例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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Be here....
















ずっとずっと、此処にいるよ

あるがままで、キミの傍に

























Be here....



























楽しみにしていてね、京ちゃん、と。
そう言ったのはアンジーで、言われた京一はへいへいとおざなりな返事をしただけ。





この『女優』の人々と京一の関係がいつ始まったのか、龍麻は知らない。

聞いてみたいと思う事はあるのだが、此処は過去の事は問わないのが暗黙の了解。
別に根掘り葉掘り聞こうと思っている訳ではないけれど、それを聞いているから、なんとなく問うのが躊躇われた。



ただ、決して短い時間ではないのだろうと、それは感じる事が出来る。
何故なら京一がこの人々へ見せる顔と、自分達に見せる顔とでは、明らかな違いがあるからだ。



京一は龍麻に対して肩を組んだり小突いたり、時には頭を撫でて来たりと、スキンシップが多い。
しかし龍麻から京一に触れようとすると、どうにもぎこちない空気を醸し出すのだ。
他のクラスメイト達にもそれは同じで、鬼との戦闘の際に出来た傷を葵に治療して貰っている時も、何処か居心地が悪そうな顔で触れられた場所を見ている事があった。

まるで自分の領域を侵されまいと警戒しているようにも見える。
最初の頃に比べれば随分軟化したとは思うが、未だその片鱗は見え隠れする。


それが『女優』の人々が相手だと、彼女達の過剰なスキンシップに嫌な顔をしない。
胸板の暑苦しさや力強さ、じょりじょりと当たる青髭などには辟易しているらしいが、彼女達が触れる事については決して拒むことはしないのだ。
するだけ無駄―――――とも言えるだろうが。



多分、『女優』の人々は、京一にとって、とても近しい人達なのだろう。
単純に寝泊りの空間を与えて貰っている割には、京一の態度が酷く柔らかい。

そして『女優』の人々も、京一の事を愛している。
可愛い可愛いと言う彼女達の言葉に嘘はなく、彼女達は本当に京一を「可愛い」と思っている。
まるで小さな頃から見ている近所の子供を相手にしているかのように。





――――――そんな訳だから。
時々、京一と彼女達の間では、彼らの間だけで通じる会話が顔を出す。






「……何かあるの?」






カウンターで苺牛乳を飲んでいた龍麻からの問いかけに、ソファを陣取っていた京一が顔を上げ、此方を向く。






「何かって、何がだ?」
「さっきお兄さんが言ってた事」






楽しみにしていてね。
アンジーは主語を抜いてそう言った。

龍麻には何を楽しみにしていて欲しいのか判らなかったが、京一は判っている。
いや、京一だけではない、キャメロンもサユリも、ビッグママも判っているようだった。
今この空間で彼らの会話を理解できていないのは、龍麻を除けば京一と向かい合って座っている吾妻橋だけだ。






「あっしも気になりやしたけど…なんなんスか?」
「あぁ? なんでもねーよ、気にすんな」
「あら、なんでもない事ないわよ」






面倒臭そうに返す京一に、アンジーが微笑んで言った。


京一は渋い顔でアンジーを見る。
どうやら京一にとっては、あまり楽しくはない話のようだ。
知られたくないと言外に言っているのが判る顔。

だがアンジーはそんな事は構わずに、嬉しそうに答えを言ってしまった。






「もう直ぐ京ちゃんの誕生日なのよ」
「マジっすか!」
「………兄さん……」






目を丸くして素っ頓狂な声を上げた吾妻橋を無視し、京一はがっくりと項垂れた。
なんで言っちまうんだよ、と小さな呟きが龍麻の耳に届いた。






「だから京ちゃん、24日はちゃんと戻って来てね」
「……へーいへい。判ってるよ」






住所不定に近い京一である。
週の半分は『女優』で寝泊りしているようだが、後半分はいつも決まっていない。
龍麻の家に泊まることもあるし、吾妻橋達と一晩中ブラブラしている事もあるし、一人でいる事もある。
気ままな野良猫みたいだ、と龍麻は時々思う事があった。


そんな京一を一足先に捕まえようと思ったら、先に予定を此方が予約して置かないと。
これが春先、相手が小蒔や葵であったら反故にする事もあっただろうが、此処は京一のお気に入りの空間だ。
其処にいる人々も京一にとって大切な人達で、その人達の好意を無碍にはしない。

聊か気が乗らないと言う顔をしている京一だが、今までの会話からしても、もう恒例行事なのだろう。
表情には半分諦めが混じっていて、それからほんの少し、照れ臭そうな色が浮かんでいた。






「アニキ、水臭ェっスよ。教えてくれてりゃ、あっしらも何か用意したのに」
「バカ、いらねーよ」






舎弟の好意は蹴るんだなァ、と内心で呟きつつも。
龍麻は、いらないと言う京一の顔が赤らんでいることに気付いていた。
完全に照れ隠しのポーズだ。






「どうしてもなんかくれるってんなら、この間の負け分寄越せ」
「いぃッ!? そいつはもうしばらくご勘弁をッ」






正に今出せと言わんばかりに手のひらを突き出して言う京一に、吾妻橋が物凄い勢いで頭を下げる。

京一も冗談だったようで、クツクツ笑って手を下ろす。
いらねェけど、くれるんならなんでも良いぜ――――そう言って。



遊ぶ京一と遊ばれる吾妻橋と、そんな様子を楽しそうに見ているアンジーと。
彼らの向こうで、本―――どうやら何かのカタログらしい―――を見てアレがコレがと相談しているキャメロンとサユリ。
カウンター向こうのビッグママは相変わらず自分のペースを崩さず、恐らく明日の京一の朝食になるのだろう料理に手を加えている。

それらを一通り、ぐるりと見回してから、龍麻は苺牛乳に口をつけた。
つぅ、と吸い込めば甘い甘い苺の味が口一杯に広がる。






(なんでも)






なんでもいい。
なんでも。

……それが一番困る要望だと、龍麻は音なく呟いた。









































よくよく考えてみれば、龍麻は京一の事をよく知らない。



普通の人よりも剣術が飛び抜けて強くて、無類のラーメン好きで、勉強が大嫌い。
初見には目付きが悪くて危険そうで、付き合ってみると天邪鬼で素直じゃなくて、嫌われるのが得意で好かれるのが苦手。
ストレートな好意の言葉に慣れていなくて、意外と赤面症。
ある筈の自分の家に帰る事をせず、歌舞伎町の知り合いの所を転々として過ごす。

“歌舞伎町の用心棒”の通り名を持ち、都内有数の不良高校生として有名。
だが歌舞伎町のあちこちに存在する舎弟は皆、京一の事を「アニキ」と慕い、他にも「京ちゃん」と親しく呼びかける人物多数。


それから、学校の校庭の木の上がお気に入りの昼寝床で、そんな時でも得物の木刀は決して手放す事はない。



それが、龍麻が知っている京一の事。
……並べてみると案外少ないような気がした。


深い場所まで思い返していけば、多分、もっと思い付くものはあると思う。
しかし、今龍麻が欲しい情報には全くと言って良い程足りない。




龍麻が知らない足りない情報―――――それは、京一の趣味趣向についてであった。


剣術が得意で、ラーメンが好きで、勉強が大嫌い。
最低限判っているのがそれだけで、だがそれは彼の趣味などではないだろう。
単純に得手不得手、好き嫌いの問題だ。

彼が暇な時に何をしているのか、日頃何をして何を楽しい面白いと思うのか、龍麻は知らない。
連れあう者が誰もいない時、彼が何をして過ごしているのかが判らなかった。






もう直ぐ、彼の誕生日だと言う。

大好きな親友の誕生日だ。
生まれて初めて出来た親友の。


何かプレゼント出来たらいい、と思って考え始めたのだが、これが意外と難しい。
龍麻自身、友人にプレゼントを贈ると言う経験が殆どない所為とも言える。
何を手渡せば彼が喜んでくれるのか、龍麻は全くと言って良い程判らなかったのだ。




丸一日、龍麻は悩んだ。
悩んで悩んで考えて、答えは出なかった。

その時思い出したのだ、自分達が知る限りで最大の情報量を持つ人物を。








「――――――で、あたしの所に来たと」
「うん」






経緯を説明した後の少女の言葉に、龍麻はこっくり頷いた。



現在、龍麻の目の前にいるのは、真神学園の新聞部の部長を勤める遠野杏子。

毎日スクープを狙って東奔西走している彼女の情報量は、本当に驚く程のものがある。
思い返せば、嵯峨野の事件の時に行き詰まりかけた道を見つけ出したのは彼女なのだ。
春の鳳明高校の少女の事件の時も、彼女に繋がる人物を探す際、頼ったのは遠野だった。

彼女の情報量と網は、折り紙つきだと言うことだ。


他校の生徒の事でさえ、人となりから人間関係から住所から、見事に暗記している遠野である。
同校であり同級生であり、何かとスクープを狙って気に留めている相手の事なら、他校の生徒以上によく知っているだろう。

そう思っての頼りだった―――――が。






「京一の趣味ねェ……やっぱりラーメンじゃない?」
「やっぱり?」






それは龍麻も思った。
だって彼は無類のラーメン好きだから。






「ラーメン以外って言ったら…剣とか、あと…ケンカ?」
「あれは趣味じゃなくて、日常になってるんだと思うな…」
「……そうね」






剣もケンカも、京一にとっては日常のもの。
好んで手を出すものとは違うだろう。






「う~ん……京一の趣味ね~……」
「遠野さんも知らない?」
「……だって京一、流行の曲も知らないのよ。密着取材してた時も、そういうの興味なさそうにしてたし」





流行のものに少しでも反応してくれたら、其処から京一の好きな傾向も見出せただろうに。
しかし残念ながら彼は、街中で流れる流行のアーティストの歌にも特に反応を示さない。
街頭テレビで巨乳アイドルが映った時は目で追うが、それは健全な男の自然現象だろう。
名前や顔はまともに覚えていないだろうし。

漫画も彼は殆ど持っておらず、誰かが読んでいて面白そうだったら借りて読む、程度のもの。
何か一つに没頭している事がなく、挙げるとするなら、確かに遠野が言う通り、剣とラーメンとケンカくらいのものなのだ。


―――――遠野がこれ以上の事を知らないのだったら、お手上げだ。






「ごめんね、緋勇君」
「ううん。ありがとう、遠野さん」
「まぁ、ほら、元気出して。京一なんだし、ラーメンでも奢ってあげればいいのよ」






ぽんぽんと肩を叩いて言う遠野に、龍麻は緩い笑みを浮かべて頷いた。



確かに、それが彼にとっては一番嬉しいことかも知れない。
天邪鬼な性格だから、改まって祝われるよりもずっと。

来週の新聞のネタを纏めると言って部室に向かう遠野を見送りながら、思う。

改まって「誕生日おめでとう」
と言う事を、多分彼は望んでいない。
その辺りでは『女優』の人々は別格になるのだろう、昔から知っている間柄の特権だ。
龍麻は其処には割り込めない、多分、恐らく―――――。


初めて出来た親友だから、初めて出来た家族以外でとても大好きな人だから、出来れば――――と思っていたのだけれど。






「あ? 何してんだよ、龍麻」






背中にかかった声に、振り返る。
と、今正に悩みの対象である彼が其処に立っていて、






「授業出るなら、マリアちゃんに言っといてくれ。腹痛ェって」






要するにサボリだ。


それだけ言うと、京一はくるりと踵を返して歩き出した。
冬であるのに今日の気温は随分と穏やかで温かいから、向かう先は恐らく校庭の木の上だろう。

その背中をしばらく見詰めた後で、そうだと思い付き、龍麻は京一の後を追った。


足音に気付いて京一が振り返った。






「? …なんでェ」
「僕もサボる」
「そーかい」






端的な会話の後は、もう続かない。
京一は今から欠伸を漏らしていて、教室に向かう生徒達とは逆方向へと進んで行く。

龍麻は、そんな京一を斜め後ろからじっと見ていた。




流行りものにも興味がないし。
ラーメンはいつも食べているし。

拳武館の一件から、前にも増して薄着で過ごしているのを見ると、服の一着でも良いかも――――とは思うのだが、京一は殆ど毎日を制服着で過ごしており、洒落た格好をする事がない。
アクセサリーも右に同じで、親指のリングは今年の春に如月が《力》を増幅させる為に手渡したものだ。
実用があるから身に着けているに過ぎない。


多分、本人は本当に“なんでも”良いのだろう。
プレゼントを貰うこと事態が、彼にとってはくすぐったい事だろうから。

でもやっぱり、出来れば彼が欲しいと思うものをあげたいし、喜んで欲しい。




じっと背中を見ていたら、視線を感じたのだろう、眉根を寄せて京一が振り返る。






「何ジロジロ見てんだ、お前」
「んー……」






言いたいことがあるなら言えと。
到着した下駄箱で靴に履き替えながら、京一は言う。



サプライズ、とか。
したら驚いてくれるかなぁと、龍麻はこっそり思っていた。

でも幾ら考えてもプレゼントも思い付かないし、サプライズには何が必要なのかも判らない。
趣味や好きなものも、遠野に聞いても判らなかったし。


こうなったら本人に聞くしかない。
散々悩んだ末に、開き直る。






「京一、欲しいものある?」
「あ? なんでェ、いきなり」






校庭に出て、いつもの場所に向かう道すがら、訊ねてみる。
急な質問に、京一はまた眉根を寄せて龍麻を見た。






「ほら、誕生日でしょ。何かあげたいなあって思ったから」






――――言った途端、京一の顔が赤くなる。
やはり好意の言葉に弱い。

その赤くなった顔を見られまいと、京一はふいとそっぽを向いて、頭をがしがしと掻いている。
龍麻はそんな京一に構わず、朱色の昇った耳を見ながら、のんびりと返事を待った。






「別にいらねーよ、何も」
「でも折角だし。ラーメン奢ってもいいけど、それじゃいつもと同じだし」
「いいよ、それで。他に欲しいモンなんかねェし」






それじゃ龍麻がつまらない。
むぅと唇を尖らせた龍麻だったが、京一はまだ明後日の方向を向いていて、それに気付いていなかった。


いつもの木の下に着くと、京一は早速それに足をかけて登り始めた。
木刀を持っている所為で片手が少々不自由な状態であるのに、彼は全くそれを感じさせない。
両手が自由な状態で登る龍麻と、殆ど同じ速さで登るのである。

常より少し速いペースで登る京一は、照れ臭さから逃げているようにも見える。
実際、時折見える頬は未だに赤らんでいた。






「大体、誕生日なんざではしゃぐ様なガキでもねェしよ」
「でも折角だし」






少し上を登る京一を見上げて、先刻と同じ台詞をもう一度言う。

そう、折角だから祝いたい。
だって、生まれて初めて出来た親友が、龍麻と同じこの世界に生まれて来てくれた日なのだから。



折角だからと繰り返す龍麻に、京一はいつもの枝によじ登って、









「じゃ、お前寄越せ」









――――――思わぬ言葉に、龍麻はピタリと静止した。
木に掴まったコアラのような姿勢で。




今、なんて?

問いかけたかったが、頭が停止したと同時に口も停止したらしい。
ぽかんと口が開いた状態で、龍麻は頭上の京一を見上げていた。


また大胆な言葉が出て来たものだ。
それも京一の口から、龍麻に対して。


龍麻は京一に好意を寄せていて、それはただの友愛の枠を超えている。
京一もそれを知らない訳ではなく、彼の場合はそれを受け止める前に先ず“好意”に慣れていないので、其処まで気を回すことは出来ないだろう。
その前に二人とも男同士なのだが、同性愛に偏見がある訳でもなかったので、其処はスルーされている。

そんな間柄で、京一から龍麻に先程の台詞が告げられたとなると、なんて大胆なのだと思ってしまう。
京一からの返事を待たされている状態の龍麻からしてみれば。




ずりり、少し幹を滑り落ちる。
それで停止していた思考回路が再稼働した。






「………京一?」
「勘違いすんなよ!?」






龍麻が静止している間に、自分の言葉の形の意味を理解したのだろう。
赤い顔をした京一が、木の上から此方を見下ろして声を張った。






「そんなに言うなら、一日オレの言う事聞けってんだ!」






つまり、丸一日、龍麻の時間を自分に合わせろと言うのだ。






「朝から?」
「ああ」
「昼も?」
「当たり前だ」
「京一が授業サボる時は」
「お前もサボるんだよ」
「『女優』、行くんでしょ」
「お前も行くんだ」
「トイレ行く時は?」
「そりゃ勝手に行けよ」
「京一が行く時は?」
「……ついて来る気か、手前ェ」






応酬をしている内に、京一の顔の赤みは引いた。
最終的には龍麻の問いに呆れた顔をする。



登りきって、京一よりも少し下にある枝に龍麻は腰を落ち着けた。
京一は足を伸ばして幹に背を預け、いつもの寝る姿勢になっている。

それを見上げて、龍麻はそうか――――と思いを馳せる。








丸一日。
京一と一緒に。
傍にいて。

彼の希望通りに。



うん。
悪くない。








聞こえ始めた眠る呼吸に、心地良さを感じながら、龍麻も彼に倣って目を閉じた。

















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