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………人知れず壊れていく少年を、引き止める術をこの手は持ち得ない。
東京のコンクリートジャングルが瓦礫の山へと変貌してから、二ヶ月。
生き残った人々は悲観に暮れ、未来を見据え、様々な形で日々を過ごしている。
それでも瓦礫に埋もれず生き残った植物達は、季節の訪れを告げる。
また、コンクリートの隙間からは、分厚い岩盤を割って新たな芽が顔を見せる事もあった。
人よりも余程小さくありながら、余程強く生きる植物達に気付く人は、果たして疲弊した人間達の中でどれ程いるだろう。
そんな中で精力的に明日へと歩き出したのは、まだ大人には早く、子供と言う時分を既に終えた少年少女達。
時に衝突を繰り返し、時に涙し、それでも笑って明日へと呼吸を続けている。
大人ほどに遠い日々を見渡せる程に出来上がった精神ではなく。
子供ほどに何も知らないまま日々を過ごせるほど、無邪気ではない。
その狭間に立っているからこそ、現実を受け入れ、未来へ歩き出すことが出来たのだろう。
少年少女達の中で、率先して動き回っている人物達を八剣は知っている。
富士山での闘いの渦中にいた者達を筆頭に、真神学園の生き残った生徒達だ。
美里葵は菩薩眼としての《力》を失い、同じくしてその片目そのものを失った。
だが仲間達に励まされながら、学校に避難した人々に笑顔を見せ、子供たちの相手もこなす。
桜井小蒔と醍醐雄也はボランティア活動に駆け回り、《力》を持たずして最期の一戦の直前まで傍らで彼らと行動を共にしていた遠野杏子は、元来のジャーナリズムであちこち動き回り、生存者の情報を集めて回っていた。
織部神社では姉妹の巫女が人々に未来に光ある事を説き、雨紋雷人は己を慕う少女にこの街を託し、長いツアーへと踏み出した。
桜ヶ丘中央病院は怪我人や病人で溢れかえっていたが、其処に勤める院長と看護士は休みを取らず、ほぼ不休で人々の手当てや精神のケアに打ち込んでいる。
八剣が属していた拳武館は閉鎖し、其処にいた者達はそれぞれ散って己の信じる道を探している。
壬生は最初に何よりも危惧していただろう母の下へ向かった。
幸運なことに彼女は無事で、容態の変化もなかった。
彼女はそのまま桜ヶ丘中央病院に入院を続けており、費用などは院長の好意で支払いを無期限延期させて貰っている。
今はまだ支払いの目処も立たないが、彼は頭が切れるから、不器用ながらに生きていく術を見つける事は出来るだろう。
他にも愛する男を待つことを選んだ者や、仮面を脱ぎ去り表の世界でボランティアを始めた者もいる。
未だ迷うものもいれば、友の手を取り一緒に歩き出した者も存在していた。
そして八剣は――――人の気配の少なくなった拳武館の寮で、今も過ごしている。
その傍らには、一人の少年がいつも蹲っていた。
「――――――京ちゃん」
少年の名を呼ぶが、少年からの返答は無い。
あちこちで崩壊が置き、首都の機能は殆どが麻痺し、此処にも電気は通っていない。
故にこの部屋の灯りは外界のものを取り込むしか方法がなく、夜になると月明かりがなければ闇しか此処には存在しなかった。
だが日中でもこの部屋に灯りは少ない。
そんな空間に少年は蹲り続け、光の無い瞳でぼんやりと宙を見詰めている。
嘗ての、忙しなく変化し続けた表情は面影もない。
数日前よりも、また少し痩せたのではないだろうか。
シャツの襟元から覗く鎖骨が不自然に浮き上がっているように見える。
筋肉が落ちているのは間違いないだろう。
「京ちゃん、起きてるかい?」
問いかけると、擦れた声ではあったが「起きてる」と答えがあった。
じゃあ、と八剣は質問を変えた。
「眠れた?」
言葉での返事は無い。
代わりに、小さくではあったが頭が縦に振られた。
―――――――嘘だ。
「隈、酷いよ」
「……気の所為だろ」
「いいや。凄く酷い」
頬に手を添えて上向かせると、窓から差し込む光で京一の表情がクリアになった。
だが京一はその光を嫌がるように、八剣の手を押しのけ、顔を背ける。
押し退けられた時、細くなった腕に見つけた痕に、八剣は彼の腕を捕った。
途端、それまで動くことの無かった少年の体が抵抗を始める。
だが弱々しい抵抗などで八剣を振り払える訳もない。
袖を捲ると、手首を集中的に切り刻んだ細い傷痕が幾重も重なっていた。
それらは全て赤黒い色を残し、血が流れ、それを放置していた事は誰の目にも明らかだ。
「これも気の所為?」
壁に背を預けたままの京一。
顔を近づける八剣から逃げる術など無く、ただ視線を逸らすだけ。
手当てしたいが、八剣はそれが出来ない。
彼を此処に住まわせるようになってから数週間が経つが、彼のこの行為は初めてではない。
最初の頃から片鱗が覗き、見兼ねて何度か手当てをしたのだが、その度に包帯も解き更に酷い傷をつけるのだ。
一度は腕が使い物にならなくなるのではと思うほど、自ら深い傷を腕に彫り込んだ。
その時は嫌がるのも構わず懇意にしている病院に運び、なんとか治療に間に合った。
腕を――――それも利き腕を傷付けるなど、相当の事だ。
一歩間違えれば使い物にならなくなり、常に握り締めていた木刀さえも二度と振るう事が出来なくなる。
だと言うのに、彼は何度も自傷を繰り返した。
手当てをしなければ表面の皮膚を裂くだけで気が済むらしい。
だが既に負った傷の上を更に傷付け、放置すれば、細菌が入って腕は結局壊死してしまう。
手当てをすれば更に深い傷を。
放っておけばいずれ腐って落ちる。
「腕はもう止めなよ。使えなくなる」
「………」
「それでもいいの?」
京一は無言で、八剣から視線を逸らしたまま。
剣は京一にとって切っても切れないもので、彼が唯一信じ続けるものだ。
それを失えば、京一は自分自身の存在価値を自ら捨てた事になる。
「…腕………」
「うん?」
「……腕じゃねェなら…」
「本音を言えば、何処も止めて欲しいんだけどね」
また京一が口を噤む。
八剣の声色が低い事に気付いたのだろう。
彼が、静かに憤っている事を。
―――――それでも、今の京一には自傷を止める事が出来ない。
八剣はそれに気付いたから、彼を自分の下に置くことにした。
歩き出した仲間達の傍にいる時は、平気な振りをして笑う事しかしないから。
その陰で、彼の精神はゆっくりと崩壊して行った。
理由が何であるのか、八剣は明確には知らない。
富士山での闘いの後、《力》と瞳を失った美里葵のように、大きすぎる《力》の反動により精神に異常を来たした者もいる。
それによるものが大きいようにも思えたが――――病院に連れて行った時、京一をよく知る院長からは、もっと別のものも要因として有り得ると言っていた。
幼少の頃に父を失い、その後無意識ながらに導としていた剣の師が姿を消した事。
それが京一にとって、自覚のないままに暗い影を落とし、今回の勝利と引き換えに親友を失った事が重なり合っているのではないかと、院長は言っていた。
その自分自身の精神状態に対して、自覚を持っていなかったのが悪かった。
八剣が言及してみても彼に自覚が無い為、空回りばかりで、結局此処まで状態は悪化してしまったのだ。
「京ちゃん」
呼んでも此方を見ようとしない京一は、まるで小さな子供のようだ。
掴まれた腕を離そうともがく様子が、余計にそれを髣髴とさせる。
傷だらけの腕。
傷だらけの心。
信じていた者を掴み続けることが出来ない、手。
置いて行かれるばかりで、誰も傍にいてくれない。
幼い頃から追い駆け続けて、それでも置いて行かれてしまう。
それでも求め続けずにはいられない。
ジレンマに苛まれた心は、幼少期に歯車を止め、あちこちで可笑しな噛み合い方を続けるようになってしまった。
異物を挟んだままで回り続けた歯車は、彼の親友が彼を置いていなくなったことで、ついに瓦解を始めた。
そんな少年の弱い心に、誰も気付くことが出来ない。
「京ちゃん」
「………離せ」
「駄目だよ」
彼の言葉通り、手を離したら――――きっとこの少年は、本当に壊れてしまうだろう。
今彼を現実に繋ぎとめているのは、彼自身が自らに刻み込む痛みと、八剣の彼を掴む手だけ。
「俺は、君にまでいなくなって欲しくないんだ」
………例えそれが、今以上に君を傷付けることになるとしても。
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二幕第九夜と第十夜の間を龍京←八で、京一が壊れかけの状態でよく妄想します。
って言うかいつか書こうと思ってる(そんなのばっかだ)。
独自設定で書いてますが、うちの京一は父ちゃんの死と師匠の失踪がトラウマです。其処から妄想妄想。
そんでもって、ボロボロになった京一を八剣が抱き締めてる図に萌えてます。
…何処まで京一を可哀想にしたら気が済むんだ、私は…(これも愛故って事で(殴))
龍麻が酒に酔うのは珍しい。
クラスメイトの殆どは、彼が酒を飲む事そのものを余り知らないのではないだろうか。
彼が好む飲料物と言ったら専ら苺牛乳で、アルコールを摂取するとしても苺のカクテルとかそんな物ではないかと殆どの人間が想像するに違いない。
故に“龍麻が酔っ払う”と言う事さえも、想像がつかない人間が多いだろう。
それに該当しない数少ない人物の一人が、京一だ。
色んな意味で親友をよくよく理解している彼は、恐らく他人は見た事がないだろうという“緋勇龍麻”を度々目撃している。
龍麻が酔っ払うと言う珍事は、その中でも更に珍しい現象と言ってよい。
そもそもが、勧められれば飲むが自らは飲まない、と言うのが龍麻の飲酒スタイルの基本だ。
それを自分から喉を通し、おまけにハイペースで飲むなど、珍事件の中の珍事件だ。
(………ったく)
目の前でビールを煽る親友を眺めながら、京一は目を細める。
350mlのビールを一気に半分喉に通す龍麻。
いつもチビチビとしか飲まないのに、今日は何があったのだか。
(ま、何にしてもだ)
足元に転がっているビールの数は、いつも二人で酒盛りしている時と差はない。
しかし決定的に違うのは、それを転がした人間が京一ではなく龍麻であると言う点だ。
酒を飲んでいる龍麻の表情は、常のものと変わらない。
ふわふわとした笑みが、更に上機嫌なにこにことしたものになっている位か。
龍麻の場合、酔えば酔う程にこにこと笑うから、傍目には気持ちの良い酔いの周りだと思われる。
若しくは全く酔っていないと取るだろう。
だが、京一にはそれが必ずしも酔っ払いの本音ではない事を知っている。
「おい龍麻、そろそろ寝るぞ」
「ん~?」
手の中にあった空のビール瓶をテーブルに置いて、京一はお開きを匂わせる。
いつもはこれを言うのは龍麻の役目だ。
酒宴が長引いた頃か、若しくは京一が酔いが廻って服を脱ぎ始める頃に言われる。
京一は大抵駄々を捏ねるが、布団を敷かれればとっとと寝るので、それでお終い。
が、龍麻は意識があるのか、それとも朦朧としているのか―――――曖昧な声を漏らすだけ。
返事とも取れないその声に、京一は溜息を吐く。
「布団出しといてやるから、入ってろ」
「んー……」
「ゴミ適当に突っ込んどくからな」
散らかっていた空き缶を拾い集めて、キッチンから持ってきたゴミ袋に入れる。
分別して捨てるなんて面倒臭い、全部一纏めだ。
ゴミがなくなって広くなった部屋に布団を敷いてやり、其処に龍麻を転がらせる。
比喩ではなく、文字通り転がされた龍麻は、まだ冷たさのあるシーツに顔を埋めている。
酒で火照った頬には心地良いのだろう。
それを横目に見ながら、京一はキッチンの水に浸していた夕飯の残骸を片付ける。
水とスポンジだけで洗剤を使わないと言う、なんとも適当な洗い方だが、咎める者はいない。
(マジで面倒臭ェな)
食器洗いではなく。
布団の上でゴロゴロ、一向に夢に旅立つ気配のない親友に対して、そんな感想を抱く。
龍麻はよく笑う。
笑う代わりに、怒らないし、泣く事もない。
片鱗さえも他者に見せない。
酒に酔ってもそれは変わらず、一体何がそんなに彼の感情を押し留めているのかと思う程だ。
おまけに彼自身にそんな自覚がなさそうだから、京一は尚更面倒臭いと思ってしまう。
食器を洗い終えてリビングに戻れば、龍麻はやっぱりゴロゴロしている。
京一が戻って来たことに気付いてへらりと笑う彼は、まるで寝る気がないようだった。
布団の真ん中を陣取ってへらへら笑う龍麻の頭を、京一は踏み付ける。
ふぎゅ、と妙な声が漏れたが、気にしなかった。
「占領すんな。横ずれろ」
「ん」
ころり、素直に転がる龍麻。
抱き枕ではない枕を抱えて、表情はやっぱり上機嫌。
作られたスペースに京一が寝転がる。
一人用の布団に、そろそろ成長を終えるだろう少年が二人で寝転がれば、やはり寝苦しいものがある。
常なら京一が龍麻を蹴り出している所だ(家主は龍麻であるのだが、そんな事は京一には関係ない)。
だが龍麻がこうして酔っ払っている時は別だ。
「くっつくな」
「いや」
龍麻は、直ぐに身を寄せてきた。
ぴったりと、隙間なく。
酔っている時には必ずこんな調子で、どんなに引っぺがしても繰り返しくっついて来る。
あまりにしつこい上に改善される様子もないから、京一はもう好きにさせる事にした。
多少暑いと思う事はあるが、それ以外に厭う事もなかった。
猫か犬が甘えて来るかのように、龍麻は京一に擦り寄る。
暫くそのまま放って置いていると、更に龍麻は密着し、終いには京一に腕を回して抱きついて来る。
「うぜェぞ、お前」
「京一程じゃないよ」
「よし、朝殴ってやるから覚えとけ」
今ではない辺り、一応気を使っているのだ。
顔はにこにこと上機嫌だけれど、酔っ払うと言う滅多にない行為に浸る龍麻。
スイッチが何処にあるのか判らない親友の扱いは、最善の注意が必要だ。
――――とは言え、京一が主に気を付けているのは、“気を使わない”と言う点だ。
きっとこの場に葵か小蒔か、醍醐の誰か一人でもいたら、龍麻はこうはならない。
酒を飲むペースは多少早くなるかも知れないが、こうして人にくっついたり、甘えるような仕草をしたり。
ゴミや食器の片づけを人に任せて布団の上でゴロゴロしたり、絶対にしないだろう。
此処にいるのが自分と京一だけだから、龍麻はこうして“酔っ払い”になるのだ。
愚痴のようなものを零す訳でもないけれど、酒に任せて常にはしない行動を取ったり出来る。
気を使わないで良い相手だから。
京一はごろりと寝返り一つして、龍麻と向き合った。
目が合うと、龍麻はやはり、へらりと笑う。
その額を指先で弾いてやると、龍麻は「痛い」と呟く。
でも、此方を見る蒼の瞳は、にこにこと笑っているばかり。
……そんな親友に、溜息が漏れて。
「寝ろ、バカ」
くしゃり、頭を撫でてやって。
さっき指先で弾いてやった額に、京一は自分の額を当ててやる。
額と額を押し当てて目を閉じた京一を、龍麻は少しの間見つめていた。
視界を塞いだ京一にそれは見えないけれど、気配で判る。
これ以上自分に出来ることはないから、京一はそれ以上動かなかった。
だが、恐らく自分が先に眠ることはないだろう。
いつもの酒宴の後と違って頭ははっきりしているし、何より自分が眠る気がない。
頬に龍麻の手が触れた。
その形を――――いや、存在を確かめるように。
京一は無言だった。
龍麻のしたいようにさせる。
唇に柔らかい何かが触れても、何も言わなかった、目を開けることもしなかった。
しばらくすると、龍麻がぽすりと京一の胸に顔を埋めた。
腕が背中に回されて、子供が親に甘えるように抱き付いて来る。
京一は拒否しようとはしなかった。
―――――寝息が聞こえてくるまでは、まだ随分とかかりそうで。
その時まで、京一はずっと子供の頭を撫でていた。
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ちょっと仕事で凹んだので、京ちゃんに慰めて貰いたいなって(元気じゃねェか)。
……この京ちゃん、なんだかお母さん?
攻めが受けに甘えるのも好きですよ。唯一の人にしか甘えないとか大好きです。
京一は隠し事ばかりする。
―――――そう思っているのは、自分だけだろうか。
木の上でいつものように昼寝している親友を見上げながら、龍麻は思った。
誰だって言いたくない事はあるし、聞かれたくない事もあるし、知られたくない事もあるだろう。
龍麻もそれは同じことで、言っていない事は山ほどあって、出来れば言いたくない事もある。
いつだった葵に見せた、両の手を常に隠している理由だとか。
葵も小蒔も醍醐も、勿論人のことは色々と知っている遠野だって、知られたくない事はきっとある。
それを根掘り葉掘り聞こうと思うほど、龍麻は無神経ではない。
けれど―――――京一の事は、知りたい。
彼が話してくれなくても、知りたい。
(でも、教えてくれないよね)
木の上で、今は穏やかな寝息を立てる親友。
真神学園に来て初めて、真正面から全てを受けてくれた少年。
でも、今でも彼は全てを教えてはくれない。
残酷な優しさと、暖かな鋭さを持つ彼は、決して龍麻に対して強く踏み込むことをしない。
一線を引いていると言えば確かにそうで、龍麻もそれ以上を望むことはしなかった―――――筈だった。
(好きだよって言っても)
(教えてくれないよね)
友愛がいつしか慕情へと変化した後。
それまで引いていた薄い薄い白線を、無性に消してやりたくなった。
そして、線の向こう側に佇む彼を捕まえて、境界線など見えない位に強く強く抱き締めたい。
初めての時、彼が真正面からぶつかってくれたように。
彼の一番柔らかい部分もひっくるめて、全部抱き締めたい。
近いようで遠い距離を、零にしたい。
けれども線の向こう側で笑う彼は、いつもそれを拒むから、龍麻は踏み出すことが出来ない。
判ってるよなと暗黙の了解のように囁く声が聞こえてくるような気がして、それが判ってしまうから、判っていると彼が知っているから、龍麻は彼を裏切る事が出来なかった。
聞きたいことは沢山ある。
些細で下らない事から、他の誰も知らない、彼の大事な部分まで。
でも結局―――――自分は臆病なんだと感じながら、龍麻は彼を見詰めるしか出来ず。
(教えてって言ったら)
(君は、僕を嫌いになる気がする)
嫌われたくない。
大好きだから、好きでいて欲しい。
其処に、自分のものとイコールになる感情が存在しないのだとしても。
イコールにならない感情でも、限りなくイコールに近いのならば、龍麻は嬉しい。
笑って手を伸ばして、肩に腕を回して来てくれるから。
だって彼は残酷な優しさを知っている。
俄かな糠喜びなんてさせる事はなく、嫌いなものをきっぱりと切り捨てる事が出来る。
手を伸ばしてきてくれるのは、彼が龍麻を好いてくれている事に他ならない。
そう思ったら、例え彼がこの想いを知らなくても、嫌われるよりはずっと良い。
(知りたい)
(嫌われたくない)
(……だから)
だから、待つ。
彼がいつか話してくれる日を。
隠し事が隠し事ではなくなる日を。
それまでに、龍麻自身も。
話していない事を、話せるようになりたい。
隠し事が嫌な訳じゃない。
知らないことが嫌なだけ。
いつか教えて。
心からの君の笑った顔。
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毎回毎回思うのですが、龍京は結構難産です。だから此処(ネタ粒)八京ばっか増えちゃったんだろうな…
八京はシチュエーションやくっつくまでのアレコレを妄想するのが楽しいんですが、龍京は二人が揃った時点で私的に十分満足なんです。うちの二人がナチュラルラブだから。
うちの龍麻は結構独占欲が強いのですが、京一はそれをあっさり受け止めます。そして適度に流します。男らしい。……まぁ、それでもやっぱり振り回されてるんですけど。
龍京の龍麻はぐるぐる考え込みすぎて空回りしてるような気がします。
何を要求されても、彼は答えた。
綺麗な指裁きで期待に応じ、周囲の満足を得てみせる。
結果、ライブも無事に大盛況となった。
「助かったぜ。ありがとよ」
「此方こそ。凄く楽しかった」
「そうか、そりゃ良かった」
握手を交わしているのは、“CROW”正式メンバーの雨紋雷人と、ヘルプでシンセサイザーを担当した少年。
その雨紋の隣には亮一がいて、今日の彼は終始機嫌が良く、今もそれは変わらない。
握手を交わす二人を見つめる表情は、ライブの出来にも、緊急参加の人物にも、大満足しているようだ。
ヘルプとして今回“CROW”のステージに立ったギタリストとドラマーも、同じく満足しているらしい。
互いに手を叩いて喜び合い、笑顔を零している。
――――――しかし。
「……………………」
楽屋の古ぼけたソファにどっかりと座る京一の眉間には、深い皺が刻まれている。
出番もアンコールも無事に終わって、皆各々に健闘を讃え合っている中、彼の表情はその場で浮いていた。
しかし周囲は殆どそれに気付いていない。
ライブの盛り上がりが納得行かなかった訳ではない。
それそのものは、京一としても十分に楽しめるものだったと言って良い。
自分のベースは良い音を鳴らしたし、他の面々も申し分なかった。
文句をつけなければならないような事は、一つも無かったといえる。
しかし、京一の機嫌は頗る悪かった。
「お前も毎度ありがとうよ、蓬莱寺」
雨紋の声に顔を上げる。
さっきまで少年と手を合わせていた雨紋が、今度は京一にそれを差し出していた。
京一はそれに応えないまま、腰を上げる。
「帰るのか」
京一が握手に応えなかった事に、雨紋が気を悪くした様子はない。
ベースを担いで部屋を出て行こうとする京一に、雨紋が問い掛けた。
「おう」
「打ち上げ、来ねェのか」
「ん」
パス、と言うように、振り返らないまま京一の手がひらひらと振られる。
雨紋は一つ息を吐いて、いつもの所だから、気が向いたら来い、とだけ言う。
それにもひらりと手を振っただけで、京一は楽屋を後にした。
京一が楽屋を出て行ったのを切欠に、ギタリストとドラマーも楽屋を出た。
彼らは何某かの用事があるとかで、それが片付いたら打ち上げに参加する。
残ったのは“CROW”の二人と、緊急参加の少年一人。
楽屋の後片付けを始めた雨紋と亮一に倣い、少年もゴミの仕分けやらを自主的に手伝い始める。
この少年を雨紋が見付けたのは、一ヶ月ほど前の事。
亮一のギターの弦の換えを買う為に楽器店に行って、ついでにバンド雑誌を買おうと思った時。
其処でスコア譜の新譜を探している彼と逢った。
声をかけたのは珍しい事に亮一で、理由は本人もよく判らないらしい。
見ていたスコア譜が自分の趣味と同じものであったと言うのもあったかも知れないし、本当に単なる気紛れとも言える。
その日は少しの間話をして、シンセサイザーを扱える事だけを聞いた。
それから暫く経って、一昨日の事だ。
ライブ直前になってヘルプで入ってもらっていたシンセシストが亮一と喧嘩になり、抜けてしまった。
亮一もそれなりに気に入っていた筈の人物だったのに、何が原因だったのか、運の悪い事に束の間その場を離れてしまっていた雨紋には判らないままだ。
喧嘩をした事でライブ直前になってメンバーが足りなくなった事に、亮一は落ち込んだ。
雨紋もそうしたかったが、それよりも先に新しいヘルプを探さなければならない。
亮一には落ち着くように言い聞かせて、雨紋は一人、知り合いの伝を回ってOKしてくれそうな人物を探した。
散々走り回って見付からず、今回は打ち込みで行くしかないか、と諦めかけた時だ。
一人の人物の顔が頭を過ぎった。
一月前に楽器店で会話した少年がシンセシストであった事。
また、その少年が都内の高校の制服を着ていたと言う事。
頼むからいてくれと言う祈りに近い事を考えながら、雨紋は都内の高校へ向かった。
かくして彼は其処にいて――――急な上に時間もなくて悪いが、と頭を下げる雨紋に、彼は了承をくれたのである。
片付けを一通り終えて、そろそろ出ようかと。
思った所で、雨紋はキーボードを鞄に入れている少年に目を向けた。
良く言えばおっとりのんびり、と言う表情をしている少年。
彼の面立ちと、“CROW”の音楽は、正直言ってあまり合わないように思える。
ヘルプを頼んだ時は夢中でそんな事まで考えていなかった。
頼れるのならとにかく頼って、出来るだけ生音を使いたくて、それしか頭になった。
彼自身がどんな音楽を奏でるのか、聞いてもいなかったのに。
頼んで二日後、当日になって京一から「大丈夫なのか?」と問われた時に、ようやく気付いたのだ。
彼の音を聴いていないこと、彼がどんな音を操るのかと言う事を。
かくして、結果はご覧の通り。
本番前のセッションで、彼はその顔に見合わぬと思うほど、激しいロックの音を鳴らした。
彼の音は見事にその場に調和し、ライブも成功した。
とは言え、彼が普段弾いているのは、クラシック音楽や民俗音楽が主だと言う。
それを聞いたのは激しいロックの音を聞いた後だったので、それも含めて周囲は開いた口が塞がらなかった―――――只一人、京一を除いては。
(そういや、やけに機嫌が悪かったな)
去り際の―――いや、ライブ前からの京一の様子を、雨紋は思い出していた。
終了後の打ち上げに参加しないのはいつもの事だが、演奏中にまで渋い顔をしていたのは珍しい。
今日の昼に顔を合わせた時には、もう少し機嫌が良かったように見えたのに。
一体何処で下降線を辿る事になったのだろうか。
……ライブに支障を来たさなかったのと、彼自身が他者の接近を赦さないので、雨紋は何も言わなかったが。
とっとっ、と足音がして、雨紋は現実に還る。
ギターを背負った亮一が横にいて、どうかしたのかと首を傾げていた。
「なあ亮一。蓬莱寺の奴、今日は機嫌悪かったか?」
「ああ……そう、かな。けど、途中からだと思うよ」
「……だよな」
集合に遅れた少年が会場に着いて、雨紋がそれを迎えに行く為に一時席を外して。
戻って来た時、一枚扉の向こうからうっすらと聞こえてきたアンサンブルは、随分楽しそうに聞こえた。
放って置けば終わりそうに無いその音は、そのアンサブルの奏者達が機嫌が良い事を示していた。
―――――だと言うのに。
雨紋は、丁度キーボードを仕舞い、提げた少年に再び目を向けた。
「なぁ、お前――――、」
雨紋が声をかけると、少年も此方を見た。
何? と問うように、少年は首を傾げる。
そうだ。
この少年が来てから、この少年の顔を見てからだ。
京一の機嫌が、一気に下降線に向かったのは。
「お前、蓬莱寺――――ベースの奴と知り合いだったのか?」
顔を見るなり、京一が不機嫌になったものだから、雨紋はそう思った。
初対面の人間に馴れ馴れしく触られたり、声をかけられるだけで彼は顔を顰める。
しかし、この少年は顔を合わせての最初の挨拶以外、京一と話をしていない筈だ。
セッションに必要不可欠なアイコンタクトは時折取っていたけれど、直接的な会話はしていない。
彼のシンセサイザーの腕も大したものだったし、依頼後の時間のなさを含めて考えれば、十分すぎる出来だった。
下手な失敗を打った場面もなく、京一の機嫌を下げるような事はしていなかったと思う。
沸点の低い京一であるが、理由もないのに人を毛嫌いする事はあるまい。
根本的にウマが合わないとか、本能でそれを感じ取って近付かないとか、そういう事はあるだろうけど。
それでも初対面の人間に対して、始終あの顔でいると言う事はないだろう。
ならば、少年と京一が初対面ではなく、京一が彼を苦手としているのでは、と考えるのは自然な事だった。
しかし、少年が呟いたのは予想外の一言。
「―――――蓬莱寺、って言うんだね。あの人」
初めて知った。
そんな意味を含ませて呟いた少年―――――緋勇龍麻。
彼は、かの人が最初に出て行った扉を見つめ、何処か嬉しそうに笑みを零した。
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……京一に続いて、龍麻もなんだか神がかり的な腕を持ってるようです。
凄いね、こいつら!(←他人事のように…)
地味~に連載になってますね。
なんだか新鮮で楽しいんです。龍麻に対してツンツンな態度の京一が。
雨紋からライブの助っ人を頼まれ、引き受けてから一週間弱。
日曜日の午後2時、京一はライブハウスに入っていた。
其処には、“CROW”の二人と京一以外に、ギターがもう一人とドラム、シンセサイザーを担当する者がいる――――筈だったのだが。
「おい、シンセの奴どうした?」
ベースのチューニングを済ませて京一が問い掛けると、雨紋と亮一の動きがピタリと止まる。
先週のヘルプ依頼と同じパターンだ。
そして毎度のパターンでもある。
先週と同じく大きな溜息を吐いた京一に、マイクの高さを調整していた雨紋が振り返る。
「いや、まぁそうなんだがな。ヘルプはちゃんと頼んである」
「へーえ……大方昨日か一昨日の話なんだろ。使えるのか? そいつ」
歯に衣着せず直球で問う京一に、雨紋はガリガリと頭を掻く。
大丈夫―――と言いたいが、といった風だ。
緊急のヘルプがそんなので良いのか。
状況としては京一も似たようなものであるが、今はそれは棚に上げておく事にする。
それに、京一はそれでもこなして来た実績があったから。
雨紋は顔が広いから、ヘルプに頼める人間も多い。
しかし京一が知っている限りでも、その半分は亮一と衝突して折り合いが悪くなった。
そうなれば何度も呼べる訳ではなくなるし、噂も広まって相手も了承し辛くなる。
新しい知人に頼ってもそれは同じだ。
適度に距離を取っときゃいいのに。
誰かと亮一が衝突するのを見る度、京一はそう思わずにはいられない。
妥協しないのが良いだなんて言うけど、それも時と場合に寄るだろう、と。
次の奴はいつまで持つかな。
他人事のように―――実際、京一にとっては他人事だった―――思いながら、ベースを鳴らす。
話を終わらせた京一に代わって、ドラムの青年が代わって問うた。
「本当に大丈夫か? 集合時間はとっくに過ぎてんのに、まだ来ないような奴だぜ」
「いや、そりゃそいつの所為じゃない。事故だかなんだかで電車が遅れてるんだとよ」
「あ、そ……それならそうと早く言えよ!」
「悪かった――――と、」
詫びた後で、雨紋はジャケットから携帯を取り出す。
イルミネーションが点滅するそれを弄って、また仕舞う。
「今着いたってよ。外にいる」
「これでようやく音合わせか」
ギタリストの呟きに、雨紋は頷いて。
迎えに行って来ると言って、一人外へと赴いた。
リーダーでもあるボーカルが抜けて、ドラマーとギタリストは楽器から離れる。
此方の二人は普段から付き合いのある者同士らしく、京一達をそっちのけで話を盛り上がらせている。
そんな遣り取りに我関せず、京一はベースを鳴らしていた。
視線を感じて振り返ると、亮一と目が合う。
逸らされる事はなくて、どうやら今日はそこそこ機嫌が良いらしい。
ベースを鳴らすと、亮一もギターを鳴らす。
こうして突発アンサンブルを始める事は珍しくなく、京一と亮一の無言のコミュニケーションでもあった。
互いはそれを特に意識した事はなかったが、会話の代わりにどちらともなく始まる行為だった。
亮一の機嫌も良かったが、京一自身もそこそこ機嫌が良いようだった。
音の微妙な差を感じ取って、亮一が小さく笑う。
京一も口角を上げて、ベースのリズムを上げた。
亮一はしっかりとそれについて走る。
会話はいらない。
余分なものはいらない。
音だけでいい。
既存の曲から“CROW”のオリジナルの曲から。
無作為に選んでアレンジして弾く京一に、亮一は何も言わずに応えた。
二人の突発アンサンブルは、こうして始まると、雨紋が声をかけない限り終わる事がない。
今回は、戻ってきた雨紋が扉を開ける音が終わりの合図になった。
「これで全員揃ったぜ」
「やっとかァ~」
「遅ーぞ、お前ー」
「ごめんなさい」
ギタリストとドラマーの茶化した声に、真面目に謝る声が聞こえた。
「じゃあ、早速で悪いが、一度合わせて貰っていいか」
「うん」
ゴトゴトと音がして、多分それはシンセサイザーの準備だ。
京一は気にせずに首を鳴らす。
と、京一の隣にキーボード用のスタンドが置かれる。
文字通りの緊急で呼ばれた新メンバーがどんな人間なのか。
気になったと言う程ではないが興味が湧いて、京一は隣へと目を向ける。
そして、京一の瞳は見開かれた。
「よろしく」
へらり、浮かべたあの笑顔が其処にあった。
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いつもより若干短め……かな?
アニメ原作では京一と亮一ってマトモな絡みまるでなかった(戦闘してただけだし)二人ですが、この話では微妙に仲が良いようです。殆ど会話しないけど。
亮一は基本的には淋しがり屋だと思うんですが、そのベクトルが雨紋だけに強く傾いてるんだと私は思ってます。ずっと雷人雷人だったし。
だから其処の関係を壊そうとする(介入しようとする)他者に対して、警戒心や敵対心が湧くんじゃないかな…。
アニメで雨紋と喧嘩別れの形になったのも、他者が自分達の間に介入したことで、自分達が大切に頑なにして来たものが、その共有者である筈の雨紋によって形を変えられてしまったからだし。
と、珍しく亮一について考えてみました。
まぁこのパラレルでは、アニメ原作の設定や相対図とか丸無視してるんですけども(爆)!