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長い沈黙の末、とうに体力の限界だったのだろう。
京一が寝息を立て始めるまで、それほど時間はかからなかった。
そっと蒲団を捲ると、安らかな寝顔が其処にある。
単純に疲労で睡魔に負けたのは判り切ったことだが、それでも、気を赦してくれているのが判った。
そうでなければ、あんな目にあった直後で、その本人の目の前で熟睡なんてする訳がない。
京一という人物の性格を考えれば、尚の事。
眠る京一の額に、触れるだけのキスを落とす。
「可愛かったよ、京一」
色っぽい雰囲気とは程遠かったけれど、普段は見れない親友の顔が見れた。
痛みを訴えたり、泣き顔だったり、始めて見る顔だったと言っていい。
それを見つける度に、暴走しそうな自分を抑えるのにかなりの労力を使った。
――――最も、京一はそれに全く気付いていないだろうけれど。
全ては、計算尽くの事。
龍麻が京一を抱きたいと思ったのは、随分前の話だ。
けれども京一の性格からして、頼んで素直に言う事を聞いてくれる訳がない。
出逢った頃から京一は龍麻に心を開いてくれていたけれど、京一の恋愛感覚はごく一般的。
龍麻が京一に寄せる想いが、友情を飛び越えた恋心であると聞いても、恐らく信じなかっただろう。
揶揄っているのだろうと、笑い話のネタになるのが関の山だ。
勿論その関係なら、今後もずっと一緒にいてくれるだろうと思えたから、それも良かったかも知れないけれど。
何度かそう思う事で諦めようと思ったが、結局想いは募るばかりで、誤魔化す事が出来なくなっていった。
好きになれば一緒になりたい、繋がりたいと思う。
幸い、京一はその手の事には寛容的で、同性愛そのものに対する偏見はない。
話をしてみれば、同性感の性行為にも理解があった。
だから、上手くすれば――――と思った。
騙すようで(いや、実際騙したのだけれど)少し心は傷んだけれど。
どうしても、自分だけのものにしたくて。
「ごめんね」
呟いてから、言葉が上滑りしている事は感じていた。
でもそれ以外に言える言葉が見付からない。
だって弁明なんて必要ないし、言い訳なんてする気はない。
全部全部、本気だったから。
なんだかんだ言って京一は優しい。
付き合いもいい。
何かと人に嫌われるような言動を繰り返すけれど、一度懐に入れたら、その広さはとてつもなく寛容的。
悪い言い方になるような気はするけれど、単純だから、こうしてあっさり騙されてくれて。
……そういう所も全部含めて愛しい人。
これから、少しずつ、少しずつ、確実に。
染めていってあげるから。
嫌だなんて言わせない。
言ったって聞いてあげない。
だって本当に嫌だったら、最初から一度だって、許したりなんかしないじゃないか。
黒龍麻オチでした。
最初からそのつもりで書いてたので、書き終わって「演技派だな…」と一人しみじみ思ってました。
そんで京一、今後も多分絆されて行きます。
染められてしまえばいいよ!
男同士のセックスを、知識の上で知ってはいても、まさか自分がそれをする事になるとは思わなかった。
今からでも前言撤回して、ごっくんクラブに逃げ込もうか……と思う気持ちもあるものの、真面目な顔で見下ろす親友に、結局絆される自分がいる。
自分はこんなにも付き合いの良い人間ではなかった筈なのだが。
畳の上は流石に御免だと、蒲団を敷いた。
上等な蒲団ではないから、やはりそれでも床の固さは消えないが、ないよりはマシだ。
背中が多少痛い気がするのだって、女じゃあるまいし、逐一文句を言う気にはならない。
明日は平日だから、学校がある。
制服が汗でベタつくのは嫌だったから、京一は全部脱いだ。
自分だけが裸だとなんだか腹が立ったので、龍麻も全て脱がせた。
二人とも生まれたままの状態で、蒲団の上で横になっている。
―――――龍麻の練習に付き合っているだけだと思いつつも、妙な背徳感が湧き上がる。
くっつき合って寝るなど、学校でもいつもの事で、裸だって体育の着替え等で見慣れている筈だ。
今更何を変な気を起こす必要があるのかと思うのに、見下ろす龍麻の視線に無性に羞恥を感じる気がした。
……女じゃあるまいし。
さっさと終わってしまえばいい、そうすればこんな思いも終わるのだから。
殆ど投げ遣りな思考回路で、京一は目を閉じて息を吐いた。
「京一、緊張してる」
「アホ」
悪態をついたが、確かに緊張していた。
何せ状況が状況だ、これで緊張するなと言うのが無理な話だ。
だと言うのに、龍麻はやけに落ち着いた表情。
先ほどと立場が逆転しているような気がして、なんだかムカついた。
見下ろす龍麻の前髪を無造作に引っ張ってやる。
「京一、痛い」
「自業自得だ」
オレにこんな真似をさせるんだからと、睨み付ける。
しかし龍麻は、数分前の泣きそうな顔は何処へやら、なんだか嬉しそうだった。
「……お前、なんか嬉しそうだな……」
「ごめん。だって京一が協力してくれるのが嬉しくてさ」
「気色悪い事言ってんな」
げしっと腹を蹴り上げる。
「明日、ラーメン奢れよ」
「京一って案外安いよね」
「帰る」
「ウソウソ」
龍麻の身体を押し退けようとした腕を、逆に捕まれて蒲団に縫い付けられる。
ぼんやりしているように見えて、古武術使いは伊達ではない。
力では京一も負けてはいないというのに、抗おうにも、押さえつけられている筈の腕にそう言った負担がかかって来ない。
抵抗とは、力に力で抗う事で可能となる。
筋力で押さえつけるから、抵抗させてしまうのだという事を、龍麻は十分理解していた。
関節を必要最低限の力だけで相手の動きを制し、相手の力を分散させる。
……妙なところで実力を発揮しないで貰いたいものだ。
抵抗を諦めて溜め息を吐くと、龍麻に心情の変化は伝わったらしい。
腕を押さえていた手が離れ、龍麻の手は京一の頬に添えられた。
女みたいな扱いをするなと思ったが、これは龍麻の練習の相手だ。
色々複雑な感じはするが、とりあえず今回限りは黙認することにした。
女だったら目を閉じる所か? と思いつつ、京一は近付く龍麻の顔をじっと見ていた。
程無く、呼吸が不可能になる。
「ん………」
声が漏れたのがどちらだったのか、京一は気にしなかった。
息が出来なければ、苦しくなって喉から抗議が漏れるのも仕方がない。
が、舌が入り込んできたのには驚いた。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」
逃げ損ねた舌が、龍麻のそれと絡まりあう。
圧し掛かる龍麻を突き飛ばそうとしたが、それよりも早く龍麻が京一の腕を掴んだ。
行動パターンを読まれているのが、また腹が立つ。
腹を再度蹴り上げてやろうと足を浮かしたが、それも器用に足で制された。
だから、妙なところで実力を発揮するなと言うのに!(言ってはいないが)
「ん、ぐ、ふっ……う……!」
「む……ん……」
頬に添えられた手が顎に滑って、上向かされる。
顎が固定されていた所為で上歯と下歯の隙間が余計に開いた。
更に舌が奥まで侵入してくる。
逃げようと舌を引っ込めれば、更に深く口付けてくる。
息が出来ない。
鼻で呼吸すればいいのは判っている。
判っているのに、パニック状態の頭はまともに回ってくれなかった。
「ふ、ふぅ…ッ……ぐ……んん!」
やめろとか、離せとか、調子に乗るなとか。
言いたいことが山ほどあるが、それは全て音にはならない。
意味不明の苦しげな音が漏れるだけだ。
息苦しさで涙が出てきた。
女じゃあるまいし、こんな事で泣くなんて。
無呼吸の生理現象であっても、無性に悔しい。
いや、それよりとにかく、息がしたい。
――――そう思っていたら、ようやく口付けから解放された。
「っは……はぁっ…てめッ、龍麻ッ」
「何?」
怒鳴ってやろうと声を荒げるも、明らかに覇気がない。
それよりも酸素を取り込む方が生きる人間としては重要だった。
「お前、何ッ……ディープかましてんだ、このバカッ…!」
「気持ち良かった?」
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
「痛い痛い、ごめん、冗談」
何から言ってやればいいのか最早判らなくて、京一は無言で龍麻の頬を抓る。
抓る京一の手に血管が浮いているのは、龍麻の気の所為ではない。
頬を抓る手をそのままに、龍麻が手を伸ばす。
京一の少し褪せた、けれど明るい色をした髪に指先が触れた。
長く垂れた前髪を掻き揚げられて、京一は龍麻を抓るのを止める。
額に柔らかい感触が降って来た。
それが唇だと言うのは、見えなくてもなんとなく判った。
「こうすれば良かったね」
「つーか男相手によくディープなんかする気になったな、お前…」
「京一だから」
「意味が判んねェ」
額に落ちていたキスが、瞼の上になった。
そのまま少しずつそれは降りていって、目尻に、頬にも落とされる。
京一は、数分前の、仔犬のようにしょぼくれた龍麻の顔を思い出した。
あれから一転、龍麻は尻尾を振った仔犬のように楽しそうだ。
降ってくるキスがくすぐったくて、じゃれつく仔犬を思わせる。
小動物が構ってくれとじゃれついているのだと思えば、別段、嫌悪感はなかった。
気紛れに腕を持ち上げて、龍麻の前髪に触れてみた。
龍麻はきょとんと目を丸くしたが、程無く、嬉しそうにまた京一の頬にキスをした。
やっぱり仔犬がじゃれついているようで、京一はクッと小さく笑う。
「で? いつまでンな事ばっかしてんだ? 龍麻」
「んー……だって、よく判んないからさ。タイミングとか」
「お初の奴がンな事気にすんじゃねェよ。お前にムードとか期待してねェし、男同士じゃ寒いだけだしな」
「じゃあ、えーっと……」
龍麻の手が京一の胸板を滑る。
妙に丹念に触れてくる龍麻の手に、京一は何が面白いのか判らない。
初めてなんだから多めに見てやる事にするが、後からあまりしつこくしない方が良いとか言って置くべきか。
あまり口煩くするのも龍麻の癪に障るだろうから、取り敢えずは、思うようにさせてみよう。
行為の手順の確認とか、練習だとかと、いい加減腹を括って割り切ることにした京一だ。
剣術を幼い頃から続けている京一の胸筋は、やはり確り発達している。
醍醐のように判り易く盛り上がってはいないが、武術を使う者としての厚さは十分あった。
しかし、どれだけ触ろうとも、其処にあるのは男の硬い胸。
やっぱり女の方がいいよなぁと思いつつ、京一はちらりと龍麻の顔を見遣った。
龍麻は京一の心情など知らず、真剣そのものという表情をしている。
数度、胸を滑った指が、胸の突起に触れた。
「っ……」
男であるが故に、女に比べて退化している部分と言えど、其処も立派な性感帯の一つだ。
触れれば反応するし、刺激を与え続ければ勃起する。
「う…ちょ、龍麻ッ……」
指先で摘んで刺激され、京一は歯を噛み締める。
知識的な事は知っていても、やはりされるとなると、事実感じてしまうと、羞恥心と抵抗感が湧き上がる。
「た、つま…ッ」
「あ、たってきた」
「言うなッ!」
反射的に龍麻の頭部に肘を落としていた。
無防備な状態からの遠慮ない攻撃に、龍麻は撃沈する。
京一の胸の上に。
さらさらと男にしては細い髪の毛先の感触に、京一はぶるっと身を震わせた。
「京一、痛いよ」
「お、お前が妙なことするからだろ!」
「だってするんでしょ? こういう事」
「す、する事は、する…けど、なぁッ」
龍麻は性行為の手順を踏んでいるだけだ。
どうして止めるのと言わんばかりの龍麻の表情は、京一も判らないでもない。
龍麻はむーっと不満げな顔をして、手を置いていた場所にあった乳頭を摘む。
「うぁッ」
覚悟していなかった痛みに、声が上がった。
ピチャリと濡れる音と、生温かい感触がした。
見下ろしてみると、龍麻がもう片方の乳頭に舌を這わせていた。
「た、龍麻ッ! おい、ちょ……ッ!」
パニックになりかけている京一の声も聞かず、龍麻は刺激を与え続ける。
心拍数が上昇して、心臓が煩い位に鳴っている。
「京一、ドキドキしてる?」
「そーいうのじゃなくてだな、あのなッ」
「可愛いね」
「もっぺん殴るぞ!」
女なら確かにドキリとしそうな顔で、龍麻は言った。
が、此処にいるのは誰よりも男らしい男で、親友の京一だ。
返って来たのが物騒な台詞になるのも、当たり前。
龍麻は京一の激昂に構わず、尚も刺激を与えていた。
舌先で転がしたり、指で挟んだりと、京一の体も反応を見せ始める。
「っは…龍麻ッ……ま、待てッ……」
「なに?」
「だ、だから、ちょっと止まれっ…てェっ……!」
幾ら其処が性感帯であるとは言え、自分は男で、触れているのも男。
練習相手をしているにしても、これで感じてしまうのは京一の矜持が許さなかった。
しかし、龍麻の態度は、何を言っても暖簾に腕押しであった。
乳頭を弄っていた手が、肌を滑ってするりと下降して行く。
「後ろ、使うんだよね」
「っはッ…? ……あ、ちょ…、待てッ!」
臀部に回った龍麻の手が、探るように形をなぞって行く。
確かにそうだ。
男に女のような器官はない。
男同士のセックスで繋がる為に使うのは、肛門だ。
知っている、判っている、ただしやっぱりやった事はなかったし、今後もやりたくはない。
相手が信頼している親友である龍麻であっても!
頼むから待ってくれ、と殆ど懇願のような形で中断を求める京一の声を、龍麻は結局聞かなかった。
「う、あぁッ!!」
下部を襲った圧迫感の痛みに、悲鳴に近い声が上がる。
情けなくて反射的に手で口を覆ったが、出てしまったものは取り戻せない。
いや、それより、それよりもだ。
違和感が、異物感が。
(〜〜〜〜〜ホントに指挿入れやがった!!)
ローションなんてこの部屋にはない。
解す為にそういう行為になるのは、不自然ではない。
けれど、其処は紛れもない排泄器官であって、受け入れる場所ではない。
排泄されるのは主に便で、汚物で、別に不潔にしているつもりはないが、どう考えたって抵抗がある箇所。
其処に、龍麻は躊躇う様子も微塵も見せず、指を挿入させた。
痛い。
はっきり言って痛い。
それ以外の何も浮かばなかった。
世の中の同性愛者ってのは、こんな痛い思いしてでも好きな相手と繋がりたいのか。
痛みの所為か、混乱によるものかは判らないが、返って驚くほど冷静になった頭は、全く関係ない事を考えていた。
…やはりパニックになっているのだろう。
そんな部分への痛みを、どうしてやり過ごせばいいのか。
余分な力が入っている所為で、指を締め付けているのはなんとなく判った。
判ったが、だからと言ってこんな状況でどうやって力を抜けばいいのか。
苦し紛れに蒲団のシーツを手繰って、ぐしゃぐしゃにして握り締めた。
「京一、指、痛い」
「―――そ、れどころ、じゃ、ねぇッ…!!」
「京一、息吐いて」
「……う……無理……!」
痛みを耐える為に、歯を食い縛る。
痛みに耐える為に、力が入ってしまう。
そんな京一を見下ろして、龍麻は困った顔になる。
痛い思いはさせたくないし、自分もしたくないのだろうが、此処で中断する気はないのだろう。
もう此処で諦めてくれたら、事は全部丸く収まってくれるような気がする。
男相手に此処までしたのだから、女相手ならもう大丈夫だろうと。
無茶苦茶な理屈と言われようと、京一はそう思った。
――――とにかく、もう止めたくて堪らなかったのだ。
情けないとか、プライドとか、そういう問題じゃない、これは!
ぎりぎり歯を食い縛って、痛みに耐えて固く目を閉じる。
ふっとその瞼の裏に翳りが差した。
どうにか片目だけを開けてみると、龍麻の顔が間近にあって。
「ん…、ぅ……!」
舌で歯列をなぞられる。
ぞくりとした感覚が背中を走って、喉の奥から声のような、呻きのようなものが漏れた。
開いた隙間にすかさず舌が滑り込んできて、京一のそれと絡み合う。
水音のようなものが鼓膜を揺らし、それが己の咥内で立てられている音だと認識するまで時間がかかった。
舌が絡まりあって音を立てる度、悪寒に似た、けれども違うものが背筋に昇る。
「ふ…ぅ……ふぁ……」
「ん……きょーいち……」
「んん……!」
先刻のディープキスと違って、今度はちゃんと息が出来る。
少しずつ下部の圧迫感が薄れていくのには、薄らとだが気付いていた。
締め付けの緩んだ指が動いて、京一の躯が跳ねた。
「龍、麻……ッ」
「もう痛くない?」
「い、たか…ねェ…けど……んッ」
痛みが和らいでも、這い上がってくる異物感は消えない。
頼むからもうちょっと待ってくれと、京一は龍麻を見上げた。
しかし願い敵わず、龍麻の指が動き出す。
「ちょっ、あッ! た、龍麻ッ…待て、ッ…く…!」
「解すって、どれくらい?」
「し、知らな……ッ!」
内部を探るように、押し広げるように動く龍麻の指。
ただの練習に此処までするものなのか。
力の加減が不安とか言っていたが、もうそんな事を言ってる次元じゃない。
京一の内部を探る指は、慣れているような節こそないものの(別に明確な基準があってそう思っている訳ではないが)、力の加減は問題ない。
龍麻が言っていたような、相手を傷付けるような事は恐らくないと言っていい。
相手を気遣って余分な力を入れないようにと気を付けてているなら、これでもう十分だ。
指圧一つで壊れてしまうほど柔な女はいない。
だから心底言いたかった。
心配するな、お前だったら大丈夫だ、もう練習なんて必要ない。
が、龍麻は相変わらず真剣そのものの顔で、京一の躯を追い上げようとする。
「んっ、う、うぁッ! 龍麻ッ…龍、麻ッ!」
「気持ちいい?」
「い、いい訳ッ、ねェッ…!」
痛みがなくなって、後に残るのは違和感と異物感。
割り切ったつもりでも沸きあがってくる羞恥心。
「萎えたままだね、京一の」
「…たり、前……ッ…ふ、う…!」
「どうしたら気持ち良くなるの?」
「ん、ンなのッ…う、く…男なんだから、前弄ってりゃ――――んんッ!?」
雄を掴まれて、引き攣った声が上がる。
目を丸くする京一に構わず、龍麻は京一の其処を擦り始めた。
「こう?」
「っはッ、バカ、龍麻ッ…! よせッ」
「でも、こうした方が気も紛れるだろうし」
「な、ッあ!」
確かに、其処を直接刺激されれば、反応してしまう。
秘孔に埋められた指は相変わらずでも、それ所ではない。
胼胝の出来た、意外と固い手が京一の雄を上下に扱く。
熱が高まっていくのを感じ、京一の呼吸に艶が篭った。
雄と秘孔と、同時に刺激されるなんて経験がない。
背筋を駆け上ってくるものが快感である事は判るが、其処から先が訳が判らなかった。
体内に潜り込んだ指が二本に増え、圧迫感が振り出しに戻ったが、痛みはない。
一瞬顔を顰めた京一だったが、前部からの刺激に直ぐに意識を浚われた。
片方を気にすれば、片方からの刺激に無防備になって、忌々しいことにそれでも躯は反応する。
「んッ、はぁっ……! た、龍麻…ッうぅ……ッ!」
「ねぇ京一、やっぱり濡れないと痛い?」
「ふくっ…ん、っは、う……ぅ、んん…」
「京一ってば」
龍麻の声は聞こえてはいたが、返事をする余裕がない。
やはり男同士であるから、刺激するポイントを龍麻はよく把握していた。
下手な女に手淫されるよりも的確で、京一は身悶える。
返事をしない京一に、龍麻は焦れたように困り顔になった。
それさえ京一は気付くことが出来ない。
京一の思考回路は、益々投げ遣りになりつつあった。
もうさっさと終わらせて、寝てしまいたい。
これ以上の事をしなくたって、龍麻に問題がない事は想像がつく。
練習なんてしても、結局は本人の気構えの問題だ。
……待て、だったらオレのこの苦労はなんなんだ。
自分で考えて置いて、自分の苦労を全て無駄にして、京一は頭の隅でツッコミを入れる。
せり上がって来る絶頂感をどうにか堪えて、京一は龍麻の頭を叩いた。
「……何するの、京一」
「うるせェッ! っは、も、終わりだ終わりッ! ――っく、ぅうッ」
「終わりって、じゃあもういいの?」
自分の苦労を捨てる気分で少々腹も立つが、これ以上続けられるのも辛い。
男にケツ穴まで弄られてイかされるなんて、御免だった。
明らかに龍麻は眉尻を下げたが、もう構わなかった。
同じような表情で最初に絆されてしまったのだ。
二度もその手を食わされてたまるか。
秘孔の指が引き抜かれて、京一はがくっと脱力した。
異物感やら違和感やらは拭い切れなかったが、其処は時間の問題という事にしておこう。
その内消えてしまう筈だ。
堪えたばかりの熱が下火状態で燻っていたが、それも時間が経てば落ち着くだろう。
どうしても我慢出来なかったら、(癪だし羞恥もあるが)トイレに駆け込む事にする。
なんだか目眩に似たような感覚に襲われて、京一は額に手を当てた。
じっとりと汗ばんでいるのは、果たして額か、手のひらか。
「――――あーッ、くそ……」
「大丈夫?」
「じゃねえよ……って、あのな、龍麻……」
声をかけられて眼前――この場合は天井の方向だ――を見ると、見下ろす龍麻の視線とぶつかった。
………そして、龍麻が未だに自分の上に位置している事に気付く。
「もう退け! いつまで其処にいやがる!」
「だって、もういいんでしょ」
「だから――――――」
其処から退け、と言い掛けて、それは音にならなかった。
上半身を起こして言おうとした瞬間、目に付いたものによって。
「何勃ててんだお前ッ!!」
龍麻の雄は、刺激を与えられた訳でもないのに、勃ち上がっていた。
いつの間にそんな事になっていたのか、自分の事で一杯一杯だった京一には知る由もない。
とにかくこの状態では話を聞くに聞けない、と京一は起き上がろうとした。
が、突然腰を掴まれて引き寄せられ、反動で起こした体がまた蒲団に戻る。
薄い敷布の所為で、打ち付けた背中が痛くて、京一は無言で龍麻を睨み付けた。
「とにかく放せ、起こせ! 言い訳ぐらいは聞いてやる!」
「別に言い訳なんてしないよ。京一見てたらこうなっただけだから」
「気色悪ィ事言うな!! って、ちょ、龍麻、待て、まさかッ」
問答している間に、京一は秘孔に何かが宛がわれた感触に気付いた。
ドクドクと息づく生温かい固形物。
引き攣る京一に構わず、龍麻は腰を推し進めた。
「――――――――ッッッ!!!!」
悲鳴はなかったが、京一を襲った圧迫感や異物感、痛みは先ほど指を挿入された時の比ではない。
指とは比べ物にならない太さと長さを持ったソレに、京一は力一杯歯を噛み締めた。
確かに。
確かに、男同士のセックスは其処を使うけれど。
これは女相手の予行練習のようなもので、其処までしなくたって。
頭の中を巡った台詞が泣言染みていて、京一はもう情けないやら悔しいやら、頭の中はこごちゃごちゃだ。
見上げた先の龍麻の顔も、苦悶に歪んでいる。
女の膣なんかより、ずっと狭く出来ている場所である。
挿入される側の苦痛は当然、する側だって苦しいに決まっている。
「っつ……きょーいち、きつい…ッ」
「ッたり前だ、抜けこのバカ!!」
力の限りで叫べば、その余分な力が秘孔を締めてしまう。
爪先が張って、京一は蒲団のシーツをぐしゃぐしゃに握り締めた。
「ちょっと、待って……京一、」
「待て、るか……あッ!」
ズッ、と龍麻の腰が進められ、更に深く繋がる。
抜けと言っているのに何を逆の行動を取るのか。
京一は後で絶対ブン殴る、と心に決めた。
左の足首を掴まれて、肩に担がれる。
「ふ、う…ぐっ…い、痛ぅッ!」
「ごめん、もうちょっと……」
「ちょ、っと…って、おい、コラッ……!」
無茶を押し通す龍麻を、やっぱり後じゃなくて今直ぐ殴ってやりたい。
けれど拳は痛みをやり過ごすのにシーツを握り締めるのが精一杯で、縫い付けられたように離れない。
担がれた左足に続いて、右足も手で抑えられて固定される。
腰は僅かに蒲団から浮いていて、その隙間に龍麻の膝が滑り込んだ。
腰を突き出すような格好で、京一は龍麻に貫かれていた。
ずるり、内部で龍麻の雄が京一の内壁を擦った。
それすら痛い。
小さくではあったが、それが律動である事に京一は気付く。
「龍麻、待て、龍ッ…う、っんんッ! 痛、痛ェッ…!」
「やっぱり…濡れない、と…キツいんだね……ッ」
「わ、判ったら、もうッ、もう抜けッ」
痛みと圧迫感で、堪え切れなかった涙が目尻から落ちた。
だって仕方がない、ケンカなら散々して来たけれど、こんな場所にこんな痛みを強いられた事なんてない。
しかし、懇願虚しく龍麻は尚も腰を打ち付ける。
「うっ、う、んんッ! 龍麻…っく、う…!」
「きょーいち、」
「てめ、後で、覚えてろッ…ぁ!」
「ん、それは、いいから……京一ッ…」
「……ッふ……」
尚も文句を言おうとした京一だったが、それは龍麻の唇に飲み込まれた。
押し返そうとした舌を捕えられて、最初の時のように深く口付けられる。
「んっ、ふぅっ、…ん、っは…! は、んっ…!」
離れては交わるのを繰り返す唇と、体内を突く雄と。
痛みと圧迫感に強張っていた体が徐々に解されていく。
深い口付けだと言うのに、龍麻はまるで子供をあやしているようだった。
京一の髪をくしゃりと撫で、柔らかいその手付きに京一の涙も気付いた時には引っ込んでいた。
そういう触れ方に、京一自身、慣れていなかった所為もある。
「京一、可愛い」
「ば…ふッ……う、んぐ、んんっ…っは……あ!」
「―――――京一………」
耳元で囁かれた自分の名は、酷く甘い色を含んでいたように思う。
ズン、とまた奥を突かれた。
電流に似た衝撃が背筋を駆け上がって、京一は仰け反った。
「あ…………!」
「……京一? どうしたの?」
身体を痙攣させ、酸素を求める魚のように口を開閉させる京一に、龍麻が声をかける。
探るように、龍麻の腰が揺れて、京一の内部を擦る。
またびくりと跳ねた京一を見て、龍麻はああ、と。
前立腺だ。
「此処、気持ちいい?」
「んんッ…!」
その部分を狙って攻めるように、龍麻は京一の内部を突き上げる。
あらぬ声が漏れそうになって歯を食い縛るも、喉から呻きに似たものが漏れて出る。
次第に龍麻の動きが大きくなり、入り口から奥まで、何度も繰り返し突かれた。
顎に力が入らなくて、口が僅かずつ開き、其処から声が溢れ始める。
「あ、あ、いぁッ…た、たつま、あっ…!」
「京一……ッ」
「ひっぅ、んん! んぁ、っふぁッ」
内部で龍麻の雄が膨張していく。
そうなった先がどういう事なのか、このまま続けていれば遠からずどうなるのか。
それは生理現象で、行為を続けていれば避けられない事で。
―――――それを京一は、判っていた、筈だった。
けれど、突き上げられて押し寄せてくる快感の波は、今までに類を見ない激しさと強さで、京一の理性を浚う。
「っは、はぁッ! 龍麻、龍麻ぁッ! や、め、もうッ、もう抜けぇッ!」
遮二無二頭を振って、懇願するように叫んだ。
僅かに残っていた理性が、これ以上は危険だと警鐘を鳴らしている。
無情にも、龍麻はそれを、何度目か知れず己の唇で封じ込んでしまった。
そして程無く、龍麻は絶頂を迎える。
京一が意識を飛ばしていたのは、ほんの数十秒の事だった。
それでも一度は強制終了させられた思考回路は、リセットされ、正常な運営を始める。
目覚めて数瞬、ぱちりと何度か瞬きをした後。
見下ろす龍麻を見て湧き上がったのは―――――それはそれは純粋な、怒りと言う名の衝動だった。
「――――――このッバカ龍麻ァァァッッッ!!!」
近所迷惑など省みず、京一は思いっきり龍麻の腹を蹴り上げた。
心配そうに京一を見下ろしていた龍麻は、無防備な腹に強烈な一発を食らい、見事に吹っ飛んだ。
ごんっと音がして、壁に頭部を打ち付けたのだろう、龍麻は壁の傍で頭を抱えて蹲った。
同じく京一も、あらぬ場所を襲った激痛に沈黙し、蒲団の上で蹲ることになる。
「いたた……」
「オレの方がよっぽど痛ェよ!」
じくじくとした痛みに、京一は涙目になって龍麻を睨み付けた。
相手が龍麻で、始まりが合意であっただけに、情けなさも倍増である。
これが見知らぬ人間相手に強姦で起きた事であったなら、相手を半殺しにしてしまえば多少の気が晴れるのに。
プライドから矜持から、なんだか男としての大事なものまで失ったような気がして、京一は実に泣きたい気分だった。
いや、既に涙が出ているので、泣いているも同然か。
頭を擦りながら、起き上がった龍麻が振り返る。
龍麻は、眉尻は下がっており、数十分前の(そう言えば、一時間も前の話ではなかったのだ。既に何時間も経過しているような気がするが)仔犬のような顔になっていた。
「だって京一、もういいって言ったから……」
「誰がツッコんでいいっつったよ!? 練習なんかもう必要ねェって言ったんだ!」
「そうなの? でも、まだ途中だったし…」
「力の加減だのなんだの言う前に、お前はマトモに意思の疎通が出来るようになる練習をしろ」
京一の“もういい”を“練習しなくて良い”ではなく、“慣らさなくて良い”と取った。
確かに京一の言葉も足りなかったかも知れないが、そんな事は棚に上げておく。
自分の都合の良いように解釈する、という訳ではないのだろうが、本来の意味からかなり逸脱していたのは間違いない。
あまつさえ挿入までしてしまうとは、京一には全くの想定外だ。
「しかもお前、結局オレで童貞捨ててどうすんだ!!」
龍麻が童貞を捨てる為に、不安なく女を抱けるようになる為に、自分は練習相手になってやった筈だ。
根本からの苦労を丸きり覆した親友に、怒鳴りたくなるのも当然の事であった。
しかし、龍麻は平静とした様子で、
「何かまずかった?」
――――――これだ。
龍麻らしいと言えば、龍麻らしい反応。
暖簾に腕押しとなっては、怒鳴っても疲れるだけ。
がっくりと肩を落として蒲団に撃沈した京一に、龍麻はきょとんと首を傾げる。
京一はぐしゃぐしゃになった蒲団を手繰り寄せると、包まって横になった。
汗でベタつくのは風呂に入った方が良いのだろうが、疲労し切った体はさっさと休めと悲鳴を上げている。
服を着るのも面倒臭いし、暖簾に腕押しで龍麻に怒鳴るのも面倒臭い。
悪い夢でも見たと思って、さっさと寝て忘れよう。
「京一?」
龍麻の声がすぐ近くから聞こえたが、京一は振り返らなかった。
今彼の顔を見たら、鎮火しかかった怒りが再燃してしまいそうだったのだ。
揺さぶる手を振り払って、京一は蒲団を引っ張り上げ、頭から被る。
すっぽり埋もれた京一を見て、龍麻がクスリと小さく笑った。
何が面白いんだこっちは痛ェんだぞ、と言いたかったが、やっぱりそれも飲み込む。
もうさっさと寝てしまいたかった。
「ねぇ、京一」
返事をせずとも、恐らく龍麻は喋り続けるだろう。
そう思っていたら案の定、龍麻は京一に構わず、放し続けた。
「ありがとう、京一」
「…………」
「ごめんね、痛い思いさせて。結局、京一はイってないし…」
「……………」
「でも、ありがとう」
布団の中で、京一は顔に血が上っていくのを感じていた。
散々な目に遭ったとは言え、こうして感謝をストレートに言葉にされると、やはり悪い気はしない。
やり過ぎな感は否めなくても、龍麻にとっては確かに練習で、京一はわざわざそれに付き合ってくれたのだ。
素直で真面目な龍麻が、そういった言葉を口にするのも、何も不自然ではない。
龍麻に悪気がなかった事は、彼の性格を十分判っているので、容易に想像がつく。
だから京一も憤慨はしても、彼をどうこうしようと言う気にはならなかった。
痛いし、辛いし、眠いし、とにかく散々なのだけど。
寝て起きたら、もういつも通りに接してやろう。
「だから、また練習付き合ってね」
――――――――前言撤回。
やっぱり、最初に甘やかすとロクな事にはならないらしい。
……悪気がないと言うなら、尚更性質が悪いものだ。
おまけ
京一と龍麻の初Hというのが書きたかったのです。
やっぱり、うちの二人では色っぽい空気には程遠かった(笑)。
うちの京一は諦め悪いのですよ。
受の視点でHを書くという事が少なかったので、四苦八苦。
ましてうちの京一が容易く身を委ねる訳がない……そんな訳で、こいつらの初Hは案の定こんな事になりました……
何事も、最初が肝心。
【How to, for you】
男同士でも出来るんだね、と。
また唐突に始まった親友の会話に、京一は今度はなんだと眉を顰めた。
毎回思うが、会話の前後関係ナシで突然話題を切り出す癖はなんとかならないのだろうか。
なんの事だと問えばちゃんと説明するので、会話が其処で終わりになってしまう事はないのだが、一々聞くのは面倒臭い。
読んでいた漫画雑誌から顔を上げて、なんのつもりで買ってきたのか、女性雑誌を読んでいる親友に目を向ける。
「……なんの話だ?」
面倒だ面倒だと思いつつ、律儀に京一は訊ねてやる。
こんなに自分は付き合いの良い性格だったかと考え、即“否”の答えが弾き出される。
これで相手が醍醐であったり、小蒔や葵であるなら、特に気に留めることもなく無視するのだが、なんとなく龍麻に対してだけはそうする気にならなくて、こうして訊ね返すのが定番になった。
京一のこの付き合いの良さは、龍麻に対してのみ発揮されるものであった。
問い掛けられた龍麻も、京一同様に顔を上げる。
そして読んでいた女性雑誌を広げて、此処、と文章の一点を指差す。
京一は仕方なく、自分の読んでいた漫画雑誌を閉じ、四つん這いで龍麻に近付いた。
小さな文字でつらつらと綴られたページを眺め、龍麻が指差していた場所に辿り着く。
―――――有名人の同性愛疑惑の記事だった。
二人の男性俳優が、ラブホテルから二人仲良く手を繋いでいたという。
よくある事だ、ゴシップを売りにしている情報誌ならば。
京一は歌舞伎町周辺を主な日常地としているし、オカマバーにも入り浸っている。
多種多様な人間がいる場所だから、有名人がそんな気質であっても、驚きもしなければ軽蔑する事もない。
龍麻が本を下ろすと、二人、近い位置で見つめあう形になった。
「……今のがなんだ?」
「だから、男同士でもセックスって出来るんだなって思って」
しみじみとした龍麻の言葉に、ああその事かと京一も納得した。
性行為とは異性同士の間でする事だと、日本ではそれが常識だ。
龍麻にその手の偏見があるとは思わないが、想像がついていなかったのは間違いないだろう。
ごっくんクラブというオカマバーに京一同様に訪れる事が多くても、彼女達は性的な対象として自分達を見ない。
京一に至っては小学生の頃から世話になっているものだから、彼女達にとって自分達は、弟か息子のようなものではないだろうか。
龍麻が同性間でセックスが出来る事を、知識として知ってはいても、現実に本当にしている人がいるかどうかは、想像とは別の話になる。
つい先ほど、雑誌の記事を見て、ああ本当に出来るんだ、と思ったのだ。
―――――これは京一の推測ではあるけれど、間違ってはいないだろう……多分。
「出来る事は出来るらしいが、色々キツいって話だぜ」
「どんな風に?」
「ケツ穴使うらしいぜ。そんで、女と違って濡れないから、滑らなくて痛いとかな。裂けたりとか」
「痛いの? それって」
「そりゃそうだろ。血ィ出るってよ」
女の処女膜だって、破れれば痛い。
それでも、一応、其処は受け入れる器官として作られているのだ。
“女”の肉体として。
それが男の場合、膣などある訳がないから、行為に使用するのは、本来、排泄器官としてしか使われない後ろの穴になる。
受け入れる器官ではない箇所に捻じ込もうものなら、辛くない訳がない。
つらつらと説明する京一に、龍麻はふんふんと頷きながら、噛み砕くように聞いていた。
こんな話を聞いて面白いのかと思う京一だったが、龍麻はすっかり興味を持ってしまったらしい。
中途半端に止めても「それから?」と聞かれそうなので、話せる事は話してしまおう。
そしてこんな会話をした事は、さっさと忘れてしまうか、後で笑い話にすればいいのだ。
「どうしても血が出るの?」
「ローションでも塗ればマシになるらしい。その辺は女と一緒だな」
「妊娠したりとかしない?」
「男が妊娠する訳ねェだろが」
何をズレた事を聞いてくるのかと、京一は呆れた目で龍麻を見る。
龍麻の顔は至って真剣そのものであったが、それはそれで問題がある気がする京一だ。
男の躯に子供を身篭るような器官はないのが当たり前だと言うに。
「そうなんだ……そっかぁ」
またもしみじみと呟く龍麻。
近い位置にあった視線が雑誌へと戻されて、京一も話はこれで終わりだなと踏んだ。
そして途中だった読書を再開しようと、放置していた漫画雑誌に手を伸ばしかけた、時。
「京一、詳しいね」
「あ?」
「した事あるの?」
質問の意味が一瞬理解できなくて、親友を振り返る。
龍麻は雑誌に視線を落としたままだった。
―――――約5秒の時間が経って、京一は龍麻の台詞の意味を理解した。
「アホかッ!!」
掴んだ漫画雑誌を、力一杯龍麻の顔目掛けて投げる。
雑誌に視線を落としていた龍麻は、鬼と闘っている時の反射神経など何処へやら。
雑誌は京一の狙い通り、見事に親友の顔にクリーンヒットした。
ばしんと盛大な音を立てた雑誌の威力は、それそのものの厚さもさる事ながら、かなりのダメージを与える事に成功したらしい。
龍麻は雑誌を食らった顔面を抑えて、いたい、と呟いた。
それに構わず、京一は腕を組んで憤慨する。
「バカも休み休み言えっての。オレが知ってんのは、全部聞いた話だけだ。誰が野郎となんかするかッ!」
同性愛や変わった趣味趣向に対して、別に悪い印象を持っている訳ではない。
ないが、それと自分自身の主義趣向は全く別物だ。
京一は他者と必要以上の関わりを避けるが、性の対象は通例に漏れず女である。
顔が可愛い男というのはいるが(龍麻もその類に属するのだろうが)、結局、男は男でしかない。
男好きの男が、どんな奴が可愛いだの、どんな男が格好いいだの論じても、京一にはまるで興味のない話だった。
精々、雑学的な知識として脳の隅に置かれる程度の事。
一気にまくし立てる京一の言葉を、龍麻は漫画雑誌の所為で赤くなった鼻柱を擦りながら、平静と聞いていた。
「オレをホモにすんな! 判ったか、龍麻ッ!」
「うん」
最後に念押しのように言うと、龍麻はこっくりと頷いた。
言いたい事を言い切った事で、京一も一先ず気が晴れた。
投げつけた雑誌を龍麻に差し出され、謝る必要性はなかったので、無言でそれを受け取る。
さてようやく続きが読めるとページを捲ろうとすると、
「じゃあ京一、セックスはした事あるんだよね」
かけられた問いに、京一は振り返らなかった。
一時は止めた雑誌を捲る手を、また動かしながら頷く。
「そりゃ当たり前だろ。こちとら健全な男子高校生だぜ」
「そういうものなの?」
不思議そうな龍麻の言葉に、京一は雑誌を片手に持ったまま、肩越しに親友を見返る。
「……まさかお前、まだなのか?」
京一の問いに、龍麻は躊躇う事無く、こっくりと頷いた。
何が不思議なのか判らない、という表情で。
健全な男子高校生である。
誰も彼もがとは言わないが、性欲だって強くなる年頃だ。
溜まれば処理したくなるし、自慰ばかりじゃつまらないし、AVなんかが一人暮らしの部屋に置いてあったって自然な事。
二次元的なものでは物足りなくなったり、実際のものはどうだろう、と興味が湧くのも、何も悪い事ではない。
動物の本能で考えても、性欲というものは、あって当たり前の物だ。
なんとなく、龍麻が淡白なのではというイメージはあった。
京一とつるんでいても、京一の女子更衣室の覗きを一緒にした事はない。
京一が他のクラスメイトと珍しく巨乳アイドルの話で盛り上がっても、龍麻は一向に興味を示さなかった。
―――――だから、龍麻がそんな所謂男の“バカな話”に入って来なくても、まぁ龍麻だし――という感じで済ませていた。
………が、まさか未だに性行為の経験がなかったとは思わなかった。
目が点状態の京一に、龍麻はまた首を傾げる。
「……なんか変なの?」
「え? ―――あ、あぁ、いや……」
人によって初体験の時期に差があるのは当然だし、成人しても童貞の男だっている訳だし、
淡白そうに見える龍麻がそうであったとしても、何も不自然ではない。
醍醐だって小蒔にどっぷり惚れ込んでいる様子を見ると、一皮向けているとは思えないし。
それに、龍麻の今までの環境を思えば、そういう結果になっていても可笑しくはない気がした。
「そうか、お前、東京に来るまで田舎で親父さん達と暮らしてたんだったな」
「うん。父さんと、母さんと、三人だよ」
「……そんなら、そうか……」
京一は小学生の時点で、家を飛び出し、ごっくんクラブに入り浸るようになった。
中学生の頃は特に誰とつるむ事はなかったけれど、何せ身を置いていたのが歌舞伎町―――日本国内有数の繁華街だ。
早熟気味に童貞を脱したのは、事実であった。
それに対して、龍麻はつい最近まで両親と一緒に田舎暮らし。
性に興味を持ったとしても、夜の街とは無縁であったに違いない。
こうして考えると、自分と龍麻の相違点が溢れる程出てくる事に少し驚いた。
今年の春からずっとつるんでいて、まるで昔から一緒にいたような感覚さえ生まれていたと言うのに。
と、其処まで考えていた京一は、じっと強い視線がある事に気付き、思考を現実に戻した。
「なんだ? 龍麻」
見つめていた人物は、当然、龍麻。
当たり前だ、此処は龍麻の一人暮らしのアパートで、此処にいるのは家主と自分だけなのだから。
まだ何か言いたいことがあるのかと問いかけると、龍麻はそろそろと近付いて来る。
やけに神妙な顔をしているものだから、京一は何事かと眉根を潜めた。
「あのさ、京一」
「あん?」
「………童貞って、やっぱり恥ずかしいの?」
ほんのり頬を赤らめて問う龍麻に、京一はぱちりと一度瞬いた。
「…………あー……っと………」
先ほどの自分の反応の所為だろうか。
そんな考えが生まれて、京一は当惑して頭を掻いた。
「いや、まぁ、その……いいんじゃねえか? 別に……そういう奴も、たまには…」
「でも京一、さっきびっくりしてたじゃないか」
「したけどよ、だからって悪いって訳じゃ」
詰め寄る龍麻に、京一はやばい何かマズったかと思いながら親友を宥める。
何故かこの龍麻という人物は、マリアや葵、小蒔、醍醐、遠野には何を言われても動じない癖に、京一の一言一句に過剰とも言える程の反応を示す時があるのだ。
どういう理由で龍麻が京一の言葉に反応するのか、京一にはよく判らない。
判らないが、普段は気をつけるつもりの全くない言葉選びを、龍麻相手には時々だが気にしなければならない事をすっかり失念していた。
「あのな、龍麻」
「やっぱり変なの? 興味がないと可笑しい?」
「いや、そうじゃねえって」
「醍醐君ももうしたのかな?」
「アイツのンな事までオレは知らねェよ」
「クラスの皆は?」
「そんな事興味ねぇっつの!」
「僕だけなのかな? だったら、やっぱり恥ずかしい?」
近付き過ぎだと言う程に近くにある龍麻の顔は、真剣そのもの。
これはどうやって宥めたものかと、京一は頭を悩ませた。
悩ませた、が。
もとより考えることは得意ではない。
あれやこれや考えて妥当な策を考えるよりは、極端と言われようと手っ取り早い解決策を見出す男である。
「あー煩ェッ! そんなに言うなら、今から行くぞ、龍麻ッ!」
安いアパートの壁など、間違いなく突き抜けてしまうだろう声を上げ、京一は龍麻を押し退かす。
声の大きさと気迫に負けてか、龍麻は目を丸くしてぽかんと京一を見た。
それに構わず、京一は学生鞄に入っている財布を掴み、龍麻の腕を引っ張り、立ち上がる。
「京一、何処に行くの?」
「その手の店に決まってんだろ!」
「なんで?」
「お前がやたら童貞を気にするからだろが!」
別段、童貞だからと言って何も悪い事はない。
バカにする連中がいる事は否定し切れないが、当人が気にしなければどうでもいい事だ。
それを、そんなに気になると言うのなら、さっさと捨ててしまえばいいのだ。
「……って事は、やっぱり恥ずかしいの?」
「誰もそうとは言ってねェ。でもお前が恥ずかしいって思うなら、とっとと捨てちまえばもう気にならねェだろ」
実に極端な解決策であった。
が、此処にそれをツッコむ人物はいない。
そう言われればそうなのかも、と納得しかかっている表情の龍麻に、京一もようやく沸騰した頭が落ち着いてきた。
「そーいう訳だから、今から行くぞ。財布持って来い、オレのだけで足りるか判んねェからな」
「……………」
「オレの知り合いが働いてる店があるから、其処にするぞ。あそこなら料金もそこそこ良心的だし…」
その知り合いの店に以前立ち寄ったのがいつであるのか、あまり記憶に残ってはいない。
いないが、京一自身の事は歌舞伎町界隈ではよく知れ渡っている。
此方が覚えていなくても、向こうが京一の事を覚えている可能性は高い。
忘れられていても料金的に問題がなければ、それで良い。
財布の中身はそれほど寒い事にはなっていなかったが、何せ店が店。
考えているよりも大なり小なり差額は生じるものである。
出来るだけ余裕があった方が良い。
龍麻も決して裕福な経済状況ではないが、二人分合わせればなんとかなるだろう、と京一は思っていた。
勝手知ったる態度で、京一は部屋の玄関に向かう。
――――いや、向かおうとした。
「………龍麻?」
親友の気配が追いかけて来ないことに、京一はどうかしたかと振り返る。
見れば龍麻は、京一が立ち上がらせた場所から動いていなかった。
俯き加減の顔は何処か曇りがちで、京一は自分は今度は何を失敗したのかと頭を捻る。
考えた所で判らないのは最初から感じていた(何せ龍麻のスイッチは不思議な所にあるのだ)から、京一は早々に考えるのを放棄した。
それよりも当人に聞いた方が、考えるよりずっと早いし確実だ。
「おい龍麻、どうした? 行きたくねェのか?」
商売女相手にするなんて、と言う人は少なくない。
水商売という職業を良く思っていない人間だって多い。
好きな相手以外としたくない――――と言う人間だって、勿論。
田舎暮らしの長かった龍麻が、そういう考えがあったって、何も不思議はない。
都会で生まれ育った人間の方が、ずっと奔放になるのだから。
此処で嫌がるようなら、童貞は気にする事はないからと言い含めるに留めよう。
嫌がる相手を無理に連れて行くのも忍びない。
履きかけていた靴をまた脱いで、京一は龍麻の立ち尽くす居間に戻った。
「行きたくねェなら別にいいんだぜ。その変わり、童貞だったらどうのってのは、もう気にすんじゃねェぞ」
「うーん………そういう事じゃ、ないんだけどね」
「あん?」
言葉を濁らせる龍麻に、京一は眉を潜める。
他人が見れば怒っているように見える表情だが、龍麻は平静としている。
京一の目付きが悪いのはいつもの事だし、不機嫌そうに見えるのも常の話。
今更一つ二つ不機嫌な顔をされたとて、気にする事ではないのである。
居間に戻った京一に、龍麻は一歩近付いた。
「京一」
「おう」
名を呼べば、なんとなく返事をするのが通例だった。
いつからそうなったのかは判らない、今では条件反射のようになっているけれど。
がしり、と強く肩を捕まれた。
「怖いんだ、京一」
―――――――怖い。
…………何が。
この場合、話の流れからして、風俗店に行く事か、初体験をするという事か―――とにかく、その辺りだろう。
あまりに真髄な目で見つめて呟いた龍麻に、京一は一瞬、呆気に取られた。
いつもふわふわとした笑みを浮かべて、掴み所のない雲のような男。
ふとした瞬間に謎のスイッチが入って、会話の前後関係なく意味不明な事を言うクラスメイト。
しかし敵意を持ってぶつかってきた相手には容赦しない。
仲間を、友達を傷つける相手ならば尚の事、遠慮なくその拳を叩き付ける親友。
鬼と初めて対峙した時でさえ、怯えもしなければ慄きもしなかった。
京一が唯一、背中を任せる事を赦した存在。
―――――そんな龍麻が、怖いと言う。
お前、怖いものなんてあったのか。
そんな台詞が喉まででかかった京一である。
「怖いって、お前……」
「だって初めてなんだよ。僕、そんな店だって行った事ないし」
「別にそんなに緊張するモンでもねェよ。向こうだってそういうの相手にする事はあるんだし、気にする事は」
「でも何かの拍子に傷付けたりしたら嫌だし……」
「だから、大丈夫だっての」
近くにある龍麻の表情は、眉尻が下がって不安そうに見える。
龍麻にしては珍しい表情だった。
つまり、それだけ怖いと言うことなのだろうか。
「初めての奴は大抵ヤリ方判らねェし、最初は向こうがちゃんと教えてくれるから、問題ねェよ」
「だけど………ほら…僕、力強いから……」
龍麻の言葉に、京一は、ああそれかと思い出す。
《力》に目覚めてか否か、龍麻の筋力は人並み以上に強い。
緊張のあまりに加減を忘れて、女性を傷つけてしまわないか心配なのだ。
龍麻が「怖い」と言うのは、恐らく殆ど、その危惧によるものなのだろう。
「……確かに、そりゃ……」
中々動じることのない龍麻でも、性行為となるとそうもいかないのか。
今から此処までナーバスになっていては、いざ初めて何が起こるか判ったものじゃない。
龍麻の力に耐えられるような強靭な構造をした人間は、そうそういないだろう。
女ともなれば尚更の事、鍛えていたってたかが知れている。
童貞のままだというのも気にかかるが、女を抱くのも怖い。
にっちもさっちも行かない龍麻の複雑な心境。
この話題を振ったのは龍麻だったが、此処まで話を広げてしまったのは京一の方だ。
話を放棄してしまう訳にも行かず、京一はどうしたもんかと頭を掻く。
すると、俯き加減だった龍麻が、意を決したような表情で顔を上げ、
「京一、練習させて」
あまりに真髄で真っ直ぐで、真面目に告げられた言葉。
意味を理解しないまま、おう、と反射で答えてしまいそうになった。
寸でのところでそれを飲み込んで、京一は思いっきり龍麻の頭を叩いてやった。
「痛い……」
「自業自得だ。フザケんな」
「…ふざけてないのに…」
だったら尚更、問題発言である。
練習させてくれと、龍麻ははっきり言った。
つまり京一の体で力の加減が出来るようになるまで、セックスのトレーニングをすると言う事だ。
無論、実施で。
京一が龍麻を殴るのも無理はない。
「なんだってオレがンな事されなきゃならねェんだよ」
「だって怖いし……」
「男同士でヤる方がよっぽど怖いだろうが」
しかも初めての相手が男で、クラスメイトで、親友だなんて。
笑い話にするにはあまりにもネタが複雑すぎるし、笑って済ませる話ではない。
少なくとも、京一にとっては。
親友の為なら多少の苦労は甘んじてやろうとは思うが、これは想定外の事だ。
龍麻が龍麻なりに必死なのは認めよう。
しかし、それによって自分が、よりにもよって処女喪失なんて冗談じゃない。
挿入ナシであるとしても、男に抱かれるなんて京一は絶対に御免だった。
が、龍麻も簡単には引き下がらなかった。
「だって京一、僕だってずっと童貞なんてイヤだよ!」
「だから、その手の店に行きゃ済む事なんだよ!」
「女の人に怪我とかさせたくないし」
「気にしすぎだ! そんなに気になるなら、マグロになってろ!」
「それはヤだ。僕だって男だし」
「…………」
龍麻の言葉は最もだ。
初体験だからと、されるがままになっているのは、やはり男としての矜持が許されない気がする。
相手の女は商売であるし、色々な男を相手にしているだろうから、今更気にする事はないかも知れないが、これは自身のプライドの問題であった。
拗ねた顔でまた俯いてしまった親友に、流石に今のは言い過ぎたか、と京一も思った。
思わず出てしまった言葉であったが、京一だって逆の立場なら嫌だと思う。
しゅんと落ち込んだ龍麻は、捨てられた仔犬を思わせる。
耳と尻尾があったら、ぺったり寝てしまっているのは間違いないだろう。
……別に、京一はそういう仔犬を拾ってしまうような性格では、ない、けれども。
――――――けれども。
次
歌舞伎町の夜は、眩いネオンが何よりもその世界を鮮やかに彩る。
自然光ではないが故の虹彩を、龍麻は決して嫌いではなかった。
幾つも連立する人工灯は、見つめ続けていれば確かに網膜が焼かれるのではと思う事もある。
けれど、だからと言ってそれを嫌いになるには、その程度の理由はささやか過ぎた。
これはこれで、この東京と言う地、歌舞伎町という空間によく似合う。
あちこちで飛び交う呼び込みの声も、龍麻は決して嫌いではないのだ。
それが此処で生きるモノ達の作り出した、この空間独自の虹彩であるのだから。
歩き慣れた道だと、一歩先を歩くのは、真神に来てで出逢った無二の親友。
何よりも誰よりも信頼する事の出来る、たった一人のかけがえのない相棒。
そして―――――……大切な、大切な、想い人。
「龍麻、其処寄って行こうぜ」
振り返り、シルバーアクセサリーを並べた露店を指差して、京一が言った。
龍麻は、アクセサリー類にそれほど興味を持った事がなかった。
今でもそれは同じで、身につけるほど親しみを覚える事もない。
けれども京一がそう言うのなら、と龍麻は相棒の言葉に頷いた。
それを受けた京一は、嬉しそうににぃっと笑って、示した露店に近付いた。
「よう、京ちゃんじゃねェか」
「京ちゃん言うな。アンタ、今日は此処なんだな」
「今週は此処にいるつもりだよ」
どうやら、露店の主人は京一の知り合いらしい。
つくづく顔が広いと思う。
商品の品定めをするよりも、京一は店主との話に盛り上がっている。
その傍らで、龍麻は気紛れに、並べられた商品を眺めてみた。
主な商品はガイコツや爬虫類を模した装飾品だったが、幾つか、女子が好きそうなものもあった。
ピンク色の石を埋め込んだリングや、ターコイズのブレスレット、蝶を模したピアス。
京一と店主の話を半分気分で聞いていると、どうやら全てが店主の手製らしい。
随分と手が凝っている、道理でちらりと見た値札の桁が少々大きい訳だ。
「あくどい商売すんじゃねーぞ、また死にかけるぜ?」
「ああ、其処は気ィ付けてるよ。そう何度も京ちゃんに頼る訳にゃァ行かねェからな」
物騒な会話でさえ、京一と店主にとっては単なるスパイスらしい。
龍麻も、常日頃京一と一緒にいるお陰で、こんな会話も随分耳慣れた。
最初の頃に面食らったかと言われれば、それ程でもなかったが。
気紛れに、並べられた商品の一つを手に取った。
銀細工の、くり貫かれた星。
周囲のネオンに照らされたそれは、一瞬ごとに違う光を反射させた。
人差し指と親指で持って、中でゆらゆら揺らしてみると、人工灯の虹彩がきらきら光る。
「なんでェ龍麻、そんなもん欲しいのか?」
「そんなモンとはご挨拶だねェ、京ちゃん」
龍麻の様子に気付いた京一の言葉に、店主が笑いながら割り込んだ。
「キレイだね、これ」
京一に星を見せて言うと、京一はそうか? と眉間に皺を寄せる。
悪い印象はないのだろうが、京一はこの手の物に興味がなさそうだ。
否定はしないが肯定もしないまま、京一は首を傾げた。
「そいつはペアになってんだ。もう一つはこっち」
早速商売人の顔になって、店主はペアだと言う星を差し出した。
同じ銀細工のくり貫かれた星は、ぱっと見ると違いが判らない。
よくよく見れば銀縁の象りに、《Ms.》《Mr.》と彫られている。
此処にそれぞれの名前を彫って、二人一組お揃いで持つのだ。
龍麻はじっと対の星を見つめた後、
「これ、こっちじゃないとダメですか?」
「ん? いや、二つとも買ってくれるんだったら、セット料金にしとくよ。京ちゃんの友達だからな」
「……………」
友達。
その一言に、京一が無言で紅潮した。
ちらりと見てみれば、視線から逃れるように京一はそっぽを向く。
その様子にクスリと笑って、名前のイニシャルは? と問う店主に向き直り、そっと顔を近付けて伝える。
店主は聊か驚いたような顔をしたが、少しするとにぃと笑い、そうかそうかと嬉しそうに作業に取り掛かった。
「京一」
「あん?」
「はい、あげる」
困りながら受け取って、身につける訳にも行かずに更に困ってればいいよ!
そんで「無理につけなくていいからね」とか龍麻に言われて、
でもやっぱ貰ったんだから一度ぐらいは…とかで目立たない所に身につけてるとか。
アニメの京一はシルバーアクセが似合うと勝手に思ってる私(爆)。
ぽつぽつ。
ぽつぽつ。
雨が降っている。
風はなく、ただ真っ直ぐに天から大地へと降ってくる。
その柔らかな雫の向こう側、立ち尽くす親友を、龍麻はただ見つめていた。
少し後ろから、嗚咽を飲み込めなかった小蒔の泣く声がする。
葵は何も言わず、ただ涙する小蒔の肩を慰めるように抱き締めた。
京一と龍麻の間には、醍醐がいた。
醍醐は龍麻と同じように、雨の中に佇む京一を見つめている。
時折何か告げようとするように肩を震わせるが、結局それは音にならなかった。
佇む京一の表情は、判らなかった。
背中を向けている所為もある。
でも、それよりも何よりも、その背中は、拒否しているように見えた。
―――――去来する筈の、全ての感情を。
迷いもなく、躊躇いもなく、京一は貫いた。
己が何よりも誇るその刃で、何よりも信じるその剣で。
斬ってくれ。
殺してくれ。
“彼”はそう言った。
京一はそれに頷かなかった、醍醐は苦しげに唸っていた。
それでも一つの躊躇いもなく、京一は“彼”を貫いた。
“彼”の名を、龍麻は知らない。
京一と醍醐だけが知る人物だった。
偶然の再会だった、最悪の再会だった。
…もしかしたら幸いだったのかもしれない―――唯一“彼”にとっては。
ヒトとして理性の残る内に、誰をその手で傷つける事もなく逝けたのならば。
でも、それはあまりにも身勝手で自分本位な喜び。
迷いもなく、躊躇いもなく、真っ直ぐにその躯を貫いた人物が泣かないなんて、そんなのは違う。
ぱしゃりと音がして、京一が踵を返し、振り返った。
雨に濡れた前髪が目元を隠し、真一文字に閉じられた口は綻ぶことはなかった。
ぎ、と言葉が見付からぬもどかしさに歯を噛む醍醐の隣に並ぶと、京一の腕が上がる。
とんっと殴る訳でもなく、けれど押すと言う程優しいものでもなく。
京一の拳が醍醐を突いて、また京一は歩を進め、醍醐から離れていく。
何も言わずに、京一は龍麻の傍を通り過ぎた。
追いかけるように振り返れば、京一は葵と小蒔に近付いていた。
小蒔が怒りのような、悲しみのような、色々な感情がごちゃ混ぜになった瞳で京一を睨む。
葵は戸惑うように視線を泳がせ、また伏せてしまった。
京一は何も言わなかった。
葵が例えば慰めても、小蒔が例えば怒鳴っても、きっと何も言わなかっただろう。
……結局京一は、何も言わずに彼女達から離れて行った。
降る雨の存在すら忘れたかのように、常と変わらぬ所作で平静とした足取りで。
まるで何も感じないかのように、まるで何事もなかったかのように。
―――――何一つ其処に感情など存在しないかのように。
「―――――――京一」
呼びかけると、京一の足が止まった。
振り返る仕種が、スローモーションに見えた。
京一の周囲だけが、色が褪せているように思える。
色を、失って。
「行こうぜ、龍麻」
なんでもないと、無表情を装った、その頬。
伝い落ちていく雫は、きっと、ただの雨の雫。
あれ、ほのぼのじゃないよ……?
でもお題見た瞬間に思い浮かんだのが、泣きたいのを雨で誤魔化す京ちゃんだったんです。
……インスピレーション優先ですいません……
鬼と闘い続けてる間に、身近な人とか、嘗て友人だった人に会ったりする事もあったんじゃないかと。小蒔みたいに。
そんな人を自ら手にかけることになって、一番苦しくて一番吐き出したい時に、一番堪えてしまったりとか。
京ちゃん可哀想なことにしてごめんなさい…!(これもうお礼じゃねえよ…)