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繰り返される口付けは、最初はいつも、仔猫か仔犬が甘えてくるようなものから始まって。
段々と深くなって行って、気付いた時にはすっかり翻弄されている。
大人しい顔した奴程、キレた時には手がつけられない。
怖い顔した奴程、結構ビビリだったりする。
そんな話は幾らでも聞いてきたが、コイツのこれは本当にずるいだろうといつも思う。
「ん、ん……」
人がいなくなった教室の真ん中。
窓際に追いやられて交わされた口付けに、逃れる術などある訳もない。
何故って、相手が龍麻だから。
触れては離れて、離れては触れて。
次第に触れている時間の方が長くなって来て、侵入する深さも奥へ奥へと進んでくる。
逃れようとしたって此処は教室の端っこで、暴れようにも腕はきっちり押さえ込まれているものだから、にっちもさっちも行かないとはこんな時に思うんだろうなと、返って冷静になっている頭が関係ない事を考える。
けれども、そうして別の事をぼんやり考えていると、拗ねたか怒るかするように、咥内を嬲られるのだ。
……一秒の現実逃避ぐらいさせろと、よく思う。
「……っふ…はぁ…ん……」
「ん………」
大人しい顔して。
何も知らない顔して。
ウブそうな顔して。
コイツほど凶悪な奴は、絶対にいない。
何と比べた訳でもないが、京一はそう思わずにはいられない。
薄ら瞼を開いてみれば、真っ直ぐ見つめる強い瞳のその奥に、獰猛な色があって。
京一がそれに気付いた時には既に絡め取られてしまっていたから、もう逃げられない。
クラスメイトの何人が、龍麻のこんな顔を知っているだろう。
遠野だって絶対に知らない、京一はそう思う。
何故なら、自分以外の殆どの人間は、完全にフィルター越しに龍麻を見ているからだ。
ミステリアスな転校生、何を考えているのかよく判らない転校生。
女の子に優しくて、男にも分け隔てなくて、苺が好きで。
古武術が得意な、変わり者の男子高校生。
……それらは間違っていない、確かに間違っていないけれど。
もっと特筆されるべき事がある事を、皆知らない。
「…んはッ…も、苦し………ッ」
「だーめ」
離れた一瞬に、龍麻の肩を押して顔を遠くに押しやった。
けれども龍麻はけろりとした顔で、そんな事を言ってくる。
「まだするの」
「…あの、な……酸素…ッ…、マジ、死ぬッ…」
「それも駄目」
じゃあ息させろ。
言えなかった。
……塞がれたから。
「んんッ」
殴るか。
いっそ本当に殴るか。
生命の危険を察知した頭が、本気で物騒なことを考える。
太刀袋の中の木刀を握る右手に、力が篭る。
仕方がない、だって自分の命は大切だから。
けれど、頬に龍麻の手が添えられると、篭った力がまた緩んで。
「う……ん……」
なぁ、つくづく思うんだけど。
なんでそんなにキスしてェの。
何がそんなに面白いんだよ。
つーか男相手にベロチューとかよ。
未だに信じらんねェよ。
……うん、まぁ。
一番信じられねェのは、許しちまってるオレなんだけど。
「っは……はぁッ……」
京一の胸中の叫びなど、龍麻に聞こえる訳もなく。
けれども瞳の奥の光がなんだか楽しそうに明滅するから、実は判っててやってるんじゃないかとも思えて。
ああ、やっぱりこの親友の考えていることは判らない。
…だけど、もっと判らないのは、
「ね、もっとしよ」
…………悪い気がしない自分の頭の方だった。
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押せ押せ龍麻は若干黒い(笑)。
京一たじたじです。
見つけた背中に、駆け寄った。
おはようと言って抱きつくと、京一は少し前のめりになって、それでも確り受け止めて振り返る。
「おめーなァ……」
「おはよう」
「……ああ」
呆れたように見てくる瞳を真っ直ぐ見返して、もう一度朝の挨拶をする。
すると京一は、言いたかっただろう言葉を飲み込んで、挨拶の返事をした。
赤信号に引っ掛かっていた京一は、其処から動かない。
勿論、行き先が同じ――――登校中である龍麻も、其処から動かなかった。
……京一の背中に抱きついたままで。
「離れろよ」
「いや」
「嫌じゃねーよ。いいから離れろ」
「いや」
ぴったりと密着している龍麻に、京一の眉間に皺が寄る。
この皺は直ぐに寄る。
半分は癖になっているのじゃないかと、龍麻は時々思う。
何かあれば直ぐに寄せられるのだ、此処の皺は。
今年の春に逢ったばかりなのに、どうしてだろうか。
龍麻は京一のその不機嫌な顔をすっかり見慣れたようになってしまった。
「暑苦しいだろ」
「平気だよ」
「オレが平気じゃねェんだよ」
うん。
本当は僕も平気じゃない。
龍麻はそう思ったが、口には出さなかった。
季節は夏。
空は所謂ピーカンと言う奴で、雲一つない空から降り注ぐ熱線は、地面に反射して更に空気中の熱を上げる。
ビルの乱立する都会の真ん中に吹き込む風は殆ど皆無に等しく、昼間ともなれば影もない。
コンビニに入ったら出たくない、そんな日々が続く今。
自分一人の熱だけでも持て余して、熱くて熱くて仕方がないのに、誰が好き好んで他者の熱に飛びつくものか。
人混みなんてもっての外、冷房の効いた電車に乗ったって満員だったら意味がない。
………熱線の所為で常温よりも熱くなった人肌なんて、極力遠慮願いたい。
でも。
「なんだってお前はオレに抱き付いて来やがんだよ」
「なんでかな」
「お前のことだろ! いや、ンなこたァどうでもいいから、とにかく離れろッ」
「いや」
「なんでだよ!? コラ、力入れんな、痛ェ!」
「京一、丈夫だから平気だよ」
離せ。
離れろ。
いや。
やだ。
信号待ちの横断歩道手前で、くっついてじゃれあう男子高校生が二人。
傍目に見てもむさ苦しい光景は、当人達にとってはもっとむさ苦しくて熱くて。
離れろ離れろと言う京一に、いやだと言いながら。
本当は僕も離れたいんだけどなァと、密着した箇所から熱くなる体温を感じて。
シャツの下は、もう汗でびっしょりだ。
こうなると判っていながら、何故こんな事をしているかなんて、
(だって体が動くんだ)
(京一、見つけたって思ったら)
それはどうしてかと言われたら、
大好きなんだから仕方がない。
………多分、それしか言えないんだ。
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好き好き全開の龍麻と、なんだかんだで赦してる京一。
本気で嫌なら、多分殴ってでも離させると思う。
少しだけ目を伏せて。
こっちの顔を見ないようにして。
静かな声で告げられる、“判ってる”と言う言葉。
甘えちゃいけないと思うけど、甘えてしまうのは、きっと赦してくれるだろうと思うから。
何を言っても何をしても、きっと彼なら受け入れてくれるだろうと思うから。
……そう願っていて、彼は本当にそうしてくれるから。
時折、無理に付き合わせているのじゃないかと思う事もある。
だけど、それを言おうとすると、彼はぶっきら棒に「なんの事だ?」と言って。
そうして自分は、結局また甘えている。
いつでも何処でも、一番最初に呼ぶ声があって。
誰より何より、一番先に隣にいる人。
向き合って、背中越しで、一番近くに感じる人。
無茶も無謀も、全部ひっくるめて受け入れて。
「仕方ねェな」と笑って、「オレもバカだからな」と言ってくれた。
一人で背負うなとは言わない。
でも、「オレも一緒だ」と言って、いつも傍らにいて。
向ける刃の切っ先は、同じ方向を向いている。
冷たくて寂しい偽りの言葉の中で、痛いくらいに熱い言葉をくれた。
迷えば答えが見付かるまで傍らで待ってくれていて、別に急かす訳じゃなく。
あるがまま、見付けた答えごと全部受け止めてくれる。
そうして、間違え掛けた時は、躊躇わずに殴ってくれる。
だから。
だからつい、ワガママを言って。
優しい彼を、渦の中に巻き込んで。
そうして何度、傷付いていくのを見ただろう。
彼はそれを僕に言った事はなかったし、きっとずっと言う事もないだろうけど。
一番最初に、言葉ではなく、全身で。
全てを持ってぶつかってくれたから、何も隠すものなどなくて。
一番最初のあの瞬間から、彼は何もかも受け止めてくれたから。
だからつい、きっと受け入れてくれるんだと思って、ワガママを言って。
ごめんねと言ったら、
「何謝ってんだ、お前」
「お前が勝手にしてることに、オレが勝手にやってるだけだろ」
「何がワガママなもんかよ――――――」
そんな事言ってくれるから、
一生ワガママ言ってもいいのかなぁと思ってしまうんだ。
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比良坂、外法編最終話、拳武編ラスト、渦王須事件、最終決戦。
龍麻がしようとする事を、そのまま受け入れて一緒に背負おうとする京一は男前。
寄りかかりあえる二人が好き。
絡められた手に、いつも戸惑う。
リアクションにも、このままにして良いのかと言う事も。
するりと捕まえられたを感じて、肩越しに後ろを振り返れば、思ったとおり。
いつものふわふわとした笑みを浮かべた相棒が其処にいて、視線を落とせば握られた手。
5つ6つの子供じゃあるまいし、手なんか繋いで何が楽しいのだろう。
過去に何度か聞いたことがあったが、その都度、龍麻は笑うばかりで何も答えなかった。
聞き続けていると、「駄目かな?」と質問で返されてしまい、いつも京一の方が答えに窮する。
嫌か嫌じゃないかと言われると、照れくさいが“嫌じゃない”訳で、「だったらいいじゃない」と丸め込まれてしまうのだ。
龍麻が、何故自分と手を繋ぎたがるのか、京一にはよく判らない。
剣を握り続けた為に、剣胼胝だらけの凸凹の手。
古武術を心得る龍麻の手もそれは似たようなものだった。
……こんな手を繋いで、本当に何が楽しいのか。
夜の都会の真ん中。
男同士が手を繋いで歩く光景の、なんと滑稽か。
と、京一は思うのだが、反面、誰も気にしちゃいない事も判っている。
色々な人間が当たり前に溢れ返る東京で、一々他人の様子を逐一観察する者はいない。
男同士で手を繋ぐのだって、ある一角に行けば珍しくない光景なのだ。
…時々、後ろ指で笑われている気がしないでもないけれども。
京一のそんな心情などお構いなしに、今日の龍麻は少々ご機嫌な様子だった。
「ラーメン、美味しかったね」
いつものラーメン屋で食べた帰りだ。
其処には醍醐達もいて、ついさっきの分かれ道まで一緒だった。
そして別れて数分後、龍麻が手を捕まえてきたのである。
「苺ラーメン美味しかったなぁ」
「……ありゃねェと思うぞ、オレは」
麺からスープから、ピンク一色だったラーメンを思い出す。
あれは本当に有り得ない、と京一は思う。
コニーもよく作ってくれたものだ。
京一達が押し付けていった少女・マリィに急かされて作ったものらしいが……
押し付ける時には本当に軽い気でいたのだが、今は少々、申し訳ない事をしたと思う。
とは言え、コニーはコニーでマリィとの生活を楽しんでいるようだが。
赤信号に引っ掛かって、横断歩道の前で立ち止まる。
「京一も今度食べてみなよ」
「遠慮しとく。オレはいつもの奴でいい」
「本当に美味しいよ?」
「お前にとってはな」
直ぐに信号は青に変わってくれた。
けれども、此処の信号は青から赤に変わるのも早い。
早足で渡り出すと、手を繋いだまま、龍麻も同じ速度で渡り始める。
京一の方が半歩前に出ているので、傍目には京一が龍麻を引っ張っているように見えた。
「冒険してもいいと思うな」
「してェ時にするから、今は止めとく」
「今度一緒に食べようね」
「人の話を聞けよ、オメーは」
青信号が点滅する。
横断歩道はやっと半分まで行った所だった。
長いくせに変わるのが早いのは可笑しいよなと思いつつ、京一は龍麻の手を解く。
走り出せば、寸分遅れずに龍麻も走り出した。
ギリギリで渡り切って、一つ息を吐いて。
また手が繋がれる。
――――――放っておくのは、拒否する理由がないからだ。
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こんな話を書く度、うちの龍麻は本当に京一ラブだなと思います。
でもって、なんだかんだで京一も龍麻の事好きです。
未来なんて不確かなもので、その未来の約束をするなんて、もっと不確かで。
だけど、その約束で、ほんの一時でも君を縛ることが出来るなら。
歌舞伎町の向こうに紛れようとする親友を呼び止めた。
肩越しに振り返った親友に、一つ約束を取り付ける。
「明日、僕の家に泊まってね」
藪から棒の言葉に、京一は眉根を寄せる。
それは決して機嫌を損ねた訳ではなく、急な発言の真意を掴み損ねたからだろう。
龍麻は微笑んで親友の顔を見つめ、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「明日、僕の家に泊まってね」
一言一句変わらぬ言葉。
京一は益々いぶかしんで見せたが、断る理由も思いつかないからだろう。
しばらくの沈黙の後、がりがりと頭を掻いてから、
「いいぜ」
「うん」
承諾と了解の言葉は、たったの三文字、二文字で終わる。
今度こそ京一が完全に背を向けたのを、龍麻は今度は呼び止めず、追うこともしなかった。
呼ばれなければ京一が振り返ることはなく、踵を返して戻って来ることもない。
原色のネオンの向こうに消える背中に、龍麻は見えていないと判って、手を振った。
そのまま、京一の背中は見えなくなるだろうと思っていた、のだけれど。
ふと、京一の足が止まって、半身で振り返る。
それを見た龍麻は、何か忘れ物があっただろうかと考えた。
考えたが、思いつくものはない。
立ち止まった答えを知る京一は、またがりがりと頭を掻いてから、
「明日な」
「―――――うん」
確認するように告げられたのに、龍麻ははっきり頷いた。
京一もそれを見て、ひらりと手を振ってまた背を向け、歩き出す。
不確かな未来。
だけどどうか、明日も一緒に。
大好きな君と、一緒に。
そんな約束。
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“じゃあまたな”をもっと明確な形に。
明日は“明日”が終わるまで、ずっと一緒にいられるように。