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―――――――なんてきれいで、にくたらしい。
京一と如月が中国の地に立ってから、一ヶ月近くが経つ。
空港を出て一週間は都市部で過ごしたが、その後は殆ど閑散とした西部を転々と歩き回っている。
情報収集を行っているのは、専ら如月で、京一はその時々に滞在している村の木の上で暇を持て余している。
自慢じゃないが日本語でさえ時折ぐちゃぐちゃになってしまう京一である。
文法の使い方からして日本語と違う中国語など、まるで理解できる訳がない。
日本を経つ時は「コイツと二人で…?」と思ったものの、こうしてみると実に助かる。
勿論、それを差し引いても、この如月と言う人物は十分信頼と信用の置ける人物であるのだが。
日本とも、同国内の都市部とも違う山岳部の環境にも慣れてきた。
元々柔な作りはしていないし、《力》を得たことと、恐らく過去に師に扱かれたお陰だろう。
時に緩やかに、時に激しく変化する中国の大地の“氣”も、直ぐに読めるようになった。
読めることが出来れば、後はそれに自分の“氣”の流れを順応させればいい。
だが、夜の冷え込みは少々辛い。
生まれ育った東京は勿論、都市部にも暖を取る為の手段は当たり前に存在していた。
それだけに、住む人間すら殆どいない地域での夜は流石に堪える。
今日もまた、山のど真ん中で野宿だ。
焚き火の傍で寝るのも、最初の内はキャンプのような気がしてそこそこ楽しんでいたのだが(同行人からは暢気な奴だと呆れられたが、文句を言うより良いだろうと思う)、それも一週間も続けば飽きてくる。
連続で野宿になる事は覚悟していたが、そろそろ人の気配が恋しくなってくる。
京一は中国語など喋れないので、大して人々と話をしないが、それでも近くに人がいるのといないのでは違う。
…一人隣にいるにはいるが、毎日顔を合わせている相手なので、正直ありがたみは感じられなかった。
ゆらゆら揺れる焚き火の番を如月に任せ、京一はと言えば、寝袋に収まって遮るもののない空を見ていた。
そんな時だ。
吹き抜ける風以外の音が聞こえたのは。
「―――――君は、」
鼓膜に届いた呟きに、京一は視線だけを傍らの青年へと向ける。
パチパチと、火が揺らめく。
決して動くことを止めない明かりが、いつもと同じ表情をした如月の顔を映し出す。
「君はどうして、其処まで彼を見つけ出そうとするんだ?」
問い出された事柄に、京一は何を言い出すのかと思ったらそんな事か、とまた空へと視線を戻した。
「決まってんだろ。ブン殴ってやるんだよ」
「…普通は仲間だからとか――――そういう答えが返って来るものだと思うんだが」
「まーな。葵辺りならそう言ったんだろうけどよ」
ごろりと寝返りを打って、京一は灯りに――――如月に背を向けた。
此処にいるのが葵や小蒔であったなら、如月が言うよう答えを口にしただろう。
共に戦って来た仲間だから、そしてこれからも共に歩んで生きたい友達だから。
今も何処かで生きていると言うのなら、探して見つけ出して、もう一度同じ道を歩みたいと。
だが京一の胸中にあるのは、そんな暖かで涙が溢れるような感情ではない。
今し方如月に答えた言葉そのものが、京一の中では暴れて渦巻いて、本当に彼を殴ってやらなければこの感情は治まらない。
ふぅ、と如月が溜息を漏らした。
単細胞の考えている事は判らない、どうせそんな事を思っているのだろう。
(判るもんかよ)
自分の腕を枕にして、京一は横たわった中国の大地を睨む。
まるで憎むべき存在がその向こうにいるかのように。
―――――そう、正に、捜し求める彼を憎んでいるかのように。
判るものか。
判る筈があるものか。
自分の胸の内を判る人間など、共に戦った仲間達の内でさえ存在しないだろう。
……常に隣に並んでいた、彼ただ一人を除いて。
耶之路龍治の魂と肉体を、柳生宗嵩から解放し。
引き離した無防備な彼の身を預ける相手に、彼は迷いなく京一を選んだ。
京一もそれに応えた、彼の名を呼び救い出された少年へと手を伸ばした。
―――――その時、本当なら、彼の手も捕まえる筈だったのだ。
なのに彼は、耶之路龍治を京一へと投げる時、わざと力の加減をせずに投げた。
京一が受け止められるギリギリの勢いで、彼はそれ以上を望まなかった。
掴める筈だった。
捉まえられる筈だった。
留める事が出来た筈なのだ、本来なら――――恐らく、きっと。
耶之路龍治を受け止めた後、京一はそのまま、勢いに飲まれて落下した。
下にいた仲間達が受け止めてくれていなかったら、全身をしこたま打って良くて再起不能の体になる所だった。
多分、それも判っていて、彼は京一へと龍治を預けたのだろう。
そうして見上げた次の瞬間には、彼は渦巻く氣の中心に存在していた。
どんなに手を伸ばしても、二度と手の届かない場所に。
そして激流と化した氣の流れの中に消え行く刹那。
見てしまった彼の表情に、京一は悲しみよりも怒りよりも、憎しみを覚えたのだ。
(オレも、)
(オレも一緒だ)
……その言葉を、何度叫んだだろう。
そうして、彼が背負うと決めたものを、自分も背負うと決めたのに。
京一がそれを口にする度に、彼は小さく微笑んで頷いたのに。
最後の、最後で、
(置いていかれた)
(判ってる)
(オレなんかじゃあ足手まといになるだけだから)
(巻き込みたくないと思っただけだ)
(……だからオレは、置いていかれた)
仲間が大事だから。
大切だと思うから。
傷付けたくないと願うから。
彼はそういう人間だ。
だから自分一人で背負おうとする。
けれどそれでは、自分と彼は、“対等”じゃない。
………“対等”だと、
同じ高さにいるんだと、
…………思っていたのは、自分だけ。
そしてもしも。
もしも、“対等”であると思っていながら、置いていったのだとしたら、
(―――――――ま、どっちにしても)
目一杯殴るのは、絶対に変わらないだろう。
綺麗な顔で笑っていた。
笑った顔で、彼は音のない声で呟いた。
その呟きを、自分は確かに聞いていた。
ごめんね。
ありがとう。
そして最後に、“ ”。
綺麗な笑顔で零れた声を聴いた瞬間、絶対に殴ってやらなきゃ気が済まなくなったんだ。
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いつか書きたい、本編終了後の中国での話。
二人が再会するまでの話を、長~~~~~~いスパンで書いてみたい(爆)。
行方の知れぬ京一、醍醐、小蒔を探す為、雨紋が楢崎道心と名乗る老人と共に、結界を出て行った後。
残った龍麻、葵、如月、織部姉妹の間に、会話は殆どなかった。
その後、荒井龍山と如月が何か話があるとかで部屋を出て。
じっとしているのは苦手と言う雪乃に付き添うように、織部姉妹も庵の外で、二人氣を高めるように真言を唱え始め。
一種異様な空気になった小さな囲炉裏の傍らで、龍麻と葵にあったのも、やはり無音だった。
此処に来た時から――――いや、以前から、葵はずっと不安そうな顔をしている。
今も眉根を寄せ、表情を曇らせたまま、彼女は膝の上で握った手をじっと見詰めている。
きっと、今すぐにでも飛び出して行きたいのだろう。
京一も醍醐も小蒔も、大切なクラスメイトで、仲間で、何にも変えられない。
今年の春から五人が揃って、何度も死線を潜り抜けてきたのに、今正にその最中である筈なのに、此処にいるのは常の半分以下。
いや、人数が問題なのではない、傍にいる筈の姿が何処にもないから怖いのだ。
それぞれが拳武館と名乗る集団の刺客に遭った直後、彼らの下にもそれらは間違いなく現れただろう。
そして、此処にいないと言う事は――――――最悪の考えが脳裏を過ぎるのも無理はない。
けれども、どうしてだろうか。
龍麻は、彼女に比べて随分落ち着いていられた。
醍醐の事は心配だ。
少し前から、時々何かを考え込んでいるような節があった。
小蒔の事も勿論。
醍醐と一緒にいるのなら、まだ良いのだけれど。
葵の携帯電話も繋がらないと言うから、益々心配は募る。
………それから、もう一人いるのだけれど。
(京一は、大丈夫だよ)
数十分前に、自分自身が言った言葉。
殆ど無意識に、零れ落ちた言葉。
それぞれが不在の者への安否に不安を募らせる中、何故だろうか。
するりと思った言葉が口を突いて出てきたのだ。
そう思った理由なんてない。
漠然としたものだった。
龍麻は見た。
彼がいつも手放さなかった木刀が、まるで墓標のように大地に立っていたことを。
それも、柄の部分を失った状態で。
まるで刀の主が、それを手にする者が、既にこの世にいないような軌跡。
後は、降りしきる雨が流してしまったかのように、何も残っていなかった。
それを言ったら、目の前で不安げに震える少女は、きっと泣き崩れてしまうのだろう。
この場を離れた仲間達も、そんな莫迦なと言いながら、唇を強く噛んだだろう。
探す事も、もしかしたら諦めてしまうのかも知れない。
けれども、どうしてか龍麻は何も不安に思わなかった。
此処にいないことを、どうしてだろうと思う事はあっても。
(京一なら、大丈夫)
どうしてそう思うのかなんて、自分自身でも判らない。
ただ、その想いが揺らがない事だけが確実だった。
……自分で自分にそう言い聞かせているのかも知れない。
彼なら大丈夫だと、必ず来てくれると、そう思う事で、狂いそうな自分を抑制しているのかも知れない。
初めて出逢った時から、全力で正面からぶつかって来てくれた、親友。
あんなにも真っ直ぐに突き付けてくれたのは、多分、彼が初めてだったと思う。
それから京一はいつも近くにいてくれて、龍麻が何をしても受け入れてくれた。
一緒に背負ってやると言ってくれた彼は、その言葉通り、常に傍らにいてくれて。
それが今、すっぽりと隣の空間が空白で、酷く落ち着かない。
そんな自分を狂わないように、頭の中の歯車が少し可笑しな噛み合いを始めたのかも知れない。
彼がいなくなるなんて、そんな事は有り得ないと、目の前の現実を歪ませるように。
でも、それで良い。
噛み合いが狂ったのでも、信じているのは本当だ。
大丈夫。
大丈夫。
彼はきっと帰ってくる。
(大丈夫だよね、京一)
いつかの彼のように、自分は彼の下へ駆けて行く事は出来ないけれど。
此処でずっと、彼を信じて待っている。
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校庭に突き刺さった、京一の木刀。
あれを見付けた時、龍麻はどう思ったんでしょうか。
そしてそれを見ていながら、はっきり「京一は大丈夫」と言い切ったのは何故だろう。
……真面目に考えても、結局“愛!!”に行き着く腐った脳みそ(爆)。
透明な水に、一つ、色を流してみよう。
さて、どうなる?
「そりゃ、水はその色になるだろ」
龍麻の唐突な問いに、京一は眉根を寄せながら答えた。
訝しげな顔をするのは、その問い掛けの真意が判らないからだ。
水―――H2Oとは本来、無色透明なものだ。
酸素と水素が結合しただけのものならば。
しかし其処に別の成分を取り込ませると、それは無色透明ではなくなる。
絵の具の緑を混ぜれば緑色、黄色を混ぜれば黄色、地面の土を混ぜれば茶色。
そんなのは当たり前の事だ。
それを何故唐突に、ちょっと気になる事があったんだけど、と言うように問うて来るのか。
「やっぱりそう思う?」
「他に何があるよ」
莫迦にしてんのかと睨めば、龍麻はけろりとした顔で手元の苺牛乳を啜る。
「じゃあさ」
「今度は何だよ」
次はどんな妙な事を言い出すのか。
そこそこ深い付き合いをしている所為か、龍麻の思考回路はいまいち読めないが、面白いと思うくらいには慣れてきた。
観察しているような気分で、京一は龍麻の次の言葉を促す。
しかし、出て来た問いにまた京一は眉根を顰める事となる。
「透明な心は、どうなると思う?」
――――――水ではなく。
違う性質に置き換えて、同じ問い。
なんのこっちゃ。
京一の心情はそれで埋められたが、それも数秒だった。
慣れとは恐ろしいものである。
妙に回りくどい言い方をするから、面倒臭い問いに聞こえるのだ。
置き換えてみれば、龍麻が何を聞こうとしているか判る筈―――――多分。
透明な心――――そう、例えば赤ん坊だ。
よく比喩で使われる、まだ何にも染まっていない、まっさらな状態と言う奴。
それがどんな色に染まっていくかは、周囲の環境如何となる訳で。
「やっぱ染められるんじゃねェの? 水と一緒でよ」
英語をちゃんと覚える為には幼児期からの教育が良いとか。
漫画なんかでは何某かのスペシャリストは、大抵物心覚える前からその筋についてプロに教育されたとか。
生みの親より育ての親とか。
経験がないことを始めて経験した時にも、それは起こるだろう。
京一が生まれて初めて剣で勝った時にも、――今は殆ど思い出せないけれど――起きていたのだろうし。
それによって、今の色がある筈だ。
ずっと無色透明ではいられない。
生まれて、自我が目覚めて、歩き続けていれば、必ず何かの色に触れる。
そして染められていくのだ。
「京一もそう?」
「は? ……オレ?」
「うん。京一も染められるのかなって」
「……今更何に染められるんだよ」
龍麻の唐突な問いには慣れてきた。
慣れてきたが、やっぱり付いて行けないものは付いて行けない。
もうやってられるか。
そんな心情で、京一はフェンスに背中を預けて空を仰いだ。
ねえ、と隣で答えを促すのが聞こえたが、無視して目を閉じる。
完全に相手をする事を放棄した京一に、龍麻は暫く粘って問い続けていたが、その内それも止めた。
遠くでチャイムが鳴るのが聞こえる。
無視して、京一はそのまま睡魔に身を任せた。
だから、隣の親友がどんな顔をしていたのかは知らない。
透明な水に色を流せば、水はその色に染まる。
透明な心に色を流せば、それも同じと言うのなら、
君のまだ透明な部分に、僕の色を流し込んで良いですか。
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うちの京一はスレてる所と、極端に素直な所があります。
耳年増的な面もあって、天邪鬼な面もあって、かと思ったら子供みたいだったり。
…そんなだから、うちの京一は黒龍麻に食われるんだろうな(爆)。
好きだと言う事。
愛されると言う事。
愛すると言う事。
………それは、夢見る乙女が思うほど、綺麗なモノではないけれど。
付き合っているといっても、公然とはしていない仲だ。
何せ世間一般の恋愛の仲ではないのだから、無理もない。
だから、こういう事もしょっちゅうあるのだ。
「緋勇君」
呼ばれて振り返る相棒に倣って、京一も足を止める。
半身になって後ろを見遣れば、其処に立っていたのは、名前は勿論顔に見覚えもない少女。
何か用と少女に尋ねる龍麻の横で、京一は少女の成り立ちを眺めてみる。
身長は日本人女性の平均よりも少し高めで、肉付きはグラマーと言うのが正しい。
髪の毛は薄らと茶色が雑じった色をしていて、多分染めてはいないだろう。
長さもショートカットにされており、化粧も余りしていない、けれどもすれば映えるだろうなと言った風。
少しボーイッシュな感じがする少女だったが、龍麻を前にしている今、花も恥らう乙女状態。
ほんのりと頬を染めながら、少女は胸の前で両手をもじもじと手遊びしていた。
あのね、といつまで言い澱んでいる少女。
その内京一は、少女がちらちらと自分を見ていることに気付いた。
くるり、京一は二人に背を向ける。
「京一?」
「先行ってるぜ」
ひらひら手を振って告げる京一の足取りは、自分の教室には向いていない。
屋上か中庭か。
少し考えながら歩いている間に、足は階段の下層を選んで進んでいった。
その間、京一は一度も後ろを振り向いていない。
だが自分がいなくなった事で少女が龍麻に何を告げたかは、大体予想が付く。
と言うか、一つ二つしかないのだ、こういうパターンは。
それも、今すぐ告げたか、呼び出してその後に告げるか、その程度の差しかないもので。
―――――こういう時、数少ない事情を知っているメンバー(京一に言わせて貰えば、勝手に勘繰って盛り上がって首を突っ込んでくる暇な奴ら)である、葵や小蒔、遠野は怪訝そうな顔をする。
今は此処にいないのでそれを見ることはないが、後日、遠野辺りが情報を拾ってきたらまた詰め寄ってくるのだろう。
彼女達が問うて来る言葉は決まっている。
「不安になったりしないの?」と。
それに対して、京一はいつも無言を貫く。
返す言葉がないのではなく、言葉を返すのが面倒臭いから。
何故なら、気にするような事でもないと思っているからだ。
どうしてか、なんて―――――――
いつものように中庭の木の上で、うとうとと舟を漕いでいた時。
かさりと大地を埋める落ち葉が擦れる音がして、閉じかけていた瞼を上げる。
見下ろしてみれば、予想通り、苺牛乳を飲みながら此方を見上げる龍麻の姿。
其処に彼以外の存在は見当たらず、どころか、もう中庭にいるのは自分と龍麻以外にはいなかった。
だから勿論、此処に来る前に見た女子生徒もいる筈もなく。
それが意味する事、想定される彼女の結果と言うものも京一には唯一つしか浮かばない。
「物好き」
見上げてくる龍麻を遥か上から見下ろして、京一は言ってやった。
正面から京一の受けて止めて、龍麻は気を害した顔をする事はない。
それどころか、あのふわふわと掴み所のない微笑を浮かべて、
「それは京一だよ」
等と言ってのけるから、京一はヘッと鼻で笑ってやった。
龍麻の言う事に間違いはないと自覚しているし、そして自分の言っていることも間違ってはいないと思う。
男を好きになる事、恋人として付き合っていること、可愛い女の子に告白されたのに断って男の下に戻ること。
自分と同じ男に好きだと言われて気持ち悪いと思わないこと、恋人として付き合うことを受け入れたこと、恋人が可愛い女の子に告白されるのに何も言わずにその場を離れた事。
……物好きのやる事と言わずして、なんと言おう。
特に、どちらでも良い、女子から告白された時だ。
男同士でひっそりと付き合うよりも、可愛い女の子と付き合う方が断然良い。
龍麻はどうか知らないが、京一はそう思っている。
けれども龍麻は告白されても断るし、何故だか京一もそうしていた。
断った後でなんてフったかなと頭を掻くのだが、相棒兼恋人の顔を見たらまぁいいかと考えるのを止めるのが常。
近くで枝葉の擦れ合う音がした。
顔をあげると、いつの間にか同じ高さまで昇ってきた龍麻が、丁度京一の座す太枝に手をかけた所だった。
「妬いた?」
「阿呆か」
腕の力だけで枝に登りながら言った龍麻に、京一は呆れた風に眼を窄めて答えた。
それに龍麻は、やっぱり、と笑う。
元々二人とも男好きの気があった訳ではなく、京一に至っては完全なノンケと言って良かった。
だから女の子から声をかけられた時は、京一は普通に嬉しいと思うし、付き合ってと言われたら少し考える。
素行不良さが目立つ所為で、そういう場面には中々逢わないが、それでも京一だって皆無ではないのだ。
龍麻は、何を考えているか判らない所はミステリアスと称され、ふわふわ笑う様は犬みたいだと言われる。
そんな訳で、二人ともそこそこモテるのだ。
恋人が誰かに告白されるとか、普通は妬いたり嫌がったりする場面なのかも知れない。
特に男同士の内密な関係であるから、女子生徒は心配の的である。
いつ恋人が移り気するか、こういう心配事は男女間の恋愛でも付き纏うものである。
だが生憎、京一はその手の感情にトンとお目にかかった記憶がない。
何故なら、
「向こうに行く気のねェ奴に、一々そんな事してられっか」
―――――そう。
龍麻は、あの時告白しに来た少女への答えを、最初から決めていた。
京一はそれを知っているから、妬きもしないし、葵達が言うような不安を感じる事もない。
きっぱりそれを言ってやれば、龍麻はくすくす笑い出す。
なんとも嬉しそうに。
龍麻も十分判っているのだ。
あの程度で京一が妬く事がないのも、そんな事を気にする性格じゃないことも。
自分が何を選択するのか、京一が判り切っている事も。
「うん。やっぱり僕、京一が好き」
「そりゃどーも」
それも判り切っている。
だから京一は、いつもおざなりな台詞で返す。
好きだと言う事。
愛されると言う事。
愛すると言う事。
それは、夢見る乙女が思うほど、綺麗なモノではないけれど、
…………くすぐったくて心地が良いのは事実だった。
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なんだってうちの龍京は、ほっとくと自由に動き出すんだろう。
そしてなんだって不思議な行動を取るんだろう……
お互いのこと愛してるから、相手がどんな行動を取っても不安にはならないんだよと。
お題添えてるのかしら……(汗)
非常に難しいお題でした。
きれいだね。
そう言って龍麻が黙って立ち止まったから、京一も立ち止まった。
立ち止まって、数歩分離れてしまった相棒を振り返る。
龍麻の言葉が何を示してのものなのか、京一には一瞬判らなかった。
けれども振り返ってみて初めて、ああこいつらか、と合点が行った。
龍麻が見上げていたのは、不夜城を照らす無数のネオン。
地面の下から遥か天上まで、それらは無数に点滅し、交じり合い、溶け合う。
その様は綺麗と言えば綺麗かも知れなかったが、生憎、京一は初めて此処に来てから今日まで、ただの一度もそう感じた事はない。
ゴチャゴチャした場所だ、程度にしか。
「キレイ、ねェ」
一つ一つは確かに綺麗と言えなくもない。
店の看板、電光掲示板、街灯―――――それらは個別に分ければ、それなりに良く見えるだろう。
文字の配列や明滅の速度、発光ダイオードの何色を何処に配置するか、多分、ちゃんと考えられている。
しかし、京一の視界に見えてくるものは、看板も掲示板も街灯も、全部ごちゃ混ぜにした景色だ。
一所で計算されていた筈のものは、全体を見ると案外滅茶苦茶な計算式をしていて、答えも可笑しなものになる。
ぽつりと鸚鵡返しに呟いたきり、京一は口を閉じた。
龍麻と同じように、天上に光る人口の星を見上げて。
「きれいだよ」
同意は求められていないようなので、京一は何も答えなかった。
何度見ても、京一にはこの光景が綺麗であるとは思えない。
ビルの谷間の向こうにある、遥か彼方から降り注ぐ光は、人工灯に負けてしまって見ることが出来なかった。
あっちだったら、まだ幾らか良かったんだけどな、とは思うのだけど。
でも、龍麻にはこれらのネオンも綺麗に見えるのだろう。
相当な田舎に住んでいたようだから、物珍しさも手伝ってそう思うのかも知れない。
だったら思う間は思わせておけば良いと、京一はそれ以上の言はしなかった。
京一が歩き出すと、龍麻も歩き出した。
数歩分後ろにいた龍麻だったが、直ぐに追いついて隣に並ぶ。
すると、京一は頬に熱烈な視線を感じて其方を向いた。
「なんだよ」
「なんでもない」
「じゃあ見んなよ」
「うん」
うん、と言うので、京一はまた前を向く。
が、やはり隣からはじっと見つめる視線が続く。
こうなると言っても無駄だ、本人が飽きるまでこの状態は変わらないだろう。
頬になんかついてたか。
さっき喰ったラーメンの汁とか?
だったら言うよな、いや言わないか?
考えてみても、いつもと同じで龍麻の考えていることは予想できない。
何も考えてねェからな、とは京一の私見であったが、判らないのだから仕方がない。
本当に何も考えていない時もあるのだし。
それ以上、京一は龍麻の方を見ることはなかった。
じっと横顔を見つめられることも、気にしない事にした。
だから京一は知らない。
龍麻が何を見ていたのか。
降り注ぐ沢山の光彩の中に佇む君の、なんと綺麗。
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似たような話を前にも書いた。
進歩しないな、自分……
でもこういうの好きなんです。