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急に視界が変わった。
開けた通りを歩いていた筈なのに、瞬き一つした後に見たのは、薄汚れた暗い細い路地。
一瞬何が起こったのか判らず、呆然としてしまう。
だが呆けた後、目の前に迫る顔が何者であるか思い出し、
「テメェ―――――――ッ」
開けた口が塞がれて、侵入してくるものがあった。
息苦しさと気持ち悪さで背中にぞわぞわとしたものが走り、京一はそれから逃れようと身をよじる。
しかし相手がそれを許すことはなく、抵抗の意を見せる腕を掴み容易く封じ込めてしまった。
木刀は右手にある。
あるだけだ。
反応が遅れた所為で、反撃が出来ない。
油断していた自分を今更ながら忌々しく思う。
呑気に道を歩いていた数秒前の過去の自分の頭を力の限り殴ってやりたい。
厄災がすぐそこに来ていると。
「ん、ぐ……うッ…………!」
背中に埃臭いビルの壁が当たる。
掴まれた腕が頭の横に押し付けられた。
振り払おうとする力を許さないとばかりに強く握られ、手首の骨がミシリと悲鳴をあげたような気がした。
じたばたと不格好に情けなく暴れる。
みっともない自分に腹が立つが、そうでもしないと、この拘束から逃れることは出来ない。
「……………はッ……!」
唇が離れて、息を吸い込んだ直後、足を振り上げた。
腕の拘束が外れて、京一を捕えていた目の前の男の体が離れる。
そいつを睨んで、京一は残る熱の感触を拭い去るように乱暴に口を拭う。
「ふざ、けんなッ!」
「真剣だよ」
叫んだ京一に、男―――――八剣右近が言う。
その言葉にこそ、ふざけるなと言ってやりたかった。
一歩、八剣が足を踏み出すと、京一の古傷がジワリとした痛みを滲ませる。
既に傷は塞がっていて、残ったのは綺麗と称して良いほどに整った刀傷。
もう痛むこともないだろうと岩山から診断され、事実、生活の中で気になることもない。
―――――――――が。
この男の顏を見る度、其処からドロリとしたものが溢れ流れ落ちていく。
「なんの用でェ」
「別に。顏が見たいと思っただけだよ」
「だったら」
もう失せろと言おうとした声が、喉で引っ掛かって詰まる。
僅かに開いていた筈の二人の距離が、また零に近い。
見下ろす眼は、獲物を見付けた蛇に似ていた。
無意識に足が下がって、けれど背中に当たる壁の所為でそれ以上は下がれない。
「やっぱり、見るだけじゃあ勿体ないね」
見下ろす瞳に映り込んだ自分の顏が、酷く滑稽な形をしているような気がする。
足はしっかりと地に根付いていて、返って強く根付き過ぎているような気がした―――――だって早く此処から離れないといけないのに、足は頭の命令を無視したままで動かない。
此処にいるのは危険だと警鐘が鳴っているのに、見下ろす眼から逃げられない。
―――――――その時、通りの方から聞き慣れた声がして、
「京一、もう行っちゃったかな」
「京一だからねー。もう食べ始めてるんじゃないの?」
「あー、ボクもお腹空いたぁー……」
京一の意識がそちらに向くのと同じく、八剣の目が細い路地の向こう、さっきまで京一が歩いていた通りへ向けられる。
その一瞬を逃す手はなく、京一は地面を蹴った。
――――――――が。
「―――――………ッッ!!」
「ごめんね。逃がしてやる気はないんだ」
右腕を捕まれて、おかしな方向に捻られる。
痛みに上がりかけた声は、後ろから延びてきた手で塞がれて、くぐもった音しか出なかった。
呼吸を妨げる手に歯を立てた。
背後で息を飲む気配がしたが、手は離れない。
寧ろ面白がるように指を挿し込んで、歯の裏側をなぞる。
「う、ぐ……!」
正面から壁に身を押し付けられる。
埃臭くてむせ返った。
咳き込んで浮かんだ目尻の雫に舌が這い、ゆっくりと舐めて。
そのまま生温いうごめくそれは場所を変え、やがてうなじに辿り着くと、味を確かめるように繰り返しねぶる。
―――――――ぞくりと、嫌な感覚がして、京一は唇を噛む。
聞き慣れた気配と声は、まだ近くにある。
けれど、確実に遠退いて行く。
――――――――光は近い筈なのに、酷く遠い。
「堕ちておいでよ」
遠退く光と、
己を絡め取る闇と、
――――――………多分どちらを選んでも、きっと何かが壊れるのだ。
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この後は完全に裏。
京一の心情は微妙な所です。
本気で拒絶できないけど、受け入れることも出来ない。
八剣はそんなのお構い無し。欲しいから手に入れようとする。
鬼畜全開の八剣って、そういやなんだかんだで書いてなかったなーと思いまして。
だからって街中でねぇ……(滝汗)
その内がっつり書こうと思うんですが、表に晒すかダークサイド行きか微妙な感じだなあ。
同じシチュエーションでも、龍京だったら最終的には結局ラブイチャなんですけどね(笑)。