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雨が降るなんて聞いていなかった。
だから傘など持ってきていない。
朝から雲行きは怪しかったが、空気はどちらかと言えば乾燥気味で、天気予報でも雨は降るまいと言っていた。
それを全面的に信用していた訳ではないけれど、なんだか裏切られた気分だ。
今日の夕飯の材料を買ったら直ぐに帰るつもりでいたのに、お陰でスーパーの軒下から出られない。
そんなに遠い距離ではないから、走って(信号に引っかからずに)行けばものの五分で着くけれど、家に小さな子供がいる事を思うと、濡れネズミで帰るのは少々憚られる。
大人よりも断然免疫力のない小さな子供だから、余計な危惧は持って帰らないに限る。
まぁ直ぐに止むだろう。
八剣はそう思って空を仰いだ。
雫を降らせる空の色は、澱んではいるものの、雲は然程厚そうな印象を受けない。
曇天ときっぱり言うほどではなく、雨も恐らく天気雨の質ではないだろうか。
雨脚も、粒は大きいものの激しさはなく、収まるのは時間の問題と言った所だ。
束の間でもいい、止んだ時に走ればいい。
スーパー前の信号さえ越えれば、後は一気に駆け抜けられる。
家に置いて来た子供は、出てくる時は昼寝の真っ最中だった。
起こして一緒に連れて来ても良かったのだが、直ぐに帰るだろうと踏んで、こうして一人で買出しに来た。
見事にその予定は裏切られた訳だが――――大人が思う以上にあの子は確りしているし、置手紙も書いてきたから、きっと大丈夫だろう。
と、思いつつ、心配でないかと問われれば、勿論心配である訳で。
まだ四歳になったばかりの幼子で、その上、人から預かっている子供だ。
目を離している内に何かあっては大変だ。
スーパーの出入り口付近に、一本300円のビニール傘が陳列される。
ちらほらと買っていく主婦や学生の姿があった。
傘を買わない代わりに、上着や余分に貰ったビニール袋を被って走る少年達がいた。
傘を持っているのに開かない子供、慌ててそれを叱る親。
駐車場に置いてある車まで、一目散に走っていく主婦の姿もある。
雨脚の強さは一定ではなかった。
ざあと数秒強く振ったと思ったら、さらさらと小雨が満遍なく降り注いだりする。
中々軒下を出るタイミングが掴めない。
家が近いから、傘を買うまでもないだろうと思っていたのだが、この調子では埒が明かない。
いつまでも子供を一人にしている訳にも行かないし、やはり買って帰ろうか。
―――――そう、思い始めた時の事。
広い駐車場の向こうから、パンダ柄の傘がひょこひょこ近付いて来たのが見えた。
その傘は、八剣の預かっている子供のお気に入りの傘である。
まさかと思った。
そのまさかだとは、思っていなかった。
でも、傘の影から見えたズルズル引き摺る大きな傘に、目を見開く。
「京ちゃん?」
家で眠っている筈の、家で待っている筈の子供の名前を呟けば。
傘がことりと傾いて、隠れていた子供の顔が覗く。
すると、まさかのまさか―――――其処にいたのは京一で。
驚きを隠せずにいたら、京一はぱちゃぱちゃと水溜りを踏みながら歩み寄ってきた。
八剣の前まで来ると、ずい、と何も言わずに大きな傘を差し出す。
それは八剣が好んで使う愛用の傘で。
まさか。
まさか。
迎えに来てくれるなんて。
この子が迎えに来てくれるなんて。
なんて嬉しい。
「ありがとう、京ちゃん」
傘を受け取って、そう言うと。
恥ずかしがり屋で天邪鬼な子供は、ぷいっと明後日の方向を向いてしまった。
そんな子供の頭を撫でて、八剣は京一の傘を手にとって、パンダを閉じる。
京一の手が反射的にパンダを追い駆けたけれど、もう一度頭を撫でて制した。
むぅと小さな唇が尖ったものの、無理に取り替えそうとはしなかった。
スーパーの入り口に設置された傘用ビニールを一つ貰って、傘を入れる。
綺麗にビニール袋に包んでから、八剣はそれを京一に返した。
京一が自分の傘をしっかりと腕に抱いてから、八剣は京一をひょいっと抱き上げる。
珍しく京一は嫌がらなかった。
雨もたまには、悪くない。
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小さい子が、大きい傘持ってお父さんやお母さんを迎えに行くのって可愛いと思いませんか(趣味!)。
レインコートでも良いんですけど、うちの京ちゃんはレインコート嫌がりそう……なんとなく。