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行く。
歩いて、行く。
何処までも。
あなたが向かう場所に向かって、歩いて行く。
向かう未来がどんなものであるとしても、
目指す未来がどんなに遠いものであるとしても、
あなたが示した指標に従い、歩いて行く。
進む道がどんなに暗い道であっても、
戻る道さえ見付からなくなる道であっても、
あなたが示してくれた未来へ向かい、歩いて行く。
何処まで行けばいいのかなんて知らない、けれど。
歩いて行こう、何処までも。
あなたの隣で、いつか辿り付く未来まで。
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行く、逝く、育、幾、往く………色々あるものなんですね。
前向き仔さの、子供ならではの真っ直ぐさです。
……つか短いな。びっくりした。
兄が、家を出て行った。
せきほうたい、と呼ばれる人達を追い駆けて。
いなくなる前の晩、父と大喧嘩しているのを見た。
付いて行くとか赦さないとか、馬鹿な事考えるなとか本気だとか。
何がどう馬鹿な事で、何に本気なのか、右喜にはさっぱり判らなかった。
判らなかったけれど、今まで見たことがなかった位に二人とも本気で喧嘩をしていたのは判った。
兄と父が喧嘩をしているところは、よく見た。
物心ついた頃から二人は何かと喧嘩をしていて、右喜はそれを見てしょっちゅう泣いた。
大きな声や大きな音は怖かったし、どちらかがどちらかを叩いたりして、肌が赤く腫れるのも嫌だった。
何度か「ケンカしないで」と言ったけど、二人はいつまで経っても喧嘩をしてばかりだった。
でも、心の何処かで感じていたのだ。
喧嘩をしていても二人はちゃんと仲が良くて、喧嘩も二人の間では普通の会話みたいなものだと。
だから母が怒れば止めるし、なんだかんだで二人肩を並べてご飯を食べたり出来たのだ。
―――――でも、あの喧嘩は本当に怖かった。
どっちも譲らない譲らないで、父は本気で兄を投げ飛ばして、それを追い駆けて土間に転がり落ちて、取っ組み合いになった。
母が止めても聞かなくて、終いには母まで泣いてしまって、右喜はもうどうして良いか判らない。
幼い右喜に、本気の男同士の喧嘩を止めるなんて到底出来ない。
泣いて喚くのが精々だった。
そうしている間に、父が「勝手にしやがれ」と怒鳴った。
兄が「勝手にする」と怒鳴った。
「かんどうだ」と父が言って、「もう帰って来るな」と怒鳴った。
兄は家から放り出されて、父は戸口を閉じて、閂まで閉めた。
兄が戸口を開けようとするような音は、なかった。
兄の姿が見えなくなって右喜は不安になって泣いた。
母はそんな右喜を抱かかえて床についたが、父はずっと囲炉裏の傍で肩を揺らしていた。
床についてから母の顔を見たら、母は泣いていた。
二人が喧嘩をしている時に母が泣いたのを、右喜は始めて見たが、床の間で見たのも初めてだった。
いつでも強い母だったから、泣いているのに驚いて、右喜は自分が泣いていた事も忘れた。
でも、幼い右喜は、明日になったらいつも通りに戻るんだと思っていた。
……そうなんだと、願っていた。
なのに、朝になっても兄は帰ってこない。
家から放り出されることは過去にも何度かあったけど、朝餉の時にはいつも皆揃っていた。
冬の寒い時期、鼻水を垂らしながら大根汁を啜る兄をよく見た。
なのに兄は帰ってこなくて、朝餉の席にいるのは、父と母と自分だけ。
「お兄ちゃんは?」と聞いたら、父は顔を怖くして、母は何も言わずに俯いた。
それから、朝餉が終わって、昼になっても、夜になっても、兄は帰ってこなくて、「お兄ちゃんは?」と聞いたら父と母は黙ってしまった。
………それから、一週間程。
父と一緒に大根畑で仕事をしていたら、町から戻ってきたご近所さんが言った。
「お宅の倅、赤報隊に入ったって?」と。
“せきほうたい”が何であるのか、右喜は知らなかった。
でも、其処に兄がいるのは判った。
大好きな兄がいる事は判った。
だったら自分も入るといったら、父は絶対駄目だと言った。
「お前まで母ちゃん泣かせるな」と、怒ったように、でも少し淋しそうに。
そして、“せきほうたい”がこの地を離れた事を聞いた。
帰ってこない兄が付いて行ったのは、明らかで。
もう帰ってこないつもりなんだと思ったら、悲しくて淋しくて、大きな声を上げて泣いた。
――――――二月の終わり。
“せきほうたい”がなくなったと聞いた。
“せきほうたい”の人達も、誰もいなくなったと。
でも、兄は帰って来なかった。
嫌いになりそうだった。
大好きだから、大嫌いになりそうだった。
帰ってきて欲しいのに、兄は帰ってこない。
“せきほうたい”がなくなってから、手紙もない。
探しに行きたかったけど、何処にいるのかちっとも判らない。
泣いた。
泣いた。
泣いた。
そうしていると、いつも何処からか現れて、「しょうがねェなァ」と言って手を繋いでくれるのに。
それもないから、もっともっと悲しくて、喉が枯れるまで泣いた。
自分を置いていった兄。
何処か遠くに行った兄。
戻ってこない兄。
連絡もない。
もう自分達の事なんて忘れてしまったんじゃないかと思った。
嫌いになりそうだった。
嫌いに、
………嫌いに、
……………嫌いに―――――なれたら良かったのにと、思うけど、
幾年月を過ぎて見つけた走る背中に、いつも見ていた背中を見付けた、ような気がした。
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なんか珍しいキャラクターで書いたなァ。
右喜ちゃん可愛いので好きです。
「オレ、相楽って名乗っていいスか?」
無邪気に言ってくれる子供に、苦笑が漏れる。
苗字を持たない者が、どうして苗字に憧れるのか。
生憎、苗字を持つ家に生まれた相楽には、よくよく判らないものであった。
だが自分の持つ名に憧れると、真正面から言われると、どうにもくすぐったい気分がして来る。
「相楽左之助、か」
左之助。
いつも自分の後ろをついて歩く子供の名前。
その名前の頭に、生まれて今まで馴染んだ苗字を連ねてみる。
………やはり、なんだかくすぐったい。
「よせよせ。変な名前になってしまうぞ」
笑ってそう言ってみたが、子供はにかっと笑うだけだ。
多分、気付いたのだろう。
よせと言った言葉が、本気の色をさして宿していない事に。
今の時代でこの苗字を語れば、家名の重みが圧し掛かる。
けれども、四民平等の時代が来て、皆が名乗れるようになったら少しは変わるだろう。
自分が背負う“相楽”を、この子に背負わせるつもりはない。
けれども、同じ名を名乗りたいと言われるのは、嫌ではなかった。
“家名”ではなく、自分の“意思”を継いでくれるような気がしたのだ。
「克はどういう苗字にするんですかね」
幼馴染を思い出して言う左之助に、さてなァ、と呟く。
うきうきと、隣を歩く子供の足取りは軽い。
見下ろせばにーっと笑う顔があって、此方も思わず口元が緩む。
「オレ、絶対に相楽って苗字にしますよ」
「よせと言っているだろう」
「本当にしますからね!」
「やれやれ……」
言っても聞きそうにない。
いや、そもそも、言って聞かせようとも思っていない。
逆立つ鳥の鶏冠のような頭をくしゃくしゃ撫でる。
左之助はくすぐったそうに笑った。
そんな、二人きりの約束。
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あそこの遣り取りが大好きです。
山中を行軍している最中、落石に遭った。
先日まで降り続いていた雨が原因だ。
落石に巻き込まれて逸れてしまったのは、未だ幼い二人の準隊士だった。
落石を避けた弾みで足を滑らせて、山道の横にあった、垂直に近い斜面を滑り落ちる羽目になった。
幸運にも茂みのお陰で悲惨な事にはならなくて済んだが、それでも子供達にとっては一大事。
右も左も判らぬ山中で子供二人など、危険極まりない状況だ。
じっとしているのも不安で、だが不用意に動き回る訳にも行かず。
またこれも幸運だったのは、隊が向かおうとしていたのが滑り落ちた斜面の下――つまりはこの近辺――であったと言う事と、落ちたのが自分一人ではなかったと言う事だった。
真冬の寒い山中で、見つけた大きな木の洞に入って、二人で身を寄せ合う。
寒い寒いと左之助が言うから、克弘は自分の羽織を貸そうとした。
けれど、ンな事したらお前ェが寒くなるじゃんか、と左之助が怒る。
平気だと克弘が言えば、左之助は、いやオレの方が平気だと言って来る。
二人でそのまま言い合いをした。
疲れて言葉が途切れた頃には、二人ともそこそこ温まっていた。
けれど、じっとしていればやはり体温は下がってしまって、
「……寒い」
今度は克弘が呟いた。
俯いて膝を抱える克弘の肩を、左之助は揺する。
「寝んなよ。寝たら死んまうぞ、お前」
「…判ってるよ」
肩を揺する手を払い除ける克弘に、ホントに判ってんのかよ、と左之助は思う。
克弘は本当に判っている。
判っているが、落石前に相当歩いていた事もあって、体は疲労を覚えていた。
傍らにいる左之助の温もりが心地良いものだから、うっかりそれに身を任せてしまいそうになる。
それを、今現在、必死に堪えている所なのだ。
「う~~~~ッ……」
左之助は、はぁ、と両手に息を当てて、その手で両腕を擦る。
克弘も同じようにやってから、眠らないようにとパンパンと頬を叩いておいた。
いつまでこうしていればいいのか。
こうしていて、大丈夫なのか。
移動した方が良くないか―――――
克弘は色々考えていて、それは左之助も同じだった。
けれど動き回って大丈夫かどうかも判らないし、もっと迷ったら大変だから、動けない。
不安が募る。
怖くなる。
降っている雪が吹雪じゃないのは幸いだ。
此処にいるのが、自分一人じゃないことも。
待つしかない。
逸れてしまって、右も左も判らない自分達に出来る事と言ったら、それしかないのだ。
見つけて貰えることを信じて、寒さに堪えて待ち続けるしか―――――
沈黙の帳が下りるのが嫌で、左之助はずっと何事かを喋り続けた。
克弘は小さく相槌を打って、時々余計なことを言う左之助の頭を小突いてやった。
心の中で、ずっと「大丈夫」を唱え続けながら。
―――――どれだけ、そうして過ごしただろうか。
「隊長! 足跡がありました!」
木々の合間を縫って聞こえた声に、二人同時に顔を上げた。
そろそろと洞の中から外を覗いて、積もり始めた雪が目に痛くて目を擦る。
そして。
「左之助! 克弘!」
大きな声で名を呼ばれて。
茂みの向こうから現れた、その人は。
暗く寒い場所で待ち続けた子供達にとって、確かな“光”であったのだ。
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子供達にとって、色んな意味で眩しかった人なんじゃないかなぁと。
見事に残った青痣と、それらの手当てもしないで背中を向け合う子供が二人。
ほんの少し目を離していた間に、一体何があったのか。
聞かずともなんとなく予想が付いたが、しかし俄かには信じ難かったので、傍で見ていた隊士に聞いてみる。
―――――と、案の定。
「喧嘩ですよ。喧嘩」
「それもかなり派手にやらかしやがりまして」
二人の初老の隊士は笑う。
克弘がやり返すのは珍しかったなァ、と暢気に言いながら。
なる程、確かに派手にやらかしたようである。
何せ克弘がやり返したのだ。
口よりも先に手が出る左之助に比べると、実に克弘は大人しい(自分で自分を根暗と称する事もある程だ)。
性格が正反対の二人であるが、それが不思議と調和するのか、よく二人で一緒に過ごしている。
その合間に左之助が癇癪を起こしたり、克弘に揶揄われて口で反撃できず、手が出ることは珍しくない。
克弘もそれをいつも甘受しているばかりで、やられた事に拗ねた顔はしても、怒る事は殆どなかった。
そんな克弘が左之助に仕返しをしたなんて事になれば、後はもう大変としか言いようが無い。
左之助の負けず嫌いは克弘よりも何倍も強いから、やり返されれば更にやり返すに決まっている。
かくして大人達の目の届かない所で勃発した大喧嘩は、数人の隊士が戻ってくるまで続いたようで、止める時も子供二人に大の大人数人がかりという有様にまで発展した。
「それで、ずっとあの状態か?」
「ええ」
二人背中を向け合ったまま、唇を尖らせて静止。
一触即発のようにも見えるけれども、ただの意地の張り合いのようにも見えた。
特に左之助の方は、熱し易い変わりに冷め易い所があるので、そろそろこの状況が辛くなって来ているようだ。
が、其処でも負けず嫌いの意地があって、先に謝るという行為が中々出来ない。
大人達は傍で見ているだけで、仲直りの催促も、火に油を注ぐような事もしない。
沢山の視線に見つめられて、左之助が尚更居心地が悪そうに縮こまる。
克弘は目を閉じて動かなかったが、その眉が不愉快そうに歪められていた。
人目に晒され続ける事に関しては、左之助よりも克弘の方が限界が早いだろう。
左之助の体がぐらりと揺れて、後ろに倒れる。
床に落ちることはなく、左之助は肩から頭を克弘の背中に押し付ける姿勢になっていた。
どすっと左之助の頭が背中に落ちてきた瞬間、克弘の肩が跳ねた。
それから暫くして、克弘は閉じていた目を開き、肩越しに背後の幼馴染を見遣り。
判り易いほどに溜息を吐いてから。
「………おい、左之」
「……………なんでェ」
呼びかけに、少々の間はあったが、左之助は返事をした。
そして克弘はもう一つ溜息を吐いて、
「……饅頭食いに行くか」
―――――……“ごめん”なんて殊勝な言葉は、中々出て来ないものなのだ。
だって意地っ張りだから。
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何が原因で喧嘩してたんでしょうね。
あれだ、どっちかがどっちかの饅頭食ったとかそんなのだ、きっと(アバウト)。