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左之助が初めてケンカをしたのは、まだ物心付かぬ頃の事だった。
原因はなんでもない、ささやかな子供の遊び道具の取り合いだ。
最初は左之助が弄って玩具にしていた物を、一緒に遊んでいた近所の子供が欲しがった。
それを気に入っていた左之助は当然拒否し、そうなれば相手はムキになって余計に欲しがる。
伸びてくる手を払い除けた左之助に、癇癪を起こした相手は挑みかかった。
やられればやられた分だけ、やり返す。
既に父親相手にケンカ(らしいものにしては、当時はまだ可愛いものだった)をしていた左之助である。
自分とそう体躯の代わらない子供相手に負ける筈もなく、殴り返して相手を泣かせた。
これに困ったのは専ら母親の菜々芽で、上下エ門の方は大したガキだと笑い飛ばしていた。
成長していくうちに、左之助はよくケンカをするようになった。
近所の子供と遊んでいるうちに些細な言い合いを初め、大抵左之助の方が先に手を出す。
とは言え、左之助ばかりが悪い訳ではなく、相手が左之助の神経を逆撫でしたのも確か。
時には年上とまでケンカをするようになった時には、菜々芽は多いに溜め息を吐いた。
負けて泣いて帰って来るなら慰めようもあるものだが、左之助は一度も負けた事はない。
腕っ節や力では叶わずとも、生来打たれ強く出来上がっている所為か、
また「負けたと思ってないから負けてない」と鼻血を啜りながら胸を張る。
叱るに叱れぬ堂々っぷりに、菜々芽は頭を痛めたものである。
妹の右喜が歩けるようになると、左之助のケンカっ早さは心なしか落ち着いたように見えた。
売られたケンカは片っ端から買ってしまうものの、無茶なケンカはしなくなった。
隣にいる右喜が泣き出すからだ。
だから右喜が傍にいる時は、少しだけ、左之助の父親譲りのケンカ好きも少し形を潜めていた。
父親が父親であるから、ケンカをするなと言うのは無理な話だと、菜々芽も早々に諦めた。
しかし、愛する我が子に怪我をさせたくないのは、母親の心情としては当然のもの。
このまま少し落ち着いてくれれば良いのだけど――――、と思っていた。
が。
それでも左之助のケンカっ早さは早々なくなるものではなく。
時に、右喜が傍にいても後に語り草になるぐらいの大ゲンカをして来る事があった。
菜々芽が一番頭を痛めたのは、左之助がちっとも懲りないからでも、
大なり小なり問わずに怪我をして帰って来る事でもなかった。
叱られても、左之助は言い訳の一つもせずに黙って聞いていた。
普通の子供なら、「あっちが悪いんだ」と言い訳でも始めそうな程に怒ってみても。
ただ黙って、怒る母の顔を見つめ、じっと叱られること受け入れていた。
【喧嘩両成敗】
「おとぅさぁああぁああん!!」
兄と一緒に外で土遊びをしていた筈の右喜が、泣きながら家の戸を開けた。
今から丁度大根畑に行こうとしていた上下エ門は、その声に顔をあげる。
母の菜々芽によく似た娘は、その可愛らしい顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
負けん気の強い兄と違ってよく泣く娘だ。
思いながら上下エ門が草履を履いていると、奥間から菜々芽が顔を出した。
「右喜、どうしたの」
「おかあさああぁああん……」
あーん、あーん、と泣きじゃくる娘に、菜々芽が駆け寄る。
右喜はぽろぽろ零れる涙を拭こうともしない。
声だけ張り上げて棒立ちになって泣く娘に、上下エ門は、ははあ、と見当がついた。
「なんでェ、左之助はまたケンカか?」
「うああああぁあああん……」
「弦トコの悪ガキか? 昇ントコか?」
上下エ門が連ねたのは、左之助とよく吊るんで遊んでいる近所の子供の名。
一緒に遊ぶがケンカもする、生意気盛りの子供達である。
しかし右喜は違う、と首を横に振る。
「お、おにーちゃ…おにーちゃんがああぁ……」
「ほらほら右喜、落ち着いて。お兄ちゃんがどうしたの」
「どうもこうも、ケンカに決まってんだろうよ」
最近また増えてきたなァ、と暢気に言う上下エ門を、菜々芽がきつと睨む。
だが取り合えずは娘を落ち着かせるのを優先させたらしく、それは一瞬だけだった。
泣きじゃくる右喜の涙を手拭で優しく拭き取ってやる。
「おにーちゃん、おにーちゃんが…おにいちゃんがあ……」
「だから、お兄ちゃんがどうしたの?」
しゃっくり上げながら、右喜が一所懸命に次に続けた言葉は、物騒なもので。
「おにいちゃんが、しんじゃううぅぅぅ………」
「そらまた大袈裟なこったな」
娘の言葉にも、上下エ門はやっぱり暢気なものだった。
むしろ物騒な言葉を言った右喜の混乱具合の方が、息子の無事よりも心配になる。
右喜の言葉に上下エ門が思い浮かべたのは、息子よりも四つほど年上の子供。
ガキ大将の気質で、最近特に幅を利かせているところがあって、親もほとほと困っているらしい。
何かと左之助とよくケンカをするのだが、負けん気の強い左之助も、その子供には梃子摺る。
この年頃の四歳さと言ったらかなりの差だ。
今年の二月に七歳になった左之助に比べ、その子供は一回りも二回りも体躯が大きい。
左之助がどんなに打たれ強くても、身長差にものを言わせると中々勝てない。
だからと言って、左之助が彼に負けたなんて話を、上下エ門は一度も聞いた事はなかったが。
一杯一杯だった右喜が喋れたのは其処までで、後はわんわん泣く一方。
菜々芽に頭を撫でられているが、兄が帰って来るまでは泣き止まないだろう。
「あなた、左之助……」
「おう、一応見てくらぁ」
右喜の言葉を真に受けた訳ではないだろうが、菜々芽は心配そうな顔をしていた。
上下エ門は、息子がケンカをするという事は、寧ろ良い事だと思っている。
自分の息子なのだから、それぐらい活きの良い方が良い、と。
ケンカの傷は男の勲章、勝ったケンカなら尚の事。
自分だってあれ位の年の頃は近所の子供とよくケンカをしたし、それも悪い思い出ではない。
……それを言うと愛する妻は烈火の如く怒るので、言わないようにはしているけれど。
さて今日は何処でやりあっているのか――――と、立ち上がった時。
「ただいま」
抑揚のない声で、息子が帰りを告げた。
出て行った時とは全く違う、ボロボロの格好で。
引っ張り合い殴りあいだけじゃ飽き足らなかったのか。
投げられたのか、どうされたのかは判らないが、左之助は泥まみれの埃塗れになっている。
つい先日菜々芽が服の綻びを縫った筈だったのに、もう新しい穴が開いていた。
顔には青痣も引っ掻き傷もあって、口端が切れて血が流れ、襟元に染み込んでいる。
腕にも顔と同じくらいに青痣があり、足は膝小僧が擦り剥けこちらも血が出ている。
こりゃ随分派手にやられたもんだと、上下エ門は感心する。
それだけやられても、痛そうな顔一つせずに帰って来た息子に。
とは言え、菜々芽の方の怒りは一発二発では収まらないだろう。
左之助がこれだけやられたのだから、相手も同じぐらいやられた筈だ。
左之助は屁でもないような顔をしているが、普通、これだけやられたら泣いて逃げ帰るものである。
そうなって親御に謝りに行くのは大抵菜々芽であった。
ちらりと上下エ門が菜々芽を見遣れば、あんまりな息子の姿に開いた口が塞がらない。
兄が帰って来た事に気付いた右喜は、じわりとまた更に涙を浮かべている。
息子はそんな母と妹の様子を気にする事もなく、父の横で草履を脱いでいた。
癖っ毛のツンツン頭が、いつもより余計に立っている。
散々引っ張られたのだろう事は予想に違わない。
上下エ門は煙管を吹かし、息子を見下ろす。
「なんでェ、随分派手にやられたな」
「ケッ。こんなの、屁でもねェや」
「で、負けたのか?」
「あんな奴らに負けるかよ。オレが勝ったに決まってらぁ」
フンと鼻息荒く言う左之助に、そりゃ良かった、と上下エ門は笑う。
負けちまってたらもう一回行かせるトコだ、と。
左之助はべっと舌を出すと、妹と母のいる居間に上がる。
「右喜」
それから、ずっと右手に握っていたものを妹に差し出した。
「ほれ、お前のだ。今度はちゃんと持ってろよ」
それは、母が娘に譲った赤い巾着袋だった。
母から手当てと一緒に説教を喰らっている間、左之助は終始無言を貫いた。
かと言って話を聞いていないと言う訳ではなく、ただ黙して、叱る菜々芽の言葉を聞いていた。
言い訳をするでもない、ケンカの理由を言うでもない。
隣で縋り付いて泣き止まない妹の頭を撫でる時も、左之助は何も言わなかった。
ごめんね、ごめんね、と謝る右喜の言葉にも、左之助は答えなかった。
お説教の終わりに一発拳骨を頭に喰らって、それは流石に応えたらしい。
頭を抑えて蹲る左之助に、上下エ門は笑い飛ばしてやった。
母の愛の拳ばかりは、石頭の左之助でも痛いものか、と。
負けず嫌いの左之助は痛ェもんかと言い出し、上下エ門を蹴り飛ばす。
今日は其処から先の親子ゲンカにはならなかった。
菜々芽から激が飛んのだ。
「左之助、今日はもうケンカは禁止! 奥で大人しくしてな! あんたも左之助を揶揄わない! そんな事してるなら、畑行って!」
親子揃って、彼女にだけは本当に頭が上がらない。
その隣で右喜がまた泣きそうな顔をしているから、二人ともそれ以上は暴れなかった。
言われた通り、左之助は家の奥間に消え、上下エ門は自分の畑へと向かう事となった。
畑仕事を終えた上下エ門が戻って来た時、家にいたのは左之助一人。
奥間で寝転がっていた左之助の横に腰を下ろし、問い掛ける。
「右喜と菜々芽はどうしてェ」
「カジのトコ行って来るってよ」
カジは、今日左之助がケンカをした相手。
上下エ門が予想した通りの、左之助より四つ年上のガキ大将である。
「オレの事、謝りに行くんだと」
「お前ェも行くのが筋ってもんだろが」
「言ったけど、オレが行ったらまたケンカすっだろって。大人しくしてろってよ」
「ハハ、だろォな。しかし、なんだって右喜までついてった?」
「知らね」
ごろりと寝返りを打ち、左之助は上下エ門に背中を向けた。
小さなその背中は、人が思うよりずっと強情っ張りだ。
実に父によく似た息子である。
近所でも評判でよく聞く言葉だったが、こういう時、上下エ門もそう思わずにはいられない。
曲ったことが大嫌い、そんな性根をそのまま表すかのように真っ直ぐな背中。
気に入らないことは気に入らないと、徹底的に言える子供。
そして、無作為に乱暴を振るうような子供でもないと、上下エ門はよく知っていた。
「そんで、今日は何が原因だ?」
背中に問い掛ければ、肩越しに吊り上がり気味の目がこちらを見遣った。
それを受け止め、上下エ門は無言で見返す。
なんの理由もなく、左之助はケンカをしない。
手を出すのは早いが、だからと言って節操なしの暴れん坊ではないのだ。
手を出したことには、必ず理由と原因が存在する。
それが左之助の所為であるなら、それは左之助自身の責任で、菜々芽に叱られるのも仕方がない。
だが、今日は右喜が傍にいた。
右喜が一緒にいる時は、あそこまで派手なケンカはしないようになった。
今日に限って右喜がいるのに大ゲンカをして、それから。
帰って来た時、左之助が差し出した赤い巾着。
あれはつい先日、右喜が強請って強請って母に譲ってもらった宝物だった。
いつも肌身離さず持ち歩いていて、今日も大事そうに持って外に遊びに行った。
――――――それだけで十分な情報だ。
敢えて尋ねる父親に、左之助は億劫そうに視線を逸らす。
「………カジの野郎が、右喜の巾着取ったんだ」
欲しいと思ったら、人の物でも取り上げてしまう子供であった。
親は散々注意しているが、やっぱり欲しくて手を出した。
右喜が母から貰った赤い巾着は、綺麗な刺繍が施してあり、右喜はそれを大層気に入っていた。
他人が自慢げに持っているものを見ると、あの手の子供は欲しくて堪らなくなるのだ。
隣の芝は青い、まさにそれ。
右喜は当然嫌だと言った。
いつも左之助の後ろをついて歩いて気弱に見られがちだが、それでも上下エ門と菜々芽の娘、そして左之助の妹。
嫌な事は嫌だとはっきり言うし、何より母に貰った巾着を他人に渡したくなんかないだろう。
嫌だと言われると、あの子供は余計に欲しがる。
遂には強引に奪い取り、泣き出した右喜に、左之助が手を出す結果になったのだ。
「あの野郎、あれは右喜のだってのに、返しやがらねえから」
「んで、取っ組み合いになったってェ訳か。妹の為に体張ったってか」
「そんなじゃねェや。あの野郎がいけ好かなかったんでェ」
ふいっとそっぽを向いて呟く左之助に、上下エ門は煙管を吹かす。
ぽっと輪を描いた煙が空気を燻らせ、消えていった。
「……そんで」
上下エ門が息子に聞きたい事はもう一つあった。
寧ろ、こっちの方が真に聞きたいこと。
「なんでお前ェは、そいつを母ちゃんに言わねェんだ」
泣きじゃくる右喜を撫でて慰めながら、叱られている間中、左之助はずっと無言だった。
手当ての薬が染みるとも、わざと少し乱暴に包帯を巻く母にも、文句の一つも言わない。
それはケンカの後の左之助の行動としては、いつもの光景であった。
これには上下エ門も疑問が湧く。
普通の子供は言い訳の一つ二つはするものだし、でなくても泣いたりするものではないか。
菜々芽は頭ごなしに叱る母親ではないが、理由を聞いても左之助が答えないので、結局は同じ。
左之助はのそりと起き上がると、がりがりと頭を掻いた。
ちらりと外を見遣って、どうやら母と妹が帰って来ないか気にしているようだ。
しばしの沈黙の後、左之助は口を開く。
「……なんでも何も、殴ったのは本当だしよ」
「先にカジが右喜の巾着取り上げたんだろ。お前ェが手ェ出すのも無理はねぇよ。正当な理由だ」
「そんでも泣かしたし、母ちゃんはケンカは良くねェって言ってるし」
母が心配するような事をしたのだが、説教ぐらいはちゃんと受けるべきで。
右喜も不安にして泣かせたし、また服も破ってしまったし。
相手に怪我を負わせたのだって、変えようのない事実であって。
左之助は、其処にあれこれ理由や因縁をつけて正当な事にはしたくなかった。
相手を傷つけるのは決して良い事ではないのだから、どんな理由があるにせよ、悪い事をしたなら罰は受けなければ。
「巾着取り上げたカジの野郎は、当然、拳骨喰らってるだろうし。
だけどブン殴ったのはオレの方が先だし。
手ェ出す前に口で言えって母ちゃん言ったじゃねェか。だけどオレはそうしなかった。
言いつけ破ったんだから、怒られるぐれェ、当たり前だと思ったんだ。
母ちゃんの言ってる事がてんで判らねェ訳でもねえし……良くねぇ事したのは、確かだしよ。
あいつが悪くて、オレが悪くないってモンでもねェだろ」
妹の右喜が泣いていた。
カジが右喜の巾着を取り上げた。
取り返す為に、拳を振るった。
でも、それをケンカの正当な理由にして、自分は悪くないなんて言いたくはない。
言えば、菜々芽は仕方がないという顔をしながら、怒るのを止めるだろう。
母はそれで安心してくれるけれど、左之助がそれでは納得できなかった。
言いつけだって破ったし、服だって破いたし、ケガもした。
ケンカ相手も泣かせたし――――……だったら怒られるのは当然だと。
嘘を吐くのが、左之助は苦手だった。
何処までも真っ直ぐで、真正直で、真っ直ぐ前に走っていく事しか考えていない。
だから理由を問われても黙っているしか出来なかった。
母親相手にすら、体の良い嘘すら言えない。
父親にだけ話すのは、やはり男同士という違いがあるからだろう。
煙を吹かして黙って聞いている父親に、左之助は視線を合わせなかった。
爪先を擦り合わせて、上手い言葉が見付からないらしく、どう言や良いのかな……と一人ごちる。
「母ちゃんが怒るの、一応判ってるつもりだしよ。なのにオレは悪くねェなんざ言えるかよ」
言えばこちらは正義になる。
でも、左之助はそんな気持ちで手を出したんじゃない。
赦せないから相手を殴った。
理由がなんでも、殴った事実は変わらない。
自分を正当化させるような事は言いたくない。
「そんで、いつもだんまりか」
「母ちゃんと右喜に言うんじゃねぇぞ」
「言わねえよ、ガキの自惚れ事なんざ」
「誰がガキだ、自惚れだ!」
飛んできた拳を受け止めて、ぐいっと横に引っ張る。
体勢を崩した左之助は、どてっと音を立てて床に転がった。
左之助は起き上がらなかったが、痛いと呻くこともない。
起き上がるのが面倒臭くなったのだろう、床に突っ伏したままになった。
上下エ門はその隣で煙を吹かし、未だ帰らぬ娘と妻の事を考える。
恐らく、右喜は兄は悪くないのだと母に訴えているだろう。
左之助がケンカをしたのは、自分が泣いた所為で、兄は自分を助けてくれたのだと。
菜々芽が左之助のケンカの理由を聞くのは、大抵相手方に謝りに行った時か、後になって右喜から聞かされてのこと。
左之助は母になんと言われようと、己の口からケンカの理由を答えたことはなかった。
そしてこれからも左之助は母にケンカの理由を言わないだろうし、菜々芽がその理由を知ることもないだろう。
こればっかりは女には判らん事かもなァ、と揺らめき消える煙草の煙を見ながら思う。
意地っ張りの左之助は、自分を正当化して、己は正しい立場なのだと示すのを嫌う。
正しいか正しくないかは左之助にとって意識の範疇外の事。
是非を問うて答えを欲しがるのは専ら周りのする事で、自分にとってはどちらでも良い事。
自分が赦せないと思ったから赦せなくて、だから一発殴った、それだけ。
良くない事だと後から周りに言われたって構わない。
あそこで右喜の巾着を取り返そうとしなかったら、そっちの方が左之助にとって自分自身が赦せなくなっただろう。
その時、自分が一番やりたいようにやっただけ。
寝転がる左之助の頭をくしゃりと撫でる。
ぱしんと音がして、負けん気の強い息子は父親の手を跳ね除けた。
「あーあ、下らねェ話したら腹減っちまったぜ。母ちゃんまだかよ」
「……たまにゃ野郎二人で飯作ってみるか?」
「やなこった。おェの飯なんざ食えるかよ」
「魚の捌き方も知らねェで偉そうな口叩くんじゃねえよ、ガキが」
誰がガキだ、と今度は足が飛んできた。
避けずに受け止めて離すと、その足はぱたんぱたんと床を叩き出す。
生意気盛りの息子だが、こういう所は歳相応に子供らしい。
腹減ったなぁ、と呟くと、左之助の腹が盛大な音を立てる。
吊られて上下エ門も空腹感を感じて、そうだな、とだけ返した。
後は、会話らしい会話はなく。
腹を空かした男二人は、母の言いつけどおり、大人しく家族の帰りを待つのだった。
好きです、東谷一家。菜々芽は捏造ですけど。央太もそのうち書いてみたい。
しかし、親父に随分夢見てるなぁ、私……
書きたかったのは、幼児期からケンカばっかりの左之助。
そして、ケンカをするのはどんな理由があるにせよ、宜しい事ではないと判っているという事。
相手を傷つければ、その相手に関わる誰かが傷付くのもちゃんと理解していて、だけどやっぱり黙ってられなかったから、叱られるぐらいの罰は当たり前の事としてちゃんと受け止める。
……玉砕した感オオアリ。