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雨が降り出した。
ずっと雲に覆われていた空が、泣き出した。
その時、京一は八剣の家にいて、一人で留守番をしていた。
八剣は京一が昼寝をしている間に買い物に行ったようで、起きた時には置手紙が一枚あっただけ。
「かいものにいってきます」と、まだ四歳の京一にも読めるように、大きな字で平仮名で。
八剣が京一を一人で家に残す事は、珍しい。
けれども、京一は留守番をする事には慣れていた。
それに、買い物だったら一時間もすれば戻って来るし、何時頃に外に出たのかは判らなくても、お気に入りのパンダのテレビを見ている間に帰って来るだろうと予想はついていた。
が、雨が降ってしまっては少々話が違って来る。
朝ご飯を食べる時、八剣はいつも天気予報を見ている。
一緒にご飯を食べるから、京一も天気予報を見る。
今日はずっと曇り空が続くようだったけれど、雨は降らないと言っていた。
なのに、ベランダに立ってみれば、風に煽られた雫が吹き込んでくる。
そんなに大雨と言った感じではなかったけれど、小雨というほど弱くはないし、雨粒も大きい。
玄関の方を見てみれば、傘立てには二本の傘が並んでいる。
京一はベランダから部屋に戻ると、ガラス戸を閉めて、鍵をかけた。
それから寝室に行って、喚起に開けていた窓を閉める。
次はキッチンの窓を閉めて、全部ちゃんと鍵をかけた。
一旦リビングに戻って、入り口横にある電気のスイッチ目掛けてジャンプする。
何度か跳ねると、ぺしっとスイッチに手が届いて、ぷつりと部屋の電気が消えた。
戸締りと電気を一通り確認し終えると、京一は玄関に向かう。
スニーカーを履くと、下駄箱横に立てている傘を二つ手に取った。
一つは小さな子供用、もう一つは大きな紳士用の傘だ。
70センチの大きさの紳士用の傘は、まだ幼い京一には、閉じている状態でも大きいし重かった。
けれども京一はそんな事など露程も気にしないで、ズルズルと引き摺りながら外へ出る。
重く軋んだ音を立てて、ドアが閉まる。
それを確認した後で、京一はドアの横に二つ並ぶ鉢植えの一方を退かせた。
銀色の鍵が其処には隠してあって、これは勿論、この部屋の鍵だ。
背伸びをして鍵を差込み、捻る。
かちゃんと音を立てたドアがもう開かない事を確認して、鍵を元の位置に戻し、またその上に鉢植えを乗せた。
アパートの玄関を出て見たのは、部屋で見たものよりも少し強くなった雨。
傘を開いて、屋根の下から一歩出る。
ぽつぽつ、ぽつぽつ、傘が音を鳴らした。
大きな傘を引き摺って歩く。
地面に敷き詰められたタイルの溝の隙間に、時々傘の先が引っかかった。
その度にむぅと口を尖らせながら、京一はやっぱり傘をズルズル引き摺って歩く。
アパートを出たら右に曲がって、大きな通りに出るまで真っ直ぐ。
大きい道に出たら、左に曲がって一つ目の信号が青になるまで待って。
青になったら、きちんと右と左を見て、もう一回右を見て、横断歩道を渡る。
横断歩道を渡ったら、目の前に一階建てのスーパーがある。
駐車場が広くて、車が沢山止まっている。
動き出そうとしている車に近付かないように気を付けながら、進んでいく。
ぱちゃぱちゃ。
ぱちゃぱちゃ。
ぽつぽつ、ぽつ、ぽつ。
プップー。
ブロロロロ……
ぽつぽつ、ぽつ。
ぽつ。
ぱちゃん。
「――――――京ちゃん?」
聞こえた声に、顔と一緒に傘を少し持ち上げた。
スーパーの入り口の横。
出入りする人達の邪魔にならない場所。
見慣れた大人が一人、驚いた顔で此方を見ていて。
傍まで行って、京一は大きな傘を差し出した。
大人はやっぱり驚いた顔をしたけれど、直ぐに笑って傘を受け取って。
「ありがとう、京ちゃん」
こっちを見る目が和らいで。
なんだか恥ずかしくなって、京一はぷいっとそっぽを向いたのだった。
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[こどものじかん]の京一は、八剣の事はなんだかんだで信頼してるし、好きです。
でも多分、「なんで迎えに来てくれたの?」とかって聞かれたら、「腹減ったから」って言うんだろうな(笑)。