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冬の山は、静かで色がない。
白一色で覆われる。
そんな中でも子供は元気で、小さな変化に敏感だった。
「克、克」
左之助の呼ぶ声に、克弘は寒さに悴んでいた手を擦りながら振り返る。
駆け寄ってきた幼馴染は、こんな雪の中でも元気一杯だ。
何処からそんな気力が湧いてくるのか、克弘はつくづく不思議に思えて仕方がない。
克弘のそんな疑問など知る由もない左之助は、見てみろ、と言って空を指差した。
「なんだよ」
「あそこだ。アレ、アレ見てみろ」
アレと言われても、克弘にはなんだか判らない。
指差す方角を見上げてみても、あるのはどんよりとした重く分厚い雲と、枯れた木の枝々に寄りかかる雪の塊だけ。
積もって段差の出来た山の向こうに狐でもいるのかと思ったが、生憎、周辺に動物の気配はない。
この白い世界で息をしているのは、此処を通り過ぎようとする自分達だけだ。
だが左之助には何かが見えているようで、アレだアレだと言って指差すのを止めない。
どれだよ、アレだ、何処だよ、あそこだ。
しばらくそんな問答が続いて、やはり焦れたのは左之助だった。
「だから、アレだ! 芽だよ、芽!」
「め?」
「花の芽が出てんだ!」
其処まで言われて、ああ木に咲く花の芽か、と克弘は気付いた。
どうりで左之助の指差す方向を見ても、どんより空と枯れ木しか見当たらない訳だ。
「なんの花の芽だ?」
「知らねェ。でも此処は春時は桜が有名なんだってよ。だから、桜じゃねェの」
よく知らないけど。
そう言って、左之助は指差していた木の根元に歩み寄る。
同じように克弘も近付いた。
桜の木は知っているが、目の前にある木が桜であるとは、克弘には思えなかった。
山の中に点在する枯れた木々と、それ程差があるようには見えない。
春になったらこの枯れ枝に色がつくのだとも、あまり想像できなかった。
あそこだ、と左之助が指差した場所を見ると、確かに尖った芽がぽつりぽつりと顔を出している。
けれども、それも春の柔らかな花弁とは全く違っていて。
「咲くのか?」
「何が?」
「花。咲けるのか?」
今はまだ時期じゃないから咲かないのは判る。
けれども、今の時期を過ぎても、果たして咲けるのだろうかと克弘は思った。
左之助は少しの間、きょとんとした顔で克弘を見つめた。
それから頭の後ろで腕を組んで、固い桜の芽を見上げ、
「咲くだろ。咲ける、絶対」
きっぱりと言い切った左之助の横顔を、克弘は見た。
根拠も何もなく、それでも自信満々に。
それが半分、願いから来ている言葉でも、現実になることを信じて疑っていない。
それは、自分達が目指す未来にも言えることで。
咲ける。
絶対に。
出来る。
絶対に。
花は咲ける。
目指す未来に辿り着ける。
―――――そう信じているから、真っ白で音のない世界で、堅い芽の中でじっと来るべき日を待って。
―――――そう信じているから、いつまで続くかも判らない道を、歩き続けて。
「咲いたら、皆で宴会しようぜ」
そう言って、笑う顔を、
今度は舞い散る花の下で見れたら良いと、思った。
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“咲ける”。
他の字で“さける”と読める文字は痛いのばっかだった…