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誰も、本人さえも知らないところで、それは感じられるものなのだ。
ぶっきらぼうに突き放す言動を取っても、茶化すような台詞を業と選んでぶつける時も。
其処にどんな感情があるのかは、当事者達が一番よく判っている。
自覚のあるなしに関わらず。
だから左之助は父を嫌いにはならないし、上下ェ門も息子を放って置く事はないのだ。
お互いがお互いに罵詈雑言をぶつけ合おうとも。
今日も今日とて、親子は派手な喧嘩をした。
原因は、父が息子の饅頭を食った、というものである。
食った食ってないと口論から始まり、互いに気の短い親子はほぼ同時に手が出た。
傍で一部始終を見ていた右喜から話を聞いた母・菜々芽は、呆れるしかない。
左之助は今年で八歳になった。
体は少々小柄だが、馬鹿力と打たれ強さは父譲りだ。
上下ェ門は大柄だ。
畑仕事に精を出す彼の体躯は、無駄のない筋肉で引き締まっている。
喧嘩も滅法強い、荒事があると漏れなく呼ばれて行く位に。
そんな二人が下らない理由で本気の喧嘩を始めるのだ。
多い時は日に何度も。
その度、妹の右喜は大きな声を上げて泣く。
……菜々芽が呆れるのも無理はない。
そして親子喧嘩の制裁に雷が落ちるのも。
「いい加減にしな、二人とも! 飯抜きにするよ!!」
互いの罵声すら聞こえなくなるほどの母の怒号に、父子はピタリと制止する。
左之助は育ち盛りでよく食べる。
駆け回るから燃費も悪い。
上下ェ門は畑仕事から戻ってきたばかりで、空腹だ。
お互い飯抜きになって、空きっ腹を抱えて寝るのは嫌だから、喧嘩はそれでお開きになった。
しかし顔を見ていれば苛立ちが蘇るのか、左之助は遊びに行くと行って家を出た。
右喜がすぐさまそれに着いて行って、家には夫婦二人が残される。
「なんだって、すぐ喧嘩するんだか……」
溜息交じりに呟く菜々芽には、全く判らない。
そんな妻に上下ェ門は、煙管を吹かしながら、
「根性つけてやってんだよ」
「もっとましなやり方があるでしょう」
「手っ取り早いじゃねェか」
堂々と言ってのける夫に、菜々芽は目を細める。
「だからって毎日毎日、下らない理由で喧嘩されちゃ溜まったものじゃないわ」
じわりと滲んだ怒気の雰囲気に、上下ェ門は両手を挙げて降参。
腕っ節で知られる男も、愛する妻には中々頭が上がらなかった。
息子は外でしょっちゅう喧嘩をする。
子供の喧嘩ではあるが、母としては放って置けるものではない。
子供とは言え男の喧嘩、そろそろ力も付いてきて、何が起きるか判らないのだ。
その上家では父と本気の喧嘩をして、互いに本気で応酬するのだから、菜々芽も流石に頭が痛い。
大人である筈の父親が吹っ掛けて、左之助の返しに先に堪忍袋の緒を切らせる事もあるから、尚更。
息子が元気である事は良い。
娘も同じ、よく泣くけれどめげずに兄の後ろをついて回る。
夫は無頼漢でも畑仕事はちゃんとこなす、だから一日の食事もなんとか得る事が出来る。
……これで喧嘩さえなかったら。
一家を内から支える身として、菜々芽はそう思わずにはいられない。
――――――でも。
(判ってる)
茶化すでも、怒るでも。
下らない理由の喧嘩でも。
其処にちゃんと、不器用な夫の愛情があること。
息子が、自覚はないかも知れないけれど、ちゃんとそれを感じている事。
喧嘩をしながら、お互いちゃんと好きあっていること。
言えば間違いなく、そんな気持ち悪ィ事あるもんかと、声を揃えて言うのだろうけど。
守り、包み、慈しむのが母の愛だと言うのなら、
多分、逆をするのが父の愛なんだろうと思う。
自分自身の両足で、立って歩いていけるように。
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“愛”。
東谷一家がやっぱり好きです。
幼年期で書くと、央太が出せないのが残念ですが……