例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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全てを君に捧げよう 携帯


この眼も

この指も

この牙も


この躯も

この命も



全て君に捧げよう




だから、君の全てを俺に頂戴?









----------------------------------------
……私は八剣をどうしたいんだ(爆)。
跪いて手の甲にちゅーが描きたかっただけ。


つくづくうちの八京はラブラブ甘々にはならないようですι
微妙に主従に近い関係性が出来上がりつつあるような……

いや、一回ぐらいはラブラブ甘々描いてみたい。


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全てを君に捧げよう


この眼も

この指も

この牙も


この躯も

この命も



全て君に捧げよう





だから、君の全てを俺に頂戴?












……私は八剣をどうしたいんだ(爆)。
跪いて手の甲にちゅーが描きたかっただけ。


つくづくうちの八京はラブラブ甘々にはならないようですι
微妙に主従に近い関係性が出来上がりつつあるような……

いや、一回ぐらいはラブラブ甘々描いてみたい。

STATUS : Enchanting 10













――――――それは、人が最も無防備になる場所である。
























【STATUS : Enchanting 10】



























それじゃあ、また明日。
そう言って、葵、小蒔、醍醐の三人は『女優』を後にした。

常ならば其処に龍麻の存在もあるのだが、その当人は、現在京一と並んで三人を見送っている。



ネオンが灯り始めた歌舞伎町の街並みに、三人の姿が消えて、ようやく京一と龍麻は『女優』店内へと戻った。




12月の外気は、酷く冷えて肌に突き刺さる。
然程厚着をしていない京一には、少々堪えるものがあった。

暖房器具によって温められた店内の室温に、京一はほっと息を吐く。
龍麻も京一よりは着込んでいるが、それでも寒さに強い訳でもない。
悴んだ指先を擦り合わせ、そんな互いに顔を見合わせ、小さく笑みを漏らした。







「寒くなったね」
「ま、そりゃ12月だからな」






当たり前の事だと返す京一の表情は、数時間前の苛立ったものでも、疲れ切ったものでもない。
戯れの些細な会話を楽しむだけの余裕が戻っていた。


カウンターでグラスを拭きながらその様子を見ていたビッグママが、口を開く。







「京ちゃん、お風呂入るかい?」
「おう」
「背中流してあげるわよ♪」
「……遠慮する」







ビッグママの台詞に肯定の意を返す京一に、アンジーが楽しそうに告げる。
胡乱げな目をしてきっぱりと断わる京一だったが、アンジーは気を害した様子もない。
寧ろ昔は一緒に入ったのにね、と言うものだから、京一は耳が熱くなるのを感じた。
それを確りと龍麻に気付かれているのが判るから、余計に恥ずかしい。

クスクスと笑う龍麻の顔を、腹いせ交じりに掌で押し退けてやる。


店奥に設けられている風呂場に向かう京一を、龍麻はすぐに追い駆ける。







「京一」
「あ?」
「お風呂、僕も入っていい?」







突然の申し出に京一はしばしきょとんとしていたが、何も不思議な台詞ではない。







「ああ……別にいいけどよ、狭いぞ」







店に泊まる従業員は少なくない。
美容を気にする彼女達の為に、化粧室等と一緒に風呂場も小さいながら設置されている。

京一が子供の頃は、彼女達と一緒に入る事もあって、それ位なら充分なスペースがあったが、既に京一も高校三年生である。
大人と言う程出来上がった体ではないが、身長は平均よりも上だし、龍麻もそれと同じぐらいある。
大の男が二人入って余裕を保つ程、此処の風呂は大きくはない。


窮屈になるが、それでも良いかと問えば、龍麻は迷う様子もなく頷いた。







「でもお前、着替えとかどうすんだ」
「別にいいんじゃない? この格好でも。京一もそうでしょ」
「まぁな」






風呂が終われば、布団に入ってしまえば後は寝るだけ。
制服の上着を脱いで、アンダーシャツだけでもあれば十分だ。
女子供じゃあるまいし、夜着を気にするような性格でもない。


他に気にする事もないので、さっさと行くかと風呂場へ向かうべく方向を変えた。

と、その先に一人、立っている男を見付ける。
渋面になったのは最早条件反射であった。







「……なんだよ」






無視すれば良いと、思ってはいる。
思ってはいるのだが、無視したらしたで後に何が起こるか判ったものじゃない。
考え過ぎと言われるかも知れないが、それほどに京一の警戒心は育っていたのである。

憮然と睨まれた八剣は、クスリと口元に笑みを浮かべた。
毛の逆立った猫宜しくの京一の態度にも、この男は気を咎めた様子を見せなかった。







「風呂、俺も一緒に入っていいかな?」
「絶対嫌だね」






きっぱりと言い切った京一の返答は、恐らく最初から予想していたのだろう。
やっぱりね、という呟きが聞こえ、じゃあ聞くんじゃねェよと京一の顔は顰められた。


そのまましばし睨み合い(睨んでいるのは京一だけだったが)が続くかと思ったが、あっさりとそれは終止符を打たれた。







「京一、早く行こう」






手を引いたのは勿論、龍麻である。

先に視線を逸らすのは負けたような気がするので、あまり良い気分ではなかったが、促されたのだから仕方がない。
このまま延々睨み合って事態が変わる訳でもないし、また八剣の方が何某か妙な事を言い出し兼ねない。
訳の判らない問答の相手をするのは疲れるだけで、おまけに八剣はそれさえ楽しむ節を見せるから尚更腹が立つ。
そんな事にいつまでも付き合っているような暇があるなら、さっさと風呂に入って寝てしまうのが一番だ。


ぐいぐいと、おいちょっと痛ェんだけど、と言いたくなる強さで、手を引っ張られる。
半歩前を歩く相棒に文句の一つでも言おうかと思ったが、面倒だったので結局止めた。
その背中が聊か棘立ったように見えたのも、理由の一つであるが。

今度は何処で失敗したんだと思いつつ、京一は龍麻の半歩後ろをついて行くのだった。



















































そこそこ体躯の出来上がった男二人が入るには、狭いだろうと思った風呂。
案の定揃って湯船に入るなんて広さはなく、一人がシャワー、一人が浴槽となった。



浴槽の縁に頭を乗せ、龍麻は何故か上機嫌だった。
表情筋が活発に動く事は少ないので、あまり表情に変化は見られなかったが、やはりそこそこ長い付き合いだ。
風呂に向かう間の若干の刺々しさを思うと、今は随分と機嫌良く見える。


実際、龍麻は機嫌が良かった。

これまた広くはない脱衣所には、ご丁寧に龍麻の分のタオルも用意されていた。
そのタオルは、現在龍麻の頭の上に綺麗に折りたたまれて乗せられている。
にこにこという擬音が聞こえてきそうな位、京一にとっては判り易い程、龍麻の機嫌は右肩上がりだ。





……さっきの不機嫌はなんだったんだ?




思ったが、その疑問は口にしない事にする。
何某かの不機嫌の理由があの場にあって、今はそれを忘れているのなら、忘れてくれていた方が、正直ありがたい。


少々考えてみると、ひょっとしてアイツか? と八剣の顔が脳裏に浮かんでくる。

拳武館との一件は一先ず片付いたけれど、綺麗サッパリ、と言う訳ではないのだ。
互いが利用された末の闘いであったとはいえ、争い、傷付けあった事は事実。
京一に至っては生死の境を彷徨った程(あまり思い出したくはない)で、龍麻もそれを知らない訳ではないのだ。
八剣によって断ち切られた木刀の一端を持っていたのは龍麻だったから、京一も言われなくてもそれは感じられた。

龍麻は、例え見ず知らずの人間だとしても、人が傷付くのを嫌う。
友人知人と言うなら尚更で、くすぐったいが、京一自身もその一人なのである。
八剣が京一に重傷を負わせた事を思うと、今でも八剣に対して憤りに似た感情が湧くのかも知れない。






―――――考えてから、京一は無性にむず痒くなって、シャワーのコックを思い切り捻った。
勢い良く飛び出した飛沫に頭を突っ込んで、がしがしと乱暴に撫ぜる。

京一の急と言えば急な行動に、龍麻はふっと視線を向けたが、首を傾げただけで何も言わなかった。




友達だとか。
親友だとか。
相棒だとか。

言われる事は増えたし、そう呼べるだろう人間も増えた。


醍醐は中学の時から知っているが、話をするようになったのは真神に入学してからで、つるむようになったのは今年の春――――龍麻が転校して来て、力に目覚めてからだ。
葵や小蒔ともちゃんと話をするようになって、遠野ともスクープだのなんだの抜きで普通に話をするようになった。
彼等は間違いなく友人と呼べる類で、如月や雨紋、織部姉妹も友人知人と言える。

龍麻とは言わずもがな。
妙な噂を立て回される位に、長い時間を一緒に過ごしている。
出逢ったのはほんの数ヶ月前の事だと言うのに、だ。



だけど、未だに慣れなかった。
そういう相手がいて、そういう相手に“そう”呼ばれる事が無性にくすぐったい。








(……なんだかな)







何年前だっただろう。
ビッグママに「友達いないでしょ?」と言われたのは。

あの時、自分はなんと答えたのだったか。
ああ、気持ち悪ィって言ったんだ。
事実、あの時は本当にそう思っていたし、一人でいるのが楽だった。
『女優』は別に考えるとして。


あの時は顔を顰めて「気持ち悪い」と言った関係が、いつの間にかこんなに増えて、広がって。








(…こいつの所為だな。どう考えても)







湯船の中で、タオルを膨らませて遊んでいる龍麻を見遣って、一人ごちる。

≪力≫だの、猟奇事件だの、鬼だの。
色々あったけれど、京一にとってはそれ程鮮明に記憶に残る事はすくなかった。
あの桜の木の上で、初めて龍麻の姿を見つけた時に比べれば。



シャワーを出しっぱなしのまま、立てた膝に頬杖を付いて、龍麻の横顔を眺めてみる。

しばしそうしていれば、やはり気配に敏感な龍麻は、京一のその視線に気付いた。
何? と言いたそうな目で龍麻が此方を見るが、何も言わずに、京一はその顔を観察してみる。


………間の抜けた面してんな。


何処が、という訳ではない。
眺めた末に思いついたのが、そんな感想だった。

見慣れた顔だったから、そう思ったのかも知れない。
だって今年の春から、毎日のように見ている顔なのだから仕方がない。
今更改めて感想を述べる方が無理だった。


目を窄めてそのまま眺めていると、今度は龍麻が動いた。
膨らませたタオルを見せて、にっこりと笑う。







「京一もやる?」
「やらねェ」
「あ」






タオルの膨らみを、掌で上から思い切り叩いてやった。
空気を逃したタオルは、龍麻の手の中でペッタリと無残な形に潰れている。

龍麻はしばし唇を尖らせるような顔をしていたが、別段、気に障った様子はなく、綺麗に畳み直すと、京一に向き直り、







「京一、背中流してあげよっか」
「は? いらねェよ」
「でも、ちゃんと洗ってないでしょ」
「女子供じゃあるまいし……」
「いいから、いいから」






言って浴槽から出ると、龍麻はさっさと京一の背中に回った。

人の話を聞けよ。

思いながら、結局は好きにさせる事にした。
何か言った所で、同じ終着点に行き着く押し問答が延々続くだけなのだ。



泡を含んだタオルが背中に押し当てられる。
ごしごしと擦られるのは気持ちが良かった。







(……そういや、こんなのガキの時以来だな)






『女優』に来て、此処にも幾許か慣れた頃。
修行の疲れもあって、一人で入ると湯船の中でうたた寝してしまう事が何度かあった。
溺れはしなかったものの、逆上せてしまう事が増え、万が一があっては大変と、誰かが一緒に入るようになった。
大抵はアンジーで、彼女は何かと世話を焼いて、出来るという京一をやんわり諭して、背中を洗ってくれた。

成長に伴って回数は減り、身長がそれなりに伸びた頃には、体格も理由に再び一人で入るようになった。


―――――それ以来だ、誰かに背中を流されるなんて。



そもそも、背中を向けて無防備になれる程、気を赦せるような人間が極端に少なかった。








(………まただ)







むず痒さが再発して、京一は頭を掻いた。
後ろの龍麻からは顔が見えないのが幸いだった。


そう思った時、脇腹をやんわりと擦られて。






「―――――!」
「あ、熱かった?」
「じゃねェよ!」






のんびりとした龍麻の台詞に、京一は肩越しに振り返って言い放つ。







「背中だけだろ。ンなトコまでしなくていい」
「いいから、いいから」
「よくねーよ! いらねェからすんなッ!」






龍麻の手からタオルを引っ手繰る。

空っぽになった自分の手を見つめて、龍麻はしばし思案していた。
京一は、そんな相棒から視線を外すと、シャワーを出して背中の泡を流した。
泡を含んだ龍麻のタオルは、桶に引っ掛けて、自分は湯船に入る事にする。


が、それは阻まれた。
両脇を悪戯に刺激する指によって。







「ひっ、ちょ、龍ッ」
「まだ洗い終わってないよ」
「じゃなくて! お前ッ…やめろ、バカ! 離せ!」
「だーめ」






肩越しに見た龍麻は、にっこり笑顔。
面白がっているのがよく判る。







「ひ、龍麻ッ、やめ…ははッ、バカ、くすぐってェッ」
「ちゃんと洗わなきゃ駄目だよ」
「わかった、わかった! 判ったからやめろーッ!」
「だめー」
「何がしてェんだ、お前はッ!」






クスクスと楽しそうな笑い声が鼓膜に届く。
機嫌が良いのは、悪いよりもずっと良いが、急に始まるこの悪戯はなんなのか。


如何に身体を鍛えていようと、こんな刺激にまで耐性はつけられない。
一度笑い出したら後はもう堪えようがなく、風呂場には暫く京一の笑い声が反響した。










後で解放された京一が、報復と称して龍麻に冷水シャワーを浴びせたり、石鹸の泡で滑りやすくなった床で足を縺れさせ、二人揃って浴槽にダイブしたりと、色々騒がしくなり。



散々じゃれ合って、風呂を出た時には、互いが逆上せかける寸前であった。














少々間が開いてしまいました……。
ラブラブお風呂でじゃれあい。くすぐりっこでえっちぃ想像した人、挙手ッ!(←ホントはちょっと書きたかった(書いたら八剣の立場がないのでカット(笑))

STATUS : Enchanting 9













――――――波紋は静かに、広がっていく
























【STATUS : Enchanting 9】



























お帰りなさいと、最早耳慣れた言葉である筈なのに、涙声に聞こえるのは気の所為ではないのだろう。







「もう京ちゃんたら! 心配したのよォ~!」
「……判った、判ったから」
「浮気しちゃイヤ~!」
「…なんでそんな台詞が出てくるんだよ…」






次々と浴びせられる抱擁と言葉に、京一は今日ばかりは大人しくしていようと決めていた。
抱き寄せられるブ厚く硬い胸板は心底遠慮願いたい所だが、それだけ彼女達に寂しい思いをさせたと言う事だ。
一応、世話になっている身であるのだから、これぐらいは寛容するべきだと。

背骨が時々嫌な軋みを上げているが、それもどうにか堪える事が出来た。
…ただ一つ、ジョリジョリと髭の生えた頬を摺り寄せられるのだけは、断固拒否を示したが。







「京ちゃァ~~~ん!!」

「だーッ! 悪かったって!!」







尚も熱い(息苦しい)抱擁に、堪えるべきだと思いつつも、我慢が限界になって来た。
このままでは際限なく続けられような気もする。

多少申し訳ないと思いつつも、京一はごっくんクラブの面々を押しのけ、ビッグママの待つカウンター席へ移動した。
其処にはビッグママだけでなく、なんの興味からか、真神のクラスメイト達もいる。


龍麻は時々京一と一緒に此処に来ていたが、葵、小蒔、醍醐まで来たのは珍しかった。
小蒔はいつであったかも見た店員達の抱擁に、若干顔を引き攣らせている。





「相変わらずだね、此処の人達は……」
「…まァな。ママ、茶」
「ハイハイ」





小蒔の言葉に一言だけ返し、ビッグママに催促する。
ビッグママは仕方がないねという苦笑を漏らして、グラスにウーロン茶を注いだ。

テーブルに突っ伏して溜め息を吐いた京一の隣に、アンジーが座る。






「だって仕方がないわよ。み~んな京ちゃんが来るのを楽しみにしてるんだから」
「……へいへい。判ってるよ、悪かったよ」





唇を尖らせ、京一はばつが悪そうに拗ねて見せる。
その表情さえ彼女達は久しぶりのものだったから、微笑ましそうに眺めるだけだ。


京一の前にウーロン茶を置くと、ビッグママは龍麻たちへと目線を配らせ、





「アンタ達も何か飲むかい?」
「いいんですか?」
「折角来てくれたんだからね。お金は貰うけど」
「まぁ、安くしてあげるから」





ビッグママの言葉に一瞬小蒔が顔を引き攣らせたが、すかさずアンジーがフォローに入った。






「それじゃあ、私もウーロン茶頂けますか?」
「俺も、それで」
「ボクも」
「…僕は―――――」
「苺ちゃんは苺牛乳ね」






葵、醍醐、小蒔に続いて同じものを注文しようとした龍麻を、遮るようにアンジーが言った。
龍麻はきょとんとしてビッグママとアンジーを見た後、京一へと視線を移す。
京一は話は聞こえているのだろうに、気に留める事無く、ウーロン茶を飲み干していた。



他の三人に比べて、龍麻は京一と一緒に此処に訪れる事が多い。
その都度、龍麻はメニューにない苺牛乳を特別に作って貰っていた。
でもそれは京一と二人で此処に来た時の事だ。

他の面々がウーロン茶なのに、自分ばかり図々しいことは言えない、と思っていたのだが、
ビッグママ達も京一も一切気にした様子はなく、ママに至ってはさっさとミキサーに苺を詰めていた。


龍麻が苺牛乳に限らず、苺製品が好きだというのは、今更説明するまでもない事だ。
京一にすれば何を今更遠慮することがあるのか、と言う気分だった。

事実、葵達も気にした様子はなかった。






「ハイ、京ちゃん」






やはり、最初に手渡されたのは京一だ。







「京ちゃん、ご飯はどうするの? もう食べて来ちゃった?」
「いいや。今日はそれ所じゃなかったからよ……」






アンジーの言葉にいささかうんざりとした表情で、京一は呟いた。







「…そうだな。コニーさんの所に行く暇なんてなかったな…」






独り言のように漏れた醍醐の台詞が、想いの他、店内に響く。


不思議そうな女優達の視線が学生一同に向けられる。
京一はそれからすら逃れようとでもするかのように、カウンターテーブルに突っ伏した。
龍麻は唯一、常と変わらぬ様子で差し出された苺牛乳を受け取り、嬉しそうに飲んでいる。

醍醐、小蒔、葵の視線が、とある一点へと寄せられた。
それに倣って、アンジー、キャサリン、サヨリの視線も同じ場所へと方向を変える。











「そんなに急かしたつもりはなかったんだけどねェ」











六対の視線を一心に浴びて、飄々と言ってのけたのは、八剣右近である。


この人物に言いたいことは多々あれど、この状況でそれらをぶち撒けるのは抵抗がある。
先日の拳武館との闘いは既に幕が引かれ、人それぞれに遺恨は残れど、取り敢えずは解決したのだ。
それを此処で、あの闘いとは全く関係のないこの平和な場所で、蒸し返す訳にはいかない。

よって学生達に出来る事は、この場に恐らく最も不似合いと思しき人物へ、白い目を向ける事だけだった。






「馴染みのラーメン屋なんだって? 今度俺にも紹介してよ、京ちゃん」
「絶対断わる」






八剣の言葉に、京一は低い声音ではっきりきっぱりと答えた。
けんもほろろな京一の態度に、八剣は特に気に障った様子もなく、肩を竦めて見せるだけ。
京一の反応など最初から予想済みだったのだろう。






「京ちゃんが気に入ってるなら、美味しいんだろうね」
「美味いぜ。美味ェけどお前にゃ絶対教えねェ」
「いいよ、勝手について行くからさ」






ミシ、と京一の手の中でグラスが軋んだ音を立てた。
此処で破壊行動は流石に慎みたいのだろう(以前、ソファと銅像を真っ二つにしたが)、グラスが割れる事はなかった。

しかし京一の心情の荒れ具合が如何程のものか、醍醐達は重々承知している。



わなわなと肩を震わせる京一に、学校での爆発再来かと醍醐が危惧した時だ。
いつの間にか京一の隣の席に腰を落ち着かせていた龍麻が、くしゃりと京一の頭を撫でた。







「……何してんだ、龍麻」
「なんとなく?」
「疑問系で言うな」







マイペースに京一の頭を撫でる龍麻に、一先ず醍醐達は安心した。
龍麻の唐突な行動には毎回意味を察し兼ねるが、京一の暴走行動を止められるのも龍麻だけだ。

軋んだ音を立てていた京一のグラスは、もう彼の手の中で何事もなかったかのように鎮座している。
カウンターに立てかけられた木刀も、太刀袋に入ったままで変わらず其処に置かれていた。
動いたのは龍麻だけで、他は誰一人として、変化していない。



京一は胡乱げに龍麻を見遣ったものの、撫でる手を好きにさせた。
一週間前の学校でも、同じような事をしていた気がする。







「ねぇ、京一」
「あん?」






撫でる手をそのままに呼んだ親友に、京一は振り返らずに返事をする。







「今日は此処に泊まるの?」
「……ああ、そうだな」






約10日振りに此処に戻って来たのだ。
心配もかけたし、彼女たちも寂しかったと言うし、今日は此処に泊まった方が良い。

京一が泊まると聞いてか、アンジー達が嬉しそうな声を上げた。
其処まで自分の来訪を心待ちにされていた事が、照れ臭いような、恥ずかしいような――――。
頭をがしがしと掻いて、京一はグラスのウーロン茶を飲み干した。


それから、龍麻が少しだけ寂しげな表情を浮かべている事に気付く。



学校を出る時、昨日・一昨日と同じように、龍麻は今日も家に泊まるだろうと聞いてきた。
自分はそれに頷いて、それがすっかり当たり前になっていた。

龍麻は人と一緒にいるのが好きらしいから、10日振りに一人の家に帰るのが寂しいのだろうか。




寂しげな親友に何かを言おうとして、京一は結局何も言わなかった。
優しいだけの慰めの言葉なんて持ち合わせていないし、クラブに泊まるのを撤回できる空気でもない。

差し出された苺牛乳に口をつけて、龍麻は小さく微笑んだ。
大丈夫だよ、と言っているような表情に、なんだか余計にバツが悪くなる気がする京一だ。
何も言わずに笑っているから、真意を量り兼ねてしまう。





京一はまた頭を掻いた。







「あー……龍麻」
「なに?」







呼べばいつもと同じトーンで返事をする。







「お前も、泊ま」
「心配しなくても、京ちゃんは俺が面倒見るから大丈夫だよ?」
「何当たり前の面して割り込んでんだ、てめェッ!!」







台詞の途中で割り込んできた八剣に、京一は即座に木刀を振った。
しかし、腕の力だけで振り下ろされた木刀は、力が足りずに八剣の腕に止められる。
呆気なく受け止められたのが余計に腹が立って、京一は力任せに八剣の腕を押し返した。

その間にも八剣は平然とした様子で、龍麻に顔を向ける。
龍麻は京一を前にしていた時の寂しげな表情などすっかり消え、無言で八剣を見返していた。
特筆するような感情の浮かんでいない瞳は、逆に空恐ろしさを感じさせる。






「八剣君も此処に泊まってるの?」
「二週間ほど前からね」
「この前、京一が泊まった時も此処にいたの?」
「ああ」
「ふーん……」
「おいコラ、無視すんなッ!!」







木刀を止められていた京一が、椅子に座ったまま八剣に蹴りを放つ。
八剣はスイと身を引いてそれを避けると、緩やかな笑みを浮かべて京一に向かい合う。







「ああ、ごめんね、京ちゃん。寂しかったのかな?」
「……マジに頭カチ割るぞ、てめェ……」






忌々しげに呟く京一は、殆ど椅子から腰を浮かせている。
完全な臨戦態勢に入っていた。


遠巻きに見ている葵達は、今にも京一がキレそうなのを心配そうに見ている。






「大丈夫かしら、京一君……」
「思い切り挑発されてるね」
「また暴れ兼ねないな…」





世話になっているクラブに迷惑をかけたくないと思っていても、何せ京一だ。
我慢の限界が来れば、此処が何処だろうと木刀を振うだろう。






「――――あの、皆さんは心配じゃないんですか?」






場違いなほどに微笑ましげに京一を見守るアンジー達に、葵は問い掛ける。






「アラ、心配なんてしてないわよ。前もこんな感じだったし」
「京ちゃんが素直じゃないのは、昔からだしねェ」
「……そんな問題かなァ、これ……」






小蒔の呟きは、誰にも聞こえていない。

アンジー達は京一を微笑ましげに見守り、京一は八剣を睨み、八剣はそんな京一を楽しそうに見つめ返す。
ビッグママは忙しげにグラスを片付け、龍麻は苺牛乳を飲みながら成り行きを見守っている。
葵、小蒔、醍醐が何を言ったところで、誰も気にする事はないと言う事だ。



いつ破裂するかも判らない空気が続く。

八剣が一言でも何か言えば、確実にそれは京一の神経を逆撫でするだろう。
その瞬間に京一の木刀が、あらん限りの力を持って振われるのは想像に難くない。






しかし、それを打破したのは八剣でも京一でもなく、苺牛乳を飲み干して満足そうに笑う龍麻だった。








「京一」
「――――あ!?」







刺々しい雰囲気を纏ったまま、京一は龍麻を睨む。
いや、見ただけだったのだが、苛立ちで目が釣りあがって睨んでいる形になってしまっただけだ。

龍麻はそれを気にする事無く、京一を見て微笑み、









「今日、僕も此処に泊まっていいかな?」









穏やかに告げられた言葉に、一瞬、店内が静かになる。
張り詰めた空気には全くそぐわぬ声色であったからだろう。
この状況でそれを言うのか、と言うような。



周囲の視線も気にせず、龍麻は京一だけを見つめて、皆が見慣れたいつもの笑みを浮かべている。
ふわふわとした、何処か掴み所のない、見ていると安心できる気がする笑顔。

この10日間、京一が毎日見ていた、龍麻の笑顔。


寂しげな笑顔よりも、ずっと気に入っている表情。




気が削がれた。
京一は木刀を下ろすと、椅子に座りなおした。







「そういうのは、オレじゃなくてビッグママに聞けよ」







嫌なら嫌とはっきり言うのが京一だ。
言わなかったと言う事は、許容されていると言う事。



それまでピリピリとささくれ立っていた京一の纏う空気が、僅かであるが緩む。
一触即発かと思われていた店内に、常の穏やかさが戻って来た。

ホッと息を吐いたのは葵、小蒔、醍醐の三人で、アンジー達は龍麻の宿泊希望を諸手で喜んでいる。






その傍ら。









「ずるいねェ」
「そう?」









八剣の呟きに、龍麻は笑みを浮かべるだけだった。















お互い牽制しあいで、ゆっくり話も出来やしない。

Where is this cat's house? --- After







梅雨でもないのに降り続いた雨は、最初に降り始めた日から、数えて四日後にようやく天道を下界に晒した。
数日間、都心を覆いつくしていた暗雲は、たった一晩の内に、随分と遠くに流れたらしい。

アスファルトの上には、あちこちに大きな水溜りが残っている。
雨の中では陰鬱さを助長させるだけだった其処に、青空が綺麗に映り込んでいた。
それだけで全く違う印象を覚えるのだから、人間とは現金なものだ。




――――――あの日、濡れ鼠とも呼べる風体で寮に帰った八剣に、鉢合わせた壬生は見るからに怪訝そうな顔をした。
傘はどうした、と言うから、失くしてね、と答えると、呆れたと言わんばかりに溜め息を隠しもしなかった。

大雨の中に出て行く時には、誰でもそれなりに準備をしているだろう。
傘でなくても、その身を雨から守る術は確保していく筈である。
出先で失くしたとしても、何も打開策も使わずにズブ濡れで帰って来るのは、愚か者と言って相違ない。


何より、八剣らしくないと壬生は思ったのだろう。
あの番傘は、それなりに気に入っていた代物であった筈だから。



けれども八剣は気にする事はなかった。
気に入っていたとは言え、あの日の己の行動を今更振り返ってどうこう思う事はない。





空を見上げて、あの仔猫はどうしたかな、と八剣はふと思った時だった。







コツン、とベランダの方から音がした。






カーテンを引いていた為に、其処に何があるのかは見えなかった。
しかし外界からの光を受けた布地には、くっきりと人影が映っている。
それが何か確認するよりも早く、その影はベランダの柵を乗り越えて消えてしまった。


八剣は眉根を寄せて、ベランダに近付くと、カーテンを開けた。








「――――――――律儀だね」








呟きと同時に、笑みが漏れたのは自然なことだった。
誰に聞いて此処に辿り着いたのか知らないが、そんな事は如何でも良かった。



ベランダの柵に立てかけられていたのは、あの日失くした、番傘。

あげるって言ったのにね、と思いながら、ベランダに続くガラス戸を開ける。
手に取ってみれば、やはり、手に馴染んだ漆の感触。











ぱしゃんと水の跳ねる音が聞こえて、八剣は柵の向こうに目を向ける。


駆けて行く背中が、その姿を隠しもせずに晒し、寮の門口へと向かっていた。














最後の京一が書きたかっただけ、とも言えるような(汗)。
借りた傘を、礼も言わなきゃ顔も合わせず、勝手に返して勝手に帰る京一。
色々恥ずかしくかったんですよ、情けないトコ見せたとかそういうのも。

この日から、京一が八剣宅に押しかけるようになります。
八剣は拳武館の寮に住んでるとか、そんな感じ。だから壬生と鉢合わせ。