例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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はじめまして







桜が咲いて花吹雪く四月。

今日から此処で過ごすのよ、と。
母に連れてこられた場所は、とてもきれいで、温かそうだったのだけれど。
新しい環境に慣れていない龍麻には、まだまだ不安で一杯の場所だった。



でも、手を繋いだ母を見上げれば、あるのは温かくてふわふわした、大好きな笑顔。
母がそんな顔をしている時は、いつだって先にあるのは母みたいに温かくてふわふわしたものだ。
だから大丈夫なんだろうと思う。

思うのだけど、繋いだ手を離すのはやっぱりまだ怖くて、きゅうと繋ぐ手を握る。
母はふわりと笑ってくれて、大丈夫よ、と言ってくれた。




大きな入り口で、二人しばらく立っていると、建物の入り口から人が走ってきた。
きらきらと光る金色の長い髪のその女の人は、門の前まで来ると、からりと門を開けて初めましてと頭を下げた。






「この真神保育園でチーフをしております、マリア・アルカードと申します」
「まぁまぁ、ご丁寧にどうも。緋勇と申します」






ぺこりと母が頭を下げる。
それを見て、龍麻もぴょこっと頭を下げた。

頭を上げると女の人がしゃがんで、龍麻と同じ目線になった。






「初めまして」
「……はじめまして」






小さな声ではあったが、返事が出来た。
女の人がにこりと笑う。






「お名前言えるかな」
「………ひゆぅたつまです」
「何歳ですか?」
「…よっつ」






繋いだ母の手を引っ張って、その影に隠れようとしながら、それでもなんとか答えられた。


Good! よく出来ました。
そう言って、女の人は龍麻の頭を撫でた。


いつも頭を撫でてくれる母とも、父とも違う手だ。
でも優しい手なんだと判る、だって頭を撫でる手はとても温かいんだ。






「私はマリア・アルカード。マリア先生って呼んでね」
「まりあせんせい」
「OK!」






また撫でられた。


手が離れて、撫でられた場所に手を持っていってみる。
なんだか、ほこほこしているような気がした。



今日から宜しくお願いします。
はい、此方こそどうぞ宜しく。

ぺこり、ぺこり、母とマリア先生が頭を下げている。


母がしゃがんで、龍麻と同じ目線になった。






「それじゃあ、お母さんはお仕事に行って来るわね」
「うん」






龍麻は、此処がどういう場所なのか、ちゃんと判っていた。


龍麻の父は陶芸家で、最近注目を浴びるようになり、色々な所から仕事のお願いが来るようになった。
その前から工房に篭ると篭りっきりになる事が多かった父は、益々篭るようになった。
それでもちゃんと、龍麻が晩御飯だよと呼びに行くと、手を止めて家に帰って来る。
だから龍麻は、普段は父の仕事の邪魔にならないよう、日中の工房には近付かないようにしていた。

ようやく芽が出始めた父の陶芸だけでは、一家は食べて行けない。
だから母はパートで朝から夕方まで仕事が入っていて、その間、龍麻は保育園に預けられていた。


昨日の夜にも母から説明をして貰っていたし、此処に引っ越してくる前も同じような場所に通っていた。
龍麻にとっては、保育園という場所は、それほど遠いものではなかった。



でも、新しい場所はやっぱり少し緊張する。

と、思っていたのだけれど。





離れて行く母に手を振って、角に曲がって見えなくなるまで見送って。
手を下ろしたら、マリア先生が隣でしゃがんで、






「じゃあ、行きましょうか。まず皆にご挨拶しましょうね」
「はい」






ドキドキする。



前の保育園では、引っ込み思案な龍麻は、あんまり友達が出来なかった。
段々それが当たり前になって、自分からも皆の輪に入らなくなった。

でも、此処は新しい場所だ。


ドキドキする。
でも、同じくらいわくわくする。








手を引くマリア先生の後をついて、龍麻は新しいドアを潜った。






































広い部屋の中は、龍麻と同じくらいの子供で一杯だった。

その人数の十人かけることの二。
二十のまん丸な瞳が、龍麻とマリア先生に真っ直ぐ向かう。


じっと見つめられるのが恥ずかしくて、龍麻はマリア先生の後ろに隠れたくなった。
でも、此処では沢山友達を作りたいと思ったから、頑張って皆の前に立っている。






「今日から皆のお友達になります。はい、お名前は?」
「ひゆぅたつまです」
「Good、よく出来ました。皆、仲良くね」






はーい。
十個の声が広い部屋に反響する。






「それでは、仲良くなる為の第一歩。QuestionTimeー!」
「くぇ……??」






高々と右手に人差し指を掲げて言ったマリア先生に、龍麻はきょとんと首を傾げる。
しかし判らなかったのは龍麻だけだったようで、他の子供達ははいはいと声を出して手を上げる。

マリア先生はくるりと子供達を見回して、一人の子供を指名した。






「それでは美里さん。自分の名前もちゃんと教えてあげてね」
「はい」






呼ばれて立ち上がったのは、長い黒髪で、耳の横の髪に飾りをつけた女の子。
ふんわりとした雰囲気で、きちんと両足を揃えて立っている。






「みさとあおいです。ひゆうくんの、好きなたべものはなんですか?」
「いちご、です」
「あ、ボクもすきー!」






葵の隣にいた、セミロングの髪の女の子が手を上げた。


龍麻は、少しほっとした。
前に、女の子みたいで変、と言われた事がある。

言った子は先生に怒られていたけれど、その後もしょっちゅう龍麻をからかって来た。
その子は悪気はなくて、単純にそう思って、それが口から出てしまっただけだろう。
でも龍麻は少しショックだったから、また言われないかと少し心配していたのだが――――此処では、大丈夫のようだ。



他に聞きたいことはある? とマリア先生が言った。
さっきのセミロングの女の子が手を上げる。






「はい、桜井さん」
「さくらいこまきです! 好きなどうぶつさんはなんですかー?」






元気な声で、小蒔はきらきらした瞳で龍麻を見詰めた。

龍麻は少し考えた。
考えて、最初に浮かんで来たのは、この間父と一緒にテレビで見たもの。






「どうぶつさん…えっと………てんぐさん?」
「てんぐ?」
「てんぐってなにー?」






父が時代物が好きだから、龍麻も一緒に見ている。
この間見た“天狗”と言う生き物が動物かは判らなかったが、人間ではなかった事だけはちゃんと覚えていた。
だから言ったのだが、子供達は皆顔を見合わせて、「てんぐってなに?」と首を傾げている。

間違ったことを言っただろうか。
オロオロして龍麻がマリア先生を見ると、マリア先生は笑っていて、






「変わったものが好きなのね、緋勇君は。うん、教えてくれてありがとうね」






ぽんぽんと頭を撫でられる。
ほっとした。

子供達は“てんぐ”が何かを話し合っていたが、マリア先生が手を叩くとお喋りを止めて前を向く。






「じゃあ、次の質問。はい、手を上げて」
「はーい」
「はい!」






マリアが名前を呼んだのは、前髪で片目を隠した男の子。
今までの子と違って、少し近付きにくい雰囲気だ。






「…きさらぎひすい、です。好きなテレビはなんですか?」
「えっと……えっと…」






龍麻が見るテレビは、時代物が殆ど。
それも父と一緒に見始めたものばかりだ。

龍麻は戦隊ヒーローも見なかったし、アニメも見ていない。
でも時代物のタイトルを言っても、さっき天狗が判らなかったから、皆判らないだろう。


オロオロしていると、マリア先生がしゃがんで龍麻を見つめ、






「隠すことないのよ、緋勇君。皆が判らなかったら、アナタが教えてあげればいいの」
「………」
「なんでもいいのよ。皆に、アナタをちゃんと教えてあげてね」






微笑むマリア先生に、龍麻も頷く。






「えっと……いがにんじゃって言うの、今、見てます」
「あ、きさらぎくんも見てるのよね」






葵が言うと、質問した子―――如月が小さく頷いた。

龍麻は少し驚いたが、嬉しかった。
同じテレビの話が出来る相手は、今までいなかったからだ。


次の質問。
また何人かが手を上げる。

呼ばれた子は、帽子を前後ろ逆に被った、頬に絆創膏を貼った男の子だった。






「うもんらいと。…聞きたいことじゃないんだけど」
「うん? どうしたの?」






男の子―――雨紋はマリア先生を見た。






「きょーいちがいねェよ」
「…あら。またあの子……誰か知ってる?」






マリア先生は溜息交じりで聞いたが、子供達は皆首を横に振る。

またあいつ、と小蒔が言って、隣の葵が少し寂しそうに俯いた。
俯いた葵を慰めるように、如月が葵の頭を撫でる。



マリア先生は部屋を何度か見回して、廊下の窓へと目を留めた。
ぱたぱたと其方に駆け寄ると、丁度外を通りかかっていた眼鏡のお姉さんを呼び止める。






「遠野さん、蓬莱寺君見なかった?」
「え? あの子またいないんですか?」
「ええ。私が此処に戻った時はいたと思うんだけど……新しい子が来たから、皆に紹介したら、いつの間にか」
「じゃあ、この荷物置いたら探しに行きます」
「お願いね」






ぱたぱた、眼鏡のお姉さんは廊下を駆け足で通り過ぎて行った。
それを見送って、マリア先生は下の位置に戻る。






「京一君には、また後で逢いましょうか」
「きょういちくん…?」
「いいよ、きょういちなんか気にしなくって」






小蒔が声を上げた。
其方を見ると、小蒔は怒ったような顔をしている。

マリア先生が小蒔の傍にしゃがむと、眉尻を下げて小蒔のおでこをピンッと弾く。
小さな悲鳴が上がって小蒔の額は少し赤くなっていたが、泣き出すほどではない。






「桜井さん、そういう事は言っちゃ駄目よ」
「だってマリアせんせー、きょういち、いっつもかってにしてるんだもん」
「京一君もまだ此処に慣れていないのよ」
「そんなことないよ。きょういち、二月からここに来てるのに」






唇を尖らせる小蒔に、マリア先生は頬杖で考え込む仕草をした。

葵が小蒔の肩を叩く。
せんせいこまらせたらダメよ、と葵が言って、小蒔はまた拗ねた顔をしたが、それ以上は何も言わなくなった。



楽しそうだった空気から一転、部屋の中は静かになってしまった。
帽子の男の子の隣で本を読む子の、ページを捲る音くらいしか聞こえて来ない。



マリア先生はそれを払拭するように、明るい声で、






「――――それじゃあ、QuestionTimeは此処までにして、皆で遊びましょうか」
「はーい!」






マリア先生の言葉に、皆が大きな声で返事をする。


葵が立ち上がって、早速龍麻の傍に駆け寄ってきた。

龍麻は少し緊張してマリア先生の影に隠れたが、葵は気にせずに微笑んでいる。
にっこりと笑うのが可愛くて、龍麻は少し頬が赤くなる。






「よろしくね、ひゆうくん」
「うん」
「ね、こっちにきて」






葵が龍麻の手を取って、小蒔ともう一人男の子が座っている。
龍麻より一回りも体の大きな男の子だった。






「よろしく、ひゆうくん」
「うん」
「だいごゆうや。よろしく」
「うん」






葵が小蒔の隣に座ったので、龍麻は葵の隣に座った。
反対隣には醍醐が座っている。



三人は、他の子供達の事を教えてくれた。


龍麻と同じテレビを見ていると言うのが、如月翡翠。
家は古い道具を沢山売っている店で、彼と葵の親はずっとずっと昔からの知り合いだ。

帽子を反対に被っている子が雨紋雷人。
彼の傍で静かに本を読んでいるのが唐栖亮一。
二人は家が近いので、いつも一緒にいるのだが、活発な雨紋に対し、亮一はあまり他の子供と遊ばない。
外に遊びに行くのも雨紋が誘ってようやく、と言う手合いだった。

二人、そっくりの女の子がいる。
一人はストレートで、もう一人はポニーテール。
双子の姉妹で、ストレートの方が妹の雛乃、ポニーテルの方が姉の雪乃だ。

部屋の隅で、一人椅子に座って本を開いている眼鏡の子は、壬生紅葉。
あまり喋らない大人しい子で、頭が良い。
この保育園にいる子供達の中で、一番色々な事を知っている。

マリア先生と同じ、金色の髪を持った子がいる。
一番小さな女の子で、名前はマリィ。
黒猫のぬいぐるみがお気に入りで、メフィストと言う名前をつけていつも抱きかかえている。


それから―――――






「あとね、きょういちくんがいるの」
「さっき言ってた子?」
「うん」






その名前が出ると、小蒔がむぅとまた唇を尖らせた。
それに首を傾げると、醍醐が言う。






「あんまり、みんなとあそばないんだ。きょういちは」
「どうして?」
「さぁ……」
「かってだからだよッ」
「こまき、しーっ」






大きな声を出した小蒔に、葵が人差し指を立てて「静かに」の合図。
それを叱るマリア先生は今いなかったけれど、小蒔は慌てて口を手で塞いだ。






「きょういちくんはね、二月にここに入ったの。まだなれてなくって、あんまりあそんでくれないの」
「それだけじゃないよ。あおい、いっぱいヒドいこと言われたじゃん」






きっぱりと言い切る小蒔に、葵は表情を曇らせる。


大人であれば、もう少し判っていれば。
小蒔もこんな言い方をしなかっただろうけれど、此処にいるのはまだ小さな子供達ばかり。
思ったことをどうやって丸く包んで収めるかなんて、判らなかった。

そして葵も、そんな事ないよ、とフォローが出来ない。
小蒔が言う事が真実であるからだ。



怖い子――――なのかな。
二人の会話を聞いていて、龍麻は思った。

が。






「きょーいちがカッテなんじゃねェよ」






聞こえた声に龍麻が振り返ると、雨紋が立っていた。
隣に亮一もいて、亮一は雨紋の影から龍麻をじっと伺っている。






「きょーいちがカッテなモンかよ。カッテなのはお前らだろッ」
「なんでそういうコト言うのさ!」
「だってそうだろ。なんにも知らねェクセして」






雨紋の言葉も、小蒔を見る目も、酷く刺々しい。

どうやら、雨紋は“きょういち”に対して、小蒔とは違う思いがあるらしい。
どちらが正しいのか判らなくて、間に挟まれた龍麻はオロオロしてしまう。


二人の間に割って入ったのは、醍醐だった。
今にも飛び掛りそうな小蒔の肩を抑えて、雨紋は亮一が服をグイグイ引っ張っている。

龍麻が葵を見ると、“きょういちがいない”と聞いた時と同じ、寂しそうな顔をしていた。




部屋のドアが開いて、一人の男性が入ってきた。
喧々とした部屋の真ん中の子供達を見て、ゆっくり歩み寄ると、子供二人の襟首を掴んで持ち上げる。






「ケンカをするなら、外でやれ」
「げッ、いぬがみッ」
「先生をつけろ」






すとん。
小蒔も雨紋も床に下ろされる。


誰だろう――――そう思って見上げていた龍麻に、葵が教えてくれた。
名前は犬神杜人、マリアと同じくらい長く保育園に勤めている人だと言う。

小蒔と雨紋は渋い顔で犬神先生を見ていたが、龍麻は不思議な人だなぁと思って彼を見上げた。
怖いようなそうでもないような雰囲気で、今は小蒔と雨紋を起こっている筈なのに、怒られているような気がしない。
でも小蒔も雨紋も大人しくしていて、じっと見下ろしてくる視線をただ受け止めていた。



……そんな時である。
龍麻がトイレに行きたくなったのは。




なんとなく言い出し辛い雰囲気に、龍麻はどうしよう、ともじもじした。
此処にいるのがマリア先生だったら言えただろうけれど、目の前にいるのは犬神先生だ。
怖くはないけれど、ちょっと近寄りにくそうな感じがした。

そんな調子でもぞもぞしていると、ふと、眼鏡の奥の細い目が此方を見た。






「……緋勇龍麻だったな」






呼ばれて、こくりと頷く。






「俺は犬神だ。トイレに行きたいなら言え。此処ではちゃんと主張しろ」
「しゅちょう?」
「言いたいことは言って良い。そういう事だ」






言われて、龍麻は少し恥ずかしかったが、







「……………おしっこ」







呟くと、くしゃりとごつごつした大きな手が龍麻の頭を撫でる。
そのまま後ろ頭を押す手に従って、龍麻は部屋を出た。



大きな手は、父のものよりずっとずっと、ごつごつしている。
手が持ち上がったのを見た時、その大きさとゆっくりした動きで、ちょっと怖かった。
でも頭を撫でるのは、父や母、マリア先生とやっぱり同じだ。

此処にいる人達は皆柔らかくて優しくて、温かい。
声をかけてくれた葵も、小蒔も、醍醐も、他の子供たちも、誰も龍麻を遠巻きにしたりしなかった。


此処はすごく温かい。
大好きになりそうだ。




でも今は取り敢えず――――早くトイレに行かなくちゃ。
































連れてこられたトイレでおしっこをして、洗面台できちんと手を洗う。
その間、犬神先生はトイレの入り口にじっと立っていた。

濡れた手をハンカチで拭いて、犬神先生の下に戻ると、犬神先生は何も言わずにトイレから出て行く。
龍麻もそれを追い駆けて、トイレを後にした。




と、その時。






「いてッ」
「あう」






どんっと誰かとぶつかって、龍麻は床にころりと転んだ。
相手も同じように尻餅をついて、ぶつけた頭を手で押さえている。

ぶつかった相手は男の子で、さっき部屋にいなかった子だった。






「きィつけろッ!」
「ごめん」






怒られて、思わず龍麻が謝る。
男の子は、怖い目をしていた。


この子が、さっき部屋で皆が話をしていた“きょういち”だろうか。

“きょういち”と思しき男の子は、首や袖口に赤いラインの入ったシャツを着ていた。
それはあちこち泥だらけに汚れていて、“きょういち”の顔や手や腕、膝なんかも泥がついている。
靴下はどうしてか濡れていて、其処にも泥がついて茶色になり、床に足跡を作っていた。
いや、足だけではない、よくよく見たらシャツもズボンも、髪の毛も、水を吸って体に張り付いている。



―――――そんな“きょういち”を、犬神先生がひょいと持ち上げる。






「気を付けるのはお前だろう。また池に落ちたのか」
「るせェ、はなせッ! この犬ッ」
「犬神だ」






宙ぶらりんのまま、“きょういち”はじたばた暴れた。
けれど、犬神先生は“きょういち”を床に下ろさない。


ぱたぱた、廊下の向こうから人が走ってきた。
龍麻が部屋で見た、眼鏡のお姉さんだ。






「あッ! 犬神先生ごめんなさいッ、ありがとうございます!」
「早く風呂に入れてやれ」
「はい。ほら、行くわよッ」
「いーらーねーえーッッ!」
「だーめ!」






尚も暴れる“きょういち”を、眼鏡のお姉さんが抱っこする。
髪を引っ張られたり、腕を抓られたりして悲鳴が上がったが、お姉さんは“きょういち”を落とさなかった。
やめなさいと怒る声があったけれど、だからと言って手を離したりはしなかった。


遠くなっていく眼鏡のお姉さんの背中と、その肩口から覗く“きょういち”と。
じっとそれらを見送って、龍麻は傍らで同じように見送っている犬神先生の手を引っ張った。

無言で見下ろしてきた犬神先生と、見上げる龍麻の視線が交わる。






「いぬがみせんせー、いまの子が“きょういち”?」
「ああ」






やっぱり。
あの子が、皆が言っていた“きょういち”なんだ。

どうしてあの時、あの子は部屋にいなかったのだろう。
最初はいたとマリア先生は言っていたけれど、龍麻はそれを見てはいなかった。
そして今の今まで、何処で何をして、あんなにびしょ濡れになったんだろう。


葵は“きょういち”の話が出ると、寂しそうな顔をする。
小蒔は“きょういち”の話が出ると、どうしてか怒り出す。
でも雨紋は“きょういち”は勝手じゃない、と言っていた。

龍麻には、“きょういち”がどんな子なのか、さっぱり判らない。
さっきは怒られて怖い子だと思ったけど――――――




この保育園の園舎はコの字型に作られていて、廊下は庭に面していて壁がない。
透明な大きな窓ガラスとカーテンしかなく、そのカーテンは今は開けられている。

角を曲がって、『おふろ』のプレートがかけられた部屋の扉を、お姉さんが開ける。
その時、龍麻には“きょういち”の横顔が、ほんの一瞬だけど見えた。







お姉さんの腕の中。
大人しくなった“きょういち”に、お姉さんが何か話しかけた。
“きょういち”はぷいっとそっぽを向いてしまった。

その時、確かに―――――“きょういち”は寂しそうな目をしていたのだ。















桜が咲いて花吹雪く四月。


それが、二人が初めて出会った日だった。
















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ノリと勢いって凄い(笑)。

やっちゃいました、保育園パラレル。
取り敢えずはやっぱり、龍麻と京一の出会いから……って、二人まともな会話してねェよ。


ちなみに私は保育園ではなく幼稚園で育ったので、保育園がどういう場所か具体的には判りません(汗)…
色々間違ってる箇所や、都合良くしてる箇所もあると思いますが、大目に見てやって下さい。

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