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熱い。
全部が熱くて、体が動かない。
「京ちゃん」
呼ぶ声が遠い。
消えてしまいそうなほど。
「京ちゃん、大丈夫かい?」
大丈夫─────じゃない、多分。
頭にもやがかかっているようで、意識もふわふわして。
今ならその辺の雑魚にも負ける気がする。
病院に行った方が良いのだろうとは思うけれど、思い付く病院と言ったら、子供の頃から世話になっている鬼門同然の場所しかない。
一番信頼しているのは間違いないが、出来れば近付きたくないのが本音だ。
「……京ちゃん」
背中を預けていた壁がひんやりとして、少し気持ちが良い。
ずるりと床に体を横たえれば、頬も冷たい床に当たって、心地良さから京一はそのまま目を閉じる。
意識を保っているのが面倒臭くなってきた。
場所もいつものように路地だのなんだのと物騒な場所ではないし、眠りを妨げるような喧しさとは無縁だ。
あるのは静寂と、いつの間にか感じるようになった安らぎと、一人の物好きな男だけ。
───────ひたり、と。
額に冷たい、節ばった……手が触れる。
「……かなり辛いんじゃない?」
かけられる声に反応する気にもならない。
それでも、どうにか瞼を持ち上げることは出来た。
ピントの合わない視界に、緋色が映り込む。
眼球を動かして天井へと目を向ければ、覗き込んでくる男の顔があった。
それもなんだかぼやけて見える。
……その顔がなんだか酷く泣き出しそうに見えるのは、頭の熱が生んだ幻覚なのだろうか。
不意に、ふわりと体が浮いた。
背中と膝裏に男の、見た目に反して確りとした腕がある。
女のように横抱きされていると判って、いつもなら嫌がるところだが、今日はそんな気にもならない。
全身の倦怠感に身を任せて、男の腕に全てを預ける。
くすりと笑んだような気配が感じられたが、京一は相手の顔を見てそれを確認しようとか、咎めようとは思わなかった。
「頑張ろうとするのは悪くないが、頑張り過ぎは駄目だよ」
うるさい、ほっとけ。
思ったが声にはならなかった、しなかった。
ベッドの上に下ろされる。
床より柔らかく、微かに冷たいシ─ツが気持ち良い。
でもそれ以上に、もう一度額に触れた冷たい手が心地良くて。
…………離れかけた手を捕まえる。
「………京ちゃん」
その呼ぶ声は、咎めているようにも聞こえたし、仕方ないねと微笑っているようにも聞こえた。
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よりにもよってイベント直前に風邪引いて、熱にうなされながらこんな妄想してたって言う……
ちなみに最終的にはこのままエロ展開です(爆)。
深夜になって、八剣は目を覚ました。
特に理由はない、単純に喉の渇きを覚えただけの事だ。
起き上がる前に、抱き締めたままだった子猫を見た。
が、やはり其処にいるのは見慣れた子猫ではなく、一気に成長した猫だった。
起こさないようにとゆっくり抱いていた手を離して、ベッドを降りる。
むずがって身動ぎする音が聞こえたが、目覚める様子はなかったので、そのまま八剣はキッチンへと向かった。
冷蔵庫の冷えた茶をグラスに注ぎながら、思う。
(明日起きて治っていなかったら、また落ち込むんだろうねェ)
いつも強気で生意気盛りな京一だが、それは天邪鬼な性格がそうさせるのだろう。
寂しい時も「寂しい」と言えず、構って欲しい時も「構って」と言えない。
言うくらいなら平気だと強がって見せるのが常だった。
だが今回の事は、強がるよりも混乱の方が大きいらしく、天邪鬼が顔を出す余裕もない。
自分自身が訳も判らず急成長なんてしたら、誰でも不安になって、自分の体がどうなったのかと不安になるのも当然だ。
「大人になれた!」なんて喜んでいられる人は、相当ポジティブで楽しい人生を送れるだろう。
京一は、早く元の姿に戻りたいに違いない。
大きくなった手も、歩幅も、高くなった目線も、何もかもが落ち着かないようだった。
――――――だが。
(俺はもう少しなら今のままでもいいかなと、ちょっと思ってるんだけど)
冷茶を傾けつつ、そう思ってしまう。
だって可愛いのだ。
いつも強がりで中々素直に甘えて来ない京一が、不安を全面に出して八剣を頼っている。
少し離れようとしただけで不安そうに見上げてくるなんて、今まで一度もなかった。
不謹慎とは判っているが、可愛いと思ってしまう自分を誤魔化すことは出来ない。
原因が判らないのは無視できないし、判らない以上、京一はずっと不安になるだろう。
いつまでも悲しい顔をさせているのは八剣とて本意ではない。
それはちゃんと調べよう。
だが、それまではもうちょっとだけ、あの成長した姿でもいいなと思う。
端整に育った面立ちが、不安から憂いを帯びる様も悪くない。
(まぁ、そう言う訳にもいかないか)
優先すべきは、京一の心の平穏である。
願わくば明日元に戻っているように、無理ならば出来るだけ早急に原因を解明しなくては。
空になったグラスを流し台に移し、軽く水で流して逆さにして置いた。
ちゃんと洗うのは明日にしよう、今はこれよりも京一の傍にいなくてはいけない。
不安を抱えている時と言うものは、人の温もりに敏感になるものだ。
寝室に戻ると同時に、布団がばさりと落ちる音が聞こえた。
いつものように寝返りを打ったのだろう。
京一は、不安や嫌な事があるとじっと丸くなって動かなくなる傾向がある。
意識の有無に関わらず、昼寝のように単純に丸くなっているのとは違い、本能が身を守ろうとするように、蹲ってじっとしているのだ。
それが寝返りを打つようになると、多少なり、その緊張が緩和された兆しになる。
明日、元に戻っていれば、いつもの拗ねた可愛い顔が見れるだろう。
ちょっと惜しいかな、と思いつつ、八剣はベッドに近付いた。
……近付いて、一瞬、息を忘れる。
肌蹴た胸元。
皺だらけになった襦袢の裾。
広がった其処から覘く太股。
着替えさせた時に帯を結んで判った、腰の細さ。
成長したとは言え、体格差はあって、だから八剣の着ていた着物は彼にはまだ聊か大きくて。
京一が今来ている襦袢は、普段は八剣が寝巻きに使っているものだ。
それを着て寝乱れる様は、正に――――――
(………おっと、)
まずいまずい。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
何がどうまずかったのか、それは意識的に頭の中から追い出す。
やはり、明日には戻ってくれている方が良い。
落ちた布団を拾い上げながら、八剣は考えを改めた。
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保護者ですから、其処は越えちゃいけないライン……の筈(笑)。
翌朝には元に戻ってますよ。
京一は自分の行動が恥ずかしいものだったので、何もなかったように振舞います。
八剣は一瞬の動悸を思い出さないように、何も聞かないし、改めて掘り返したりもしません。
でも猫って人より成長早いから、ね!(駄目だこいつ)
いつもよりも歩幅が違うこと、腕の長さが違うこと、見える世界が違うこと。
それら全てがどうにも落ち着かないようで、京一は動き回ることを避け、ベッドの上でじっと胡坐を掻いていた。
その間も耳と尻尾は下を向いたまま、時々右へ左へピクピクと動く程度で、表情はずっと不安げだった。
自分自身への状態への不安からか、八剣が傍らを離れようとすると不安そうに見上げて来る。
はっきりと頼ってくるのが判るなんて、今まで一度もなかった事だった。
耳の裏をくすぐる八剣を、京一は今だけは振り払おうとしなかった。
尻尾が常に八剣の背中に擦り寄って、いつもよりも判り易く、京一は八剣に甘えている。
(可愛いとは思うんだけど)
成長した京一の姿は、決して八剣にとっては厭うものではなかった。
丸かった頬がシャープになり、無骨な凹凸のようなものはなく、整っていると言って良い。
尖ってはいたが子供らしく大きかった目元は、糸のように細くなる事もなく、はっきりと、心持切れ長に余韻を残していた。
不機嫌な印象もあるけれど、流し目でもすれば一発で女性は落ちるのではないかと八剣は思う。
身体つきは少し華奢に見えるが、それは単純に細いからではなく、無駄な脂肪も筋肉もないからだ。
余計な分を削ぎ落とし、加えて白の襦袢を着ている所為で、着痩せして見えるのだろう。
もしも本当に将来、京一がこうなると言うのなら、これはかなりの有望株だ。
少しとっつき難い印象はあるものの、美丈夫であると言っても決して過言にはなるまい。
贔屓目ではなく、八剣はそう思った。
……八剣が一般人と違う感覚があると言ったら、今の京一を“可愛い”と形容する事だ。
確かに整っており、美形と呼べる面持ちだが、それを見て人が思うのは“格好良い”が精々だろう。
其処を“可愛い”と述べる辺り、八剣にとって京一は、どんな姿形であっても、自分が拾った“子猫”であった。
常の天邪鬼を引っ込めて甘える京一。
その目は、少しずつ気持ちが落ち着いてきた表れか、瞬きがゆっくりとしたものになっている。
リラックスと睡魔の合図だった。
「寝るかい? 京ちゃん」
「……寝たら治るか?」
「さぁ、判らない。でも、治ってるかも知れないね」
「…じゃあ寝る」
断定が出来ないので曖昧な言葉になったが、今の京一はそれで十分らしい。
…単に、眠っても大丈夫なのだと言う安心が欲しかったのかも知れない。
いつものように登る必要のないベッドに乗って、丸くなる。
体は大きいのに、その様は子猫とまるで変わらない。
それどころかいつもよりやけに小さく見えて、放っておけなかった。
八剣がベッドに乗り上げると、京一の耳と尻尾がぴくりと動いた。
動かないその体を後ろから抱き込むと、一瞬だけ、緊張したように尻尾が僅かに膨らんだ。
「大丈夫だよ、京ちゃん」
大きいけれど、小さな体を抱き締めて囁く。
二人の体の間で、尻尾がふわふわと揺れて、それから自分の腰を抱く八剣の腕に擦り寄った。
子猫が眠ったのは、それから数分も経たない内の事だ。
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眠れる場所=安心する場所。
自分の姿を認識した後、京一はパニックになった。
「なんだよコレ! おい! なぁッ!」
真っ先に京一は、自分を保護している男に詰め寄った。
八剣の上掛の襟元を掴んで、ゆさゆさと揺さぶってこれはなんだと繰り返す。
尻尾がぐるぐると大きな円を描き、彼の混乱の度合いを示していた。
これだけ京一が取り乱すのも珍しい。
なんとか治めて慰めてやりたい気持ちはあるが、生憎八剣にも、京一がこうなった原因は判らない。
寧ろ、八剣の方こそが確かめたくて、眠っていた京一を起こしたのである。
八剣の襟元を掴む京一の目尻に、薄らと涙が滲んでいる。
そんな表情を見るのが忍びなくて、一先ず落ち着けようと頭を撫で、耳の後ろをくすぐってやる。
「落ち着いて、ね?」
「落ち着けねーよ! なんなんだよ! なんだよ、これーッ!!」
「よしよし。一先ず、特に体に異常はないかな? 痛いとか、熱いとか」
「ない! ないけど気持ち悪ィ!!」
それは自分の有様に納得が出来ないからだろう。
それ以外には、特に特別気になる事はないと確認できたので、其処については安心した。
「俺がいない間に、何か変わったもの食べたりした?」
京一の食事は、八剣が出かける前に一通り用意している。
昼食分を多めに作って、小腹が空いた時にも摘めるように余裕を持って、遅くなる日は夕飯分も計算に入れる。
だが、それ以外でも京一が食べ物を入手するのは珍しい事ではない。
子猫を気に入っているのは拳武の寮内にも数人いるので、そんな人々は何かと理由をつけて京一に差し入れを持ってくる。
普段は警戒心を露にして近付かない京一だが、子供らしく食べ物の誘惑には弱いようで、差し入れてくれた人物が部屋を去ってから食べている事はままあった。
特に壬生に対しては気を許しているようで、以前もキャットニップのハーブを受け取っていた。
それは紅茶の為に乾燥されたもので、八剣に渡す予定だったものなのだが、ちょっとした手違いで京一が袋を破りキャットニップの匂いを嗅いでしまった為に、ちょっと―――本当にちょっと―――大変な事も起きたりした。
八剣が京一の食事に妙なものを混入させる訳がない。
だから原因は他にある、と思ったのだが、
「食ってない!」
ぶんぶんと頭を振って叫ぶ京一。
それで八剣が眉尻を下げてしまったからか、京一はうーッと唸って泣き出してしまった。
「なんだよ、これぇー……」
耳は外側を向いて寝てしまい、尻尾は完全に下向き。
ぐずぐずと泣く京一は、見た目こそ成長しているが、やはり中身は幼い子供そのままであった。
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、拠り所を求めるように八剣の胸に顔を埋めて来る。
彼がこうして甘えてくるのは本当に稀な事で、京一のパニック具合を何よりもよく伝えてきた。
「原因が判らないなら、仕方がない。一晩、様子を見てみようか」
「うーぅ……」
ぎゅううと力一杯縋り付いてくる。
いつもよりも大きな、けれども可愛い子猫を見下ろして、八剣は柔らかく微笑んだ。
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おっきい京ちゃんを泣かせてみたかったんです。子供みたいに。
のんびりと欠伸をする猫―――京一は、此方の狼狽具合などまるで気に留めていない。
いつもと同じように眠そうに目を細め、定位置の座布団の上に座っている。
しかし、その姿形は、常の幼い子供のようなものではなく、10代後半にさしかかろうと言う少年のものへと変貌していた。
見た目は15歳程になった京一だが、中身までが成長している訳ではないらしく、仕草も見た目に比べると少々不似合いだ。
目覚めた時の自分の格好―――寸足らずになったタンクトップ一枚のみ、下半身は隠しもせず―――に疑問を持つ事もなく、八剣が着替えを促した時も、その理由を察せずに首を傾げていた。
隠さないといけないだろう、と言っても、何が? と反対側に首を傾ける始末である。
そんな少年を取り敢えず強引に着替えさせ終えたのは、着替えようと言ってから一時間後の事だ。
「………そんなに嫌かい?」
問えば、当たり前だと言わんばかりに京一の瞳が尖る。
京一が着ているのは、いつものようなタンクトップやシャツにゴムの短パンではない。
急成長した京一の体に合うサイズの服は八剣の手元にはなく、そうなると八剣の服を貸す以外になかった。
のだが、どうにも京一はそれがお気に召さないらしい。
八剣が持っている服はほぼ全て和装で統一されている。
その中から、寝巻きに使用している生地の薄い襦袢に着替えさせたのだが、それ以来、京一はずっと仏頂面だ。
「おめーの服なんか、なんで着なきゃなんねェんだよ」
専ら、京一はそれを言っている。
着替えさせている間も延々と。
それに対して、八剣も、延々と同じ事を繰り返していた。
「仕方がないだろう? それ以外に今の京ちゃんが着れる服はないんだから」
「つーか! なんで着替えなきゃいけなかったんだよ!?」
言い返した京一だが、これも延々と繰り返されている反論の言葉である。
それに対して、やっぱり、八剣も同じ言葉を返す。
「裸でいる訳にはいかないよ」
「別に裸じゃなかったぜ。シャツ着てたし。きつかったけど」
「履いていたズボン、今の状態じゃ履けないよ」
「履けてたモンがいきなり履けねえ訳あるか」
ブスッとした顔で告げる京一は、どうやら、自分の姿の有様が判っていないらしかった。
シャツがきつかった、寝る前は履いていたズボンが脱げていたと言う事実は理解しても、その原因には辿り着けない。
脱がせたシャツを見て、いつもより小さく見える事に頸を傾げるのが精々だ。
そんな子供に理論で説明しても意味はない。
となると、一番判り易いのは、ありのままをその目に見せると言う事だ。
八剣は一つ嘆息して、京一の手を取って立ち上がった。
「ちょっとおいで、京ちゃん」
「なんだよ、離せよ!」
いつも通りの抵抗があったが、八剣は気に留めなかった。
常よりも逆らう腕の力強かった事以外は。
全身を移す姿見と言う物は、此処にはない。
しかし幸いにも時刻は既に夜を迎えており、部屋の外は暗闇に覆われている。
そんな時、明るい場所から見た窓ガラスと言うのは、鏡と同様の役割を果たしてくれるのだ。
京一を窓から一メートルの距離に立たせて、窓を覆っていたカーテンを開けた。
すると、くっきりと京一の姿形がガラスに映し出され、
「………ん?」
暗闇の中に浮かび上がった人物に、京一は首を傾げて、後ろを振り返る。
知らない人間が其処にいると思っての行動や、八剣には可笑しくて、笑いを噛み殺すのに少々の苦労を要した。
しかし、振り返った其処に人がいる訳もなく。
もう一度ガラスを見て、今度は其方に近付いて見た。
そうすると、暗闇の中の人物も同じように自分に近付いて来る。
その人物が手足を動かすタイミングが自分と一緒だと気付いたか、京一の目が丸く見開かれていく。
ガラスに顔が当たると思う程に顔を近付けて、其処で目がぐるぐると動く。
それから自分の手を持ち上げて見下ろし、足元を見て、尻尾の生えている後ろを体を捻って見て。
「―――――ンだァ、これッ!?」
ようやく自分の有様を理解した子猫の尻尾が、一気に三倍に膨らんだ。
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高校生の京一が子供みたいな事してたら、可愛いなって(要はそれだけの為の話(爆))。