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ふわふわ もこもこ
しろとくろ
【Ailuropoda melanoleuca】
テレビの動物番組で、パンダの特集をやっていた。
その度、いつも動物番組なんて露程の興味を示さない息子が、食い入るように見入ってテレビ前から離れない。
日中に稽古をして、夕飯を終えた後、番組が始まる前からテレビ前でスタンバイする念の入れようだ。
物心着く以前でも、動物図鑑のパンダのページばかり開いて熱心に見詰めていたし、お気に入りの絵本も殆どがパンダが主人公になった話。
じっとしているのが苦手な子供なのに、パンダの絵を見ている時は大人しい。
ぐずって泣き止まない時には、パンダの絵で泣き止ませていた時期もある程だ。
だから、息子がパンダが好きである事は、家族によく知られていた。
どうにも素直でないから、好きか嫌いか本人に聞いても、「別に…」なんて答えが返ってくるのだが。
そんな訳で、今日も今日とて、息子は動物番組に見入っている。
カーペットの上に座り込んで、何も言わずに、夢中で。
その隣に並んでテレビを見ている娘の方は、見たい番組が見れなくて拗ねていた――――そう、過去形だ。
此方も決して動物嫌いではないし、子猫や子犬を見るのは好きだから、その内一緒になってじっと見ているようになった。
見たいと言っていた裏番組は録画してあるから、後で姉弟喧嘩が始まる事もないだろう。
画面の中でパンダの姿が映る度、息子は前のめりになる。
シーンが切り替わると元に戻る、この繰り返し。
時刻はもう直ぐ夜八時。
そろそろ風呂に入らせようかと母が呟くが、息子は梃子でも動きそうにないし、娘の方もテレビに夢中。
二時間のスペシャル枠で放送されているこの番組は、終わるまで後一時間ある。
一分あるかないかのCMの時間で入らせるなんて、とんだカラスの行水に終わってしまう。
録画もしていないから、此処で無理にテレビ前から離したら、娘はともかく息子は間違いなく癇癪を起こすだろう。
結局母の希望は叶わず、父母と姉弟と家族四人揃ってテレビを見て過ごす。
もこもこのぬいぐるみのような白黒が、画面の中でぴょこぴょこ動く。
他のパンダよりもずっとずっと小さなそれは、約半年前に生まれた子供だと言う。
『――――動物園では、来月の一日から、この子パンダの展示を始める予定です』
ナレーションがそう告げた直後、息子の肩がピクッと跳ねた。
ずりずりと、カーペットに座ったままで前に進む。
小学生の息子と娘は、もう直ぐ春休みに入る。
番組で紹介されたパンダがいる動物園は、此処から電車を乗り継いでいけば一時間程度で着く。
息子が普段欲しがるものと言ったら、食べ物関係ばかりだ。
物欲に関して言うと、学校の友達の間で何か流行があっても、当人は特に興味を示さないことが多い。
強請るものは大体、気になるお菓子があったりだとか、稽古の後の空腹で母にちょっとだけつまみ食いだとかだ。
好きな事や物は何かと聞かれると、息子は躊躇わずに「剣」と答える。
ただ一心にそれに打ち込んで、脇目も振らない。
そんな息子が、剣術以外で最も興味を示すもの。
それが、ふわふわでもこもこの、ぬいぐるみみたいな白黒だった。
入園チケットを切って貰って園内に入った途端、京一は母親の手をぐいぐいと引っ張った。
チケットを買っている間さえ待ちきれない様子で、早く早くと母を急かしていた京一。
二歳年上の姉から「恥ずかしいから静かにしてなさい」と怒られても、お構いなしだ。
まぁ、その姉の方も、待ち遠しそうにうずうずしていたのだけれど。
放って置いたら一人で広い園内を駆け回って迷子になりそうだったので、絶対に手を繋いでいる事を約束させた。
目当ての場所に早く行きたい京一は焦れたが、それが出来ないなら帰るぞと言われ、渋々母と手を繋いだ。
父と、その父と手を繋いでいる姉の事はすっかり放って、京一は走る。
引っ張られる母は危ないわよと言うが、息子はまるで聞いていない。
その背中を見る姉は、子供なんだからと呆れた風に呟いた。
そんな娘に、いつの時代でも女の方がマセるもんなんだなと、父は内心で一人ごちた。
京一が見たがっているのは、ただ一つ。
ふわふわでもこもこの白黒―――――パンダだ。
少し前のテレビ番組で見たパンダ。
あの時、特集に組まれていた子供のパンダが、最近公開された。
ニュースでも公開された子パンダに、京一は興味津々だった。
それを見た父が、動物園に行くことを遠回しな言い方(そうでなければ、「興味ない」なんて言いかねないのだ。本当は行きたいくせに)で誘えば、案の定息子は頷いた。
その約束をした日から、京一はずっと行ける日を首を長くして待っていた。
カレンダーに、姉が持っていた光るラメ入りの赤ペンで丸印をつけた位だ。
前日は興奮して中々寝れず、かと思ったら今朝は一番に起きていた。
日課の稽古も浮き足立った精神でまともに出来る訳もなく、フヌケんなと父に思い切り叩かれた。
いつもだったら不貞腐れそうな扱き方をした父だったが、今日は全く上機嫌。
朝食が済んだら、「まだ行かねェの」「いつ出んの?」とずっと母に言っていた。
母が家事を一通り済ませて、ようやく行けるとなったら、京一はやっぱり一番に玄関を飛び出した。
それから最寄駅に行って、電車に乗って、動物園の最寄駅に到着して―――――その間、京一はちっとも落ち着かなかった。
待ちに待ったパンダ。
大好きなパンダが見れる。
それも、本物のを間近で!
京一はすっかりテンションが上がっていた。
パンダの展示場所に行くまでにも、色鮮やかな羽を持った鳥や、両の手足が胴より長い猿がいるのに、全く止まらない。
京一が見たいのはパンダだけなのだ。
置いてけぼりを食らった姉が待ってと叫んでも、京一は止まらなかった。
姉は結局父に抱きかかえられて、弟と引っ張られる母を追う。
山の中に作られた動物園だから、ルートの殆どは坂になっている。
でも、そんなものがなんだと言うのだ、京一には何の障害にもならない。
母の方は少々応えているのだが――――生憎、京一の頭の中は白黒のもこもこで一杯だ。
周りなんて見る余裕はない。
それ位、京一はパンダを楽しみにしていた―――――のだけど。
パンダの展示室に着いた途端、京一はぴたりと立ち止まった。
同じように母も傍らで足を止め、中の様子に眉尻を下げる。
「おぅ、どうした?」
追い着いた父が背中に声をかけると、母が肩越しに振り替えし、展示室を指差す。
娘を抱えたままで父が中を伺うと、ああ成る程と納得した。
展示室のガラスの前には、人、人、人。
京一と同じか、それより小さな子供達が張り付いて離れない。
子供の後ろでは親やカップルがカメラを構えて止まっていて、観覧の流れが完全に止まっている。
警備の人が「立ち止まらないで下さい」と声をかけるが、まるで聞こえていない様子だ。
京一達の後から来た家族連れやカップルも、同じように足を止める。
それから此処は駄目だと、くるり踵を返して次の順路へ向かい始めた。
「…まぁ、仕方ねェな」
「…………」
母の手を握ったまま、俯いてしまった息子の頭を、父がくしゃくしゃに撫でる。
その父の腕の中に抱かれている娘も、少し残念そうな顔をした。
パンダの人気は、何処の動物園でもかなり上位に入る。
此処の動物園は、特にこのパンダを売りにして、尚且つ今は生後半年の小さな子パンダもいるのだ。
皆これを目当てに来るのだ。
楽しみにしているのは、京一一人ではない。
「他の所に行こうぜ。時間が経てば、もう少し落ち着くだろう」
父に促されて、母はそうねと苦笑いする。
なんとか割って入って見る事は出来るかも知れないが、やっぱり危ない。
まだまだ人は増えそうで、押し合いへし合いでゆっくり見れる訳がない。
だが母が手を引いても、京一は中々其処から動こうとしなかった。
「京一、行くぞ」
「………」
「見ないって言ってんじゃねェんだ。後でまた来るんだよ」
父に言われて顔を上げた京一は、口をヘの字に曲げていた。
今見たいんだと言わんばかりだ。
でも見たくても見れない状態なのも判っている。
仕方なく、母が息子を抱き上げて、ようやくその場を離れる。
それから、レッサーパンダを見て。
トラを見て、ライオンを見て、ゾウを見て。
ゴリラも見て、サルも見て。
ワニを見て、カメも見て、カメレオンも見て。
ネズミと思えないくらい大きなネズミも見たし。
ふれあいコーナーでヤギも触ったし、羊も触った。
夜行性の動物の展示室では、娘が怖がって泣いた。
大きな馬、小さな馬、中くらいの馬。
昼食は休憩所で採った。
動物の顔を象った皿に盛られたカレーを、京一は綺麗に食べ切った。
食べたら直ぐに先に行きたがる子供達に、両親はゆっくり休む暇なく苦笑しながら歩き出す。
殆ど動かない大きいウサギ、ぴょこぴょこ動く小さいウサギ。
ツンツン尖ったハリネズミ、跳ねるみたいに歩くネズミ。
池ではカモが子供と一緒に行進する。
シロクマが水の中に飛び込んで、大きな水柱が上がる。
よちよち歩くペンギンが、娘はすっかり気に入った。
京一はアシカの餌やり体験に参加して、怖がる様子もなくアシカに触っていた。
楽しかった。
楽しめた。
触れる動物には触ったし。
参加できるものは参加したし。
見れるイベントは全部見たし。
楽しかった。
………楽しかったのだけど。
大都会の真ん中にある動物園だが、広さはかなりのものがある。
ゆっくりじっくり、全部を見回ったら軽く半日が過ぎてしまう。
そうして全てを、ようやく見終わって―――――もう一度、あのパンダの展示室へ来たのだけれど。
「………減ってねェな」
呟いた父の傍らにいるのは、息子一人。
妻は、歩き疲れてしまった娘と一緒に休憩所で待っている。
最初に此処に来てから、かなり時間が経っている筈なのに、パンダを見ている人の数は変わらない。
人垣の騒がしさは幾らか落ち着いてはいるが、ぱっと見た全体の数は、あまり減っていなかった。
家族連れのピークは過ぎたのか、子供の姿は殆ど見えない。
代わりにカップルや写真家らしき大人達がいて、完全にガラス前を占領していた。
進んで下さいと警備員が言うと、数人は出て行くものの、直ぐに隙間が埋まってしまって京一が滑り込めるような場所はない。
無理に入れば、大人だらけの今だから、尚更小さな子供は潰されてしまいそうだ。
父が京一を肩車しても、果たして見えるだろうか。
人垣はそこそこの厚みがあって、パンダは低い場所にいるらしく、おまけに写真だけでも撮ろうとしている者もいるようで、それらは手を上げてカメラを高く掲げて構えている。
子供が動かないより性質が悪いなと、ハードルが上がり過ぎている光景に、父は溜息を吐いた。
「おい京一、どうすんだ」
もう一度パンダのとこ行くか、と。
先刻そう言った時は、嬉しそうに瞳を輝かせていた息子。
今はすっかり意気消沈して、真一文字に口を噤んで、崩れない人垣を見ている。
楽しみにしていた筈だ。
多分、此処で夢中になってカメラを構えている大人達よりも、ずっと。
さっき見れなかったから、尚の事。
人垣を見る瞳が、泣き出しそうに揺れているのは気の所為ではないだろう。
素直じゃなし、幼心にプライドが赦さないから、泣く事はないだろうけど。
コツン、と父は京一の頭を小突いた。
「どうすんだ。此処で突っ立ってても見れねェぞ」
「…………」
「それとも、もう帰ンのか」
ぶんぶん。
頭が横に振れた。
見たい。
でも見れない、見えない。
今じゃなくても見れる機会はある、家から此処までは片道一時間だ。
子供の京一には決して短い距離ではないが、絶対に来れないと言う程でもない。
時間の折が合えば、父でも母でも、また連れて来て貰えるだろう。
でも、今見たい。
見えないけど、今、見たい。
くしゃり、大きな手のひらが京一の頭を撫でる。
その手が京一の手を掴んで、展示室の端へと引っ張った。
壁に背中を預ける父の横で、京一はしゃがみ込んで人垣が減るのを待つ。
ふわふわのもこもこ。
ぬいぐるみみたいな白と黒。
一度でいいから、本物が見てみたかった。
ふわふわのもこもこ。
ぬいぐるみみたいな白と黒。
抱きついたら、どんなに気持ち良いだろう。
触れないのは判っている、でももしも触れたら。
どんなにあったかいだろう。
ふわふわ、もこもこ。
すぐそこにいるのに、見れない。
そう思っていたら、突然体が宙に浮いた。
子猫が捕まえられるみたいに、シャツの後ろ襟を父に掴まれて。
足が地面に着かない不安定さに京一はひっくり返った声を上げたが、父は下ろしてくれなかった。
スタスタ歩いて、その度京一は揺れて、呆然としていたら視界が人の足や服で埋まった。
数歩歩いて父が立ち止まり、京一は地面に下ろされる。
急にぶら下げられて急に下ろされて、頭が現状について行かず、足が少しふらついた。
お陰で丁度頭の高さにあった手摺りに額をぶつけて、痛くて蹲る。
なんなんだよ、と説明も詫びもしてくれない父に頬を膨らませていたら。
ぬ、と目の前に現れた、白と黒。
「わ、」
京一の視界全部を埋め尽くす、白と黒。
ふわふわのもこもこの、白と黒。
「………ぱんだ、」
ずっとずっと見たかった。
ずっとずっと待っていた。
ふわふわのもこもこの白黒。
京一が蹲ったまま動かずにいると、目の前の白黒も動かなかった。
まるで京一の事をじっと見つめているかのよう。
ずっと見詰める京一を、同じように。
そろそろ手を伸ばしてガラスに触れてみると、分厚い透明な壁の向こうでパンダが前足を持ち上げた。
ガラスに前足をぺたりと乗せて、まるで京一と大きさ比べをするように手を合わせる。
パンダの前足は、幼い京一の手よりもずっと大きい。
透明なガラスにぺたりと触れた肉球の形を指でなぞって見ると、パンダは前足で何度かガラスを叩く仕草をして見せた。
それが嬉しくてガラスに両手をつけたら、鼻先で匂いを嗅いでくる。
大きなパンダの横からひょこり、小さな白黒が顔を出した。
京一があの日テレビで見ていた子パンダだ。
テレビで見た姿よりも、少し丸くなってコロコロしている。
小さなパンダは、大きなパンダよりも、もっとぬいぐるみみたいだった。
抱っこして頬摺りしたい位。
大きなパンダがのっそり後ろを向いた。
「あ、」
「お帰りだな」
名残惜しげにガラスに食い入る京一を、父が少し強引に抱き上げた。
俺達も帰るぞ、と耳元で言うのが聞こえる。
上に上っていく京一を、小さなパンダが見上げていた。
大きなパンダが戻ってきて、子パンダの背中を鼻先でつついて。
大きなパンダがまた後ろを向くと、子パンダも振り返って、親の後を着いて行く。
父が展示室を出て行くまで、京一は父の肩越しにその様子をじっと見ていた。
そして、京一が展示室を出る間際。
小さなパンダがくるり、振り返って。
(―――――――目、合った)
……それは、気の所為だったかも知れない。
たまたまパンダの頭がこっちを向いていただけかも。
でもこっちを見ていたんだと、京一は思った。
ふわふわしていて、もこもこで。
大きなぬいぐるみみたいな、白と黒。
ずっとずっと、一度でいいから見たかった。
見れた。
見れた。
あんなに近くで、目の前で。
嬉しくて嬉しくて、顔がにやける。
父がだらしねェ面してるぞ、と言った。
ほっとけと言ったけど、別に腹は立たなかった。
休憩所に行くと、母が眠った娘を負ぶって待っていた。
珍しく父に抱えられて機嫌が良さそうな息子に、母の顔が綻ぶ。
休憩所にある土産コーナーで、キーホルダーやコップを買った。
息子に釣られたように機嫌の良い父も、奮発すると言って大きなパンダのぬいぐるみを買った。
それを持ってろと渡された時、息子は少し赤い顔をしたが、突っぱねる事はしなかった。
帰りの電車の中で、息子は父に寄り掛かって夢路に着いた。
その腕の中に、綺麗にラッピングされたパンダのぬいぐるみを抱いて。
明日から多分、
ふわふわのもこもこに顔を埋める子供の姿があるのだろう。
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独自設定全開。
だって京一がパンダパンツなんか履いてるから!!(なんだその理由)
この話の京一は、多分まだ小学校低学年だと思います。
そんな小さい京ちゃんがパンダに顔埋めてるトコ想像したら、物凄い萌えて悶えたんです。
ぬいぐるみ抱っこして寝てる子供って可愛いですよね~v
タイトル【Ailuropoda melanoleuca】はジャイアントの学名です。
身分違いの恋で10のお題 / キミに捧ぐ10題 / 5つのキミとボクとのオヤクソク / 言葉片~pieces~ / ひらがなで10のお題
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身分違いの恋で10のお題
お題元 Cosmos
隊長×(←)仔さの。
01 近いけれど遠い存在
02 相容れることは認められない
03 二人の秘密の場所で
04 お互いのことは承知のつもり
05 身分を弁えていないのはどっち
06 引き裂かれる運命
07 手に入れることなど出来ない
08 常に離れていて不安ばかりが募って
09 いつまで一緒にいられるのだろう
10 手は繋げども婚姻の縁はつなげない
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キミに捧ぐ10題
お題元 ハナウタ
隊長×(←)仔さの。
01 キミが欲しいと言った未来
02 全部全部キミの所為
03 キミのいない世界なんて
04 キミを攫って何処か遠くへ
05 キミに届けばいいと思う
06 キミが足りない
07 キミの笑顔
08 キミがいなくちゃつまんない
09 もしもキミが望むなら
10 キミとボク
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5つのキミとボクとのオヤクソク
お題元 ハナウタ
隊長と仔猫さの。
01 紙に包んで捨てましょう
02 できるだけ早くお召し上がり下さい
03 ゴミとして廃棄してください
04 リサイクルにご協力を
05 お手を触れないで下さい
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言葉片~pieces~
お題元 E*STYLE
主に赤報隊時代。時々喧嘩屋。東谷家も。
壁に耳あり障子に目あり
さよならが痛いんじゃないの
死待ち蝶
両手に抱えられるだけの花
夏の羽、束ねて
影送り
出来損ないの翼
同じ月を見てる
アマデウス
星間距離
意地っ張りウォーズ
光みたいだ
いつかの約束
嫌いになれたら良かったのに
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ひらがなで10のお題
お題元 無題生命
主に赤報隊時代。左之助単品も。
01 いく
02 かい
03 め
04 けん
05 さける
06 し
07 あいとう
08 み
09 てんとう
10 あい
誰も、本人さえも知らないところで、それは感じられるものなのだ。
ぶっきらぼうに突き放す言動を取っても、茶化すような台詞を業と選んでぶつける時も。
其処にどんな感情があるのかは、当事者達が一番よく判っている。
自覚のあるなしに関わらず。
だから左之助は父を嫌いにはならないし、上下ェ門も息子を放って置く事はないのだ。
お互いがお互いに罵詈雑言をぶつけ合おうとも。
今日も今日とて、親子は派手な喧嘩をした。
原因は、父が息子の饅頭を食った、というものである。
食った食ってないと口論から始まり、互いに気の短い親子はほぼ同時に手が出た。
傍で一部始終を見ていた右喜から話を聞いた母・菜々芽は、呆れるしかない。
左之助は今年で八歳になった。
体は少々小柄だが、馬鹿力と打たれ強さは父譲りだ。
上下ェ門は大柄だ。
畑仕事に精を出す彼の体躯は、無駄のない筋肉で引き締まっている。
喧嘩も滅法強い、荒事があると漏れなく呼ばれて行く位に。
そんな二人が下らない理由で本気の喧嘩を始めるのだ。
多い時は日に何度も。
その度、妹の右喜は大きな声を上げて泣く。
……菜々芽が呆れるのも無理はない。
そして親子喧嘩の制裁に雷が落ちるのも。
「いい加減にしな、二人とも! 飯抜きにするよ!!」
互いの罵声すら聞こえなくなるほどの母の怒号に、父子はピタリと制止する。
左之助は育ち盛りでよく食べる。
駆け回るから燃費も悪い。
上下ェ門は畑仕事から戻ってきたばかりで、空腹だ。
お互い飯抜きになって、空きっ腹を抱えて寝るのは嫌だから、喧嘩はそれでお開きになった。
しかし顔を見ていれば苛立ちが蘇るのか、左之助は遊びに行くと行って家を出た。
右喜がすぐさまそれに着いて行って、家には夫婦二人が残される。
「なんだって、すぐ喧嘩するんだか……」
溜息交じりに呟く菜々芽には、全く判らない。
そんな妻に上下ェ門は、煙管を吹かしながら、
「根性つけてやってんだよ」
「もっとましなやり方があるでしょう」
「手っ取り早いじゃねェか」
堂々と言ってのける夫に、菜々芽は目を細める。
「だからって毎日毎日、下らない理由で喧嘩されちゃ溜まったものじゃないわ」
じわりと滲んだ怒気の雰囲気に、上下ェ門は両手を挙げて降参。
腕っ節で知られる男も、愛する妻には中々頭が上がらなかった。
息子は外でしょっちゅう喧嘩をする。
子供の喧嘩ではあるが、母としては放って置けるものではない。
子供とは言え男の喧嘩、そろそろ力も付いてきて、何が起きるか判らないのだ。
その上家では父と本気の喧嘩をして、互いに本気で応酬するのだから、菜々芽も流石に頭が痛い。
大人である筈の父親が吹っ掛けて、左之助の返しに先に堪忍袋の緒を切らせる事もあるから、尚更。
息子が元気である事は良い。
娘も同じ、よく泣くけれどめげずに兄の後ろをついて回る。
夫は無頼漢でも畑仕事はちゃんとこなす、だから一日の食事もなんとか得る事が出来る。
……これで喧嘩さえなかったら。
一家を内から支える身として、菜々芽はそう思わずにはいられない。
――――――でも。
(判ってる)
茶化すでも、怒るでも。
下らない理由の喧嘩でも。
其処にちゃんと、不器用な夫の愛情があること。
息子が、自覚はないかも知れないけれど、ちゃんとそれを感じている事。
喧嘩をしながら、お互いちゃんと好きあっていること。
言えば間違いなく、そんな気持ち悪ィ事あるもんかと、声を揃えて言うのだろうけど。
守り、包み、慈しむのが母の愛だと言うのなら、
多分、逆をするのが父の愛なんだろうと思う。
自分自身の両足で、立って歩いていけるように。
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“愛”。
東谷一家がやっぱり好きです。
幼年期で書くと、央太が出せないのが残念ですが……
左之助はよく転ぶ。
別に運動神経が悪い訳ではない、どちらかと言えば良い方だ。
しかしそれ以上に足元不注意が過ぎるのか、焦ったりはしゃいだりして浮つくのか、よく転ぶ。
だから(と言っても、勿論それだけが理由ではないのだが)、左之助は生傷が絶えない。
大人しい性格で、基本的に無茶もしないようにしている克弘は、そんな幼馴染に呆れるしかない。
「お前って学習能力ないよな」
「なんでェ、急に」
「思ったこと言っただけだ」
今日も今日とて、何かに気を取られて歩いていた左之助は、坂道で体制を崩して派手に転んだ。
下り坂を転げ落ちていかなかったのは良かったが、砂利が多かったので膝を結構擦り剥いた。
その時には血も出ていなかったから手当ては後回しになった。
が、坂を下り終わって川辺で一休みしている間に、左之助はまた転んでしまい、同じ場所を石だらけの川辺で打ちつけた。
思わず悲鳴を上げるほどの痛みで蹲る左之助を、大人たちは手当てした方が良いと意見が一致。
それでも準隊士のオレの事なんか、と周りに休憩を促す左之助に、ならば同じ準隊士の克弘ならば良いだろうと言う事になり、克弘が左之助の足の手当てを施す事になった―――――いつものように。
克弘は左之助のお陰ですっかり慣れた手付きで、幼馴染の足を消毒する。
左之助も相手が克弘ならばと、大人しくそれを甘受していた。
その合間に、先の克弘の言である。
「どーいう意味でェ」
「そのままさ。鳥頭って事」
「誰が鳥だッ」
左之助は鳥扱いされると怒る。
普段、髪型と隊長の後ろをついて歩くことで、雛だ雛だと言われる所為だろうか。
左之助の怒鳴り声など、克弘にとって今更恐ろしくもなんともない。
「何度も何度も何度も何度も転んで、どうして転ぶのかとか考えないのか?」
「知るかよ。仕方ねェだろ、オレだって判んねェんだから」
「………お前が足元気を付けないからだろッ」
「気を付けたって転ぶんだよ!」
「気を付けてないだろ!」
手当てしていた左之助の足がぶんっと上がって、しかし克弘は寸での所でそれを避けた。
そのまま克弘は腰掛けていた石から離れ、左之助から距離を取る。
左之助は直ぐに立ち上がって、逃げた克弘を追い駆け始めた。
膝を擦り剥いた上に、つい先程この場で打ち付けた事など既に頭にない。
石詰めの川原の上をひょいひょい飛んで克弘を追う。
怪我の手当てをした筈なのに、いつの間にか追いかけっこを始めた子供達。
何事だと数人の隊士が見遣ったが、ああいつもの事かと直ぐに気にしなくなった。
追いかけっこは、そのまましばらくの間続いて。
「いって――――ッッ!!」
「またかよ! いい加減にしろよ、お前ーッ!」
そう言いながら、克弘は本日三度目の転倒をした幼馴染に、甲斐甲斐しく駆け寄るのだった。
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“転倒”です。
すっかりお世話係な克弘(笑)。
身一つあれば十分だ。
ボロボロの袋と。
ボロボロの服と。
ボロボロの拳と。
それだけあれば十分なんだ。
何も失うものなどないし、何も恐れるものなどない。
なくして悲しいものはあっても、全てを恨みたいと思う程の怨嗟もない。
過去には確かにあったけど。
今も確かに、消えた訳ではないけれど。
それでもボロボロのこの体一つあれば、何も恐れるものなどない。
貰ったものは捨てていない。
得たものも忘れてはいない。
でもそれらは皆、この目に見えないものばかり。
背中で背負って、重みに堪えながら歩き続けていくものばかり。
捨てない為には、忘れない為には、この身一つあればいい。
それはこの背に、
それは肩に、
それは腕に、
それは拳に、
己を形成するもの全てに結合されて消えはしない。
だから、この身一つあればいい。
失わない為に。
捨てない為に。
自分自身が消えない為に。
ボロボロの袋と。
ボロボロの服と。
歩き続ける為の足と。
打ち壊す為の拳と。
この背に背負った悪一文字。
それだけあれば十分だ。
全てはこの身の内にあるから。
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“身”。
熱い一面もあれば、ドライな所もあって、ストイックな事を言う事もあって。
時々凄く現実的な所があって、子供みたいに意地になる所があったりもして。
それが全部“左之助”だと思うと、この人の魅力は翳らないなぁと思います。