例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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ちいさなおひめさま







マリィには、大好きな人がいる。
マリィよりもちょっとお兄さんの、優しい男の子。






その子がマリィのいる保育園に来るようになったのは、つい最近だ。
毎日来る訳じゃなかったけれど、でも、殆ど毎日やって来る。

マリィはその日が楽しみで楽しみで、男の子が家に帰ると、早く明日にならないかなあと思うのだ。



男の子はとても優しい子で、マリィの頭をぽんぽん撫でてくれる。
メフィストの事も気に入ってくれて、マリィがメフィストを差し出すと、ぽんぽんとメフィストの頭を撫でた。
その時見せてくれる笑った顔が、マリィは大好きだった。





保育園で、マリィより小さな子はいない。
皆マリィより大きくて、立って歩けないのはマリィだけだ。


マリィは、普通の子よりも体が小さい。
同じ二才の女の子と並んでも、一回りも小さかった。

小さいことを、マリィは特別気にしていない。
でも皆と同じ遊びが出来なくて、追いかけっこも出来ないのは、少し淋しかった。
お散歩に行く時も、マリィだって皆と同じように歩きたいのに、いつも舞子先生やマリア先生に抱っこされないといけない。
歩けないから仕方がないけれど、マリィはそれが少し、淋しかった。



いじめられたりしている訳じゃない。
仲間はずれにされている訳じゃない。

皆マリィに優しい。


でも皆、マリィと同じ遊びはあんまりしてくれない。
マリィは皆と同じ遊びが出来ないから、皆にそんなつもりはなくっても、マリィは自分だけ仲間はずれみたいだった。





そんな所に、男の子はやって来た。
龍麻という名前の、優しい顔した男の子。

優しい笑顔と、優しい手。
絵本を読んで貰った時に聞いた王子様みたい、とマリィは思っていた。


龍麻は、マリィと一緒にいてくれる。
マリィが後ろをハイハイしてついて行くと、立ち止まって待ってくれる。
座っている時に膝の上に登ると、頭を撫でて、膝の上にちゃんと座らせてくれる。
抱っこはまだして貰えないけれど、もっと大きくなったらしてあげるね、と言ってくれた。

抱っこもお膝の上に座らせてもらうのも、マリア先生や遠野先生や舞子先生にして貰ったことがある。
でも男の子でしてくれる人はいなくて、それをしてくれた龍麻は、マリィにとって王子様だった。




マリィは龍麻が大好きだ。

小さくたって女の子だ。
これは恋だ、きっと、間違いなく――――だって彼は王子様だ。
お姫様が恋をするのは、優しくて強くて格好いい王子様なんだから。






でも、小さなお姫様の恋は、色々大変なのだ。



























積み木で遊んでいた龍麻の背中に、何かがとんとぶつかった。
それで手元が少し狂って、持っていた積み木が積んでいた積み木にこちんと当たって、がらがら崩れた。
龍麻の眉毛がへにゃりと下がる。

でも怒ったりはしなかった。
背中にぶつかってきた小さな温もりがなんなのか、知っているから。



振り返ってみれば、思ったとおり、小さな小さな女の子。






「どうしたの、マリィ」
「ふあ」






龍麻はマリィを抱き上げて、膝の上に乗せてあげた。
大好きな龍麻のお膝抱っこに、マリィは嬉しそうに笑う。


マリィを抱っこしたままで、龍麻はまた積み木を始めた。
少し動き辛いけれど、小さなマリィを抱っこするのは嫌じゃないから、龍麻は気にしない。

土台を作って、そーっとそーっと、上に筒の形をした積み木を置く。
真剣な表情で積み木をしている龍麻を、マリィは膝の上からじっと見上げた。
いつもふわふわ優しい龍麻の顔が、こんな時はきりっと締まって、マリィにはとても格好良く見える。



マリィにとって、この保育園で一番格好いい男の子は龍麻だった。


醍醐は体が大きくて熊さんみたいで、如月は笑わなくって少し冷たそうで好きじゃない。
雨紋はやんちゃばっかりで落ち着きがないし、亮一はいつも泣きそうで情けなさそう。
壬生は落ち着いているけれど、こっちも如月と一緒で笑わなくって少し冷たそう。
京一はいつも勝手な事ばっかりしていて、よく皆とケンカをするから、乱暴そうで好きじゃない。
犬神先生は大人だけれど、よれっとした服ばっかりで、なんだかだらしがない。

その点、龍麻は優しいし、いつも笑顔を見せてくれるし、乱暴なんて絶対にしない。
マリィの中で龍麻は格別な存在だった。



じっと見上げてくるマリィの視線に気付いて、龍麻が目線を落としてきた。
ばっちり目が合ったマリィは、ぽっと頬を赤くする。






「マリィもつみ木、する?」






龍麻の手でちょっと大きいくらいの積み木は、マリィにはもっと大きい。
でも龍麻と同じ事が出来るのが嬉しくて、マリィは両手で四角い積み木を持った。






「ここにのせてね」






龍麻がそう言って指差したところに、マリィはそーっとそーっと、四角い積み木を置いた。






「マリィ、じょうずだね」






ぱちぱち、龍麻が拍手してくれた。

嬉しくって、マリィは今度は三角の積み木を手に取る。






「それは、ここにおいてね」






さっき乗せた四角い積み木の上を指差して、龍麻が言った。
そーっとそーっと三角を置くと、龍麻はまた拍手してくれた。


大好きな龍麻に褒めてもらうのが嬉しくて、マリィはどんどん積み木を乗せていった。
此処だよ、と指差して教えて貰った場所に、あるだけ積み木を置いていく。

……その内、積み木はなんだかよく判らないオブジェになっていた。


なんだかよく判らないオブジェの正体が何かなんて、マリィはちっとも気にしなかった。
マリィにとって大事なのは、積み木が何の形を作るかと言う事じゃなくて、龍麻に褒めてもらうこと。
龍麻の代わりに積み木を積み上げて、龍麻に喜んでもらうことが何より大事だった。




そうしている間に、マリィがいつもお昼寝している時間になった。
小さなマリィはまだまだ寝ている時間が多くて、ちょっと遊ぶと直ぐ眠たくなってしまう。

でも今日はちっとも眠くなくて、積み木遊びに夢中になっていた。
途中で遠野先生がやって来て「眠くない?」と聞いたけど、マリィは返事をしないで積み木に勤しんだ。
眠たそうな表情もしていないのを確認して、遠野先生は、マリィが寝ちゃったら教えてね、と龍麻に言って他の子を見に行った。


お昼寝なんかより、こうして龍麻と一緒に遊んでいる方がずっと良い。
恋する乙女は一途なもので、マリィは龍麻に褒めてもらえるのと喜んでもらえるのが嬉しくて、とにかく夢中になっていた。



葵が龍麻に声をかけてきた。
何かに龍麻を誘ったけれど、龍麻はマリィと一緒にいると言った。
マリィはその言葉が嬉しくって堪らない。

積み木が一段落したから、マリィは嬉しさを一杯胸に抱いて、龍麻の膝に登った。
龍麻は優しく微笑んでくれて、マリィが落ちないように、きちんと膝の上に乗せてあげる。


龍麻はマリィを優先してくれる。
小さなお姫様は、これがとてもとても嬉しかった。






――――――嬉しかった、けれど。








「……ヘンな形」








積み木を見て言われた言葉に、龍麻とマリィが顔を上げる。
と、其処には動物図鑑を脇に抱えた京一が立っていて。

――――――来た、とマリィは思って、ぷくっと丸いほっぺを膨らませた。






「ヘンな形じゃないよ」
「ヘンだろ。なんだかわかんねェもん、それ」






つんつん、積みあがった積み木の天辺を突付きながら、京一は言った。






「おまえ、ヘンなもんばっか作るのうまいよな」






褒めてるんだか、褒めてないんだか。
マリィにはよく判らなくて剥れたが、龍麻はなんだか嬉しそうだ。




マリィにとって、京一は敵だ。
恋敵だ。



だって、マリィはこんなに龍麻のことが好きで、龍麻もマリィに優しくしてくれるのに、京一が来るとそっちに行ってしまう。
ちょっと前まで龍麻は京一の後ろを追いかけていて、マリィはそれが悔しくて悔しくて、羨ましかった。

京一ちょっと前まで誰とも仲良くしなかったのに、龍麻が来てから変わった。
いつもいつも一緒にいるという訳でもなかったけれど、京一は龍麻には自分から声をかけるし、何かに誘ったりする。
そうすると、龍麻は、他の子と遊んでいても京一を選んで一緒に行ってしまう事が多かった。


恋に恋する女の子にとって、こんなに悔しいことはない。
大好きな人が、自分よりも大好きと言う人がいるなんて、小さくたって焼餅する。



だからマリィにとって、京一は恋のライバルだった。






「もっとかっこいいもん作れよ」
「かっこいいよ、これ」
「どこがだよ。ヘンだぞ、これ」






変だ変だと言われて、マリィはどんどん頬を膨らませた。
龍麻と自分が一所懸命、一緒に作ったものなんだから、無理もない。

でも龍麻はちっとも気にしていないみたいだった。






「きょういちもやる? つみき、たのしいよ」
「いい」






きっぱり断る京一に、マリィはむぅと剥れる。
折角龍麻が誘ってくれたのに! と思うのだ。


積み木は断った京一だったが、龍麻の隣に座って、動物図鑑を開く。






「きょういち、つみきやらないね」
「つまんねェから」
「たのしいよ」
「つまんねェよ。すぐたおれるし」
「ヘタなんだ」
「ヘタ言うな」






龍麻の言葉に、京一が口を尖らせて言った。






「ゆっくりおいたら、たおれないよ」
「いい。どうせやらねェし」
「ぼくはやりたいよ」
「一人でやってろよ」






素っ気無い京一の台詞に怒ったのは、龍麻じゃなくてマリィだ。


それまでじっと黙って龍麻の膝抱っこに身を任せていたマリィだけれど、またそっぽを向いた京一の態度が嫌で、マリィは手を伸ばして京一の服を引っ張った。
ぐいぐい引っ張る力はそんなに強いものではないけれど、それでもマリィの精一杯だ。

京一は怖い顔をしてマリィを振り返った。






「なんでェ、このガキ」






京一は直ぐ怒る。
だから皆とよくケンカをする。
龍麻にだってちょっと前まで凄く怒ったりしていた。

相手がマリィのような小さな女の子でも、マリア先生や犬神先生みたいな大人でも、態度を変えない。
誰にでも怒るし、怖い顔をするし、龍麻とは正反対だ。
どうして龍麻と仲良く話をしているのか、不思議な位に。


でもマリィは京一を怖いとは思わなかった。
怖いより嫌いの方が強い。

だって大好きな龍麻を取るから。




服を引っ張るマリィの手を放そうと、京一が体を捻る。
でもマリィはしっかりと京一の服を掴んでいて、ちっとも放そうとしなかった。
放すどころか、京一の腕をぽかぽか叩き始める。






「てッ、いてッ。なんだよ、おまえッ」






マリィの体は他の子たちよりずっと小さいけれど、一所懸命叩けば、京一もやっぱり痛い。
京一は立ち上がって大きい声で言うと、怖い顔でマリィを睨んだ。

マリィが龍麻にぎゅうとしがみ付く。
龍麻はぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。






「きょういち、マリィがこわがるよ」
「たつまッ! てめェどっちの味方だッ」






龍麻がマリィを庇うのが腹が立って、京一は今度は龍麻を睨んだ。






「きょういち、おにいちゃんなんだから、おこっちゃダメだよ」
「そいつがいきなりなぐって来たんだぞ! なんでオレの方がおこったらダメなんだよ!?」
「だっておにいちゃんだもん」





マリィはこの保育園で一番小さいから、龍麻も京一も年上だ。
だからこんな事で怒っちゃダメだと、龍麻は言う。

でも理由も判らず叩かれるなんて、京一には簡単に許せない。


うーっと怒った犬みたいに唸る京一から隠れるように、マリィは龍麻に抱き着いた。
龍麻はそんなマリィの頭を撫でてくれた――――のだけれど。






「マリィもごめんなさいしよう」
「うぁ?」






なんで?

龍麻の言葉の理由が判らなくて、マリィはきょとんと首を傾げた。
京一は膨れっ面でマリィと龍麻の遣り取りを見ている。






「マリィ、たたかれたらいたいよね」
「いたぃ」
「きょういちもいたかったんだよ。だからきょういち、おこったの」
「しぁなぃ」
「このチビ……」
「きょういち、おこらない」






ぷんっとそっぽを向いたマリィに、京一がまた怒った。
でも龍麻に止められて、今度は京一もそっぽを向いて、開きっぱなしの動物図鑑を持って、顔を隠すみたいに読み始める。






「マリィは、きょういちがキライなの?」
「きぁい!」
「オレもキライだ、チビ」
「きょういち」
「フン!」






京一は図鑑に顔を隠したままだ。
龍麻の方を見もしない。






「ぼくは、きょういちがすきだよ」
「まりぃはきぁい!」






マリィは龍麻は好きだけど、京一は嫌いだ。
龍麻が京一を好きだと言うから、京一が嫌いだ。

小さな体で大きな声で一所懸命に主張するマリィに、龍麻はうん、と頷いて頭を撫でた。






「ぼくね、きょういちがすき。マリィもすきだよ」






笑顔で好きだよと言われれば、恋する小さなお姫様は、ぽわっと頬をりんごみたいに赤くする。






「だからね、ぼくは、きょういちとマリィに、なかよしになってほしいんだ」
「……うぅ」






大好きな龍麻からのお願いだ。
でも、お願いの内容がマリィには嫌だ。

だってマリィは京一が嫌いだ。
龍麻を取るから嫌いだ。



葵や小蒔みたいな子ならまだいい。
あの子達も女の子で、龍麻と仲良くしているとマリィはちょっと嫌だけど、京一の時程じゃない。
葵や小蒔はマリィにも優しいし、龍麻にも優しいから、マリィは葵や小蒔は嫌いじゃない。


でも京一はいつも怒ってるみたいだし、この間まで龍麻にも凄く冷たかった。
今でも冷たい所はあって、さっきだって折角龍麻が積み木に誘ったのに、ちっとも相手にしない。

龍麻が誘ってくれたのに!



だからマリィは、京一の事が嫌いだ。
大好きな龍麻をマリィから取るし、龍麻が誘っても冷たいばっかりだから。




……なのに龍麻は、京一に怒らない。
だって龍麻は王子様で、皆に優しい男の子だから。






「ダメかな?」






マリィは龍麻が大好きだ。
大好きな龍麻は、マリィが嫌いな京一の事が大好きだ。

マリィは京一が嫌いだけれど、だからって龍麻に大好きな人の事を嫌いになってなんて言えない。
そうしたらマリィは龍麻の事を嫌いにならなきゃいけないし、そんなの無理だ。
大好きで大好きで大好きで堪らない龍麻を、嫌いになんてなれる訳ない。



むうと頬を膨らませるマリィに、龍麻は困った顔で笑った。

…そんな顔をされると、マリィはもうイヤだなんて言えなくなる。
だって笑った顔が淋しそうで、マリィは龍麻のそんな淋しい笑顔は見たくない。
マリィが大好きな龍麻の笑顔は、もっと優しい、ふわふわの笑顔なのだから。






「なかよくしてくれる?」
「…………」






こっくり。
マリィは頷いた。

頭をぽんぽん撫でられる。



龍麻はマリィを膝抱っこして、京一と向かい合った。
図鑑で顔を隠していた京一が、ちょっとだけ顔を上げる。

京一とマリィの目が合った。






「はい、マリィ」







促されたけれど、マリィはどうしても顔が変になってしまっていた。
龍麻のお願いは聞きたいけれど、やっぱり直ぐには無理だ。
だって大嫌いだし。

でも――――このまま黙っていたら、大好きな龍麻に嫌われるかも知れない。
そっちの方がマリィは嫌だ。






「………ごめんなさぃ」






ぎゅうと龍麻に抱きついて、口の先っぽを鳥みたいに尖らせて、それでもマリィは、ごめんなさいを言えた。
言ってすぐにぷぃっと視線を逸らして龍麻の胸に顔を埋める。


京一は、しばらく何も言わなかった。
でもこっちを見ているのは判った。

そうして、京一もマリィも龍麻も、じっと黙っている時間が続いてから、







「……おこってわるかったな」







言う雰囲気はいつもと同じ、ちょっと怖い感じ。
やっぱり京一は、龍麻みたいに優しく喋ってくれない。

でも、ちゃんと謝ってくれた。


マリィが京一の方をちらりと見てみると、京一の顔はもう本で隠れていた。
大きくて重い図鑑を両手だけで浮かし上げて読んでいる。
子供にはまだ重い図鑑を持った腕が、ぷるぷる震えているけれど、京一は図鑑を下ろそうとはしなかった。



ぽんぽん。
龍麻がマリィの頭を撫でた。







「ありがとう、マリィ」







マリィが顔をあげれば、其処には嬉しそうな龍麻の顔がある。
マリィの大好きな、ふわふわ優しい龍麻の笑顔が。













大好きな人がこんなに喜んでくれるなら、大嫌いな子でも、ちょっとは好きになれるかも知れない。















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マリィvs京一の勝敗は、龍麻の一人勝ちです(笑)。

マリィは京一にやきもち焼いて、京一に色々イタズラしたらいい。
京一は、龍麻との事は別にそれ程気にしてないけど、ちょっと意地になって張り合ったらいい。

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