例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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七夕 こどものじかん 02





八剣が家庭教師のアルバイトを終えて、保育園に着いたのは、午後8時。
早い方だ――――待っている幼子には酷く申し訳なく思う早さではあるけれど。



保育園の門を潜って園舎玄関へ向かうと、其処に大きな笹を見つけた。
飾られた色とりどりの短冊を見て、ああ今日は七夕だったかと空を仰ぐ。
幸い好天に恵まれた今日は、この時間になっても雲はなく、大きな天の川が夜空を彩っていた。

短冊には子供達の、ささやかだったり、大きかったりと様々な願い事が書かれている。
一部は何も浮かばなかったのか、まだ字が描けないのか、大人の目にはシュールに見える絵が描かれていた。


さて、それでは八剣の預かり子の短冊は何処にあるのか。
一通り見渡してから、子供の目には届かない高さに飾られているのを見つけた。

風に揺れて裏返っていたそれに手を伸ばし、引っくり返してみると。






(京ちゃんらしいね)






ただ一言、“ラーメン”と書かれた短冊。
書かれているのはそれだけで、絵も何もない。


多分、願い事が浮かばなかったのだろうと思う。
幼いながらに達観している節のある子供だから。

それが少しだけ寂しい。



短冊から手を離し、八剣は玄関の扉を開けた。

丁度、保育士の遠野が玄関先の掃除をしようとしていた所だったようで、下駄箱で目が合う。
直ぐに呼んで来ますと、遠野は慌しく遊戯室へと向かった。


数分の時間が経ってから、京一は遠野に手を引かれて玄関へとやって来る。






「じゃ、また明日ね、京一」
「ん」






愛想のない返事に、可愛くないなあと呟きながら、遠野は京一の頬を緩く抓る。
京一はそれにもぶすっとしていたが、嫌がる様子はない。

遠野の手が離れてから、八剣は京一の背を押して園舎を出た。



玄関扉を開けると、涼しい風が吹き抜けて行った。
隣で笹がさわさわと音を立てて揺れる。

京一がその音で笹がある事を思い出したように、脚を止めて笹を見上げた。
子供の身長で届くのは、下までしな垂れている葉っぱの一部ぐらい。
後は誰かに抱き上げて貰わなければならなくて、京一は飾られた短冊にすら手が届かなかった。


少しの間彷徨った京一の目線は、ある一箇所で止まる。
八剣はそんな京一の傍らに膝を折ってしゃがみ、京一と同じ高さから笹を見上げた。






「京ちゃんの短冊って、どれかな」






既に見付けているのだけれど、聞いた。
教えて欲しかったのだ、この子供から。

けれども、予想はしていたけれど、京一はぷいっとそっぽを向いて。






「しらね。かざったの、オレじゃねェし」






すたすたと、京一は園舎から離れて行く。
赤い鞄を背負ったその背中に苦笑を漏らし、八剣もまた、園舎を後にした。




街灯に照らされた道すがら、隣を歩く子供を見下ろしながら思う。


些細な願い事さえ、中々教えてくれない京一。

きっと、一番の願い事はもっと他にあるのだ。
でもそれを願うことを、子供が先に拒否している。
それは願っちゃいけないことだと、思って。


決してそんな事はないのに、傍らを歩く小さな子供は、ブレーキをかける事を覚えていた。
そうさせている現実が、八剣は少し恨めしい。






(だったらせめて、あの願い事は叶えてあげないと、ね)






たった一言書かれた願い事は、本当に一番願いたい事ではないけれど、嘘でもないのだ。

そう言えば前に食べたのはいつだったかなと思ったら、一週間前だったと気付く。
栄養バランスを考えて暫く作らなかったのだけど、大好物をお預けにされたのは、口に出さなくてもやはり不満だったか。








このお願い事を叶えても、多分この子は、あまり笑ってくれないと思うけど。

いつかは、一番のお願い事を、素直にお願い出来るようになる筈だ。








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子供のささやかなお願いの為に、大人が必死になるのって大好きです。

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