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独自設定全開でどうもすみません(滝汗)。
うちの京ちゃんはパンダが好きです。
子供の頃からずっと好きです。
小さい頃は、パンダのぬいぐるみ抱っこして寝てた…ら、いいなぁ(爆)。
そんな訳で、チビ京ちゃんにパンダのぬいぐるみをプレゼントv
……どんだけ自分設定で爆進する気なのかと思いますが、管理人は結構楽しみました(そりゃそうだ)。
寧ろ独自設定を公開したから、開き直ってる所もかなりあると思いますι
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今日と言う日を刻み込もう
記憶が色褪せて行かないように
There is a signature that is here with you
あ、と。
漏れた声は、招かれざる―――けれども決して拒否することのない客人。
部屋の主である八剣が、その声を発した人物―――蓬莱寺京一へと向き直る。
と、如何にも何か思い出しましたと言うように、京一は読んでいた漫画から顔を上げ、中空を見て口をぱかりと開けていた。
どうしたのかと黙したままで様子を伺っていると、京一はくるりと此方を振り返り、
「今日って何日だ?」
訊ねられて、八剣は部屋の壁にかかっている日捲りカレンダーに目を遣った。
「24日だね」
「あー………」
記された数字を読むと、京一は宙を仰いでやっぱりかーと呟いた。
何が「やっぱり」なのか、八剣にはさっぱり判らない。
問うて良いものだろうかと考えている間、京一はあーだのうーだの、天井を仰いだり首を左右へ傾けたりして何かを思い悩んでいる様だった。
日付を気にすると言うことは、何か先日に約束事でもしていたのだろうか。
それも容易くまぁいいかと片付けられる事ではないような、大切な相手と。
…大切な相手と来て、八剣が一番に思い浮かべた相手は、京一の相棒である緋勇龍麻だ。
恋人である筈の自分が、判っていても妬いてしまうほど、この二人は仲が良いのである。
八剣の発想は当然とも言える。
だがいつまでも悩んでいる所を見ると、その線はなさそうだ。
繰り返すが、八剣が判っていても妬いてしまうほど、二人は互いの事をよくよく理解していて、故に京一も何某か約束事を忘れることがあったとしても「明日言えばいいか」と早々に悩むのを止める筈なのだ。
ならば真神学園のクラスメイト達か。
それ以外の《宿星》の仲間達か。
と、八剣は思っていたのだが、ややもしてぽつりと聞こえてきた声は、
「ま、いいか……明日行きゃいいし」
明日は学校は休みである筈。
京一は剣道部に所属しているそうだが、三年生はもう引退しており、下より万年幽霊部員であったと言う京一は、引退試合後は全く部活に顔を出していないそうだ。
だから本来、京一は学校に行く予定はないと見ていいから、これでクラスメイト達と言う線はなくなった。
別段、どうでも良い事だと言えば、そうなのだろうけれど。
想いを寄せる恋人の事が全く気にならない訳ではなく。
また漫画へと視線を落とした京一の後ろに場所を取って、抱き寄せる。
「読み辛ェ」
「ああ、悪いね」
苦情が出たが気にしなかった。
京一も口には出したが、実際それ程気分を害した様子はない。
抱き締められる事に抵抗があるのだろう、恥ずかしがり屋だから。
漫画から視線を逸らさない京一の肩に顎を乗せる。
八剣の長い前髪が首筋をくすぐるのだろう、鬱陶しそうに其処に手を遣っていた。
「ンだよ」
「いや。さっき何を思い出したんだろうと思ってね」
「別に大した事じゃねーよ」
パラリ、ページを捲る音。
「今日は何か予定でもあったの?」
抱き締められている事と、密着して話し掛けられている事と。
質問に答えるまで八剣が離れない事を察したのだろう、京一はパラパラと漫画のページを捲り、ややするとぱたりと閉じた。
とすっと八剣の体に京一の背中が乗り、そのまま体重を預けてくる。
最初の頃は近付くだけで警戒されたのに、今は随分と気を赦してくれるのが嬉しい。
頬を唇を落とそうとすると、手で押し退けられたが。
「兄さん達が誕生祝するって言ってたんだよ」
「京ちゃん、誕生日だったんだ」
「まーな」
今日が京一の誕生日だったとは。
知らなかったとは言え、特別の日に彼を独占した事になる。
『女優』の人々には悪いが、八剣は少し優越感を感じていた。
だが、『女優』の人々には八剣も世話になった。
最初の頃、警戒されて全く会話が出来ない状態であったのを、彼女達が間に入ることで取り持ってくれたのだ。
思い出した京一が帰ろうとせず、此処に留まると言う事は、京一の無意識の優先順位を見たようで嬉しくも思うのだけど。
世話になった人達に申し訳なさも沸いて来て、八剣は京一の髪の毛先を指で遊びながら問う。
「いいのかい? 帰らなくて」
「ん。兄さん達も判ってるだろ」
「俺の所にいるってことが?」
「自惚れんな」
ぴしゃりと返されてしまった。
苦笑が漏れる。
京一は主に『女優』で過ごす事が多いようだが、それも不定期だ。
ふらりと数日帰らずに龍麻の家で過ごしたり、舎弟と歌舞伎町を一晩歩き回っていたり。
『女優』の人々はそんな京一の生活を重々知っていて、無理に束縛したりしない。
それでも『女優』の人々との予定や約束事は、優先順位の上位に存在すると見て間違いないだろう。
必ず守ると言う訳でもなかったけれど、頭の隅には残っているようだった。
だと言うのに彼女達との予定を反故にすると言う事は、その予定にあまり気乗りしていないと言う事にも取れる。
折角祝ってくれると言うのに、それは勿体無いのではないだろうか。
「いいんだよ、俺の事は気にしないで帰っても」
「だから自惚れんなっつってんだろーが。ガキ臭ェからヤなんだよ」
「どうして。嬉しい事じゃない」
八剣の言葉に、俯いた京一の頬が微かに赤くなる。
嫌だと言葉では告げたが、彼女達の気持ちは嬉しいのだろう。
天邪鬼な性格だから素直に受け止められないだけで。
今日が誕生日と言うことは、高校三年生の京一は今日で18歳になったと言う事だ。
まだ学生と言う身分だから、大人と言うには曖昧だが、少なくとも子供ではない年齢。
且つ未だ青臭さが抜け切らないものだから、格好つけたくて背伸びする事もある。
そんな京一にとって、もう誕生日は盛大に祝うなんて行事ではなくなったのだろう。
今は嬉しいよりも気恥ずかしさの方が勝る時期だ。
でも、昔から京一を知っていると言う『女優』の人々には、京一のそんな心情はまるで関係なく。
彼女達はただひたすらに、可愛がっている居候の生誕を祝いたくて仕方がないのだろう。
「普段お世話になってるんだから、恩返しと思ってさ」
「祝われてんのが恩返しって、意味が判んねェ」
「気持ちの問題だよ。お祝いを受け入れてくれる事が、彼女達にとってもまた嬉しい事だろうし」
京一の唇がヘの字に曲がって、眉根が寄る。
照れ臭さと、その奥に只隠しにしていた嬉しさと、天秤がぐらぐら揺れているようだった。
八剣としては、今日はこのまま此処にいて欲しいけれど――――折角の好意を無碍にするのも、勿体無いと思うのだ。
「ケーキが待ってるんじゃないの?」
「甘いモン好きじゃねェ」
「じゃあ誕生日ラーメンかな」
「なんだ、そりゃあ…」
「好きだろう?」
「ラーメンは悪くねェけどな。可笑しいだろ、絶対」
顔を顰めて言う京一に、そうかなと八剣は笑った。
京一に喜んでもらいたいと思ったら、そういう選択肢もあると八剣は思う。
「いいじゃない、子供臭くても、なんでも。お祝いしてくれるんだから」
「しつけェな……いいんだよ、もう。時間もねェし」
京一に言われて八剣が時計を見ると、成る程確かに、時刻はあと二時間で今日と言う日を終えようとしている。
そんな時間になって今日が誕生日である事を思い出したのだから、『女優』の人々ももう諦める頃合か。
八剣に促されても帰ろうとしない京一は、恐らく、それも考えての事だったのだろう。
誕生日である事を思い出す前ならともかく、思い出して今から帰ったりなんかしたら、祝って貰う事を楽しみにしているように見える。
それでいいだろうと八剣は思うのだが、天邪鬼で、まだ少し背伸びがしたい京一には、誕生日を待ち遠しく思っていた子供のような行動は取れないのだ。
拗ねた子供のように、だからいいんだよ、と言って、京一は顎を引っ込めて俯く。
八剣に顔を見られたくないのだろう。
赤くなった京一の顔は、いつもよりも険が薄れて可愛いと思うのだが、それを言うと彼は怒る。
だから顔が見たいのを我慢して、八剣は少し痛んだ髪を指先で遊ぶに留まった。
「明日は行っておいでよ。折角のお祝いなんだしね」
「言われなくてもそのつもりでェ。じゃねーと兄さん達ずーっと煩ェし…」
それも京一が愛しいからこそだ。
こそばゆそうに首を掻く京一を見て、八剣は笑みを漏らす。
「毎年お祝いして貰ってるの?」
「……オレはいらねェっつってる」
「そう。良かったね」
「お前ェ、オレの話聞いてるか」
「聞いてるよ」
京一の言葉なら、どんな小さな声でも聞き逃さない自信がある。
まぁ、京一が言いたいのは聞こえているかいないかではなく、言っている事を理解しているかと言う事なのだろうが。
判っている、判っているが。
判っているからこそ、良かったねと八剣は口にする。
八剣の誕生日を祝ってくれるような者など、もういない。
唯一知っているのが拳武館館長の鳴滝冬吾ぐらいのもので、あの人は当日にささやかな祝いの言葉をくれる。
でも京一のように、いつまでも子供のように祝いたいと思う人はいないだろう。
そして京一も、口ではどんなに天邪鬼にしてみても、心の底で嬉しさを感じているのが判る。
だから、良かったねと言わずにはいられないのだ。
見上げた八剣が笑みを梳いているのを見て、京一は顔を顰めた。
何笑ってんだと、尖った唇が音なく雄弁に語っている。
その唇にキスを落とすと、ぱちりと京一は一度瞬いた――――何が起きているのか判らない様子で。
「ン……ぅ!?」
呼吸が出来ないことと、八剣の顔がゼロ距離にあること。
そして、それらの理由に気付いて、京一の喉の奥でくぐもった驚きの声が漏れる。
「ん、ぅ……!」
顎を捉えて、固定されて。
京一の頭は斜め後ろを向けられているが、体は正面を向いたまま、八剣に面しているのは背中側だ。
首も体も苦しい状態になって、京一は抱き締められたままでジタバタと暴れた。
解放すると、すぐさま拳が跳んでくる。
「何しやがるッッ」
「キスだよ。したいと思ったから、ついね」
「殺すぞ、このナンパ野郎ッ!」
掴みかかって来た京一の腕を捉え、此方から引き寄せる。
そのまま八剣は、彼を自分の後方へと引っ張り倒した。
どてっとうつ伏せに倒れた瞬間、痛みを訴える小さな悲鳴が上がって、どうやら鼻柱を打ったらしい事を察する。
顔を摩っている仕草が子猫に似ていて、八剣は苦笑しながら、彼の体を押して仰向けにさせた。
「ってー………」
「ごめんね」
「絶対ェ悪ィと思ってねェだろ」
忌々しげに呟かれた言葉を、八剣は否定しない。
全く思っていない訳でもないが、詫びた言葉ほど罪悪感は感じていないのが本音であった。
―――――――が。
京一のアンダージャツが捲れて、其処に隠されていたものが露になると、八剣はつい眉根を寄せていた。
其処にあるのは、消えない刀傷。
刀は“斬”に関しては、最も飛び抜けた威力を持つ道具であると言って良い。
粗悪品に関してはピンからキリまで様々だが、八剣の持つ刀は無銘でありながら、見事な出来栄えものもだ。
だが、“人を斬る”となると一筋縄では行かない。
それを容易く操り、暗殺の道具として選び、あまつさえ“鬼剄”と言う技を習得している八剣は、剣に関して相当の腕を持つ事になる。
日本刀による刀傷は、その切れ味の鋭さから、斬られた事に気付かない程に綺麗なものになる。
動かぬ状態であったり、小さな傷であるのなら、治療すれば痕に残るのは縫合痕くらいのもので、裂けた皮膚は実に見事に繋がりあうのだ。
京一の傷も、そう。
あの時裂けた皮膚も、今は綺麗に繋がっている。
けれども、あまりにも大きく深い裂傷であった所為だろうか、治り切らない内に次の戦闘に身を投じた所為か。
彼の皮膚は確かに繋がっていたけれど、不自然な盛り上がりが袈裟懸けに走っている。
縫合した跡は痛々しく残り、傍目には完治しているように見えるが、気温の低い日は疼く事もあるだろう。
それは恐らく、一生消えない八剣の罪だ。
はたりと動きを停止してしまった八剣に、京一は打った鼻柱を押さえていた手を離し、自分を見下ろす男を寝転がったままで見た。
そうして、八剣が見ているものを自分も見つける。
「……まだ気にしてんのかよ」
邂逅の時の傷を見る度、それまでどんなに饒舌に喋っていても、途端に八剣は口を閉じてしまう。
それは彼があの瞬間の事を如何に後悔しているか、言葉以上に雄弁に語る。
京一が起き上がると、捲れていたシャツが本来の形に戻り、傷跡を隠す。
だが八剣が手を伸ばし、布越しに腹に触れれば、僅かだが奇妙な凹凸を感じる事が出来る。
「気にするよ。多分、一生」
「莫迦じゃねェのか。もう終わったじゃねェかよ」
そう、確かに終わった事だ。
各々思うところは残ったけれど、事件そのものは終止したのである。
あの日がなければ、八剣はこの少年に逢う事はなかった。
逢う事がなければ、この少年が傷を追う事はなかった。
どちらが良かったのかと聞かれると、八剣は直ぐに答える事が出来ない。
出逢えた喜びは何にも劣らないし、傷付けた罪悪感は何よりも重い。
あの事件に関連して傷付けた人物は京一一人ではないのだが、その誰よりも、彼との出来事が八剣のウエイトを占めている。
自分の腹に触れる八剣の手を、京一は無言で見下ろしていた。
実際の所――――傷は完全に治ったとは言い難い。
寒さ以外でも、動き回っている最中に縫合痕が引き攣るような感覚を尖らせる時がある。
岩山からも、なるべく安静にしていろと言われていた。
だが、だからと言って弱った姿なんて曝せるものか。
目の前に自身が犯した大罪を突きつけられたかのような男を見たら、余計にそう思ってしまう。
だから、京一は傷跡を隠さない。
見られた所で動揺もしない。
治ってるんだから、終わったことなんだから、もう良いんだと。
……そう思うくらいには、京一はこの軽薄そうな面立ちをした男に傾倒しているのだ。
唇を噛み、罰を望むかのような顔を、気に入らないと思うくらいには。
「お前のヘナチョコ剣なんざ、痛くも痒くもねェんだよ」
鼻で笑うように言い切った京一に、八剣は顔を上げる。
見つけた京一の表情は、あの時――――抜けた青の下で二度目の邂逅を果たした時の顔に似ていて。
あの精錬とした面立ちに、八剣は己の敗北を悟ったのだ。
「ヘナチョコとは、酷いね」
「事実じゃねェか。オレにゃ敵わねェんだから」
そのヘナチョコに、一度大敗している過去には、目を閉じる。
そうしてようやく、八剣は罪の意識を僅かな間でも追い払うことが出来るのだ。
「オレより弱い奴の剣なんざ、皆ヘナチョコだ」
自信満々に言い切ってやる様子が、小さな子供の自慢話にも聞こえて。
「だから一々シケた面してんじゃねーよ、似合いもしねェ癖に」
「そう? 哀愁があるのも良いと思うけど」
「どんだけ自惚れ屋だ、テメェは。ンないいモンな訳ねェだろ」
ぱたり、起こしていた体をまた床に倒して、天井を見上げながら京一は言った。
八剣はその腹に当てていた手を離し、寝転ぶ京一に覆い被さるように、彼の頭の左右に手を置く。
見上げ、見下ろした互いの顔は、今はもう笑っている。
「でも確かに、京ちゃんの誕生日にするような顔じゃなかったね」
「それは関係ねェだろ」
「あるよ。折角のめでたい日だからさ」
祝いの席に、沈んだ顔は不要だ。
どうせするなら、喜んだ顔をして見せないと。
だが、それの主役である筈の京一は、不愉快そうに顔を顰めてしまう。
顔が赤くなっているので、それもポーズ的な表情なのだろうが。
「別にめでたかねェよ……」
「俺にはめでたい日だよ。
京ちゃんが俺と出逢う為に生まれて来てくれた日だからね」
「だーかーら! 自惚れんなっつーんだ、テメェはッ」
牙を見せて吼える京一の顔は、どんどん赤くなっていく。
天邪鬼も此処まで来ると大変だ。
いつまで経っても素直になれないから、羞恥心ばかりが溜まっていく。
その火照った頬に手を添えて、キスを落とす。
京一はむずがる子供のように頭を振ったが、八剣を押し退けようとはしなかった。
……そういう事をするから、こっちが自惚れてしまうなんて、彼は知らないのだろう。
「で……めでてェって言うんだったら、なんかくれるとかねェの?」
「ああ、」
キスを甘受しながら問う京一に、八剣は少しの間考えたが、
「俺をプレゼント、っていうのはどうかな」
「ベタ。つまんね」
「面白みを求められてもねェ……」
眉尻を下げる八剣に、京一はクツクツと笑い出す。
全く意地悪な恋人だ――――それも含めて好きなのだから、八剣は本当に敵わない。
「それで、受け取ってはくれないのかな?」
触れ合いそうなほどに唇を近付けて囁くと、京一は一度、判りやすく顔を顰めた。
が、直ぐに溜息をの様な呼吸を漏らして、体から力を抜く。
「どうせ返品不可だろうが」
「確かにね」
「じゃあ勿体ねェから貰っといてやらァ」
言って、降るキスの雨を京一は受け止めて。
シャツの下に潜り込んだ手が、あの傷痕に触れても、拒絶する事はなく。
その傷痕は、八剣にとって己が犯した罪であると同時に、自身の痕跡を愛しい者に刻み付けた証でもあり。
消えない事に罪悪感を感じながら、失われない事に安堵を覚えている自分もいるのだ。
この傷が此処にある限り、この少年の躯から己と言う存在が消え去ることはないのだから。
そして、これから刻まれる“痕”も。
消えてしまう痕だと言うなら、何度も繰り返して刻むから。
幾年月が流れても、
今日の日が何十回と繰り返されても、
消えない“痕”を刻み込む。
“傷痕”ネタが大好きです。
でも誕生日に使うネタじゃない気がする(滝汗)。後半がなんだか重い空気だ!
うちの八剣は、あの事件に関してずっと複雑な心境です。京一に瀕死の重傷を負わせた事は、特に気にしてます。
此処の八剣が京一に対して何処までも寛容的なのは、こういった罪悪感があるからなのかも。
「おい龍麻」
「何?」
「鞄持ってろ」
「うん」
「で、寒ィから風除けになってろ」
「うん」
「緋勇君、京一君、おはよう」
「おはよう」
「おー」
「あれ? 緋勇君、なんで京一の鞄持ってるの?」
「京一、自分の鞄ぐらい持ったらどうだ?」
「緋勇君、京一のワガママに付き合うことないんだよ」
「いいんだ、今日は」
「そーそー。つー訳で、煩ェ事言うなよ」
「一時間目数学か。オレ寝るからな」
「うん」
「ノートお前が取っとけよ」
「うん。…ねえ、僕も眠いんだけど」
「お前は寝んな」
「うん」
「テスト……だりィ……」
「やろうか?」
「流石にどつかれるだろ。自分でやらァ」
「其処、テスト中に喋らない!」
「でッ」
「…いたい」
「京一君、犬神先生が呼んでるって」
「………龍麻ー」
「うん。先生、職員室にいるよね」
「ええ……え?」
「どーせ補習の話だな……」
「え? え? 緋勇君? どうして緋勇君が?」
「京一、外に誰かいる」
「あ? ……面倒臭ェな。お前行ってこい」
「うん」
「アニキー!」
「焼き蕎麦パン一個」
「うん」
「あとコーヒー牛乳な」
「うん」
「あの、アニキ…昼飯」
「おう。あ、あと摘みになりそうなモン」
「ピリ辛ソーセージ?」
「なんでもいい。んで、お前持ちな」
「うん」
「……どうなってんだ?」
「緋勇君、後輩の可愛い子から呼び出しよ~」
「…行っていい?」
「ああ」
「…なんで京一に許可取るの?」
「ちょっとな」
「コラ、ついてくんな」
「トイレでしょ? 僕も行く」
「連れションかよ……」
「生理現象だから仕方ないよ」
「…まーな」
「緋勇、少し良いか?」
「京一、良い?」
「あー」
「…お前の許可が必要なのか」
「今日だけな」
「京一、お前今日、掃除当番だろ」
「龍麻ー」
「コラ、緋勇君に押し付けるな!」
「いいんだよ、桜井さん」
「駄目だって!」
「いいんだ、本当に。でも京一、終わるまで其処にいてね」
「ああ」
「じゃあ俺は職員室にいるが――――蓬莱寺、緋勇、それが終わるまでは帰るなよ」
「あんの野郎!! 絶対ェイジメだ!!」
「そうかなぁ」
「やってられるか、こんなモン!」
「僕がやろうか?」
「いや、いい。アイツにバレたら、孫の代までネチネチ言いそうだ」
「僕らの孫の代に犬神先生はいないと思うけど……」
「いいからお前は早くやれッ」
「うん」
「終わったよ」
「見せろ」
「うん」
龍麻と京一の補修組を待っていたのは、葵、小蒔、醍醐、遠野のいつもの四人。
この四人は須らく、龍麻はともかく、京一がプリントを全て終わらせるには随分時間がかかるだろうと思っていた。
龍麻は真神学園編入の際、テストでトップクラスの成績を取った。
つまりそれだけの頭は最初から備わっていた訳で、また京一のように勉強が嫌いと言う訳でもないらしい。
だがそれを含めても、余りある遅刻とサボータジュの回数、授業中の居眠りが原因で、彼の成績は急激な下降。
万年補修児の京一と肩を並べる形になった――――が、真面目な性格である事に変わりはなく、出された補修プリントはいつも速いペースで片付けていた。
反対に、いつまで経ってもプリントを片付けられないのが京一だ。
遅刻サボリは毎日の事、授業に出席してもまともに受講している事の方が少ない。
極めつけは生来からの勉強嫌いで、出された補修プリントに向き合うだけでもかなりの時間を要する。
だから、早くても宵闇が空を侵食しきった後だろう―――――と、思っていたのだが。
校門の横で待っていたメンバーの目に、グラウンドを横切る二人の姿が見えた。
それも、空が橙から漆へ変わり始めた頃に。
「あ、出て来た。二人とも」
「ウソ、早ッ! 明日雨なんじゃない?」
驚いて目を丸くする小蒔を、葵が嗜める。
しかし小蒔は「だってさ、」と京一まで出て来た事が如何に異常な事態か説明し始めた。
小蒔の横に立つ醍醐は無言であったが、口をぽっかり開けて驚いている。
そんなメンバーの下に、龍麻と京一が辿り着き、
「コラ小蒔、聞こえてんぞ。オレが早いのがそんなに可笑しいか」
「当たり前だろッ」
「ケンカ売ってんのか、この男女!」
「何だと!?」
そのまま二人の低レベルな口喧嘩が始まる――――かに思えたが。
唸る小蒔からくるりと視線を外し、京一は龍麻に自分の鞄を放り投げた。
龍麻は驚く様子もなく、中身の少ない薄っぺらなそれをキャッチする。
ごく当たり前のように押し付けられた鞄を、ごく当たり前のように受け取る龍麻。
龍麻はそれを、今朝クラスメイト達が目撃したように、自分の鞄と一緒に手に持つ。
対する京一は愛用の木刀一本、身軽な格好。
「……緋勇君、京一に弱みでも握られてるの?」
「人聞き悪ィ事言ってんじゃねーぞ、アン子」
ぐっと京一の手が遠野の頭を押さえる。
じたばたとその手から逃れようと暴れるアン子だが、京一は撤回しろとばかりに手を離さない。
「今日一日、コイツはこれでいいんだよ」
「なんでよ?」
「行くぞ、龍麻!」
遠野の質問を無視して、抑えていた頭から手を離し、京一は校門を出て行く。
それを直ぐに追い駆ける龍麻を、遠野が呼び止めた。
「ね、緋勇君、どうして?」
「ん…うーんとね、」
「―――――おい、龍麻ァ!」
立ち止まって答えようとした龍麻に、京一から呼び声がかかる。
ほんの数秒なのに、京一は校門口の坂道を既に随分下っていた。
上から見下ろしたその顔が、不機嫌そうに眉根を寄せているのを見つけ、龍麻は苦笑する。
「ごめん、内緒」
「え~!?」
「別に何かあった訳じゃないよ。僕がしたいんだ」
「…じゃあ、今日ずーっと京一が緋勇君にあれこれ押し付けてたのも?」
「僕がするって言ったから。させて貰ってるんだよ」
それだけ言うと、龍麻は坂道下で待っている京一の下へ走った。
ちょっと、とちゃんとした説明を求めた遠野が声を上げたが、二人は聞かない。
くるりと踵を返して、常よりも倍の速度で坂道を下っていく京一を、龍麻は一歩後ろを追って行く。
その二人の背中が、それぞれ問いかけの拒否と、なんでもない事を物語り、遠野でさえも追い駆ける事を忘れさせていた。
龍麻の前を歩いて行く京一。
後ろを歩く龍麻に、彼の表情は見えないが、思っていた通り、赤くなった耳と首が見える。
遠野の問いかけを遮るように呼んだのも、絶対にわざとだ。
誕生祝いで自分に奉仕して貰っているなんて、恥ずかしいから知られたくないのだろう。
“祝われている”ことをクラスメイト達に気付かれたくなくて。
だがそれでも、後で遠野は気付くのではないだろうか。
龍麻が京一に付き合うのは日常的な光景だが、それにしても今日は二人の態度が少々特殊だった。
龍麻は彼の言うことに従順で、京一はまるで王様のように龍麻を扱う。
遠野が言ったように、脅されてるんじゃないかと、そんな発想が出て来るのも無理はないかも知れない。
それに加えて―――――先日、龍麻は彼女を頼ったし、しばらくしたら遠野は今日がなんの日か思い出すだろう。
彼女の情報への執着心と、その暗記力にはいつも恐れ入る。
しかし京一はそんな事など考えている余裕はないらしく。
脇目も振らずに、ひたすら前に向かって歩く。
「喉乾いたな」
「自販機あるよ。買う?」
「コーラ」
「うん」
一足、京一を追い越して、龍麻は自販機の前に立った。
ポケットから小銭を取り出して、投入口に落とす。
ボタンを押して落ちてきたペットボトルを拾い、近付いた京一に渡す。
「直ぐに『女優』に行くの?」
「いいや……陽が落ちてからだな。今はなんか準備してる頃だろうしよ」
「準備?」
なんの、と問いかける前に、龍麻はそれを飲み込んだ。
言うまでもない、京一の誕生日を祝う準備に決まっている。
自分の苺牛乳を買う為の金額を投入しながら、龍麻は京一を見遣った。
ペットボトルの蓋を開けようとしている彼の表情は、少々うんざりとした色が見られる。
ガキじゃねェのに、と呟くのが聞こえた。
多分―――これは龍麻の単なる予想だが。
『女優』の人々は、毎年そうやって彼の誕生日を盛大に祝うのだろう。
店のドアを開けたらクラッカーが弾け、拍手が鳴って、年齢分だけロウソクを立てたケーキがあって、綺麗にラッピングされたプレゼントを手渡されるのだ―――――きっと。
今は天邪鬼な顔をする京一だが、子供の頃はもう少し素直だっただろうから、渡されたプレゼントや用意されたケーキにも喜んだ事だろう。
『女優』の人々の中で、京一は未だにその頃と代わりがないから、18歳になった今年になっても同じように行われるのだ。
龍麻は判る、『女優』の人々も知っている。
アホくせェ、なんて呟く京一が、心の底から嫌がっている訳ではない事を。
「じゃあ、少し暇潰した方がいいね」
「ああ。っつっても、ゲーセンなんか行く金もねェからな……」
ズボンのポケットを探って、京一は溜息交じりに呟く。
どうしたもんかと、暮れ行く空を見上げた。
そんな京一を龍麻はしばし眺めた後で、
「じゃあ、僕の家に来る?」
「…行ったってどうせ直ぐに出るじゃねェか」
「でも一回くらいなら時間あると思うよ」
笑って言った龍麻の台詞に、京一は意味が判らず首を傾げた。
きょとんとした表情は、眦の険が取れている所為で少々幼く見える。
クスクスと笑って、龍麻は京一の顔に自分の顔を近付けた。
急に距離が縮まった所為だろう、京一は少しばかり仰け反って眉を顰める。
なんだよ、と言いたげに。
「だって京一、言ったよ」
「何を」
「僕を寄越せって」
数日前。
誕生日プレゼントを迷った末に尋ねた際、京一が言った台詞がそれ。
そっくりそのまま返した龍麻に、京一は少しの間フリーズする。
妙に意味深に聞こえなくもない台詞を言ってしまった事を思い出したのだろう。
その上で、「一回ぐらいの時間がある」と言う龍麻。
“何”の時間があるかなんて―――――判らないほど、京一は子供ではなく、幸か不幸か鈍くもなく。
「バ……ッカか、テメェ! ンな意味で言ったんじゃねーよ!」
「いいんだよ、僕は。どっちでも」
「どっちでもって……何がだ、このアホ!」
時間を寄越せと、京一が言いたかったのはそう言う事だ。
だから龍麻は、今日と言う日を京一が希望することを叶えることに従事した。
それで京一は十分なのだ。
この後『女優』に言って、長年世話になっている人達に誕生日を祝って貰って、別れればそれまでのプレゼント。
今日一日限定の絶対命令権――――それだけで。
何も、龍麻の存在そのものを寄越せなどと言ったつもりはない。
妙な言い方をしたのも、簡潔な言葉を無意識に選んだだけの事だ。
それだけ、なのだが。
「嫌ならいいけど」
こうして急に退かれると、なんだか妙にばつが悪くなる京一だ。
龍麻のこうした突拍子な発言も、好意である事に間違いない。
それも友愛を飛び抜けて、本当に好いているからこそのもので。
顔に血が上っていくのを感じて、京一は思うよりも早く間近にあった龍麻の顔を手のひらで押し退けた。
「阿呆な事言ってねェで、ラーメン喰いに行くぞッ!」
すたすたと。
校門を出た時のように足早で歩く京一を、龍麻は追い駆ける。
耳が赤い、首が赤い、がりがりと頭を掻く。
それに何より、ふざけるなと怒らなかった。
龍麻は、それで満足だった。
嫌なら嫌とはっきり言うのが京一だ。
言わずにうやむやな形で濁して流したと言う事は、必ずしも嫌ではない、脈ありと言う事だ。
……本人が聞けば「ンな訳あるか!」と怒鳴りそうだけれども。
「奢れよ、ラーメン」
「うん。だから京一、その後僕の家、」
「行く訳ねーだろ!」
今度ははっきり断られた。
むう、と龍麻の唇が拗ねたように尖る。
京一はそれを見ていなかった―――――が。
「……今からお前ン家なんか行ってみろ。もう外になんか出ねェだろ」
判れ、それ位。
バカか。
ぽつぽつ出て来る言葉は、なんとも幼稚な罵詈雑言。
でも龍麻には、その前に聞こえた言葉で頭が一杯で。
前を歩く背中に抱きついた。
ひっくり返った声が上がって、何やってんだと怒られる。
けれど、龍麻は離れなかった。
やっぱりあげる。
今日だけじゃなくて、これからの事もひっくるめて。
返却不可の、人生で一番大きなプレゼント。
色気がねーな、相変わらず(笑)。誕生日なのに。
……うちの龍京って基本そんなのですね。
付き合ってるようで付き合ってないようで、取り合えず手を出してないけど、お互いタイミングが合えばその時に……な感じの龍京でお送りしました。
この日は『女優』にお泊りなので進展はないですが、近日中に進むかな?
ずっとずっと、此処にいるよ
あるがままで、キミの傍に
Be here....
楽しみにしていてね、京ちゃん、と。
そう言ったのはアンジーで、言われた京一はへいへいとおざなりな返事をしただけ。
この『女優』の人々と京一の関係がいつ始まったのか、龍麻は知らない。
聞いてみたいと思う事はあるのだが、此処は過去の事は問わないのが暗黙の了解。
別に根掘り葉掘り聞こうと思っている訳ではないけれど、それを聞いているから、なんとなく問うのが躊躇われた。
ただ、決して短い時間ではないのだろうと、それは感じる事が出来る。
何故なら京一がこの人々へ見せる顔と、自分達に見せる顔とでは、明らかな違いがあるからだ。
京一は龍麻に対して肩を組んだり小突いたり、時には頭を撫でて来たりと、スキンシップが多い。
しかし龍麻から京一に触れようとすると、どうにもぎこちない空気を醸し出すのだ。
他のクラスメイト達にもそれは同じで、鬼との戦闘の際に出来た傷を葵に治療して貰っている時も、何処か居心地が悪そうな顔で触れられた場所を見ている事があった。
まるで自分の領域を侵されまいと警戒しているようにも見える。
最初の頃に比べれば随分軟化したとは思うが、未だその片鱗は見え隠れする。
それが『女優』の人々が相手だと、彼女達の過剰なスキンシップに嫌な顔をしない。
胸板の暑苦しさや力強さ、じょりじょりと当たる青髭などには辟易しているらしいが、彼女達が触れる事については決して拒むことはしないのだ。
するだけ無駄―――――とも言えるだろうが。
多分、『女優』の人々は、京一にとって、とても近しい人達なのだろう。
単純に寝泊りの空間を与えて貰っている割には、京一の態度が酷く柔らかい。
そして『女優』の人々も、京一の事を愛している。
可愛い可愛いと言う彼女達の言葉に嘘はなく、彼女達は本当に京一を「可愛い」と思っている。
まるで小さな頃から見ている近所の子供を相手にしているかのように。
――――――そんな訳だから。
時々、京一と彼女達の間では、彼らの間だけで通じる会話が顔を出す。
「……何かあるの?」
カウンターで苺牛乳を飲んでいた龍麻からの問いかけに、ソファを陣取っていた京一が顔を上げ、此方を向く。
「何かって、何がだ?」
「さっきお兄さんが言ってた事」
楽しみにしていてね。
アンジーは主語を抜いてそう言った。
龍麻には何を楽しみにしていて欲しいのか判らなかったが、京一は判っている。
いや、京一だけではない、キャメロンもサユリも、ビッグママも判っているようだった。
今この空間で彼らの会話を理解できていないのは、龍麻を除けば京一と向かい合って座っている吾妻橋だけだ。
「あっしも気になりやしたけど…なんなんスか?」
「あぁ? なんでもねーよ、気にすんな」
「あら、なんでもない事ないわよ」
面倒臭そうに返す京一に、アンジーが微笑んで言った。
京一は渋い顔でアンジーを見る。
どうやら京一にとっては、あまり楽しくはない話のようだ。
知られたくないと言外に言っているのが判る顔。
だがアンジーはそんな事は構わずに、嬉しそうに答えを言ってしまった。
「もう直ぐ京ちゃんの誕生日なのよ」
「マジっすか!」
「………兄さん……」
目を丸くして素っ頓狂な声を上げた吾妻橋を無視し、京一はがっくりと項垂れた。
なんで言っちまうんだよ、と小さな呟きが龍麻の耳に届いた。
「だから京ちゃん、24日はちゃんと戻って来てね」
「……へーいへい。判ってるよ」
住所不定に近い京一である。
週の半分は『女優』で寝泊りしているようだが、後半分はいつも決まっていない。
龍麻の家に泊まることもあるし、吾妻橋達と一晩中ブラブラしている事もあるし、一人でいる事もある。
気ままな野良猫みたいだ、と龍麻は時々思う事があった。
そんな京一を一足先に捕まえようと思ったら、先に予定を此方が予約して置かないと。
これが春先、相手が小蒔や葵であったら反故にする事もあっただろうが、此処は京一のお気に入りの空間だ。
其処にいる人々も京一にとって大切な人達で、その人達の好意を無碍にはしない。
聊か気が乗らないと言う顔をしている京一だが、今までの会話からしても、もう恒例行事なのだろう。
表情には半分諦めが混じっていて、それからほんの少し、照れ臭そうな色が浮かんでいた。
「アニキ、水臭ェっスよ。教えてくれてりゃ、あっしらも何か用意したのに」
「バカ、いらねーよ」
舎弟の好意は蹴るんだなァ、と内心で呟きつつも。
龍麻は、いらないと言う京一の顔が赤らんでいることに気付いていた。
完全に照れ隠しのポーズだ。
「どうしてもなんかくれるってんなら、この間の負け分寄越せ」
「いぃッ!? そいつはもうしばらくご勘弁をッ」
正に今出せと言わんばかりに手のひらを突き出して言う京一に、吾妻橋が物凄い勢いで頭を下げる。
京一も冗談だったようで、クツクツ笑って手を下ろす。
いらねェけど、くれるんならなんでも良いぜ――――そう言って。
遊ぶ京一と遊ばれる吾妻橋と、そんな様子を楽しそうに見ているアンジーと。
彼らの向こうで、本―――どうやら何かのカタログらしい―――を見てアレがコレがと相談しているキャメロンとサユリ。
カウンター向こうのビッグママは相変わらず自分のペースを崩さず、恐らく明日の京一の朝食になるのだろう料理に手を加えている。
それらを一通り、ぐるりと見回してから、龍麻は苺牛乳に口をつけた。
つぅ、と吸い込めば甘い甘い苺の味が口一杯に広がる。
(なんでも)
なんでもいい。
なんでも。
……それが一番困る要望だと、龍麻は音なく呟いた。
よくよく考えてみれば、龍麻は京一の事をよく知らない。
普通の人よりも剣術が飛び抜けて強くて、無類のラーメン好きで、勉強が大嫌い。
初見には目付きが悪くて危険そうで、付き合ってみると天邪鬼で素直じゃなくて、嫌われるのが得意で好かれるのが苦手。
ストレートな好意の言葉に慣れていなくて、意外と赤面症。
ある筈の自分の家に帰る事をせず、歌舞伎町の知り合いの所を転々として過ごす。
“歌舞伎町の用心棒”の通り名を持ち、都内有数の不良高校生として有名。
だが歌舞伎町のあちこちに存在する舎弟は皆、京一の事を「アニキ」と慕い、他にも「京ちゃん」と親しく呼びかける人物多数。
それから、学校の校庭の木の上がお気に入りの昼寝床で、そんな時でも得物の木刀は決して手放す事はない。
それが、龍麻が知っている京一の事。
……並べてみると案外少ないような気がした。
深い場所まで思い返していけば、多分、もっと思い付くものはあると思う。
しかし、今龍麻が欲しい情報には全くと言って良い程足りない。
龍麻が知らない足りない情報―――――それは、京一の趣味趣向についてであった。
剣術が得意で、ラーメンが好きで、勉強が大嫌い。
最低限判っているのがそれだけで、だがそれは彼の趣味などではないだろう。
単純に得手不得手、好き嫌いの問題だ。
彼が暇な時に何をしているのか、日頃何をして何を楽しい面白いと思うのか、龍麻は知らない。
連れあう者が誰もいない時、彼が何をして過ごしているのかが判らなかった。
もう直ぐ、彼の誕生日だと言う。
大好きな親友の誕生日だ。
生まれて初めて出来た親友の。
何かプレゼント出来たらいい、と思って考え始めたのだが、これが意外と難しい。
龍麻自身、友人にプレゼントを贈ると言う経験が殆どない所為とも言える。
何を手渡せば彼が喜んでくれるのか、龍麻は全くと言って良い程判らなかったのだ。
丸一日、龍麻は悩んだ。
悩んで悩んで考えて、答えは出なかった。
その時思い出したのだ、自分達が知る限りで最大の情報量を持つ人物を。
「――――――で、あたしの所に来たと」
「うん」
経緯を説明した後の少女の言葉に、龍麻はこっくり頷いた。
現在、龍麻の目の前にいるのは、真神学園の新聞部の部長を勤める遠野杏子。
毎日スクープを狙って東奔西走している彼女の情報量は、本当に驚く程のものがある。
思い返せば、嵯峨野の事件の時に行き詰まりかけた道を見つけ出したのは彼女なのだ。
春の鳳明高校の少女の事件の時も、彼女に繋がる人物を探す際、頼ったのは遠野だった。
彼女の情報量と網は、折り紙つきだと言うことだ。
他校の生徒の事でさえ、人となりから人間関係から住所から、見事に暗記している遠野である。
同校であり同級生であり、何かとスクープを狙って気に留めている相手の事なら、他校の生徒以上によく知っているだろう。
そう思っての頼りだった―――――が。
「京一の趣味ねェ……やっぱりラーメンじゃない?」
「やっぱり?」
それは龍麻も思った。
だって彼は無類のラーメン好きだから。
「ラーメン以外って言ったら…剣とか、あと…ケンカ?」
「あれは趣味じゃなくて、日常になってるんだと思うな…」
「……そうね」
剣もケンカも、京一にとっては日常のもの。
好んで手を出すものとは違うだろう。
「う~ん……京一の趣味ね~……」
「遠野さんも知らない?」
「……だって京一、流行の曲も知らないのよ。密着取材してた時も、そういうの興味なさそうにしてたし」
流行のものに少しでも反応してくれたら、其処から京一の好きな傾向も見出せただろうに。
しかし残念ながら彼は、街中で流れる流行のアーティストの歌にも特に反応を示さない。
街頭テレビで巨乳アイドルが映った時は目で追うが、それは健全な男の自然現象だろう。
名前や顔はまともに覚えていないだろうし。
漫画も彼は殆ど持っておらず、誰かが読んでいて面白そうだったら借りて読む、程度のもの。
何か一つに没頭している事がなく、挙げるとするなら、確かに遠野が言う通り、剣とラーメンとケンカくらいのものなのだ。
―――――遠野がこれ以上の事を知らないのだったら、お手上げだ。
「ごめんね、緋勇君」
「ううん。ありがとう、遠野さん」
「まぁ、ほら、元気出して。京一なんだし、ラーメンでも奢ってあげればいいのよ」
ぽんぽんと肩を叩いて言う遠野に、龍麻は緩い笑みを浮かべて頷いた。
確かに、それが彼にとっては一番嬉しいことかも知れない。
天邪鬼な性格だから、改まって祝われるよりもずっと。
来週の新聞のネタを纏めると言って部室に向かう遠野を見送りながら、思う。
改まって「誕生日おめでとう」
と言う事を、多分彼は望んでいない。
その辺りでは『女優』の人々は別格になるのだろう、昔から知っている間柄の特権だ。
龍麻は其処には割り込めない、多分、恐らく―――――。
初めて出来た親友だから、初めて出来た家族以外でとても大好きな人だから、出来れば――――と思っていたのだけれど。
「あ? 何してんだよ、龍麻」
背中にかかった声に、振り返る。
と、今正に悩みの対象である彼が其処に立っていて、
「授業出るなら、マリアちゃんに言っといてくれ。腹痛ェって」
要するにサボリだ。
それだけ言うと、京一はくるりと踵を返して歩き出した。
冬であるのに今日の気温は随分と穏やかで温かいから、向かう先は恐らく校庭の木の上だろう。
その背中をしばらく見詰めた後で、そうだと思い付き、龍麻は京一の後を追った。
足音に気付いて京一が振り返った。
「? …なんでェ」
「僕もサボる」
「そーかい」
端的な会話の後は、もう続かない。
京一は今から欠伸を漏らしていて、教室に向かう生徒達とは逆方向へと進んで行く。
龍麻は、そんな京一を斜め後ろからじっと見ていた。
流行りものにも興味がないし。
ラーメンはいつも食べているし。
拳武館の一件から、前にも増して薄着で過ごしているのを見ると、服の一着でも良いかも――――とは思うのだが、京一は殆ど毎日を制服着で過ごしており、洒落た格好をする事がない。
アクセサリーも右に同じで、親指のリングは今年の春に如月が《力》を増幅させる為に手渡したものだ。
実用があるから身に着けているに過ぎない。
多分、本人は本当に“なんでも”良いのだろう。
プレゼントを貰うこと事態が、彼にとってはくすぐったい事だろうから。
でもやっぱり、出来れば彼が欲しいと思うものをあげたいし、喜んで欲しい。
じっと背中を見ていたら、視線を感じたのだろう、眉根を寄せて京一が振り返る。
「何ジロジロ見てんだ、お前」
「んー……」
言いたいことがあるなら言えと。
到着した下駄箱で靴に履き替えながら、京一は言う。
サプライズ、とか。
したら驚いてくれるかなぁと、龍麻はこっそり思っていた。
でも幾ら考えてもプレゼントも思い付かないし、サプライズには何が必要なのかも判らない。
趣味や好きなものも、遠野に聞いても判らなかったし。
こうなったら本人に聞くしかない。
散々悩んだ末に、開き直る。
「京一、欲しいものある?」
「あ? なんでェ、いきなり」
校庭に出て、いつもの場所に向かう道すがら、訊ねてみる。
急な質問に、京一はまた眉根を寄せて龍麻を見た。
「ほら、誕生日でしょ。何かあげたいなあって思ったから」
――――言った途端、京一の顔が赤くなる。
やはり好意の言葉に弱い。
その赤くなった顔を見られまいと、京一はふいとそっぽを向いて、頭をがしがしと掻いている。
龍麻はそんな京一に構わず、朱色の昇った耳を見ながら、のんびりと返事を待った。
「別にいらねーよ、何も」
「でも折角だし。ラーメン奢ってもいいけど、それじゃいつもと同じだし」
「いいよ、それで。他に欲しいモンなんかねェし」
それじゃ龍麻がつまらない。
むぅと唇を尖らせた龍麻だったが、京一はまだ明後日の方向を向いていて、それに気付いていなかった。
いつもの木の下に着くと、京一は早速それに足をかけて登り始めた。
木刀を持っている所為で片手が少々不自由な状態であるのに、彼は全くそれを感じさせない。
両手が自由な状態で登る龍麻と、殆ど同じ速さで登るのである。
常より少し速いペースで登る京一は、照れ臭さから逃げているようにも見える。
実際、時折見える頬は未だに赤らんでいた。
「大体、誕生日なんざではしゃぐ様なガキでもねェしよ」
「でも折角だし」
少し上を登る京一を見上げて、先刻と同じ台詞をもう一度言う。
そう、折角だから祝いたい。
だって、生まれて初めて出来た親友が、龍麻と同じこの世界に生まれて来てくれた日なのだから。
折角だからと繰り返す龍麻に、京一はいつもの枝によじ登って、
「じゃ、お前寄越せ」
――――――思わぬ言葉に、龍麻はピタリと静止した。
木に掴まったコアラのような姿勢で。
今、なんて?
問いかけたかったが、頭が停止したと同時に口も停止したらしい。
ぽかんと口が開いた状態で、龍麻は頭上の京一を見上げていた。
また大胆な言葉が出て来たものだ。
それも京一の口から、龍麻に対して。
龍麻は京一に好意を寄せていて、それはただの友愛の枠を超えている。
京一もそれを知らない訳ではなく、彼の場合はそれを受け止める前に先ず“好意”に慣れていないので、其処まで気を回すことは出来ないだろう。
その前に二人とも男同士なのだが、同性愛に偏見がある訳でもなかったので、其処はスルーされている。
そんな間柄で、京一から龍麻に先程の台詞が告げられたとなると、なんて大胆なのだと思ってしまう。
京一からの返事を待たされている状態の龍麻からしてみれば。
ずりり、少し幹を滑り落ちる。
それで停止していた思考回路が再稼働した。
「………京一?」
「勘違いすんなよ!?」
龍麻が静止している間に、自分の言葉の形の意味を理解したのだろう。
赤い顔をした京一が、木の上から此方を見下ろして声を張った。
「そんなに言うなら、一日オレの言う事聞けってんだ!」
つまり、丸一日、龍麻の時間を自分に合わせろと言うのだ。
「朝から?」
「ああ」
「昼も?」
「当たり前だ」
「京一が授業サボる時は」
「お前もサボるんだよ」
「『女優』、行くんでしょ」
「お前も行くんだ」
「トイレ行く時は?」
「そりゃ勝手に行けよ」
「京一が行く時は?」
「……ついて来る気か、手前ェ」
応酬をしている内に、京一の顔の赤みは引いた。
最終的には龍麻の問いに呆れた顔をする。
登りきって、京一よりも少し下にある枝に龍麻は腰を落ち着けた。
京一は足を伸ばして幹に背を預け、いつもの寝る姿勢になっている。
それを見上げて、龍麻はそうか――――と思いを馳せる。
丸一日。
京一と一緒に。
傍にいて。
彼の希望通りに。
うん。
悪くない。
聞こえ始めた眠る呼吸に、心地良さを感じながら、龍麻も彼に倣って目を閉じた。
≫