例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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08 常に離れていて不安ばかりが募って











近くて遠い、そんな関係。










ほんの少しでも立ち止まったら、あっと言う間に置いて行かれる。
そう思うから左之助は、いつも一所懸命、足を動かした。

子供には辛い山道でも、自分だって田舎育ちなのだから大丈夫だと言い聞かせて。
高い高い谷の上、揺れる吊り橋を渡る時も、自分は軽いから落ちたりなんかしないと言い聞かせて。
怖いことなんて、なんにも何一つとしてないんだと、幼心を奮い立たせて。


長い長い行軍に、足にマメが出来て、潰れた。
痛かったけれど、その程度の事で皆の足を止めて迷惑をかけたくなかった。
だから必死で痛いのを我慢して、一所懸命、大好きな背中を追い駆けた。




置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。





マメが出来た箇所を出来るだけ圧迫しないように、踵に体重をかけたり、足の甲を丸めようとしてみたり。
そんな事をしながら、なるべく歩き方が可笑しくならないように、気を付けて歩く。




置いていかれないように。
これ以上、離れてしまわないように。





痛みを少しの間堪える為に、時々、ほんの数瞬立ち止まる。
隊長が振り返ろうとする仕種を見せたら、直ぐに歩き出す。
隣に並んで見上げれば、敬愛する人は苦笑を漏らして進んでいく。

心配なんてして貰えたら、きっと死ぬほど嬉しいけれど、同時に死ぬほど申し訳なく思ってしまう。
だから左之助は、一所懸命、痛みを我慢して歩く。



でも、その時は痛みと疲労で堪えた足が、縺れて。







「左之助」







転んだ左之助に、いち早く気付いたのは隊長だった。
後ろに並んでいた隊士達よりも、誰よりも早く。






「おい、左之助、大丈夫か?」
「足ィマメ出来てんじゃねェか、お前」





言って、隊士の一人が左之助の草鞋を解く。
案の定、足の裏は血塗れだった。

それを見た隊長が、短いけれど溜め息を吐いたから、左之助は泣きそうになった。
けれど顔を上げた時にはちゃんと笑顔で、左之助は言う。





「へへ、すんません」
「……左之助…」
「大丈夫っスよ、これぐらい。あの、隊長も皆も先行って下さい。其処の川で足洗ったら、すぐ追っ駆けます」





想像していた通り、眉を潜めた隊長に、左之助は努めて明るく告げた。
隊士の持っていた血の滲んだ草鞋を返して貰うと、片足でひょこひょこと、傍を流れていた川に向かう。

左之助、と幼馴染が呼ぶのが聞こえた。
へーきへーき、と空の手をひらひら振りながら告げながら、本当は、心底泣きたかった。
あの幼馴染だって足の裏は同じぐらい血塗れなのに、どうして自分だけ転んだりしたのだろう。
それが、隊長の隣に並ぼうと、彼を追いかける分だけ必死になっている所為だとは、判らない。


この当りには攘夷志士の気配もなく、山賊達もいない。
野生動物も鹿や野兎が精々で、子供を一人残しても、特に危険はなかった。
難があるのは、少々険しい山道だけ。

進めるうちに進まなければならないのだから、自分になんか構ってないで、先に進んで欲しい。




―――――前進、と支持を出すのが聞こえた。

………置いていかれる事に、自分で言っておいて、泣きそうになった。








(隊長は、オレよりずっと先を歩いてる)

(オレなんかより、ずっとずっと先を見てる)



(だから、オレなんかがあの人の足を止めちゃ駄目なんだ)








刀持ちをさせて貰って、隣を歩くことを赦されているけれど。
誰よりも近くにいさせてもらえる事を、ずっとずっと誇りに思うけど。

それでもあの人が立っているのは、常に、自分なんかじゃ届かない程に遠い場所。


だから、だから。
これ以上離れてしまわないように、置いていかれないように。
一所懸命歩いて来たけど。


痛い。

足の痛みじゃなくて、置いていかれた痛みが。
今よりもまた、ずっとずっと離れてしまう痛みが。







「……いてェ…………」







呟いたのは、無意識。
涙を拭ったのも、無意識。










「だったら、そんなになるまで我慢するんじゃない」













――――――――置いていかれなかった目の前の現実に、呆然として。


頭を撫でる手が好きで、やっぱり離れたくないと思った。
















隊長×仔さのの物理的な距離は、殆どゼロだと思ってます。
隊長の隊服の裾掴んだりとかしてたし、刀持ちなんてさせて貰ってた位だし。

でもメンタル面はそうもいかんだろうなーと思って、こんな文章出ました。
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07 手に入れることなど出来ない














手に入れる事は出来ない。
手に入れる事など赦されない。

だけど、でも、だからこそ――――――……













「――――――隊長……?」







自分を見上げる子供の眼に、怯えという名の感情の色が灯ったのは、これが初めてだ。


いつだって子供は無邪気に、尊敬と言う感情をぶつけて来た。
それはあまりにも透明すぎる子供らしい感情で、裏切ってしまうのを躊躇わせる。
きっと誰にも劣ることなどなく、子供は真っ直ぐに相楽を見つめて来た。

その子供の純粋すぎる想いを、滅茶苦茶に壊してみたくなったのは、いつからだっただろうか。






「隊、」
「じっとして」






見上げた先にある大人の顔に、この子供は何を思うだろう。
これでもまだ、自分が信じた“隊長”を信じようとするのだろうか。

そして子供は何があっても、目の前の人間を嫌うことなどあるまい。


その考えは殆ど確信となっていて、相楽は小さく笑みを浮かべる。
例えばこのまま細い首を締め上げても、子供はきっと恨みもしなければ妬みもしないし、憎むこともない。
子供が相楽に向ける目は、余りにも透明すぎて、邪な感情など欠片も宿してはいないのだから。

まだ世界のことなど一握りにもならぬ程しか知らない子供だ。
相楽は、その子供の世界で、絶対神にも似た位置に存在している。
神に心酔した殉教者は、天から火の雨が降ろうと、地が割れ飲み込まれようとも、神を憎むことはないだろう。
これは神が己に課した試練であり、尚も神を信じようとするだろう。

――――――子供にとっての相楽は、それだった。







「んぐ……」






口付けて、その咥内を好きに蹂躙した。
容易く子供の息は上がり、息苦しさに目尻に涙が浮かんだ。

酸素を求めてか、抗議する様に小さな手が相楽の胸を押す。



止めるなら、今だ。
ちょっと揶揄い過ぎたなと、笑って流して、なかった事にすればいい。


子供はまだ、穢れていない。
まだ、この手の中に閉じ込めることはない。

赦されない領域に、まだ、踏み込んでは、いない。




止めるなら、止めるなら、止めるなら。







「た、い……ちょ………」







息が出来ない。
苦しい。

助けて。


そんな風に、子供が救いを求める相手は、今その呼吸を奪っている人間で。
己を追い詰めている人間が誰であるかぐらい、子供だって判っているだろうに。
それでも救いを求める相手を、迷う事無く、子供は選ぶ。




助けて。
助けて。

助けて、隊長。




自分の手で追い詰めて。
その相手に縋る子供が、無性に愛しくて。













手に入れる事は、赦されない。



それなら、せめて。







同じ場所まで、堕ちておいで。
















ダークな隊長。
左之、食われるよ!

06 引き裂かれる運命











いずれは、この手を離さなければならなかったのだから。










泣きそうな顔で、不安そうに見上げてくる子供を、抱き締めてやりたかった。
だけれどそうしたら、無理にでも連れて行きたくなるから、止めた。


いい機会だと、思ったと言ったら、この子は泣くだろうか。
本当の意味を教えなかったら、きっと誤解してしまうに違いない。
でも、その方が良いのかも知れない。

この子は、自分に傾き過ぎているから。








「相楽隊長……」








預けた刀から解放された手が、心許ないように彷徨った。
その手を掴みたくて、でも引きずり込んではいけないから、自制する。
子供はそれさえ振り切って、幼い手を掴んで引っ張って欲しいのだろうけれど。



子供がどんなに自分に傾倒したとて、許される範囲には限りがある。
そして自分がどんなに子供の事を許したとて、それにはいつか限界が来る。

幼い手を引いていられるのは、幼いうちだけだと判っている。
でも子供は幼いから、そんな事は知らない。
いつまでもその手を繋いでいられるのだと、信じて疑うことはない。
誰に何を言われたとしても。


だから離す事が出来る内に、解放してやらなければならなかった。


けれど、過ごす刻が増えて行く度、繋いだ手を放したくないと思ってしまう。
このままずっと手を繋いで、時間が止まれば良いとさえ。

―――――それほど、この子の手はとても心地の良いものだったから。








「大丈夫」
「…………」








子供はいつか大人になって、大人の庇護から解放される刻が来る。
その時になってまで、この手を繋いでいては駄目だ。


だから、いい機会だと思った。
だってこれ以上一緒にいたら、引きずり込んでしまいたくなる。

子供の未来を潰してでも、同じ場所に堕としてしまいたくなるから。



まだ、それに自制が効く程には、後戻り出来るから。









「心配するな」









いつか。
いつか。

子供がいつか、大人になって。
庇護が必要でなくなっても、この手をもしも繋いだままでいたとしたら。
きっと誰かに引き離されてしまう日が来るだろうから。



その前に、手を離そうか。

お前の未来がまだ、透明なままでいる今の内に。











いつか、何も知らぬ誰かに無情に引き裂かれてしまうくらいなら。


私の手で、お前を此処から解放しよう。














これじゃ隊長エゴイスト……(汗)
てゆか、隊長書くたびに性格が違う…?

05 身分を弁えていないのはどっち










――――――あの子は準隊士で、自分は隊長で。


――――――あの人は隊長で、自分はただの準隊士で。








うとうと眠りかかっている子供に気付いて、相楽は腰を上げた。

昼間、克浩と一緒に散々街を走り回った所為だろう。
存分に駆け回って、たらふく食べた子供は、もうお休みの時間らしい。


部屋の中をぼんやり照らしていた行灯の灯火を消して、相楽は左之助に歩み寄った。
そっと抱き上げると、むずがるように身動ぎして、ぼんやりと黒々とした瞳が覗く。







「たいちょ………」
「眠るか、左之助」






ぽんぽんと、赤子を寝かしつかすように、背中を軽く叩いてやる。
鼓動の調子と同じように振動を与えられて、左之助は益々眠そうに瞼を落としかける。


敷かれていた布団に、抱き上げた時と同様、ゆっくりと下ろしてやる。



ごしごしと目元を擦る仕種が、やけに幼く見える。
特徴的なツンツン頭を撫でてやると、小さな手が咎めるようにそれを掴んだ。







「隊長、駄目っスよぉ……」
「何がだ?」
「たいちょーは…隊長、なんですから……」







ああ、またその話か、と相楽は合点が行った。







「左之助は意外と、人の目を気にするのだな」
「……オレの事じゃなくて…だから隊長が……」







父親が豪快だったと聞いたが、左之助はしっかりそれを受け継いでいる。
相手が誰でも物怖じしないし、年上だろうが年下だろうが、気に入らない事は気に入らないとはっきり進言する。


だが組織間の上下関係と言うものはちゃんと理解していて、時々こうして相楽を咎める事がある。
それは決まって相楽が左之助に触れている時で、隊長としての示しがつかない、と言うのだ。
相楽が左之助に対して甘い態度を取るのは、最早一番隊の中では公然の事であるが、
自分なんかにかかずらわっていないで、隊長らしくしていて欲しいと左之助は度々言っていた。

左之助は準隊士で、立場で言えば、隊長である相楽と並んで立つというだけで異例の事。
それだけでも左之助にとっては酷く大きな事だから、これ以上、相楽が自分に甘い態度を取るのが心配なのだ。
自分などにそうして構ってやる所為で、隊長が他の大人達から何か咎められたりしないだろうかと。


けれども左之助の心配事は杞憂である。
隊長としての執務はそれなりに全うしているつもりだし、大体、左之助を構うなと言うのが土台無理な話なのだ。

どうにも構ってやりたくて仕方がない。








「隊長は、隊長らしく…してて下さいよ……」








もう直、睡魔に負けてしまうのだろうに、こんな時まで言わなくても良いだろう。
それだけ、左之助にとっては大事な事なのだろうが。


このままでは中々寝付きそうにない子供に、相楽はくすりと笑み、








「判った判った、気を付けよう。だからもう休め」
「……はい……」








とりあえず、望む返事が返って来て少しは気が済んだらしい。
直ぐにすぅすぅ規則正しい寝息が聞こえてきた。

………相楽の手を、小さな手が掴んだままで。





――――――自分なんかに構うな、と言うのに、コレだ。
左之助の場合は無意識だから、自分よりも性質が悪いんじゃないだろうか、と相楽は思う。











小さな手を軽く握ってみれば、強く握り返されて。





………だから、構ってやりたくなるんだ。















どっちも、です。なのでおあいこ。
寝惚けた左之助ってよく書いてる気がする(気の所為…?)

04 お互いのことは承知のつもり












「隊長、宜しいですか」







子供の怪我の手当てをしている最中、呼ばれた。
振り返ると隊士の数人がいて、ああ今後の話か、とすぐに思い至る。







「直ぐに行く」
「はい」






端的な返事をして、隊士達は背を向ける。
会議室に向かうのだろう、自分もすぐに追わなければならない。

襖が閉じられるのを待たずに、相楽は子供の手当てを再開させた。
すると、子供の方が慌ててその手を掴む。






「た、隊長、後は自分で出来ますから」






これ以上隊長の手を煩わせることと、自分の所為で先輩隊士達を待たせることと。
恐らくその両方に遠慮を感じての子供の言葉に、相楽は小さく笑んで、






「大丈夫、それ程時間はかからないか」
「だ、だったら尚更、自分で」
「そうはいっても、左之助、不器用だろう」






同じような遣り取りがあった前回、会議を終えて戻った時、左之助はまだ包帯を巻き終えていなかった。
ぐちゃぐちゃになった包帯に絡まった姿は、毛糸玉にじゃれた仔猫を思い起こさせた。
結局あの時も相楽が絡まった包帯を解き、綺麗に巻き直してやった。



相楽の言葉に、左之助は赤くなる。
今度は大丈夫ですから! と言うが、相楽は期待しなかった。

克浩がいるなら後を任せても良かったのだが、今は頼んだ買出しに出ている。
他の準隊士達に預ける手もあったが、相楽はそうしなかった。
――――この子供に手を焼くのは、自分だけでいいと、そう思っているから。


そんな相楽の思考など知らず、左之助は、今度は出来ますから、と言った。







「だから、隊長は皆のとこに行って下さい。示しがつきませんから」
「大丈夫、大丈夫。ほら、腕上げろ」






言われると、左之助は素直に両腕を上げる。
脇の下に出来た青痣を覆い隠すように包帯を巻きつけた。







「オレなんかに構ってる場合じゃないですって」
「大丈夫、大丈夫。次は左手だな」






手を差し出すと、また素直に、左之助は自分の左手の甲を見せる。

派手に擦り剥いた痕が残っている其処に、相楽は其処に濡れた手拭を当てた。
冷たさか、染みるのか、左之助の方がぴくっと跳ねる。
その様子に思わず笑うと、左之助の顔が耳まで赤くなった。








「もう、自分で出来ますってばー!」
「大丈夫、大丈夫」







何がですか、と。
喚く割には、左之助は素直に手当てを受けていた。










判っているのだ、二人とも。

大丈夫、大丈夫と繰り返す隊長が、幾ら言っても止めてくれない事も。
やります、やりますと繰り返す子供が、手当てされることを嫌がっていない事も。












隊長、絶対面白がってる(爆)。
なんだかんだで左之助も甘えてます。