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きっと誰も気付いていない。
彼の放つ光は、傍らの太陽を反射しているものなのだと言う事を。
車椅子を押されて街を巡る龍治は、背を押す人物よりも気に止まる存在があった。
車椅子を押す人物――――緋勇龍麻の意図が読めないのは勿論。
もっと判らないのは、彼と共に行動している、紫色の太刀袋を持った人物だ。
緋勇龍麻が何を目的として、自分をあちこち連れ回しているのか。
先の件を忘れてはいないだろうし、自分にとってはどうでも良い事ではあったが、彼にとっては違う。
だって自分は彼が最も大切にしているだろうと言う存在を、壊したのだから。
その憎しみから、彼がどんな行動をとっても何も可笑しな事はないだろう。
しかし彼の後ろをついて歩くように同行する人物は、龍治に対して接点がない。
龍麻の親友だと言って憚らないから、間接的には関係があるのだろうが、直接どうこうあった訳ではなかった。
それ故と言う理由だけではないだろうが、彼は龍麻に何かと構いつけるものの、龍治には殆ど話しかけて来ない。
龍治には、龍麻以上に彼の親友――――蓬莱寺京一の意図こそ読めなかった。
「腹減ったな」
「ラーメン食べに行こうか」
「…あのガキいるじゃねェか」
「京一がコニーさんに押し付けたんだろ」
「……そーだけどよ」
龍治は肩越しに後ろの二人を見遣る。
龍麻はクスクスと楽しそうに笑い、京一は拗ねたように唇を尖らせている。
其処にあるのは陽だまりの世界で、龍治には透明ガラスの向こうにある世界のように見えた。
が、龍麻が振り返って此方を見た事で、龍治も陽だまりの世界へと手を引かれる。
「龍治君もラーメンでいい? コニーさんのラーメン、美味しいよ」
「……好きにしたら」
他に言いようもなく。
平坦な声で答えた龍治に、龍麻はまた笑った。
何故そんなにも笑えるのだろう。
陽だまりのように。
笑顔の形は龍治も覚えているし、学校で笑っていた記憶もある。
だがそれは“此処は笑う所”とか“笑えば相手が満足する”と理解していたからだ。
状況と理解と計算による笑顔だと気付いた人間は、周りに一人もいなかったけれど。
龍麻もどちらかと言えば同じものであるように感じたが、彼の笑顔には確かに色があるのだ。
彼の感情と言うものが反映されており、龍治のように空ではない。
「あのガキ、何かってーとオレを目の敵にしやがって」
「京一が乱暴するからだよ」
「してねーよ! っつーか、絶対オレの方があのガキに乱暴されてるぞ」
「京一の方が大人なんだから、それ位許してあげなよ。嬉しいんだよ、あの子も」
「何が」
「ケンカ出来る相手がいるって楽しいんだよ」
微笑む龍麻に、京一はよく判らないと言うように眉間に皺を寄せる。
そんな親友に龍麻は笑いかけるだけで、それ以上言おうとはしなかった。
龍麻が今朝の内に龍治を迎えに来てから、ずっとこの調子が続いている。
会話をしているのは龍麻と京一、龍麻と龍治と言う組み合わせばかり。
京一は龍治を伺い見る事はあるが、目線を合わせることはなく、二人の間は龍麻と言う壁が取り持っている状態が続いた。
必ず、京一は龍麻の半歩後ろ、多くは斜めをついて来る。
其処からなら、親友も龍麻に車椅子を押される龍治の姿も見えるからだ。
それに気付いてから、ああ監視の役目なのかと龍治も理解した。
龍麻が何を思って龍治と行動しているのか、龍治に理解出来ないのと同じく、仲間達にも判然としない部分が多いのだ。
龍治が思うように憎しみなのか、それとも慈善主義のような博愛精神からか。
後者であるならまた理解できないな、と龍治は前方へと視線を戻して呟いた。
「お前は暢気でいいよな。あのガキ、お前にだけは懐いてっから」
「京一の事も好きだと思うよ、マリィは」
「何処をどう見りゃそんな風に見えるんだよ。おちょくってるだけだろ、ありゃあ。しつけェったらありゃしねェ」
「嬉しいんだよ。今までちゃんと構って貰った事とかなかったみたいだし。京一だったら、絶対何か反応してくれるから」
前を向いた龍治には、後ろにいる二人の顔は既に見えない。
しかし、龍麻がどんな表情をしているのかは、声のトーンでなんとなく判る。
龍麻は、京一との会話を楽しんでいた。
打てば返って来る反応は、確かに構って欲しがる人間には面白いだろう。
だがそれ以上に、龍麻は“京一”との遣り取りに喜びを感じていた。
「アニキー!」
「あ? …なんでェ、お前らか」
不意に聞こえた声に京一が立ち止まり、龍麻も足を止める。
風景の変化が止まって、龍治はまた肩越しに背後の二人を見遣った。
京一を囲むように四人の男が集まっている。
包帯やらガーゼやら裂傷やら、どれをとっても穏やかではない外見の男達ばかりだ。
それらは京一をアニキと呼び、莫迦のような仕草であれこれと話をしている。
京一はポケットに手を突っ込んで猫背になったまま、男達の下らない話を聞いて笑っていた。
……それを龍麻が見詰めている。
「で、その時にこいつがですね、よりによって酒飲んでて酔ってやがったんスよ」
「適当に逃げりゃ良かったのに、気が大きくなってやがったから、売り言葉に買い言葉で」
「オメーなァ……一週間前にも同じ事やったばっかじゃなかったのかよ」
「あー…そうなんスけどねェ。どうも酒飲むとつい…」
「しばらく禁酒だな。お前の分の酒、オレが飲んでやるから残らずこっち回せよ」
「ンな殺生なぁああ!」
それだけは勘弁を、と縋る舎弟に、京一は意地悪くクツクツ笑う。
周りの他の舎弟達はそれが良いと言い出す始末で、禁酒を言いつけられた男はがっくりと項垂れてしまった。
――――――龍麻は、ずっとその光景を見詰めていた。
眩しい光を見詰めるかのように、柔らかに瞳を細めて。
視線に気付いた京一が、舎弟達から此方へと目を移す。
龍麻と京一の視線が交わり、京一がイタズラが成功した子供のように笑う。
まるで真夏の太陽のように。
そして、龍麻がふわりと微笑んだ。
龍治は気付いた。
この陽だまりの世界を作り出しているのは、誰なのか。
「アニキ、丁半しやせんか? 龍麻さんもいる事ですし。あっしらも腕上がりましたぜ!」
「あー……悪かねェが、オレらこれからラーメン喰いに行くからな…」
「そんじゃあ、その後でも!」
「だとよ。どうする? 龍麻」
問うた京一に、龍麻は迷わず頷いた。
了承、と言う事だ。
「決まりだな。いつもの場所でいいんだな?」
「へい!」
「お待ちしてます!」
頭を下げる舎弟達に、おう、と短い返事をして、京一はまた歩き出す。
龍麻も龍治の車椅子を押しながら、当初の目的通りラーメン屋へと向かった。
時折、龍治は後ろを二人を伺い見る。
その都度、思った通りだと再認識を繰り返した。
この陽だまりを作り出しているのは、彼ではない。
彼は自分に当たる光を、月のように反射させているに過ぎない。
ならば、光は何処から生まれているのか。
京一だ。
彼が光を放っている。
眩しいほどの輝きを。
龍麻はそれを反射させ、拡散させているだけだ。
彼は自ら光を放ってはいない。
やはり、彼は自分と同じなのだと、龍治は口元が笑みに歪むのを感じた。
初めて緋勇龍麻を見た時、龍治は彼が最も生き生きとしているのを感じた。
陽だまりの世界で笑う彼と友人たちの中で、彼が最も“生きている”と龍治には感じられたのだ。
同時に、彼の中が自分とよくよく似通っている事も知った。
彼は陽だまりの中にいるけれど、根底は恐らく、自分と同じ空なのだ。
龍治に注がれなかった“もの”が、彼に注がれているのだと、龍治は直感的に悟った。
その“もの”は、決して一人の人間によって注がれ満たされたのではない、けれど。
「そういや、ムッツリ何処行ったんだ? あのボロい店燃えただろ。路上生活でもしてんのか?」
「織部神社にいたよ」
「なんでェ、面白くねェ」
…最初の一滴を注いだのは、恐らく、彼だ。
蓬莱寺京一。
太陽のように笑う彼に呼応するように、龍麻は陽だまりの世界で笑う。
龍治は歪む口元を欠伸で誤魔化した。
退屈だと言う風の龍治に、龍麻は向かうラーメン屋について話してくる。
龍治は、殆ど聞いていなかった。
そんな下らない話など聞いていられない。
龍治の意識は、少し遅れて歩く人物へと固定された。
彼はそれに気付く様子はなく、歩き慣れているだろう街並みを眺めている。
その目が龍麻ではなく此方を見たら――――そう思うと、浮かぶ笑みを止められない。
この陽だまりの世界を壊して、世界を照らす太陽が自分だけを見る瞬間、
きっと生まれて初めて満たされる。
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皆既日食を見て、無性に書きたくなった龍治。
本編中で龍麻は月、龍治は太陽と言っていましたが、やっぱり一番の太陽は京一だ思ってる私です。
で、龍治は完全な皆既日食の真っ黒な太陽と言うイメージです。
だから光みたいな京一の存在が欲しくなる……と言うのが龍治×京一の基本形。