例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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introduction 01






高校はギリギリで合格した。

正直、落ちちまえと思っていた。
その方が就学時間がどうのこうのと煩くないし、音に集中できる時間が増える。
学校なんか行っていたら、一日の半分はそれに費やされて、弦に触れる時間が減るから。

……だけれど、合格通知を見て喜んでくれる人達を見ていたら、そんな事を考えていたなんて億尾にも出せなくなった。


受験の為に金も払って、入学するのに金を払って、授業料も払って。
そうした金銭を賄ってくれているのは、家出した自分をずっと世話してくれている人達。
返済なんて当面期待できない自分にそんな事をしてくれる理由は、本当に純粋なる好意。

だったら行かなきゃ勿体無いし申し訳ない。
面倒くさくて仕方がなくても、サボってばかりでも、最低限の単位ぐらいは取っておこうと思うのは、その為だ。




けれども、学校は退屈で、授業は面倒で、周りの同じ年のクラスメイトは皆ガキ臭くて。
ああやっぱ受験なんかするんじゃなかった、なんで合格しちまったかなと思う日々が増える。




高校生になってから一年間の間に、起こした問題は数知れず。
入学式一日目に喧嘩をして(売られたので買った)、三日目に授業を抜け出して、七日目に三年生を殴った(因縁を吹っかけてきたのは向こうだ)。
一年最後の頃には、卒業式を終えた三年生と乱闘騒ぎ(これもやっぱり向こうが吹っかけてきた)。

それでも無事に単位は足りて(休み前は補修の嵐だったけど)、二年生に進級した。
周りからはなんで止めないんだよとか、なんでこのクラスなんだよとか、ヒソヒソ囁かれていたけど、無視した。
その頃にはもう、周囲とは随分距離が出来ていて、話しかけてくるのは片手で足りる数になっていた。


二年生になってから暫くの間、学校に行かなかった。
ヒソヒソ話に嫌気がさしたとかじゃない、そんなものには慣れていた。
行く意味がないような気がしたから、行くのを止めた。



部屋に篭って音を鳴らしてばかりの日々が続いた。

音に触れている間はいい。
何も考えなくていい。
音の事だけ考えて、音だけ感じていればいい。



面倒を見てくれる人達は自分の性質をよくよく理解してくれているから、音に触れている間は何も言わない。
頃合を見てご飯よだとか、お風呂空いたわよとか、そろそろ寝ないとクマが出来ちゃうわよとか―――――そんな事を、好きにしてくれていいんだよという空気と一緒に告げに来る。

折角進級できたのにとか、お金が勿体無いとか、そういう事は本当に何も言わなかった。
学校に行っていた頃と同じように接してくれて、好きにさせてくれるから、其処はとても居心地が良かった。
思えば家出の理由だって一度も聞かれた事がない、転がり込んだ時からずっとそうだった。





もう一度学校に行くようになったのは、五月の終わりから。
なんの気紛れかは自分でもよく判らなかったが、なんとなく気分が其方へ向いた。

音に触れることに飽きてはいなかったが、部屋に篭るのに飽きたのかも知れない。
五月病がようやく去っていったのかも知れないし。
いや、それは結局どうでも良いのだ、早い話が気紛れであったと言う訳で。



一月か一月半か。
とにかくそれ位振りに教室のドアを開ければ、クラスメイトの姿勢は一斉に此方に集まった。
集まってヒソヒソ話が始まったがそれだけで、声をかけてくる者はなかった。


ヒソヒソ話を無視して適当に席について、ふと。
一人の生徒の所に女子生徒が集まっているのが見えて、なんとなく気になって、それを遠目を凝らして見た。

見覚えのない男子生徒が其処にいて、他のクラスの奴かと思ったがそういう訳でもないようで、教室内にその男子は馴染んでいた。
一月以上教室に来ていない自分よりもずっと、其処に溶け込んでいるように見えた気がして――――いやそうでもないなと、なんとなく思った。
思った限りで、それ以上その生徒の事は気にしなくなった。






久しぶりの教室はやはり退屈で。
久しぶりの授業はやはり詰まらなくて。

久しぶりの学校と言う空間は、やっぱり息が詰まる。







休憩時間に、隣のクラスの女子生徒が来た。
新聞部の女子で、この生徒は物怖じしないで声をかけてくる。

久しぶりに見た人間に、彼女はいつも持ち歩いているカメラを構えながら質問攻めして来た。
何処いたの何してたのなんで来たの、なんか面白いことない? と。
何もねーよと言ってやれば拗ねた顔をして、それじゃネタにならないじゃないと言ってくる。
オレをネタにすんなと言っても彼女は聞かない、いつもの事だ。


適当に彼女の言葉に返事をしていると、ふと。
あの見覚えのない男子生徒と目が合って、彼はへらりと笑った。
なんだかそのヘラヘラ笑いが癪に障って、眉間に皺を寄せて目を逸らした。

女子生徒は目敏くそれを見つけて、その見覚えのない男子生徒が、三週間前に入ってきた転校生であると説明した。
あっそ、とだけ返して、もうそれ以上教室にいる気にならなくて、席を立った。



一年生の頃から気に入っていた昼寝場所で、それからはずっと過ごした。





放課後になって帰ろうとしていたら、あの男子生徒が声をかけてきた。






「はじめまして、だよね」






そう言った彼は、あのヘラヘラ笑いを浮かべていた。
見た瞬間にまた腹が立った。






「お前、気に入らねェよ」






はじめましても宜しくお願いしますも、言わなかった。
思ったことだけ言い切って、それ以上は其処にいなかった。

背中を向けてグラウンドに置き去りにして行った間、彼がどんな顔をしていたのかは知らない。
どうせ当たり障りのない面してんだろうと思ったら、また腹が立った。









帰ってから、音を鳴らした。
とにかく鳴らした。
酷い音で、鳴らしまくった。


無性にムシャクシャしていて、それは全部音に出た。
構わずに弾き続けて、その内、弦が一本切れた。


張り直してまた弾いた。
酷い音が出続けた。
聞いちゃいられないような音が鳴り響いた。

散々な音が鳴っているのに、面倒を見てくれる人達は何も言わなかった。
いつもと同じように頃合を見て夕飯に誘ってくれて、ただその日の夕食は自分の好きなものばかりだった。
でもやっぱり何も言わなくて、夜中になるまで滅茶苦茶な音を鳴らしてしまうのは気が引けて―――――でも止められそうになかったから、ヘッドフォンで自重した。




一晩、鳴らした。
一晩、酷い音が出た。

何をそんなにムシャクシャしていたのか、それは判らなかった。
ぶつけ所が判らないのが、余計に苛々させていた。
だから多分、一晩ずっと酷い音が出て、鳴らし続けていたのだと思う。






気に入らねェよ。


時々、自分が言った言葉が蘇った。
何故だろう、と考えて。

あれは半分、自分に向けて言った言葉だったんだと、随分経ってから感じた。




気に入らねェよ。
誰にでも良い面してんのが。

気に入らねェよ。
誰も判りゃしねェなんて自己陶酔が。


気に入らねェよ。
判ってて止められない自分が。
変わりはしないと、斜に構えて見せて諦めてるのが。










鳴らした。
鳴らした。

酷い音をずっと。




ああ畜生、気に入らねェ。
酷い音。














====================================

龍京出会い。「気に入らねェ」をどうしても言わせたかった。
うちの龍京で、京ちゃんが龍麻に対してこの態度というのは珍しい。と言うか初めてかしら。基本的にナチュラルラブだから、この二人。

京一のツンからデレまで移行する期間が書いてて楽しいです。

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バンドネタ 設定


京一 / ベース(ギターも可)
龍麻 / アルペジオ(キーボード)
小蒔 / ギター
醍醐 / ドラム

……葵のポジションが浮かびません。マネージャーでいいかなぁ。アン子はPRに専念してるかな。
…でもって、こう来ると誰がボーカルやるんだろう。やっぱ京一と龍麻で。
ボーカル無しのバックバンドでもいい。

“CROW”はそのままで良いとして、織部姉妹は広島出身の香水(←隠せてない)みたいなのかな。舞子も加わればそのまま完成しそう。
…如月は演歌歌ってそう。直立でスゲー腹式使って歌いそう。吉○三の[雪國]みたいな奴とか。
八剣は……ムード歌謡みたいな感じ。PVの色彩がかなり鮮やかになるんじゃなかろうか、この人は。耽美な動作が似合いそう。
壬生が歌っているイメージが全く浮かばないので、この子もまたマネージャーで。眼鏡のズレ直しながらスケジュール帳開いてる絵が即行浮かんで来ました。


既に芸能事務所に在籍していて、学業と並行しながらバンド活動。ツアーとか始まったら大変。主に京一の成績が(笑)。
バンド傾向はACIDみたいな音楽がいいなー。結構ロック系。低音ゴリゴリ鳴らしたらいい(お前の趣味じゃねえか)。

こういうシチュエーションにしてみると、改めて龍京のシチュが浮かびません。うちの二人は友愛であれ恋愛であれ、ナチュラルにラブラブです。
八京は基本的に八剣→京一からの発展ですね。歌謡祭とかで逢った時に、八剣が京一の事気に入っちゃって。会う度にやたらと付きまとってくるから京一が辟易して、壬生に苦情が来たり(…うちの壬生に苦労人の板がついて来たよ!)。でもいざ連絡が途絶えたりすると、「アイツどうしたんだ?」みたいな。逢った時に「なんで連絡よこさねェんだよ」みたいな話になって、八剣は巡業やらで忙しかっただけで、「寂しかった?」とか八剣に言われて京ちゃん真っ赤になればいい! ……大体いつもそんな展開(笑)。
京一が八剣を段々警戒じゃなくて気にし始めて、その頃になって龍麻が段々モチを焼き始める。焦げた頃に京ちゃんがそれに気付く(←鈍い)。
あと、いい加減に如京も書きたいんですが、やっぱり此処でも喧嘩してる二人しか思い付きません。うちの二人はどうしたら良い仲になるんだろう……


二幕一話の京一が「ベースをやる」って言ってて、弾いてる姿を実際に見てみたかった。
京一は恐らく、楽典云々はまるで頭に入らない気がしますが、自分の感覚だけ信じて行けば荒削りでもそこそこ弾けるんじゃないかと思います。野生の勘で生きてる子(爆)。

2009-正月 チビ京一








去年までなら、大晦日は家のリビングの炬燵でゴロ寝をして、格闘技の中継を見ていた。
家族と―――主に父親と―――炬燵の中の領土争いをしながら。

その家族は、今頃どうしているだろう。








寒くないようにと、渡されたブランケットに包まって。
ソファに座って見ているのは、去年と同じ格闘技の中継。

けれども、一緒に見ている人達は、家族ではなく。






「いやァん、痛そう~」
「あん、またッ」






京一を挟んで悲鳴に近い声を上げているのは、キャメロンとサユリだ。
ソファの背凭れに寄りかかって、京一の後ろに立っているのが、アンジー。
ビッグママはいつものようにカウンターの向こうだ。

今日は珍しい事に師である京士浪もいて、客のいないテーブル席に落ち着いて酒を傾けている。


京一が座るソファの前にあるテーブルには、お菓子の山が乗せられている。
それに時々手を伸ばしながら、京一はテレビ向こうの戦いに見入っていた。






「あッ、あッ、ホラ!」
「切れちゃってるゥ~」
「あ~ん!!」






二人が騒いでいるのも、京一は殆ど気にしていない。
とにかく夢中になって、繰り広げられる激しいバトルを目で追った。



じっと見ていると、格闘家達の動きの癖が見えてくる。

さっき対戦した人は右側のガードが下がり勝ちになっていたし、今戦っている人は反対に左側が甘い。
相手の外国人選手はパワーはあるがフットワークは遅く、一撃一撃が思い代わりに相手のパンチを中々交わせない。
外国人選手は自分の欠点を判っていて誘っており、カウンターを狙っていた。


キャメロンとサユリは、外国人選手の瞼が切れて血が出たことで大騒ぎしている。
だがそれよりも、京一は日本人選手の体力が限界に来ている事の方がドキドキする。

毎年見てはいるものの、贔屓する選手がいる訳でもなく、どちらを応援する訳でもなかったが、どうせなら、やはり日本人に勝って欲しい。




ゴングが鳴って、レフェリーがブレイクを唱える。
選手がそれぞれセコンドに戻り、カメラはそれを追い駆ける。

モニターに映った外国人選手は、瞼に薬を塗ると、問題ない事をセコンドメンバーにジェスチャーで伝えている。
しかし日本人選手の方は息切れが激しく、打たれ続けていた躯も限界を訴えているようだった。


京一はブランケットを手繰り寄せ、ソファの背凭れに寄りかかる。






「負けだな、こりゃ」
「アラ、そうなの?」






溜息交じりに呟いた京一に、アンジーが問いかける。






「目ェ虚ろになってるし、さっきからパンチ当たってねェし」
「でも頑張ってるじゃない。こういうのって、何が起きるか判らないって言うし」
「ンな事言ったって、あっちピンピンしてんじゃねェか。もう無理だろ」






頭の後ろで手を組んで言う京一に、アンジーはそうかしらねェと零す。

負けると思ったら、なんだか少し興味を削がれた。
テーブルの上のお菓子に手を伸ばし、口に放り込んでもごもご噛む。


京一も、去年は最後の最後まで勝負は判らないと思っていた。
どちらが勝つのか家族で話をしていて、ほらやっぱりこっちの勝ちだと父に言われて、ムキになったりもした。

でも家を飛び出てからしばらくして、格闘技を見ていると、大体途中で試合の展開が見えるようになった。
試合が始まる前からどちらが強いか、試合が始まれば選手の癖や隙が、相手がそれを判っているか否か。
判るようになってきて、最後まで試合の展開が判らないと言う事が滅多になくなってしまった。

師に稽古をつけて貰っている成果と言えば嬉しいが、楽しみが一つ減ったような気もしてならなかった。



喉が渇いてジュースに口をつける京一の隣で、キャメロンとサユリがまだ騒いでいる。
去年までなら、痛そうだとかそういう所ではないけれど、自分ももう少し声を上げていたのだろうに。






「きゃあッ」
「いたァい~!」






二人の悲鳴にテレビを見れば、日本人選手がダウンしている。
レフェリーがカウントを取り、数字は順調に上っていく。

やっぱ駄目だな、と京一は少し残念な気持ちで手の中のジュースに視線を落とす。



と。







「――――――まだ終わってはいないぞ………京一」







思っても見なかった声が聞こえた事に驚いて、思わずジュースを零しかける。
含んでいたジュースまで噴出しかけて、慌てて口を噤む。

振り返ってみればアンジーの隣に、いつの間にか京士浪が立っていた。






「終わってない?」






ジュースを飲み込んでオウム返しする。


京士浪は、弟子をちらりと見遣って、また直ぐに視線を前へと戻す。

見ているのがテレビである事は明らかだが、この人物はテレビ等の娯楽を見るような人だったか。
否だと京一ははっきり言い切れる。


京一は数瞬師匠を見上げていたが、京士浪はもう此方を見ない。
なんなんだよ、と口の中で呟く。
口の形が拗ねていることには、気付いていなかった。

仕方なく師匠の反応を待たず、テレビに目を向けてみる。



……向けてから、瞠目した。





もう駄目だと思っていた選手が、カウント9で立ち上がる。
カメラが捉えた選手の瞳はぎらぎらと鋭く、相手選手を睨みつけた。

ファイティングポーズを取る選手に、外国人選手も構える。
いや、外国人選手はずっと戦闘姿勢を解いていなかった。
相手が戦意喪失していないことをずっと知っていたのだ。






「キャ~! 頑張ってェ~!」
「もう少しよ、もう少し!」
「其処で右よォ~!」






キャメロンとサユリが声をあげる。
京一はその真ん中で、大きく瞳を見開いて画面に食い入る。

興味を失いかけていた事など、もう頭の中にない。
立ち上がって防御を捨てたようにラッシュを繰り出す日本人選手に、京一は目を奪われていた。



フラフラだったのに。
さっきだってダウンしたのに。
パンチもろくに当たってなかったのに。

諦めていない、相手も気を緩めていない。
腹に胸に何発も食らいながら、どちらも退かない。


二人の選手が打ち合う合間、一瞬だけ、観客席のある一転がアップされた。

まだ幼い子供を抱えて、祈るように試合を見詰めている黒髪の女性。
多分、きっと、日本人選手の家族。






重い一撃が、外国人選手を襲う。
正面から食らったそれに、選手は地に伏した。

レフェリーがカウントを数え―――――10を数えた瞬間、会場は歓声で包まれる。






「勝ったわァァア~~~!!」
「きゃあ~~~~~ッッ!!」






野太い歓喜の声が上がる。

ブランケットに包まっていた京一の肩に、アンジーの手が置かれた。
見上げれば微笑が其処にあって、予想が外れちゃったわねと悪戯っぽく囁かれる。
それに唇を尖らせれば、アンジーはクスクスと笑った。



それから―――――なんとなく、京一は自身の師を見遣り。
師はそれに気付いているのかいないのか、既に此方に背を向け、酒を置いたままにした席に戻ろうとしていた。

その途中で、京一は師の声を聞く。








「人は、自らがあろうと思う姿で生きるものだ」








負けると思えば、負けるように。
怯えれば、目の前に立ちはだかる物は、恐怖の対象でしかなく。

負けぬと思えば、何度地に落ちても、負ける事はない。



選手がリングの上で大きく手を振る。
その向こうで、黒髪の女性が子供を抱えて大きく手を振った。

それが彼にとって守るべきものであり、その為に強くあろうと生きていく。


守りたいから、強くなる。
守りたいから、負けられない。
守りたいから、自分自身に負けてはいけない。






強く。

何かの為に。
誰かの為に、強く。



幼い京一には、正直、まだよく判らない。
判らないけれど、








………誰よりも強かった父も、だからこそ、強かったのだろうか。

憧れていた広い背中を思い出し、今は此処にいない温もりを、少年は随分久しぶりに思い出していた。









====================================
真面目な話になってビックリだ(爆)。

って言うかこれは正月関係あるのか?
京一は紅白とかより、格闘技見てそうだなーと思ったんですが……


たまには師匠を喋らせようと思って……こんな結果になりました。

ゲームの京士浪は、中学生の京一とマジで下らない喧嘩をしそうですが、龍龍の京士浪は大人で落ち着いてて達観してて、子供の京一とムキになって張り合うことはなさそう。
…と思ってたら、難しい話を遠まわしに喋るイメージが出来上がってしまいました。

こんな師匠だけど、うちの京ちゃんはなんだかんだで師匠の事が好きです。

2009-正月 八京





もう直に今年が終わると言うのに、この空間の主にとっては来訪客である少年は、勝手知ったる空間とばかりに炬燵で丸くなって動かない。

………別に、それは良いのだけれど。






「参拝とかは行かないのかい? 京ちゃん」






炬燵の向かい側で蜜柑の皮を向きながら問うてみる。

京一は暫く無言のまま、炬燵のテーブルに頭を乗せて目を閉じていた。
が、綺麗に向き終わった蜜柑を差し出すと、ぱかりと瞼が持ち上がる。






「別に」
「友達からお誘いがあるじゃないのかい?」






判っていても妬いてしまう程、京一は真神のメンバー達とよく一緒にいる。
同じ学校に在籍していて、普段から何かとつるんでいて、死線を潜り抜けてきたメンバーだから当たり前だ。

だからてっきり、年末年始も彼らと過ごすものだと思っていた。
各々の用事は勿論あるだろうが、大晦日か元旦か、どちらにせよ、埋まっているものだと八剣は思っていた。
京一にその気がなくても、誰かが声をかけるだろうとか、乗り気じゃなくても連れて行かれるとか。


しかし八剣の予想に反し、京一はもう一度「別に」と言った。






「大体、こんなクソ寒ィ時にあんな人ゴミなんぞ行きたかねェし」






つけっ放しにしていたテレビは、丁度、織部神社からの中継を映し出していた。
確か此処で巫女をしている双子姉妹も、京一達の仲間だ。


今年の参拝者は約何万人、と言うアナウンサーの声に、京一は益々行く気が失せているようで、






「やっぱ行くモンじゃねェな」






蜜柑を口に放り込んで、チャンネルを弄りながら京一は呟く。






「………じゃあ、今晩は何処に行く予定もないって事かな」
「ま、そーいうこったな」






甘酸っぱい蜜柑は、どうやら京一のお気に召してくれたらしい。
テレビのチャンネルをバラエティに合わせて、速いペースで蜜柑を食べる。

もう一つ、剥き終わった蜜柑を京一の前に置いた。
何も言わずとも京一が遠慮をする様子はなく、先に食べていたものななくなると、直ぐに二つ目に手をつける。
綺麗に筋まで取られた瑞々しいオレンジ色は、瞬く間に京一の口の中に納まっていった。


八剣は三つ目の蜜柑も剥いた。
剥いて、やはり筋も綺麗に取って、京一の前に置く。

それに再び手を伸ばしかけて、京一は八剣を見た。






「お前は食わねェのかよ」
「ああ、いいよ」






言って、八剣は炬燵から出て立ち上がる。
くるりと炬燵の横を回って、







「俺はこっちを貰うから」







すとん、と。
京一の後ろに腰を下ろして、少年の体をすっぽり腕に包んで言った。



言われた意味を理解しかねたか、いや理解したくないのか。
八剣の動向を見守っていた所為で、京一の首はくるんと巡られ、八剣の顔に向けられている。

手に蜜柑を持ったまま、男の腕に囲われて。
きょとんとしている顔が、眉間の皺がない所為もあるだろう、ずいぶん幼く見える。


その、常よりも険のない瞳を見下ろし、微笑んでみせれば、








「バ………ッカか、テメェッ!!」








高い声で京一が怒鳴る。
危うく蜜柑を潰しかけながら。

それにやはり、漏れるのは笑みで。





口付けて絡めた舌は、甘酸っぱい味がした。








====================================
このまま姫始めしてればいいよ(爆)。
…男同士は「殿始め」って言うことあるらしい…

うちの八剣は、京ちゃんに何か“してあげる”のが好きですね。
蜜柑の筋なんて俺取らないよ(笑)。気にしない。つか栄養は此処にあるんですぜ(関係ない)

2009-正月 龍京






初詣に皆で行こうと言い出したのは、小蒔だった。
それに最初に賛成したのが遠野で、葵もいいわねと言って頷いた。

言い出したのが小蒔だから、勿論醍醐が否やを言う訳がない。
意外と皆揃うのが好きな龍麻も行くと言った。


そんな中で一人、行かないと言ったのが京一だ。






「……だってェのに、なんでオレァ此処にいるんだ」






人でごった返す花園稲荷の入り口。
其処で赤い鳥居を見上げながら、京一は溜息を吐いた。



人ゴミに行くのは嫌だと言ったのに。
そもそも寒ィから御免だと言ったのに。

どうして此処にいるのか、自分の事なのに全く判らない。


……否、判っている。
隣で、この寒空の下で冷たい苺牛乳なんてものを飲んでいる相棒の所為だ。






「折角なんだから、皆でお参りしたかったんだ」






京一を『女優』から連れ出す時と、一言一句変わらぬ理由を、再び述べる龍麻。
そんな彼をじろりと見遣れば、ふわふわ笑みを浮かべている。

この笑顔が曲者だ。
怒鳴りたくなっても怒鳴る気が失せる、悪気はないのだと相手に思わせる。
京一もその一人であって、人ゴミの中寒空の下だと思っても、拳を上げることさえ出来ない。

しかし何もしないのも癪なので、木刀の先で龍麻の頭を軽く小突いてやった。






「オレは行きたくねェっつっただろうが」
「いいじゃん。大晦日ぐらい付き合ってくれても」
「普段オレがどれだけお前に付き合わされてんのか、テメェ判ってねェだろ」






その“付き合わされている”中には、京一自ら首を突っ込んだものもある。

寧ろ相手に“付き合わされている”数なら、龍麻の方が上かも知れない。
“歌舞伎町の用心棒”に売られる喧嘩の殆どに、龍麻の存在はあった。
…まぁ、それも京一が「付き合え」と言った訳ではなく、ほぼ龍麻自主的の参加であるので、結果はお相子か。


ぐいぐい木刀の先で龍麻の頬を押してやる。
止めてよ、と言われた、京一は気にしなかった。






「本当だったら今頃、寝正月でのんびりしてたってのによ」
「駄目だよ、怠けちゃ」
「正月ぐらいゆっくりさせろってんだよ」






別に、普段から忙しない生活をしている訳ではないけれど。
12月の頭からなんだか自分達の周りは随分慌しくて、あまりゆっくり出来た気がしない。
高校三年生としての生活が終わりを向かえ、大学受験だの就職だのと騒がしくなってきた上に、拳武館との抗争だ。
毎年の年末年始より疲れたのは間違いない。

……それらの理由がなかった所で、京一がこの初詣に乗り気でないのは変わらなかっただろうが。






「オマケにあいつら遅ェしよ!」






来る気配のない仲間達に、京一は憤慨したように言う。






「美里さん、振袖着てくるって言ってたよ」
「ふーん」
「桜井さんと遠野さんも着てみたいって言ってたから、一緒に着付けして貰ってるんじゃない?」






醍醐は、恐らくそんな彼女達と一緒に来るだろう。
彼のことだから、小蒔を迎えに行くぐらい苦ではない。

その間、此処で男二人は待ち惚けにされているのだが。



溜息を吐けば、白い息がゆらゆら揺れて消える。
木刀を持っている為に外気に晒されている手が悴んで痛い。



待ち合わせ時間は過ぎた。
だから余計に京一は苛々している。

けれども、龍麻はマイペースなもので、






「もう少ししたら来るよ、多分」






言って、鳥居に寄りかかる京一の横に立って。
外気に晒されている手に、自分の手を重ねる。

京一は判り易く眉間に皺を寄せて、龍麻を睨んだ。






「だから一緒に待っていようよ、京一」






後少し。
もう少し。

一緒に、此処で、二人で。


握った手をそのままに、睨む相棒の強い眼差しを、正面から受け止めて。
告げる相棒に、やがて険は抜けて行き。









……仕方ねェなと呟く親友に、もう少しだけ皆遅れてくれないかなと、握った冷たい手を見て思った。










====================================
書く度にシチュエーションに困る龍京(笑)。

こいつらは年末年始もずっとこんな調子です。
ナチュラルラブ。