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高校はギリギリで合格した。
正直、落ちちまえと思っていた。
その方が就学時間がどうのこうのと煩くないし、音に集中できる時間が増える。
学校なんか行っていたら、一日の半分はそれに費やされて、弦に触れる時間が減るから。
……だけれど、合格通知を見て喜んでくれる人達を見ていたら、そんな事を考えていたなんて億尾にも出せなくなった。
受験の為に金も払って、入学するのに金を払って、授業料も払って。
そうした金銭を賄ってくれているのは、家出した自分をずっと世話してくれている人達。
返済なんて当面期待できない自分にそんな事をしてくれる理由は、本当に純粋なる好意。
だったら行かなきゃ勿体無いし申し訳ない。
面倒くさくて仕方がなくても、サボってばかりでも、最低限の単位ぐらいは取っておこうと思うのは、その為だ。
けれども、学校は退屈で、授業は面倒で、周りの同じ年のクラスメイトは皆ガキ臭くて。
ああやっぱ受験なんかするんじゃなかった、なんで合格しちまったかなと思う日々が増える。
高校生になってから一年間の間に、起こした問題は数知れず。
入学式一日目に喧嘩をして(売られたので買った)、三日目に授業を抜け出して、七日目に三年生を殴った(因縁を吹っかけてきたのは向こうだ)。
一年最後の頃には、卒業式を終えた三年生と乱闘騒ぎ(これもやっぱり向こうが吹っかけてきた)。
それでも無事に単位は足りて(休み前は補修の嵐だったけど)、二年生に進級した。
周りからはなんで止めないんだよとか、なんでこのクラスなんだよとか、ヒソヒソ囁かれていたけど、無視した。
その頃にはもう、周囲とは随分距離が出来ていて、話しかけてくるのは片手で足りる数になっていた。
二年生になってから暫くの間、学校に行かなかった。
ヒソヒソ話に嫌気がさしたとかじゃない、そんなものには慣れていた。
行く意味がないような気がしたから、行くのを止めた。
部屋に篭って音を鳴らしてばかりの日々が続いた。
音に触れている間はいい。
何も考えなくていい。
音の事だけ考えて、音だけ感じていればいい。
面倒を見てくれる人達は自分の性質をよくよく理解してくれているから、音に触れている間は何も言わない。
頃合を見てご飯よだとか、お風呂空いたわよとか、そろそろ寝ないとクマが出来ちゃうわよとか―――――そんな事を、好きにしてくれていいんだよという空気と一緒に告げに来る。
折角進級できたのにとか、お金が勿体無いとか、そういう事は本当に何も言わなかった。
学校に行っていた頃と同じように接してくれて、好きにさせてくれるから、其処はとても居心地が良かった。
思えば家出の理由だって一度も聞かれた事がない、転がり込んだ時からずっとそうだった。
もう一度学校に行くようになったのは、五月の終わりから。
なんの気紛れかは自分でもよく判らなかったが、なんとなく気分が其方へ向いた。
音に触れることに飽きてはいなかったが、部屋に篭るのに飽きたのかも知れない。
五月病がようやく去っていったのかも知れないし。
いや、それは結局どうでも良いのだ、早い話が気紛れであったと言う訳で。
一月か一月半か。
とにかくそれ位振りに教室のドアを開ければ、クラスメイトの姿勢は一斉に此方に集まった。
集まってヒソヒソ話が始まったがそれだけで、声をかけてくる者はなかった。
ヒソヒソ話を無視して適当に席について、ふと。
一人の生徒の所に女子生徒が集まっているのが見えて、なんとなく気になって、それを遠目を凝らして見た。
見覚えのない男子生徒が其処にいて、他のクラスの奴かと思ったがそういう訳でもないようで、教室内にその男子は馴染んでいた。
一月以上教室に来ていない自分よりもずっと、其処に溶け込んでいるように見えた気がして――――いやそうでもないなと、なんとなく思った。
思った限りで、それ以上その生徒の事は気にしなくなった。
久しぶりの教室はやはり退屈で。
久しぶりの授業はやはり詰まらなくて。
久しぶりの学校と言う空間は、やっぱり息が詰まる。
休憩時間に、隣のクラスの女子生徒が来た。
新聞部の女子で、この生徒は物怖じしないで声をかけてくる。
久しぶりに見た人間に、彼女はいつも持ち歩いているカメラを構えながら質問攻めして来た。
何処いたの何してたのなんで来たの、なんか面白いことない? と。
何もねーよと言ってやれば拗ねた顔をして、それじゃネタにならないじゃないと言ってくる。
オレをネタにすんなと言っても彼女は聞かない、いつもの事だ。
適当に彼女の言葉に返事をしていると、ふと。
あの見覚えのない男子生徒と目が合って、彼はへらりと笑った。
なんだかそのヘラヘラ笑いが癪に障って、眉間に皺を寄せて目を逸らした。
女子生徒は目敏くそれを見つけて、その見覚えのない男子生徒が、三週間前に入ってきた転校生であると説明した。
あっそ、とだけ返して、もうそれ以上教室にいる気にならなくて、席を立った。
一年生の頃から気に入っていた昼寝場所で、それからはずっと過ごした。
放課後になって帰ろうとしていたら、あの男子生徒が声をかけてきた。
「はじめまして、だよね」
そう言った彼は、あのヘラヘラ笑いを浮かべていた。
見た瞬間にまた腹が立った。
「お前、気に入らねェよ」
はじめましても宜しくお願いしますも、言わなかった。
思ったことだけ言い切って、それ以上は其処にいなかった。
背中を向けてグラウンドに置き去りにして行った間、彼がどんな顔をしていたのかは知らない。
どうせ当たり障りのない面してんだろうと思ったら、また腹が立った。
帰ってから、音を鳴らした。
とにかく鳴らした。
酷い音で、鳴らしまくった。
無性にムシャクシャしていて、それは全部音に出た。
構わずに弾き続けて、その内、弦が一本切れた。
張り直してまた弾いた。
酷い音が出続けた。
聞いちゃいられないような音が鳴り響いた。
散々な音が鳴っているのに、面倒を見てくれる人達は何も言わなかった。
いつもと同じように頃合を見て夕飯に誘ってくれて、ただその日の夕食は自分の好きなものばかりだった。
でもやっぱり何も言わなくて、夜中になるまで滅茶苦茶な音を鳴らしてしまうのは気が引けて―――――でも止められそうになかったから、ヘッドフォンで自重した。
一晩、鳴らした。
一晩、酷い音が出た。
何をそんなにムシャクシャしていたのか、それは判らなかった。
ぶつけ所が判らないのが、余計に苛々させていた。
だから多分、一晩ずっと酷い音が出て、鳴らし続けていたのだと思う。
気に入らねェよ。
時々、自分が言った言葉が蘇った。
何故だろう、と考えて。
あれは半分、自分に向けて言った言葉だったんだと、随分経ってから感じた。
気に入らねェよ。
誰にでも良い面してんのが。
気に入らねェよ。
誰も判りゃしねェなんて自己陶酔が。
気に入らねェよ。
判ってて止められない自分が。
変わりはしないと、斜に構えて見せて諦めてるのが。
鳴らした。
鳴らした。
酷い音をずっと。
ああ畜生、気に入らねェ。
酷い音。
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龍京出会い。「気に入らねェ」をどうしても言わせたかった。
うちの龍京で、京ちゃんが龍麻に対してこの態度というのは珍しい。と言うか初めてかしら。基本的にナチュラルラブだから、この二人。
京一のツンからデレまで移行する期間が書いてて楽しいです。