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退屈そうだな、と言ったのは、相楽隊長だった。
「――――そんな事は、」
「ない、か?」
にっこりと笑みを浮かべた隊長に、克浩は口を閉じた。
続けるつもりだった言葉を先に取られたから、というのもある。
向けられる柔らかな視線から逃げるように、克浩は背を向けて立ち上がった。
泊まりこんでいる宿の、閉じられた障子窓を開けると、外界では雨が降っている。
それほど激しい雨ではなかったが、雨粒が大きく、外を歩く人々の姿はない。
精々、帰り損ねた街人や旅人が、軒先で雨宿りをしている程度だ。
その中に求めた子供の姿は、ない。
「……何処で何やってるんだ、左之の奴……」
呟けば、ははは、と笑う声がした。
振り返れば隊長が面白そうに笑っている。
「仕方がないだろう、何せ左之助だ」
その言葉に納得もして、克浩はまた窓の外へと目を向ける。
隊長が私用で必要なものがあって、左之助はそれを買いに行った。
それが四半刻前の事で、その時にはまだ雲こそ空を覆っていたが、雨は降っていなかった。
急ぎの物ではなかったから、隊長は雨が降るかも知れないから今はいい、と言っていた。
しかし隊長の為なら、左之助はそんな事などお構いなしだ。
振り出したら大雨になる前に走って帰ります、と言って、小銭を握って宿を出て行ってしまった。
せめて傘ぐらい持って行っていれば良かったものを。
左之助らしいと言えば、らしいのだが。
せめて早く帰ってこないものか。
溜め息が漏れたのは、殆ど無意識だった。
「―――――ふふ」
「……?」
苦笑のような、けれど温かそうな声に、もう一度振り返る。
「左之助がいないと、お前はすぐに“そう”だな」
退屈そうに暇を持て余し、からくりを扱う時も心此処にあらず。
何処か詰まらなそうに視線は宙を跳んで、此処にいない子供を探す。
中々帰ってこないと、いつも溜め息を吐いて。
「……一人にすると、何処で何してるか判りませんから、あいつ」
「はは、それも間違ってはいないのだろうな」
隊長の言葉に、克浩は判り易く顔を顰めた。
準隊士のそんな態度にも、隊長は注意もせずに笑って甘受する。
降り続ける雨は、まだしばらく止みそうにない。
こんな雨の中を走って帰ってきたら、明日には風邪をひいてしまいそうだ。
幾ら元気印の逞しい子供とは言え、やはり大人よりも抵抗力は低いのだ。
でも、左之助の事だから、雨宿りなんてしていないに決まっている。
だから、早く帰って来いとずっと克浩は思い続けている。
一人にすると、何処で何をしてるのか。
判らないから、気になるから。
早く、早く帰って来い。
此処にお前がいないだけで、俺はぽっかり穴が空きそうなんだ。
たまには隊長と克浩の2ショット。
此処に左之助がいないのは、他の隊士から見て凄く珍しかったりとか。したらいいな。
絶対左之助はびしょ濡れになって帰って来る。
隊長、と。
駆け抜けていく、唯一同じ年の準隊士。
その彼に、この想いが届くことはないと思う、けれど。
克浩はいつも左之助を見てるなぁ、と。
そう言ったのは、壮年の隊士だった。
人を観察するのが趣味だというこの人物は、一番隊の面々の癖というのもよく知っていた。
初めてそれを聞いた時は変な趣味だと思ったものだが、聞いて見ると色々と面白い。
その人その人にある些細な仕種一つで、嘘を見破ってみたりするのだから、いつしか素直に凄いと思うようになった。
しかしこの事を言われた時―――自覚はしていたけれど、ヤバい、と思った。
何故なら言われた時に、左之助が隣にいたからだ。
「なんでェ、そりゃあ。オレ見て楽しいのか? 克は」
「……いや、楽しいというより……危なっかしいから目に付くというか」
「ハハハ。そりゃあそうだなァ」
克浩の言葉に、左之助はカチンと眉根を寄せ、壮年の隊士は手を叩いて笑った。
実際、後先考えずに突っ込む気質の左之助だ。
慎重派と言って相違ないであろう克浩にしてみると、実に危なっかしくて放って置けない。
――――――でも、理由がそれだけじゃないのは、自分が一番よく判っていた。
「しかし、それにしたってよく見てるな」
「そんなに見てんのか?」
隊士の言葉に、左之助がまた聞いてきた。
本心を知られたくなくて、また同じ台詞――「危なっかしいから」と返す。
繰り返し言われれば、腹が立つのも当然で。
増して左之助なのだから、そういう結果も予想できなかった訳ではない。
案の定拳が振ってきて、克浩は慌ててそれを避けた。
そのまま追いかけっこになった幼い準隊士を、壮年の隊士は笑って眺めていた。
―――けれど、それも長くは続かなかった。
「左之助ー、左之助ー」
遠くから投げかけられた声に、ぴたりと左之助が止まる。
「隊長ー!」
克浩を追い掛け回していた事だとか、それに至る理由だとか。
キレイさっぱり見事に忘れたように、左之助はぱっと笑顔になって、声のした方向へ駆け出した。
それを、克浩は目で追い駆ける。
呼んだのはやはり、相楽隊長で。
呼ばれた左之助はやはり、至上の幸福でも受けたかのように嬉しそうで。
克浩はいつも、それを遠くから見ている。
克浩の向ける視線の意味を、左之助が知る事はない。
克浩がどんなに左之助を想っても、それを左之助が知る事はない。
ずっと、ずっと、ずっと。
それは時々、とても歯痒くて、辛くもなる、けれど。
「克ー! 克!」
左之助が、嬉しそうに此方に手を振っている。
一体何を言われたのか、聊か興奮しているようにも見えた。
傍らに膝をついている相楽隊長は、苦笑している。
壮年の隊士が、ほら行った行ったと手を振った。
言われなくても行くと言うと、やはりその隊士は声を上げて笑う。
走り出せば、早く早くと急かす声がした。
「おもしれェもん隊長が見せてくれるってよ! 早く来いよ!」
言って、左之助が手を伸ばす。
答えるように、克浩も手を伸ばした。
この、想いが。
想いを乗せた、言の葉が。
届くことはないと、思う、けれど。
今はこの手が君に届けば、幸せだから、いいんだ。
段々報われなさ過ぎて可哀想になってきたかも知れない(汗)。
報われる克浩ってどう書いたらいいですか(えぇ!?)
海というものを、左之助も克浩も見た事がなかった。
左之助は信州の山間にある村の出身で、克浩も海など話にしか聞いた事がない。
だから、海沿いの出身だという隊士の話を、飽きずに何度も聞かせて貰っていた。
今日もその話を聞いている最中、左之助がポツリと呟いた。
「見てみてェな、海」
話を聞いてばかりいるうちに、海への情景は益々強くなっていく。
見渡す限り、だだっ広い蒼が広がっているなんて、まだ左之助は想像できなかった。
絵に描かれたものは見た事があるけれど、やはり百聞は一見に如かず。
模造されたものを見る度、一度でいいから本物が見てみたい、という思いは強くなっていった。
それは克浩も同じで、見た事のないものの話を聞けば、知識欲が刺激される。
左之助の言葉に頷けば、同志がいると知ってか、左之助の表情がぱっと明るいものになる。
「やっぱ克も見てみてェか?」
「そりゃあな。でも、この時期の海は勘弁だ」
克浩の言葉に、左之助はなんでだ、と首を傾げた。
今の季節は冬。
吹き付ける北風は、海の向こうからも冷たい空気を運んでくると言う。
夏なら心地良い風であっただろうに、今は遊ぶには時期外れだ。
だが左之助はそれでも構わないらしい。
寒いだの暑いだのよりも、自分の欲求にまず正直なのだ。
「いいじゃねェか。冬の海でも面白ェもんあるって、絶対」
「水も冷たいだろ。オレは風邪ひきたくない」
「別に海に入れとは行ってねェだろ。浜でもなんかあるだろ」
陸では見れないものが見れると、今から想像が膨らんでいるのだろう。
興味なさげにゴロリと転がった克浩を、左之助は不満そうに睨む。
「っとに克はつまんねェな」
「悪かったな。オレはお前みたいになんにでもはしゃぐように出来てないんだよ」
「………今のはオレをバカにしてんのか?」
ご自由に、と呟いたら、蹴りが飛んできた。
どさっと音がして、左之助が克浩に背中を向けて寝転がっていた。
隊長を見上げてばかりいるから、もう癖になったのか、左之助は真っ直ぐ伸びていた。
育ちの良い悪いではなく、その伸びた背筋は左之助の気質を表しているようで、克浩はこっそり気に入っていた。
が、今は、小柄な背中がいじけたように少し丸くなっている。
克浩が海行きを渋ったのが、左之助の気に障ったらしい。
相変わらず何が何処の琴線に触れるのか、克浩には判然としない。
克浩よりもずっと色々なものに反応を示すから、琴線の少ない克浩では、大体が想像の範疇外だったりするのだ。
「絶対ェ面白ェのに」
お互いに背中を向けて寝転がっている所為だろう、いつもよりも声が遠く聞こえる。
この場に誰か大人が来たら、珍しくケンカでもしたのかと思うだろうか。
ケンカなんて、したくない。
だって相手は左之助だ。
ケンカなんてして、話が出来ないなんて事にはなりたくない。
「……じゃあ、」
起き上がって頭を掻きながら口を開くと、左之助が肩越しに此方を見た。
拗ねたような表情は、まだそのままだ。
「いつか、二人で見に行こう」
「――――――二人?」
思わず、と言った様子で左之助から問いの言葉が返って来た。
弾みで起き上がった左之助の肩に手をかけて、内緒話をするように顔を近付ける。
「二人で」
「…って、隊長達は?」
「だから、二人で」
「隊長達に内緒でか?」
「たまにはいいんじゃないか?」
克浩の言葉に、左之助は訳が判らないという顔をする。
そんな顔をするのは予想できていたから、別に落胆はしない。
どうして隊長達は駄目なんだ、という顔をする左之助に、克浩は何も言わない。
ただ二人切りでだったら、海に行く、と。
無茶苦茶な理屈をつける克浩に、左之助は益々混乱していた。
「お前と二人だったら、明日にでも行っていいぞ」
帰ってくる言葉が何であるのか、判っていながらそんな事を言う自分が、酷く滑稽だ。
でも、言った後、ほんの少しの間だけでも考え込む姿が好きだから。
でも、本当に。
お前が行きたいというのなら、何処にだって連れて行ってやりたいと思うんだ。
それがどんなに遠くでも。
克浩って何処出身なんだろう……
遠回し過ぎる告白。
当然、左之助気付かない(涙)。
―――――――お前が此処にいないなんて、考えられなかったんだ。
待っていろと言われたのに、左之助は飛び出して行った。
数人の大人がそれを追って陣を出て行き、克浩も追い駆けようとした。
けれども他の隊士達は、これ以上子供を表に出す訳には行かないと、許してくれなかった。
彼等の気遣いを忌むとは言わないけれど、その時、僅かに恨んだかも知れない。
下諏訪に戻った隊長からは、何も音沙汰がない。
それが逆に何よりの証拠となったような気がして、克浩は落ち着かなかった。
けれどもっと落ち着かなかったのは、隊長を敬愛して止まない幼馴染だ。
自分と同様に、準隊士だという理由で置いていかれた同年の少年は、ずっと隊長の帰りを待っていた。
臨時に作った陣の建物の入り口で、隊長が本陣に赴いた日から、ずっと。
“大丈夫”と言った体長の言葉だけを支えにして、降る雪の寒さも構わず、戸口に立ち続けていた。
敬愛する人が帰ってきた時、誰よりも何よりも一番に迎える事が出来るようにと。
けれども待てど待てど彼の人が帰ってくることはなく、様子を窺いに行った大人の準隊士も帰らなくなった。
そして数日が経って、傷だらけの準隊士が一人、漸う帰還したのを見たのが、左之助の限界だった。
帰還した準隊士の報告など聞く間もなく、彼は飛び出して行った。
様子を見に行っただけの準隊士の傷だけで、事態を把握してしまうほど、子供にとっても明らかに嫌な予感があったのだ。
それでも準隊士が帰還するまで耐えていたのだから、堪え性のない左之助にしては持った方だった。
結局、左之助はそれから、帰って来なかった。
やって来たのは赤報隊の残党を捕らえる為にやって来た官軍。
本来ならば味方である筈の人々が、凶器を携えて来たのだ。
克浩は一番に陣から脱走させられた。
足に自身のあった大人の準隊士に抱えられて、遠く遠くに連れて行かれた。
―――――もしかしたら、左之助が帰ってくるかも知れなかったのに。
隊長は、もう帰って来ないかも知れない―――否、帰って来ない―――けれど。
あの幼馴染はまだ子供だし、隊服の洋装をしている訳でもないから。
無鉄砲なことさえしなければ、もしかしたら帰って来るかも知れなかったのに。
逃げて、逃げて、逃げて。
お前は生き延びろと言われた。
死ぬなと、捕まるなと、言われた。
次代を担ってくれと、いつか目指した四民平等が現実を目指して。
お前は死んでくれるなと、そう言ったのは、よく遊び相手をしてくれた初老の準隊士。
幼馴染もこの人物にはよく懐いていて、面白い話を沢山聞かせてくれた。
克浩に火気やからくりを教えたのも、この人だった。
その人は、撃たれて呆気なく死んでしまった。
後は、無我夢中で逃げた。
山の中を、何処をどう走ったかは判らなかった。
ただ逃げた。
その間考えていたのは、幼馴染のこと。
隊長がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。
幼馴染がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。
隊長に何かあったら、幼馴染がどうなるのか。
何もかも隊長に捧げていた幼馴染が、何を考えるのか、何をしようとするのか。
想像するだけで恐ろしくて、お願いだからそれだけは、と信じてもいない神に、こんな時ばかり願った。
幼馴染は、ずっと隊長を見ていた。
克浩が出逢った頃から、それはずっとだ。
幼馴染の世界は、彼の人無しには存在しなかった。
――――――同じように、克浩の世界も、その幼馴染無しには、存在しなかった。
だから生き延びた時、一人残されて、それでも必死で生きてきたのは、
何処かで彼が生きているんじゃないかと、期待と不安の中で、信じたかったから。
だって彼がもしもこの世からいなくなったら、自分は生きてはいない筈だから。
自己の存在を繋ぎ止めるもの。
赤報隊時代はほのぼで書きたいですが、やっぱり崩壊の事も手放せない訳でして。
でもこの部分書くと、克も左之も痛々しいんだ………
大人達の酒の席に、珍しく混ぜてもらった。
父の上下エ門が酒飲みであったから、酒の匂いには慣れている。
しばらく待てば、酔って気分の良くなった隊士の誰かに、甘酒ぐらいは貰えるかも知れない。
そんな事を思いながら、左之助は茶と菓子で宴を楽しんでいた。
ちらりと周りを見れば、見慣れた一番隊の面々。
右隣には相楽隊長がいて、左隣には克浩がいた。
それだけで、その時の左之助は十分嬉しかった。
そうしてその場の雰囲気を存分に楽しんでいると、こんな話題が出てきた。
――――――“赤報隊に入った切っ掛け”。
酔いの席だ。
皆それぞれ、好きに喋った。
新時代への夢、子供達の明るい未来、隊長の人柄に惚れ込んで――――他にも色々。
菓子を食うのに夢中だった左之助に、その問いかけは投げられなかった。
投げられたところで、返す言葉はやはり、隊長に惚れたからだ、といった所か。
新時代の事は隊長からよく語られるけれど、やはり十歳の頭では全てを理解しきれない。
ただ、隊長が今よりもずっと良い未来を作ろうとしている事は、判っているつもりだった。
だから隊士達の思い思いの言葉に、左之助は嬉しくなった。
皆、それぞれに隊長に胸打たれて集まった人々なのだと思うと、尚更嬉しくて。
皆が好きに喋る間、ちらりと隣を見てみれば、嬉しそうに笑む隊長の横顔。
もう嬉しさが極限状態で、左之助は嬉々として手にしていた饅頭を齧った。
と、其処でようやく、左隣の友人の様子に気付いた。
克浩は、あまり騒がしいのは好きではない。
宴に参加しないかと言われた時も、気乗りしない様子だった。
しかし左之助が参加すると言うと、自分も一緒に行くと言った。
行くと言ったのだから一緒に来たけれど、やはり参加してみて、肌に合わなかったのだろうか。
克浩の前に置かれた膳の上に乗った菓子は、あまり減っていなかった。
「克、喰わねェのか?」
騒がしさは好きではなくても、菓子は克浩も好きな筈だ。
美味いぞ、と言うと、ああ……と小さな返事があった。
「なんでェ、疲れたのか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」
顔を覗き込んでみると、別段、調子が悪い訳でもないようだった。
左之助と違ってあまり血色の良くない克浩だが、これが克浩の標準だと左之助はちゃんと知っている。
だが、それならそれで、余計に心配になってくる。
「じゃあなんだよ。さっきから暗いぜ、お前」
「お前ほど能天気じゃないからな」
「バカにしてんのか、お前ェ」
睨むと、別に、と素っ気無い返事。
憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
取り合えず一安心して、左之助はまた饅頭を齧った。
「冗談だよ、怒るな」
「怒らせてんのはお前だろよ」
「気分がいいんだよ」
「それにしちゃ食ってねェじゃねえか」
気分が良いと言うなら、もっと宴を楽しめば良いのに。
そう思ってから、左之助は思いなおす。
今の状態でも、克浩は克浩なりに楽しいのかも知れない、と。
唯一同じ年のこの準隊士は、左之助と違って大人しい。
酒の席で酔った大人達に混じって盛り上がるなど、想像もできない姿だ。
ならばこれ以上言う事もあるまいと、左之助は茶を飲んで、それ以上の問い掛けを一緒に飲み込んだ。
それから、ふと気になった事があって向き直る。
「なぁ、克」
「ん?」
「お前ェ、なんで赤報隊入ったんだ?」
周りの大人達は、まだその話で盛り上がっている。
左之助が克浩にそれを問い掛けるには、特に不自然ではなかった。
だが、克浩は小さく笑うと、
「お前がそれをオレに聞くのか?」
「え?」
返された言葉に、左之助はきょとんとした。
そんな言い方をされては、まるで左之助がその理由を知っていて当然のようではないか。
しかし左之助には、まるでそんな覚えはなかった。
克浩との付き合いは、長いようで短いようで、不思議な感覚だった。
出会ってから一ヶ月もない筈なのに、もっと長い時間一緒にいるような気がするのだ。
周りが大人ばかりで、お互いしか同じ年頃がいないという環境も理由の一つだろう。
それでもお互いの事は知らない事だらけなのだ。
左之助が何処の出身で、どういう経緯を経て赤報隊に入隊したのか、左之助から克浩に伝えたことはない。
入隊理由はやはり隊長に惚れ込んだからで、それは克浩も十分知っているだろうけれど、
信州の実家で父親と喧嘩別れして飛び出してきたことや、妹を置いてきた事なんて、克浩は知らない。
同時に克浩も、故郷で何をしていたのか、左之助に話したことはなかった。
だから、今の克浩の台詞に、左之助は首を傾げるしかない。
いや、それとも自分がド忘れしてしまったのか――――とまで覚えてきて、左之助は頭を抱えてしまった。
考え込んだ親友を見ながら、克浩はようやく饅頭に手をつけた。
咀嚼しながら、口に出さずに呟いたのは。
―――――――お前が、此処にいたからだよ。
無自覚、激鈍な左之助と、伝えるつもりはない克浩。
うちの二人はずっとこんな関係かな。