例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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06 キミが足りない









退屈そうだな、と言ったのは、相楽隊長だった。







「――――そんな事は、」
「ない、か?」







にっこりと笑みを浮かべた隊長に、克浩は口を閉じた。
続けるつもりだった言葉を先に取られたから、というのもある。


向けられる柔らかな視線から逃げるように、克浩は背を向けて立ち上がった。
泊まりこんでいる宿の、閉じられた障子窓を開けると、外界では雨が降っている。
それほど激しい雨ではなかったが、雨粒が大きく、外を歩く人々の姿はない。
精々、帰り損ねた街人や旅人が、軒先で雨宿りをしている程度だ。

その中に求めた子供の姿は、ない。






「……何処で何やってるんだ、左之の奴……」






呟けば、ははは、と笑う声がした。
振り返れば隊長が面白そうに笑っている。






「仕方がないだろう、何せ左之助だ」





その言葉に納得もして、克浩はまた窓の外へと目を向ける。



隊長が私用で必要なものがあって、左之助はそれを買いに行った。
それが四半刻前の事で、その時にはまだ雲こそ空を覆っていたが、雨は降っていなかった。


急ぎの物ではなかったから、隊長は雨が降るかも知れないから今はいい、と言っていた。
しかし隊長の為なら、左之助はそんな事などお構いなしだ。
振り出したら大雨になる前に走って帰ります、と言って、小銭を握って宿を出て行ってしまった。
せめて傘ぐらい持って行っていれば良かったものを。

左之助らしいと言えば、らしいのだが。


せめて早く帰ってこないものか。





溜め息が漏れたのは、殆ど無意識だった。








「―――――ふふ」
「……?」







苦笑のような、けれど温かそうな声に、もう一度振り返る。






「左之助がいないと、お前はすぐに“そう”だな」






退屈そうに暇を持て余し、からくりを扱う時も心此処にあらず。
何処か詰まらなそうに視線は宙を跳んで、此処にいない子供を探す。

中々帰ってこないと、いつも溜め息を吐いて。






「……一人にすると、何処で何してるか判りませんから、あいつ」
「はは、それも間違ってはいないのだろうな」






隊長の言葉に、克浩は判り易く顔を顰めた。
準隊士のそんな態度にも、隊長は注意もせずに笑って甘受する。



降り続ける雨は、まだしばらく止みそうにない。
こんな雨の中を走って帰ってきたら、明日には風邪をひいてしまいそうだ。
幾ら元気印の逞しい子供とは言え、やはり大人よりも抵抗力は低いのだ。

でも、左之助の事だから、雨宿りなんてしていないに決まっている。
だから、早く帰って来いとずっと克浩は思い続けている。




一人にすると、何処で何をしてるのか。
判らないから、気になるから。

早く、早く帰って来い。












此処にお前がいないだけで、俺はぽっかり穴が空きそうなんだ。















たまには隊長と克浩の2ショット。
此処に左之助がいないのは、他の隊士から見て凄く珍しかったりとか。したらいいな。

絶対左之助はびしょ濡れになって帰って来る。
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05 キミに届けばいいと思う









隊長、と。
駆け抜けていく、唯一同じ年の準隊士。

その彼に、この想いが届くことはないと思う、けれど。








克浩はいつも左之助を見てるなぁ、と。
そう言ったのは、壮年の隊士だった。


人を観察するのが趣味だというこの人物は、一番隊の面々の癖というのもよく知っていた。
初めてそれを聞いた時は変な趣味だと思ったものだが、聞いて見ると色々と面白い。
その人その人にある些細な仕種一つで、嘘を見破ってみたりするのだから、いつしか素直に凄いと思うようになった。

しかしこの事を言われた時―――自覚はしていたけれど、ヤバい、と思った。
何故なら言われた時に、左之助が隣にいたからだ。





「なんでェ、そりゃあ。オレ見て楽しいのか? 克は」
「……いや、楽しいというより……危なっかしいから目に付くというか」
「ハハハ。そりゃあそうだなァ」





克浩の言葉に、左之助はカチンと眉根を寄せ、壮年の隊士は手を叩いて笑った。


実際、後先考えずに突っ込む気質の左之助だ。
慎重派と言って相違ないであろう克浩にしてみると、実に危なっかしくて放って置けない。

――――――でも、理由がそれだけじゃないのは、自分が一番よく判っていた。






「しかし、それにしたってよく見てるな」
「そんなに見てんのか?」






隊士の言葉に、左之助がまた聞いてきた。
本心を知られたくなくて、また同じ台詞――「危なっかしいから」と返す。

繰り返し言われれば、腹が立つのも当然で。
増して左之助なのだから、そういう結果も予想できなかった訳ではない。
案の定拳が振ってきて、克浩は慌ててそれを避けた。


そのまま追いかけっこになった幼い準隊士を、壮年の隊士は笑って眺めていた。



―――けれど、それも長くは続かなかった。








「左之助ー、左之助ー」









遠くから投げかけられた声に、ぴたりと左之助が止まる。







「隊長ー!」







克浩を追い掛け回していた事だとか、それに至る理由だとか。
キレイさっぱり見事に忘れたように、左之助はぱっと笑顔になって、声のした方向へ駆け出した。

それを、克浩は目で追い駆ける。




呼んだのはやはり、相楽隊長で。
呼ばれた左之助はやはり、至上の幸福でも受けたかのように嬉しそうで。

克浩はいつも、それを遠くから見ている。


克浩の向ける視線の意味を、左之助が知る事はない。
克浩がどんなに左之助を想っても、それを左之助が知る事はない。

ずっと、ずっと、ずっと。



それは時々、とても歯痒くて、辛くもなる、けれど。










「克ー! 克!」










左之助が、嬉しそうに此方に手を振っている。
一体何を言われたのか、聊か興奮しているようにも見えた。
傍らに膝をついている相楽隊長は、苦笑している。


壮年の隊士が、ほら行った行ったと手を振った。
言われなくても行くと言うと、やはりその隊士は声を上げて笑う。

走り出せば、早く早くと急かす声がした。







「おもしれェもん隊長が見せてくれるってよ! 早く来いよ!」







言って、左之助が手を伸ばす。
答えるように、克浩も手を伸ばした。













この、想いが。

想いを乗せた、言の葉が。



届くことはないと、思う、けれど。







今はこの手が君に届けば、幸せだから、いいんだ。

















段々報われなさ過ぎて可哀想になってきたかも知れない(汗)。
報われる克浩ってどう書いたらいいですか(えぇ!?)

04 キミを攫って何処か遠くへ










海というものを、左之助も克浩も見た事がなかった。

左之助は信州の山間にある村の出身で、克浩も海など話にしか聞いた事がない。
だから、海沿いの出身だという隊士の話を、飽きずに何度も聞かせて貰っていた。


今日もその話を聞いている最中、左之助がポツリと呟いた。








「見てみてェな、海」








話を聞いてばかりいるうちに、海への情景は益々強くなっていく。
見渡す限り、だだっ広い蒼が広がっているなんて、まだ左之助は想像できなかった。
絵に描かれたものは見た事があるけれど、やはり百聞は一見に如かず。
模造されたものを見る度、一度でいいから本物が見てみたい、という思いは強くなっていった。

それは克浩も同じで、見た事のないものの話を聞けば、知識欲が刺激される。


左之助の言葉に頷けば、同志がいると知ってか、左之助の表情がぱっと明るいものになる。







「やっぱ克も見てみてェか?」
「そりゃあな。でも、この時期の海は勘弁だ」






克浩の言葉に、左之助はなんでだ、と首を傾げた。



今の季節は冬。
吹き付ける北風は、海の向こうからも冷たい空気を運んでくると言う。
夏なら心地良い風であっただろうに、今は遊ぶには時期外れだ。

だが左之助はそれでも構わないらしい。
寒いだの暑いだのよりも、自分の欲求にまず正直なのだ。






「いいじゃねェか。冬の海でも面白ェもんあるって、絶対」
「水も冷たいだろ。オレは風邪ひきたくない」
「別に海に入れとは行ってねェだろ。浜でもなんかあるだろ」






陸では見れないものが見れると、今から想像が膨らんでいるのだろう。
興味なさげにゴロリと転がった克浩を、左之助は不満そうに睨む。






「っとに克はつまんねェな」
「悪かったな。オレはお前みたいになんにでもはしゃぐように出来てないんだよ」
「………今のはオレをバカにしてんのか?」






ご自由に、と呟いたら、蹴りが飛んできた。



どさっと音がして、左之助が克浩に背中を向けて寝転がっていた。

隊長を見上げてばかりいるから、もう癖になったのか、左之助は真っ直ぐ伸びていた。
育ちの良い悪いではなく、その伸びた背筋は左之助の気質を表しているようで、克浩はこっそり気に入っていた。

が、今は、小柄な背中がいじけたように少し丸くなっている。


克浩が海行きを渋ったのが、左之助の気に障ったらしい。
相変わらず何が何処の琴線に触れるのか、克浩には判然としない。
克浩よりもずっと色々なものに反応を示すから、琴線の少ない克浩では、大体が想像の範疇外だったりするのだ。








「絶対ェ面白ェのに」








お互いに背中を向けて寝転がっている所為だろう、いつもよりも声が遠く聞こえる。
この場に誰か大人が来たら、珍しくケンカでもしたのかと思うだろうか。


ケンカなんて、したくない。
だって相手は左之助だ。

ケンカなんてして、話が出来ないなんて事にはなりたくない。








「……じゃあ、」








起き上がって頭を掻きながら口を開くと、左之助が肩越しに此方を見た。
拗ねたような表情は、まだそのままだ。









「いつか、二人で見に行こう」
「――――――二人?」








思わず、と言った様子で左之助から問いの言葉が返って来た。

弾みで起き上がった左之助の肩に手をかけて、内緒話をするように顔を近付ける。








「二人で」
「…って、隊長達は?」
「だから、二人で」
「隊長達に内緒でか?」
「たまにはいいんじゃないか?」








克浩の言葉に、左之助は訳が判らないという顔をする。
そんな顔をするのは予想できていたから、別に落胆はしない。


どうして隊長達は駄目なんだ、という顔をする左之助に、克浩は何も言わない。
ただ二人切りでだったら、海に行く、と。
無茶苦茶な理屈をつける克浩に、左之助は益々混乱していた。








「お前と二人だったら、明日にでも行っていいぞ」








帰ってくる言葉が何であるのか、判っていながらそんな事を言う自分が、酷く滑稽だ。
でも、言った後、ほんの少しの間だけでも考え込む姿が好きだから。












でも、本当に。


お前が行きたいというのなら、何処にだって連れて行ってやりたいと思うんだ。






それがどんなに遠くでも。















克浩って何処出身なんだろう……

遠回し過ぎる告白。
当然、左之助気付かない(涙)。

03 キミのいない世界なんて













―――――――お前が此処にいないなんて、考えられなかったんだ。













待っていろと言われたのに、左之助は飛び出して行った。

数人の大人がそれを追って陣を出て行き、克浩も追い駆けようとした。
けれども他の隊士達は、これ以上子供を表に出す訳には行かないと、許してくれなかった。


彼等の気遣いを忌むとは言わないけれど、その時、僅かに恨んだかも知れない。




下諏訪に戻った隊長からは、何も音沙汰がない。
それが逆に何よりの証拠となったような気がして、克浩は落ち着かなかった。
けれどもっと落ち着かなかったのは、隊長を敬愛して止まない幼馴染だ。



自分と同様に、準隊士だという理由で置いていかれた同年の少年は、ずっと隊長の帰りを待っていた。
臨時に作った陣の建物の入り口で、隊長が本陣に赴いた日から、ずっと。
“大丈夫”と言った体長の言葉だけを支えにして、降る雪の寒さも構わず、戸口に立ち続けていた。
敬愛する人が帰ってきた時、誰よりも何よりも一番に迎える事が出来るようにと。

けれども待てど待てど彼の人が帰ってくることはなく、様子を窺いに行った大人の準隊士も帰らなくなった。
そして数日が経って、傷だらけの準隊士が一人、漸う帰還したのを見たのが、左之助の限界だった。


帰還した準隊士の報告など聞く間もなく、彼は飛び出して行った。
様子を見に行っただけの準隊士の傷だけで、事態を把握してしまうほど、子供にとっても明らかに嫌な予感があったのだ。
それでも準隊士が帰還するまで耐えていたのだから、堪え性のない左之助にしては持った方だった。







結局、左之助はそれから、帰って来なかった。
やって来たのは赤報隊の残党を捕らえる為にやって来た官軍。
本来ならば味方である筈の人々が、凶器を携えて来たのだ。



克浩は一番に陣から脱走させられた。
足に自身のあった大人の準隊士に抱えられて、遠く遠くに連れて行かれた。

―――――もしかしたら、左之助が帰ってくるかも知れなかったのに。


隊長は、もう帰って来ないかも知れない―――否、帰って来ない―――けれど。
あの幼馴染はまだ子供だし、隊服の洋装をしている訳でもないから。
無鉄砲なことさえしなければ、もしかしたら帰って来るかも知れなかったのに。





逃げて、逃げて、逃げて。
お前は生き延びろと言われた。
死ぬなと、捕まるなと、言われた。

次代を担ってくれと、いつか目指した四民平等が現実を目指して。
お前は死んでくれるなと、そう言ったのは、よく遊び相手をしてくれた初老の準隊士。
幼馴染もこの人物にはよく懐いていて、面白い話を沢山聞かせてくれた。
克浩に火気やからくりを教えたのも、この人だった。


その人は、撃たれて呆気なく死んでしまった。




後は、無我夢中で逃げた。
山の中を、何処をどう走ったかは判らなかった。
ただ逃げた。


その間考えていたのは、幼馴染のこと。









隊長がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。
幼馴染がどうなったのか、嫌な考えしか浮かばなかった。

隊長に何かあったら、幼馴染がどうなるのか。
何もかも隊長に捧げていた幼馴染が、何を考えるのか、何をしようとするのか。
想像するだけで恐ろしくて、お願いだからそれだけは、と信じてもいない神に、こんな時ばかり願った。





幼馴染は、ずっと隊長を見ていた。
克浩が出逢った頃から、それはずっとだ。

幼馴染の世界は、彼の人無しには存在しなかった。


――――――同じように、克浩の世界も、その幼馴染無しには、存在しなかった。













だから生き延びた時、一人残されて、それでも必死で生きてきたのは、

何処かで彼が生きているんじゃないかと、期待と不安の中で、信じたかったから。







だって彼がもしもこの世からいなくなったら、自分は生きてはいない筈だから。


















自己の存在を繋ぎ止めるもの。

赤報隊時代はほのぼで書きたいですが、やっぱり崩壊の事も手放せない訳でして。
でもこの部分書くと、克も左之も痛々しいんだ………

02 全部全部キミの所為








大人達の酒の席に、珍しく混ぜてもらった。

父の上下エ門が酒飲みであったから、酒の匂いには慣れている。
しばらく待てば、酔って気分の良くなった隊士の誰かに、甘酒ぐらいは貰えるかも知れない。
そんな事を思いながら、左之助は茶と菓子で宴を楽しんでいた。


ちらりと周りを見れば、見慣れた一番隊の面々。
右隣には相楽隊長がいて、左隣には克浩がいた。
それだけで、その時の左之助は十分嬉しかった。




そうしてその場の雰囲気を存分に楽しんでいると、こんな話題が出てきた。








――――――“赤報隊に入った切っ掛け”。








酔いの席だ。
皆それぞれ、好きに喋った。

新時代への夢、子供達の明るい未来、隊長の人柄に惚れ込んで――――他にも色々。
菓子を食うのに夢中だった左之助に、その問いかけは投げられなかった。
投げられたところで、返す言葉はやはり、隊長に惚れたからだ、といった所か。
新時代の事は隊長からよく語られるけれど、やはり十歳の頭では全てを理解しきれない。
ただ、隊長が今よりもずっと良い未来を作ろうとしている事は、判っているつもりだった。

だから隊士達の思い思いの言葉に、左之助は嬉しくなった。
皆、それぞれに隊長に胸打たれて集まった人々なのだと思うと、尚更嬉しくて。



皆が好きに喋る間、ちらりと隣を見てみれば、嬉しそうに笑む隊長の横顔。
もう嬉しさが極限状態で、左之助は嬉々として手にしていた饅頭を齧った。




と、其処でようやく、左隣の友人の様子に気付いた。


克浩は、あまり騒がしいのは好きではない。
宴に参加しないかと言われた時も、気乗りしない様子だった。
しかし左之助が参加すると言うと、自分も一緒に行くと言った。

行くと言ったのだから一緒に来たけれど、やはり参加してみて、肌に合わなかったのだろうか。
克浩の前に置かれた膳の上に乗った菓子は、あまり減っていなかった。







「克、喰わねェのか?」






騒がしさは好きではなくても、菓子は克浩も好きな筈だ。
美味いぞ、と言うと、ああ……と小さな返事があった。






「なんでェ、疲れたのか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」






顔を覗き込んでみると、別段、調子が悪い訳でもないようだった。
左之助と違ってあまり血色の良くない克浩だが、これが克浩の標準だと左之助はちゃんと知っている。

だが、それならそれで、余計に心配になってくる。






「じゃあなんだよ。さっきから暗いぜ、お前」
「お前ほど能天気じゃないからな」
「バカにしてんのか、お前ェ」






睨むと、別に、と素っ気無い返事。

憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
取り合えず一安心して、左之助はまた饅頭を齧った。






「冗談だよ、怒るな」
「怒らせてんのはお前だろよ」
「気分がいいんだよ」
「それにしちゃ食ってねェじゃねえか」






気分が良いと言うなら、もっと宴を楽しめば良いのに。
そう思ってから、左之助は思いなおす。
今の状態でも、克浩は克浩なりに楽しいのかも知れない、と。

唯一同じ年のこの準隊士は、左之助と違って大人しい。
酒の席で酔った大人達に混じって盛り上がるなど、想像もできない姿だ。
ならばこれ以上言う事もあるまいと、左之助は茶を飲んで、それ以上の問い掛けを一緒に飲み込んだ。


それから、ふと気になった事があって向き直る。







「なぁ、克」
「ん?」
「お前ェ、なんで赤報隊入ったんだ?」







周りの大人達は、まだその話で盛り上がっている。
左之助が克浩にそれを問い掛けるには、特に不自然ではなかった。


だが、克浩は小さく笑うと、








「お前がそれをオレに聞くのか?」
「え?」








返された言葉に、左之助はきょとんとした。
そんな言い方をされては、まるで左之助がその理由を知っていて当然のようではないか。
しかし左之助には、まるでそんな覚えはなかった。



克浩との付き合いは、長いようで短いようで、不思議な感覚だった。

出会ってから一ヶ月もない筈なのに、もっと長い時間一緒にいるような気がするのだ。
周りが大人ばかりで、お互いしか同じ年頃がいないという環境も理由の一つだろう。


それでもお互いの事は知らない事だらけなのだ。
左之助が何処の出身で、どういう経緯を経て赤報隊に入隊したのか、左之助から克浩に伝えたことはない。
入隊理由はやはり隊長に惚れ込んだからで、それは克浩も十分知っているだろうけれど、
信州の実家で父親と喧嘩別れして飛び出してきたことや、妹を置いてきた事なんて、克浩は知らない。
同時に克浩も、故郷で何をしていたのか、左之助に話したことはなかった。

だから、今の克浩の台詞に、左之助は首を傾げるしかない。
いや、それとも自分がド忘れしてしまったのか――――とまで覚えてきて、左之助は頭を抱えてしまった。




考え込んだ親友を見ながら、克浩はようやく饅頭に手をつけた。

咀嚼しながら、口に出さずに呟いたのは。














―――――――お前が、此処にいたからだよ。














無自覚、激鈍な左之助と、伝えるつもりはない克浩。
うちの二人はずっとこんな関係かな。