のありとあらゆるプロフィールを暗記している遠野である、今更何を警戒する必要もなかった。
それ以後も以前も、京一が高校生になってから、誕生日の話題をした記憶はない。
ならば、誕生日を知っており、尚且つそれを広める手段を持っているのは、遠野以外他にいない。
目を細めた京一に、遠野は笑う。
「ほら、前に京一の特集やったでしょ。あの時プロフィール載せたのよ」
「京一の…って、あの“不良少年24時”?」
「…ありましたね、そんなの」
「でも、確かに載せたのは私だけど、其処まで見るかは読者次第。私の所為じゃないわよ」
「お前が載せなきゃ、こんな面倒な事にもならなかったんだよ」
紙袋一杯に入った自分へのプレゼント。
それに視線を落とし、迷惑、とばかりにがっくりと頭を垂れる。
好意を向けられることに、京一は慣れていない。
それでも貰えるものは貰っておくが、数が数である。
これを抱えて歩くのは、正直言って面倒だった。
溜息を吐く京一に、龍麻はプレゼントを一つ取り出し、その中身を確認してから、
「殆ど食べ物みたいだから、お昼に食べちゃえばいいんじゃないかな」
「数、多過ぎ」
「皆考えることは一緒なのね」
龍麻の提案は悪くは無かった。
が、昼休憩に目一杯食べても、恐らく半分も減らないだろうと思われる。
育ち盛りとは言え、決して大食いとは言わない京一にとって、この量をほんの数時間で完食など、到底無理だ。
更に、遠野の新聞の影響力は強い。
部員一人で製作される校内新聞であるが、遠野の文章力と、彼女自身のジャーナリスト根性の成せる業か、人気はあるのだ。
いつだったか製作されたマリア・アルカード特集も、あっという間に売り切れだったという話。
人伝いに渡そうと思っている生徒達はまだまだ要るだろうと、一同は予想した。
―――――――そしてそれは外れることなく、続々と運び込まれてくるのであった。
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