例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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summer memory 7











届かない


遠くて遠くて

見えない君に届かない




だからもう少しだけ立ち止まる

忘れないように、もう少しだけ立ち止まる


























summer memory
- 休み明け -





























ダン。
ダン。

パァン。
パシン。






床を踏む力強い音と、唸り撓る竹刀の音が夏の空に響く。

暦は既に九月になり、社会人は勿論、学生も夏休みをとうに終えた。
けれども空は相変わらず高く、照り付ける太陽の日差しはぎらぎらと暑く、秋になった等とは到底思えない日が続く。
残暑見舞いの葉書が届いたのを見て、そういえばもう暑中ではないんだと認識するのが精々である。


その夏休みであろうと、暑中であろうと残暑であろうと、この道場で響く音は変わらない。
盆前から明けの間は流石に静かな一時があったが、それでも無音が此処に訪れた事はなかった。
何処に行く訳でもない大学生や行けない社会人門下生は、時期問わず此処に来るからだ。

それから、もう一人――――いや全員を含めれば三人になる。
必ず一日に一度は道場に顔を出す者達がいる。




八剣右近は、その一人だった。




高校生の時に何気なく始めた剣道が、不思議と性に合った。
大学に入っても止める事はなく、住んでいた場所の近くにあったこの道場へ通う事にした。

高校生の時分に、八剣は都大会のみならず全国大会でも賞を総なめにした。
それ程に実力があると周囲からも、また自分も少なからず自負していた八剣であるが、それでも無敵とは自惚れなかった。
この道場の主であり、師範である人物に敗北した時、それを尚更痛感したものだ。


剣道を始めてから、一度も敗北しなかった――――等と言う訳ではない。
ないが、あれ程までに悔しく、また清々しいほどの敗北は味わったことがなかった。

以来、八剣はその人物を越えるべく、その下で剣の腕を磨く日々が続いている。







ダン。
ダン。

パァン。







日曜日の午後は、この道場が最も賑やかになる時間だ。
大人も子供も一緒になって竹刀を打ち合っている。

八剣もつい先程までそれに参加していたのだが、残暑の続く日々である。
噴出して止まらない汗と、酷使した集中力を休める為に、少々席を外させてもらった。



数年の間、ほぼ毎日通い続けている道場である。
何処に何があるかも知っているし、女将――道場主の妻――とも随分気の知れた間柄になれた。
お陰で、今では多少勝手にあちこち歩き回っても、特に気に留められる事がない。
此処の門下生は数が多いが、其処まで殆ど身内扱いになっている者は八剣以外にいなかった。


―――――そんな訳で、こういう事もあったりする。







「………うん?」







道場の敷地内で、この時間、一番涼しい場所。
道場横にある住宅の、山水の庭の傍。

ちょろりちょろりと音を鳴らす小川に接する岩の上、膝を抱えている子供が一人。



それが此処の道場主の息子、蓬莱寺京一。

一日一度は道場に顔を出す、もう一人の人物だ。







(珍しいね、この時間に此処にいるのは)







此処は京一の家だから、日曜日の午後に彼が何処にいようと、それは彼の自由だ。
けれども日頃の行動パターンを考えると、実に珍しい事だった。


常ならば、この時間は他の門下生たちに混じって道場で竹刀を振るっている。
そうでなくとも、道場横で誰に言われるでもなく木刀で素振りをしている頃だ。

京一がこの枯山水の庭に来るのは、大抵、夕刻頃になってから。
春は小川の傍の桜の樹の上に、夏は岩の上に、秋はまた木の上で、冬になったら焚き火の傍にいて――――八剣が此処に来ると、京一は一日の出来事や学校で起きた事などを一頻り話してくれる。
そうして陽が随分下へ下へと落ちた頃になって、八剣が帰るのを見送ってくれるのだ。



……そう言えば、此処数日の間、そんな夕方の時間がすっかり抜け落ちていたような気がする。







パシン。
パシン。

パシィーン。






見慣れた子供が、見慣れない表情で蹲っているから、八剣は少し驚いた。



京一は、はっきり言って明朗快活だ。

良くも悪くも元気で正直で、真っ直ぐで、時々考えなしに行動する事があったりするが、それも本人は楽しそうだった。
怒られた時も、凹むよりも拗ねて怒っている事の方が多くて、落ち込んだ姿を八剣は見た事がない。
最も、意地っ張りな性格の子だから、見せるもんかと虚勢を張っている事も多々あったりするのだけれど。


そんな子が膝を抱えて蹲っているのだから、驚かない訳がない。



確かに此処数日で八剣が声をかけた時、上の空のような返事がした事もあった。
けれども残暑厳しい日々が続いているから、遅めの夏バテかなと八剣は思っていた。
ぼんやりしている所を父が揶揄えば拗ねた顔をするし、夏休みが終わって、学校が始まって面倒だとか、そんなものなんだろうと。


…思っていたのだけれど。








(そうでもないのかな)








通い始めて数年。
殆ど毎日此処に来て、だから勿論、この少年とも何度も顔を合わせている。

懐いてくれるまで少々時間がかかった事はあったけれど、今では「飯食ってけよ」と言われる事も増えた。
時間がかかった分だけ、八剣も京一の事が判ったから、行動パターンの奥底に付随する意味もよく知っている。


でも、このパターンは初めてだ。





……気になる。
はっきり言って、かなり気になる。




八剣は京一が気に入っていた。
子供らしく背伸びしたがる所も、少し生意気な所も、全部。


だから修練の後で疲れていても、京一から打ち込みの相手をしろと言われたら引き受ける。
学校で嫌な事があったとか、姉に揶揄われたとか、愚痴を零したいなら全部聞く。
宿題が判らなくて終わらないなら、手伝ってやる事もあった。

八剣のその様子に、彼の父である師範からは、「つけあがるから甘やかすんじゃねェ」とお達しが来た程だった。



そんなものだから、京一がこんなにも落ち込んでいる理由が気にならない訳がない。







「京―――――、」

「おう、八剣。何してんだ」







呼ぼうとした声を、遮られる。

振り返って見れば、此処の道場主であり、師範であり、八剣が敗北した人物であり。
目の前で蹲る小さな少年の父が立っていた。


この人物が毎日道場に顔を出す三人の内の、最後の一人だ。


この人はいつも和装を好んで着ているのだが、今日この時は剣道着だった。
肩に竹刀を担いで、恐らく、これから道場の方に赴くつもりなのだろう。







「師範、京ちゃんが――――」
「あん?」






八剣の陰になって見えなくなっていた息子を、首を伸ばして父は見つけた。






「少し元気がないみたいで」
「……ああ、」






その一言で、父は全て合点が行ったらしい。

多分、この人は事情を全て知っていて、京一がそれに囚われている事も気付いているのだろう。
けれども優しい言葉をかける事はなく、本人の気が済むまで好きにさせている。
無骨な父親らしい愛情だった。



暫く息子を眺めた後で、父親はガリガリ頭を掻いて、道場に向かって歩き出した。







「夏休みボケだ。ほっとけ、ほっとけ」







ったく、バカ息子が。
ま、たまには良い事だけどよ。



ひらひらと手を振って去っていく間際、そんな呟きが八剣の耳に届いたような気がした。
が、その真意を問うまで待ってくれる訳もなく、さっさと角を曲がって見えなくなってしまう。






(夏休みボケ、ね……)






ちらりと見遣れば、やはり子供は此方に気付かず、じっと蹲ったまま。
長く放っておいたら、そのまま其処で石になってしまうんじゃないかと思うくらい。
……その前に、京一の事だから、腹が減って母の下に行くだろうけれど。



取り敢えず、このまま見つめているだけで何が起こる訳でもない。



庭に敷き詰められた小石を踏めば、じゃりと言う音がする。
それをわざと少し大きめの音で鳴らすと、子供の頭がぴくりと揺れた。

京一が振り返る前に、八剣の方から声をかけた。






「隣、いいかな?」






くるりと大きな瞳が此方を向いた。

その瞳がいつものように爛々とではなく、寂しさの色を湛えていた事に気付く。
ああ重症だな、と八剣は胸中で一人ごちた。



京一は返事をしなかったが、座っていた岩の真ん中か少しずれて、スペースを作ってくれた。

其処に腰掛けると、それまで強く照り付けていた日差しが木の葉に遮られる。
少し風が吹いて樹がざわざわと音を立て、仕舞い兼ねている縁側の風鈴がちりんと音を鳴らす。
足元では、幅一メートルもない小さな川がさらさら流れていた。


此処は京一のお気に入りの場所、だから自然と八剣もこの場所の事が気に入っていた。


春は桜が綺麗だし、夏は葉桜が陽光を和らげてくれて、秋の彩りの変化も見せてくれるし、冬は焚き火が出来る。
そして、其処にはいつも京一がいて、夏の太陽みたいに笑っている。

時々元気が良過ぎて、木の上から落ちたり、小川に落ちて水浸しになったりもするけど、それも可愛いものだった。





隣に座った八剣を、京一は見なかった。
何をするでもなく、また片膝を抱えて俯いてしまう。






「……元気がないね」






頭をくしゃりと撫でると、小さな手がぺしっと八剣の手を叩く。
この反応は、子供扱いされるのを嫌う京一にはいつもの事だから、八剣は気に留めなかった。






「学校で何かあった?」
「なにもねーよ」






俯いたままで京一は応える。
受け答えはしてくれるから、少し安心した。






「じゃあ、誰かと仕合して負けちゃったかな」
「オレが負ける訳ねーだろ」
「そうか。それもそうだね」





京一はまだ小学生だが、高校生や大人と勝負しても殆ど負ける事がない。
八剣が知っている限り、京一が道場内で今のところ敵わないのは、自分の父親と八剣だけだ。

夏休みの前に八剣は京一と一度本気の仕合をしたが、結果は八剣の勝利で、京一は心底悔しそうだった。
それから今日に至るまで、八剣は京一と剣を交えた記憶がない。
師範である父の方はと言えば、指導の為に向き合うことはあるものの、仕合をしている事はなかったと思う。
だから誰かと勝負して負けて、此処で凹んでいる――――という訳ではないようだ。






「夏休みの宿題、終わらなくて先生に怒られた?」
「終わった。全部出した」





それも知っている。



夏休みの終わり頃、いつも父親に言われてから溜めていた宿題に追われ始めていた京一。
休みが終わってしまうのに片付かない宿題に、八剣に泣きついてきた事も少なくない。

けれど、今年の夏休みの終わる前に、宿題について聞いて見たら、もう終わった、と返ってきた。
八月の初めから祖母のいる田舎に行っていた京一は、その間に終わらせたと言う。
理由を聞いたら、父ちゃんが煩ェ、と言われたが、それは毎年の事だ。
そして言われているのに放ったらかしにして泣きを見る、と言うのが通例だったのに。


今年はなんだか、ちょっと違うな。
夏休みの終わり頃、一心不乱に素振りをする京一を見て、八剣はそう思っていた。







パシン。
パシィーン。







…今思えば。
今思えば、あの時一心不乱に素振りをしていたのは、何かを耐えようとしていたのではないだろうか。

手に豆が出来て、それが潰れた痛みの他に、時々ぎゅうと唇を噛み結んでいる事があった。
汗と一緒に胴着の袖で顔を拭った時、一緒に何か誤魔化してはいなかったか。
蝉の声が聞こえた時、随分遠くを見ていなかったか―――――………





ずり、と音がして。
京一を見ると、此方に背中を向けて丸くなっていた。

その小さな背中に問いかける。






「おばあちゃんの家に行ったんだってね。楽しかった?」






答える声はなく、京一の頭がこっくり縦に揺れる。






「そう。良かったね」
「…………ん」






同じようにまた揺れる。




……ぐす。
…すん。




その傍ら、聞こえた音を、八剣は聞こえない振りをする。
背中を向けた京一に合わせて、八剣も小さな背中すら見えないように背を向けた。

意地っ張りで背伸びしたがる子だから、そうするのが一番良い。






「……あのな、」






少し鼻声で、京一が言った。

背中に軽い重みがとんと乗せられる。






「ばあちゃんちな、」
「うん」
「ガキの頃に何回か行ったらしいけど、オレあんまり覚えてなくてよ。そんで行ったら、すっげー田舎だった」
「此処と比べちゃあね。仕方がないよ」






此処は東京、日本の首都。
ビルが沢山あって、物が溢れていて、人があちこちて衝突しそうな位にごった返している。
この東京で生まれ育った京一にとっては、それがごく当たり前の光景だった。

勿論、都心を離れて行けば山もあるし畑もあったりするけれど、小学生の京一の行動範囲はまだ広くない。
だから一面田畑が広がっていたり、直ぐ目の前に山があったりなんて、中々見られない景色だった。


彼の祖母はそういう場所に住んでいる。
もう随分な歳だと言うのに、祖父が死んで十数年、一人きりで。






「すげーな。カブト虫とか、クワガタとか、あっちこっちにいやがんの」
「緑が多いからね。此処と違って、手付かずの場所が」






この辺りだと、自然公園にでも行かないと、虫を追いかけることも難しい。
蝉なら街頭の樹に留まっている事もあるけれど、虫取り網で追いかけることは中々出来そうにない。


夏になると、京一はよく一人で自然公園に遊びに行く。
小さい頃は父も一緒で、虫の特徴や捕まえるコツを色々教えて貰ったらしい。

実際、よく捕まえてくるのを八剣も見ている。

朝から昼まで道場で汗を流すと、午後から外に遊びに行って、友達と遊んだり虫を追いかけたり。
都会の子供にしては珍しいんじゃないかと思うほど、京一は木登りや虫取りが得意だった。
それを存分に生かして、友達が登れない木は自分が登って、虫を捕まえてやる。
途中で転んだり、木から落ちたりして怪我をしても、帰って来た時はいつも嬉しそうに虫かごを見せてくれたものだ。



でも、都会と田舎では、根本から環境が違う。
動植物や昆虫が住むには、その性質に適応した環境が整っていなければいけない。
それはやはり、都会よりも田舎の方が向いている。






「ちょっと茂みの中入ったらさ、カマキリがいてさ。オレ、足ケガするとこだった」
「大丈夫だった?」
「ん。つーか捕まえてやったし」






さすがだね。
褒めると、背中越しに笑うのが伝わった。






「川もすっげーキレイでさ。魚がいると直ぐ見えるんだよ」
「いいね。釣りでもした?」
「それはしてねェけど。でもザリガニは捕まえた」
「挟まれたりしなかった?」
「……一回やられた」






拗ねた口調になった。
それが可笑しくて笑うと、背中を肘で突かれる。






「あと、スイカうまかった」
「こっちで食べるスイカと違う?」
「ん」






同じモンなのになァ。
なんでだろ。

首を傾げる京一に、さてどうしてだろうね、と呟いた。



背中の重みが少し増した。
体重を、そっくりそのまま預けられている。

珍しい。
人に寄りかかったり、甘えたりするのが嫌いな子なのに。
ああ、そうだ、重症なんだから仕方がない。


本当は振り返って抱き締めて、撫でてあげたいくらいだけど。
絶対に嫌がるだろうから、このまま、背中合わせのまま。







「あと………」






声が小さくなる。


風が吹いて、また樹がさわさわと音を立てて、また静まる。
竹刀の鳴る音は聞こえなくない。

だから、小さな子供の小さな声を遮るものは何もない。











「友達、できた」











嬉しそうに。
少し寂しそうに。

呟かれた言の葉に、ああ成る程と理解した。



此処から随分遠い田舎で、出来た友達。
一緒に遊んで楽しかっただろうに、それでも別れの刻が来て。

来年はもう、田舎に行く予定は無いらしい。
田舎に住んでいた年老いた祖母は、此処から近くにある病院に入ることになった。
だから、友達に逢いたくなっても、もう祖母の家のある田舎まで行く事はない。


小さな子供がもう少し大きくなって、一人旅が出来るようになった頃。
その友達がまだ其処にいるかは、判らない。

だからもしかしたら、もう逢えなくなる可能性もあって。






「そう。良かったね」
「ん」






……ぐす。






「一緒に虫取ったし、」
「うん」
「一緒に夏祭り行ったし、」
「うん」
「…一緒にスイカ食ったし、」
「うん」
「…………、」
「うん」






……ぐす。
…すん。




背伸びしたがりでも。
生意気盛りでも。
こういう所は、まだまだ小さな子供だと思う。






「本当に、随分仲良くなったんだね」
「……ん」






だから今年の京一の夏休みは、多分、その子一色だ。
祖父の家に遊びに行って、都会にないものを沢山見たのも勿論思い出の一つだけれど、それ以上にその子が一杯溢れている。






「また逢えるといいね」
「逢える」






半分は心から、半分は慰めで。
呟いた八剣の言葉に、はっきりとした声が返ってきた。
少し驚いて振り返りかけて、どうにか留める。

…てっきり、もう逢えないと思っているから、こんなに落ち込んでいるものだと思っていたのだけれど。














「今度は、あいつがオレに逢いに来るって、そう言った」















それまでの泣きそうな声なんて、気の所為だったと思わせる位に、強い声。
言い切る音に迷いはなくて、今ならきっと、見慣れた光が大きな瞳に宿っている。



どれ程離れているとか、いつ逢いに来れるようになるとか。
そういう理屈は全部後回しにして、いつか逢う為の約束をした。

だから。

だから時々、泣きそうになっても、絶対に泣いたりしない。
手を繋ぐ事が出来ないのが寂しくても、泣いたりなんてしたくない。
いつかまた逢う約束をしたから、もう逢えない訳じゃないんだから。





……ぐす。





此処でこうして蹲っているのは、嬉しかった事も楽しかった事も、別れ際の寂しさも、全部ひっくるめて大事な思い出だから。
その時少しだけ泣きそうになって、意地っ張りな子供はそれを人に見られてしまうのが嫌だから、限られた人しか来ない場所で一人になって、小さな体で全部全部受け止める。





…ぐす。
……ずずっ。





鼻を啜って、一呼吸するのが背中越しに伝わる。
はあ、と大きく息を吐いて、張っていた小さな肩の力が少し抜けた。











「……ばぁか」











零れた言葉は、見えない未来へ約束をした友達へか。
それとも、それを疑いもしない自分へか。

多分どっちでも良くて、それもどちらも悪い気はしないのだろう。





どうやら、この子はとても良い夏を送れたらしい。
少し元気がない事への心配は、もう八剣の中に残っていなかった。

寄りかかる重みが心地良くて、八剣はもう暫く此処にいる事にする。






「京ちゃん」
「……あ?」






呼びかけた時の返事の仕方が、段々父親に似て来ている。
それを言ったら、天邪鬼なこの子はいつも顰め面になって、父から拳骨を食らっていた。









「その友達のこと、好き?」









ぴくり。
背中の重みが少し揺れる。


これは背中合わせじゃないと、本音が聞けない。
素直じゃない子だから、好きか嫌いか問われたら、好きなものでも嫌いだと言ってしまう。
好きなものを好きだと認めて口に出すのが、恥ずかしくて仕方ないらしい。

でも、今なら背中合わせだ。
お互い顔を見ていないから、天邪鬼な子ももう少しだけ素直になれる筈。








カレンダーが捲られて、数字は8から9に変わった。
だけれど空の色は相変わらず夏色一色で、街頭の植物たちもまだまだ青く茂っている。
ファッションは秋物が出回るけれど、残暑は強く、暦は既に秋だなんて到底思えない日が続く。

此処から遠く離れた田舎の方はどうだろう。
この街よりも、季節の変化は早く訪れるのだろうか。



夏が過ぎて一生を終えた蝉達が、地面の上で眠っているのをよく見付ける。
あれだけ煩かった蝉の声は、もう此処では聞こえない。



街を歩く高校生達は、まだ半袖で、夏休み気分が抜け切らない。
市営プールも賑やかなもので、やっぱりまだ夏なんだろうと思ってしまう。

だけれど季節は確かに移ろい変わりつつあって、陽が落ちるのも早くなる。
人が気付かない速さで時間は過ぎて、少しずつ人も変わって行く。





一夏の間に、見知った子供が随分大きくなったように。
気付いた頃には、背中の重みもまた少し重くなっているのだろう。

そしていつかは、見上げる瞳が同じ位の高さにまで成長している日が来て――――――、
















「好きだよ、好き。じゃなきゃ、また逢おうなんて思うかよ」



















その時、是非とも見てみたい。

大好きな友達と笑う、太陽のような眩しい笑顔を。

























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多分、色々後悔している事もあるんです。
でもそれ以上に、嬉しくて楽しかった事も溢れてるんです。
だから、思い出したら楽しかった気持ちにもなるけど、やっぱりちょっと寂しくもなる。

まさかの全編八剣視点です。
チビ京と八剣、いいなぁ。寄っかかられちゃって、いいなァ……

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