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一人で見上げた夜の空は、何処までも遠く、昏く、闇に覆われていた。
星も月も意味を成さないほどに。
嘗て大切な人と見上げた空を、星を、月を、今は一人で見ている。
酒で酔いかけていた頭はすっかり冷めていて、返って頭を冷静にさせていた。
自分が可笑しくなったのではないかと思うほど、心中は静まり返っており、漣一つ立ちそうにない。
直ぐ傍で修達が寝転がっている。
かぁかぁと暢気な寝息を立てる男達は、夜が明けるまで目覚めそうにない。
人によっては、天道が空高く上るまで、瞼を開けることはないだろう。
自分も同じほどに酒を飲んでいたと思うのに、どうして酔えないのか。
思えば、酔い潰れるほどに酒を飲んだ記憶がない。
酒が回って寝るのは、どうやら、“眠り”ではなく“気絶”らしい。
だったら夢を見ることもないだろうから、それ程に呑んで呑んで、潰れてしまいたい。
女々しい事を言うつもりはないが、左之助だって偶にはそんな事を考える日もある。
揺らしても音の鳴らない徳利を蹴る。
ゴロゴロと転がったそれは、銀次の頭に当たって止まった。
その向こうで、宵太が寝ている。
あちこち転がる徳利の中から、まだ一本だけ中身が残っているものを見付けた。
それも直に空になるだろうが、構わず、左之助は液体を猪口に注ぐ。
一思いに煽れば、喉の奥が焼け付くような、強い酒精。
連れ立つ者達と大騒ぎするのも好きだが、一人で月見酒というのも、嫌いではない。
だが出来れば、それは程々に酔いの回った時が良い。
いやになるほど冷静な時は、昔を思い出して今と無意識に比べてしまう。
この東京に来て知り合った者達と。
遠い昔に絶たれた人々と。
別物であるそれらを比べるだけ無駄な事で、意味のない事であるとも判っている。
けれどもどうしても、思い出さずにはいられない。
寒い空の下。
寒くないかと問われて、平気ですと答えた。
本当は手が痛いくらい悴んでいたけど。
あの人は、今思えば、きっとそれも判っていたのだろう。
私は少し寒いなァ、暖を取りたい、と言って抱き締めてくれた腕。
嬉しいやら、申し訳ないやら―――――恐れ多くて大慌てした左之助を、あの人は放さなかった。
それが酒の席の話で、ひょっとしたらあの時、あの人は酔っていたのだろうか。
表情はあまり変わっていなかったような気がするのだが。
風に当たろうと言って、あの人は自分を酒の席から連れ出した。
宴会の空気に馴染めそうになかった幼馴染も一緒に。
そうして三人、喧騒の傍らの静かな一角で、何をするでもなく、冷えた空の月を見上げていた。
真冬の澄んだ空気に、空は綺麗な色をしていて、その中に月があった。
青白い仄かな光を放ちながら。
あの日から、幾年月が流れて、今。
時代が変わり、周囲が変わり、自分自身も変わったけれど。
空の月は、見える形こそ変えつつも、其処にあるのは同じ存在。
違う場所で、同じ月を、見ている。
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喧嘩屋時代の左之助。
……克左之で書いても良かったかなと、書きおわってからふと考えた(遅)。
どうすれば綺麗に飛べるのか、
どうすれば綺麗に翼が出来るのか、
途中までしか教えてもらえなかったから、此処にあるのは出来損ないの翼だけ
完成した見本を失って、
曲がった骨組みを直してくれる添え木もなくて、
間違っている事を教えてくれる人もいなくて、
あちこちぶつかりながら飛んでいた
滅茶苦茶な形になった、出来損ないの翼のままで
風が捉えられなくて、
何度も何度も地面に落ちて、
ぐちゃぐちゃの翼がもっと折れて歪んでいく
それでも飛ぶことを止めることだけが出来なくて、
歪な翼で必至になって足掻いていた
何処をどうすれば真っ直ぐ飛べるのかなんて事、
誰も教えてくれなくて
落ちた翼を受け止めたのは大地だけで、
通り過ぎる人達は、鳥が落ちた事にも気付かなかった
ただ、
もっと高く、もっと高く、
もっともっと天より高く飛びたくて、
そうすればいつか、教えてくれた人達に、もう一度会えるような気がしたから
見えない空を目指して、出来損ないの翼で飛んだ
地面に落ちてしまう度に、
思い出すのは、最初に翼を見せてくれた大好きな人で、
どうしてあの人はもう教えてくれないんだろうと泣きたくなった
出来損ないの歪な翼で、どうやって真っ直ぐ飛べるのか
ぐちゃぐちゃになったまま直らないのに、どうすればあの人達のように飛べるのか
もう誰も教えてくれないから
出来損ないの翼のままで、あちこちぶつかりながら飛んで行くしか出来なくて
だけどいつかは、
出来損ないの翼の鳥でも、何処までだって飛んで行ける
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喧嘩屋時代の左之助は、まさにこの言葉そのままだったんじゃないかと。
見送ろう。
過ぎ行く影を見送ろう。
志半ばに消える灯と、その灯の影を見送ろう。
誰も見送らないのなら、その存在を知る者だけで見送ろう。
涙でもいい、笑顔でもいい、見送ろう。
見送らなければ、影は存在していなかった事になる。
嘘が真に、真が嘘になってしまう。
その灯と、その影が、どんな形と色をしていたか、知っているのはほんの僅かな者だけだ。
後は噂が一人歩き、灯も影も形を変えて色を変え、本来の形と色を見失う。
だから、その前に見送ろう。
影がぼやけてしまう前に、見送ろう。
そのままの形で、空に溶けて行けるように、見送ろう。
見送る影は、人が思うよりも余りに多く。
見送る人は、影よりもずっと少なくて。
だから、存在を知る者だけで見送ろう。
その方が混じりけのない形と色のままで見送れる。
真実の灯と影の形と色で見送れる。
見つめ送る人の中、二人の子供が泣けずに空を見ていた。
ともすれば、見送る影になる筈だった二人の子供。
見送る影に置いていかれた、二人の子供。
誰よりも何よりも、真実を知る、見送る二人の子供達。
見送るぐらいだったら、ついて行きたかったのに。
あの人が駄目だと言ったから、子供二人は置いて行かれた。
置いて行かれたその意味を、今はまだ知らぬまま、二人は溶ける影を見つめて空を仰ぐ。
見送ろう。
今はただ、見送ろう。
過ぎ行く影を、見送ろう。
いつかもう一度、空から大地に降りる事を赦された時、そのままの形と色でいられるように。
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またまたインスピレーション優先です……
懐かしいですね、“影送り”。
この単語を聞いたのは小学生の国語の授業以来です。
木の実を見付けた。
そう言って、子供の片割れはするすると気を登り始めた。
登り始めた親友を見上げる子供は、はらはらと少し心配そうな目をしている。
克弘も一緒に登ってみたらどうだ、と何度か相楽は促してみたが、克弘は首を横に振るばかりだった。
もともと活発ではないし、左之助ほど身軽でもない克弘は、そう言った遊びごとが不得意だ。
それに、自分も一緒になってはしゃぎ始めたら、左之助を止める人がいませんから、とも笑って。
今日も今日とて、その姿勢は変わらず、克弘は落ちるなよ、と木を登る左之助に声をかける。
「こんぐれェ平気でェ。落っこちたってなんともねェよ」
「ない訳ないだろ。怪我したらどうするんだ」
「だからしねェって」
枝にも頼らず、幹に両腕と足を引っ掛けてしがみついているだけの左之助。
木登りが得意でない克弘には、危なっかしいようにしか見えない。
克弘の心配など何処吹く風で、左之助はまた上へ上へ。
程なく、目当ての木の実に手が届く場所まで辿り着く。
半身を幹に委ねたまま、もう半身は木の実へ腕を伸ばした為にがら空き。
克弘は益々心配になった。
「左之助ーッ」
まともな足場もないから、克弘には左之助が今にも落ちそうに見えて仕方がない。
けれども、やはりその当人は、平静とした顔で枝に生る木の実へと腕を伸ばした。
「ほら見ろ、克! アケビ!」
「判ったから、早く下りて来い!」
もう危なっかしくて、克弘の方が我慢できなかった。
降りろと言われた左之助だったが、構わず、片手で幾つか実をもぎ取った。
それを地面に放り投げると、慌てて克弘がそれを捕まえる。
二個程地面に落ちたが、実が割れてくれれば返って食べ易い。
見下ろした親友の腕に、落とした分の実が納まっているのを見て、もういいかと頃合。
ついでにもう一つもぎ取って、片手に持ったまま、細い幹を蹴った。
「左之、」
悲鳴に近い克弘の声が響いた直後。
すとん、と軽い音と共に、地面に着地。
「な、平気だろ?」
木の葉の羽根を舞い散らせ、地上に降りた君。
夏の日差しのように笑うから、結局適いやしないのだ。
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真冬に木の実ってあんまりないよなあ(滝汗)。
と言うか、お題にちゃんと添えてるかも甚だ不安……
インスピレーション優先なもんで…
この国には、四季がある。
それに合わせて、咲く花も変わる。
まるで場違いのように咲き誇る花畑。
冬である事さえも忘れさせるような、福寿草の黄色が地面を埋め尽くし、所々にナズナの白。
その中で、駆け回る子供が二人。
「左之、ちょっと待て!」
「克が遅ェんでェ、早く来いよ!」
きゃんきゃん高い声を上げて、跳ねては転び、転んでは起き上がり駆ける子供達。
少し前まで遊び相手をしていた大人達は、既に降参。
残った子供二人だけが、今も無邪気に走り回っている。
遊びにかける子供の体力は、本当に無限だ。
明朝に雨でも降ったのか、空気はしっとりと濡れ、吹く風が心地良さを感じさせる。
花弁にも露が残り、降り注ぐ光をきらきらと反射させていた。
その真ん中で生き生きと遊ぶ子供達を、誰が止められるものか。
「オレは普通だ! お前が早過ぎるんだよ!」
「ンな事ねェって」
少し遅れる克弘を待って、左之助は立ち止まる。
克弘は既に息が上がりかけていたが、左之助は至ってけろりとしていた。
そんなに疲れるほど遊んだか? と左之助は首を傾げる。
疲れた、とばかりに克弘がその場に座り込んだから、左之助の方が克弘の下に赴いた。
花畑の真ん中に座り込んだ子供二人は、大人達に背中を向ける格好になっていた。
「もう駄目だ。疲れた」
「なんでェ、根性ねェな。オレぁ全然足りねェぞ」
「お前とオレを一緒にするなよ」
そのまま、克弘は其処から動かなくなる。
左之助はしばらく周りをウロウロして続きを促したが、克弘は動かなかった。
無駄だと悟ると、左之助も克弘の隣に腰を落として落ち着いた。
それから、四半刻が経った頃。
じっとしていたと思っていた子供二人が、立ち上がって此方に駆けてきた。
その手に抱えられたものに、相楽はおや、と目を瞠る。
「隊長ー!」
「相楽隊長ー!」
元気に呼んで駆けてくる子供二人。
しゃがんで待っていれば、すぐ目の前まで来て、肩で息をして立ち止まり、
「隊長、これどうぞ!」
「和え物にしたら最っ高に美味いっスよ」
「お前、ずーっとその話ばっかだろ」
「いいじゃねェか、克も好きだろ。菜っ葉の和え物」
両手いっぱい黄色を抱えて、交わす会話は子供らしく食い意地が張ったもの。
今日の夕飯は、案外豪勢なものになりそうだ。
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なんか春のイメージが私の中にはあるんですが、菜の花もナズナも、冬のうちから咲いてます。
子供は綺麗だなんだと言うよりも、やっぱり食い意地(笑)。