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院生時代、一回生引率後の修兵メイン小説です。
完全なる捏造。
修兵が何処までも根暗です。
もう落ちるとこまで落ちてます。
修復不能状態です。
自虐気味。
……続き物ですよ(爆)。
恋次も登場。
-------------------------------------------
「自分だけよくもまぁ、のうのうと生きていられるよな」
そんな声が聞こえて、修兵は脚を止めた。
けれども、すぐに何事もなかったかのように歩き出す。
表情を変える事をしないままで。
もともと、自分はあまり表情筋が動く方ではない。
よくつるんでいた彼と彼女には何故だかなんでもばれてしまうのだが、
それ以外の者―――この霊術院で教鞭を振るう者でさえも、自分は扱い難いと見ているらしい。
理由は簡単、常に仏頂面でいるからだ。
ボソボソとした小さな声は、それでも何故か鼓膜をしっかりと震わせる。
こういう時、小声と言うのは秘密裏な内容を隠す為のものではないのだと思う。
聞こえるか否かの声で、それでも聞こえるように囁かれるものなのだと。
左手に次の授業の教科書を持ったままで、修兵はさてどうしようかと天井を仰いだ。
授業を二、三度サボった所で、別段悪い評価が受けるような成績は残していない。
此処に入る時に二度ほど落ちたのは事実であるが、それ以降は、所謂順風満帆というものか。
青春を謳歌しているというものではないけれど、多少の事で注意を受けるような事はない。
それ故、やっかみを買う事もあるが、修平の心にはそれの片鱗さえも残らなかった。
だから先程の言葉も、それの延長と思えば易いものであった。
「見ろよ、檜佐木だぜ」
「あんまり寄るなよ、俺らも殺されるぞ」
噂が噂を呼ぶとは思わないが、尾鰭背鰭が着くのは最早致し方ない事なのだろう。
だが根も葉もないとは言い切れない――――否、言わない。
今自分に向けられている視線が孕む感情は、全て自分が根本で原因を作ったのだから。
「可哀想になぁ、蟹沢。青鹿の奴も」
「この間の一回生の実習だろ? 惨かったらしいぜ」
「巨大虚が出たんだってな。ついてねぇなぁ」
ああ、確かについていなかったなと修兵は思った。
まさかあそこで巨大虚の襲撃を受けるとは夢にも思っていなかった。
多少のアクシデントは何に置いてもつき物であるが、あれ程の事に見舞われたのは、あれが初めてだ。
あの瞬間、あまりにも唐突な出来事に、状況判断が数秒遅れた。
その数秒が命取りになると判っていた筈なのに、だ。
故に、彼等は死んだのだ……。
「なぁ、現世じゃ死神ってのは地獄に連れて行く奴の事を言うらしいぜ」
「なんだ? 急にそんな事」
「だからさぁ」
言葉を其処で区切って、冷たい視線を背中に感じた。
「きっとああいう奴が、その死神になるんだろうと思ってさ」
-------------------------------------------------------------------
授業に出る気にならなくて、一目につかない校舎裏へと修兵は赴いた。
顔の右半分は、まだ包帯が取れない。
取れるわけもないだろう、あれだけ深かったのだから。
幸運にも護廷十三隊で補給・救護担当の四番隊に見て貰い、治療を受ける事が出来た為、
右半分の顔の肉が崩れたりなどという惨たらしい事にはならずに済んだ。
ただ右目は完全に死んでしまったらしいけれど、それぐらいは易い代価だと思った。
包帯は毎日取り替えないと持たない。
最初の頃など、一日の間に何度も何度も取り替えていた記憶がある。
ふとした瞬間に傷が痛み出して、其処からまた出血していたからだ。
今など、かなり落ち着いた方である。
それを見ていた四番隊の隊員は、この修兵の容態を、物理的な傷の深さだけではないと言った。
意味が判らずに黙っていたら、宥めるように肩を叩かれた。
適当な石の上に座って、修平は制服の袂を漁る。
手に触れたものを取り出せば、煙草とマッチ箱。
あの日を境に、これに手を出した。
顔に刺青なんて彫っているが、割合真面目で通していたのだ。
最も、興味がなかったわけではなかったけれど。
咥えて火を点け、目一杯吸い込む。
最初は咽てばかりだったが、今ではすっかり慣れてしまった。
「………不味ぃ……」
呟きとは矛盾して、思い切り煙を吐いた後、そのまま吸い続ける。
煙草は百害あって一利なしと聞いた事があるが、そうでもないなと最近思うようになった。
確かに吸っていれば脳細胞の死滅や、肺機能が落ちるのは確かであろうが、引き換えに精神を落ち着けてくれる。
一種の麻薬と同じ効果だと理解してはいるのだが、これは止められそうにない。
……それとも、いつか全てを忘れ去ることが出来たら、止められるのだろうか。
きっと訪れないだろう日の事を思いながら、修平はそれまで律儀に持っていた教科書を放り投げた。
と。
「あいてっ」
ぱこん、と軽い音がした後、間抜けな声が聞こえた。
どうやら、先客がいたらしい。
声の出所は、修兵が座っていた石の後ろ側にあった茂みの、そのまた向こう側。
放り投げた教科書は、意外と遠くまで飛んで行ったらしかった。
「なんだ、誰だぁ? ………って……」
がさがさと煩い音を立てながら、真紅が顔を覗かせた。
その紅には、見覚えがあった。
「檜佐木先輩じゃないスか。何してんですか、こんな所で」
「……テメーがそれをいうのか」
「あ、煙草。先輩もそんなのやるんスね」
「おい、こっちの質問に答えろ、一年坊」
噛みあわない話を続けながら、声を出したのはいつ振りだろうかと考えた。
喉が引き攣ったから、随分と久しぶりの事ではないだろうか。
「あ、俺が一年だって覚えててくれたんスか」
「……その派手な頭」
言えば、あ、そっか、とその派手な頭の一回生は納得したようだった。
本当は、それ以外にも覚えている理由はある。
あの日、あの時、あんな無茶をした三人のうちの一人だったから。
「やー、先輩も人の子なんですね。サボりなんかするなんて」
「……俺がそんなに真面目な野郎に見えるのか」
「……そっスね」
あまりにも素直な返事。
普通此処では、体裁を気にして言葉を濁すぐらいするのではないのか。
だが目の前の派手な頭の一回生は、あっさりと肯定の言葉を述べた。
「あの場にお前がいたなら、お前は特進クラスだろ。いいのか、サボって」
「先輩こそ」
「俺は成績優秀だから」
「…そースね、なんせ六回生筆頭ですもんねぇ」
「で、俺の質問にはいつ答える気だ?」
軽く睨みながら言うと、一回生はうーんと空を仰いだ。
それからガリガリを頭を掻いた後で、
「なんか、出る気になれなかったんで」
返された言葉に、修兵はそうか、とだけ呟いた。
ならば自分も同じであると、それは言わなかったが。
自分から質問したことだったが、修兵は大して気にしていた訳ではなかった。
多分、一人の時間を邪魔された腹いせに、意味の無い質問をしたのだろうと自分で今更分析した。
一回生も聞いてくる様子がないから、ならば言うつもりはなかった。
「にしても、それ」
「あん?」
「煙草、吸うんスね」
「……最近な」
へぇ、と一回生は声を漏らした。
真面目そうではないと言った割には、こういう所は想像していなかったのだろうか。
確かに六回生筆頭等と言う肩書きがあると、生真面目とか堅苦しいとかイメージがつくようだが。
ふぅっと吹き出した煙が大気を汚して、そのまま消えていった。
それをぼんやりと眺めながら、修兵は午後の授業をどうするかと考える。
やはり出席する気にはなれないが、さぼったと知られると後が面倒だろう。
あれこれと詮索される事はないだろうが、後々の手間を考えると、四番隊に行った方が楽だろう。
顔の右半分を覆う包帯の事もあるから。
けれども今は、其処へ行く事さえ面倒臭かった。
自分は、こんなにも無気力な人間だっただろうか。
感動屋という訳ではないが、もう少し違っていたように思う。
いつからこうなったのだろうかと考えて、ああ、あの日からだと直ぐに合点が行った。
あの日を境に煙草を初めて、あの日を境に授業をサボり始めて、
あの日を境に世界は色を失って、あの日を境に体中の力が抜けて行ったのだ。
全てはあの日に始まった。
………この耳鳴りも。
「……先輩?」
呼ぶ声に首を動かせば、顔を覗き込んできている一回生。
こいつ、まだいたのか、と思いつつ、修兵はその顔に煙を吹きかけた。
案の定、派手に咽返る。
「っげほ、げほっ! ぇほっ! 何するんスか、あんた!!」
「……嫌がらせ」
「うわっ、腹立つ!!」
「腹立ててくれなきゃ意味がねぇよ」
修兵の言葉に、一回生はこれでもかと言うほどに唇を尖らした。
自分と同じぐらいに目付きが悪いのに、随分とよく表情を変える。
こういうのなら、きっと少しは人と馴染み易いのだろうなと関係ない事を考えた。
「っつーか、どうかしたんスか? ぼけっとしてましたよ」
「……そうか?」
「そっスね」
「…そうか」
二度目は確認ではなく、納得して呟いた言葉だった。
一回生はそれを聞いて、眉間に皺を寄せる。
何故目の前の後輩がそんな顔をするのか判らなかった。
「……なんか、顔色悪いっスね」
「お前にそれが判るのかよ」
「や、確かに半分はそんな感じするなっていうもんですけど」
「……俺はもともと、血色悪いんだ。オマケに今はこれだからな」
「あ……あー……」
自分の顔の右半分を指差して言えば、一回生はバツが悪そうに頭をかいた。
今度のは嫌がらせでもなんでもなく、ただそう思っているから言っただけに過ぎない。
ひょっとしたら何か含んでいるように聞こえたかも知れないが、修兵は何も言わなかった。
フォローした所で、別段何かが変わるわけでもないのだ。
恐らくこの一回生は、自分たちを庇った所為で負った傷だと思っているのだろう。
確かに一回生を逃がし、救援が来るまでの時間稼ぎとしてその場に残り、結果受けた傷痕だ。
けれども、この一回生が考えている事と、今言った台詞とはなんの関係もない。
大概嫌な先輩だなと修兵は思った。
誤解されるような事ばかり言って、それについてなんの弁明もしない。
こんなのだから今も昔も敬遠されているのだろう。
それについて、特に感慨は浮かばないけれど。
「……先輩」
「なんだ」
「…すんません」
「……別に、どうでも」
案の定、修兵が予想していたように、一回生は頭を下げて謝って来た。
素っ気無い返事をしてから、修兵はまた空を仰ぐ。
「お前にゃ関係ない話だ」
「……関係なくないです。俺も其処にいました」
「それでも関係ない話だ」
「でも」
「煩い」
尚も言い募ろうとする後輩の言葉を、修兵は断ち切った。
空を見上げたままなので、後輩が今どんな顔をしているのかは判らない。
正直、それを考えることすら面倒臭かった。
やっぱり、自分は随分と無気力になっているらしい。
もともと人を気遣えるような出来た人間ではなかったが、最近はそれが輪をかけて酷くなっている気がする。
煙草を咥えたままで立ち上がって、場所を変えることに決めた。
無言で行動を起こした修兵に、一回生は驚いた声を上げた。
「せ、先輩!?」
「…煩ぇっつってんだろ」
「そりゃすいません、けど、あの…!」
何を言いたいのか自分でも纏まっていないのだろう。
おろおろと言葉を捜す一回生をちらりと見遣って、修兵はすぐに踵を返して歩き出した。
まだ授業中だから、誰かと鉢合わせたりする事はないだろう。
この校舎裏は静かで良い場所だったのだが、今日は駄目だ。
他にいい場所はなかったかと思いつつ、修兵は脚を進めていく。
だが数歩進んで、脚を止めた。
不思議に思ったのだろう一回生が追いかけてきて、隣に並ぶ。
先輩? と呼ぼうとしたのだろう、一回生が口を開いた直後だった。
「見ろよ、疫病神がいるぜ」
校舎裏と裏庭を繋ぐ狭い隙間から、数人の六回生がこちらを見ていた。
その口元は笑みに歪められており、見る者の不快を誘う。
けれども修兵は、何を思う事もなく、ただ彼等を見詰めていた。
空ろなその瞳に、彼等が何を思ったのか、修兵は知らない。
知るつもりもない。
「あれ、一回生じゃねぇか」
「おい一年、檜佐木と一緒にいねぇ方がいいぜ」
はぁ!? と、大袈裟な声が隣から聞こえた。
「檜佐木と一緒にいると死んじまうぞ」
アハハ。
あはははは。
そんな笑い声を上げながら、六回生達は校舎へと入っていった。
素行が悪いと評判の者達だったから、恐らく彼等もサボりなのだろう。
暇人なんだなと思いつつ、今は自分もそう見えるのかとぼんやり思った。
煙草の煙がぼんやりと流れて、そのまま消えていく。
何処か現実から切り離されている自分の心情を表しているようで、少し可笑しかった。
と、其処で、突然強い力で肩を掴まれた。
一回生だ。
「先輩、なんなんスか、あれ!!」
耳元で怒鳴るそれに、修兵は耳が痛くなった。
「何って、見ての通りだろ」
「なんスか、言い返しもしないで! 腹立たないんスか!?」
「……腹立てたって疲れるだけだろ」
「あれ、露骨に嫌がらせじゃないですか!!」
其処まで気にする事でもないだろう、と言えば、何処が!! とまた怒鳴られた。
何故この一回生が激昂するのか、修兵は首を傾げた。
それがまた、目の前の男の苛立ちを煽ってしまったらしい。
相手が先輩だと言う事を気にもせず、一回生は修兵の胸倉を掴み上げた。
少し喉が仰け反って、紅の向こう側の蒼が視界を埋め尽くす。
「なんでそんな平然としてられんだよ! なんで腹立てないんだよ!?」
「……事実じゃねぇか。腹立てたってしょうがねぇ」
「事実!? ンな訳あるか、噂ってのは80%作り話で出来てんだよ! あれの殆ど、嘘じゃねぇか!!」
「……嘘?」
「そうだよ! あんた自分の事だろ、なんでそんなぼーっとしてられんだよ!!」
ぼーっとして。
ぼーっと。
ああ、やっぱりぼーっとしているのか。
最近ずっとそうだ。
ずっとぼんやりして、空ばかり見上げている。
授業をサボって、煙草を吹かして、煙を吸って吐いて、空を見て、ぼーっとしている。
ああ、まただ。
また耳鳴りがする。
キーンって高い音の耳鳴り。
ザーってノイズみたいな耳鳴り。
ドンドンって重低音の耳鳴り。
どれも大して変わらない。
どれも鬱陶しいだけの事だ。
「嘘じゃねぇよ」
呟いた言葉は、大して大きくなかったけれど、一回生には聞こえたらしい。
あまりにも断定とした言葉だったからだろうか、驚いたように目を見開く。
『見ロヨ、疫病神ガイルゼ』
「嘘じゃねぇ」
だって彼はなんで死んだ?
だって彼女はなんで死んだ?
どうして自分だけ生きている?
答えられるものなら答えてみろ。
教えてくれるのなら教えてくれ。
あいつらが死んだ理由を、俺が生きている意味を。
「あいつらは、おれがころした」
嘘だというなら、教えてくれ。
なんであいつらは死んだんだ?
まるで生贄のようにして。
続く
「自分だけよくもまぁ、のうのうと生きていられるよな」
そんな声が聞こえて、修兵は脚を止めた。
けれども、すぐに何事もなかったかのように歩き出す。
表情を変える事をしないままで。
もともと、自分はあまり表情筋が動く方ではない。
よくつるんでいた彼と彼女には何故だかなんでもばれてしまうのだが、
それ以外の者―――この霊術院で教鞭を振るう者でさえも、自分は扱い難いと見ているらしい。
理由は簡単、常に仏頂面でいるからだ。
ボソボソとした小さな声は、それでも何故か鼓膜をしっかりと震わせる。
こういう時、小声と言うのは秘密裏な内容を隠す為のものではないのだと思う。
聞こえるか否かの声で、それでも聞こえるように囁かれるものなのだと。
左手に次の授業の教科書を持ったままで、修兵はさてどうしようかと天井を仰いだ。
授業を二、三度サボった所で、別段悪い評価が受けるような成績は残していない。
此処に入る時に二度ほど落ちたのは事実であるが、それ以降は、所謂順風満帆というものか。
青春を謳歌しているというものではないけれど、多少の事で注意を受けるような事はない。
それ故、やっかみを買う事もあるが、修平の心にはそれの片鱗さえも残らなかった。
だから先程の言葉も、それの延長と思えば易いものであった。
「見ろよ、檜佐木だぜ」
「あんまり寄るなよ、俺らも殺されるぞ」
噂が噂を呼ぶとは思わないが、尾鰭背鰭が着くのは最早致し方ない事なのだろう。
だが根も葉もないとは言い切れない――――否、言わない。
今自分に向けられている視線が孕む感情は、全て自分が根本で原因を作ったのだから。
「可哀想になぁ、蟹沢。青鹿の奴も」
「この間の一回生の実習だろ? 惨かったらしいぜ」
「巨大虚が出たんだってな。ついてねぇなぁ」
ああ、確かについていなかったなと修兵は思った。
まさかあそこで巨大虚の襲撃を受けるとは夢にも思っていなかった。
多少のアクシデントは何に置いてもつき物であるが、あれ程の事に見舞われたのは、あれが初めてだ。
あの瞬間、あまりにも唐突な出来事に、状況判断が数秒遅れた。
その数秒が命取りになると判っていた筈なのに、だ。
故に、彼等は死んだのだ……。
「なぁ、現世じゃ死神ってのは地獄に連れて行く奴の事を言うらしいぜ」
「なんだ? 急にそんな事」
「だからさぁ」
言葉を其処で区切って、冷たい視線を背中に感じた。
「きっとああいう奴が、その死神になるんだろうと思ってさ」
-------------------------------------------------------------------
授業に出る気にならなくて、一目につかない校舎裏へと修兵は赴いた。
顔の右半分は、まだ包帯が取れない。
取れるわけもないだろう、あれだけ深かったのだから。
幸運にも護廷十三隊で補給・救護担当の四番隊に見て貰い、治療を受ける事が出来た為、
右半分の顔の肉が崩れたりなどという惨たらしい事にはならずに済んだ。
ただ右目は完全に死んでしまったらしいけれど、それぐらいは易い代価だと思った。
包帯は毎日取り替えないと持たない。
最初の頃など、一日の間に何度も何度も取り替えていた記憶がある。
ふとした瞬間に傷が痛み出して、其処からまた出血していたからだ。
今など、かなり落ち着いた方である。
それを見ていた四番隊の隊員は、この修兵の容態を、物理的な傷の深さだけではないと言った。
意味が判らずに黙っていたら、宥めるように肩を叩かれた。
適当な石の上に座って、修平は制服の袂を漁る。
手に触れたものを取り出せば、煙草とマッチ箱。
あの日を境に、これに手を出した。
顔に刺青なんて彫っているが、割合真面目で通していたのだ。
最も、興味がなかったわけではなかったけれど。
咥えて火を点け、目一杯吸い込む。
最初は咽てばかりだったが、今ではすっかり慣れてしまった。
「………不味ぃ……」
呟きとは矛盾して、思い切り煙を吐いた後、そのまま吸い続ける。
煙草は百害あって一利なしと聞いた事があるが、そうでもないなと最近思うようになった。
確かに吸っていれば脳細胞の死滅や、肺機能が落ちるのは確かであろうが、引き換えに精神を落ち着けてくれる。
一種の麻薬と同じ効果だと理解してはいるのだが、これは止められそうにない。
……それとも、いつか全てを忘れ去ることが出来たら、止められるのだろうか。
きっと訪れないだろう日の事を思いながら、修平はそれまで律儀に持っていた教科書を放り投げた。
と。
「あいてっ」
ぱこん、と軽い音がした後、間抜けな声が聞こえた。
どうやら、先客がいたらしい。
声の出所は、修兵が座っていた石の後ろ側にあった茂みの、そのまた向こう側。
放り投げた教科書は、意外と遠くまで飛んで行ったらしかった。
「なんだ、誰だぁ? ………って……」
がさがさと煩い音を立てながら、真紅が顔を覗かせた。
その紅には、見覚えがあった。
「檜佐木先輩じゃないスか。何してんですか、こんな所で」
「……テメーがそれをいうのか」
「あ、煙草。先輩もそんなのやるんスね」
「おい、こっちの質問に答えろ、一年坊」
噛みあわない話を続けながら、声を出したのはいつ振りだろうかと考えた。
喉が引き攣ったから、随分と久しぶりの事ではないだろうか。
「あ、俺が一年だって覚えててくれたんスか」
「……その派手な頭」
言えば、あ、そっか、とその派手な頭の一回生は納得したようだった。
本当は、それ以外にも覚えている理由はある。
あの日、あの時、あんな無茶をした三人のうちの一人だったから。
「やー、先輩も人の子なんですね。サボりなんかするなんて」
「……俺がそんなに真面目な野郎に見えるのか」
「……そっスね」
あまりにも素直な返事。
普通此処では、体裁を気にして言葉を濁すぐらいするのではないのか。
だが目の前の派手な頭の一回生は、あっさりと肯定の言葉を述べた。
「あの場にお前がいたなら、お前は特進クラスだろ。いいのか、サボって」
「先輩こそ」
「俺は成績優秀だから」
「…そースね、なんせ六回生筆頭ですもんねぇ」
「で、俺の質問にはいつ答える気だ?」
軽く睨みながら言うと、一回生はうーんと空を仰いだ。
それからガリガリを頭を掻いた後で、
「なんか、出る気になれなかったんで」
返された言葉に、修兵はそうか、とだけ呟いた。
ならば自分も同じであると、それは言わなかったが。
自分から質問したことだったが、修兵は大して気にしていた訳ではなかった。
多分、一人の時間を邪魔された腹いせに、意味の無い質問をしたのだろうと自分で今更分析した。
一回生も聞いてくる様子がないから、ならば言うつもりはなかった。
「にしても、それ」
「あん?」
「煙草、吸うんスね」
「……最近な」
へぇ、と一回生は声を漏らした。
真面目そうではないと言った割には、こういう所は想像していなかったのだろうか。
確かに六回生筆頭等と言う肩書きがあると、生真面目とか堅苦しいとかイメージがつくようだが。
ふぅっと吹き出した煙が大気を汚して、そのまま消えていった。
それをぼんやりと眺めながら、修兵は午後の授業をどうするかと考える。
やはり出席する気にはなれないが、さぼったと知られると後が面倒だろう。
あれこれと詮索される事はないだろうが、後々の手間を考えると、四番隊に行った方が楽だろう。
顔の右半分を覆う包帯の事もあるから。
けれども今は、其処へ行く事さえ面倒臭かった。
自分は、こんなにも無気力な人間だっただろうか。
感動屋という訳ではないが、もう少し違っていたように思う。
いつからこうなったのだろうかと考えて、ああ、あの日からだと直ぐに合点が行った。
あの日を境に煙草を初めて、あの日を境に授業をサボり始めて、
あの日を境に世界は色を失って、あの日を境に体中の力が抜けて行ったのだ。
全てはあの日に始まった。
………この耳鳴りも。
「……先輩?」
呼ぶ声に首を動かせば、顔を覗き込んできている一回生。
こいつ、まだいたのか、と思いつつ、修兵はその顔に煙を吹きかけた。
案の定、派手に咽返る。
「っげほ、げほっ! ぇほっ! 何するんスか、あんた!!」
「……嫌がらせ」
「うわっ、腹立つ!!」
「腹立ててくれなきゃ意味がねぇよ」
修兵の言葉に、一回生はこれでもかと言うほどに唇を尖らした。
自分と同じぐらいに目付きが悪いのに、随分とよく表情を変える。
こういうのなら、きっと少しは人と馴染み易いのだろうなと関係ない事を考えた。
「っつーか、どうかしたんスか? ぼけっとしてましたよ」
「……そうか?」
「そっスね」
「…そうか」
二度目は確認ではなく、納得して呟いた言葉だった。
一回生はそれを聞いて、眉間に皺を寄せる。
何故目の前の後輩がそんな顔をするのか判らなかった。
「……なんか、顔色悪いっスね」
「お前にそれが判るのかよ」
「や、確かに半分はそんな感じするなっていうもんですけど」
「……俺はもともと、血色悪いんだ。オマケに今はこれだからな」
「あ……あー……」
自分の顔の右半分を指差して言えば、一回生はバツが悪そうに頭をかいた。
今度のは嫌がらせでもなんでもなく、ただそう思っているから言っただけに過ぎない。
ひょっとしたら何か含んでいるように聞こえたかも知れないが、修兵は何も言わなかった。
フォローした所で、別段何かが変わるわけでもないのだ。
恐らくこの一回生は、自分たちを庇った所為で負った傷だと思っているのだろう。
確かに一回生を逃がし、救援が来るまでの時間稼ぎとしてその場に残り、結果受けた傷痕だ。
けれども、この一回生が考えている事と、今言った台詞とはなんの関係もない。
大概嫌な先輩だなと修兵は思った。
誤解されるような事ばかり言って、それについてなんの弁明もしない。
こんなのだから今も昔も敬遠されているのだろう。
それについて、特に感慨は浮かばないけれど。
「……先輩」
「なんだ」
「…すんません」
「……別に、どうでも」
案の定、修兵が予想していたように、一回生は頭を下げて謝って来た。
素っ気無い返事をしてから、修兵はまた空を仰ぐ。
「お前にゃ関係ない話だ」
「……関係なくないです。俺も其処にいました」
「それでも関係ない話だ」
「でも」
「煩い」
尚も言い募ろうとする後輩の言葉を、修兵は断ち切った。
空を見上げたままなので、後輩が今どんな顔をしているのかは判らない。
正直、それを考えることすら面倒臭かった。
やっぱり、自分は随分と無気力になっているらしい。
もともと人を気遣えるような出来た人間ではなかったが、最近はそれが輪をかけて酷くなっている気がする。
煙草を咥えたままで立ち上がって、場所を変えることに決めた。
無言で行動を起こした修兵に、一回生は驚いた声を上げた。
「せ、先輩!?」
「…煩ぇっつってんだろ」
「そりゃすいません、けど、あの…!」
何を言いたいのか自分でも纏まっていないのだろう。
おろおろと言葉を捜す一回生をちらりと見遣って、修兵はすぐに踵を返して歩き出した。
まだ授業中だから、誰かと鉢合わせたりする事はないだろう。
この校舎裏は静かで良い場所だったのだが、今日は駄目だ。
他にいい場所はなかったかと思いつつ、修兵は脚を進めていく。
だが数歩進んで、脚を止めた。
不思議に思ったのだろう一回生が追いかけてきて、隣に並ぶ。
先輩? と呼ぼうとしたのだろう、一回生が口を開いた直後だった。
「見ろよ、疫病神がいるぜ」
校舎裏と裏庭を繋ぐ狭い隙間から、数人の六回生がこちらを見ていた。
その口元は笑みに歪められており、見る者の不快を誘う。
けれども修兵は、何を思う事もなく、ただ彼等を見詰めていた。
空ろなその瞳に、彼等が何を思ったのか、修兵は知らない。
知るつもりもない。
「あれ、一回生じゃねぇか」
「おい一年、檜佐木と一緒にいねぇ方がいいぜ」
はぁ!? と、大袈裟な声が隣から聞こえた。
「檜佐木と一緒にいると死んじまうぞ」
アハハ。
あはははは。
そんな笑い声を上げながら、六回生達は校舎へと入っていった。
素行が悪いと評判の者達だったから、恐らく彼等もサボりなのだろう。
暇人なんだなと思いつつ、今は自分もそう見えるのかとぼんやり思った。
煙草の煙がぼんやりと流れて、そのまま消えていく。
何処か現実から切り離されている自分の心情を表しているようで、少し可笑しかった。
と、其処で、突然強い力で肩を掴まれた。
一回生だ。
「先輩、なんなんスか、あれ!!」
耳元で怒鳴るそれに、修兵は耳が痛くなった。
「何って、見ての通りだろ」
「なんスか、言い返しもしないで! 腹立たないんスか!?」
「……腹立てたって疲れるだけだろ」
「あれ、露骨に嫌がらせじゃないですか!!」
其処まで気にする事でもないだろう、と言えば、何処が!! とまた怒鳴られた。
何故この一回生が激昂するのか、修兵は首を傾げた。
それがまた、目の前の男の苛立ちを煽ってしまったらしい。
相手が先輩だと言う事を気にもせず、一回生は修兵の胸倉を掴み上げた。
少し喉が仰け反って、紅の向こう側の蒼が視界を埋め尽くす。
「なんでそんな平然としてられんだよ! なんで腹立てないんだよ!?」
「……事実じゃねぇか。腹立てたってしょうがねぇ」
「事実!? ンな訳あるか、噂ってのは80%作り話で出来てんだよ! あれの殆ど、嘘じゃねぇか!!」
「……嘘?」
「そうだよ! あんた自分の事だろ、なんでそんなぼーっとしてられんだよ!!」
ぼーっとして。
ぼーっと。
ああ、やっぱりぼーっとしているのか。
最近ずっとそうだ。
ずっとぼんやりして、空ばかり見上げている。
授業をサボって、煙草を吹かして、煙を吸って吐いて、空を見て、ぼーっとしている。
ああ、まただ。
また耳鳴りがする。
キーンって高い音の耳鳴り。
ザーってノイズみたいな耳鳴り。
ドンドンって重低音の耳鳴り。
どれも大して変わらない。
どれも鬱陶しいだけの事だ。
「嘘じゃねぇよ」
呟いた言葉は、大して大きくなかったけれど、一回生には聞こえたらしい。
あまりにも断定とした言葉だったからだろうか、驚いたように目を見開く。
『見ロヨ、疫病神ガイルゼ』
「嘘じゃねぇ」
だって彼はなんで死んだ?
だって彼女はなんで死んだ?
どうして自分だけ生きている?
答えられるものなら答えてみろ。
教えてくれるのなら教えてくれ。
あいつらが死んだ理由を、俺が生きている意味を。
「あいつらは、おれがころした」
嘘だというなら、教えてくれ。
なんであいつらは死んだんだ?
まるで生贄のようにして。
続く
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