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過ぎた痛みと深い傷は
………悲鳴さえも、もう忘れた
ふらりとやって来た少年を、部屋の中へと招き入れる。
訪れた理由など聞く事はなく、ただやって来た彼をごく当たり前に八剣は受け入れる。
その都度、京一はいぶかしんだ顔をして見せるのだが、結局彼も何も言わず、部屋の敷居を跨いだ。
この猫は、今日は何処をさまよっていたのだろうか。
八剣に聞く権利はなく、あったとしても彼は答えないだろう。
余計な詮索をするなと、くすんだ光が此方を睨むのが精々だ。
知りたくないと言えばそれは嘘だが、相手が言いたくないのならば無理に聞き出すわけにも行くまい。
そんな事をしたら、この猫はあっと言う間に此処から飛び出し、戻って来なくなるに違いない――――――ようやく、この距離まで八剣側から踏み込むことを許してくれたと言うのに。
「シャワー浴びる?」
問い掛けると、京一は無言で此方に目を向ける。
まるで疑うようにしばらく八剣を睨んだ後で、くるり踵を返し、風呂場へと向かった。
バスルームからシャワーの音が聞こえてきてから、八剣は小さく息を吐いた。
詰めていたつもりはなかったが、それでも漏れた息は溜息じみていて、もう一度、今度は本当に溜息が出そうになる。
学ランの詰め襟に隠れ損なった、赤い痕。
終始ポケットに入れたままだった左手の手首。
隠しているつもりはない。
寧ろ、見ろと云わんばかりに京一は痕を晒け出す。
痛みさえも忘れた顔をして。
どういう経緯で―――――なんて話は聞きたくない。
京一はそれを拒絶するだろうし、聞かなくてもおおよそ見当がついた。
(――――――大丈夫だよ、京ちゃん)
口許に浮かんだのは、笑み。
其処に昏い感情はなく、ただ何処までも慈しんで包み込みたい気持ちだけ。
………それに気付いて欲しい人は、未だ灯りのない路地を歩き続けている。
ぽたり。
水の気配がして、振り替える。
しとどに濡れた髪も、朱を帯びた肢体も隠さずに、産まれたままの姿で立ち尽くすのは、想い人。
「風邪ひくよ、京ちゃん」
京一は肩にタオルを引っ掛けたまま。
本来の役目を果たせないまま、布は首周りと後ろ髪の水分だけを吸い取っている。
拭いてあげようか。
冗談めかして言いかけて、京一の方が先に動いた。
八剣の前に膝を落として、まるで雄を誘う彪のように肢体を揺らし。
「抱けよ」
首筋の赤い痕と、腕の手形の鬱血と。
あの時負わせた消えない傷を隠さずに、零に近い距離で囁いて。
挑発的な顔をして、震える声で八剣を試す。
お前はオレを愛してるなんて、薄っぺらい世迷事をほざくけど、
お前がオレに抱いているのは、単なる都合のいい偶像で、
目の前にあるホンモノは、こんなに狡くて汚くて、誰もなんにも信じちゃいない。
これでもお前は愛してるなんて囁くのか?
(――――――………大丈夫だよ)
そんなに震えなくて大丈夫。
そんなに脅えなくても大丈夫。
だから、早く気付いて欲しい。
自分自身が思う以上に、自分が傷付いている事を。
……どんなに君が汚されても、俺は君を愛してる。
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……こんな感じに荒んでる京一と、大海の如く広い度量でそれを受け止める八剣。
どっかで名前も知らない男とヤった後、そのまま八剣のとこに行く京一。八剣の「愛してる」が信じられなくて、こんな事して八剣を試してます。