例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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09 もしもキミが望むなら









左之助は自分の感情に正直だ。


嬉しい、悲しい、腹が立つ。
遊びたい、腹が減った、眠い。

言葉にせずとも、顔と態度に出てしまう。
勿論、きちんとした場では我慢しているが、終わると途端に駄々漏れである。
良くも悪くも素直で、自分自身に嘘が吐けない。



左之助と克浩、二人が一緒に街に買い物に出た時、それは特に顕著になる。







「なぁ克、あそこの饅頭」
「駄目だ」






袖を引っ張って言われた言葉に、克浩はきっぱり言い切った。

左之助の顔が渋面になる。







「いいじゃねぇか、ちょっと寄ろうぜ」
「いつもそう言って寄り道してるだろう。今日は駄目だ」






そう、この光景は毎回のことだった。

左之助は町に出ると、大抵こうして、何某かに気を取られてしまう。
寒村育ちで、町に対して馴染みのないものが多く、子供らしい好奇心を刺激されるのもあるのだろう。
多くは子供らしく食べ物に、時に外国からもたらされた珍しい玩具であったりなど。
とにかく目に付くと気になるようで、ちょっと見ていこうと克浩を誘うのだ。


それを、克浩は毎回きっぱりと断わり、左之助の手を引っ張って宿へ向かう。







「なんでェ、別に急ぎじゃねェんだからいいだろ?」
「急ぎじゃなくても、早く戻るべきだ。勝手な行動は慎めって、隊長も仰っているだろう」
「判ってるって。だから、ちょっとだけだって」
「…お前のちょっとは長いんだ」






袖を引っ張っていた左之助の手を逆に掴んで、ぐいぐい引っ張って歩く。
半歩遅れて蹈鞴を踏むように歩く左之助は、いいじゃねェかとまだ引き下がらない。







「別に食ってこうって言ってんじゃねェよ、寄ろうって言ってんだ」
「駄目だ」
「腹減ってんだよ」
「戻ったら夕餉だ。必要ない」
「待ってらんねェよ」






空きっ腹を宥めるように腹を擦りながら、左之助は眉をハに字に下げる。
それを視界の隅で見てしまって、克浩は長い溜め息を吐いた。


買い物を頼まれた時、克浩は一人だった。
さて行こうかと思って宿の戸口に立った時、左之助が一緒に行くと言い出した。
その時、左之助の口の横には、みたらし団子の食べカスがついていたと思うのだが。

頼まれた品物を探すのに時間がかかったけれど、あれから一刻程しか経っていない筈だ。
なのにもう腹が減ったとは―――――克浩には考えられない早さだった。




なぁ行こうぜ、と駄々っ子のように左之助は繰り返す。


金がないとは言わなかった。
買い物を頼まれる都度、渡される金は、必要な分を僅かに上回る。
お使いのお駄賃だ。

それがなくても、左之助も克浩も、僅かではあるが小銭を持っている。
茶屋で団子や饅頭一つを買うぐらいは都合できる。






腹が減ったとしつこく鳴いた左之助だったが、しばらくすると沈黙した。
ちらりと肩越しに見遣ると、唇を尖らせて、通り過ぎる茶屋を眺めていた。







――――――そんな事をしているのは予想できていたのに、どうして振り返ったりしたのだろう。








「………まったく……」
「あ? なんか言ったか? ……うぉっ」








無言のまま、左之助の手を引っ張った。












看板娘のいらっしゃい、という声が響いた。















叶えてあげるよ、なんだって。

“もしも”じゃなくて、えらい現実的なものになりました(あれッ?)
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