例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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05 だって僕らはまだまだコドモ








やりたい事なら、数え切れない位ある。

その沢山ある“やりたいこと”の中から、例えば世界の終わりの直前に出来ることがあるとしたら、






「苺食べたい」
「……いつもと変わりねェじゃねーか」






迷わず出て来た相棒の答えに、呆れる京一と。
龍麻らしいと苦笑しているクラスメイト達。

答えた龍麻の手の中には、いつもの苺牛乳がちょこんと鎮座している。
それをちゅーっと飲んだ後で、






「じゃあ京一は?」
「あ? オレか?」






龍麻と違い、京一は直ぐに答えなかった。


やりたい事。
それも世界の終わりの直前に。

何かないかと考えてみると、此方も“いつも”の事しか出てこなかった。






「ラーメンだな。最高に美味ェ奴。腹裂けるぐれェ食ってみてェ」
「それもいつもと大して変わりないじゃん」






案の定、小蒔にツッコまれた。
それに対して、どうせお前も同じようなモンだろ、と言えば、小蒔は目を逸らして愛想笑い。

どうせそんなものなのだ、こんな平和な日常の中で思い付く事なんて。
到底、“世界の終わり”とか“人生最後”なんかとは、結び付かないような希望ばかりだ。


見上げた空は遥か奥まで青く澄み渡り。
校庭では昼食を終えた生徒達がサッカー等に興じ。
校舎からは廊下を走る生徒を注意する教師の声。

なんて平和な一時。
世界の終わりなんて何処にあるのやら。



―――――陰で蠢く者がいるなど、到底想像も出来やしない。






「醍醐君は?」
「お、俺ですか? 俺は……」
「いつもみてーに飯作って旦那に食って貰うんだろ」
「京一ッ」






茶化した京一に、醍醐が声を荒げる。
が、京一はケラケラ笑っているだけで、怯えた様子など微塵もない。

旦那って誰のこと? 首を傾げる小蒔に、遠野と葵が顔を見合わせて苦笑する。
これじゃあ醍醐の想いはいつになったら届くのだか。






「ねぇ、アン子ちゃんは何がしたいの?」
「あたしはねー、とびっきりのスクープゲットしたいなァ」
「世界が終わる時点で、これ以上のスクープないって」
「だから、それも忘れちゃうくらいのでっかいスクープ見つけるの!」






実に遠野らしい。
彼女の事だ、本当にそのスクープを見つける為に走り回る事だろう。
最後の瞬間まで、その“最後”に負けないような出来事を探して。






「美里ちゃんは?」
「私? 私は―――――……」






葵の優しげな瞳が、同じ場にいる仲間たちをぐるりと見回す。


緋勇龍麻。
蓬莱寺京一。
醍醐雄也。
桜井小蒔。
遠野杏子。

今年の春に集まって、ずっとずっと一緒に駆け抜けてきた仲間達。
衝突して、ケンカもして、時々気まずくなって、でも。






「私は、皆と一緒に過ごしたいかな」






告げられた答えは、なんとも葵らしいもの。

小蒔と遠野が嬉しそうに笑って、葵に抱きついた。
優等生の答えだねェと呟いた京一だったが、その声に昔のような険はない。
醍醐と龍麻も目を合わせ、笑った。









世界が終わる、その瞬間。
此処にいる仲間達が一体何人揃う事が出来るだろう。

判らない、判らないけれど。
そんな絶望的な瞬間を、彼らはまだ知らない。
知らないから、こんなに希望に溢れている。


世界が終わる、その瞬間。
繋ぐ手がないなんて事は想像できない。

世界が終わる、その瞬間。
隣で笑う人がいないなんて事は考えられない。





だって絶望なんて思い描いていられない位、僕らはまだまだコドモだから。













----------------------------------------

大人になると先のことを考えるようになる。
其処に絶望があるのを考えてしまうと、踏み出す一歩を恐れて躊躇う時がある。

でも子供なら、知らないからこそ強く強く、次の一歩が踏み出せる。
例えばその先に、真っ暗な未来へ続く道があったとしても。

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04 新しい世界








其処にあったのは、全く新しい世界。
まだ幼い京一には、到底理解できない世界。









―――――“普通”の世界を、幼い京一は飛び出した。

その先に、どんな世界があるかも知らず。




綺麗なものに溢れていると思っていた世界は、本当は汚れた色で一杯だった。
テレビで憧れていたヒーローなんて何処にもいなくて、世界は悪い奴らで溢れている。
憧れていた父を奪ったような悪い奴らが、あちらこちらで嘲笑(わら)っている。

夜道を照らしてくれるものだと思っていた人工灯は、汚い世界を綺麗に見せかける飾り。
甘い匂いのするお菓子は、死に物狂いで生きてる人には手に入らなくて、上で肥えてる奴らが食べる。


そんな世界が溢れていて、子供心は酷く冷たくなっていった。


高架下で寒さに震えて、空腹を堪えて。
悪い奴らに襲われた人を助けた時、お礼にと食事を奢って貰った事はあるけど、それもしょっちゅうある事じゃない。
ホームレスの中に混じって残飯を漁った事もあるし、コンビニ店員が見てない内に万引きもした。

大嫌いな悪い奴らと似たようなことを、時々する事もあった。
その度、頭の中で父の顔がちらついたけど、見ないふりをして唇を噛んだ。





―――――汚れているのが“普通”の世界。

真っ白だった子供の心は、沢山の色で塗りつぶされて、灰色になった。







その灰色を、まるで全て切り裂くかのように刃を振るう男と出逢った。







その男は、とんでもない強さだった。


手に持っていた丸めた雑誌一つで、三人のヤクザを呆気なく片付けた。
それも一瞬の内の出来事で、何がどうなったのだか、幼い京一には全く判らない程。

けれども、その男がとんでもなく強いと言う事だけは判った。
強くなりたいと一心に抱き続けていた、子供の心を全て攫ってしまうほど、それは鮮やかで。
この人と一緒にいたら、もっと強くなれるかも知れないと思った。




その男に連れて行かれた先には、とんでもないものが待っていた。



病院に連れて行かれた時、嫌ではあったが納得はしていた。
大人相手にリンチ紛いの目に遭って、京一はあちこち傷だらけだったのだ。
今日の傷以外にも酷いものはあったから、傍から見て放っとけるものではないだろう。

けれども、其処の院長であるという人物に遭った瞬間、京一は固まった。
まるでこの人間とは思えない外観をした人物だったから。


「妖怪」と言ったら殴られた。
結構痛かった。

治療も痛かった。
放っておいた傷も全部治療されて、滲みるのが嫌で泣いて暴れた。
これから世話になるんだと聞かされて、心底嫌だと叫んだ。
叫んだら、病院だから静かにしろとまた殴られた。


殴られたのは痛かったけれど、手当てされた所はいつも綺麗に治っていた。




その次も、とんでもなかった。

明らかな男のものである野太い声と、濃い青髭と、大きな体躯。
細いものもいたけれど、そっちはクネクネ動いて気持ち悪い。


「妖怪」と言ったら殴られると思ったら、「妖怪みたい」と言った。
明らかな鈍器を持ち出されて、その横ではソファを軽々と掲げ上げられて、ヤバイ殺されると思った。

怒った二人を男が宥めている間に、他の二人に比べて大人しめな人物が近付いて来た。
先の二人に圧倒されていた事を思えば雰囲気は柔らかかったが、京一の認識で見慣れぬ生き物である事に変わりはない。
木刀を握り締めて縮こまった京一を、その生き物達は甚く気に入った。


慣れてみれば、なんて事はない。
見た目がちょっと変なだけの、それよりもずっとずっと優しい人達だった。









暗く冷たい世界へようこそ、何も知らない白の魂。
汚れる覚悟は出来ているかな。


一時の仮宿の世界へようこそ、歩き疲れた無垢な魂。
もう一度歩き出せるまで、暫く此処でお休みなさい。





天国と地獄の狭間の世界へようこそ、小さな光。

キミが望む世界は、今此処にありますか?












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極端なんですよ、うちの京一って。子供の頃から。


03 お手を拝借








中学校なんてまるで行っていない。
その時分、何をしていたかと言われたら、喧嘩をしていたとしか言いようがない。

お陰で、ただでさえ軽い頭は益々軽くなった。
一時期掛け算が判らなくなっていたし、画数の多い漢字の殆どは読めなかった。
社会だの理科だのも判らないし、英語なんて以ての外だった。


高校なんて行く気がなかったのだ。
さらさら、全く。




だけれど、行く気になった。
行ってみようと、思うようになった。





それから、アンジー達に頼んで漢字ドリルだの数学(これは算数からだ)ドリルだのを揃えて貰って、机に噛り付いた。
数学の文章問題は、問題文から理解できなくて頭を抱えて、アンジーに読み解いて貰っていた。
英語は初歩的なABCから初めて、リスニングも出来る限り慣らしておいた(不安は大層残ったが)。

金銭的な余裕はないから、何箇所か受けるとか、滑り止めとか、そんな事は出来ない。
何処か一本に絞って、其処を落ちないようにするしかない。


今まで使っていなかった頭を、急激に使わせていたからだろう、確実に。
月に一度か二度は高熱が出て、勉強どころじゃない程に衰弱した。


それでも必死で勉強した。
疲れて机に突っ伏したまま寝るくらい。
空腹も忘れるくらい。

今までの人生で経験した事がないくらいに、必死で勉強した。
時々投げ出したくなったけれど、どうにか止めずに、必死で。





冬の受験日。
テストが始まる前から、京一はナーバスだった。



京一は家を飛び出した時から、殆ど学校に行かなくなった。
中学に上がる時は受験なしで地区の学校に上がったから、京一に受験の経験はなく、生まれて初めての受験となった。
それが妙にストレスになって、受験日の前々日には腹痛に見舞われ、前日は吐き気を催した。

そんな京一に呆れた岩山から軽い鎮静剤を貰って、それを飲んで。
受験生とサラリーマンでぎゅうぎゅうになった満員電車に乗って、受験会場に行った。


テストの後、帰り道では不良に絡まれた。
その内の幾つかは歌舞伎町で負かした連中で、その他は腕っ節試しに吹っかけてきた連中だ。
漏れなく返り討ちにしたが、テストで疲れ、やる事は取り敢えず終わったと緊張の糸が切れた京一には、それすら重労働であった。






どうせ落ちると思った。
自分の軽い頭を自覚していたし、歌舞伎町で散々暴れていた事もある。
都内有数の不良である事は、同じ都内にある学校には恐らく知られていただろう。


なのに、なんの因果か受かっていた。
『女優』に送られてきた“合格”通知を、一番信用できなかったのは京一だ。
誰かの悪戯じゃないかとか、学校側の間違いだろうとか。

最近はインターネットで受験の合否を確認できると聞いたから、インターネットカフェでも調べてみた。
表示されたのは合格通知で、其処に書かれた受験番号と、控えていた番号を何度も確認した。



それでも嬉しかった。

受かった事が、じゃない。
それを喜んでくれる人達がいるのが、嬉しかった。
アンジーやキャメロンやサユリ、ビッグママ、それに岩山も。
勉強に付き合ってくれて、投げ出しそうになったら発破をかけてくれて、その人達にようやく一つお返しが出来たような気分。
勿論、まだ暫くは厄介になる訳で、返しきれない恩があるのは間違いないけれど。






制服を買って。
袖を通して。

アンジー達は似合う似合うと褒めた。
七五三じゃないのだから、恥ずかしくて止めろと言ったけれど、それでも嬉しかった。


入学式の前の日。
店を休みにして、祝いのパーティをする事になった。
大袈裟だ、けれど嬉しかった。

祝いの最後に、全員で一丁締め。
その後の止まない拍手が、むず痒くて仕方がなかった。










蒼い空の下で桜が咲いた日。

永い永い夜が明けた。












----------------------------------------
京一が『女優』の人達に愛されてるのが大好きです。

02 日は昇る









あの頃。

夜は、永くて、暗くて、冷たかった。







導がなくて、寄る辺もなくて。
それらから手を離したのは、本当は自分が先なんだと、気付くのも嫌で。
気付いた時も、それを認めるのが嫌で。

我武者羅に歩き続けている間、傍らにあったのは、何処までも続く終わりのない夜。



どうしたら夜が終わるのか判らなくて。
本当に夜が終わるのかも判らなくて。

何に向かって振るえば良いのか判らない剣を、ただ滅茶苦茶に振り回す。
それで何が見えてくる訳でもないのに、振り回す。
じっと蹲ってる事だけが怖くて、ただ、滅茶苦茶に。


意識が飛んでも、死に目に遭っても、それらから抜け出すことが出来ても。
夜だけが終わらない。





刻は朝を迎える。
夜の終わりを告げる刻。

けれど、夜は終わらない。
繰り返されるのではない。
終わらない。


永遠に続くようにも思えた。
永遠に続くのだと思った。





夜を終える為の指針がない、夜をどうすれば終わるのか手繰るものがない。
海の真ん中に放り込まれたようで、足先からどんどん冷えていくのを感じた。
その内頭の芯まで冷え切って、夜に溶けていく自分を知った。

このまま全部溶けて消えてしまえたら、どんなに楽か。
思ったけれど、夜に委ねようとしたら、必ず誰かが手を引いて夜の世界に足を立たせるのだ。


それは幼い頃に何も言わずに別れた切りの母だったり。
生意気な弟を小突きながら、仕方ないなァと笑う姉だったり。
………もう手の届かない、父だったり。

世話をしてくれる人々だったり。
…………何処にいるのか知らない、師だったり。


殆どは幻想なんだと、自分でも判っていた。
けれど、確かな手が確かに現実で、自分の手を引いてくれた事もあった。



だから終わりのない夜の中、溶けて消えずに、歩き続けた。






歩き続けて。
歩き続けて。






最初に逢ったのは、同じように夜に怯える男。
けれど彼の傍には、誰かがいた。
一人で怯えてはいなかった。


次に逢ったのは、夜の中で光る、星。
直ぐにでも夜に飲み込まれそうな、小さな星。
けれどもその星は、飲み込まれまいと懸命に光る。


同じ夜に怯えていた男が、一人になったと聞いた。
擦れ違い様声をかけて、何も言葉が見付からなかった。
夜が怖かったのは、自分も同じだったから。





導がなくて、寄る辺がなくて。
それを手放したのは、自分の方。


同じ導を失った男を見て、ようやく、それが判った。
眼を逸らしていたものが、別の形でやって来て、突きつけられて。

夜の孤独にずっと怯えて、本当はずっとずっと泣きたかった。
誰かに、陽の当たる場所まで連れて行って欲しかった。
でも誰にも頼りたくないから、気付かない振りをして、一人で夜に怯えていた。
……星の光も見れないくらい、みっともなく。




導を示してくれたものを、何処で手放したのか、まだ覚えていた。
寄る辺になるべく傍にいてくれた人達の事を、思い出した。

一人で生きていけないのに、一人で生きている振りをして。
歩きなさいと背中を押してくれる人達から、必死で眼を逸らして。
一人で勝手に、夜は永くて暗くて冷たいんだと、怯えていた。








立ち止まって、振り返ったら、涙が出た。
だから、みっともなく声を上げて、子供のように泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。




―――――――顔を上げたら、陽の光が眩しくて、また泣きそうになった。













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このお題名で太陽ではなく、夜に重点を置く辺り、自分は捻くれてるなと(爆)。
どんなに長い夜でも、陽が昇らないなんて事はないんです。

アニメ外伝壱の最後、京一が師匠の太刀袋見つけて泣くシーンが大好きです。
その後ろで見守ってる『女優』の兄さん達も大好きです。

01 そして僕らは









場所は、崩れ落ちた工事中の道路下。
周りにあるのは、瓦礫と埃と血の匂い。







落下した場所の地盤は、老朽化の所為だろうか、酷く脆くなっていた。
工事もその為に敷かれたもので、その上で動き回ればこうなるのも予測は出来る事だったのだ。

でも仕方がない。
鬼がこんな所に来てしまったのだから、追いかけて来るのは当然だ。
最も近い場所で鬼と対峙している間に、周りを省みる暇など、ある訳がない。




はぁ、と息が漏れた。
溜息のような、呼吸のような。




早く此処から出たいと思っているのに、体は一向に動かない。

先の戦闘で鬼の一撃を受けた時からだ、恐らく麻痺毒か何かだろう。
受けた時には傷口の付近がピリピリとする程度だったから放って置いたのだが、時間が経って巡ったか。
心拍数に異常は見られないので命に別状はなさそうだが、現状で見て、厄介なものである事は確かだ。
頭が確りしているのは、幸いだろうか……


ああ、それともう一つ。
別の意味で幸いな事と言ったら、此処に落ちたのが自分一人ではないと言う事だ。






「んー……」






ガラリ、音がして瓦礫の一部が崩れ、其処から龍麻が姿を見せた。






「よう、ねぼすけ」
「あ、京一」






埃を払って、龍麻は京一の傍に歩み寄ってくる。
その足取りは確りとしていて、京一のように動けなくなっている訳でもなさそうだ。

京一が横になっている瓦礫の傍で、龍麻は立ち止まった。
起き上がる様子のない京一に首を傾げ、すぐ横にしゃがんで京一をじっと見下ろす。






「どうしたの?」
「……動けねェんだよ」
「なんで?」
「…一発やられた」
「京一、まぬけ」
「なんにもねーのに落ちたお前の方が間抜けだ」






京一の言葉に、龍麻がむぅと唇を尖らせる。
それでも京一がニィと笑うと、いつもの笑みがひょっこり出て来た。



醍醐はまだ来る様子がない。
何をチンタラしてんだと思うが、落ちたのは自分のミスなので、助けに来られるのもそれはそれで癪だ。
小蒔なんかは絶対に何某か言って茶化してくるに違いない。

助けを来るまで此処で転がっていろなんて、そんなのはお断りだ。
………体はまだ動かないけど。


指先さえも動かなくて(動いているかも知れないが、感覚がない)、舌打ちが漏れた。
さてどうするか―――――と思っていたら、






目の前に、差し出される手。






見上げた先にある顔は、いつも通り、どこかぼんやりとした印象の。
口元に浮かべた笑みも、深い蒼い瞳も、差し出される手も。

他でもない、相棒のもので。


醍醐だったらいらない世話だと言うし、小蒔なら確実に揶揄の言葉が一緒に出て来るし。
葵だったら先ずは治療が先で、麻痺が解ければ京一は自分で起き上がって此処を抜け出す。

でも此処にいるのは龍麻だ。
動けないまま、差し出された手を取らずにいれば、勝手に腕を取って引っ張り起こす。
そのまま京一に肩を貸して、歩き出す。
足を殆ど引き摺っている事はまるで気に留めずに。






「京一、重い」
「るせェ」






足元の瓦礫がガラガラと煩い音を立てる。
その音の原因は、まともに足が動かずに浮かせることさえままならない京一の所為だ。

瓦礫の山を登っていけば、落ちた場所からは少し移動するが、地上には戻れる。
いつもなら一飛びで抜け出せるのだが、今の京一には無理だ。
そんな京一を背負っている状態なので、龍麻も地道に歩いて登るしかない。



程なく腕を上げれば地上に届くという所まで辿り付く。
が、龍麻は其処からどうしようかと立ち尽くした。

京一はまだ動けない。
龍麻が先に行けば京一は上がれないし、京一を先に上げようと思っても、京一は自分の体を支える力さえないから、地上に上る事はできない。


龍麻同様、京一もどうしたもんかと考えていたら、







「京一ー! 緋勇ーッ!」

「緋勇君、京一君!」

「二人とも、大丈夫ーッ?」







降ってきた声は、仲間の声。
見上げれば、明け方の空を背にした三人がいて。

すぐ傍らで、いつもの笑う気配がする。



二人を引き上げる為に、醍醐が手を伸ばす。
龍麻は京一の腕を持ち上げて、醍醐に捕まらせた。
まともに力が入らずにいると、醍醐の方が京一の腕をしっかりと捕まえて持ち上げる。
麻痺毒にやられた事を龍麻が説明すると、直ぐに葵が治療を始めた。

自力で登った龍麻にも、小蒔が怪我をしていないかと声をかけている。
龍麻は小さく笑って、落ちた時に打った程度だと言った。


ようやく麻痺が消えて立ち上がる。
少し足元がふらついたが、直に感覚は戻ってくるだろう。






「さてと……飯でも食いに行くか」
「いいねー! ね、葵も行くよね?」
「ふふ、勿論よ。夕飯まだだものね」
「緋勇はどうするんだ?」
「僕も行くよ」






いつものラーメン屋でいいよな、と。
言った京一に、誰も嫌だなどと唱えるものはなく。












そして僕らは歩き出す。

束の間の非日常から、いつもの日常へ。














----------------------------------------
………お題、添えてるのか……?
自由度の高いお題はいつも悩まされるなぁ……
好きなんですけどね、こういうの。