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教室にいると、クラスメイト伝いに後輩からのプレゼントが殺到する。
最初はモテる事実に、面倒臭い顔をしつつも、それなりに機嫌が良かった京一だが、長く続けば次第にそれも萎えてくる。
ぽつぽつと渡される小さなプレゼントも、数が増えれば山になり、紙袋が五つになる頃には、京一も現状に辟易していた。
昼休憩になると、度胸があると言うのか、直接手渡しにくる生徒もいた。
殆どが女子生徒で、渡すとあっと言う間にいなくなるのだが、その後も延々呼ばれ、全く落ち着けない。
屋上に逃げれば、其処で京一がよく授業をサボっていることは知られているようで、数人の女子生徒が待っていた。
渡されたものは貰った京一だが、増えに増えたラッピングの山に、最後は溜息しか出ない。
放課後になると、剣道部の副部長が京一を呼びに来た。
常ならばわざわざ声かけに等来ないというのに。
タイミングと副部長の苦笑いを見て、京一は凡その事を察した。
部員達から誕生祝の催しがあるのだと。
慕われる事に少々の照れ臭さはあるものの、それ自体は決して悪い気はしない。
そもそも、煽てられて(確かに腕も買われたが)部長になった万年幽霊部員である。
指導も滅多にしないとは言え、人気があるのは確かだった。
それなら少しぐらいは顔を出しても良いかと、常の京一ならば思っただろう。
しかし、今日のその頃には、プレゼントラッシュにすっかり疲れ切っていた。
それを今までの事態を知らぬ人間に当り散らす訳もないから、当たり障りのない事と、今日が誕生日である事を忘れた振りをして、京一はさっさと校門を抜けて行った。
後になって少々後味の悪さは残ったが、疲れ切っていたのだから仕方がない。
山のようになっていたプレゼントの中身は、殆どがクッキー等のお菓子だった。
やはり一日で食べられる量ではなくなっており、且つ京一が一人で抱えて帰るのも大変で、葵、小蒔、遠野の三人が分担し、一旦自分の家にもって帰る事になった。
数が数なので、特訓等で皆で集まった時の差し入れにする。
そうでもしないと、傷んでしまい兼ねない。
夕暮れが西の空に姿を隠しつつある頃、龍麻と京一は繁華街の入り口にいた。
京一の手には、中身の少ない薄い鞄と、いつも通り紫色の太刀袋。
それからプレゼントの入った紙袋が一つ。
龍麻はそのプレゼントの中にあった一つ、動物の形をしたチョコレートクッキーを食べながら、二人並んで歩いていた。
「凄かったね、今日」
「……あー……」
朝はモテるんだと豪語した京一だったが、此処まで来ると喜びを超えて疲弊する。
去年までは、知っているのも祝ってくれるのも『女優』の人々ぐらいのもので、彼女達は仕事の前に祝いの言葉と、小さなケーキを一つ差し出してくれるという、ささやかな誕生パーティだった。
知っている人間が増えたと言うだけで、こんなにも大袈裟なものになるものなのかと、京一は溜息を吐く。
「なんでこんなになってんだか」
「今まで渡せなかったからじゃない?」
ボヤく京一に、龍麻は言った。
正面からプレゼントを渡されても、京一は受け取らないと思っていたのだろうと龍麻は思う。
渡されるんなら貰うけどなと京一は言うが、普段接する機会のない人物達は、京一の内面をよく知らないのだ。
“歌舞伎町の用心棒”の異名で呼ばれる京一に、憧れを抱いても、中々正面から向かえる女生徒は少ない。
だから、今日と言う、誕生日という一年に一度だけの大チャンス。
今日ならば渡しても不自然ではないし、誕生日の日にちも遠野によって知れ渡った。
何も不自然な事はない。
今まで渡したくても渡せなかった反動。
それがこの量ではないかと、龍麻は思った。
「凄いね、京一」
「そりゃどーも」
「凄いね」
同じ台詞と繰り返すと、項垂れていた京一が顔を上げた。
「……なんだよ?」
「何が?」
眉間に皺を寄せた京一の言葉に、龍麻は首を傾げる。
そんな龍麻に、京一の眉間の皺はまた一段と深いものになる。
「なんか言いてェ事あんなら、さっさと言えよ」
「別にないけど」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「何が?」
「……………」
話がループしている。
早々に気付いた京一は、言い方を変えた。
「不機嫌な面しやがって」
端的な一言に、龍麻は瞠目した。
不機嫌な顔。
自分が。
何のことだろうと思いつつ、京一にそう見えていたのなら、そうなのかも知れないと思った。
「疲れてんのはこっちだってのによ」
「うん」
「言いたいことあるなら、さっさと言え」
「うん」
「お前までオレを疲れさせんなッ」
「うん、ごめん」
「……ったく」
京一の言葉に、何一つ反論することなく、笑んで謝れば、京一からは短い溜息。
そうして、京一の顔を見てから、自分が笑っていた事に―――――さっきまで笑っていなかった事に気付いた。
表情豊かと言う程ではない自覚はあるけれど、基本的には笑みという形を作っていたと思う。
京一が終始不機嫌な面が目立つように、龍麻の場合は笑顔が目立っていただろう。
それが引っ込んでいたから、京一はそれを“不機嫌な面”と称したのだ。
あながち外れてはいない。
言われてからではあったが、龍麻は自覚して、京一の言葉を胸中で肯定した。
龍麻は、手の中にあったクッキーをもう一つ口に運んだ。
どんな子がどんな気持ちでこれを作って渡したのか、それは判らない。
ただ手作り感が滲み出るクッキーは、その子の想いがきっと一杯に詰まっているのだ。
……それを、想い人ではなく、自分が食べるのは、少し酷い事をしているような気もするけれど。
――――――少しだけ、顔も知らない女の子が羨ましくなった。
「京一、教えてくれたら良かったのに」
「あ?」
言い出したと思えば、なんの事だ――――と、京一が顔を歪めた。
「今日」
「…誕生日のことか?」
「うん」
「別に教えるような事でもねェだろ」
聞かれれば答える京一だが、龍麻は結局聞かなかった。
だから、京一が龍麻に自分の誕生日を伝えなかった事に、違和感は無い。
文句を言われる筋合いも無いと、京一は顰め面になる。
「でも、僕は教えて欲しかったよ」
「聞いて来なかったじゃねェか」
「うん、そうなんだけど。でも、教えて欲しかった」
思ったのは、そう思っていた事に気付いたのは、つい先刻の事だったけれど。
教えてくれるのなら、教えてもらって置けば良かったし、知っていればずっと良かった。
だって、そうしたら。
「そしたら、一番最初におめでとうって言ったのに」
真っ直ぐに、視線を逸らさずに言えば、夕映えに照らされた京一の顔が朱色に染まった。
それは多分、夕陽に照らされた所為なのだろうけれど、龍麻には京一が照れたように見えた。
存外に照れ屋(病院で過去の話をされると特に)な性分なのだ、この相棒は。
ビルの隙間から滑り込んだ橙の光は、京一の顔に陰影を作って、その表情を浮かび上がらせる。
常の仏頂面は何処に行ったのかと思うような、きょとんとした、少し子供らしい顔。
野生動物のように辛辣な言葉を述べたかと思えば、ふとした瞬間に歳相応の表情を見せる。
それが、龍麻は好きだった。
無言で龍麻を見返していた京一だったが、ややもするとふいっと目を逸らした。
手首に紙袋の持ち手を引っ掛けて、人差し指で頬を掻く。
「……ンなもん、順番なんてどうでもいいだろが」
「うん。でも、僕は一番が良かったな」
言ってから、でも一番はやっぱり無理だったかなぁ、と龍麻は思った。
昨日は吾妻橋達と一緒にいたようだが、『女優』で一夜を明かしたら、きっと一番は彼女達になったに違いない。
順番なんて関係ない。
ない、けれど。
それでも一番に言いたかった。
だって好きな人の誕生日なんだから、やっぱり一番がいい。
「プレゼントも用意できなかったし」
「要らねェよ」
「でもあげたかった」
葵が言ったようにではないけれど、知っていたら準備したのに。
京一が欲しがるものなんて滅多にないけれど、その時その時、例えば気になるアーティストのCDとか、漫画とか。
そういうものなら、京一自身の口からよく聞いているから、探す事だって出来たのに。
知らないって勿体無いんだな、と思った。
「何か欲しいもの、ある?」
「なんだよ、急に」
「今から何か買おうかなって」
「だから要らねェって。別に何もねェし」
「ケーキ食べて帰る?」
「いらねっつーの……」
オレの話聞いてるか? と京一は顔を顰める。
対して、龍麻は不満そうに唇を尖らした。
それを見て、京一は立ち止まった。
僅かに遅れて立ち止まった龍麻が振り返ると、京一はがしがしと乱暴に頭を掻いている。
口が開いたり閉じたり、言葉を探しているような雰囲気だった。
少し待っていると、京一は視線を外して、
「一番が良かったんだよな」
「うん。一番最初」
「つっても、もう散々言われた後だからな…」
「京一が教えてくれなかったから」
「いつまでそれに拘ってんだよ」
だって教えてくれてたら、一番は無理でも、もっと早く言えたし」
「つーかお前からは、まだちゃんと言われた覚えはねェぞ」
指差して言われた台詞に、龍麻は一瞬きょとんとし、
「………そう?」
「そうなんだよッ!」
首を傾げた龍麻に、京一がきっぱりと言い切る。
考えてみて、確かに、と思った。
会話の中でその言葉は使ったが、はっきりとそれを京一に向かって述べてはいなかった。
「ま、そういう訳だからな。そんなに順番気にするってんなら、一番最後にしてやる」
「………最後?」
「一番がいいんだろ。一番最初ってのはもう無理な話だからな。一番最後だ」
「…一番の意味がちょっと違う気がするんだけど」
「文句言うな」
ずいっと顔を近付けて、京一は龍麻の目を正面から見据える。
間近で見た京一の顔は、やはり夕陽に染められて、朱色が際立つ。
けれどもそれよりも、影になっても判る程、首が赤くなっている事に龍麻は気付いた。
こうして喋っている間にも、京一はこれでもかと言うほど恥ずかしく感じている訳だ。
無理もない、自分が祝ってもらう為に、自分でお膳立てしているようなものなのだから。
「最初が特別だってお前が思ってるのと同じだ。最後だって、特別なんだよ」
多分な、と小さな声が付け足す。
「それをオレ直々に、お前に言わせてやるって言ってんだ」
これ以上でなんの不満がある、と。
上からの物言いだが、その表情が照れ隠しである事を物語る。
じっと京一の顔を見ていると、京一も龍麻の反応を待っていたのだろう。
道端で二人佇んで、互いが動くのを待っていた。
この時期、夕暮れは闇に姿を変えるのが早い。
繁華街のネオンがぽつぽつと明かりを灯し始めて、ようやく龍麻は口を開いた。
「……いいの?」
「良くなきゃ言うか、こんな事。つか、一々言わせんな」
半ば吐き捨てるような口調で言うと、京一は龍麻から視線を逸らした。
そのまま足は繁華街の奥へと向かって進んでいく。
龍麻はそれを追い駆けた。
隣に相棒が並んでも、京一はそちらを見なかった。
龍麻が横顔を見ようとすると、明後日の方向を向いて見えなくなる。
顔を見せたくないらしい。
……耳が赤いのが見えるから、あまり意味がなかったが。
気分を誤魔化すように、京一は手に持った紙袋をガサガサと揺らす。
これでクッキーやらの中身の幾つかは、きっと崩れてしまっただろう。
それを気に留めることはしないけど。
「ね、プレゼントは?」
「要らねェよ。もう邪魔」
「何かない?」
「……だから、オレの話聞けよ」
京一は振り返り、そんなに何か渡したいのか、と問う。
龍麻はそれに躊躇うことなく頷いた。
「じゃあ、ラーメン奢れ」
「いいよ」
「決まりな」
簡単だなぁと思いつつ、京一らしくて嬉しかった。
餃子も頼むかな、と呟いたのが聞こえて、龍麻はそれもいいよと頷いた。
チャーシューも、替え玉も、今日は全部引き受けよう。
だって今日は京一の誕生日なのだから。
「京一」
「あん?」
……明日になったら、また言う人がいるのだろう。
それは『女優』の人々だったり、吾妻橋のような舎弟だったり、真神の生徒だったり。
葵達から話を聞いた友人達の誰かだったりするのだろう。
でも、今日と言う日、“誕生日”の一番最後に言うのは、自分であればいい。
一番最初はもう無理だから、一番最後に。
「誕生日おめでとう、京一」
――――――――……生まれてきてくれて、ありがとう。
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この日は多分、龍麻の家にお泊まり予定です。