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まがみのお山の梅雨は、麓の村より雨が多い。
おまけに、山の中だから天候も変わり易い為、いつ頃雨が降るのか動物達にも判らない。
突然、ばけつを引っくり返したような大雨が降ったと思ったら、急に雲が晴れて、かと思ったら――――その繰り返し。
そんな時期、山の中の動物達は、皆棲家で静かに過ごす。
遊び盛りの子供達は不満で外に出ようとするけれど、親に捉まって穴の中へと引っ張り戻された。
雨が止んだら出ても良い? と子供達は聞いたけれど、親は梅雨が明けるまで待ちなさい、とばかり。
今降っている雨が止んでも、次の雨はまたすぐ降るから、そうしたら子供達は雨に濡れて冷えてしまう。
子供達を大事に思うから、親は外で遊んで良いよと、送り出してあげる事が出来ない。
けれども、親心子知らずとは言うもので、子供たちは巣穴の中で遊びたいよ外に出たいよと鳴いていた。
―――――そして此処にも、外に出たがっている仔狐が一匹。
「ヒマ」
切り株の椅子に座って、ぷらぷらと足を遊ばせている京一。
その足には葉っぱの包帯が巻かれていた。
たった二文字の言葉を聞いた八剣は、苦笑して京一の方へ振り返る。
「そうだね」
「まだ止まねェの」
「そうだね」
同じ言葉を繰り返し返事に使う八剣に、京一は唇を尖らせる。
雨が止まないのも詰まらない、八剣の返事に変化がないのも詰まらない。
京一はそんなイライラをぶつけるように、傍にあった切り株のテーブルを蹴った。
「なあ、ヒマ」
「そうだね」
「ヒマなんだよ」
「そうだね」
「………」
京一は眉間に皺を寄せて、椅子から降りた。
包帯を巻いた足をずるずる引き摺って、にこやかな笑顔で自分を見ている八剣に近付いて、
「このッ」
包帯を巻いている足を振り回す形で、八剣の足を蹴る。
判り易い八つ当たりだ。
蹴った痛みに蹲ったのは八剣ではなく、京一の方で、京一は包帯を巻いた部分を押さえてしゃがみこむ。
尻尾がまるまってぷるぷる震える小さな姿に、八剣は漏れそうになる笑いをどうにか堪えた。
堪えて一つ息を吐いた後、蹲って動けない京一を抱き上げる。
「無理したら駄目だよ。治りが遅くなるだろう?」
布団の上に下ろして、まだ痛むらしい患部を尻尾で優しく撫でてやる。
京一のこの傷は、人間が仕掛けたまま忘れた古い罠に引っ掛かって出来たものだ。
子供の力では外せなかったそれと奮闘している間に、時間が経って傷も広がった。
回復力の強い子供でも、まだまだ治らない位、其処は酷い有り様になっていた。
八剣が京一を拾ったのはその時で、それから約一ヶ月、京一は八剣の世話になっている。
家はどうやら遠いようだから、せめて京一の怪我が治るまで、此処に留まる事になったのだ。
だから、きっと早く帰りたいだろうと、八剣は思うのだけれども。
何故だか―――子供故にじっとしていられないのか―――京一は直ぐに無茶をして、折角塞がり始めていた傷をまた開いてしまう。
その度に痛くて泣き出しそうに蹲るのに、京一は何度も何度も繰り返した。
尻尾で患部を撫でていると、小さな手が尻尾の毛を一房掴んだ。
少し引っ張られる感覚があったが、八剣は何も言わずに好きにさせる。
京一は八剣の尻尾を気に入ってくれたようで、寝る時は抱き付くようにしがみ付いて離れない。
平時もこうして触れて来て、ふわふわとした毛の中に顔を埋める。
その時の仕草が、八剣には可愛くて可愛くて堪らない。
「……ヒマ」
「そうだね」
「………」
かぷ。
京一が八剣の尻尾に噛み付いた。
痛くはない。
寧ろ八剣には、自分の尻尾の痛みより、京一の傷の方が心配だった。
「京ちゃん、足はまだ痛む?」
さっき無理をしたからではなく。
雨の所為で疼いたりはしないかと、問いかける。
京一は尻尾に顔を埋めたまま、しばらく考えるように視線を彷徨わせた。
それの意味を察して、八剣は京一を自分の膝の上に乗せてやる。
小さな体はちょこんと其処に収まって、八剣は京一を左手で抱きながら、右手で京一の足を撫でてやった。
家族のものではないからか、居候と言う身分を気にしてだろうか(構わないと言うのに)。
京一は甘えるのが下手なようで、痛いと思っても痛いと伝えてくれない事が多い。
自主性だけでなく、八剣が聞いても中々答えようとしないのはこの為だ。
でも、退屈を訴える位には気を許してくれていて、八剣から触れる分には甘えてくれる。
お気に入りの八剣の尻尾を離してくれない位には、気に入られているのである。
「雨が降ると、傷は痛むものだよ」
「…知ってる」
「ああ。だから、痛くなったらすぐおいで。おまじないしてあげるから」
「……インチキまじないなんかいらねェ」
京一がインチキだと言うまじない。
それが今、八剣が京一に対して行っていること。
包帯の上から、未だに癒えない傷を撫でる行為。
それで実際、痛みがなくなる訳ではないだろうけど、京一はこの行為を嫌がらなかった。
多分、気持ちだけでも少し落ち着くのだろうと、八剣は勝手に思う事にした。
だから、雨が降ると疼く傷の事は心配だけれど、
この意地っ張りの仔狐が甘えてくれるのは嬉しいから、雨は時々降ればいいと思う。
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ただでさえ京一に対しては、何処までも寛容するうちの八剣。
チビ京相手だと、更に際限がありませんね。