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左之助が腕に怪我をした。
別に珍しい事ではないし、然程心配しているつもりはない。
でも、一人で釣りをするのがこんなに退屈だとは思わなかった。
昨日、左之助は派手に転んで右膝と左腕から出血してしまった。
転んだ場所が石の多い砂利道だったのが運が悪かった。
それでも生傷の絶えない左之助である、本人も痛がる様子は見せなかった。
とは言え、やはり無理をすれば痛むようで、今日一日は大人しくしている。
行軍も大人の隊士に背負われてのもので、気紛れに隊長にまでおんぶされて、その時だけは真っ赤になっていた。
日が暮れてきて、川辺の近くで天幕を張り、今日は其処に野営することになった。
道中に鹿を見たと左之助が言うので、猟師の経歴を持つ隊士が、それを狩りに山へ向かった。
左之助の道案内と共に。
幼馴染がいなくなって暇を持て余した克浩は、折角だからと川辺に糸を垂らす事にした。
―――――それが、四半刻前の話になる。
釣りとは、忍耐力との勝負である。
よって左之助には不向きで、克浩にはそれなりに向いている事だった。
だが他に同じ年頃の隊士などいない所為か、自然と二人揃っている事が増えた。
克浩が一人で魚釣りをするのは、いつ以来だろうか。
随分久しぶりの事のように思えて、克浩は少しだけ解放的な気分だった。
左之助と一緒にいるのは悪い気はしないけれど、何分、彼は落ち着きがない。
魚の食い付きを探りつつ、左之助が癇癪を起こさないように暇を持て余さないように、なんでもいいから話をして――――
………元より自分の性格を“根暗”と自覚がある克浩にとっては、意外に疲れる事だったのだ。
だから今日は久しぶりにのんびり出来る、と。
思っていたのだけれど。
「…………………」
静かだった。
喋る必要がないのだから、当たり前だ。
此処にいるのが克浩ではなく、左之助であったなら。
大人達は何くれと様子を見に来て、揶揄ったり、暇を潰してやったりするのだろう。
彼はじっとしていられないし、一人でいるよりも、誰かと一緒にいる方が好きだから。
対して克浩は、大人しいし、左之助以外に話をする人物と言ったら隊長ぐらいのもの。
あまり騒がしいのも好きではないから、皆、それを判って近付かないのだろう。
それは克浩にとってもありがたい配慮だった。
何を話していいのか判らない大人に傍にいられても、正直、戸惑うだけだ。
こうして遠くから眺められている程度が、克浩にとっては丁度良かった。
「…………暇だな……」
けれども、今に限っては、それでもいいから誰かに喋りかけて欲しかった。
別に寂しいわけではない、言葉にした通り、単に退屈なのだ。
退屈で仕方がない。
釣りは忍耐力が勝負。
暇になるのも当たり前だ。
そんな事は判っている。
判っているのに、暇で退屈でつまらなくて仕方がない。
何気なく、隣に眼をやった。
其処には誰もいない。
いつもぐちぐちと文句を垂れながら、一緒に釣り糸を揺らしている幼馴染は、其処にはいない。
左之助が一緒にいる時は、食い付きがなくたって、何時間でもこうしていられるのに。
「克―――――ッ!!!」
盛大な呼ぶ声がして振り返れば、見慣れた幼馴染の姿があった。
「………左之?」
確かめるでもなく、判っていた事だったけれど。
名を呼んでみると、左之助は右足を引き摺りながら近付いてきて、克浩は竿を投げ出して彼に駆け寄った。
「左之、」
「鹿捕まえたぞ! 今日は鹿鍋だってよ! 克はどうだ? 魚釣りしてたんだろ?」
夕飯がご馳走とあって、左之助は興奮を隠せないらしい。
克浩の返答を待たずに早口で喋る。
その、くるくる忙しなく変わる表情が、見ていてとても楽しくて。
「――――駄目だ。今日は坊主だよ」
「なんでェ、楽しみにしてたのによ」
「そりゃ悪かったな」
「んー……ま、いいか。鍋だ鍋、早く食おうぜ!」
アタリが来ない事に、退屈過ぎる事に。
あんなに苛々していたのに、あんなにつまらなかったのに。
お前が此処にいるだけで、何もなくても、こんなに楽しい。
克浩、多分、表情はいつも通りです。
左之助だけがそれに気付くとかしたらいいなー。
隊長が左之助をおんぶ。見てみたい……