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「別れるか」
―――――そう、唐突に告げたのは、京一だった。
ラーメンを食べている時の世間話のように、何かを思い出した時のように、どうでも良い話のように。
平日の昼休憩、いつもの屋上で。
龍麻は飲んでいた苺牛乳を吸うのを止めて、京一を見た。
視線を向けられた当人は、フェンスに背中を預けて手には昼食の焼き蕎麦パン。
いつもと何ら変わりない昼の光景が其処にはあって、それ以前の授業風景も常と同じだった。
更に遡るなら、今日の登校中も、昨日の夜別れる時も、いつもと同じだった。
……だと言うのに、先の発言。
「なんで?」
きょとりと瞬き一つして問えば、京一はんーと唸るでもない声を漏らして空を仰ぐ。
「なんとなく、だな」
なんとも腑に落ちない答えであったが、龍麻は言及しなかった。
そっか、とだけ呟いて、また苺牛乳を飲む。
「なんつーか、よく考えたら……ひさんせい的だしよ」
「非生産的」
「…わーってるよ」
「無理して難しい言葉使わない方がいいよ」
龍麻の言葉に、京一は無言で拳を振り下ろした。
ごちっと威勢の良い音がして、龍麻は頭を抱えて蹲る。
京一はそんな親友の姿など気にせずに、傍らに置いていたコーヒー牛乳に口をつけた。
「あと、告られたんだよ」
「誰が」
「オレが」
「誰に」
「女子の剣道部の一年」
「ふぅん」
「けっこー可愛かったぜ。発育も良さそうだったな」
「ふぅん」
龍麻は終止同じトーンで相槌を打つ。
京一も、常の世間話の調子で話していた。
焼き蕎麦パンを食べ終わって、コーヒー牛乳も一気に煽って。
京一は、ゴミになったパックを空になっていたコンビニのビニール袋に突っ込んだ。
丁度龍麻の苺牛乳も空になったので、ついでに入れさせてもらう。
ゴミ入れになった袋を足元に放置すると、京一は立ち上がって背筋を伸ばす。
先程まで背中を預けていたフェンスに正面から寄り掛かり、人のいないグラウンドを眺める。
「やっぱ可愛い女の子は良いぜ。先輩、お話があるんですけど~っつってよ」
「うん」
「顔真っ赤にしてよ。呼び止められたのが部活の後だったんだけどな。他の部員もいるから、後で体育館の裏に来て下さいってよ」
「うん」
「ま、後は大方の想像通りって奴だな」
「ふぅん」
龍麻の相槌は気のないものだったが、京一はそれを気にする様子はない。
いや、相槌どころか。
龍麻の態度は聞いているか聞いていないのか判らない風にも見える。
また京一の方も、聞かせようと思って喋っているつもりはなく、互いにそれは判っていた。
放課後の部活が終わった後だ。
空は夕暮れ色に染められて、青春漫画のワンシーンのようにも思えた。
おまけで体育館裏に可愛い後輩から呼び出しなんだから、尚更。
大和撫子と言った形容が実によく似合うその後輩は、京一に憧れて剣道部に入部したと言う。
しかしこの一年間の内に京一と話をした事は殆どなく(何せ女子と男子は別々で部活動をしている)、いつも男子部員の部活風景を遠巻きに見ているだけだった。
おまけに京一は万年幽霊部員の部長と言う特異な立場で、滅多に顔を出す事がない。
そんなものだから、時々京一が顔を出して後輩に指導していても、近付く事さえ出来なかった。
それが、三年生が引退になる時期が迫ったからだろう。
部活でしか逢う事がなかった京一が引退すれば、益々逢える機会は減るし、片思いのままで終わってしまう。
その前に勇気を振り絞って、気持ちだけでも伝えようと思ったのだと言う。
そして彼女は、想いを告げた。
「中学生の頃から好きでした、ってな」
ふぅん。
京一の言葉に、龍麻は相変わらずの相槌だ。
それで京一の話は一通り終わった。
フェンスに寄り掛かって黙した京一に対し、龍麻は数秒無言を通した後、
「良かったね」
「あ?」
「可愛い彼女が出来て」
京一が視線を落とすと、笑みを梳いて見上げてくる龍麻の顔がある。
京一は判り易く顔を顰めた。
「誰が付き合ってるっつったよ」
「だって別れるって言うから、そういう事になったんだと思って」
龍麻のその連想は、ごく自然なものだった。
龍麻と京一は一応、恋人同士だ。
それを解消しようと言う話になると言う事は、今の話を踏まえて、その後輩の女の子と付き合うことになったから―――と言う事だろうと、誰もが思う所だろう。
しかし京一の眉間の皺は消えず、あまつさえ「つまんねェな」と言う呟きが零れる始末。
「もう少し面白ェ反応するかと思ったのによ」
期待外れと溜息を吐く京一に、龍麻はごめんねと謝る。
が、謝罪の言葉に殆ど中身が伴っていないのは明らかだ。
いつもの事なので気にしない。
龍麻も龍麻で、面白半分にこの話題を出されたのではと怒る事もしなかった。
午後の授業はまだなのかな、と気にしたのはその程度のことだ。
「どういう反応したら良かった?」
「浮気したとか、そういうリアクション」
「僕がするの?」
「ねェな」
ついでに。
仮に逆の立場だったとしてもしないだろうなと、お互いに思う。
「それでさ、京一」
「あ?」
「告白されたのは本当なんでしょ?」
「ああ」
「別れるのも本気なの?」
問いた龍麻の表情は、いつもと同じ顔。
其処には不安もなければ、期待もない。
そんな親友に、京一はやっぱりつまんねェなと内心で零して、
「お前はどっちがいいんだ?」
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4月1日って事で。完全に忘れかけてましたが……
この二人の言葉遊びに振り回されてるのは私です(爆)。