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翌日、隊士の半分以上は復帰したが、もう半分は伏せたまま。
調子は大分戻りはしたものの、出発するには至らない。
また東の空に暗雲が立ち込めており、このまま出れば数日前の二の舞になる。
数日間の滞在はこれで決定付けられ、隊士達もつかの間の急速に羽を伸ばす事となった。
しかし、左之助は相変わらず相楽の傍から離れる事はない。
今は刀持ちという役目もあって、堂々と一番近い場所にいられることが嬉しいのだ。
そんな左之助に、克浩が外に行こうと誘いをかけた。
「昨日の饅頭の他に、美味そうなもの見繕っておいたからな。一緒に買いに行こうぜ」
「いいけどよ、オレ金持ってねぇぞ」
「そんなの期待してないから安心しろ」
オレのおごりにしてやるよ、と胸を張る克浩。
タダで飯にありつけるというなら、断わる理由はない左之助だ。
昨日の饅頭は美味かったし、克浩と一緒に町に出るのも久しぶりだ。
刀持ちを任されてから、隊長の傍にいる時間が圧倒的に増え、当然外を出歩く機会も減った。
けれど常に傍にいなければならないという義務を課せられた訳でもない。
役目の名前と、自分が一緒にいたいという気持ちから、左之助は隊長と一緒にいたのだ。
そうしようかな、と気持ちは傾いた。
丁度その時、隊士の様子を見回りに行っていた相楽が部屋に戻って来た。
「うん? 二人とも、何処かに行くのか?」
「はい」
「そうか……それなら序に、頼みがあるんだが、良いか?」
「はい、なんですか?」
問うたのは克浩であった。
相楽は克浩に向き直り、懐から財布を取り出し、
「一人、こじらせた者がいてな。薬を買って来てもらいたいんだが、いいか?」
「はい!」
差し出された金銭を、克浩は両手で受け取り、しっかりと握った。
「頼んだぞ」
………それを見た瞬間、左之助の中で何かが弾けた。
「オレ、やっぱいい」
「左之助?」
俯いて呟かれた言葉に、相楽と克浩が瞠目する。
「オレ、寝てる!!」
「おい左之!」
言うなり踵を翻し、部屋の奥間へと引っ込んでしまう。
慌てて手を伸ばした克浩だったが、左之助の姿はすぐに障子戸に阻まれ見えなくなった。
障子戸の向こう側からは、どたばたと慌しい音がする。
朝餉の合間に仲居が綺麗に片付けてくれた蒲団を引っ張り出しているのだろう。
敷くなんて上等な事はきっとしていない、麻布に包まっているのが簡単に想像できた。
脱兎宜しく迅速な行動を取った左之助に、克浩はぽかんとしてしまう。
相楽もその隣で立ち尽くし、子供の消えた障子戸を見て呆然としていた。
「何か……気に障ることでもしたか…?」
一変した左之助の態度に、相楽が呟く。
すぐさま、克浩は首を横に振った。
「隊長の所為じゃありませんよ。なんか…その……気紛れですよ、きっと」
「………そんな子でもないと思うが……」
相楽の言葉に、克浩もそうは思うものの、それでは隊長に対して失礼だ。
それならばまだ猫の気紛れのようなものだと思った方が良い。
第一、誰よりも相楽に心酔している左之助が、その人物の行いに腹を立てる筈がない。
理由も告げずに約束を反故にした左之助に、克浩は小さく溜め息を吐く。
きっと刀持ちだから、隊長から離れる訳にはいかないとか……そんな所だ、多分。
いつもの隊長一直線の、延長みたいなものなんだと、克浩はそう思う事にした。
そうでも思っていないと、やっていられなかった。
そう思っていれば、左之助が自分と行動するのを嫌がったのではないと考えられる。
左之助の隊長への心酔振りは、克浩が赤報隊に入った頃からずっとだし、今更自分が越えられるものでもない。
一緒に出掛けられないのは残念だけど、何も今日がなかったら次がないとまで言う訳ではないのだし……。
隣に立つ隊長を見上げ、克浩は少しだけ、この人物が羨ましくて疎ましかった。
この人の事は尊敬しているし、大好きだけれど――――好きだと言う気持ちは、左之助に向かう気持ちの方が大きい。
克浩がどんなに左之助と一緒にいたいと望んでも、左之助の一番になりたいと思っても。
出逢った時から左之助は隊長を追い駆けていて、それ以上の存在なんていなかった。
そしてこれからもずっと、それは変わらないのだろうと、幼くても判り切ってしまっていたから。
手渡されていた金銭を握り締めて、外に向かう事にする。
「克浩?」
「オレは町に行ってきます。今日は隊長の分も買ってきますね」
「……そうか」
だから、左之はお願いします。
見上げる瞳にその言葉を確りと汲み取って、相楽は小さく頷いた。
それに克浩は珍しく、にっこりと笑って、その場を後にした。
走っていくその背中を見送り、相楽はさてどうしたものか―――、と嘆息一つ。
相楽が部屋に戻って来た時、左之助はいつも通りだった筈だ。
克浩と左之助が仲が良いのは喜ばしいことだし、二人が一緒に町に出ることも良いことだ。
特に左之助の方は、活発で外遊びを好むように見えるものの、中々相楽から離れようとしない。
慕われることに悪い気はしないのだが、左之助の世界が狭くなってしまわないか、相楽はそれが心配だった。
だから左之助が外に出掛けようとしていたのなら、喜んで送り出す。
ちょっとした頼み事を理由につけて、お駄賃を持たせて町に出す。
その時、克浩が一緒にいるなら、相楽としても安心できた。
口より先に手が出る左之助が突っ走ってしまわないよう、引き止める者がちゃんといるから。
最近は特に離れようとしない左之助が、久しぶりに外に行こうとしていたから、
いつものように頼み事をして、今回は二人分という事で少し多めに駄賃を手渡して―――――
それから、左之助が急に行かないと言い出した。
頭を掻いて、相楽は部屋に入る。
障子戸に近付くと、その向こうで小さな気配はまるで存在を殺すように静かだった。
また、左之助らしくない。
「左之助、少し良いか」
戸を開けてみれば予想通り、敷きもしていない布に包まった子供。
頭は覆い被さって、いつものツンツンのトリ頭も見えないのに、足は丸出し。
見事な頭隠して尻隠さず。
呼んで返事がなかったのも珍しい。
いつも元気良く返ってきたのに。
この数日、左之助は少し様子が可笑しかった。
此処で溜まりに溜まったものが爆発したのかも知れない。
負けん気が強いのは良い事だし、打たれ強いのだって悪い事ではない。
しかし、辛いことまで黙って飲み込んでしまおうとするのには、少々困りものである。
蹲る左之助の隣に腰を下ろすと、もぞもぞと布の塊が動く。
のっそりと起き上がった左之助は俯いていて、相楽からは表情が窺えなかった。
「良かったのか? 克浩と一緒に行かなくて」
「………すんませ……」
「謝るのなら私じゃなくて、克浩にだろう?」
「……………」
叱ったつもりはなかったのだが、今の左之助にはそう聞こえたらしく。
頭に被った布を手繰り寄せて、益々小さくなってしまった。
「別に怒っている訳じゃない。ただ、どうしてあんな事をしたのか聞きたいんだ」
なるべく優しい声音で言うと、左之助はそっと顔を持ち上げた。
「一度は行くって言ったんだろう。それを、何故行かないなんて言い出したんだ?」
「……………」
窺うように見上げてくる瞳を怯えさせないように。
少し屈んで、目線の高さを合わせて問い掛ける。
しかし、左之助は真一文字に口を噤んでいた。
どう言えば良いのか判らない、言って良いものかも判らない。
その言葉を代弁するかのように、大きな瞳の端に透明な水が浮かび上がる。
「…お前、最近何か考え込んでいるだろう」
「……………」
「判らない程、私はお前に無関心じゃないぞ」
「……たいちょ……」
布を取り払うと、縋るものをなくした手が不安げに彷徨った。
それを掴まえて、相楽は小さな身体を抱き寄せる。
子供の幼い体躯は、すっぽりと腕の中に収まった。
けれどもその体温はとても温かく、心地良く、相楽の芯まで染み渡っていく。
同じように、自分の体温が、この子供に伝わるのなら良いと思った。
突然抱き締められた左之助は、腕の中で硬直していた。
何が起きたのか、自分がどういう状況にいるのか、咄嗟に判断できずにいる。
少しの間を置いてから、自分が敬愛して止まない隊長に抱き締められている事に気付いた。
恐れ多いと慌てたのが相楽にも判ったが、遮二無二暴れようとはしなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう―――――……
腕の中で混乱状態の子供に相楽はこっそりと笑む。
沈んだ顔を見ているより、こっちの方がずっと良い。
「怒らないから、言ってごらん」
十にもなった子供に言うには、あまりに幼稚な言い方だったかも知れない。
けれども、張り詰めた左之助には、それが一番効いたらしかった。
ぽろ、と大粒の涙が零れて落ちる。
まだ柔らかい子供の手が相楽の服を掴み、皺を作った。
こんな大胆な事を相楽が赦すのは、この子供だけだ。
しゃくり上げ始めた背中をぽんぽんと軽く叩いてやる。
ひく、と喉を引き攣らせながら、左之助が口を開いた。
「た、いちょ……が……」
最初の第一声に、やはり自分が何かしたか、と相楽は考えた。
あの時自分が何をしたのか……行動は一つだけ。
「隊長、が…克……克にっ……」
「頼み事をしたのが厭だったのか?」
「違……そ、じゃなくて……ただ…っオレ……っ…!」
震える肩は一所懸命に言葉を探しているようで。
しゃくり上げて跳ねる肩を堪えようと、左之助はぎゅっと相楽の服を強く掴む。
「克…克、ばっかり…っ……頼んでて…オレ…」
「うん」
「オレだって…たいちょ、…っう、…うーっ……」
「うん」
「克ばっか…、役ン立ってて…っ……オレっ……」
口を開けばその分だけ、大粒の涙が零れ落ちる。
相楽の上掛けに水滴が落ちて染み込んでいったが、今の左之助にそれを気にする余裕はなかった。
引き攣って詰まりそうになる言葉を、一所懸命繋げていく。
相楽はそれを、頷きながら聞いていた。
「頼んだって…たいちょ…克にっ……」
「うん」
「オレ…オレだって……隊長の、役に…っ……」
詰まり詰まりに訴えられる言葉は、あまりに幼く、けれど必死な色を持っていた。
刀持ちになってから、隊長は克浩にばかり頼み事をしていて。
自分は刀持ちと言う役目を貰って、それはとても嬉しい事なのに。
誰より近くにいられるのに、その日以来、隊長から何か頼まれごとをされる事がなくなった。
傍にいさせて貰えるのは、何より嬉しいはずなのに、何より誇れる事なのに。
僅かばかりの駄賃を貰って、ほんのちょっと先にある店まで走る友達が羨ましくて。
一番近くで、刀持ちになって、一番傍にいられるのに。
これ以上を望むなんて図々しいと思うのに、気持ちばかりが募っていく。
隊長が、克浩に“頼んだ”と言った。
其処に他意はないし、特別深い意味がある訳でもない。
ほんの少し前までは、自分にも向けられていた言葉だった。
でも、左之助にとってはささやかでも、誇りになる言葉だった。
その言葉と一緒に頭を撫でて貰って、頼まれたものを忘れないように繰り返して、渡された小銭を握り締めて――――、
言われたものをきちんと買って、余った銭でほんの少し買い食いをして。
帰った時に、“ありがとう”と“よく出来たな”と頭を撫でて貰った時が、ささやかだけれど嬉しくて嬉しくて。
頼まれた事と、それがちゃんと出来た事と、褒めて貰えた事が嬉しくて。
『頼んだぞ』
その、言葉が。
一番の誇りだったのに。
(……まったく……この子は――――――……)
限界点を越えたのか、声を上げて泣き始めた左之助に、相楽は苦笑するしかない。
聞けば聞くほど幼くて。
聞けば聞くほど、必死になるから。
刀持ちの役目の重要さは判っている。
それを任せられるという意味も。
何より誰より信じているから任せた役目。
愛刀を任せてもいいと思う意味。
……でも。
言葉一つに一喜一憂するのが子供らしくて、愛しい。
「………左之助」
泣きじゃくる子供の名を呼ぶ。
しゃっくり上げながら、左之助は涙に濡れた瞳で見上げて来た。
「…オレ…オレ……オレもっ…オレも、隊長の…役にっ……う……!」
「ああ、判った。判ったから、もう泣くな」
刀持ちは、ずっと傍にいる。
けれどその分、克浩のように頼まれ事をする事はなくなった。
それはまだ幼い左之助にとって、敬愛する隊長の為に、刀持ち以外の役に立つ事がなくなってしまったように思えたのだ。
一緒に要る事しか出来なくて、他に何も出来なくなってしまったような気がして。
預けられた刀だけでは、自分を支えるには物足りなくなってしまった。
役に立ちたい。
役に立ちたい。
でも、刀持ちだって任された。
預けられた役目の重みと、子供心の幼い嫉妬。
左之助の頬を、大粒の涙が零れて行く。
それを親指の腹で拭い去ると、大きな瞳が見つめてくる。
何日振りかの、真っ直ぐな瞳だった。
これを曇らせていたのが自分だったと思うと、相楽は居た堪れない気持ちになる。
口に出せば左之助は首を横に振るのだろうが、それでも相楽は申し訳なく思う。
課した役目に喜んでばかりいるものだと思っていた。
こんな些細な事を気にして、繊細な子だとは思っていなかった。
「大丈夫だよ、左之助」
「……たいちょ……」
ぎゅっと抱き締めて、囁く。
「言葉にしないと不安なら、幾らでも言おう」
「隊長……」
「行動もないと不安なら、幾らでも」
「……う………」
預けて以来、いつも大事そうに刀を抱える、小さな手。
大丈夫、大丈夫。
もうこんなに我慢させたりしないから。
不安にさせたりしないから。
ささやかでも、この子が笑ってくれるなら。
言葉でも行動でも、心でも、全部あげよう。
まだ幼い子供に、音にしない言葉の意味を汲めと言うのは難しい話だ。
目の前の情景をあるがまま、そのままに受け止めてるのが精一杯。
まして左之助は何処までも真っ直ぐなのだから。
だらかもう、この陽だまりの子が泣かないように。
どんな小さなことでも、この子が笑ってくれるように――――――――………
「ほら、左之の分」
帰って来た克浩から差し出されたのは、昨日と同じ茶饅頭と、栗饅頭。
出掛けに言った通り、買ってきたのはそれぞれ三人分だった。
克浩は左之助の目元が赤い事には気付いていたが、何も言わなかった。
泣いたことを指摘されるのは誰でも厭だし、増して負けん気の強い左之助だ。
言った途端に誰が泣くかと言って取っ組み合いになるのは目に見えている。
だから克浩は、出掛け前の左之助の行動にも何も言わなかった。
思うところは幾つかあったけれど、腹を立てる理由にはならなかった。
しかし、左之助の方はバツが悪そうな顔をして。
「……克……」
「なんだ?」
「いや…その………悪ィ……」
一度は行く気になっていたのは、克浩も判っていた。
それを急に、理由も言わずに行かないと言って、あの行動。
自分がされたら気を悪くするに違いない、と今の左之助にも判る。
けれども克浩は小さく息を吐いた後、
「なんだよ。俺が怒るってるとでも思ってたのか?」
左之助が隊長と一緒にいたいと言う理由から、克浩の誘いを断ることは少なくない。
克浩は少しだけ悔しかったりするけれど、それを左之助に言った事はないし、これからも知らせるつもりはない。
もう慣れたし―――――克浩が好きになったのは、もう隊長を追い駆けている左之助だった。
これ位のことで目鯨を立てていたらキリがない。
克浩の言葉に、左之助はようやく安堵したらしい。
少し照れ臭そうに頬を掻いて、差し出された饅頭を受け取った。
相変わらず仲の良い子供達を見て、相楽は笑みを零し。
「それじゃ、左之助――――茶を頼んでいいか?」
甘い菓子にあったお茶。
子供はあまり普段は飲みたがらない、渋めのお茶。
其処まで言わずに尋ねれば、左之助は嬉しそうに笑って。
「うぃっス!」
いつもの笑顔が、其処に花咲いていた。
やきもち仔左之です。ちゅーか子供達そろってやきもち。
左之は隊長から“任せた”と言ってもらえる克浩に。克浩は、左之が傾倒しきってる隊長に。
思い切り隊仔左之に書いても良かったんですが、何せ“隊長”なので…
立場があったら、幾ら相手が子供でも、露骨な贔屓染みた言葉を言わせてよいものか……もとよりこの人、口調がはっきり判らないんですけど(滝汗)。
隊左之は、仔左之が隊長スキスキなのがいいですね。
克、不憫……ごめん……