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―――――――世界で、一番最初に言いたかったのに
"Congratulations" is said to the last turn
下駄箱を開けて、手を入れかけて、京一は気付いた。
其処に入っているのが、自分の上履きだけではない事に。
面倒臭いが、学校生活に必要である上履き。
その上に小さな可愛らしい封筒と、横にはラッピングされた小包。
上履きを取り出す為に浮かした手は、宙ぶらりんの状態で止まっている。
そんな京一の様子に気付いて、既に靴も片付けた龍麻が不思議そうに首を傾げた。
京一は判りやすく眉間に皺を刻み、まるで其処に正体不明の異物が転がっているようである。
――――京一にしてみれば、まさにそんな気分だった訳だが。
「京一?」
どうしたの、と近付いてきた龍麻に、京一は僅かに目を向けた後、無言で自分の下駄箱を指差す。
開けたままの其処を除いて、また龍麻は不思議そうに首を傾げた。
「プレゼント?」
「……だと思うけどな」
「入れる場所、間違えたんじゃない?」
「あのな。莫迦にすんな、オレだってモテんだよ」
胸を張って言う京一に、自分で言わなければ良いのに―――と周囲で遣り取りを見ていた生徒一同は思う。
しかし、嘘ではない。
龍麻がふわふわとした不思議な雰囲気を“ミステリアス”と称して女生徒に人気があるなら、相棒と言って憚らない京一は、全く正反対の気質と理由で人気を博している。
仏頂面が目立つ所為で強面に思えるが、笑うと案外子供っぽい。
喧嘩にしろ部活で臨む仕合にしろ、剣を構える顔付きは凛として、格好良いと言われる事も多い。
最もそれ以上に、周囲の舎弟(取り巻き)と、当人のぶっきら棒さが目について、少々取っ付きにくい感があるのだが。
綺麗にラッピングされた小包を、龍麻が取り出す。
オレンジと黄のボーダーの包み紙を、緑のリボンがしっかりと括っていた。
もう一つ、こちらも綺麗に糊付けされた手紙の封筒には、名前は無く、小さくイニシャルが書かれただけ。
これを京一は、少々雑に指で破って開けた。
取り出した手紙は一つ折りにされた小さなもの。
其処には、『お誕生日おめでとうございます』と、控えめな丁寧な文字。
「………そういやそうだったな」
漏れた京一の言葉を耳にして、龍麻が手紙を覗き込んだ。
「京一、誕生日なの?」
「だな。24日だろ、今日」
「うん」
「じゃあそうだ」
言って、京一は龍麻の手から小包を攫うと、しゅるりとリボンを解いた。
中には星やハートの形をしたクッキー。
ぱくっとそれを口に運ぶと、香ばしい味が咥内に広がった。
「ん、美味い」
「誰からかな」
「知らねェ」
龍麻の当然の疑問に、京一はきっぱり返すと、もう一つクッキーを食んだ。
恐らく手作りであろうそのクッキーは、京一の味覚のお気に召した代物だった。
手紙のイニシャルに覚えはない。
ないが、貰えるものなら貰う。
第一今日は誕生日なのだから、と京一は、見知らぬ人物からの誕生日プレゼントを素直に受け取る事にした。
「京一、これお前にだってさ!」
小蒔のその台詞と、ドサリと大きな紙袋が目の前に置かれたのは、同時。
いきなりの事になんだと顔を上げれば、不機嫌と言うには柔らかく、しかし穏やかと言うには刺々しいクラスメイトの顔。
そんな顔をされる謂れと、目の前の紙袋との自分の関連が思い付かず、京一は眉を潜めた。
「なんでェ、こりゃあ」
「何って、うちの部の後輩からのプレゼント」
「……弓道部からだァ?」
しかも、後輩と言うからには、一年生と二年生。
今日と言う日のタイミングと、プレゼントと言うのだから、恐らく誕生日というものに関わるのだろうが―――――
何故自分の誕生日を、全く関係のない弓道部の、しかも後輩が知っているのかが判らない。
小蒔が喋ったのかと一瞬思ったが、小蒔に教えた覚えもない。
何より、京一自身がつい数分前、下駄箱にあった手紙を見るまで、綺麗サッパリ忘れていたのだ。
なんで弓道部の奴等が、と問おうとして、それは高い声に遮られた。
「京一君」
「……葵か」
「良かった、いてくれて。来ていなかったらどうしようかと」
「なんでお前がそんな事――――」
気にするんだ、とまでは言葉にならなかった。
葵の手に、今現在目の前にあるものと同様の代物を見つけたからだ。
「これ、生徒会の後輩から、京一君に」
「……だからなんで……」
「だって今日は京一君の誕生日なんでしょう?」
「そうなの?」
始めて聞いたと小蒔が瞠目する。
「私も、生徒会の子に聞いて、初めて知ったの。教えてくれたら、私達も何か用意したのに」
水臭い、とでも言うような葵の口調に、京一は唇を尖らせる。
教えるような理由もなければ、教える程の事でもない、というのが京一の感想であった。
「それにしても、意外と人気があるもんなんだね」
「意外とはなんだ、コラ」
「絶対に京一の本性を知らないよねェ、この子達。教えてあげようかとも思ったんだけどさ、夢は夢のままがいいかなァと思って」
「だ・か・ら! どーゆう意味だ、この男女ッ!」
そのまま京一と小蒔は、定例になりつつある低レベルなケンカに発展した。
すっかり見慣れた光景に、葵も今では気に留めない。
自分の持ってきた袋の中身と、小蒔の持ってきた袋の中身を覗き込む。
それに倣って、じっと事の成り行きを見守っていた龍麻も、葵と同じく袋を覗き込んでみた。
袋の中身は、下駄箱で見つけた小包同様、手作り感の感じられるものが多い。
取り出してみると殆どのものに然程の重さはなく、恐らく食べ物だろうと察する事が出来た。
普段、あまり接触しない人物であるとは言え、京一は良く言えば竹を割ったような性格である。
迷惑なものにならないように、好き嫌いの目立たないものを探して、食べ物に落ち着いたという所か。
しかし、手作りが多いと言う所に、後輩達の本気の色が滲んでいるように見える。
―――――それらを贈られた主は、全くその点に気を置いていないのだろうけれど。
プレゼントのリボンに挟められた、メッセージカードを一つ取り出す。
やはり其処にも、今朝と同じように、丁寧な字で誕生日を祝う文章が連ねられていた。
此方には名前がはっきりと書いてあったが、恐らく京一は気に留めないだろう。
龍麻がメッセージカードを見つめていると、其処にフッと影が差す。
見上げた先には、予想通り、醍醐がいた。
「緋勇、こいつは一体どうしたんだ?」
根が真面目な醍醐にしては珍しく、遅い登校である。
おはよう、と一つ挨拶してから、龍麻は問いに答えた。
「弓道部と生徒会の後輩から、京一に誕生日プレゼントだって」
「京一の誕生日? そうなのか?」
「あれ? 醍醐君、知らなかったの?」
低レベルな口ゲンカを中断させ、小蒔が振り返った。
「え、あ、はい」
「…そりゃそうだろ。言う必要ねェんだから」
「どうして?」
京一の台詞に、すかさず訊ねたのは葵。
京一は、思いも寄らなかった問い掛けに、言葉に詰まる。
いや、京一にしてみれば、何故わざわざ教える必要があるのかという点の方がよっぽど疑問だ。
だから、その疑問を無視して、教えることが前程にあるような質問は、返答に困る。
何せ京一の中で、“誕生日”というイベントは、大した意味を持っていないのだから。
返答に詰まった京一の心情を察してか、話題の転換を図ったのは醍醐だ。
「しかし、俺も知らないのに、随分知ってる人間がいたものだな」
「誕生日のこと?」
「ああ。わざわざ言いふらして回るような性格でもないのに、弓道部と生徒会なんて、それこそ京一と接点がないだろう? 何故こんなに知られているのかと思ったんだが……」
「…そうね。緋勇君は、知っていたの?」
「ううん」
龍麻が首を横に振ったことで、益々この事態は不思議なものになった。
かに思われたが、京一はふと、ある人物の顔を思い出し―――――同時に、その人物が目の前に現われた。
「やっほー、皆ーッ」
明るい声で、いつの間にか3-Bにすっかり馴染んだ隣クラスの友人、遠野杏子。
カメラ片手に5人の前まで来ると、京一にピントを合わせて早速シャッターを押した。
「あらら、やっぱり人気ねー、京一は! 一体幾つ貰ったのよ?」
「………やっぱテメェの仕業か、アン子」
大量のプレゼントを見ても、驚きもしなければ理由も聞かない。
そして探った記憶の中に見つけた、数ヶ月前の会話に、京一は恐らく正解であろう答えに行き着いた。
このメンバーで集まるのが日常的になって来て、各々が打ち解けるようになった頃。
何かの会話の流れで、誕生日の話になり、遠野にそれを問われたのを辛うじて覚えていた。
わざわざ自主的に言う必要はないと思っている京一だが、質問されれば答えるのが普通のこと。
またこれで遠野のデータが一つ増えたと、その程度の事だったのだ。
全校生徒のありとあらゆるプロフィールを暗記している遠野である、今更何を警戒する必要もなかった。
それ以後も以前も、京一が高校生になってから、誕生日の話題をした記憶はない。
ならば、誕生日を知っており、尚且つそれを広める手段を持っているのは、遠野以外他にいない。
目を細めた京一に、遠野は笑う。
「ほら、前に京一の特集やったでしょ。あの時プロフィール載せたのよ」
「京一の…って、あの“不良少年24時”?」
「…ありましたね、そんなの」
「でも、確かに載せたのは私だけど、其処まで見るかは読者次第。私の所為じゃないわよ」
「お前が載せなきゃ、こんな面倒な事にもならなかったんだよ」
紙袋一杯に入った自分へのプレゼント。
それに視線を落とし、迷惑、とばかりにがっくりと頭を垂れる。
好意を向けられることに、京一は慣れていない。
それでも貰えるものは貰っておくが、数が数である。
これを抱えて歩くのは、正直言って面倒だった。
溜息を吐く京一に、龍麻はプレゼントを一つ取り出し、その中身を確認してから、
「殆ど食べ物みたいだから、お昼に食べちゃえばいいんじゃないかな」
「数、多過ぎ」
「皆考えることは一緒なのね」
龍麻の提案は悪くは無かった。
が、昼休憩に目一杯食べても、恐らく半分も減らないだろうと思われる。
育ち盛りとは言え、決して大食いとは言わない京一にとって、この量をほんの数時間で完食など、到底無理だ。
更に、遠野の新聞の影響力は強い。
部員一人で製作される校内新聞であるが、遠野の文章力と、彼女自身のジャーナリスト根性の成せる業か、人気はあるのだ。
いつだったか製作されたマリア・アルカード特集も、あっという間に売り切れだったという話。
人伝いに渡そうと思っている生徒達はまだまだ要るだろうと、一同は予想した。
―――――――そしてそれは外れることなく、続々と運び込まれてくるのであった。
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