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屋上でサボるのも良いが、昼寝をするなら校庭の木の上が良い。
何故だか妙に自信有り気に彼が言うので、龍麻もそれに倣う事にした。
真神学園の中庭にある木に、京一はスルスルと登って行く。
龍麻は木の根元でそれを見上げていて、これは登って良いものなのだろうか? と不思議に思っていた。
登る京一の動きは随分慣れたものではあるが、誰かに怒られたりしないのだろうか。
怒られた所で、この出来たばかりの友人が素直に言う事を聞くような性格とも思えないが、
まだそうと決めるには、龍麻は蓬莱寺京一という人物について、知らぬ事だらけだった。
どうしたものかと、ぼんやり京一を見上げていると、太い枝に身体を引っ掛けた京一が此方を見下ろして、
「何やってんだ龍麻、さっさと来いよ」
と、ごくごく当たり前の事のように、誘う。
誘って、またこれも当たり前のように登り出す。
辺りは静かなもので、聞こえてくるのはグラウンドで体育をしている生徒の声と、音楽教室からのピアノのメロディ。
それ以外は、木に登る為に幹に引っ掛けた京一の靴が擦れる音ぐらいのものだった。
時間は、四時間目の授業の真っ最中。
この日この時生まれて初めて、龍麻は授業をサボタージュした。
別に優等生だとかで通ってきた訳ではないけれど、傍目には真面目だったのだろう。
課題を忘れた事も殆どなかったし、遅刻もあまりしなかったし、総じて問題行動を起こした事はない。
そうする事に、楽だとか面白いとか思う事もなかったから。
昨日から通うことになった、この真神学園でも、同じように過ごすとばかり思っていた。
の、だけど。
先の三時間目の授業が終わるなり、京一に「ついて来いよ」と言われた。
何故だか逢ったその時から、一緒にいるのが当たり前のように、京一は龍麻に構う。
真正面から受け止めてくれるその姿勢が嬉しかったから、龍麻は京一の言う事を拒否しなかった。
そうして教室を後にして、チャイムがそろそろ鳴るなぁ、と思う頃になっても、京一は当たり前に教室に戻ろうとしなかった。
やがてチャイムが鳴ると中庭に出て、「いい場所教えてやるよ」と、辿り着いたのがこの場所。
「昼寝するのに良いんだ」と言われて、そのまま京一が登り出すから―――ああサボるんだと、此処で初めて気付いた。
転校翌日からサボタージュ。
普通はしないんだろうなと思いつつ、龍麻も木の幹に手を添えた。
木登りなら、幼い頃に何度かした覚えがある。
何度目かで落ちて、母がとても心配していたから、以来やらなくなってしまったのだけれど。
体は登る手順を覚えていてくれたようで、直ぐに京一のいる場所まで辿り着けた。
「なんだ。出来るんだな、木登り」
「……出来ないと思った?」
「やりそうにない感じだったからな」
太い枝に腰掛けた京一は、危なげなく其処でバランスを取っていた。
「京一は…よくするの? 木登り」
「ああ。此処は昼寝すんのに最適だからな」
京一の言葉通り、木漏れ日に降り注ぐ陽光はとても暖かい。
吹き抜けていく風は春の香りを運び、気持ちが良かった。
ダルい授業の時は此処で昼寝してるんだ、と京一は言って、早速欠伸を漏らした。
見事な大欠伸は伝染する代物のようで、龍麻もなんだか眠くなる。
日向ぼっこでもしているような気分だ。
「オレのお気に入りだ」
こんな所まで来ても手放さない木刀を、落とさないように抱え直して。
ぐっと身体を伸ばして、京一はもう一つ上の枝に移り、幹に寄りかかる。
欠伸をもう一つ漏らして、恐らく眠る体勢。
京一がそのまま意識を飛ばしてしまう前に、龍麻は尋ねた。
「僕も、此処にいていいの?」
「でなきゃ連れて来てねェよ」
誰も彼もに教えている訳じゃない、と言ってから、京一は目を閉じた。
その言葉に、気付かぬうちに笑みが浮かんで。
嬉しくなって、龍麻は京一を見上げながら、こういうのならサボりもいいかな、と思った。
出逢ったばかりの頃の二人。
龍麻、不良の第一歩(爆)。
チリン、と音が鳴って、顔を上げると窓辺で風鈴が揺れていた。
なんとなくそれを見ていたら、ひょいっと突然視界が一人の男で埋まる。
相棒であり、この部屋の主の緋勇龍麻によって。
「風鈴、珍しい?」
その質問には答えず、ほぼゼロ距離にある相棒の顔を手のひらで押しやった。
間近でこの顔を見る事には随分慣れた京一であったが、それでも容易くこの距離を許す訳には行かない。
何せ、うっかり気を抜いていたら、その隙に呼吸が出来なくなってしまうのだから。
「あんなモン、この間来た時にあったか?」
京一が前にこの部屋に来たのは、四日前の事だ。
ごっくんクラブで泊まった翌日、吾妻橋達は連絡が取れなかった。
さて何処で一夜を明かそうかと思った時、偶然、このアパートの前を通りかかった。
そしてこれも偶然(恐らくではあるが)、コンビニから帰ってきた龍麻と会い、それなら泊まっていけばいいと。
断わる理由もなかったし、龍麻の部屋がどんなものだったのか気になったので、遠慮なく上がらせて貰った。
時間は既に夜の10時を越えていたが、やはり夏の夜は蒸し暑い。
設置されていた古びたクーラーは効きが弱く、京一は中々寝付けなかった。
それは龍麻も同じで、サウナの如く蒸した部屋の中、二人でゴロゴロしていたのはまだ記憶に新しい。
その時は、こんな代物はなかったと、京一は記憶している。
こざっぱりした部屋の窓辺に在ったのは、光を遮りプライバシーを守るカーテンのみだったと。
触れそうだった距離から離された龍麻は、少し不満そうに唇を尖らせてから、
「なかったよ。昨日買ったんだ」
「わざわざ買ったのか、あんなモン」
「綺麗だったから」
風鈴には、殆ど飾り気がない。
ガラスを作る時に生まれる色素が浮かんでいるだけで、金魚や波模様などの絵柄は描かれていなかった。
特に主だった特徴がないその風鈴は、こざっぱりとした部屋の中に上手く溶け込んでいる。
飾り気のない殆ど透明なガラスを綺麗と称するのが、なんだか龍麻らしかった。
其処にあるそのままを、素直に受け止めるのが。
「で、なんで買ったんだ」
「京一が暑いって言ってたから」
問い掛けに対して返った言葉に、自分の名があって京一は意味が判らず頭を捻った。
「この間、京一、この部屋暑いって言っただろ」
「……今も暑いぜ。クーラーの設定温度下げろよ」
「あんまり下げるとブレーカーが落ちるから」
「…取り替えた方がいっそ利口なんじゃねえか」
「一人暮らしの苦学生にそんなお金ある訳ないじゃん」
「苦学生って面かよ」
言って、それで? と京一は話を元に戻した。
うん、と龍麻も話の切り替えを受け止めて、
「それの所為で京一がもう家に来てくれないとかだったら、ヤだなと思って」
「……………」
「でも温度下げてブレーカーが落ちたら、他の人の迷惑になるし」
「………で?」
「だから、風鈴」
「………………」
京一の眼が胡乱なものになる。
風鈴は、日本人の夏の風物詩だ。
風鈴の音には「1/f ゆらぎ」という音が含まれており、これは脳内にα波が発生しリラックスすることが出来る。
これによって暑さと湿気から来る不快感を、幾らか和らげることが可能なのである。
しかし、だからと言って体感温度までは変えられない。
これについては周囲のものを青色にするとか、視覚情報への工夫が必要である。
―――――と、テレビで見た俄か知識を披露する相棒の声を聞きつつ、京一は部屋の中を見渡してみた。
……確かに、カーテンもベッドの布団も青になっていた。
「だから、これからも時々でいいから、泊まっていってね」
僕、京一の為に頑張るから。
その台詞に、何を頑張るんだ、と言おうとして。
やっぱ聞きたくないという結果に行き着いて、京一はゴロリと部屋の真ん中に寝転んだ。
風鈴の音が聞こえてくる。
龍麻は何処か嬉しそうだった。
でも。
やっぱり、暑いものは暑かった。
…………だから、顔が暑いのも部屋が暑いからだと、思う事にした。
キスはする仲らしいですよ、これ既に。
京一の為ならなんでもします、な龍麻。
京ちゃんは満更でもない。
夕暮れ時になると、それまで見える風景が大きく変わってくる。
其処にあるパーツは変わらないのに、降り注ぐ色が違うからだ。
昼間に降り注ぐ光が暖かい黄色だと言うなら、この時間は少しだけ冷たい緋色か。
赤というほどはっきりとした鮮明なものではなく、眩しいと言い切るには寂しい光。
東空には逆の色を持った藍色がゆっくりと、水彩絵の具のように滲んで広がっていっていた。
京一にとっては、ごくごく見慣れた光景だ。
時にはこの屋上ではなく、校庭に聳える木の上で眺めてきた。
この真神学園に入学してから、ずっと。
昼間とは違う景色。
陽が沈めば、闇色に埋もれていく景色。
束の間に生きるこの光景が、京一は嫌いだった。
刹那にしか生きていけないのに、酷く強く印象に残るこの光景が。
そして、今。
「あ、京一」
遠く広がる景色を眺めていた相棒が、振り返る。
いつも何処かぼんやりしていた面に、夕暮れ時の強いコントラストが差し込んでいた。
京一が認識していた親友の存在は、まるで空気のようなものだった。
其処にあるのが当たり前で、わざわざ改めて確かめるようなものではない。
ふと振り返れば其処にいて、振り返らなくても其処にいて、京一はそう思っていた。
闘いの最中でも、葵や小薪に対するように、その無事を確認しようとは思わない。
醍醐の場合はまた別だけれど、彼と目の前の親友とでは、京一の中で明らかに位置が違った。
何も言わなくても、その姿を見なくても、其処にいるのが判る。
だから京一にとって、この相棒は、其処にあって当たり前の、空気のようなものだった。
――――そう思っていた事を、疑ったこともない。
……筈、だった、のに。
「―――何? どうかした?」
強いコントラストに彩られたその輪郭は、くっきりと陰影を映し出し。
ふわりふわりとした面が、常は感じさせない存在感を醸し出していた。
この、刹那の刻の中で。
あと半刻もすれば闇に溶ける、この刹那の刻の中で。
「…………ムカつく。」
「え!?」
それ以上、強い存在感を視覚認識を持って確認したくなくて、背を向けた。
一言投げかけて、そのまま屋上を降りる階段に向かう京一を、龍麻が駆け足で追いかけてくる。
僕何かした? という質問が聞こえたが、京一は答えなかった。
(誰が言ってやるもんかよ)
刹那に生まれたその存在感が、
あと半刻で消えてしまうんじゃないかと思って、
―――――――酷く寂しくなったなんて、誰が教えてやるもんか。
目を閉じてたって判るのに、眼を開けてみたら消えて行きそうに見えた。
龍→京ばっかじゃなくて、たまには龍←京も。
でも京ちゃんツンデレですから、こんなん出ました。
駄菓子屋で安かったから、買ってきた。
シャボン玉。
いつものように京一と一緒に、授業をサボって。
ズボンのポケットに入れていたそれを思い出して、取り出した。
京一に見せると、彼は眉根を寄せて、
「お前、そんなもんどうするんだ?」
―――――どうって、遊ぶしかないだろう。
ふわりふわりと飛んでいく、柔らかい球体。
今日の風はそれほど強くなかったのが幸いした。
のんびり眺めるぐらいには、それは僕らの前に存在していた。
グラウンドに流れて行くシャボン玉を、揃って眺める。
「楽しいね、シャボン玉」
「ん……まぁ、そうだな」
女子供の遊ぶ道具だ、と言っていた京一だったけれど。
童心に返ったのか、シャボン玉を眺める眦はいつもより優しく見えた。
「京一もやる?」
何気なくそう問い掛けてみる。
やらねえよ、という言葉が返ってくるものだと思っていた。
けれど予想に反して、少しの沈黙の後、無言で京一の手が出された。
落とさないように少し気をつけながら、シャボン玉の道具を手渡す。
ふぅっと拭けば、小さなシャボン玉が空に散らばった。
「面白い?」
「……あー」
気のない返事だ。
それでも、止める気はないらしい。
そんな京一に笑みを零して、僕はフェンスに寄り掛かる。
「京一って、シャボン玉、好き?」
また小さなシャボン玉が散らばる。
ふわりと柔らかい風が拭いて、散らばったシャボン玉は空に流れて行った。
青空の中、てんてんと、虹色の球体が孤を描く。
京一の視線は、じっとシャボン玉に向けられている。
いや、ひょっとしたら、それさえ見ていないのかもしれないけれど。
「嫌いじゃ、ねぇよ」
流れて行くシャボン玉を見送って、呟かれたのはそれだけ。
手を差し出すと、言わなくても判ったらしい。
シャボン玉の道具が返された。
フェンスに背中を預けて寄り掛かったまま、ゆっくり吹く。
少し大きなシャボン玉が、ぷかりと空に浮かんだ。
その大きなシャボン玉に、僕と、京一が映り込んでいた。
「僕も好きだよ」
「だろうな」
じゃなきゃ遊び出したりしないだろう、と。
京一のその呟きに、笑う。
もう一度、今度はさっきよりもゆっくり、息を吹いて。
また一回り大きなシャボン玉がぷかりと浮いた。
映り込んだ京一の顔を見つける。
「ホントに、好きだよ」
判ってるよ、と。
判っていない声が聞こえて。
――――――面と向かって言えたら良いのに。
ちょっとヘタレな龍麻君。
顔を見ないで告白しても、気付かない京ちゃん。
妙に視線を感じるので、振り返ってみれば。
手に持った石越しに、自分を見つめる親友に気付いた。
龍麻が持っているのは、瓶のラムネについていたビー玉だ。
昼休憩の時にラムネを飲んでいたのは京一で、何気なくその中のビー玉を出したら、龍麻が欲しがった。
別に必要ないものだったので、京一はすぐに龍麻にそれを譲り渡した。
それから休憩時間も授業中も、龍麻はビー玉に夢中になっている。
謎の転校生の不思議な行動には、京一はもう慣れてしまった。
何を考えているか判らないので、変に勘繰る方が疲れるのだ。
だが、この行動には口を出さずにはいられなかった。
「なんだよ龍麻、ジロジロ見やがって」
視線が不快とは言わないが、あまりに見られては気になるというもの。
増して周囲の気配に敏感な京一は、必要以上にそれを感じてしまうのだ。
龍麻はまだビー玉越しに京一を見ている。
一見すればビー玉だけを眺めているようにも見える。
が、京一は確かに、その小さな石の向こう側から、強烈な視線を感じるのだ。
あのビー玉は透明ではないけれど、不透明と言うほどでもない。
覗き込めば向こう側が薄らと透けて見える。
其処から龍麻は、じっと京一を見ているのだ。
休憩時間も、授業中も、飽きずに、ずっと。
「んー………」
夢中になっているのか、龍麻は京一の問いに答える気はないらしい。
溜め息を一つ吐いて立ち上がると、龍麻も動いた。
近付いてくる京一にしっかりと標準を合わせ、相変わらずビー玉越しに見つめて来る。
「おい、龍麻」
「なに?」
席の横まで来て声をかけると、ようやっと返事があった。
座ったままの龍麻を、京一は見下ろしていた。
それだけ距離が近くなっても、龍麻はビー玉を覗くのを止めない。
ビー玉の位置は、龍麻の右目に程近い距離にあった。
京一から見ると、親友の目にビー玉がそのまま埋め込まれたように見える。
指先で掴んでいるのは判っているが、だってビー玉越しに目玉がこちらを見ているのだ。
半透明のガラス球体が目玉の役目を果たしているような錯覚に陥ってしまう。
「それ、やめろ」
「なんで?」
「なんか気持ち悪ィ」
顔を顰めてそう言うと、龍麻はしばしきょとんとした。
が、京一が本気で嫌がっているのは判ったらしく、ビー玉を机の上に転がした。
コロンと転がったビー玉は、程無くしてピタリと動きを止めた。
「なんか面白いモンでも見えたのかよ」
「うん。京一が見えたよ」
「……別に面白くもなんともねェだろ」
「面白いよ。京一だもん」
にっこりと笑顔で言われて、京一はまた顔を顰めた。
意味が判らない。
行動も思考回路も、全く読めない。
親友としてそれは如何なんだと時折思う事はあろうとも、判らないものは判らないのだ。
それでも京一が龍麻の事を気に入っているのは、変わらない。
「まぁいいや……ほれ、ラーメン食いに行くぞ」
二人の半ば恒例となった放課後のラーメン屋。
いつも通りに誘ってみれば、うん、と頷く龍麻。
しかし、今日の龍麻はすぐには動かなかった。
龍麻の視線は、机の上で静止したビー玉に注がれている。
「龍麻?」
何やってんだ、と問い掛けるも、返事はない。
龍麻は嬉しそうに、楽しそうに、じっとビー玉を見ている。
そんなに何か面白いものが見えるのかと、京一はビー玉に手を伸ばす。
すると、届くか否かという距離で龍麻が手を伸ばし、そのビー玉を攫ってしまった。
「なんだよ、だから!」
「なんでもないって」
「じゃなんで隠すんだよ」
「別に隠してるんじゃないよ」
そう言って、龍麻はビー玉を元あった場所に置く。
そうしてまたビー玉をじっと覗き込んだ。
「意味判んねぇ」
「うん。判んないだろうね」
「教えろよ」
「だーめ」
これまた楽しそうに言うものだから、京一はこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せて。
一発殴ってやろうかと物騒なことを考えたが、止めた。
ビー玉を見つめる親友の横顔が、やけに穏やかだったから。
腹、減ったんだけどな。
そう思いつつ、京一は手近にあった席に腰掛ける。
しばらくはビー玉を見つめる龍麻の横顔を見ていたが、直に飽きてしまった。
外は既に夕暮れ時。
窓枠の向こうは、綺麗な朱色に染まっていて。
……それに目を向けていたら。
「教えないよ、京一には」
ビー玉をつんと突いて、龍麻が呟いた。
意味が判らなかったので、聞かなかった事にする。
だから、京一はずっと知らない。
龍麻が本当に見ていたものが、なんなのか。
ガラス越しのキミと、ガラスの世界のキミ。
龍京と言うより、これは龍→京ですね。
うちの京ちゃんは鈍いから……
片思い龍麻。