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……………
…………
……にお、い。
いい、におい。
それで、目が覚めた。
ぼんやりと、水の中から浮かび上がるように、目が覚めて。
瞼を開けた瞬間に差し込んだ眩しさに、少しだけ目が痛くなって目を擦る。
くしゃりと頭を撫でられる。
それが心地良くて、ふわふわの尻尾に顔を埋めて、その手にそのまま撫でられていた。
―――――のだけれど。
(いい、におい)
(いい、におい……けど)
(ちがう……?)
尻尾のふわふわが、少し。
頭を撫でるリズムが、ちょっと。
ふわふわからの匂いが、明らかに。
違う。
それに気付いて、慌ててがばっと顔を上げた。
ずると。
「ああ、目が覚めたか」
目の前にあったのは、見慣れた母でも姉でもなくて、見知らぬオスの大人の狐。
父よりもまだ若いだろう、見たことのない、狐。
ぽかんと、子狐はしばらくの間、目の前の狐を見て―――――ハッと我に帰ると、一足飛びで飛び退いた。
「あ」
「いッ………!!」
飛び退いて着地した途端、右足から激痛。
どてっと尻餅をついて、子狐はその場で足を抱えて蹲った。
直ぐに狐が駆け寄ってくる。
「動いたら駄目だよ」
そう言って、狐は子狐に手を伸ばした。
瞬間、子狐の肩がびくっと跳ね、狐を見上げる瞳がゆらゆら不安に揺れた。
狐は、そんな子狐の様子に気付き、伸ばしていた手を中途半端な距離で止めた。
止まっても子狐の体は小さく震え、瞳の端からはじわりと透明な雫が浮かんでいる。
それは痛みの所為だけではないだろう。
狐はしばらく逡巡したが、子狐をこのまま床上に転げさせておく訳にも行かず、もう一度手を伸ばす。
やはり竦んだように身を縮めた子狐を、狐は今度こそ、抱き上げた。
「薬草で消毒と止血はしたけど、まだ塞がってはいないんだ」
「………ッ……」
「少し腫れてもいたし。しばらくは動かず、じっとしている方が良い。体にも障るから」
ふるふると小さく震え、怯えたように見上げる子狐に、狐はそう言って殊更優しく微笑んだ。
子狐を寝床に戻すと、狐はその傍らに腰を下ろした。
萎縮して固まっている子狐の前に、自分の尻尾を差し出す。
子狐はきょとんとして、狐の顔と尻尾を交互に見比べた。
「寝ている間、放してくれなかったからね」
「……ぁ………」
「いいよ。俺も温かかったし。好きなんだねェ、尻尾」
狐の言葉に子狐の顔が赤くなる。
背伸びをしたがる性質の子狐にとって、狐の言葉は完全に子供扱いであった。
これが、相手が姉なら言い返せるのに、今はまともに声が出ず、目の前の狐がまだ少し怖かった。
食われたりする事はないだろうけれど、子狐は、家族以外の狐を見たのはこれが初めてで、戸惑っていたのだ。
子狐の前で、尻尾の先がゆらゆら揺れる。
狐は笑顔のまま、子狐をじっと見詰めていた。
……子狐は、触っていいよと、言われているような気がした。
恐る恐る、子狐は手を伸ばした。
ふわふわに指先が触れる。
すると、ふわふわの方が先に子狐の頬に擦り寄った。
「歩けるようになるまで、此処にいていいよ」
「…………」
「俺は八剣右近。好きに呼んでくれて構わない。君はなんて言うんだい?」
あやすように尻尾の先で頬をくすぐりながら、狐――――八剣は子狐に問うた。
子狐は、八剣の尻尾を抱き枕のようにぎゅうと抱き込んで、しばらく黙って八剣を見た。
その瞳には少しの怖さと、少しの不安と、少しの安心感が宿っていて。
「…………きょう、いち」
擦れた声で告げられた名。
じゃあ京ちゃんだ。
そう言ったら、京一は剥れた顔で八剣の尻尾をぎゅうと強く抱き締めた。
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よし、ちょっと満足した!