例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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七夕 こどものじかん 01





七夕の日と言う事で、保育園には大きな笹が運び込まれてきた。
その全長はマリア先生や犬神先生を抜いて、園舎の屋根に届きそうなほど。

登園して来た子供達は、皆揃ってその笹に驚き、目を奪われていた。






「そっかあ、たばなたなんだァ」






呟いたのは小蒔だ。
葵もそうねと頷いて、それじゃあお願い事を考えなくちゃと胸を弾ませる。

京一はそれを横目に見ながら、ちらりと笹を見遣っただけで、さっさと園舎に入って行った。



遊戯室に入ると、遠野先生がドアの横で待っていて、一枚の紙を渡す。
色紙よりもちょっと硬い細長い髪で、上に穴が開いてリボンが通してある。
紙には金色がちらちらと散らばってあった。
遊戯室を見渡してみれば、雨紋、亮一、壬生も同じものを持っている。

何かの目的で渡されたのは判ったが――――その目的が判らなくて、京一は眉の間にシワを作る。






「これなんだ?」






質問した京一に、遠野先生は一度ぱちりと瞬きする。
が、直ぐに笑みを浮かべて、






「短冊よ。お願い事を書く紙なの」
「おねがいごと?」
「今日は七夕だから。なんでもいいの。好きなこと書いて、マリア先生に渡してね」





タナバタだからどうしてお願い事を書くのか、京一には判らない。
でも取り敢えずやらなければならないのは感じたので、お願い事を考える事にする。


鞄をロッカーに置いて、クレヨンだけ取り出した。
適当に床に座って短冊を眺める。

なんでも良い、と言うのは、結構困る。
こういう時、実はなんでも良くなかったりする、と言うのもあるのだ。
書いた後になってから、もっとこういう事を書きなさい、と言われたりとか。






「ボク、おとうとほしいなァ」
「もういるんじゃないの?」
「もっとほしいの。いっぱいいると、やっぱりたのしいし」
「わたしはワンちゃん」
「あおい、ワンちゃんいっぱいいるじゃん」
「うん。でも、もっといっぱい、いてほしいの」






遊戯室に入ってきた小蒔と葵が楽しそうに話をしながら、短冊のお願い事を考えている。
二人のお願い事は直ぐに決まりそうだった。

その後に入ってきた醍醐は、なんだか随分と考え込んでいる。
視線は時々、葵と話をしている小蒔に向けられて、直ぐに逸らされる。
京一はなんとなく、醍醐が考えているお願い事が解った。
そして多分、そのお願い事を短冊に書くことはないだろうと――――見られたら恥ずかしいから。


京一よりも先に短冊を渡されただろう、雨紋と亮一を見てみる。






「らいとと、ずっといっしょ」
「そんなことより、もっとでっかいことかけよ」
「おっきいよ。らいとは?」
「オレはしょーらい、ビッグになって大成功するんだ!」
「すごいなあ……」
「お前もいっしょだぞ、亮一!」
「……いいの?」
「ああ!」






なんだか随分アバウトなお願い事のような気がする。
が、それをわざわざ本人に言う必要はないだろうと、京一は疑問は飲み込むことにした。


壬生はどうかと覗きに近付いてみると、既に此方は書き終わっていた。

近付いた京一に気付いて、壬生が顔をあげる。
京一は壬生の顔を見ることなく、子供にしては綺麗な字で書かれた短冊を見た。

其処には、“おかあさんがげんきになりますように”と書かれていて。






「……何?」
「べつに」






静かな声で問い掛けてきた壬生に、京一はツンとそっぽを向いた。


壬生の短冊を見て、京一はもう随分と顔を見ていない父親と母親、姉を思い出す。

でも、それとお願い事は繋がらなかった。
普通だったら此処で――――と思ってから、それを振り払うようにぶんぶんと頭を振った。



とん、と背中に何かが乗って、京一は床に倒れそうになる。
なんとか踏ん張ってから振り返ると、其処には龍麻がにこにこと笑って、京一に乗っかっていた。






「重てェよ」
「うん」






苦情一つに頷いて、龍麻は京一の上から退く。
彼の手には、やはり短冊があった。






「きょういち、おねがい書いた?」
「まだ。っつか、おねがいなんかねェし」
「ぼくはあるよ」






にこにこ笑って言う龍麻が、京一はちょっとだけ羨ましくなる。






「おなかいっぱい、イチゴたべたいな」
「…そんなの、母ちゃんにおねがいしろよ」






龍麻のお願い事は、今更お願いするようなものではない。
京一はそう思ったが、龍麻はもうこれに決めているようで、クレヨンで早速書き出した。


そうだ。
お願い事はなんでも良い。
遠野先生がそう言った。

そして多分、本当に何でも良いのだ、此処でなら。
マリア先生や犬神先生も、書き直せなんて言わない。

だから龍麻みたいなお願い事でも、誰も駄目だなんて言わない。



“ない”と書くのは、流石に駄目だろう。
先生達は何も言わないかも知れないけれど、きっと良くは思わない。






「……ラーメンくいてェ」
「イチゴの方がおいしいよ」
「おまえといっしょにすんな」






京一の素っ気無い言葉に、龍麻はむぅと眉毛をハの字にした。
けれど、ようやく短冊にクレヨンを乗せた京一を見て、またにこにこと笑い出す。









子供達の書いた短冊は、その日の内に犬神先生が笹に飾ってくれた。
子供を迎えに来た親達は、其処に書かれたささやかだったり、大きかったりするお願い事に笑みを漏らす。

そして――――――その日の京一の晩ご飯は、八剣特製のラーメンだった。










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京一の短冊は、シンプルに“ラーメン”とだけ書いてありました。

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