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越えてはいけない、一線を引く。
けれど子供はその無邪気さで、容易く線を越えてくる。
だから時折、判り易すぎる言葉でもって突き放す。
子供の剣術指南を引き受けてから、一週間が経つ。
飲み込みの早い子供はあっという間に上達し、荒さは目立つが、身のこなしは上手い。
しかし防御に関する事は一向に直らず、危なっかしいことこの上ない。
大人顔負けの打たれ強さは知っているけれど、だからと言って防御を覚えぬ訳にはいかない。
無手の徒手空拳のみで勝負を挑んでくる輩の方が少ないのだから。
山賊の類でも、倒幕を目論む者達でも、皆その手には刀なり鉄砲なりを携えているのだ。
そんな中に無手で挑めば捨て身とは言わぬ、ただの無駄死にになってしまう。
――――だと言うのに、子供はいつまで経っても受身の一つも覚えない。
「……やる気があるのか? 左之助」
……木刀で肩を突いた。
小さな身体は容易く吹っ飛んで、砂利の上に落ちた。
一点に凝縮された一撃の痛みは、打たれ強さを誇る子供にも流石に応えたらしい。
撃たれた肩を抑えて蹲る子供に、見守っていた幼馴染が堪り兼ねて駆け寄った。
「あ、りますっ……!」
幼馴染に支えられて起き上がった子供は、気丈な光を眼光に宿して答える。
「それなら」
「でも!!」
言われた通りに防御を覚えろ、と言おうとして。
阻んだのは他の誰でもない子供で。
木刀を手に立ち上がった子供は、心配そうな幼馴染の身体を退かせる。
「オレは、隊長の為なら、なんだって出来ます。だけど、オレが守りになったら、隊長を守る為に戦えない」
隊長の為。
守る為。
なんだって、出来る。
―――――そう言いながら。
己が“守られる”ことを、この子供は頑なに受け入れない。
「―――――隊長を守る為なら、オレは自分がどうなったっていいんです!」
他の追随を赦さない、何にも劣らぬ特攻精神。
幼い故、考えが足りない故の、無垢で無邪気で残酷な、強い心。
越えてはいけない一線を、容易く越える、幼い子供。
容易く己の生死を投げ捨てて、躊躇すべき境目を迷わぬ子供。
“誰かを守る”為に、“己を守る”ことに気付かない子供。
盲目的に慕われる事が苦しくなるのは、こんな時で。
「―――――――私は、お前に守られたいとは思わない」
幼いお前を失ってまで生き延びたいとは、思わない。
未来への光を摘んでまで生き延びたいとは、思わない。
生きていて欲しいのに、今からまるで死して本望のような言葉を吐くのなら。
戦場に置いて、日々に置いて、二度と己の前には立たせない。
一も二もなく、安全な場所に置き去りにして、全てが終わるまでは二度と隣にも立たせない。
傷付いた顔で立ち尽くす子供から、無理矢理目を逸らす。
優しい言葉で諭すことはしなかった、真っ直ぐで意地っ張りな子供はそれでは納得しないから。
逐一説明した所で、理屈では動かぬ子供の心を宥めるには足りない。
だから絶対的な言葉と態度と、立場を持って、突き放す。
守る為に投げ出そうとする強さを、認めるつもりはない。
今は幼い小さなその手は、いつかもっと大切なものを守る為に戦える筈だから。
未だに隊長を扱い兼ねてます(汗)。
厳しいところは厳しかったんじゃないかと。
子供のうちから、自分の命を捨てる事を考えるな、ってこと。